【痕】知られぬ痛み
マスター名:四月朔日さくら
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/25 21:41



■オープニング本文


 その術式は、危険――と言われていた。
 それを試みて、無事だったものはいないと。
 (そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない)
 少女はそう思っていた。
 少女と、仲の良い友人たちは、優秀な陰陽師とうたわれていて。

 しかし――それは過信に過ぎなかった。


 月島千桜(iz0308)は、ぼんやりと己の腕を見る。
 そこには、引き攣れたようなひどい傷跡があった。
 若気の至り、というやつだ。もっとも、今だって千桜は年老いているわけではないけれど。
「千桜ちゃん、いるかい?」
 そう尋ねられて、千桜は慌てて腕を隠す。
「あ、はい」
 笑顔で応じたが――商人特有のカンと眼力が、見過ごすはずもなかった。
「なんかあったのかい? 相談に乗れるなら、乗るけど」
「あ、いえ……むかしのこと、ですし」
 言葉を濁して取り繕う。
「それで? 今日は何かあったんですか?」


「――というわけだ」
 その晩、春夏冬の青年会有志は、千桜の言動について話していた。
 チラリと見えた腕の傷。それは年若い少女に不釣りあいなほどの凄惨なものであった。
 そして、取り繕うような笑顔。
 ……言われてみれば、彼らは千桜のことを殆ど知らない。
 愛犬茶房の女給頭、元開拓者でギルドとの交渉役――そのくらいしか。
「確か千桜ちゃん、陰陽師だとは聞いてるな。あまり陰陽寮とは縁がないって言ってたけど」
 ついでに言えば、相棒は忍犬である。
「何かわけありで、この春夏冬に来たのかね」
 青年たちは腕組みをする。実際この町にはちょっとした訳ありの人間もいなくはない。もしかするとそういう一人なのかもしれないと、彼らは考える。
「……取りあえず、考えても仕方ない。こういう時は――」
 ギルドに依頼してみよう。彼女の素性を。過去を。

 たとえそれが悲しいものだとしても、彼らは受け入れる。
 だって、千桜という少女は、もはやこの街になくてはならぬものだから――。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
葛 香里(ic1461
18歳・女・武


■リプレイ本文

 ――考えて見れば、彼女の見せる表情はいつも笑顔だった。
 だから、みんな気づかなかったのかもしれない。
 彼女の抱えていた、その闇に。


(知られたくない過去……触れても良いものなのでしょうか)
 柚乃(ia0638)は、形の良い唇をわずかに尖らせた。
 『月島千桜(iz0308)の過去を調べてくれないか』――という、商いの街に住む商人たちからの依頼。
 けれどもそれはいたずらにひっかき回せば、のちのちまでの傷は更に深いものとなろう。
 むやみにほじくり返すのは、望むところではない。
 それは他の参加者とて同じこと。
「こういうことは時が訪れれば、いずれお話してくださるとは思いますが……きっかけがなければ、胸に秘めたまま、なのかもしれませんものね」
 頬杖をつきながら葛 香里(ic1461)は首をわずかにひねる。またその一方で、
「千桜ちゃんとは知らない仲じゃないし、秘密どうこうよりも悩んでいるなら力になりたいわね」
 そう言いながら依頼人たる商人たちに、御陰 桜(ib0271)は問いかけた。
「一応聞くけど、まさか興味本位じゃないわよね?」
 相手の繊細な心の傷に触れることは、やはりためらいがある。もし興味本位でただ知りたいだけならば――それはしてはいけないこと。
「……千桜ちゃんは、今はもうこの町になくてはならない子だからさ。そんな子がしょんぼりしてたら、一肌脱ぎたくなるってもんだろ? いつも笑ってる姿が印象深いけどさ、時々、寂しいんだろうなって思うんだ。なんせ、この町に来た時には知り合いのひとりもいなかったんだぜ?」
 商人のひとりが言うと、他のものも頷く。
「あれが空元気だったりしたらさ、見てられねえな、って」
 確かに気負うところは沢山あっただろうから、それは十分考えられる。
「……わかった、心配はしないで欲しいのじゃ」
 友人の笑顔がもし空笑顔のものだったら――そう思ったのだろうか。リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、力強く頷いたのだった。
「――ああ、そうそう。春夏冬の温泉宿の割引券か宿泊券――そんなものは用意できないかしら?」
 桜は艶然と微笑む。
「心を開いて話をするなら、裸の付き合いっていうのもアリでしょ♪」
 いろいろな意味で抜かりない、桜であった。


