心神〜躙り寄る悪意 2
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/11 05:26



■オープニング本文

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 皇帝陛下の命令により、首都から北へ約一二〇キロ、魔の森に程近い渓谷にあるという神教徒の隠れ里に向かっていた五〇名弱の小隊は幾つかに分かれて現地及び周辺の偵察を行い、小隊長含む数名が合流地点で待機していた。
 空から隠れ里偵察に向かったグライダー部隊。近隣の村々へ聞き込みに向かっていた歩兵部隊。
 しばらくして集合、各々が得た情報を纏めてみれば導き出される言葉は「奇妙」の一言に尽きた。
「隠れ里は確かに存在していましたが、既にもぬけの殻。人間どころか獣の姿も見当たりません。特に争った形跡もありませんでしたし、こちらの動きを察知して逃げたのではないでしょうか」
「この里から向かえるであろう方向をくまなく当たってみたところ無人の荷車が放置されていたのを近くの村人が回収していました。馬が繋がれたままだったそうで、……恐らくは信者達が置いて行ったものと」
「その先は細く険しい山道です。荷車を引いては行けないと判断した可能性もありますが、攪乱の可能性の方が高いように思われます。山道には、大勢の人間が移動したような跡が見当たりませんでしたから」
「ただ、では何処に逃げたのかと辺り一帯を捜索したのですが、その形跡は全く見当たりません」
「ふむ……」
 小隊長は顎に手を当てて考え込んだ。
 随分と賢しい真似をする連中だ。
 自分達の進軍をどのようにして察知したのかも謎だが、彼らは何処へ逃げた? 隠れ里でなければ生きていけない信者達の逃げ足が速いのは理解出来るが、逃げ場所を既に見つけているとは考え難い。
 それこそ『場所』を提供出来る協力者が居なければ、これほど完全に姿を晦ます事など不可能なはず。
「……足跡は残さないなど、まさか空を移動したわけでもあるまいに……」
 否定しようとして、ふと脳裏を過った可能性。
 例えば飛空船。
 例えばグライダー、例えば、……龍。全員が空を飛ばなくても良いのだ。例えば誰もが通る道ならば大勢が移動しても信者達が通ったと判断する術は無い。其処から一人ないし二人が荷車を引いて別行動し、それを放置した後で空を飛んでしまえば自分達が追跡出来る材料は残らない。
「まさか開拓者……? いや、龍やグライダーを所持している傭兵達も少なくはないだろうし……」
 確たる証拠も無い現状で疑い出せば限がない。目下の問題は、これから自分達がどうするか、である。
 このまま何の収穫もなく帰るわけにはいかないのだ。
「とにかく隠れ里とやらをもう一度調べてみるか。時間を掛ければ手掛かりくらいは掴めるかもしれん」
「それは止めておかれた方が良いかと」
 小隊長の言葉に部下の一人が青い顔で言う。
「魔の森に近い事もありアヤカシを何度も目視しました。行かれるのであれば志体持ちに限っての方が」
「志体持ちなどこの隊には二人しか……」
 言い掛けて、小隊長は目を瞠る。
「では何故信者達はこのような土地に住んで……いや、住めていたんだ? 信者が全員志体持ちだったとでも言うのか……?」
 更なる疑問に答えられる者など誰一人いなかった。



 帝国軍が隠れ里の信者捜索を開始した頃、ジェレゾ当方に位置する宿屋の一室ではスタニスワフ・マチェク(iz0105)とアイザック・エゴロフ(iz0184)が他数人の仲間達と輪を作り真剣な表情で話し合っていた。
「俺達が昔住んでいた家屋や畑も残ってはいますが、また自給自足出来るようにするには相当な労力と時間が必要ですし、家屋も随分と傷んでしまっていますから修繕は必須です。しばらくは俺達が手伝わないと、彼らだけではしんどいでしょう」
「だが俺達にはフェイカーの監視という任務もあるし」
「せめて定期的に食糧を届けるくらいの事はしなければ」
「何度か一緒に最寄りの街まで行き来すれば道も覚えてくれるだろう。罠の類を解除しちまえば話はもう少し簡単になるだろうが、それをやると万が一の場合の時間稼ぎも出来なくなるからな」
 傭兵達は避難させた者の責任としてどうすべきかを話し合い、役割を分担する。
 隠れ里に暮らしていた信者全員を、数年前まで自分達が隠れ住んでいた村に移住させた四日後の事である。



