【震嵐】声の主〜石鏡〜 結
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/26 15:49



■オープニング本文

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 黄泉は斃れ、古代人に誘拐された穂邑(iz0002)は無傷とはいかなかったものの救出された。
 両手両足を包帯でぐるぐる巻きにされた穂邑が仲間達に支えられて「ただいまです」と告げた時、同居人であり家主でもある十和田藤子は帰宅を喜び、敵に誘拐されるような油断をした事を怒り、傷だらけの身を案じ、そして言うべき事を一通り言い終えてからぎゅぅっと彼女を抱き締めた。
 生きて帰って来てくれた事が何よりも嬉しい、と。
 結局はそれだけだった。
 強制的に自宅待機させられていた狛犬の阿業と吽海、羽妖精の誓もそれぞれ個性的な反応で穂邑の帰りを喜び、以降は彼女に絶対安静を言い渡す。
 かくして自宅で軟禁状態に置かれた穂邑が友人達と再会出来たのは五日後――疲弊し切っていた体が回復したと誓が判断した翌日。
 奇しくもそれは、武帝こと「なーさん」から御所への招待状が届いた日だった。



 あの日、武帝は自分を遭都の御所まで送った開拓者達と、事前に連絡を受けて同席した大伴定家の目の前で、三羽烏が一人である藤原保家にはっきりと告げた。
 ――……私は彼らを……開拓者を信じても良いと思う……
 あの藤原を絶句させた程の、武帝が初めて口にした『意思』。
 これに対し藤原は開拓者達に約束したのだ。
 まずは神代の娘を救い出せ、それが出来たなら朝廷が抱えている秘密を開拓者達に明かそう、と。
 更に武帝はこうも告げた。
 代々の帝に受け継がれて来た宝珠を託し、
 ――……全員が無事に戻ったなら再び御所に来るが良い。その時には約束の酒の席でも設けよう……話すべき事はたくさんあるからな……
 穂邑の元に届けられた招待状は、その約束を果たすためのものだったのだ。

 約束をした開拓者達が招待状に目を通した頃、御所の一室では大伴と藤原が差し向かいで盃を酌み交わしていた。
「ほほう、この御所に開拓者達を招いて宴会とは武帝もなかなか」
 面白そうに笑う大伴に対し、藤原は厳つい顔を更に険しくして酒の相手を睨み付ける。普通であれば竦み上がっても仕方ないだろう鋭い眼光を、しかし大伴は意に介さないばかりか、昔を懐かしむように遠くを見つめ、語り始めた。
「つい先日の話だ。ギルドにいた私を一人の開拓者が訪ねて来ての。わしらが傀儡としてしまった武帝なのに、人間に戻すのを開拓者任せだとは無責任にも程があると説教していきおった。武帝が決断を投げたように、わしらも武帝の心を投げるのか、とな」
 言い、微かにも変化のない藤原の表情に大伴は苦く笑む。
「わしは何も言えんかった。あの事件があって朝廷を離れたわしは武帝を見捨てたも同然じゃったからな……。豊臣も孫娘に家督を譲ってしまいおったし」
 だが、と大伴は盃を呷る。
「お主だけは違う……お主だけは、あの後も変わらずに武帝を『守り続けた』」
 実の父親であった先の帝――英帝に疎まれ、殺されようとしていた武帝をずっと守り続けてきたのは紛れもなく三羽烏と呼ばれた彼ら藤原、豊臣、大伴の三人だ。
 いまなお彼が生き続けているのも彼らの献身があったからに他ならない。
 実の父親に殺されるという恐怖に怯え、絶望を知り、心を閉ざしてしまった当時の幼い世継ぎをどう守り育てていくか――結果として彼らはその方法を間違ったから開拓者に彼を誘拐させるという手段を取らざるを得なくなってしまったが、……それでも、嘘偽りない想いが其処には在る。
「開拓者を信じたい……武帝が仰せになった通りじゃ。わしも開拓者を信じる。老兵はただ去るのみ……天儀の未来を若い者達に任せようではないか。おぬしには少々寂しい話かもしれんが、な」
「ふん、くだらぬ」
 藤原は吐き捨てるように応じると、盃の酒を一気に飲み干した。
 そうして立ち上がり部屋を出て行こうとする。
「……」
 しかし襖を開ける前に立ち止まると、大伴に背を向けたまま口を開く。
「約束は約束だ。武帝が信じると仰せになるならばその御意向に従うのみだ」
 淡々と告げて、それきり大伴を残したまま部屋を辞した。
 一人きりになった大伴は自らの盃に酒を注ぎ、先ほどの藤原と同様に一気に飲み干す。
 その口元には確かな笑みが刻まれていた――……。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰
呂宇子(ib9059
18歳・女・陰
ウルスラ・ラウ(ic0909
19歳・女・魔