「まずは、ギルドが一番そういうものを把握しやすいじゃろうな」
 リンスガルトはそう言って、ニマッと笑う。同様のことを考えていた柚乃も、同じようにギルドへ向かった。
 開拓者ギルドには、千桜は今もなにかにつけて顔を出しているし、あたりがつけやすかろうと判断したのだ。
 その作戦は、半分正解であった。
 確かに『月島千桜』なる陰陽師の登録はなされていたが、一年ほど前に引退宣言をしたという記述があったのだ。
 ちょうど千桜が安州の『愛犬茶房』に姿を見せ始める直前である。
「やはり何らかの理由でやめた、ということでしょうか?」
 柚乃が問えば、
「うむ、そうじゃろうのう。……なかなか、手強そうじゃな」
 リンスガルトはひとつため息を付いた。
「やはり春夏冬の女給頭になる以前までが鍵、でしょうか」
「おそらくな」
 折角なので、以前の経歴も、頼んで調べてもらった。依頼内容はとくに不思議なものはない。傾向も結構いろいろなものに、むしろ積極的に依頼に出ているくらいで、それは今の彼女からはなかなか想像の付かない姿だ。
「商人さんの見た腕の傷……もし依頼でついたというなら」
 もしもそうなら、最後に受けた依頼が鍵になっている可能性が高い。しかし最後の依頼はアヤカシ退治ではなく、失せ物探しだったようである。依頼記録にフィフロスを施してもみたが、こちらは残念ながら空振りに終わったようだ。
 ただ、依頼履歴を見てある共通点に気づいた。
 千桜はほぼ毎回と言っていいほど、とある開拓者たちとともに行動をしているのだ。
 その人物たちの名は、『茉莉』と『紅葉』。
 三人で依頼に参加していることもあれば、どちらか片方とということもよくあったようだ。
 この二人も陰陽師で、年齢も千桜に近い。茉莉は十八歳、紅葉は十九歳、そして――
「……どちらも開拓者を、引退している……?」
 しかも、引退は千桜が朱藩に現れたのと同じ頃。そしていずれも、神楽の都を離れているとも書かれていた。何があったのかまではわからない。
 ただ、何か引っかかるものはあったのだった。


 一方こちらは春夏冬。
 ふきのとう味噌を作った香里が、それを手土産に携えて千桜に会いに行く。桜も、愛犬茶房で聞きたいこともあるということで、こちらも一緒に行動だ。
 愛犬茶房も随分知名度が上がってきたらしく、以前よりも客足が増えているのは、春夏冬の観光活動に何かと手伝ってきていた桜としてもちょっぴり感慨深い。
「わあ、ふきのとう味噌! 美味しいですよね」
「ええ、都でも出まわるようになりましたので、思わず。故郷の尼寺ですと、裏山で山のようにとれたのですけど」
 けれどもおごることなく、他愛もない世間話をしながら千桜はいつもと変わらぬ笑顔で二人を出迎えてくれた。しかしその笑顔をよくよくみれば、――ちょっと作り物めいている。
 けれどそのことにはあえて触れず、二人はいつもの様に振る舞う。
「そういえば、千桜ちゃんの忍犬、まるちゃんだっけ。あんまり見たことないのよねェ。ちゃんと挨拶もしたいわ♪」
 桜が言うと、
「ああ、そうですね。なかなかお披露目する機会もなくて。でておいで」
 千桜は犬を呼び出す。
「わんっ」
 すると、なかなかに賢そうな顔つきをした、可愛らしい犬がやってきた。種類で言うと豆柴だろうか。
 犬好きの桜はすっかりめろめろだ。
「……そういえば、千桜様は懐かしい故郷の味とか、お有りですか?」
 ふきのとう味噌でひとしきり盛り上がった後、おっとりと香里が聞いてみる。
「そうね……もともと朱藩の出身だから、海の幸がやっぱり印象深いというか、なんというか。春夏冬でも口にすることはできますけど、やっぱりこの時期なら……いかなごのくぎ煮とか!」
 いかなごのくぎ煮。
 思い出しただけでつばが出てくるようで、千桜は小さく喉を鳴らした。そんな様子を見て、香里がクスクス笑う。
「それなら今度、土産に持ってまいりますね。出来立ての手作りのほうが、やはり美味しいでしょうし」
「楽しみにしてます!」
 千桜の子どもっぽい笑顔に、香里も桜も、つい笑顔に。
(でも、朱藩の出身ですか……陰陽寮の所属ではなかったようですし、どこかに先生がいらっしゃるとは思うのですが)
 香里は、あとで調べるべきことを見つけた気がした。

