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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●帝国と、傭兵と 「――ということは、東部ザーヴァックでシェリーヌと名乗っていた娘、南部やジェレゾ各地で目撃されているシェルという踊り子、そして現在保安省神教会監督庁の東部主任パトルーシュ・コンスタンチンの元に身を寄せてケイトと名乗っている女は全て同一人物であり、赤い石のペンダント――フェイカーの憑代であると言うのですね?」 「はい」 キリールは主を前に険しい面持ちで頷いた。 傭兵が開拓者達と集う場を設けて共有した情報をマチェクから伝えられたキリールは、それを主――ガラドルフ大帝の娘であり第4皇女のディアーナ・ロドニカへ伝えた。 ディアーナには帝国の保安省長官という肩書があり、帝国内の平和と秩序を維持するための組織の総責任者である。 そのため、倉庫から持ち出された『赤い石のペンダント』が帝国を脅かす存在であると知らされた時から、その捜索の指揮権は皇帝自ら彼女に委任されていた。 マチェクがキリールに協力を頼もうと考えたのも、実を言えばキリールと友人であるという以前に彼女の肩書を知っていたからで。 「スタニスワフからの情報と言うのが些か納得がいきませんが、まぁ、帝国に対しフェイカーの所在を秘密にしなかった点については評価しましょう」 言いながら、僅かにその口元が引き攣る皇女。 キリールはあえてその件には触れず、件のパトルーシュ・コンスタンチンの内偵を進めるべき等の話題へ転換していく。 神教会監督庁は保安省の管轄下にある組織でもあり、長官である皇女の責任は重い。 正面から攻めればフェイカーはパトルーシュを捨てて姿を消してしまうだろうし、報告によればアヤカシの群れを呼び集めるともいう。ジェレゾの街中でそのような事をされれば犠牲になるのは一般市民だ。それだけは絶対に阻止しなければならない。 「軍を動かすのが得策でないならスタニスワフ達に動いて貰うのが良いかと。彼ら自身それを望んでいる。利害は一致していると私は見ていますが」 キリールの言葉に、ディアーナは嘆息する。 「それがフェイカーを捕える最速の手段であれば協……利用させてもらいましょうっ」 わざわざ言い直す皇女に吹き出しそうになるのを耐えたキリールは恭しく一礼して退室した。 今度こそ奴を捕えるため、慎重に外堀から埋めていく。 ――無論、フェイカーが黙っているわけは、無かった。 ●始まりの知らせ いま、ジルベリアの各地には暗雲が広がり始めている。 傭兵団ザリアーのボス、スタニスワフ・マチェク(iz0104)の呼び掛けに応じてくれた開拓者達から齎された数々の情報。 クルィークと言う名の傭兵団の動向。 仮面の男の暗躍。 かつてツナソーの領主であった人物に至っては、地位を失っても変わらず叛乱を企んでいるという確信に近い話が聞かれ、その他にも各地で小さな火種が勢いを増そうとしている事は各地に散らせている傭兵団の仲間達から知らされていた。 更にはヴァイツァウの乱が起きた南部辺境の現状と、ジェレゾの中流貴族バートリ家の当主となった青年ユーリ=ソリューフ――開拓者達の不安と推測が、いま確かな形を成そうとしている。 マチェクにはそう思えてならない。 首都ジェレゾの東側。 元仲間が経営する宿の一室に集まっていたのは七人の傭兵達だ。ベッドの上に広げた一枚の地図に次々と書き込んでいく文字が伝えるのは彼らが追跡し続けている敵の目撃情報と、その日付。 赤い石のペンダント、フェイカーを所持しているシェリーヌという娘は帝国の役人の元に身を寄せて落ち着いているのかと思えば、今なお各地で度々目撃されている。 何かを企んでいるのなら……否、企んでいるからこその動きとも言えるだろうか。 「まったく……」 マチェクが軽い息と共にそんな呟きを漏らすと、傍にいたアイザック・エゴロフ(iz0184)が心配そうに彼を見上げた。 「お疲れですか? 怪我が治って間もないのに無理されるから……」 「隊医から完治だとお墨付きをもらってもう一月以上経つんだが、それでも間もないと?」 「心配している間はずっと間もないんです」 真顔の部下に「なるほど」と笑い返し、肩を竦めた。 