■リプレイ本文


 なーさんからの招待状を嬉々として報告する穂邑だったが、集まった面々の表情は険しい。
「えと……その……」
 厳しい視線を集めて口籠る穂邑に対し、狛犬達を抱っこしながら胸の内でこっそり「頑張れ」と呟き涙を拭う真似をするのは柚乃(ia0638)。
 頭ごなしに怒鳴られるよりも、しんと静まり返った部屋で怖い顔の友人達に囲まれている方が穂邑には何倍も効果的だ。
「本当にすみませんでした……っ」
 涙目で頭を下げる少女に、ようやく周囲の空気が和らいでゆく。
「ったく」
 深い吐息と共に足を崩したキース・グレイン(ia1248)は「ま、とりあえずこれで漸く一息付けるって事だな」と苦く笑い「そうですね」と穏やかな笑みを口元に湛えたのは朝比奈 空(ia0086)。
「ほんと。帰って来てくれてありがと」
 アルマ・ムリフェイン(ib3629)も心からの笑顔と共に声を掛ける。
 次いで額にこつんと当たった優しい拳はヘスティア・ヴォルフ(ib0161)のものだ。
「お帰り……だけど、ほんと、大馬鹿。一声掛けておけば良かっただけだろうに、もう少し考えて行動しろ。心配したぜ?」
「私個人としては、誘拐を許したり近くにいたのに大ケガさせたりで、ホントごめん、としか……いや、うん、痛恨の力不足は一旦脇に置いておくとして」
 少なからず落ち込んだ様子を見せながらも、呂宇子(ib9059)も微笑む。
「おかえり、穂邑。本当に、また会えて良かった」
 じわりと熱くなる穂邑の目頭。
 誰もが温かな言葉を掛けてゆく中で唯一人、ヘイズ(ib6536)は……。
「ま、後はガンバレ。アイツが控えてるから俺はこれで許してやるんだからな?」
 穂邑に耳打ちしたヘスティアに面白そうな視線を向けられたヘイズは思わず顔を逸らして穂邑に泣きそうな顔にさせ、呂宇子に「仕方ないなぁ」と笑みを零させた。
「とにもかくにも、こうしてまた皆で会えたんだし、……自分の意志で前を向いたなーさんの招待、喜んで受けましょ?」
 その言葉には、穂邑の勝手な行動に関しては沈黙を守っていたウルスラ・ラウ(ic0909)も賛成だと頷くのだった。



 遥か昔から天儀の首都として機能していた都市――遭都。
 約束の時間の一時間程前に朝廷からの遣いだという駕籠に乗り、御所へ向かった一行を待っていたのは食事時まで寛げる広い部屋と、高級な茶、見目麗しい菓子の数々。
「これは飲まなきゃ損だろ」と言うヘスティアに便乗して菓子箱を開けた柚乃と穂邑は彩鮮やかな砂糖菓子に大興奮。
 そんな友人の姿に無意識に笑みを零す空の隣では、キースの表情も穏やかだ。
 一方、いまだ穂邑とまともに喋れていないヘイズは硬い表情で座していた……が、この時点で彼が表情を硬くしているのは穂邑以外の理由が大半である。
「お爺ちゃん達、来てくれるかな」
 アルマがぽつりと呟き、
「来るでしょ」と事も無げに応じたのはウルスラ。
 そもそも朝廷の秘密を明かすと約束したのは藤原氏であり、説明責任は彼にあるべきだというのが彼女の意見だ――とはいえ、直接そう言ってしまうわけにもいかないので、彼らにはせっかくの機会だからという理由で、柔らかな語調と共に今日の食事会への同席をお願いしたのだった。
 そうして約束の時間。
 通された部屋は単調な造りながらも高級感に溢れた二〇畳ほどの畳の部屋で、用意された膳の数は十二――開拓者達は顔を見合わせ、心からの笑顔を交わし合うのだった。



