【震嵐】声の主〜石鏡〜後編
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/26 19:48



■オープニング本文

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 穂邑(iz0002)は勿論の事、既に顔見知りだった開拓者達も、その人物が石鏡五家の一つ、斎竹家の次期当主である斎竹椎乃だとは思いもしなかった。
 しかし椎乃の方は穂邑が神代である事を知っており、石鏡の首都にまでアヤカシが現れると言う異変の只中に彼女が現れた事で、思うところがあったのだろう。相手から身分を明かされると共にそう問われれば嘘を吐く必要などなかったのだ。
 かくして斎竹家の力添えによって難なく三位湖の小島にあるという祠まで辿り着いた一行は、唯一の条件として同行した椎乃からの情報もあり、地下遺跡に続くという階段を慎重に下りて行ったのだった――。



 一体どこまで続くのだろうと不安になるくらい長い階段を黙々と降りた先にあったのは、穂邑が神代の徴を初めて示現させた八咫烏の広間によく似た部屋だった。
 あの時と同様、部屋の中央には宝珠の台座があり、優しい色合いの光りの明滅が繰り返されている。
「穂邑ちゃん……声、聞こえますか……?」
 友人からの問い掛けに、穂邑は頷く。
「微かですけれど、確かに……」
 周囲に耳を澄ませながら少女は虚空に向けて手を伸ばした。
「……私は穂邑と言います……私を呼んだのは、貴方ですか……?」
 少女が精霊に語り掛けるのを邪魔すまいと、仲間達は決して口を開かず、一定の距離を保ち、しかし周囲への警戒は決して怠ることなく穂邑を見守っていた。
 ……そうしてどれくらいの時が経った頃だろう。
 空間に不思議な――とても心安らぐ水音が聞こえ始め、彼らの脳裏に思い描かれるのは一様に水面に広がる波紋。
 一輪、二輪。
 ゆっくりと、果てしなく、どこまでも、緩やかに。
 揺蕩うように――。
「! っ……」
 そうして一瞬にして起きた変化に、しかし誰もが声を出さずに済んだのは、驚きのあまり息を呑み、または口元を抑え呼吸を止めたから。
 いま、彼らは水中にその身を浮遊させていたのである。
「……!!」
 更に目の前の穂邑から放たれる淡い輝きと、全身に浮かび上がる『徴』。
 それは神代が精霊と接触している証に違いなかった。
(穂邑ちゃん……っ)
(……? 呼吸が出来ている……って事は、これは幻……?)
 一人、また一人とその事実に気付き、冷静さを取り戻し、そうして知るのは寄せては返す波のように襲い掛かってくる圧力。
 圧倒的な存在感。
(精霊がいる……っ? いや、神霊か……っ)
 彼らは周囲に目を凝らし、……そして知る。
 自分達を見定めるように何度も周囲を行き来している巨大な存在を――龍、を。
「……あなたが『空翔覇龍(そらかけるはたがしらのりゅう)』、ですか……?」
 穂邑の問い掛けに、神は矢継ぎ早に語る。

 ――我が名を知る人の子よ……
 ――神代よ……
 ――時は来りて雲の下より現れし者……
 ――私もまた消えゆく時……
 ――終わりの時……
 ――契約は果たされる……

「消える……? 契約とはなんですか? 雲の下から現れる人とは誰の事なのですか?」

 ――遥か古……人の子と契約せしもの……
 ――この地に我が力が満ちる限り……

「あなたの力……ぁ、精霊力、ですか? 瘴気が……っ、石鏡の各地に瘴気が発生したせいで契約が終わるのですかっ?」
 穂邑は焦り始めた。
 自らに襲い掛かってくる激しい消耗、疲労、次第に弱まりゆく力の繋がり。
 急がなければ声が途絶えてしまう。
 繋がっている内に可能な限りの情報を得なければ……!
「お願いします、教えてください。貴方がずっと昔に人間と交わした契約とは何なのですか? それが終わってしまったら貴方は……!?」
 神は消える時だと語った。
 ならば神が消えればどうなるのか。
 この、世界は……?
「おい、あれ……!」
 刹那、今度こそ思わず声を出してしまった仲間の指し示す方を見た穂邑は目を見開いた。穂邑だけではない。誰もが目を瞠り、または疑い、驚きのあまり体を震わせた。
「……なんて……」
 誰かが無意識に呟く。
「なんて巨大な宝珠……!」