と、その時だ。 「ボス!」 血相を変えて現れたのはシノビの能力に長けた傭兵仲間ルヴァン。彼は室内の仲間達一人一人を素早く確認してマチェクの元へ駆け寄ると、険しい口調で早口に告げる。 「軍が動きます。ジェレゾの北一二十キロ、魔の森に程近い渓谷に神教徒の隠れ里があったらしく、その粛清命令が皇帝陛下から下されました」 「えっ」 聞き慣れた名前にアイザックは目を瞠るが、マチェクは冷静に切り返す。 「隠れ里を密告したのは」 「パトルーシュ・コンスタンチン。フェイカーが身を寄せている帝国の役人です」 室内に走る緊張感。 誰もが固唾を飲んでボスの言葉を待つ。 マチェクはしばらく考え込んでいる様子だったが、次に顔を上げた時には迷いなど欠片も見られない。 「何の目的で帝国に神教徒の弾圧を促すのか定かではないが、それが奴の狙いだと言うなら思い通りにさせるわけにはいかない。アイザック」 「はい!」 「その隠れ里に暮らす信者達と帝国軍より先に接触し安全な場所まで逃がす。……帝国と敵対する可能性もあるが、開拓者にも力を貸してもらるだろうか」 「すぐに連絡を取ってお願いしてみます!」 「しかしボス、逃がすと言っても何処へ……」 「以前のおまえ達の隠れ里はどうだい?」 その返答に傭兵達は納得。諸事情あって傭兵団ザリアーの面々はマチェクがボスになる前と後で住む土地を移っているのだ。以前の隠れ里であれば、当時使っていたトラップ等も再利用が可能だろうし、土地感がある分だけ万が一の際にも此方側が有利に立てる。 「開拓者とアイザックには信者達の逃亡の手助けを。おまえ達は先にあの土地へ向かい道を『使える』ようにしておいで」 「了解っ」 「アイザック、あの土地への行き方を忘れたりはしていないだろうね?」 「大丈夫です!」 即答する青年に、ルヴァンは言う。 「軍にも準備がある。出征は五日後の予定だ、これから開拓者に連絡を取り精霊門を通じてジルベリアまで来てもらうのも最速で2日は掛かるだろうし」 「いや、帝国の進軍先に先回りして信者を逃がそうなんて依頼がギルドで受理されるわけがない。精霊門は使えない。各自の朋友で渡って来て貰わなければならないんだ、時間的にはギリギリ……正に時間との勝負だ」 そのような中で帝国軍よりも先に現地へ赴き、信者である彼らを説得し、逃がす。 「里の人々の信頼を得るのも簡単ではないだろうし、相当難しい賭けになるが、負けるわけにはいかないよ」 「勿論です」 アイザックははっきりと頷くと、もはや1分1秒も無駄には出来ないと判じ動き出した。 手紙を送るよりも自らが天儀に渡る方が早いと考え、彼は行く。 正に時間との勝負だった。 |
■参加者一覧
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● 北の港に停泊しようと言う飛空船から飛び立った四頭の龍は方角を確認した後、低空を最高速度で南下していく。 「時間との勝負だ、俺達も急ごう」 船上、劉 厳靖(ia2423)の言葉にエルディン・バウアー(ib0066)、ジークリンデ(ib0258)、トカキ=ウィンメルト(ib0323)、アルマ・ムリフェイン(ib3629)が頷く。 「お世話になりました!」 アルマが船首に向けて声を上げると、操舵席からは「気を付けろよ!」という言葉の輪唱と共に乗降口が開き、開拓者達の前方に繋がる道。 目的地までの道程は全員が頭に入れた。 地上を行く彼らもまた、それぞれの手段で移動を開始する。 ● 一時間後。 隠れ里に尤も近いと思われる川縁に着陸した劫光(ia9510)、リディエール(ib0241)、イリス(ib0247)は、上空で龍に騎乗したままのアイザックを見上げていた。 「それでは俺は他の皆さんと合流しに戻りますが、くれぐれも気を付けてくださいね」 傭兵の朋友が両翼をはためかせて舞い上がると、全速力で来た方向へ飛んでゆく。 状況が状況なだけに単身での移動となる彼を案じる気持ちは強いけれど、此方も時間に余裕があるわけではない。仲間が到着するまでに、せめて自分達が敵でない事を隠れ里の住人に信じて貰わなければならないのだ。 相棒達にはその場での待機を告げ、三人はアイザックに教えられた通りに前方に広がる森へと足を踏み出した――と、その直後。 「止まれ!」 