 あれから一月。
 避難した人々の生活はようやく落ち着きを取り戻そうとしており、アイザックは「今なら……」と再び開拓者達に手紙を送る事にした。
 家屋の修繕や田畑の整備にはまだまだ人手が必要だから手伝ってほしい。
 信徒達もまた開拓者達に礼を言いたいと話している。 そうして互いに信頼関係が築けたなら、もしかしたら容易には話せない事も話してくれるようになるのではないか、と。
 あの日、彼らの避難を手伝ってくれた八人の開拓者――彼らは聞いたはずだ、信徒達の意味深な言葉の数々を。
 そして思ったはずだ。
 魔の森に程近いあの渓谷で、戦う術のない彼らはどのようにしてアヤカシから身を守っていたのかと――。


■参加者一覧
劉 厳靖(ia2423
33歳・男・志
劫光(ia9510
22歳・男・陰
霧先 時雨(ia9845
24歳・女・志
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
リディエール(ib0241
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟


■リプレイ本文


 新たな村となった土地に響く優しい詩。
 手元は藁を編んで茣蓙を作りながら、リディエール(ib0241)とイリス(ib0247)が子供達に歌を習っていた。
 和やかに響く歌声を背景に、男達は汗水垂らしての肉体労働。
 樹を切り、削り、木材となったそれを運んでは組み立てて。
「……肉体労働は苦手なんですけどね」
 軽い嘆息と共にそんな事を呟くトカキ=ウィンメルト(ib0323)も二〇キロ近い木の板を担いで村の端から端へ。
 其処で家屋の屋根を修繕中の仲間に声を掛ける。
「劫光(ia9510)さん、此処に置いていきます」
「おう。あんまり無理するなよ」
 屋根の上から聞こえてくる息も切れ切れの声。
「劫光さんも休み休み作業して下さい」
 淡々と、けれど相手を労う思いも込めて告げたトカキは来た道を戻っていく。が、その途中。
 目が合ったのは木陰に胡坐を掻いて盃を煽っていた劉 厳靖(ia2423)だ。
「よう、捗ってるかー?」
 相手の屈託のない笑顔に、滅多な事では感情を表に出さないトカキも、自分の口元が僅かに引き攣ったような気がした。
「一体何を……?」
「ん、見てわかんねぇか? 休憩だ、休憩」
「休憩も人の三倍していればサボりですね」と、悪びれない厳靖の後ろから笑顔で現れたのはエルディン・バウアー(ib0066)。
「さぁ行きましょうか。主は貴方の力を必要としています」
 左手で右拳を揉みながら言うエルディンが暗に「力づくでも連れて行きますよ」と言っているのを察し、厳靖は「しゃあねぇなぁ」と肩を竦める。
「しっかり働いてくれれば後でワインを御馳走しますよ」
「ワインねぇ……まぁ偶には悪くねぇか」
「では取引成立という事で、いざ行かん!」
「おいおい、言っておくが手伝いったって大した事は出来ねぇぞ、俺は年寄りなんだ」
「年寄というのは枯れた男の台詞ですよ。厳靖殿はまだまだ若いじゃありませんか」
 自分に軽くウィンクして見せながら厳靖の背を押して行くエルディンに、トカキはしばしの沈黙の後に嘆息、と。
「あと一〇秒あのままだったら私が厳靖の尻を蹴っ飛ばしてやったのに」
 茣蓙の材料を籠いっぱいに抱えた霧先 時雨(ia9845)の遠慮のない物言いは、しかしそれだけでなく。
「あれでもただの怠け者じゃないから」
「知っていますよ」
 トカキはあっさりと言い放って持ち場に戻り、その背を見送った時雨もまた肩を竦めて作業を再開した。
 厳靖が休んでいた木陰は、此処に着いてすぐトカキがムスタシュイルを仕掛けた獣道への出入り口。
 唯一この村から外に出られる場所。
「警戒は必要ですが、し過ぎる事もないでしょう。マチェク殿の部下の方々も警戒に当たってくれていますし、トカキ殿も術を毎日掛け直してくれています」
「ん? ああ、いいんじゃねぇか?」
 とぼけた厳靖の様子にエルディンは内心でふふりと笑うのだった。