 ――浮遊宝珠。

「!!」
 ガンッと頭部を激しく殴られるような衝撃を受け、再び気付いた時には全員が元の広間に戻っていた。
 中央の台座で淡く明滅する宝珠。
「……さっきのは、三位湖の底……?」
「湖底に、あんなにも巨大な宝珠があるというのですか……?」
 誰に問おうとも答えなどあるはずがなく、それは石鏡五家の一つである斎竹家の椎乃も同様。いま己が実際に体験した事象そのものがすぐには信じられなかった。
「……一体、今のは……」
 椎乃がそう言い掛けたと同時。
「! 穂邑……っ」
 精霊との対話によって力尽きた穂邑は意識を失って倒れた。
 穂邑が目覚めなければ精霊の詳しい話は聞けず、何を話しても想像でしかないと知る彼らは、とにかく一度その場を出る事にしたのだった。



 宿に戻り数時間後、ようやく目を覚ました穂邑から精霊との対話の一部始終を確認した仲間達だったが、やはりあらゆる情報が確信にまでは至らない。
 精霊の言葉は断片的過ぎるのだ。
 ……だが、それらを繋いで一つの結論を導き出す術が彼らにはある。
 なーさんこと、武帝の存在である。
 彼の意思一つ。
 朝廷が隠している秘密を公開させる事が出来れば、或いは――。
 彼を誘拐して行動を共にしているそもそもの目的はそれであり、朝廷における彼の不在もそろそろ時間的に限界のはず。
 幸いにも彼の心境に変化が起きているのは確かだ。例えそれがほんの些細な変化であったとしても。

 そしてこの夜、武帝の説得に時間を掛けられなくなるもう一つの事件が彼らを襲う。
 夜中――前日と同様に二人ずつの見張りを立てながら順番に休んでいた開拓者達は、用心のために穂邑に施していた術によって侵入者の存在を知った。
 油断したのは穂邑自身。
 今回の精霊との接触も己の力不足だと感じていた少女は、仲間達の目を盗んで一人になってしまっていたのだ。
 見張り当番だった開拓者が仲間達を起こし、駆け付けた時には、完全に気を失っている穂邑が男の腕に捕われていた。
 闇夜になびく紫髪の男。
 その容姿――そして異質な雰囲気を纏う存在にまさかと思い当たったのは、先日の、生成姫の子供達を誘拐した事件でアヤカシ達に命令していたという人物だ。
 此処には子供達の救出に当たった者がいた。
「まさか貴方が『亞久留』ですか……っ!?」
 開拓者の声に男は薄ら笑いを浮かべる。
 穂邑を助けようと術を発動する開拓者達を圧倒的な力で払い除け、闇の彼方に消えゆく。
「穂邑……!!」
 名を叫ぶも応えるものはなく、この日、穂邑は正体不明の男に誘拐されたのだった――……。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰
呂宇子(ib9059
18歳・女・陰
ウルスラ・ラウ(ic0909
19歳・女・魔