 そのころ桜は――といえば。
 他の観光客たちと一緒に、愛犬茶房の犬達に癒やされまくっていた。あえて千桜の近くではなく、他の女給と会話を交わす。
「そういえば千桜ちゃん、元気ないみたいだけど。ナニかあったのかしら?」
 女給たちは顔を見合わせる。そして年若い女給の一人が、恐る恐る口を開いた。
「……千桜さん、私達にもあまり昔のこととかは話さないんですけれど、たしかに最近おかしいんです。溜息ついたりとか」
「そういえばこの間、しきりに日付を確認してました。結構よくあることだから気にしなかったけれど、その頃からちょっと元気なさそうな感じなんですよぉ。なんかあったのかもしれないなあとは思うんですけど」
 女給頭といってもまだ二十歳になるかならぬかの少女。
 普段から接することの多い愛犬茶房の仲間には、やはり違和感が伝わっていたらしい。
「ふぅん……」
 桜はゆっくり頷くと、相棒の桃に、千桜の相棒・まるから話を聞けないかと促してみた。そして桃がまるから聞いた話は――
「千桜様の腕の傷は、まるが相棒になった頃にはなかった。神楽の都を離れる直前についたらしい」
 ということだった。


 一旦集まって整理をする。
 都では開拓者として積極的に活動していたこと。
 一年ほど前に、開拓者を休業していること。
 たいてい『茉莉』あるいは『紅葉』(場合によって両者)という開拓者と行動していたこと。
 そして、おそらく腕の傷は――依頼でついたものではないこと。
 目撃者の話では、どう見ても失せ物探しでついたものではないということだからだ。
「私……千桜様が陰陽の術を教わったという先生がいらっしゃれば、その方に話を伺いたいと思います。調べれば、出てくると思われますし」
 香里が、力強く頷く。
「それなら、ちょうど先ほどギルドで情報をもらいました……どうやら、神楽の都にそれらしい人物の開いている私塾はあるみたいなんです」
 柚乃が渡した紙には、その師匠らしき人物の名前。
「助かります」
「いや、なんということもない。開拓者たるもの、神楽の都に住まうからな。依頼で同行した経験のある者にいくらか問うてみたのよ」
 リンスガルトが笑った。
「にしてもこの依頼。隠す必要があまり感じられぬ故、本人に素直に聞いてみたいと思うのじゃが」
「あたしも。こういう時はそれこそ裸の付き合いってね♪ 千桜ちゃんは傷のこともあるだろうけど」
 桜も同意すると、ピラリと見せたのは温泉宿の宿泊券。先ほど頼んだものだった。
「折角この町に温泉もあるし、利用しないテはないわね♪」
 ――次の行動は、決まったようだ。