上がった怒声に、しかし三人の表情は変わらない。 この場に降り立った時から三人は……勿論アイザックも、自分達が既に囲まれている事には気付いていたからだ。 川の向こう、断崖の上には魔の森が広がっているという。 それでなくとも隠れ里に暮らす神教会の信徒達は、迫り来る危機に対して常に警戒を続けているのだから、龍に乗った何者かが近くに降り立てば、こうして敵意を向けて来るのも当然だった。 数は十。 十代から五十代と見られる男達が一様に弓を構えて開拓者にその切っ先を向けており、中央の男が再び声を上げた。 「貴様らは何者だ!? 何をしに此処へ来た!」 張り詰めた緊迫感に、だがやはり三人が表情を変える事は無く、イリスとリディエールが静かにその場に膝を追ると、イリスは腰に帯びた剣を地面に置く。 劫光を彼女に習うように片膝を付き、武器を放す。 それを待ち、イリスは口を開いた。 「はじめまして。私は開拓者をしておりますアイリス・マクファーレンと申します。里の代表の方にお目通りさせて下さいませ」 「なんだと……?」 中央の男は胡散臭そうな顔で更に言う。 「開拓者が此処に何用だ! 我々はおまえ達を呼んでなどいない! 即刻立ち去れ!」 「時間がありません。とても大切なお話があるのです」 「我々には話などない!」 「ですが」 「黙れ!」 開拓者云々ではなく、余所者の話を聞く気など毛頭無いと言わんばかりの頑なな態度に、イリスはリディエール、劫光と顔を見合わせた。 そうして頷き合うのは、合図。 イリスは再び男達に向き直る。 「……私達は、貴方達、里の皆様に大切なお話があるのです」 「里、だと」 男達の表情が変わる。 「この先に『里が有る』と知っているのか貴様!!」 一瞬にして殺気立つ男達の心は一つ、背後に庇う里の家族を守る事だけ。 「生きては帰さん! 射よ!!」 「!!」 男達の矢が放たれる、その一瞬に。 ―― …… ―― 張り詰めた空気を震わす涼やかな、音。 歌。 主は水辺に立たれ手を差し伸べられる その清らかな心に光りあれと 「これは……」 男達の震える声をも包み込むようにリディエールは歌う。 主は言われた わたしの心 あなたの心 すべてが等しく尊いと 「……あんた……」 歌い終えたリディエールは瞑っていた瞳をゆっくりと開くと、男達にそっと微笑み掛けた。 「外では歌うなと言われていた歌、です。ですが……皆さんの前でなら、大丈夫ですよね?」 「……!」 リディエールの言葉は、そのままで男達の心に響く。彼らは中央の男の判断を仰ぐように彼を見、合図を受けて弓を下ろす。 「……大切な話があると言ったな? どういう事だ」 それは、彼らが余所者を身内と認めた言葉だった。 ● 神教会に禁教令が出されたのはおよそ百年前、アヤカシとの対抗上から生じた国内改革に、教会側が強い反発を起こした事に端を発する。 以来、神教徒は幾度となく帝国によって粛清され、貴重な聖典等は消失。信徒も激減。その上で口伝でしか継げられなくなった教義は時の流れと共にそれぞれの解釈が混じってしまい、今や正当な教義など不明。 各地に散った信徒達が各々の解釈で信仰しているというのが実状だ。 そのため信徒としての習慣なども地域によって様々なのだが、僅かでも共有しているものがあるとするなら、それは『歌』だろう。 詩は変わっても、記憶に刻まれた旋律と言うのは変わらない。 言語の通じない相手と音楽なら交流が図れるように、異なる土地の信徒でも聞き慣れた旋律には心を許せる。 少なくとも今回の彼らの信を得るために歌う事は、非常に有効な方法だった。 かくして隠れ里の人々は今日まで暮らして来た土地を捨てて逃げる事を、言いたい事はあれど了承した。 すべては若い命を生かすために。 また、元々隠れて暮らしていた里の人々だから、改めて逃げる準備をと言われたところで、そう時間は掛からない。 途中までは平坦な道で荷車が使える事から、足腰の弱った数人の年寄を荷台に乗せ、馬を繋ぎ、火と水さえあればどうにか生きていける事を知っている彼らは数日分の保存食と水を背負い、防寒用の上着を羽織ると「準備は終わった」と言い切った。 もう出発出来ると言われたイリス達は、迷いつつも「他の仲間が到着するのをあと数時間待ってほしい」と告げるのだった。 ● 日が暮れて、この日の彼らの移動距離はおよそ一〇キロというところ。 