【痕】懐かしい出会い
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/25 20:02



■オープニング本文

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 それは開拓者ギルドに届いた、一通の手紙がきっかけだった。

『あの時助けてくださった開拓者の方へ。
 私は茉莉といいます。現在、朱藩国内に住んでいます。
 以前私がとあることをきっかけに自暴自棄になっていた時、助けてくれてありがとうございました。
 友人や、開拓者の皆さんがいなければ、私は今も深い疵を胸に負ったまま、もがいていたことでしょう。
 今日はお願いがあるのです。
 私と、私の大切な友人である紅葉を、安州に連れて行ってくれないでしょうか。私は事故で脚を傷つけ、一人で街道を歩くのは困難な状態です。友人の紅葉は別の村に住んでいるのですが、彼は視力を失っており、また同様に歩行が難しい様子ですので、できれば補助兼護衛という形で皆様の手を借りれたらと思っています。
 安州には、もう一人の大事な友人、千桜というのですが、彼女が勤めている茶房があると聞いています。
 彼女に会いに行って驚かせてしまおうと思ったのです。
 ですからこのことは千桜にはもちろん話していません。
 私と、紅葉で計画したのです。
 どうか、三人でまた会いたいと思います。
 手伝ってくださいませんでしょうか』


 開拓者ギルドに礼状が届くのは決して珍しいことではないが、こういう形で依頼が伴うのはやや珍しい。
 早速、以前世話になったという開拓者たちに連絡することと相成ったのである――。


■参加者一覧
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
无(ib1198
18歳・男・陰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
葛 香里(ic1461
18歳・女・武


■リプレイ本文

 ――友というのは、きっと一生友であるのだろう。
 友でありたいと、そう望んでいる限り。


 友人三人で、再び会いたいのです――。
 その手紙のことを告げられた開拓者たちは、頭を寄せて考え合った。
「茉莉ちゃんがこうしてあたし達を頼ってくれるなんて嬉しいし、喜んで手伝わせてもらうわよ♪」
 そう微笑みをこぼすのは御陰 桜(ib0271)。今までやってきたことの意義がわかる気がして、なんだか嬉しかった。

 茉莉、紅葉、そして月島千桜(iz0308)――彼らは同門の陰陽師で、友人同士だった。しかしとある事件がきっかけで三人は道を違え、それぞれ故郷に戻っていたのだが――千桜の希望により、そして開拓者たちの活躍も相まって、再び友情を取り戻すことが出来た。
 しかし、三人が揃って再開するという段には、いまだ至っていない。三人の身体状態が原因ではあるが、しかし依頼人である茉莉、そして紅葉はそれをおしてでも三人で会いたいのだという。

「……せっかく三人が揃うというのなら、お師匠さんにもこのことは伝えたほうがいいんじゃないでしょうかね」
 ふっとそう呟いたのは三人と同じ陰陽師という立場にある无(ib1198)。
「ああ、それはいいかもしれません。私どもからのちょっとした贈り物になりますでしょうね」
 その意見に、葛 香里(ic1461)もゆっくりと頷く。
「梅雨明けも間近……これが良い機会となるといいですね」
 そう微笑んだ姿は、優しい眼差しをたたえていた。
「でも、茉莉さんも紅葉さんに会う決心ができたんだね。それに三人でまた会えるのは、千桜さんもずっと望んでいたことだし、そうなったら神音も嬉しいから、しっかりお手伝いするよ!」
 蓮 神音(ib2662)がぐっと握りこぶしを作る。
 依頼人たち三人に縁ある開拓者四人はそう頷きあうと、早速準備に取り掛かった。


「そう言えば、女性の視点からして、紅葉の服装でおめかしを加えるとしたらどこですかね」
 おしゃれに関してはやはり女性のほうが詳しい。无はそう思って聞いてみる。
「ああ、茉莉さんにもそれとなく聞くのもいいかもしれませんね」
 女性開拓者たちは顔を見合わせ、そしてクスクス笑う。
「とりあえずは清潔な服装。印象を壊すようなことがない限りは大丈夫じゃないかな」
 神音が言えば、桜もにっこり。
「あたしも茉莉ちゃんにあどばいすしたいのよね♪思うようにならないなら、手伝いもしたいし」
 茉莉は顔に大きな傷を負っている。一方紅葉はめしいてしまっているが、その紅葉を憎からず想っている茉莉であるからこそ、たとえ眼に入ることはなくても服装や髪型には気を配りたいだろう。
 桜はそれを知っているからこそ、手伝いたいと願っているのだ。
「それじゃあ、準備にとりかかりましょう。千桜様の驚く顔も見てみたいですし……楽しみですね」
 香里がおっとりと微笑み、かくして再会のための準備が始まったのだ。