■リプレイ本文


 宿の一室に集まった彼らは一様に口数が少なく、中には自らを責めている者も少なくない。
(傍に居ながら、このような事になるとは……自身が不甲斐無いですね)
 滅多な事では感情的にならない朝比奈 空(ia0086)でさえ内心の憤りから表情が険しく、穂邑に友情とは異なる感情を抱いているヘイズ(ib6536)に至っては、その憤りを隠しもしない。
「くそっ! なんでだ!」
 今にも壁を殴りつけそうな彼の勢いに、その背を軽く叩いて「落ち着け」と声を掛けたのはヘスティア・ヴォルフ(ib0161)だ。
「……ああ、判ってる。俺も陰陽師だ……感情に流されたり……しない」
 頭では判っている。
 それでも目の前で誰より大切な少女を奪われて何も出来なかった己への怒りと、どうして一人になったりしたのかという彼女の不注意さへの悔しさに、どうしたって行き場のない拳が震えるのだ。
(師匠ならこういう時、なんて言うのかしら)
 仲間達の様子を見ながら呂宇子(ib9059)もまた頭を抱えたい気分だった。
 穂邑が攫われた事だけではなく、昼間の精霊の言葉、三位湖の底と思われる場所で見た巨大な宝珠。考えなえればならない事が多過ぎて、思考が追いついてくれない。
(……冷静たれ、かな)
 こういう時だからこそ落ち着け。
 師匠の姿、声でその言葉を自らに投げ掛ければ不思議と頭の奥の方から熱が引いていくような気がした。
(此処まで出向いて来たとなると……捕捉されていた、か)
 キース・グレイン(ia1248)も深呼吸を三度繰り返した後で状況を読む。
 それぞれが、それぞれに気持ちの整理を付けていき、……最終的に視線を集めたのはなーさんこと武帝だった。
「……貴方は大丈夫?」
 自分達も混乱しているが、次々と起こる予想外の事態には彼もまた戸惑っているのではないか――そう心配した呂宇子の問い掛けに、武帝は一時的に視線を寄越しただけで言葉は発さなかった。
 困惑、していたのかもしれない。
 そんな彼に何と声を掛けようか悩んでいる様子の柚乃(ia0638)の隣から最初に行動に出ようとしたアルマ・ムリフェイン(ib3629)だったか、ふとその腕をウルスラ・ラウ(ic0909)に制された。
「『説得』じゃ、今までと何も変わらないよ」
「……うん、判ってる」
 ウルスラの言うところを正しく理解してアルマは頷く。
「説得じゃなく……これは僕の……僕達からの『お願い』だよ」
 お願い――その言葉に武帝が彼を見た。
 アルマはもう一度、はっきりと頷く。
「なーさん、力を貸して。僕は、君なら助けてくれるんじゃないかって期待してる。だって、思っていたよりずっと、他人に感情を持って、生きていたから」
 失礼は今更だよねと苦い笑みを零すアルマに、当人はしばらく何の反応も示さなかったが、仲間達が黙って成り行きを見守る内に不意に短い息を吐き出した。
「……私に何をしろと言うのだ」
「違うよ、なーさん。なーさん自身が何をしてくれるのかが重要なんだ」
 何、を。
 アルマの言葉をそのまま聞き返すような表情に、ヘイズは歯軋りした。
 だが彼もまた告げる。
「俺はあんたの事はよく知らない。だけど、頼む。穂邑を救うにはあんたの助けが必要なんだ」
「……本来であれば公言すべきでない台詞だ。だが……頼む」
 次いで頭を下げたキース。
 空。
「神代の娘ゆえ朝廷の力を貸せ、そういう理由か」
「それも違う」
「違う!」
 冷静なアルマと、興奮したヘイズの声が重なり、後を継いだのは空だ。
「大切な友人だから助けたいのです」
 一切の躊躇ない断言に武帝は目を細め、キースは「あー……」と頭を掻く。
「どう言えば正確に伝わるのか……そもそも、神代が奴らの手に渡ったという事態が意味するところを俺達は知らない。連中に穂邑が……『神代』が必要だから攫ったのなら、現状は最悪なんだろうと予想するだけだ。俺達は開拓者だし、個々の感情で勝手をするわけにもいかない……だが、神代が奪われた現状が朝廷にとっての不都合であるなら……、あんたにそういう『言い訳』が必要なら、それでもいいと俺は思う」
「キーちゃん……」
 友人の言葉の意図を察したアルマは、口元に微かな笑みを覗かせてから再び武帝を――否、しばらく一緒に過ごしてきたなーさんを見つめた。
「うん……でも、一緒にチョコ饅頭、食べたよね」
 あの日々に意味があるのならとヘイズも身を乗り出す。
 思い出すのは共に菓子を作った時間。
 配り歩いた姿。
「俺達は穂邑を助けたい。あの子は俺の……俺達の掛け替えのない仲間だ。陽だまりにいなきゃ……っ……居るべき子なんだ」
 武帝が此方の味方に付き、朝廷を動かし、朝廷が隠して来た――恐らくは亞久留という古代人の存在も含めた秘密を明かしてくれなければ、自分達は穂邑の後を追う事すら出来ないから。
 だから、どうか。
「……ごめん。僕達はすごく焦ってる……頑張り屋の女の子を待たせてるからね」
 言いながらアルマの脳裏を過るのは気を失って亞久留の腕に抱えられた穂邑の姿。きっと彼女はいまこの瞬間も自分達を信じて戦っていると思う。
「……なーさん。まだ僕らに秤が傾いていなくても……それでも、今日までの時間が君に何かがあったなら、友達になろう」
「ともだち……?」
「一緒に穂邑ちゃんを、友達を助けよう」
「……」
 その言葉に武帝はやはりしばらくは何の反応も示さなかった。
 待っているだけの時間はひどく長く、けれど実際には数分にも満たない時間を経て武帝は短く告げた。
「明日、遭都へ」
 朝廷へ。
 その言葉をどう取るべきか開拓者達は迷ったが、誰も何も言わなかった。
 武帝の胸の内がまだ燻っている事に彼らは気付いていたから。



