【痕】痛みの在処は
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/19 22:39



■オープニング本文

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 ――月島千桜(iz0292)についての調査。
 愛犬茶房で女給頭を務める元開拓者で、陰陽師。

 みんな、このくらいしか知らなかった。
 痕の存在も、知らなかった。



「それにしても、千桜ちゃんにそんな事情があるなんてねえ」
 青年の一人が、しょんぼりしたように呟く。
 春夏冬の街を明るくいてくれていた一人であるはずの彼女が抱えている闇は、決して小さくない。
 元々新興の街、そういうワケありが流れてくるのもないことではないのだが――千桜もそういう一人だというのが、やはり動揺を隠せない。

 ただ、それから彼女は青年会に頭を下げた。
 もし可能ならば、二人の友人にもう一度会いたい――と。

 そしてそんなことのあった、十日ほどあと。
「情報を掴んだぞ!」
 商人の情報網というのは馬鹿にできない。それを駆使して、春夏冬の商人たちは千桜の友人を探していたのだ。
 一人は茉莉。
 もう一人は、紅葉。
 はじめはクラスと年齢くらいしかわからなかったが、ようやく何か有益な情報を手に入れたらしい。
「茉莉って方の田舎がわかった。安州からは西に行ったほうだな、ちょいと時間がかかるかもしれないが……」
「千桜ちゃんには伝えたのか?」
 青年会の仲間が尋ねると、頷いて返す。
「ああ、……複雑そうな顔をしていたが、会いたいって言ってたよ。開拓者さんたちに頼んで、付き添ってもらうといいかもしれないな」
 それならば、と青年会は動き出した……。


 安州から、西に早馬で3日ほどの場所にある、決して大きくはないとある村に、その人物は一人――いや相棒と一緒に住んでいた。
「茉莉、今日はどうするにゃ?」
 以前からの相棒である猫又の結が、首を傾げて問いかけると、呼ばれた少女は猫又に枕を投げた。結は慌てて避ける。
「……茉莉……」
「誰とも口はききたくないって知ってるでしょ?」
 有無を言わせぬ主の言葉に、猫又の髭がしょんぼりと垂れる。
(茉莉、都にいた時とはずいぶん変わっちゃったのにゃ……)
 そう心で思いながら、結はとぼとぼと野良仕事の手伝いに出かけた。
(千桜と紅葉がいたら、違うのかもしれないにゃ……)
 結果は全くわからない、けれど。
 このままでは茉莉はダメになってしまう、それだけは予感していた。

 そしてその日――
 安州からやってきたという開拓者が現れたのである。


■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
无(ib1198
18歳・男・陰
真名(ib1222
17歳・女・陰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
葛 香里(ic1461
18歳・女・武


■リプレイ本文

 ――これは、悲しい痕の物語。
 ――すれ違いと想いの違い、それらの生んだ物語。


(茉莉にあうのは、まだ怖くはあるけど)
 月島千桜(iz0308)は思う。
(それでも、立ち止まっていては――)

「よ! この間の雛祭り以来だったっけか?」
 そう言いながら快活そうに笑うのはルオウ(ia2445)。傍には輝鷹のヴァイス・シュベールトもいる。更に、神仙猫の雪も。
「ルオウさん」
 千桜が挨拶すると、彼は頷いた。
「みなまで言うなって。こっちは知り合い。……千桜は会ったことあるか?」
 そう言って彼が示すのは天妖の鶴祇を連れた黒髪長髪の青年、竜哉(ia8037)と、玉狐天の紅印を連れた黒髪の少女、真名(ib1222)だ。
 千桜が鷹揚に頷くと、竜哉の方も頷いた。
(……気持ちはわかる、なんて綺麗事は俺には言えない。話から想像はできても、それはきっとアンタの現状とは程遠いだろうからな)
 それは千桜か茉莉か、どちらに思ったことだろうか。
「とりあえずは千桜、知っている話について道すがらでいいから聞かせてくれないか」
「……そのくらいなら」
 千桜は、頷いた。
「そうそう、私は真名。よろしくね、千桜さん」
 今はジプシーだが、朱雀寮の卒業生なのだという彼女。
(でも、術の失敗っていうのは気になるわね……)
 陰陽師だからこそ、思う疑問。彼女は事前に千桜の通っていた私塾を訪れていた。これには、似たようなことを考えていたリィムナ・ピサレット(ib5201)や葛 香里(ic1461)、无(ib1198)も一緒に訪れていた。
 以下はその時のやりとりである。……


