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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● ジルベリア東方に位置するザーヴァック領でスタニスワフ・マチェク(iz0105)の公開処刑が行われる予定だったあの日、領主邸がある街はかつてない混乱に陥った。 当初は処刑される予定だった罪人マチェクが拘束から逃れて領主に刃を向けた『大事件』かと思われたが、次いで起きたアヤカシの大群の襲来、それらから人々を逃がすべく奔走した開拓者と傭兵団ザリアーの面々の奮闘、更には興奮した領主シルヴァン・ヴィディットが口走った「アヤカシを利用した」という言葉を複数の領民が耳にした事で状況は一変した。 領主がアヤカシと手を組んだ結果、町は襲われて甚大な被害が出た。 人命こそ失われなかったが、それは開拓者と傭兵団ザリアーが協力して避難誘導及びアヤカシ討伐を行ってくれたからであり、ましてや領主はそのザリアーの長であるマチェクを私欲のために無実の罪で殺そうとしたという『噂』が街中に広がったのだ。 ――だがそれは、表向きの事象を見える範囲で捉えた人々の話。 領主が失墜するのは時間の問題、もしかすると暮らしが上向くかもしれない、そうなれば万々歳だという結果を望む人々に反し、裏で起きた真実を知る開拓者や、ザリアーの面々にとっては、此処からが勝負だった。 ● マチェク率いる傭兵団は商人や文人、医師など全人員が集まれば二百名近い大規模な団であるが、その中の半数弱は里を同じくする特別な仲間だった。アイザック(iz0184)やニコライを始め、全員ではないが志体持ちも少なくない同郷の彼らは仲間であり、友人であり、家族、であり。 マチェクにとっては何よりも守りたい存在だった。 守るべき命だった、‥‥それなのに。 「ボス‥‥」 背後から声を掛けて振り返れば、この数日間でやつれたように見えるアイザックが一通の手紙を持って立っていた。 「レディカ夫人から、です‥‥亡くなった二人の葬儀を行うから、と」 「夫人が?」 聞き返すと、アイザックは無言で頷く。 彼は今朝からレディカ夫人の農場に赴き、半月ほど前に起きた夜盗の襲撃で死んだ二人が傭兵団の仲間である事、諸々の事情があってこれまで明かせなかったが、出来れば二人の遺体を引き取りたいという希望を伝えて来たのだ。 その返答が「葬儀を行う」なのだから、さすがはレディカ夫人と言うべきか。 「また迷惑を掛けてしまうな」 「‥‥そう言ったら水臭いと怒られました‥‥あの二人のお陰で自分は生き永らえたんだから当然だ、って‥‥」 「そうか」 「これが日時で‥‥その‥‥」 「ん?」 手紙を差し出しながら口籠るアイザックに続きを促すと、彼は深呼吸をした後で静かに告げる。 「‥‥開拓者の皆さんも、いらっしゃるならどうぞ、と‥‥でも、その‥‥」 彼が言いたい事を察し、マチェクは苦く笑った。 「それは彼女達次第だろう。来たいなら来れば良いし、来られないと思うならそれでも構わないさ。‥‥まぁ、うちの連中には彼女達を責めないよう言って聞かせなければならないだろうけれどね」 「ボス‥‥」 「おまえはまだ開拓者を信じたいんだろう? ショーンの事があっても」 穏やかな問い掛けに、アイザックはしばらく悩んで、迷って、それでも最後には正直に頷く。 最初の犠牲になったマーヴェルとユーリー、そして三人目の犠牲者であるショーンの死も原因が開拓者にあるのは確かかもしれない。けれど、開拓者が一つでも多くの命を救おうと奔走し、戦い続けてくれた経緯をアイザックは間近で見て来たのだ。 「ニコライさんや、ルヴァンさん達には裏切る気かと怒鳴られましたけど‥‥裏切るとかじゃないんです‥‥俺‥‥」 アイザックはそれを言葉にする事を躊躇って俯いたけれど、マチェクが黙って待っている事に気付いて覚悟を決めた。 「俺‥‥傭兵団が開拓者達と協力出来ていれば‥‥もしかしたらフェイカーを捕まえていられたんじゃないかって、そう、思うんです」 あの公開処刑の裏で起きた様々な事象の中、彼らは自分達が『赤いペンダント』と呼んでいた物がフェイカーという名である事を知った。 