 朝早くの出立を決め、ぞれぞれの部屋で体を休める事にした開拓者達だったが、それで静かに眠れるはずもない。
 見張り当番のヘスティアとウルスラは武帝が男部屋から出て来た事に気付くも声を掛ける事はせず、その内に彼は廊下の一角に腰を下ろした。
 その内に毀れる低い呟き。
「……解せぬ」
 独り言とも取れる声音に、しかし今までにない響きを聞き取ったウルスラ達は目を瞠った。そんな彼女達の反応に気付いてか否か、彼は視線を空へ移した。
 石鏡の、数多の星々が煌めく夜空。
 いまこの瞬間にも何処かでアヤカシが出没し人々を恐怖に陥れているのかもしれないというのに、頭上に広がる星空はどこまでも静かだった。
「……友達とは何だ。信じるとは何だ。何故あの者達は私を使わない……? 神代の娘が攫われたとあらば、それだけで朝廷を動かす理由には充分であろう」
 黙って聞いていたヘスティアとウルスラは、これは独り言ではなさそうだと思い……思わず吹き出してしまったのがヘスティア。
 対してウルスラは短い息を吐き出すと、彼の前へ歩み寄った。
「武帝は天儀の未来がどうなろうと関心は無いと言い切っていたけれど、なーさんは?」
「……?」
「神代を実際に間近で見てどう思った? その娘が誘拐された時は? 居なくなって、内心でホッとした?」
「意地の悪い質問だね」
 くすくすと楽しげなヘスティアの相槌に、彼の眉間には更に深い縦皺が刻まれた。
 その反応を、自分の問い掛けを不快と感じた証として受け取ったウルスラは言う。
「解んないのは、いまのなーさんの胸の内にあるのが経験のない感情だからじゃないのかい?」
 これまで感情を持たない人形のような生き方をしてきた彼だから、自身の感情が理解出来ず、それ故に苛立つのではないか、と。
 それは、とても自然なこと。
「随分と人間らしくなったね」
「――」
 今度こそはっきりを目を見開いた彼に、ウルスラの視線が和らぐ。
「神代が古代人に攫われた――その理由はなーさんの方がよく判ってると思う。その上で、どうしたい? 天儀を救うために神代を救う? それとも……なーさんを友達だというあいつらの為に穂邑を救う?」
 咄嗟には答えられず生じた沈黙に、ぽつりと響いたのは女性部屋の襖の間から顔だけを出した呂宇子だった。
 どうやら彼女も眠れない一人で、外の彼らの会話を聞いていたらしい。
「穂邑は、きっとなーさんの事も待ってる」
「……私を待ってどうなる」
「来てくれたら嬉しいよ」
 言い、呂宇子は微笑んだ。
「なーさんの……武帝のこれまでの時間って、一朝一夕で他人の私達がどうこう出来るものじゃないと思う。でも、こうして外の世界に留まったなーさんは、いろんな人と関わって、見聞きして、ずっと以前に遭都で会った時とは確かに変わってる。その事実は揺らがないよ」
 優しくも武帝の心の奥底に沈む何かを揺らす呂宇子の言葉に当人が何も言えずにいるのを見て、ヘスティアもゆっくりと語り掛けた。
「なーさん。あんたが背負う物はもう出しちまっていいと思うぜ? 一人で抱える時は過ぎたんだと思うよ。今は……出せるとこに出して、皆に知らせて、……それこそ皆でどうするかを考えるべきところまで来てるんだと思うぜ」
「どう、すべきか……」
 低い囁きにウルスラは頷く。
「なーさんは本来なら願えば力を行使出来る立場にある。ただ、望む事を知らなかっただけ……実現する方法が判らないだけ。それなら、前にも言った通りあたし達が力を貸す。なーさんが望むなら幾らでも、ね」
「素直になれないとか、さ。素面で無理ってなら酒でも出すかい? つまみ代わりに昔話ってのもイイもんだよ」
 盃を呷る真似をするヘスティアに静かな視線を寄越した武帝は、しばらくしてぽつりと応じる。
「……それは、また別の機会だ」
 言い置いて立ち上がった彼は、少しでも体を休めようと思ったのかそのまま男部屋に姿を消した。
 呂宇子、ヘスティア、ウルスラはそれぞれに表情を変え、……最後に呟いたのはヘスティア。
「お説教とお仕置きは帰って来てから、だな」
 あの少女が戻って来ると信じたからこその呟きだった。