今日は此処で野営をしようと決めた彼らは、火を焚き、テントを組み立て、食材の調達(主に狩りや釣り)と当番を決めて行動を開始した。 それから一時間程を経てすっかり暗くなってしまった森の中で、彼らはそれぞれに食事を取る。イリスは子供達に囲まれて会話を楽しみ、エルディンは里の神父から彼らの信仰を聞く。 地方によって様々に異なる神教会だけに、同じ司祭でも彼の話はエルディンにとってとても新鮮な内容のようで話は弾んでいるらしからった。 そんな仲間達の姿を横目に、此方は開拓者だけの会議中。 「劫光さん達に、皆さんだけでも進むのに問題ない避難場所までのルートをお教えしておけば、俺達と合流する前に里を出発する事も出来たんですね」 自分の判断の甘さを悔やむアイザックに、厳靖は「気にするな」と陽気に笑う。 「連中が里を出る際にアヤカシないし間者の有無を確認すると決めたのは俺達だ。そのためには全員の合流が不可欠だったし、万が一何かあった時にたった三人で五〇余名を守るのは難しいさ」 「そうですよ」 リディエールも穏やかに微笑むが、アイザックはまだ申し訳なさそうな顔。 「ですが……居心地悪かったでしょう?」 「それは……まぁ……」 コホッと咳払いで誤魔化すリディエール。最初の内はまだ良かったのだが、一時間、二時間と待つだけの時が流れるにつれて「軍が来るまでそんなに猶予があるのか」だとか「こっちには年寄もいるんだが……」だとか、パニックとは言わないまでも軍が来るという不安故に先に到着していた三人の開拓者に責めるような物言いで詰め寄って来る者は複数人いたのだ。 それでも、最初の段階で里の人々を調べられたのは良かったとリディエール。 トカキも頷く。 「まだ油断は出来ませんが、救護対象を疑わずに済むと判っただけでも充分でしょう」 「そうだよアイちゃん! 最初にしっかり調べられたから安心出来るんだもん、結果オーライっ」 「皆さん……」 アルマにぎゅっとされて、ようやく笑みを取り戻すアイザックに、スッと温かなスープが注がれた椀を差し出したのはジークリンデだ。 「しっかり食べて下さい。貴方に倒れられては全員が行き詰るのですから」 「あ、ありがとうございます……っ」 感動して受け取る傭兵と、それを見ていた厳靖の素朴な感想。 「にしても、野営って単語が似合わんなぁジークリンデ」 「そう、でしょうか」 柔和な動作で首を傾げる彼女に、アイザックも。 「そうですね。きっとジークリンデさんはお綺麗で、正に淑女という感じですから」 他意のない発言に、しかしリディエールが悲しそうに瞳を伏せる。それはもう唐突に。 「そう、ですね。ジークリンデさんはお綺麗ですから……」 「え……えっ、えぇ?」 戸惑う傭兵へ、更にアルマ。 「アイちゃん酷い、リディちゃんだってこんなに美人さんなのに……」 「! そ、そんなっ! もちろんリディエールさんもとてもお綺麗で……!」 「イリスというものがありながら他の、しかも複数の女を口説くなど覚悟は出来ているんだろうな」 「! いつ戻られたんですか劫光さん!!」 「今だ」 「今って、戻った途端にそんな……っ」 「面白そうだったんでな」 きっぱりはっきりと言い切る劫光に「うんうん」と頷く一同。もちろんリディエールやアルマも楽しんでいるわけで、がくっと落ち込むアイザックに、微笑ましいと言わんばかりの笑い声が大きくなる。 少し離れた場所から聞こえて来る仲間達の賑やかなやり取りに、一体どんな話をしているのか気になるイリスだったが、子供達から絶え間なく開拓者の冒険譚をせがまれるのに応じて嫌な顔一つせずに話して聞かせていた。 「やっぱり開拓者ってすごいんだね、どんなアヤカシ相手でも必ず勝つんだもん!」 「あたしたちの里にもかいたくしゃがいたら、アヤカシがおそってきてもへいきなのにね」 幼い少女の言葉に、イリスは「そういえば」と思う。 「他の人に見つかり難いという点では魔の森の傍に暮らすのは理に適っていると思うけれど、アヤカシに襲われる事もあったでしょう? そういう時にはどうしていたのかしら」 里に志体持ちはいないと聞く。 あれほど魔の森に近い渓谷に住んでいれば襲撃も一度や二度はあって当然だろう。だが、そう言われた子供達は、何故か得意げに笑う。 「へへっ、俺達の里にはアヤカシは絶対に来ないんだ」 「どうして、ですか?」 