「お忙しいところを度々すみません」
 香里が土産を携えてそう言い、共に訪れた真名が朱雀寮の出身ということもあって、話はすんなりと出来た。
「千桜さんたちが行った術というのは、どういうものだったの?」
 リィムナが問うと、師匠は頷いた。
「今は失われた術式の再現実験だったようじゃの。事故現場にはいくつも関連書籍が散乱しておったから、はっきりと断定はできんが……」
 術そのものについて、これ以上は師匠としても話題に触れたくはないらしい。
「三人共同で行うものだったのですか?」
 今度は香里が問う。
「特殊な術式を試していたのは確かじゃの。三人で力を合わせて発動しようとしておったようじゃが、何しろわしらですら完全な再現は困難じゃからのう」
 老齢の師匠でも困難な術式を、十代の子どもが、たった三人で。無謀な試みだったに違いない。
「千桜さんは、ご自分が傷つけてしまった、と……」
「あの子はそういうものを背負いやすい子ではあったからの。必要以上に責任を感じてはいると思う」
「三人でなければならない理由とかはあったの?」
 リィムナの疑問はもっともだ。
「仲が良かったから、秘密を共有したかったんじゃろうな。元々その術式の書かれた本自体が禁帯出で、だからこそ三人きりの秘密ということだったんじゃろ」
 仲が良かった三人――千桜、茉莉、紅葉。
 それぞれが今は傷を負い、そして開拓者をやめているというが。
「三人はどんな関係でした? あと、専門とか」
「それと、もしわかれば事故で負った傷の箇所や、その後の変化なども」
 真名と无が交互に尋ねる。无の相棒である宝狐禅のナイも、興味深げに首を傾げていた。
「それぞれが陰陽術一般に長けていて、専門……といえるほどのものはなかったのう。もともと全員朱藩の出身で、年齢も近いことがあってすぐに意気投合しておったんじゃが」
 そこで彼は一度言葉を切る。
「千桜は快活でわかりやすい子じゃったな。茉莉はちょっと気難しいところはあったが、他の子を引っ張っていくような感じの子。あと紅葉じゃが……優しい子じゃったな、優しすぎるくらいに」
 師匠曰く、事故の傷は茉莉と千桜がほぼ同等で腕と足がズタズタに。そして紅葉が、腕の傷と同時に光を失うことになったということだった。
 今、千桜は茶房で女給をしている。茉莉は、……噂ではかなり荒れた生活をしているようだ。そして、紅葉はいまだに行方がわからない。光を失っている状態であればおそらく故郷であろう。念のため紅葉の出身地を確認しておいた。
 次に探すことになっても、これでだいぶ絞られるはずだ。
「そうだ」
 无は師匠に問いかける。
「あなたなら、今の三人にどう声をかけますか」
 師匠は顎に手をやり、そして言った。
「――過去に捕らわれるな。未来はまだある、と。会う機会があったら、伝えてくれませんかの」
「わかりました」
 青年は、こくりと頷いた。