 そして部屋の中――起き上がりこそしなかったものの、空の気持ちも同じだった。
 穂邑は神代である以前に、自分にとっての大切な存在。
 彼女を救い出す為ならば耐える事も容易だ。
(冷静に、いまやれる事を……悔やむも怒るも、すべては穂邑さんを救い出してからです)
 罵られようが、笑われようが、世の危機がどうこうよりも、まずは。
(必ず助けます……待っていてください……)
 空は静かに目を閉じた。
 彼女が間違いなく自分達を待ってくれている事を信じて――。



 翌日、なーさんを今回もしっかりと変装させた後で一行は遭都へ向けて出発した。
 ウルスラの提案もあり、朝廷の三羽烏が一人・大伴 定家に連絡を取って藤原公との面会の約束も取り付けた彼らには、後は無事に遭都へ辿り着くという使命と、藤原氏の説得という最大の難関が待っている。

「お別れは残念です……っ」
 なーさんの服の裾を摘まんで泣きそうになっている柚乃だった、……が。
「はっ。まさか御所に戻ったら、もふらライフを満喫する気では……それはダメですっ」
 もふらライフとはなんぞやという顔をする武帝に、
「それなら柚乃も一緒に満喫するのです、独り占めはさせません……!」と妙な気迫を感じさせる柚乃。
 穂邑の身を案じるあまり強張る雰囲気を、少女の屈託のない言動が幾度となく和らげていた事に本人は気付いているのかいないのか。
 ともあれ無事に遭都へ到着した一行は、先に着いて待っていた大伴と共に御所へ向かう。
 既に事情は説明されていたようで彼らは待たされる事なく中に案内され、……そうして三羽烏が一人、最後の難関と称される藤原公との面会を果たすのだった。