 準備と言っても人それぞれ。
 今回の黒一点である无は、まず手紙を綴ることにした。
 宛先は三人の師匠たる人物。神楽の都で陰陽の技を教えている老陰陽師だ。
『――そんなわけで、三人は安州にある店にて再会を果たすことと相成りました。つきましては貴方様にも後日来ていただければと思います。』
 サラサラと綴る手紙には、ざっとこれまでの経過と三人の近況を記す。結構な分量にはなってしまったが、仕方あるまい。懐にいた尾無狐――ナイが僅かに首を傾げると、
「……ま、細工は粒々、あとは仕上げを御覧じろ、といけるかね」
 そんなつぶやきを漏らす无。淡々とした口ぶりだが、どこかいつもより楽しそうだった。彼はこのあと紅葉の元へ赴く予定だ。男同士のほうが何かといいこともあるので、これはごく自然な人選であろう。

 さて、こちらは朱藩国安州にある愛犬茶房本店。
 神音たちは一足早く店にお邪魔して、そっと事情を説明する。
「まあ、千桜さんの腹心の友ですか」
 本店で女給頭をしているトキワという女性はその話を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「だから、千桜さんをね。茉莉さんたちが到着する予定日に『大事なお客さんがくるので、本店のお手伝いをして欲しい』って言って、来てもらったらどうかなって思うんだけど、どうかな」
 神音が説明すると、トキワは頷く。
「千桜さんはいつも頑張っていると、支配人からも伺っています。これもひとつのご褒美のようなものでしょうし、問題はありませんよ」
 メガネを掛けた堅物そうな印象の女性ではあるが、その笑顔はやさしい。
「あ、もちろん千桜さんには誰がくるのかは内緒にね!」
「もちろん、ですよ」
 神音が笑うと、トキワもくすりと笑んで頷いた。

(桜様、愛犬茶房の方は何とかなりそうですね)
 闘鬼犬の桃が、そんな面持ちで桜を見上げる。後ろからは、まだ子犬と呼べる大きさの忍犬・雪夜がぴょいぴょいとついてきていた。
「そうねェ♪ 千桜ちゃんを呼び出す算段は大体ついたみたいだし」
 桜も嬉しそうだ。愛犬茶房というのは、犬とたわむれることができるという方針を強く打ち出した茶店である。桜がそこにはじめて顔を出したのは随分前のことだが、どことなく家庭的な雰囲気やかわいらしい犬達との交流、そして時々催される少しばかり突飛な行事などなど、開拓者にとっては楽しい施設の一つで、桜自身もかなり気に入っている。だからこそ、千桜と知り合うことも出来たのだが。
「そう言えば、紅葉様は目が不自由ですから……入り口や、諸施設に近い一部だけでも、通路や席を広くとって動きやすくできると良いかと思うのですが。無論、そのお手伝いはさせていただきますけれど」
 香里が控えめな声で提案する。たしかに目が不自由な紅葉にとって、慣れない場所での行動は相当神経をつかうだろう。
「そうね♪ やっぱり気持ちよく過ごせるのが一番だものね」
「うんっ、その日は神音たちもお手伝いさせてもらおうねっ」
 もとより三人が友情を取り戻す手伝いをしたいと朱藩国内を駆け巡ったのがここにいる開拓者たちである。
 幸せを祈らないわけがないのだ。

 そして桜は茉莉の元へと迎えに行った。一人での長旅にはやはり無理のある今の茉莉を、無事にこの愛犬茶房へと迎え入れるために。
 神音と香里は安州に残り、準備のために菓子作りなどの手伝いをすることとなった。
 愛犬茶房の敷地内にある空き地で、香里の甲龍・白梅が、ゆっくりとあくびをした。幸せであることを象徴するかのように。


 朱藩西部の小さな村に、茉莉は住んでいる。
 将来を嘱望されたものの、自己のせいで帰郷してからはしばらくやけっぱちな生活をしていたが、開拓者の尽力もあってずいぶんと前向きに生活できるようになっていた。もともと強気で頑張り屋な茉莉であるから、再び村に馴染むのも早かったのだろう。今は四肢がやや不自由ながらも、以前よりもいきいきと暮らしているように手紙には記されていた。