 さて、回想は終わってやはり道程である。
 偶然噂を聞いて今回の道行に参加した蓮 神音(ib2662)は、仙猫のくれおぱとらを撫でながら、改めてご挨拶。
「神音に何ができるかわからないけど、精一杯お手伝いさせてもらうね」
 まだ幼さの残る少女は、そう言って笑う。その笑顔に、千桜も頷き返した。まだ、曖昧な笑顔ではあるけれど。
 ちなみに千桜の服装は、流石に普段の女給姿ではないがいつもとそれほど変化がないといえばない。ブーツは足の傷を隠し、そして長時間の移動に耐えられるようにという心の表れでもあった。
(……でも、傷痕を見るたびに思い出しちゃうなら、気持ちの整理はつけたほうがイイわよねぇ?)
 闘鬼犬の桃と忍犬の雪夜を連れた御陰 桜(ib0271)は考える。
「ねえ千桜ちゃん、口にだすコトで気持ちを整理しやすくなるって聞いたコトあるし、あたしで良かったら話を聞くわよ?」
「そうですね。本当に、ありがとう」
 千桜は何度も頷いた。
「……茉莉は、許してくれないんじゃないかって、ずっと不安なんです」
「どうして?」
 それは――と、口にしようとしたところで、竜哉が指さした。
「着いたぞ」


 そこはごくありふれた田舎町――村のほうが適切かもしれぬ――だった。
「おや、兄さん。この町は初めてかい?」
 そんなことを尋ねられ、一足先に調べに行ったルオウは頷いた。
「ああ。俺は開拓者で、ちょっと調べることがあって」
 そう言うと、彼らはわずかに首を傾げる。
「この辺にゃあ、アヤカシも最近は出てないはずなんだがなあ。何かあったのかい」
「ん、この町に茉莉って姉ちゃんがいるって聞いたんだけど」
 すると、町の衆は顔を見合わせた。
「……あの子にあっても、今は無理だと思うね。前は随分優秀な子だったけど、今は随分荒れちまってな」
「その辺りは聞いているけど、どういう人なのかわかる範囲で教えてくれねーか?」
 すると町人たちは話しだす。
 手と足にひどい傷を負って戻って以来、滅多に外に出歩くことがなくなった。そして、普段の雑用は相棒の猫又にほとんど任せきりということ。
「以前は町一番のいい子だったんだけどね。都で随分な目にあったみたいでさ」
「ああ。志体もちだからって都で陰陽師の修業をしていたけど、事故にあったとかで」
 しかし詳細については聞いていないらしい。

 ルオウが戻ってきたところで、一旦開拓者たちは相談する。
 町の人達に詳しいことを言ってないようなので、これ以上の情報を得るのは難しいかもしれない。
「そうだ。相棒さんの方、そちらに会えないでしょうか」
 提案したのは香里である。彼女の相棒の甲龍・白梅は町の外でお留守番だが。
「場合によってはお手伝いしたり、話すきっかけを作ることはできるでしょうし」
「そうね、猫又の結ちゃんだっけ。そちらからあぷろーちをかけるのがいいかなと思うわね」
 桜も賛成すると、
「あ、それなら神音は普通の猫達にも聞いてみたいな」
 くれおぱとらの能力を使えばそれも可能なのだと言って笑う神音。同じことはルオウも考えていたようなので、これはうまくいくだろう。
「そういえば千桜さん、貴方は相手に対してどうしたいと思っていますか?」
 无は千桜に向き直る。
「茉莉がもしそんな状態になっているのなら、あたしの責任でもあるかもしれない。だから、もう一度きちんと謝りたい」
 その言葉に、頷く无。そして、師匠の言葉を伝える。
「……先生が」
「ええ。前を見るのは大事ですね」
 歩みだそうとしている千桜。茉莉は、――どう思うだろうか。
「俺は、もう少し聴きこみをしてみる。彼女自身が外に出なくても、生活態度などは調べればわかるはずだ」
 竜哉はそう言う。
「ま、せっかく友達に会いに行くのに緊張してちゃダメだぜー?」
 難しいだろうと知ってはいるが、そんな言葉で場を和ませるルオウ。千桜は、わずかに頷いた。