そしてフェイカーはシェリーヌと言う名の美しい銀髪の女と一体化(どういう理屈でその身体を得たのかはまだ不明だが)しており、その能力の強大さを含め、ある程度の情報はシェリーヌと対峙したアイザックや開拓者達から既に聞いている。 傭兵団を罠に嵌めようとした領主が「フェイカーから美しい娘シェリーヌを救うためにアヤカシを利用した」と言い張っている辺り完全に騙されている事が窺えて多少は哀れに思えるが、もしも開拓者と二百名に及ぶ傭兵団が最初から手を組めていれば状況は間違いなく変わっていた、と‥‥若き傭兵は思わずにいられなかった。 いがみ合う事無く手を取り合えていれば、‥‥もしかしたら、ショーンだけは死なずに済んだのかもしれない、とも。 「ニコライさん達の怒る気持ちも判ります‥‥それはすごくよく判る‥‥でも、俺は‥‥」 「おまえは、おまえの信じるように動いたら良い」 顔を上げる青年に、マチェクは微笑う。 「おまえに一つ頼みがある」 「は、はいっ」 「首都に向かい、この人物に会って来てくれ」 一枚のメモを手渡され、確認すると、書かれていた名前は以前に戦場で出会った皇族の親衛隊隊長の名前だった。 どういう事かと無言の瞳で訴えて来るアイザックに彼は続けた。 「帝国の保管庫からロンバルールの赤いペンダントが流出している事や、その所持者がシェリーヌという女である事はいつまでも隠しておくべきではないだろう――この領地から逃げた後で奴が何処に行ったか見当も付かない以上、いつ何処で火種が燃え始めるか判らないんだ。彼を通せばフェイカーの情報は皇帝陛下まで届く‥‥その上で、俺達傭兵団が引き続きフェイカーの捜索を行えるよう許可を得て来て欲しい」 アイザックは目を見開く。 大役、だった。 「まさか、逃げられてしまったんだから諦めようなんて言うとは思っていなかっただろう? くれぐれも情報提供だけで終わらないようにして来てくれ」 「は、はい!」 「その際は開拓者にも同行して貰うと良い。彼らが領主やフェイカーの件も含めて第三者としての証言者になってくれれば帝国側に此方の希望を受け入れて貰える可能性も高まるだろうし、‥‥せっかくだから彼らの覚悟も聞いておいで」 「覚悟‥‥?」 「彼らにもまだフェイカーを追うつもりがあるのかどうかを」 マチェクのその言葉には、開拓者達の気持ち次第で手を組もうという意思が感じられた。 だからアイザックは力強く頷く。 「判りました、必ず‥‥!」 ――こうしてアイザックは首都ジェレゾへ発つ事になり、今回の一連の事件に関し事情を知る開拓者達に同行を願った。 今度こそ赤いペンダントを、フェイカーを捕え破壊する気があるのなら、その覚悟を聞かせて欲しいと――‥‥。 |
■参加者一覧
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
霧先 時雨(ia9845)
24歳・女・志
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● ジルベリア東方のザーヴァック領から首都ジェレゾへ移動する開拓者の数は総勢十一名。スタニスワフ・マチェク(iz0105)から手紙を託されたアイザック・エゴロフ(iz0184)も含めれば十二名という大所帯に劉 厳靖(ia2423)は軽く息を吐いた。 「こんな大勢で行っても、とは思うんだがな」 彼らが移動している目的は首都に邸を構える皇族親衛隊の隊長キリール・クリモワと面会しマチェクから託された手紙を彼に手渡す事。同時に、ザーヴァック領において現地領主のシルヴァン・ヴィディットが『赤いペンダント』=フェイカーと結託し起こした一連の騒動に関して自分達で見聞きした情報を伝え、今後も開拓者及び傭兵団がフェイカーを追跡出来るよう許可を得る事、である。 その任務は非常に責任重大なものであり協力者が多いに越した事は無いだろうが、如何せん、今回の一件に関わった開拓者達が持っている情報は基本的に共有済みだ。 その事を気にする厳靖に、でも、とイリス(ib0247)が微笑む。 「大勢の方が旅路は楽しいです」 「同感です」 イリスの言葉にはアイザックが笑顔で同意するから、エルディン・バウアー(ib0066)が後ろを向いて肩を震わせ、アルマ・ムリフェイン(ib3629)がほんわかしてしまうのだ。 そんな仲間の様子に肩を竦めて厳靖。 