 開拓者達がこの村を訪れたのは二日前。アイザックの案内で到着した彼らを、村人達は心から歓迎し、労働力として手伝いに来たと話した時の笑顔は、正に満面。何せ五〇余名の暮らしは僅か三軒に鮨詰め状態。家屋は充分にあっても五年以上使われていなかったそれらは、修繕無しに住める状態ではとてもなかったのだ。
「如何せんうちも人手が足りなくて……」とはアイザックの台詞。その彼も今は所用で里を出てしまっている。
 かくして始まった修繕作業は順調に進んでおり、住める家屋は増え、開拓者達の寝床も確保されつつある。
 そうした中でエルディンが厳靖を連れて訪ねたのはこの村の神父だ。人々の暮らしが落ち着けば、次に必要となるのは聖堂だと考えたからである。
 しばらくの相談の末、村の最も北側に建つ、一番大きな建物を聖堂にしようという結論に落ち着き――。
「色々と必要なものはありますが、まずは掃除ですね」
 エルディンは箒を構えて仁王立ちし、厳靖は「勘弁してほしいねぇ」と。
 五年分の垢落としなど考えただけで億劫だった。


 そんな中、アルマ・ムリフェイン(ib3629)は一人の老女の傍に居た。
 元の隠れ里から此処へ移動を果たした日に無事に済んで良かったと泣いた女性である。
 足腰が丈夫ではない彼女の為、一人で暮らすには充分な小屋の後片付けや修繕、荷物の整理整頓など手伝いながら、他愛のない話をする。
 外から聞こえて来る歌声。
 少しずつ。
 ……少しずつ近づく心の距離。
「おばあちゃんも、リディちゃん達が教えて貰っている歌を歌えるの?」
「ええ勿論」
「そっか、小っちゃい頃に皆が教えて貰うんだね!」
「そう、ね……そうだと思うわ。この里では歌う事で神様への感謝と敬愛を伝えるから」
 老女の小首を傾げた動作に、アルマは微かな違和感を覚えた。
「おばあちゃん、もしかして違う里の人なの?」
「そうよ。元々はもっと東の方で生まれ育ったの。此処に来たのは十二の時だったかしら」
「じゃあ以前に話してくれた、何十年も前に襲われた村って……」
 アルマの言葉に老女は痛々しい笑みを浮かべ、昔の事をそれ以上聞くことが躊躇われたアルマはわざとらしく「あ、じゃあ僕にもこの里のお歌教えて?」と。
 あの日の彼女の涙を思うと、勢いだけで過去の話を乞う事は出来なかった。