 ――じゃあ、次は彼女の家で。
 待ち合わせの時間と場所を決めて、各々思うように調べに向かった。


 猫又の結は、困っていた。
 気持ちがわからないわけでもないのだが、それでも引きこもったままの主をどうにかしたいとは思う。しかし当座の生活を支えるのは結であるので、野良仕事などもせざるを得ない。
 と、すっと手を差し伸べてくれる女性がいた。
「お困りのようでしたので」
 香里であった。その脇では、桜も手を振っていた。
「見ない顔だけど、旅の人ですかにゃ」
「ええ、開拓者です。こちらには――とてもご主人思いの猫又様がいらっしゃると聞きまして」
「猫又ちゃん、すごいわねぇ。びっくりしちゃった」
 二人はあえて、主の現状をはぐらした言い方をする。結は、寂しそうに呟いた。
「茉莉は……かわいそうなのにゃ」
「かわいそう?」
 結は話し始めた。
 茉莉はすでにアヤカシによって両親をなくしていること。
 それとほぼ同時期に志体持ちと判明し、都に出たこと。
 陰陽師としての卓越した才能があったこと。
 けれど勉強中の事故で、開拓者としての道が閉ざされてしまったこと。
「強い方なのですね」
 聴き終わって、香里はそう言った。
「そうなのかにゃ?」
「ええ。今は辛い時期なのかもしれませんが、もっと駄目になる方もいらっしゃいます。結様は、茉莉様のことがお好きなのですね」
 猫又は頷く。
「不幸な事故が続いただけなのにゃ。もちろん表に出て欲しいけど、今はそうやって心を癒やす時期なのにゃ」
 香里は頷く。
「実は、その茉莉様のために参ったのです。千桜様と話してもらいたくて」
 すると、結は髭をぴんとさせた。
「千桜! 千桜がいるのにゃ?」
 香里は頷いた。
「……だからね、二人が仲直りできるように協力してもらえないかしら?」
 桜も笑って、そう提案する。
 猫又は、嬉しそうに尻尾を大きくふった。

 一方、普通の猫達に話を聞き出そうとしているのは神音とルオウ。猫は気ままな生き物、時折茉莉の住む家に忍び込んだりもするらしい。そんな彼らから得た情報は、今までと大差はないが、彼女は顔にも傷があることを教えてくれた。恐らく満足に動かない足で無理に歩こうとしたのも影響しているだろう、と。
「傷の深度は、こちらのほうが重かったみたいだね」
 年若い女性の顔に傷となれば、外出がためらわれるのも納得の行く話ではある。
「とりあえず、本人にあってみないとわからないかもなー」
 ルオウはうーん、と声を上げた。

「そういえば千桜さん。茉莉さんが表に出ない理由って、どう思う? 挫折や怪我ももちろんあるんだろうけど、引きこもっているのは、現実を見つめたくないっていうのも大きいと思う」
 リィムナは千桜と話している。彼女は千桜と待ってくれているのだ。
「……うん、以前はあたしが引っ張られてたけど」
「うん。人間って生きている以上、何があっても現実を見据えて前に進まなきゃいけないでしょ? 茉莉さんは、それを拒否してるんじゃないかなって思うんだ。……だから、過去を乗り越えて今の生き方をしている千桜さんを見て、ひどい言葉をかけたり、激しい拒絶があったりするかもしれない」
 現役開拓者のあたしたちにも言えるけどね、と少女は笑う。
 しかしその眼差しはいつも以上に真剣であることを、千桜はわかっていた。
「千桜さんはどうなの?」
 問われて、千桜は瞬きする。
「茉莉さんと話して、また友達になりたい? 茉莉さんの現状をどうにかしたいって思う?」
 リィムナの問いは真剣で――そして辛辣。しかし、千桜は頷いた。
「友達だもの。また前みたいに話したいって思う」
 その言葉に、少女は嬉しそうに笑った。
「それなら、どんなことされても根気よく自分の気持ちを伝えたほうがいいよ。気後れするのはわかるけど、友達って想いが伝わるものだと思うから」
「うん……ありがとう」
 千桜は、何度も頷いて、礼を述べた。
 空でリィムナの相棒である上級迅鷹のサジタリオが、そんな二人を見下ろしていた。