 大伴、藤原が席に着いたのは約束の時間より少し早く、武帝は時間丁度に姿を現した。
 彼の挨拶を経て食事会が始まる、と思われた矢先。
「申し訳ありませんが少しだけ時間を下さい」とヘイズが声を上げ、武帝の前に移動し居住いを正した開拓者達が告げたのは、帝に代々伝わると言う貴重な宝玉を開拓者を信頼し託してくれた事への感謝と、そして、その宝玉を破壊してしまい返す事が出来なくなってしまった事への謝罪だった。
 だが、恐縮する開拓者達とは対照的に武帝は――藤原も、大伴も、さして気にした様子はない。
 その甲斐あって黄泉が斃された事は彼らも承知していたし、穂邑は敵の手に落ちる事なく戻ってきた。これ以上の何を望むと言うのか。
 躊躇ない武帝のその言葉に開拓者達もようやく安堵の息を吐き、それまでの強張った雰囲気も次第に和らいでゆく。
「では食事を始めるとしようかの……おおそうじゃ、アレの準備も出来ておるぞ」
「あれ、とは……」
 聞き返すキースに、にこりと笑う大伴。
 事前に同席を願う書状を開拓者から受け取っていた大伴は、其処に書き添えらていた柚乃からの『お願い』を見逃さなかった。
「その為にこの部屋を用意させたのだからの」
 パンパンと手を叩けば、自分達が入室した襖とは逆側、壁一面の障子戸が順番に開かれていき、其処に現れたのは一本の見事な桜の大樹――。
「おお……!」
「うわぁ……っ」
 誰ともなしに発する感嘆の声に、大伴は満足そうな笑顔。
「どうかな柚乃殿、これで花見気分は味わえるじゃろう?」
「はいっ、ありがとうございます!」
 大喜びの柚乃に「よかったですねっ」と此方も満面の笑顔を浮かべた穂邑。
 こうして美しい桜花が見守る場所で、類稀なる食事会は始まったのだった。