 その日の仕事を終えて、皆で火を囲み談笑しながら過ごす夕食の時間。
「エルディン、約束のワインはどうした」
「聖堂が完成するまではお預けです」
「完成ってそりゃいつの話だ?」
「厳靖殿が頑張ってくれれば、すぐですよ」
「今日はこれを飲むと良いわ」
 スッと時雨が差し出す一杯の薄緑色の液体。
「お? 何だこれは」
 匂いを嗅ぎ、とりあえず煽ってみる厳靖。
「ぶっ。なんだこりゃ!?」
 驚く厳靖に、それを手渡した時雨は近くの子供を示す。
 まだ幼い少女はびくびくしながらも「果実と木の実をで作ったジュース……体に良いから、お兄ちゃんお姉ちゃん達にと思って……」と。
「――」
 周囲に落ちる何とも言えない沈黙の帳。
 厳靖はふっと笑うと一気にそれを飲み干した。
「確かに体に良さそうな味だ!」
 美味いとは言わないところが彼らしいと仲間の口元に浮かぶ笑み。
「それでは私も頂きましょうかね」
「では私も……」
 エルディン、イリス、そして劫光も手を伸ばして、まずは一口。
「……変わった味ですね」
「本当……初めての味です」
「どんな果実と木の実を合わせたんだ……?」
 三人の感想に、リディエールは伸ばした指先に躊躇いを覚えるが、せっかく村の子供が用意してくれたものを断るわけにはいかないと、決死の覚悟で挑んだ。
 が。
「……美味しい」
「「「えっ」」」
「あら……?」
 仲間達に引かれて戸惑うリディエールだったが、実を言えば薬効のあるハーブが独特の味をしているのが理由だったため、そういったものの扱いに長けている彼女には特に違和感が無かったと言うだけの話なのだが。
「妙ね……トカキ、飲んでみて」
 時雨は、一人水で喉を潤しているトカキに話を振り、本人は「果実も木の実も苦手なので」と拒否。しかしそれで判ったと諦める者など一人もいない。
 がしっとトカキの腕を捕まえたのは突如現れたアルマ。
「トカキちゃん、此処は挑戦あるのみだと思うんだ!」
「そうですよ、せっかくですから頂きましょう♪」
 前方から迫って来るのはアルマとイリス。二人が近付いて来た分だけ後方に下がるトカキだったが、背中が仁王立ちの厳靖にぶつかる。
「肉体労働苦手、情報収集苦手、果実も木の実も苦手ってこたぁ何が得意なんだ?」
「それは……」
 自分の得意なものを考えて、思い当たる事はあったが子供達の前で宣言するのも憚られた為「まぁ、それなりに」と曖昧な返答になれば、アルマ。
「じゃあこのジュースは得意かもねっ」
「ええ、試してみる価値はありますよ?」
 イリスは良い笑顔でジュースを持って迫る。
「えっ。ちょ、待ってくだ……っ」
「皆も押さえちゃえー!」
「「「わーい!」」」
 抵抗するトカキを、アルマの号令に大喜びで駆け付ける村の子供達。もみくちゃにされながらも子供達には決して手を上げず、結局は謎のジュースを飲まされて、……蹲るトカキ。
 男達と時雨は豪快に笑い、イリスは「やり過ぎたかしら」と心配顔になり。
 里の子供達も、大人達も、賑やかな彼らの姿に笑いが絶える事は無かった。
「……普通に美味しいのですけれど」
 ぽつり、ちびちびとジュースを飲みながら呟くリディエール。
 そして彼らは最後まで気付かなかった。実は一人だけ……アルマが試飲回避に成功していた事に。



 日中は共に汗を流して家屋の修繕・田畑の整備に勤しみ、夜は共に食事をし盃を交わし、笑顔の絶えない楽しい時間を過ごす。
 隠れ里の信者達の心は、開拓者達に対し恩人である以上の親しみを抱くようになっていった。
 そうして約一週間が過ぎて、一つの家屋に一家族ずつ住めるようになり、田畑の種蒔きも済んだところで開拓者は里を離れる事になった。
 明日でお別れという最後の夜。
 聖堂に関しても出来る事は終わったというわけで、子供達が寝静まり、もう大人しか外にはいないという時刻になってからエルディンは約束のワインを取り出した。 
「私の知る教義では葡萄酒は神教会創設者の血をイメージしているのですよ。神聖な飲み物なのです。というわけで、一緒に飲みましょう」
「ほぅ、これが」
 厳靖はエルディンから葡萄酒を注がれて、まずは匂いを嗅ぐ。それから一口煽ると「ほう、なかなか良いねぇ」と満足そうな笑顔になった。
 里の神父ジェッシュにも注ぎ、乾杯。酒は嗜む程度だという彼も、エルディンのもてなしを嬉しそうに受けるのだった。


