【震嵐】声の主〜石鏡〜 前編
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/03 14:36



■オープニング本文

 ●【震嵐】の影で蠢くものたち

 石鏡の首都、安雲(アズモ)は『精霊が還る場所』と謂われる遺跡の上に建造された都だ。
 この安雲から橋を渡った先の小島にあるのが、もふらの中のもふら、大もふさまがおわすもふら牧場に隣接した安須神宮。石鏡の双子王が在し、多くの巫女が日々の役目に勤しみ、そして『すべての精霊が生まれ、還ってくる』と伝えられている聖域。
 この日、その安須神宮では新年を祝う宴が催されていた。


 宴には神楽の都で行われていた会議から戻った双子王と、その側近達は勿論の事、石鏡の政において特に強い発言力を持つ【五家】と呼ばれる家の者達も招かれていた。
 昔から戦とあらば勇名を馳せる戦闘技術に長けた斎竹(いみだけ)家、国内外の交渉役としての地位を確立する星見(ほしみ)家、古くから罪人(特に身分の高い者)を流刑地において監視する役目を担ってきた露堪(つゆたえ)家、石鏡全土の土地や戸籍などを管理して来た香散見(かざみ)家、五家の末端ながら豊富な資金力と鋭い審美眼で国に益を齎して来た午蘭(ごらん)家――諸事情があって露堪と香散見は今や断絶も同然の状態であり、その支配力は他の五家や国に移譲されているため宴への出席者はいなかったが、彼らが関わって来た歴史故に国の人々にとって五つの家名が持つ力というのはいまだ健在であり【五家】という総称も変わらずに使われ続けているのだ。
 その祝宴の席で真っ先に話題に上がったのは斎竹家の長女、桔梗の結婚についてだった。
 昨年の三位湖湖水祭りの出逢いが縁で隣国五行の重鎮、狩野柚子平(iz0216)と今春にも入籍予定の彼女を、双子王が祝福するように……けれど少しだけからかうような笑顔で弄るのを、複雑な面持ちで聞いているのが彼女の結婚を機に斎竹家の家督を正式に継ぐ事になった弟の椎乃だ。
 彼が極度のシスコンだと知っている双子王の片翼、香香背(iz0020)は意味深に笑うと彼を一瞥。
「桔梗の結婚が決まったなら次は椎乃よね? ふふっ、それとも隼人の番かしら」
「そうだね。けれど二人とも自分から女性を口説けるような感じではないから、僕達が世話した方が良いのかな?」
 布刀玉(iz0019)にまでからかわれて、唐突に話を振られた星見家の代表代理、星見隼人(iz0294)と椎乃は酒を吹き出し掛けて顔を見合わせる。
「いや、ここはやはり年功序列で是非……っ」
「いやいや、やはり売れるところから活きの良い内にですね……っ」
 動揺のあまり妙な事を口走る男達に各所からは笑いが起こり、男達は恥ずかしさで真っ赤になりながら酒を呷る。
 新年の宴はこのように終始和やかな雰囲気で行われていたのだ、……が。
「そういえば香香背さま……開拓者の中から神代が現れたそうですな」
 午蘭家の者から発せられた言葉に、驚く者が数名いた。

 神代。
 それは朝廷の帝などが代々得ていた特殊な力のことだ。
 精霊力に対する特別な親和性を発揮すると言われる神代は、時に最高位の精霊との交信や降霊さえも可能であると言われ、朝廷は神代を持つ帝を神霊の代弁者と位置づけていた。
 本来、帝が持つはずの『神代』は――何故か穂邑(iz0002)という開拓者の少女に宿っている。