「おや開拓者さんじゃないか。久し振りだね」
 頃合いはちょうど昼下がり。村人がたどり着いた桜を見つけて笑いかける。前回茉莉のためにこの村にやってきたときは、それなりの時間をこの村で過ごした。茉莉が自分に再び自信を持って生活できるようになるまでの、長いような短いようなの期間。
 そのため、開拓者たちと村人との交流も十分にできている。桃が一声吠えると、村人たちも嬉しそうに目を細めて桃を見つめる。
「こんにちは、お久しぶり。茉莉ちゃんは元気かシら?」
 桜が挨拶をすると、村人たちは頷いた。
「ああ、茉莉は昔から頭がいいやつだったからね。困ったことがあれば茉莉に聞くとだいたい解決しちまう。ありがたい話だよ」
 今日は畑仕事も済ませて自宅で休んでいることを教えてもらうと、桜は早速そちらへ向かった。
「茉莉ちゃん、元気かシら?」
 声をかけると、相棒である猫又の結がぴくりと反応した。
「あ、桜さん! ご無沙汰してますにゃ!」
 どうやらこの働き者の猫又は、今ちょうど昼ごはんの片付けをしていたらしい。手足の動きがまだぎこちない茉莉では、細かい作業をするのは難しい。猫又だって同様であろうが、文字通り猫の手も借りたい――というわけで、結がこまごました手伝いもしているようだ。
「茉莉ちゃんの手紙の件できたんだけど、元気そうね♪」
「桜さん! 来てくれたのね!」
 がたっと身体を起こして嬉しそうに近づいてくる茉莉。以前に比べてずいぶん脚も動くようになってきたらしく、ゆっくりではあるが支えなしで歩んでいる。
「茉莉、無理しちゃダメにゃ」
「わかってるわよ結。でも、あなたがここに来てくれたってことは――」
 少女は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ええ。千桜ちゃんと会いたいって言うから、迎えに来たの♪ 様子も知りたかったシね」
 そして、既に安州の愛犬茶房に話を通してあることを説明する。
「前に手紙であどばいすシたから、髪型とかどんな感じになったか気になってたのよね。思うようになってなければ手を貸すつもりだし♪」
 茉莉は顔に大きな目立つ傷跡がある。怪我をしてから転倒してついた傷で、それもあって引きこもっていたのだが――
 今は、前髪を流すことでうまく傷跡を隠し、ついでにそこには目立たなくなるように粉もはたかれていた。薄化粧をしているためか、年齢よりも少し大人びて見える。
「ずいぶん可愛くなったわね♪ こういうおしゃれも楽しいでしょ?」
 桜が笑うと、
「そうね、想像以上に面白いわ。おしゃれには元々さほど興味が有るわけじゃなかったから、余計に」
 茉莉も頷く。
「そうそう、ある程度隠すことができたら、逆に別の場所に目を引くものをつけて他に注意を向けるっていうのもアリだと思うわ♪」
 そう言いながら桜が取り出したのはフリルたっぷりのヘッドドレス。それを丁寧につけながら、そうそうと片目をつむった。
「ちなみにあたしが片目を隠してるのは、みすてりあすなかんじになるからだったりするの♪」
 確かに女性は少しくらい秘密を持っていたりするほうが、時に魅力的なのだ。桜もよく発達した肢体を忍び装束に包み、艶然と微笑む姿はたしかにどこか蠱惑的な魅力がある。
「久々に顔を合わせるわけだし、ちょっとしたいめ〜じちぇんじ、もいいんじゃない?」
 そう言うと、茉莉もわずかに笑う。想い人を思い出したのか、頬を赤らめながら。
「安州までの道のりは結構あるから、馬車に乗せてもらおうかシら、ね♪」
 足の悪い茉莉を思いやって、桜はポンと肩をたたいた。