 食事の席には当然の事ながら酒も用意されていて、開拓者の中にも用意してきた者がいたが、酔う前に話しておかなければならない事が彼らにはある。
「早速で申し訳ないんだが、これまで朝廷が抱えて来た秘密について聞いてもいいか?」
 キースの問い掛けに藤原と大伴が目配せし、武帝を見遣る。
 そうして最初に口を開いたのはやはりと言うべきか大伴だった。
「約束は約束じゃ、そなた達の聞きたい事について我らが知っている事があれば正直に話そう。だが、これまで朝廷が抱えて来た物はあまりに多く、また今の世においては俄かに信じ難い神話のような昔話が大半じゃ。取り留めのない話をしたところでそなた達を混乱させるだけとも言えよう」
 だからこそ聞きたい内容はきちんと整理しておくよう事前に伝えてあった。
 時間は有限。
『総て話せ』と言うのは簡単だが、実際には確証無き夢物語を延々と聞かせるだけにもなり兼ねないから。
「なら、まずは俺からでいいか? なーさんが俺達に託してくれたあの宝玉の謂れをもう少し詳しく知りたい」
「詳しくと言っても、以前に説明した以上の事は判らぬ。あの宝珠は境界を司り、神代の力なくば使えぬ代物……それを開拓者が武器として使い、破壊と引き換えに大アヤカシを滅そうとはさすがに想像しなかったが」
 決して皮肉るわけではない声音だったが、ヘイズやヘスティアには笑えない流れである、が。
「境界……」
 キースが何かを思い出すように呟いた。
「この間の泰の騒ぎで聞いた話によれば『陰と陽の結合により境界が失われる』……ということだったか。言葉の意味そのままを取るならば『嵐の門』なんかは実にそれらしく思えるが……逆に言えば陰と陽の……瘴気と精霊力の反発を保つ事により境界が生じている、と考えていいのか? で、境界が失われると空に還る……空に還れば、儀はどうなる?」
「……落ちちゃう、とか」
 重々しくその言葉を口にしたのはアルマ。
 そしてウルスラも。
「かつてクリノカラカミは朝廷が『滅び』を隠していると言った。大アヤカシ達も、先にあるのは『滅び』だという。それは……天儀の落下を意味しているの?」
 すぐには誰も応えなかった。
 だが、その沈黙が既に答えであり武帝はゆっくりと息を吐き出してから告げる。
「……そうなるな」
 薄々気付いていた事とは言え、実際に武帝の口から聞かされた衝撃は計り知れない。さすがの開拓者達も一時的に言葉を失くし、部屋全体に落ちた沈黙の帳を最初に払ったのは、……キース。
「俺達が石鏡の三位湖の底に見た精霊……いや、あれは最早『神霊』か……空翔覇龍は「時が来た」と語った。それがもしも予め定められていた物だとするなら、これから何が起きようとしているのか……或いは起こされようとしていのか、朝廷は把握しているのか?」
「……古代人というのも、その辺りに関連してくるのかしら」
 呂宇子が遠慮がちに話に参加する。
 古代人とは何者であり、目的は何なのか――畳み掛けるような質問の数々を、しかし朝廷側の三人は神妙な面持ちで聞き終えると、重たい口を開いた。
「……正直に話すと言ったのだから嘘は言わぬ。それを信じるかどうかはそなた達次第だが、古代人という存在については我らにとっても寝耳に水……アヤカシに味方する怪しげな人々がいるという話は確かにあったが、それだけだ」
 つまり古代人に関する情報は朝廷にも何一つなく、今後の対応に苦慮しているのが実状なのだ、と。
「天儀を浮かせているのは精霊力であり、瘴気は精霊力と打ち消し合って空となる。アヤカシの被害は脅威であるが、それ以上に、アヤカシと魔の森が拡大を続ける限り、拡がる瘴気は精霊力を蝕み、相殺し合い失われていく……結果、儀が落ちるという未来は避けられまい。それを何とかしようと計画、始動したのが今の開拓時代だ」
 これによって様々な儀との繋がりを得た結果、三種の神器が揃いつつある。
 護大を完全に滅する事が出来れば瘴気の拡散が止まり儀の落下を防げると考えられている昨今、神器には重要な意味が伴うと彼らは語る。
「神代さえいれば何とかなると朝廷の神官らは考えたようであるが……我々は神代に関してさえも知らぬ事が多過ぎると思い知る日々じゃよ」
 大伴の言葉に開拓者達はどう反応したら良いのか判らなかった。
 朝廷でさえ多くの情報を持ってはいなかったと言うのか……?
「じゃあ……例えば、儀の下はどうなっているの? 浮いていないと拙い状態……とか」
 アルマの更なる問いには「瘴気に溢れているという話じゃが」と、これも実際に見た者がいるわけではないため、伝承にしか過ぎず。
「泰の騒動の時に、穂邑ちゃん達を護大に干渉して助けたあの子の事は……?」
 これにもただ首を振るだけ。
 朝廷は、全てを知っているはずだった。
 だが想定外の古代人の登場により朝廷が持つ情報など何の役にも立たないと思い知らされた彼らの衝撃は計り知れず、それもまた、武帝の変化に伴い三羽烏と呼ばれる彼らの心境をも変化させる要因になったのだ。
 そして、だからこそ朝廷は開拓者達に過去を伝える術を明かす。
「この御所の地下、奥深くには限られた者だけが知る部屋がある……其処に入れば、あるいは過去を知ることが出来るであろう」
「過去を……?」
「それはまた後日改めて、な……じゃが、武帝がそなた達開拓者と心通わせたのも何かの縁であったのかもしれぬな」
 大伴の言葉の真意を、いま此処で知る者はない。
 ただ、武帝と数日を共に過ごし、彼の心に変化を齎した開拓者の存在があってこそ朝廷の大いなる秘密が明かされようとしている事だけは間違いなかった。