「聞けば元は石鏡の巫女であった少女だとか……覚醒する以前に会っていたかもしれないと思うと、なかなか感慨深いもので」
「そうね。私も一度会ってみたいわ」
 香香背が他意無く頷くのを見て、無意識に顔を見合わせたのは斎竹家の姉弟だった。
 実を言えば彼らはその神代となった少女をよく知っている。かつて石鏡では、理穴からの使節団を案内中に案内役の巫女達もろとも山賊によって惨殺されるという事件が起きた。
 本来であれが国家間の大問題。
 双子王の責任は免れないはずだったが、これに際し交渉役の星見家を差し置いて香散見家が台頭して来た事を不審に思った者達が調査、行動した事で、全ては香散見家の双子王失墜を目的とした謀反であり、理穴からの使節団そのものが偽物だった事が発覚したのである。
 穂邑は、この山賊によって惨殺された案内役の巫女の内の一人だった。
 間一髪で椎乃が救い出し、神楽の都へ――当時から名の知れた開拓者だったゼロ(iz0003)の元に彼女を託したのだ。
 この真実を知るのは斎竹家の姉弟と、双子王、その限られた側近数名、そして星見の現当主くらいだろうか。
 そしてその少女こそが話題に上がっている神代だと知るのは、斎竹家の姉弟だけ。
 それ故に二人の心境は複雑だった。
(穂邑……おまえは今、幸せか……?)
 何処に居ても騒動に巻き込まれる少女を案じながら、姉弟は心の内でひっそりと語りかけた――直後。
「王! 大変です」
「どうしました?」
 この日、一つの不穏な知らせが双子王の元に届けられた。
 安雲の街中でアヤカシが町民を襲い、軍が出動する騒ぎになったと言うのだ。
 石鏡といえば辺境の地こそ様々なアヤカシの脅威に晒されているものの、三位湖のめぐみによって支えられた天儀で最も豊かな国。気候も穏やかな時期が多い事から牧畜と農耕が盛んという、中心に近付けば近付くほどアヤカシとは無縁の土地なのだ。
 にも関わらず今回のアヤカシ騒動は安雲――首都で起きた。
 ただ一度の騒ぎでも、人々の心に不安は募る。双子王をはじめ石鏡の上層部は、これが何かの前触れでなければ良いがと、己の不安が杞憂に終わる事を願っていた。


 だが、願いに反してアヤカシ騒動の報告は連日続いた。
 石鏡の各所で頻発する事件に約四千からなる石鏡の軍は奔走させられ、新年の会議に置いて公表された『大アヤカシ不在の理穴方面を完全に奪還する』という大作戦に際し決まっていた、北面への軍の派遣をも中止せざるをえない状況へと追い込まれていった。
 かくして石鏡国内の助けを呼ぶ声は開拓者にも届くようになり――。


 ●

「え……」
 開拓者長屋、居候先の十和田藤子の家でその声を聞いた時、穂邑は「また……なのです……?」と無意識に呟いていた。
「石鏡……三位湖……?」
 布団から出て縁側に佇んだ穂邑は、その細く弱い声を聴き逃すまいと集中する。
 声の主が誰なのかは判らない、しかし今までの経験から言えばこれは精霊の声か、もしくは――。
「三位湖に行けばいいのですか……?」
 虚空への問い掛けに応える者はないはずだったが、しかしこの時、少女の傍には彼がいた。
 本人も気づかないような、仄かな輝きを纏った少女を見つめる瞳は、神代を持たぬ武帝、その人で。


 翌日、穂邑は開拓者ギルドで仲間達に呼びかけた。
「『声』が聞こえたので石鏡の三位湖に向かいたいのですが一人では無理で……どうか一緒に来てもらえませんか?」
 その依頼には、謎の「なーさん」なる人物の護衛も含まれていた。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰
呂宇子(ib9059
18歳・女・陰
ウルスラ・ラウ(ic0909
19歳・女・魔