「だって里には神父様のけっ」 「わーーーっ!」 「!?」 突然の大声は、それまで子供達の輪を離れて見ていた大人のもの。 そして彼は言う。 「そうだっ、里の歌を開拓者の皆さんに聞かせてあげよう、そうしよう!」 「はーい」 イリスは戸惑ってしまうが、素直に応じた子供達の歌声に追及は敵わなかった。 そうして聞こえて来る歌声に、エルディンと話していた神父が顔を綻ばせる。 「私達が神に祈る時は歌うのですよ」 各々が得意な楽器を持ち、笑顔で。 神の教えは届かずとも音楽は万人の耳に、そして心に届くから。 「こうして隠れて暮らす身の上……いつ帝国の手に掛かっても不思議はないと考えて生きて来ましたが、まさかその危機に、逃してくれると言う貴方達が現れるとは……」 初老の神父は語り、エルディンは微笑んだ。 「貴方達を助けるために私達が来た事こそ神の思し召しでしょう」 ● 翌日、翌々日と彼らは移動を続けた。 なるべく人目に付かないよう細心の注意を払い、夜中の方が移動に適しているとなればそのようにし、また野営の際には開拓者が交代で見張りをし、外ばかりでなく内側にいるかもしれない敵の存在にも決して気を抜かない。 その甲斐あって彼らの移動は概ね順調、一行は目的地まであと僅かという難所、左右に絶壁が連なり大人が二人並ぶのがせいぜいという細い川を上流に向かって進んでいる最中だった。この時にはいよいよ帝国軍も動き出すという事もあり、劫光、厳靖、トカキが『囮』となるべく仲間達から離れて行動を開始、――それを『敵』は見ていた。着かず離れず、開拓者の警戒網には触れないよう、ただじっと彼らを見張り続けていた獣型のアヤカシもまた、戦力として貴重な三人が騒ぎに気付いて戻れるだろう距離を超えた頃に動き出したのだ。 龍に騎乗し空から辺りを警戒していたリディエールが地上を行く仲間に声を荒げる。 「後方四時の方角、アヤカシの群れです!」 迫り来るのは怪鳥の群れ、その数二〇強。 イリスも龍を呼び戦線に赴こうとするが幅が足りず、その間にも小柄な怪鳥は続々と里の人々目掛けて襲い掛かろうとする。 「白き刃よ敵を討てブリザーストーム!!」 ジークリンデの攻撃魔法で辛うじて負傷者は出なかったが、いま、彼らの攻撃手段は限られていた。 「とにかく前へ! もうすぐ目的地に着きますっ、ザリアーの仲間が援護に来てくれますから!!」 アイザックの言葉を受けて全員が走り出す。 走るのが困難な人はエルディンや、相棒のパウロがその背に背負い、とにかく走った。 その最中。 「神父様、結界は!?」 「此処では無理です、今はとにかく開拓者の皆さんの指示に従って逃げましょう!」 エルディンは早口に捲し立てられるそれらの会話が意味するところを予想して「まさか」と思うも、今は目の前のアヤカシの群れから逃れるのが精いっぱいで問い質す事は出来なかった。 開拓者とアヤカシの交戦は続く。 信徒達を先に行かせ、空から攻めて来る敵から庇いながら戦い始めて数分後。 「こっちだ!!」 大声での誘導は傭兵団ザリアーの副隊長イーゴリ。 「さぁ早く!!」 伸ばされる手。同時に人々の頭上を、数十本の矢が怪鳥目掛けて放たれた。 ● 何とか傭兵達と合流し、信徒達を無事に目的地へ辿り着かせた開拓者達。 そうして怪我人などがいないか確認して回っていたアルマは、一人の老女が両手を固く握りしめながら涙を流している事に気付いた。 「おばあちゃん、大丈夫? 何処か怪我をしちゃった?」 「あぁいいえそうではなくて……ただ、良かったって安心したら涙が止まらなくなってしまって」 言い、老女は昔を思い出すように目を細めた。 「もう何十年も前……実は私は、こうして里を追われるのは二度目なの。あの時は貴方達のように助けてくれる人もいないくて、里は炎の海になってしまって……」 今度はそうならなくて本当に良かったと泣きながら笑う老女に寄り添うアルマだったが、彼女の続く言葉には耳を疑った。 「本当に……またあの時のように、あんな恐ろしい赤い石が来なくて良かった……っ」 「赤い、石?」 アルマは聞き返す。 そうして彼が知ったのは、何十年も昔に起きた神教徒の隠れ里粛清があった夜。炎の海と化し信徒達の遺体が積まれたその場所に、老いた男が佇んでいた事。 その胸元には赤い石のペンダントが輝いていた事――……。 |