 柚乃とリンスガルトの調べた『師匠』は、陰陽師のための私塾を開いている人物で、六十がらみの髭を蓄えた男性だった。
「突然の訪問、申し訳ございません」
 香里が手土産を持って挨拶すると、師匠は呵呵と笑った。
「いやいや、今更この老いぼれに話を聞きたいというお嬢さんがいるとはのう。あの子達が去ってから、この私塾もずいぶん静かになったものだが」
「あの子達……とは、もしかして千桜様たちのことでしょうか?」
 おそるおそる香里が問うと、老人はゆっくり頷いた。
「うむ。千桜、茉莉、紅葉……いずれも優秀な弟子じゃったよ。ただ、今はもうおらん」
 茉莉と紅葉――やはり友人であったかと、香里は内心思う。
「何か、あったのでしょうか? 実は――」
 香里は、今回の件をゆっくりと話しだした。

「……そうか。千桜は今でも悔いておるのかのう」
 師匠はポツリと呟く。
「一年ほど前のことじゃ。三人は、陰陽術の実験をしておった……危険と言われる術じゃ。しかし――その術は完成しなかった」
「……」
「三人はそれぞれ怪我をおった。とくに一人は――目を、な」
 それ以外の二人も、腕や足に消えない傷を負い、日常生活には支障ないものの、開拓者として満足に活動できなくなったのだという。
「おのが力を過信した報いではある。すぐに忘れられるものでもなかろうし……な」
 ――三人がほぼ同時期に都を離れた理由が、つながった。
「今は、三人は……?」
 香里が慎重に尋ねる。
「全員故郷の朱藩に帰っとるはずじゃよ。もっとも、住んでいるのはバラバラじゃがな」


 かぽーん。
 春夏冬の温泉も、最近はずいぶん賑わってきた。
 といってもまだまだ利用者が必要なのは事実だが。
「そういえばここに来るのは久々ですね」
 桜たちに誘われ、やってきた千桜が呟く。
「たまには骨休めも必要よね♪」
「そうじゃそうじゃ」
 桜とリンスガルトは笑った。
 都から戻ってきた香里と柚乃も、頷いていた。
 
「そういえば、最近元気がないみたいってみんなが心配してたけど」
 湯船に浸かりながらそう桜が切りだすと、千桜は苦笑した。
「……やっぱりみんな心配してきてくれたんですね」
「まあの」
 リンスガルトも頷く。
「何があったか知らぬが、どうしたのじゃ? 相談にのるぞ」
「そうですね……感傷、というやつ、かな」
 問われて、千桜はそう答える。そして、腕をそっと見せるようにする。
「この傷……手と、足にあるんですけど。これは、あたしが自分の力を過信した報いなんですよね」
 内容は香里の聞いたものとあまり変わらない。
「それで、友達を傷つけちゃった。自分たちの力が足りなかったから」
 言い終わると、千桜は腕をすっと空にあげた。
 ズタズタに切り裂かれたような傷跡が、そこには残っている。
「普通の生活をするぶんには、大丈夫なんだけど。でも、開拓者としては、満足に動けなくなっちゃった」
「お友達とは、連絡したりは……?」
 柚乃が問うと、千桜は小さく首を振る。
「ううん。……怖いんだ。友達とは、喧嘩もしちゃったし……」
 すると、リンスガルトが立ち上がった。
「友達と喧嘩したからとて、臆していてどうするのじゃ。そのままでは、前にはすすめぬのではないか? 我なら、喧嘩をしても絶対に仲直りをするのじゃ。そうでないと、寂しいからの」
 自分も、相手も。
「それに、元気のない千桜ちゃんのことを心配してるみんなも寂しいわね。もちろん、あたしも」
 桜が付け加える。
「千桜さん、仲直りしましょう。元気出しましょう。柚乃たちもついてますからっ」
 柚乃もそう励ますと、千桜は――笑った。
「……そっか。ありがとう」
 香里も微笑む。
「お師匠様も心配なさってました。……これから先に悔いの無いようにするにも、ご助力いたします」



 傷跡は消えぬ。
 されどその傷の痛みを消すことはできる。
 心の傷とて同じ。

 さあ――彼女の痕は、どれくらい癒せるだろう。