■リプレイ本文


 深夜〇時、神楽の都の精霊門から石鏡の首都・安雲の精霊門へ移動した一行は、そうして眼前に広がった光景に驚きを隠せなかった
 アヤカシの脅威とは無縁とも言えた土地は、常ならば優しい雰囲気に満ち溢れた穏やかな光景を何処までも保っているのに、今は夜中という時間帯を差し引いても不気味な沈黙に支配されている。
 いま自分達と一緒に精霊門を移動して来た開拓者達以外にはほとんど人気がなく、呼吸一つにも気を遣わなければならないような緊迫感。
「これが石鏡……」
 柚乃(ia0638)の悲しげな呟きを聞き、朝比奈 空(ia0086)はすぐ隣で言葉も無く立ち尽くしている穂邑の肩に手を置いた。その傍には羽妖精の誓。狛犬の阿業と吽海は柚乃の腕の中だ。
「まずは宿へ向かいましょう。想像以上に寒さが堪えます」
「……だね」
 空の提案に即答したのはアルマ・ムリフェイン(ib3629)。
「行こう、なーさん」と武帝を促す傍には不承不承ながら彼の荷物を抱えたヘイズ(ib6536)の姿があり、後に続く。
 何と言っても武帝は一般人であり、志体持ちの開拓者と行動を共にするなら体力の温存は不可欠。荷物を持つというのもその中に含まれる……らしい。
 神楽の都を出発する際に「私を抱える方が楽ならばそれでも構わないが」と仰せになられた武帝に対して見せたヘイズの表情は、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)曰く「アレを見れただけでこの依頼を受けた甲斐はあったかもな」だ。
 穂邑の荷物はキース・グレイン(ia1248)が持ち、ウルスラ・ラウ(ic0909)が周囲を警戒しつつ殿に立とうとするも、いまだ一人だけ歩き出さない呂宇子(ib9059)に気付いた。
「どうした」
 声を掛ければ彼女は「ううん」と穏やかに首を振る。
「だいぶ前に、ちょっとした縁で御所にお邪魔した事があったんだけど、……少し変わったな、って。なーさんの方は覚えてないと思うけど」
 御所にお邪魔したというのが想像し難いが、開拓者をやっていればそういう事もあるだろう。何せウルスラも武帝誘拐の共犯者なんて肩書持ちだ。
「外に出て、今まで見た事ないモノや、これは好きかもってモノに会えたら重畳よね。人生、いつ何がどう変わるか判らないものだわ」
「……それは同感」
 ウルスラが短く応じると、呂宇子は言葉の代わりに笑顔を浮かべ、仲間を追うべく歩き始めるのだった。



 事前に予約していた宿では、アヤカシ騒動が頻発している影響で客足が途絶えている事もあってか、開拓者が泊まってくれるのは心強いと大歓迎された。
 その流れもあって従業員から昨今の石鏡の情報を予想以上に仕入れる事が出来た。
「やっぱり柚乃ちゃんが聞いたって言う、三位湖の小島にある祠――其処に祀られているっていう精霊が有力かな」
 もう時間は遅かったが、明日からの作戦会議のために全員が男性用の部屋に集まって情報を共有する中で、アルマはそう意見した。
「『空翔覇龍(そらかけるはたがしらのりゅう)』……ですね」
「宿の姐さんの話じゃ、その祠に近付くのは難しそうだ。何かの儀式の折に王族や高位の巫女だけが舟で行き来するって言うからな。警備も厳重、こっそり侵入ってのは……後々の事を考えると拙そうな感じだ」
 アルマと一緒に話を聞いて来たヘイズが続け、ちらと武帝を見遣る。
 すると、その視線に気付いた武帝は少しの沈黙の後で「……一筆書けと言うなら書くが」と応じるから柚乃は感動のあまり泣きそうになってしまう。気分は完全に『親』である。
「よかった……今回だってこうして自分から外出する気になってくれたようですし……もう牛にならずに済みますよっ」
「……牛?」
「柚乃ちゃん。それは使い方がちょっと違う、かも?」
「そうなんですか?」
 武帝とアルマ、柚乃の遣り取りに遠慮なく笑うヘスティアや、明後日の方向に軽い息を吐き出すヘイズ。
 穂邑までもが思わず吹き出しそうになるのを見て、空やキースの表情も和らいだが、同時に彼女達には大きな不安があった。
「一筆書いて貰うのは良いとして、……穂邑は石鏡の上層部に神代だって事が知られても良いのか……?」
 武帝の名で祠への通航許可を貰おうと言うのなら、其処に嘘はなるべく混じらせたくなく、また『神代である少女が精霊の声を聞いたが故に赴きたい』というくらいの要求でなければ、武帝が一筆書く事自体が不自然になってしまう。
 そう懸念してのキースからの確認に、穂邑ははっきりと「構いません」と頷いた。
「声の主が何であれ、呼ばれているのは私が神代だからで……今までの事を振り返ってみても、声は必ず大切な何かを伝えてくれています。私には、その声を聞く義務があると思うんです」
「穂邑……」
「それに」
 ある種の覚悟を決めた少女の言葉に、それでも表情の晴れない友人達へ穂邑は精一杯の笑顔で告げる。
「過去に何があったとしても、今はこうして皆さんが一緒にいてくれるんですもの。だから大丈夫なんですっ♪」
「穂邑ちゃん……」
「……そっか」
 柚乃やアルマ、ヘイズ、キースが応じ、空は少女の細い肩を抱き締めた。
「いい覚悟だ」とヘスティアが笑い、呂宇子も「出来る限りの事をさせてもらうわ」と頷く。
 ……そんな中で、ウルスラは静かな眼差しでなーさんを――武帝を見ていた。
 眉一つ動かさない彼の横顔を。