(心の傷、か)
 神音は思う。かつて生成姫が力を振るっていた頃、彼女はその『子供達』の一人を――殺した。その『子供』はとある女性の実の妹であった――その女性もかつては『子供達』の一人であったのだけど。
 そしてその事実を、神音はその人にいまだに言えない。神音はその女性のことが好きだからこそ、そのことが胸に刺さった棘になってしまっているのだ。
(もし千桜さんも茉莉さんも、同じように言いたいことが言えないなら)
 スパッと言って、棘を抜いたほうがいいと彼女は思う。刺さったままでは決して傷は癒えないから。
(まあ、神音が偉そうに言えることじゃないけど)
 でも、彼女は思うのだ。自分のような思いをしてほしくないと。

 竜哉はいまだ聞きまわっていた。
 茉莉の気に障った言動などがあるなら、と思ったのだが――彼女はとにかく『人に会いたくない』らしい。
 けれど、彼は諦めずに根気よく聞いた結果――

 友人の話題を厭うということだけは、はっきりしたのである。


「結!」
 待ち合わせ場所である茉莉の家の前で、千桜は友人の相棒と最会を果たした。
「千桜……よく来てくれたのにゃ」
 結は千桜の怪我のことも知っている。彼女が無理をしていることがわかるのだろう、足をぽふりと触った。
「大丈夫にゃ?」
「ありがと、今は大丈夫。それより……」
 千桜が口ごもると、猫又は頷く。
「さっき聞いたのにゃ。今なら……うまくいくと信じてるにゃ」
 結の言葉に勇気づけられた千桜は、こくりと頷いて戸を開け、中に入った。

「遅かったじゃない。そういえばさっきから天妖がいるんだけど、知り合い?」
 その少女は、戸に背を向けて横になっていた。どこか疲れたような声である。ちなみにこの天妖とは鶴祇のことである。猫又が外に出ている間の手伝いをと思って、動き回っていたのだが……しっかり気づいていたようだ。
「……茉莉」
 震える声で、千桜は名を呼ぶ。がたん、と音を立てて、振り返る。
「千桜……!?」
 振り返った顔、額に走る大きな傷。先ほど猫から聞いた情報のものだろう。
「なんで、あんた、ここに」
 腕に刻まれている傷を隠すこともしていない。家に引きこもっているからこそなのだろうが。
「話がしたかったの。ここには開拓者に手伝ってもらって」
「……っ、あんたがっ」
 千桜を見据え、茉莉は涙を浮かべる。
「あんたがいたから! 開拓者もやめなきゃならなくて! 紅葉は目が見えなくなって! バラバラに、なって……ッ!」
 その辺りにあった適当な本を、何度も茉莉は千桜に投げつける。しかし千桜は決して避けなかった。涙を一筋零し、茉莉を抱きしめた。
「……ごめん。もっと早く、来ればよかった」
「そんなことを言わないでよっ!」
 しかし、千桜は妙に落ち着いていた。言わねばならぬこと、それがあったからだ。
「……師匠から、伝言。過去に捕らわれるな、未来はまだある、って」
 千桜の言葉で、目を大きく見開く茉莉。しかし、乱れた心は素直に受け止められなくて。
「帰っ――」
 そう茉莉が言おうとした時、突然桜の相棒二匹が人懐こく近づき、挨拶とばかりにペロリ。
(あにまるせらぴ〜ってあるものね)
 という桜の言葉が蘇る。ふわりと漂うのは柔らかい香り。竜哉が用意したアロマキャンドルからのものだ。
(お花見に行きたいわね、季節もいいし)
 そうも言っていた桜、きっと今頃それに適した場所を探しているのだろう。
「……花見に行かない? きっと今頃皆が用意しているから」
「皆?」
 訝しげに茉莉が問う。
「うん……おせっかいだけど、いい人たち」
 千桜の言葉に、彼女は一瞬眉を動かして、
「……そこの松葉杖、とってちょうだい」
 ぶっきらぼうにそう言った。
「そんなおせっかい、顔を見て文句言いたいわよ」
 とかなんとかぶつくさ言っているけれど、言葉の棘は少し丸くなっていた。