 一方、无は紅葉の元を訪れていた。
 彼が住まうのは朱藩南部、穏やかな気候の地域だ。場所はわかるので、さほど時間もかからずたどり着くことができた。
「……お久しぶりで」
 无が声をかければ、彼はふっと顔を声の源の方に向けた。
「あ、その声は无さん……ですね。先日はお世話になりました」
 細身の青年は、小さく頭を下げる。そして、今回もよろしくお願いしますと微笑んだ。今回の件は茉莉と紅葉の二人で考えたことだというから、おそらく紅葉自身も開拓者の到着を待ち望んでいたのだろう。
「いや、乗りかかった船のようなもんですしねえ。……それより」
 以前、紅葉に会った時に提案したことが、无としては気になっていた。
 光を失った彼が光を取り戻すことができれば――と、人魂の術を応用してみてはどうかと話していたのだ。
「人魂は試したかい?」
 无は静かな声で問いかける。そして彼は伝えた。青龍寮では発声する人魂という研究が成功しそうであるということを。
 紅葉はわずかに照れくさそうにすると、そうですね、と言葉を紡いだ。
「試してはみたんですけどね。やはり状況などの関係でしょうか、光を取り戻すというわけにはなかなかいかないみたいです」
 その実験が成就するにはまだまだ時間がかかるのだろう。あるいは、やはり不可能なのかもしれない。それでも、なにか目標を見つけてそれを目指して生きているのは楽しいと、紅葉は穏やかに笑った。
「ま、それはまだまだ時間のかかることだろうからね。ただ、想像力というやつは、やはり鍵のようですよ」
 陰陽師として開拓者の登録をしているこの青龍寮生は、自らの知識が役に立つのならばと説明をする。
「……なるほど。でももしまた見えるようになったら、あの二人を驚かせてやりたいですね。やはり、一番の仲間でしたから」
 紅葉がそう言うと、无は一瞬考え込んだ。
「ふむ。……紅葉さんとしては、あの二人への感情っていうやつはどうなんです?」
 一瞬の間。
 次の瞬間、紅葉は薄暗い室内でもわかるくらいに顔を真赤に染めた。
「あ、あの二人はあくまで友人ですから。変にギクシャクしたくはないんですよね……やっぱり」
「でも、」と、无は言う。
「あのお二人はやっぱり女だからでしょうかね。紅葉さんとは違う結論を出しているみたいですがね――」
 その一言に、紅葉は更に顔を赤くした。
「どちらにしろ紅葉さんは男なんですから。なにかきちんと、気持ちの整理をしておいたほうがいいでしょうね」
「で、ですよね……」
 そこで、と无はあらかじめ仲間に聞いておいた「おめかし」の方法を伝える。
「ま、見た目が全てじゃないですけど。でも、それで自分自身も含め心持ちが変わることもあるわけですし。久々に会う仲間なんですから、ちょっとはおめかしも大事ですからねぇ」
 无はすこしばかり楽しそうに、口の端をつりあげた。


 その頃、春夏冬で働いている千桜のもとに、愛犬茶房本店から連絡が届いた。
「大事なお客様がいらっしゃるのですが、手が足りません。貴方の力を借りたいのだけれど」
 本店の女給頭、トキワからの要請だった。
「大切なお客様? まさか興志王……とかじゃないよね」
 街歩きが好きだという若干破天荒なところのあるかの国王ならば、確かにふらりと訪れていても不思議な話ではない。
 もっとも最近アヤカシとの戦いも多いし、王が来ることは実際には非常に難しいだろう。千桜自身開拓者でもあったから、そのくらいの推測は容易にできる。
「うーん……それじゃあ、誰かな」
 まさかこれが彼女を呼び寄せるための口実とはつゆとも思わず、千桜は安州へと向かったのである。


 茉莉と紅葉は、無事に安州に到着した。愛犬茶房の場所は知らないので、そちらへは同行してもらっている開拓者に案内してもらう。
 一方千桜はその二日ほど前には到着していた。愛犬茶房に顔を出すと見覚えのある開拓者――神音と香里の姿があったのでわずかに驚いていたが、香里がふっくらと微笑みながら、
「私達も特別なお客様をお迎えするお手伝いの依頼でこちらに参りました」
 とはぐらかしておく。確かに間違ってはいない。――やってくるのが誰か、誰にとって特別か、それを伏せているだけで。
 実際、トキワは開拓者に何かの折につけ依頼を出している。それなら手伝いの依頼があっても不自然ではないと妙に納得してしまうのであった。
「そういえば千桜様、特別なお客様にお出しするお料理はどうしましょうか。味や見た目ももちろんですけれど、香りの豊かな果物を使ったお菓子や、食感の違いを楽しめるものがあるといいかもしれませんね」
 無論千桜のほうがそういった知識があるので、具体的な内容は彼女が担当し、そして三人で作成する。
「そろそろ桃の季節ですし、李や真桑瓜なんてものもありますけれど……千桜様はどんなお菓子がお得意ですか?」
「そうね、桃はいいかもしれない。あと、飲み物もよく冷やした梅を使うといいかも」
 まあ、美味しそうですねと香里はほころぶように笑った。