 宿の従業員から得た情報の中には三位湖に浮かぶ小島の祠に祀られている精霊に関するもの以外にも、ここ最近のアヤカシの出没状況や、瘴気が発生するという異常現象の報告などがあった。
 この宿付近でもアヤカシが突然現れて人を襲う事件も起きていると知った彼らは、当初の予定通りに二人ずつ順番に寝ずの見張りをする事にし、ムスタシュイルなどの警戒スキルも準備万端で床についた。
 そんな、月が傾き、もう間もなく太陽が夜の帳を払いに来るだろう時分。
 仲間達が眠る部屋の正面廊下、其処の柱に背中を預けて見張りを担当していたウルスラは、先刻の武帝の横顔を思い出していた。
 神代という二つ名を持ち、その力故に課される重責を己が義務だと宣言した彼女の覚悟を、彼はどんな思いで聞いていたのだろうか。
(精霊に会う事が出来れば力を行使する穂邑を実際に見る事になる……複雑、かもね)
 実際にその場に居合わせて見なければ判らない、けれど。
 その時に何がどう動き出すのか想像もつかない現状では、ただ漠然とした予感めいたものが募るだけ。
 そしてそれは決してウルスラだけではなく……。

(声の主って……精霊? それとも……神霊? やっぱり……儀を支える存在なのでしょうか……何かの予兆……?)
 浅い眠りを繰り返しながらそんな予感に胸をざわつかせていた柚乃。

(精霊力と瘴気は、元はひとつのもの……なんだったか)
 詳細こそ不明なれど、精霊と護大、双方が穂邑を呼ぶという事象に頭を悩ませずにはいられないキース。
(何を求めて呼び掛けて来ているんだ……? そもそも石鏡で)
 この国は穂邑にとって、決して良い思い出だけの土地でない事を彼女は知っている。
(特段動きが無ければそれでいいが……油断はするな、か)

 何があっても守ってみせる――その覚悟は、ヘイズも同様。
 恐らくこの夜に最も眠れなかったのは彼だろう。先日の事もあり、穂邑の顔を見ているだけでも意識せずにはいられず、かと言ってこれは彼女から託された重要な『依頼』であり、気を抜くわけにはいかない。
(穂邑ちゃんだけじゃない……もし武帝に万が一の事があればあの子が辛い思いをするんだ……それだけは絶対にダメだ)
 だから護る。
 絶対に、守り抜く。