 宴も闌、いぶし銀のイイ男達こと藤原、大伴両名と酒を飲み交わすヘスティアやアルマ、呂宇子の陽気な声を背に聞きながら、桜の大樹に面した縁側に座していた空の隣には穂邑がいた。
「空さんは、なーさん達に訊きたい事はなかったのですか?」
 穂邑の素朴な疑問に、空は穏やかに、それでいて少し困ったような笑みを浮かべた。実は穂邑を救出出来た事に安堵して、朝廷に問い質す内容の事など頭から抜けていたのである。
(さすがに過保護過ぎるかなと思いますが……)
 それでも、空の胸を占めるのはこの少女が無事で良かったという想いのみ。
「本当に……良かった」
「空さん……」
 抱き寄せられて伝わる温もりに、穂邑の目頭はもう何度目かも判らない熱を帯びた。大切な友人達に一体どれほどの心配を掛けたのか。
 不安にさせてしまったのか。
「ごめんなさいなのです……っ」
 心からの謝罪に、空はその華奢な背中を優しく叩いた。
「……謝るべき相手が、もう一人いるような気がしますが」
「ぅっ……」
 空の指摘で真っ先に心に浮かぶのは、今は庭で酔いを醒ましているヘイズだ。ヘスティアに色々とからかわれた挙句に許容量以上の酒を飲まされたらしい。
 頭痛がするのか、外の空気を吸いながらも顔を顰めている彼の姿に、穂邑は。
「えと、えと、……っ、覚悟を決めてっ、行ってきます!」
「ええ。いってらっしゃい」
 そんな少女を空は慈しむような眼差しで見送るのだった。

 一方、静かに酒を嗜んでいた武帝の横にはウルスラがいた。
 その盃に酒を注ぎながら彼女は告げる。
「今後また会う機会があっても、それは公的な行事になるんだろうけど……もし、また外を出歩きたくなったらいつでも連絡して来るといいよ。なーさんの名前で、ギルド経由でね。そしたらまた誘拐してあげるから」
 薄い笑みと共に語られる言葉に、武帝もまた静かに笑んだ。
「そうだな……いま、また外を出歩けば最初とは違うものが見えそうだ」
「ああ、……そうだ、やっぱり本名ってのは秘密のまま? 不都合なければ聞きたいんだけど」
 基本、相手を呼び捨てにするウルスラには『さん付け』の今の呼び名に少なからず違和感を禁じ得ないのだが、しかし、彼は言う。
「私の名は『なーさん』だ。おまえ達がそう決めた」
 躊躇いのない声は不思議な充足感に満ちて聞こえた――……。



 キースは言う。
「今またこうしてゆっくり話をしながら飯を食えるんだから、それでいい」と。
 それも、以前は想像もしなかったような顔ぶれで、だ。
「ほんと、何があるか判らないもんだよな。人生は悪いことばかりでもないさ」
「私もそう思います」
 柚乃が笑顔で頷く。
 再び皆で集まれたことの、喜び。
 無傷とはいかなかったけれど、こうして皆で今日と言う日を迎えられたことが掛け替えのない幸福だと少女は語る。
 そして、そんな仲間達の気持ちを代弁するようにアルマが朝廷の彼らに伝えたのは「ありがとう」という感謝の言葉。
 呂宇子も笑顔で告げる。
「老いも若きも関係なし。楽しい事も悲しい事も、飲んで話して、分かち合う。今宵我らは酒の友、ってね」
「これからも、よろしくね?」
 呂宇子とアルマの言葉を大伴は、そして藤原はどう受け止めたのか。
 自分達では決して引き出せなかった武帝の表情に、何を思ったのか。
「……天儀の未来、か」
 囁くほどに微かなその呟きを、藤原はどのような想いで紡いだのか……。

「ああ、それから」
 夜桜の大樹の下、ようやく互いの顔を見て言いたい事を穂邑に伝えられたヘイズは忘れちゃいけない言葉を思い出す。
「色々あって遅れちまったけどな。誕生日おめでとう、穂邑」
「ぁ、あ、ありがとうござい、ます……っ」
 一つ年齢を重ねて始まる新たな日々。
 願わくばこの時間を少しでも長く。
 ……戦が終わらぬのなら、戦場に共に立ち続けられるように。

 平穏を取り戻せる、その日まで。