 ――そして。
「いらっしゃいませ」
 約束の日。『特別なお客様』とやらは、トキワがその応対に向かっているらしい。
(誰なのかな)
 千桜も流石に気になってくる。それに気づいたのだろう、神音がにっこり笑ってぽんと千桜の背中を押した。行って来い、というかのように。千桜はお冷を盆に乗せ、客席に持っていき――言葉をなくした。
「茉莉……? 紅葉も……!?」
 茉莉は楽しそうに言った。
「お久しぶり。――千桜」
 茉莉は桜の提案を受け入れ、いつもよりも髪型をふんわりとさせた上に洒落たヘッドドレスをつけている。薄化粧をした上に前髪を適度に流して傷を目立たなくするあたり、年齢相応のおしゃれさんだ。もともとくっきりした目鼻立ちだったこともあって、やや大人びて見えるくらいである。
 一方の紅葉はおとなしい色合いの着物、髪の毛も整えられている。目元は隠すように黒い眼鏡をつけているが、逆にそれも洒落た感じに思えるあたり、やはりこちらも素材がいいのだろう。
 開拓者たちも立ちあいながら、三人は向かい合う。さすがにこうなれば自分のために来たこともわかるし、自分のために用意された場所であることも理解できるので、千桜も照れくさそうに座った。
「ほら、千桜さん。給仕とかはうちのカナンが手伝うから、ゆっくりして」
 神音がにっこり笑う。上級人妖のカナンが、任せておけとばかりに胸をとんと叩いた。


 愛犬茶房は急遽本日貸し切りと相成った。やってきた店の犬達と桜の忍犬雪夜が無邪気にじゃれまわるのを見て、仲間たちも心が緩む。その様子が見えない紅葉も、足元にじゃれついてくる子犬をそっと抱き上げ、嬉しそうに微笑んだ。
 とはいえ、話のきっかけは見つからない。静かな時間がしばし続く。
「……そういえば、三人の出会いってどんな感じだったの?」
 と、桜が問う。沈黙の続く中に、話題を振ってみたのだ。
「……そうね。同じ師に学んでいたのだけど、そこで初めて会った時はふたりとも今みたいに静かだった」
 沈黙を破ったのは茉莉。するとたちまち、紅葉もクスッと笑う。
「あの頃はみんな都に出たばかりだったから、ね。照れ屋だったんだよ、今に比べて」
「最近はその先生とも、やりとりしてるんですよね」
 无が言うと、全員が頷く。
「あたしは、二人の消息を追いたかったし……」
「私は、地元でもできる研究や、自分が他の人に教える場合のコツとかね」
「僕は……視力の回復の研究で」
 三者三様だがそれぞれにとって大事なことなのだろう。
「どうなりそうなの?」
 誰もが興味があるらしく、ワクワクと尋ねる。
「まだまだだけど、諦めるつもりはないよ」
 その声は、強い意志が宿っていた。

 それからしばらくはとりとめもない会話が続く。と、神音がこんなことを口にした。
「あのね。神音、神音のセンセーのことが大好きで、おヨメさんになりたいなって思ってるんだよ。みんなは誰か好きな人とか、こういう人がタイプとか、あるのかな?」
 無邪気な少女の言葉に、三人はぽっと赤くなってお互いの顔を見合わせる。
 茉莉は紅葉のことを好いていて、千桜はそのことを知って応援している――だからこそ、顔を赤くしてしまうわけで。
「神音さんは伝えたの?」
 尋ねられて、神音はへへへーっと笑う。
「うんっ、だからどうなのかなって」
 けれど三人は目配せしつつ、「秘密」とだけ言った。
 それはやはり、三人だけの情報にしたいのだろう。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて、気づけば夕方。
 三人は今夜、愛犬茶房の方で用意した宿に宿泊するのだという。
「ちょっとしたご褒美ですよ」
 トキワはそんなことを言って微笑んでいた。
 さすがにそこにまで割りこむのもどうかということで、ここで開拓者とは別れることになった。
 神音はお揃いのお守として絵馬を贈った。
「新しい絆のための記念にね」
 三人はそれを有りがたく受け取る。香里も言葉を紡ぐ。
「全く違う道も選べれば、歩み方を変えたかつての道も志ざせるはずですから」
 寿ぎの言葉であった。

 ――友が友と信じている限り。
 ――きっとその関係は、保ち続けられる。
 ――出会った縁は、簡単には切れないのだから。