 数多の不安、予感、葛藤、そして覚悟を開拓者達の胸に宿らせながら『その日』は訪れた――。



 宿に頼んで早目の朝食を終えた彼らは、早速身支度に取り掛かった。と言っても開拓者の彼らにとっては慣れたもので普段と何ら変わらないが、問題はなーさんこと武帝と、穂邑である。
「石鏡の上層部に神代だと知られるのはともかく、町中を歩いている間に何が起こるか判らないしね」と決して巫女に見えない少年姿に変装させられる穂邑と、此方は開拓者に見えるよう改造されるなーさん。
「マフラーも巻いてね。首を狙い難くする防御だよ」と彼に『オーロラウェーブ』を貸すアルマ。
「見た目はサムライでいいね?」と戦着流『曼珠沙華』を貸すのはヘスティア。彼女は穂邑にも念珠『定海珠』や泰拳袍「玄武礁」を貸すなどしてくれた。
 そうして完成した二人は呂宇子が「あらま。似合ってるじゃない」と微笑む仕上がりで、呉服屋の娘として見た目にはちょっとうるさい柚乃も大満足、……だったのだが。
「あ、なーさん。綺麗な御髪も隠さないとダメです! 変な虫がつきます!」と慌てて被せたのは何故か『もふら帽子』。
 そのアンバランスさに若干名が吹き出した。
「変な虫って……」
「あれ? 違いましたっけ?」
「どうかな。そんなに大きくは間違ってない気もするけど」
 アルマが困ったように笑えば、真面目な顔をした穂邑が「石鏡には変な悪さをする虫さんがいるのですか?」と訊いてくるなど場が混沌として来た。
 ウルスラは軽く肩を竦め「準備が出来たなら行こう」と仲間達を促す。
 結局、もふら帽子は「暖かい」という理由でなーさんの頭上に落ち着き、一行は三位湖へ出発するのだった。

 宿を出て少し歩けば、すぐに三位湖が彼らの視界に広がる。
 国土の大半を占める水源であるが故に石鏡を天儀一の豊かな土地とした精霊の住まう湖――そう思うと、三位湖を見るのはこれが初めてでなくとも神聖な光景を見ている気分になった。
「……穂邑ちゃん、何か聞こえる……?」
「いいえ、今は何も……」
 柚乃の問い掛けに、穂邑が申し訳なさそうに答えると、ヘイズがおもむろにその頭をポンと軽く叩いた。
「精霊様ってのは気まぐれだって言うし、四六時中呼び続けているわけでもないんだろうさ。どのみち此処まで来たんだし、気長に探って行こうぜ。な、穂邑ちゃん」
「ヘイズさん……」
 ポンとされた場所に今は自分の手を置いた少女は、少し戸惑った様子を見せたものの「ありがとうございます」と笑い返す。
 それだけの遣り取りで互いの間にあった無意識の壁が取り払われたような気がした、……とは言え。
『異性に断りなく触れるなんて失礼極まりませんわね』と眉根を釣り上げている羽妖精と、やはり柚乃に抱っこされながら『詫びに食い物寄越せだし』とジト目の狛犬達。
 友人達は揃って静観の構え。
 ヘイズの前方に続くのは隙間なく敷き詰められた茨の道である。