 花見は、町の郊外で行われた。
 各々挨拶を交わし、茶と菓子を取り、そして花を見る。
 口を開いたのは、无だった。
「……茉莉殿は、今どう思い、そしてどうしたいのですか」
「そうね」
 ややむっすりした口調だが、茉莉はゆっくり言葉を紡ぐ。傷は、服や手拭いでうまく隠していた。
「どうしてこうなったかって、ずっと思ってる。この体で開拓者はムリだしね」
 茉莉はむくれたままそっぽを向いた。香里が言う。
「それなら、何かで一歩を踏み出しませんか。家でできる一歩もあるでしょうから、そんなところから」
 責めるつもりはない。前に進むことこそが彼女に必要なことと思っているのは、誰もが同じ。
「……神音も、そう思う」
 神音が呟く。自身の過去を思い起こしながら。
「うーん、部外者の私にはうまく言えないけれど」
 真名はそう前置きをして話す。
「傷を負ったのは三人とも一緒なら、その大小ってないと思う。そして月島さんは止まっていた時間を動かした。貴方に会うことがその現れよね。茉莉さんはどうなの? そのままで、いいの?」
 その言葉は確かにその通りで。
「茉莉、このままじゃダメにゃ」
 結が言う。と、茉莉は額の手ぬぐいをそっと外した。そこに刻まれた傷は大きい。女性としては致命的であろう。
「この傷は消えない。だから、もう時間が戻らないのもわかってる。わかってはいるのよ、でも」
 そのまま少女は涙を零す。
「どうしていいのかわからないのよ。だって、紅葉は、もう私を見ることが出来ないし、もし目が見えても私はこんな傷見せたくないし……っ」
 その言葉はある意味で意外なものだった。まるでそれでは――恋する乙女だ。
「え、紅葉ってもしかして――」
 お前の想い人なのかと。そう聞きたいが、聞けない。その雰囲気を察した結が助け舟を出した。
「……もしかして名前で勘違いしてたにゃ? 紅葉は、男にゃ。もっとも、男性的かって言うと、そうでもないけどにゃ」

 ――紅葉は、優しい子じゃったな。

 ……言われてみれば、あの師匠は『性別』を言わなかった。
 しかし、そうなら符号があう。
 茉莉が表に出ないのは、醜くなった己を晒すのが怖くなったからだ。たとえ相手が盲ていても。
 千桜が必要以上に怯えていたのは、きっと――茉莉が紅葉をどう思っているか、気づいていたからだ。


 数日後、町を去る時がやってきた。
 茉莉と開拓者が親しくなりつつなる中だったので、別れは寂しく感じられた。
「……とりあえず、師匠に手紙を出してみる」
 学問好きな茉莉はもう少し勉強をしたいという。まだ思うところはあるようだったが、茉莉も一歩を踏みだそうとしている。それがわかって、千桜は嬉しかった。
「紅葉は……あたしが探してくる。そして、謝ってくる」
 千桜の言葉に、茉莉は頷く。
「傷のことは言わないでね」
「ねえ茉莉ちゃん。千桜ちゃんも。最後に幸せなら、辛かったことも思い出の一つにシちゃえると思うし、楽しんでいきたほうがいいんじゃないかしら?」
「そうかもね」
 そして彼女は、学問を選ぼうとしている。やはり大きな前進だろう。
「茉莉、そばにいるのにゃ」
 結がちょこんと座っている。香里は微笑んだ。
「茉莉様。結様も、こうおっしゃっています。絆を考えてください。きっと、大丈夫です」
「……ありがとう」
 茉莉は、最後に素直な言葉を口にした。


 そして痕の物語は。
 二人の少女と一人の少年の物語は。

 鍵を握る少年へ続く――。