 既に何度か藤原公と面識のある開拓者もいたが、ほとんどが初対面となる相手は完全無欠の不機嫌顔だった。
 武帝を誘拐した事だけでも大伴公と相当の遣り取りがあったのだろう事は二人の会話の端々から感じられたし、こうして無事に武帝が戻った今なお藤原公の怒りは募る一方らしい。
 その態度に変化が現れたのは、神代こと穂邑が古代人と思われる亞久留という男に誘拐されたと告げた時。
 更には石鏡、三位湖の湖底に見た巨大な宝珠と精霊の話になると明らかにその顔色が変わった。
 開拓者達は自分達が知り得た情報、穂邑の事を包み隠さず藤原公に明かしたのだ。
「穂邑を誘拐した亞久留とかいう男だが、以前にもちょいと関わった事があってね。その時にアヤカシが面白い事を言っていたぜ? 生成の子供が「雲の下と天儀を繋ぐ象徴になる」ってな。じゃあなんで繋がなきゃならないのか――それは天儀が落ちるからじゃって推測がなるわけだ。浮遊宝珠、失われた契約、歪められた歴史――かつてアヤカシになる事でアヤカシを操った人がいる。俺らはもう手掛かりをたっぷりと貰ってるんだからな」
 ヘスティアの言葉に藤原公の渋面が更に渋り、後に続いたのはキース。
「俺達は、朝廷が考えている以上の情報を得ていると思う……だか、肝心なところは不明なままだから思考にも制限が掛かる。今回の失態だって、……古代人の事を知っていればってのは言い訳にもならないが、だからこそ手を尽くすために今こうして此処にいる。朝廷が抱える秘密を大々的に公開してしまえば混乱を招くというのは理解出来るが、少なくとも知ろうとする者へは明かす事が出来ないか」
「俺達開拓者は朝廷を裏切りはしない」
 そう断言したのはヘイズ。
「穂邑が敵の手中にある今、失敗は決して許されない。穂邑を救い出す為にも真実が必要なんです」
 決して畳み掛けるでもなく、一人一人がゆっくりと、そして強い決意と共に語る言葉の数々を藤原公は渋面のまま聞き続け、空、柚乃、ヘスティア、ウルスラ、呂宇子、ヘイズ、キース、そしてアルマを順に見遣った。
 それでも言葉を発することなく同席する大伴公を睨み付ける彼に。
「――藤原」
 不意に響くは武帝の声。
「私は彼らを……開拓者を信じて良いと思う」
「!」
 それは、恐らくいまだかつて聞いたことのなかった武帝の心。
 驚きのあまり固まってしまった藤原公はしばらくそのままだったが、やがて、葛藤するように頭を抱えて考え込んでしまうのだった。



 その後、藤原公は開拓者が無事に神代の娘を助け出した暁には朝廷の抱える秘密を明かそうと告げた。
 此処まで来て条件付きである事に多少の不満はあれど、武帝が開拓者側に立ったという事実が彼らには心強い。
 更に彼は、開拓者達にお守り袋のような一つの袋――その中に大切にしまわれた宝珠をを『託した』。
 語られずとも伝わるのは「穂邑を救い出せ」という想い。
「全員が無事に戻ったなら再び御所に来るが良い。その時には約束の酒の席でも設けよう……話すべき事はたくさんあるからな」


 新しい一つの約束を胸に、開拓者達は決戦の地へ向かう。
 斃すべき敵は大アヤカシ『黄泉』。
 救うべきは穂邑。
 秘されて来た歴史を紐解く為の戦いが、いま、始まる――……。