 開拓者達は、それからしばらく三位湖の外周を探るように歩き続けた。
 武帝の書状は用意済みであり、祠に向かう為に穂邑の素性を明かす事も今は躊躇ないが、声の主が三位湖の精霊でなかった場合を考えると祠があるという小島にこっそり上陸する方法はないものか考えてしまう。
 遺跡の上に建造された石鏡の首都・安雲から、三位湖上の島に建造された安須神宮までは橋が掛かっており、双子王も在しているという此処を詣でる事は一般人にも許可されている。
 隣接するもふら牧場への観光も自由だ。
 だが、やはり其処から祠のある小島へ渡るとなると専用の船が必要なようで、この許可証は国からしか下りない。
 ウルスラの意見で、遺跡の上に建っているなら地下を通って行けるかという可能性も試されたが、遺跡への出入り口も厳重な警備がされており、こっそり忍び込むというわけにはいかなそうだ。
「やっぱ正面から行って、なーさんの書状に頼るしかないか」
 キースが言えば、仲間達も「そうですね」と同意を示し、改めて穂邑の意思を確認すべく彼女を見遣ると、本人もはっきりと頷いた。
 こうして安須神宮へ向かうため橋を渡りに向かった彼らは、しかし突如として響き渡った安雲の人々の悲鳴に瞬時に戦闘態勢を取る。
「ムスタシュイルには反応ありません」
「俺達を狙った襲撃者ってわけじゃなさそうか」
 柚乃の報告に、ヘスティアは考える。
 相手が人かアヤカシかは未確認だが、一緒にいる人物が人物だ。出来れば騒動は石鏡の軍で対応して貰いたいが――。
「……目の前で襲われている人間がいるのに放ってはおけないだろ、ってね!」
「呂宇子、アルマ、なーさんの護衛頼む!」
 駆け出すヘスティアに続いたキースが振り向き様に声を投げた。
 その間にも人々の悲鳴は緊迫感を増し、逃げ惑う際の衝撃音が幾度も重なる。
 原因は三〇体にも及ぶ不死鬼の群だった。
 偶然にも居合わせた開拓者である彼らの戦闘能力に比べれば不死鬼の能力は微々たるものだが、一般人にとっては充分な脅威である。それが三〇体も突如として現れれば辺りがパニックに陥るのは当然だ。
 更にその数が被害者を増やしていく。
 ともすればその凶刃が此方に向かわないとも限らない。
「時間との勝負だ、俺も行くぜ」
「援護しますっ」
 ヘイズが駆け出し、柚乃が応じ、更にウルスラが武帝の前方にフロストマインを仕掛けた。
「うっかり踏まないよう気を付けて」
 護衛のアルマ達にそう声を掛けると、同じく駆け出した。しかし「私も……っ」と動き掛けた穂邑を空が制し、アルマと呂宇子が周囲への警戒を強める。
「空さん……!」
「気持ちは判りますが、穂邑さんとなーさんに何かがあってはなりません」
「ぁ……」
 そう。
 目の前で人々がアヤカシに襲われていて、保身を理由に戦えない事を良しとする者などこの場にはいない。
 だが、個々の感情を優先出来ない事情が自分達にはあるのだ。
「……ごめんなさい」
「謝る事はありませんよ。安全が確保出来たら負傷者の治療に当たりましょう……それは穂邑さんの役目です」
「はい……!」
 大きく頷く穂邑を見ていた武帝は、ちらとアルマを見遣る。
「……いかないのか」という低い問い掛けに、アルマは警戒を決して緩める事無く答えた。
「今の僕の役目はなーさんを守る事だから」
 ただ一言。
 けれど何よりも重い一言。
 人々を護るために戦う者。
 護る為に戦う事を我慢する者。
 それもまた、開拓者。
「……」
 黙ったままの武帝を振り返り、呂宇子とアルマは驚く。
 彼の表情は、確かに変化していた。

 剣技、体技、術技。
 歴戦の猛者たる彼らに掛かれば三〇体の不死鬼が消滅するまで五分と掛からず、騒ぎを聞き付けた石鏡の軍が到着した頃には怪我人の治療もほぼ終わっていた。
 偶然居合わせただけだったにも関わらず国民を守って貰った事に礼を言う軍人にヘスティアは居心地悪そうにしていたが、その軍人の顔をまじまじと見たキースは思わず「あ!」と大声を上げてしまった。
 何故なら其処に居たのは――。
「あんた、椎乃……っ!」
「――あぁ確かキース……、って、あ、まさか……!?」
 昨年の湖水祭り以来の再会を驚く二人と、そして、穂邑。

 それは面倒な手続き無しに祠へ向かう幸運を手に入れた瞬間だった。