 盃を交わしながら過ごす心地良い時間。
 だが、いつまでも誤魔化すばかりでは相手にも失礼だと、最初に切り出したのは厳靖。
「それにしても、あんな山ん中でよくもまぁアヤカシに襲われなかったなぁ。運がいいんだな、それともあれか、神様の御利益ってやつか」
「それはいいですね」
 冗談めかす厳靖に、エルディンが大きく頷く。
「私は聖職者としてアヤカシから人々を守ろうと誓いました。教会由来の術には便利なものも多いのですが、あればとても便利だろうと考えているのが対アヤカシ用の結界です。恐らく、かつてはそういう術もあったのかもしれませんが……」
 そうして、エルディンは同志に視線を移す。
「ジェッシュ神父、貴方は何かご存じではありませんか?」
 エルディンは笑顔で問う。だが、問われた神父は目を瞬かせた後で僅かに表情を歪め、やがて、ゆっくりと息を吐き出した。
「……もしかして、聞かれていたのでしょうね。アヤカシに襲われたあの渓谷で、子供達が口走ってしまった言葉を」
 その言葉に開拓者達は顔を見合わせ、もう互いに遠慮は要らないのだと察した。八人の開拓者と、明日の別れに備えて里に来ていたアイザックは神父を囲んで座る。
「教えて、頂けますか。結界とは何かを。魔の森のほとりで、これまで無事だった理由。そして恐らく、赤い石が隠れ里を狙う、理由。それが失われた神の御業であるなら、お借りする事は……教えて頂く事は出来ませんか」
 リディエールの言葉に、神父は眉間に皺を刻んだ。
「赤い石とは、何ですか?」
 聞いたことのない単語に応えたのは時雨。
「コンラート・ヴァイツァウ――その名を聞いたことがある?」
「確か南部辺境の……」
「そう。二年前に乱を起こし、帝国に粛清された神教徒……けれど実は彼を唆した奴がいた。それが赤い石――フェイカーと呼ばれるアヤカシ」
 相手が息を呑むのが判ったけれど、リディエールはその後を引き継いだ。
「私達は先の大乱以降、フェイカーを追っています。大乱を先導し、今再び帝国に争いの根を張ろうとしている……あれを止め、再び犠牲を出さない為に、結界の事が知りたいのです。どうか、お願いします。力を貸して下さい」
 全員に頭を下げられた神父は、正直に言えば戸惑っていた。
 彼らは自分達の恩人。それ以上に、心許せる間柄だと言っても過言ではない。彼らの欲する力が自分にあるのなら役に立ちたいと思う。
 協力したいと思う。
 だが――。
「……仮に『結界』というものがあったとして、それを聞いて、貴方達はどうしようと言うのですか?」
 神父の問い掛けに対し開拓者達の応えは、――沈黙。
 それを何のために欲するのか、その理由を彼らは用意していなかった。否、用意されずともアヤカシと戦うために必要だとは判る。
 けれど、……だからこそ。
「元凶が、そのフェイカーと呼ばれるアヤカシで……貴方達がそれと戦うために『結界』が必要だと仰るのなら……」
 神父は言葉を詰まらせて深呼吸を二度繰り返すと、ゆっくりと言い切る。
「貴方達に話す事は、何もありません」
 それは確固たる拒否の言葉だった。


 結界の話は聞けない。
 その結果に、アルマは少し考えた後で隣に佇むアイザックに問うた。自らを責めながら、それでも超えていかなければならない壁に拳を握って。
 対して傭兵は頷く。
「構いません」と一言。
 そして言うのだ。
「こんな事を言ったら皆さんには怒られそうですが、……皆さん、優し過ぎるんです。俺達の目的はフェイカーを斃す事。その為には……少なくとも俺達ザリアーの傭兵の事は『利用する』くらい平気になって下さい。ボスならきっと平気で皆さんを利用しますよ」
 言いながら見せる傭兵の笑い方がアルマの胸を締め付けた。
(優しいのはアイちゃん達の方だよ……)
 彼の言う通り、いざとなれば傭兵達は自分達も利用するだろう。
 それがフェイカーを斃し、――……仲間を、家族を、生かす事に繋がるなら。
「……そうだね。僕も……僕達も……」
 アルマは再び拳を握り締めた。



 アルマは老女を訪ね、そして切り出す。
「あのね……僕達は、友達の家族を赤い石に奪われたんだ」
 彼女が息を呑むのを察しながらも、アルマは止めるわけにいかない。
「おばあちゃん、以前の村が帝国軍に襲われた夜、赤い石のペンダントを持った男の人に会ったって言ってたよね? その時の事を……思い出すのは、とても辛いよね。でも、僕達にはその情報が必要なんだ」
 両手で顔を覆う彼女の、震える肩に手を置き、アルマはゆっくりと語る。
「赤い悪夢を、もう二度と貴女が見ずに済むようにする。必ず……、必ず。だから、おばあちゃん。その時の事を教えてください」
 老女はしばらく恐怖に震え、顔を見せようともしなかったけれど、その間も黙って傍にいるアルマの……ずっと肩を撫でてくれていた彼の、心からの望みを無下には出来ないと思ったのだろう。
「……昔話は得意ではないのだけれど……それでも、聞いてくれるかしら……?」
「っ……!」
 ありがとうと何度も繰り返すアルマに手を握られながら、ゆっくりと語られる昔話。
 彼女が十二の頃に、フェイカーと遭遇した時の出来事――……。