「ま、お偉いさんに顔を売っておくのも悪かねぇか」 「いつどんな縁が役立つか判りませんからね」 コホンと咳払い一つ、エルディンが何食わぬ表情で頷く傍らで苛立たしげに息を吐いたのは霧先 時雨(ia9845)だ。 「ったく‥‥それにしたって今も何処かで陰険宝石がほくそ笑んでいるかと思うと腹立たしいわ」 「ええ、まったく」 ジークリンデ(ib0258)はそう返した後で思案するように目線を下げ。 「‥‥それにしても残念なのはシルヴァン伯とお会い出来なかった事でしょうか」 「す、すみません。ジークリンデさんが領主に会ったり、部屋の調査をしたりするのを待っていると、この後の予定に差し支えてしまうので‥‥」 アイザックは慌てて説明し、それにと付け加える。 「部屋は既に調査済みですし現地に残ったレジーナさんが領主との話を試みてくれるそうですから」 ――結果として領主は開拓者に協力する気など毛頭なく、むしろ自分を破滅させた彼らが更に絶望のどん底へ落ち、自分の出世もなくなった帝国など滅んでしまえと言い放つのだが、それをジェレゾへ向かう彼らが聞くのは明日の葬儀の後である。 そうこうしている間にも目的地は近付き、首都に入った頃、アイザックは共に此処まで来てくれた彼ら一人一人の顔を順に見つめて言った。 「キリールさんとお会いする前に一つだけ皆さんにお伺いしたい事があります‥‥これからの事ですが‥‥皆さん、これからもフェイカーを追うつもりでいると思っても良いんでしょうか‥‥?」 「ああ、当然でしょう?」 即答は時雨。 「そんなの追いかけるに決まっているじゃない。帝国や傭兵団は何言ったって、私は追い掛けるわよ。これは私個人の戦いでもあるんだから」 「私も、勿論」 イリスが答え、他の面々もはっきりと頷く事で己の意を示した。 アイザックは足を止め、深々と頭を下げる。 「ありがとうございます‥‥!」 繰り返される感謝の言葉に、今度は逆に厳靖が問う。 「おまえさんこそ、何であのペンダントを追いたいんだ? 仲間の復讐でもするってか? それなら止めとけ」 思い掛けない言葉にアイザックは目を瞬かせた。厳靖としては敵に強い思い入れがあるのは結構だが、それで視野が狭くなっては本末転倒だと考えての確認のつもりだったのだが、アイザックの答えは意外にも――。 「そう言われてみれば‥‥どうして、でしょう‥‥」 「は?」 「ぁ、えっと、そうじゃなくっていうか‥‥!」 開拓者達に聞き返されたアイザックは慌てて言葉を探す。 仲間が敵の手に掛かる以前から――それこそ、あの質屋で『赤いペンダント』を目撃してしまった瞬間から、これを追わなければいけないという使命感のようなものが彼の胸の内には生じていた。 「‥‥巧く説明出来ないんですが、赤いペンダントを‥‥フェイカーを放置しておけば、全ての人にとって良くないのは明らかですし、その事を知ってしまった以上は倒さなければいけないわけで‥‥その‥‥」 懸命に『答え』足る言葉を選ぼうとするのだが、すっかり空回りしてしまっているのを自覚したアイザックは恐縮そうに頭を下げた。 「すみません、何と言うか‥‥仲間の事も大事なんです‥‥それは本心なんですけど‥‥意味が解りませんよね」 がっくりと項垂れる彼に、しかし厳靖は笑った。 「いや。なかなか良い答えだ。安心したよ」 何に安心されたのか本人は見当が付かないようだが、厳靖をはじめ開拓者達の間には安堵した笑顔が広がる。 「アイちゃん、アイちゃん、キリールさんのお邸はもう近いの?」 「え、ぁ、はい。あの道の先で‥‥」 アルマに背を押されながら、若き傭兵は困惑の表情のまま彼らを目的の邸まで案内するのだった。 ● ジェレゾを向かう仲間達を見送ったトカキ=ウィンメルト(ib0323)は、その頃ザーヴァック領内にある図書館を訪れていた。 目的は一つ、望みは薄いと知りながらも『赤いペンダント』がこの土地に現れたのにも何かしらの意味があったのかもしれないと、魔術師ならではの術を用いて館内の文献を片っ端から調べるためだ。 検索ワードは『赤いペンダント』。どんな些細な事でも良いから奴に繋がる情報が欲しいという思い一つで作業開始してから、――そろそろ半日。 練力を半分以上消費してもこれという収穫はゼロのままだった。 「んー‥‥っ」 根を詰め過ぎた己を自覚して背を伸ばせば、固まっていた筋肉が伸びると同時に無意識の声が漏れる。 体内に空気が行き渡る感覚。 今までただ一点に集中していた気持ちがふわりと緩み、その表情からも力が抜けた。 (‥‥相変わらず俺は無力なままですねぇ) あの時から何も変わっていないと自嘲する彼の脳裏に浮かぶ光景は、ヴァイツァウの乱の首謀者とされたコンラートが処刑された、あの瞬間だ。 ただ見ている事しか出来なかった、あの。 (本当に‥‥何も変わっちゃいない‥‥) 瞳を伏せればより鮮明に蘇る景色が、数日前の、あの邸での出来事と重なった。敵がヴァイツァウの乱の真の黒幕だと判っていたにも関わらずたった四人で対峙する事になってしまった『赤いペンダント』――フェイカー。 トカキは思う。 もしも傭兵団ザリアーの二百余名と最初から協力態勢を敷けていればマチェクの救出及び公開処刑を見物に来ていた人々の避難誘導を彼らに任せ、自分達は『赤いペンダント』にのみ集中出来ていただろうが、傭兵団と協力出来ないと判った時点で考えるべきは、最優先事項を何処に置くかだったはずなのだ。 マチェクの命。 襲来が予想されるアヤカシ退治。 それらから一般市民を守る事。 領主。 そして『赤いペンダント』。 たった八人‥‥当日は自分達の呼び声に応えてくれた多くの仲間が協力してくれたからカバーし合えた部分は広がったが、たった八人でそれら全てを最良の形で収めようとしたのは明らかな失策だった。 (あれもこれも救いたいなんて‥‥そんなのが理想論でしか無い事は判っていたはずだったのに‥‥) 何かを成し遂げるためには何かを切り捨てる覚悟が必要だ。 百の命を救うために一つの命を犠牲にするのが『正解』だとは思わない。ただ、マチェクの命を最優先にすると傭兵団は言い切ったのだから、少なくとも彼の命は外して良かっただろうし、それで彼が開拓者を恨む事もなかったように思う。 否、恨むどころか『赤いペンダント』を確保出来ていれば‥‥と、今さらだと知りつつも考えてしまう『もしも』の未来。 結局、敗因は『感情』だったのだろう。 (考えが甘すぎた‥‥ぬるま湯に浸かり過ぎていたみたいですね‥‥) 伏せた瞳の裏。 遠ざかるコンラートの姿。 トカキは深呼吸を一つすると、休憩は終わりだと言いたげに作業を再開した。 時間の許す限り続けられる調査――だが、これまで単なる装飾品としか考えて来られなかった『赤いペンダント』で検索しようとも、欲する情報を得られるはずは、なかった。 ● 帝国の首都ジェレゾまでは馬で二時間程。 正午過ぎには、目的地である人物――数ある皇族の親衛隊の内、皇帝陛下の四番目の娘にあたるディアーナ・ロドニカ皇女の親衛隊隊長キリール・クリモワの邸に到着していた。 どうやら此方にもマチェクの方から予め手紙が届いていたらしく、開拓者一行はそれほど待たされる事無くキリールと面会する事が出来た。 事前に聞いていた通り屈強な体格で威風堂々とした雰囲気を醸し出している大男だが、アイザックに「久し振りだな!」と屈託なく話し掛けてきた彼の笑顔は、顔立ちが整っていて若く見えるせいか、まるで子供のようだった。 それでも紛れもない帝国軍人の彼に促されて皆が邸内へ歩みを進める中で、ただ一人二の足を踏んでいたのはエルディンだ。 いつものような笑顔が消えている彼を、アルマが覗き込む。 「‥‥エルちゃん、大丈夫?」 「ええ‥‥平気ですよ」 声を掛けられたエルディンはにっこりと微笑むと、深呼吸を一つ。 「行きましょうか」とアルマを促すけれど、あるいはアルマの歩みに並ぶ事で勇気を分けて貰っていたのかもしれない。 「――で、早速本題だが」 総勢十二名の来客を迎えた広い部屋。アイザックが届けたマチェクからの手紙を読み終えたキリールに促され、開拓者達はこの一件で自分達が実際に見聞きした情報をそれぞれに伝える‥‥と言っても、開拓者達が持つ情報は基本的に同じ。 これらの一部始終を語ったのはヴェレッタの人々と関わって来た別班の開拓者達が主で、経緯と同時に傭兵団の機転で一般の人々に犠牲が出なかった事を言い添えた。 「アレは性質上、何の気構えも対策も無ければ危険よ。‥‥私達が手痛くやられたようにね。ただ、そのお陰でこっちは奴の性質を身に染みて理解出来た」 時雨の言葉を受け、キリールは頷く。 「故に今後もフェイカーの追跡を継続したいという事か」 「そうです」 代表して律が応じれば、フレイアが続く。 「フェイカーは強大且つ狡猾な力を持つアヤカシです。傭兵団と開拓者だけでは今回の二の舞になりかねませんが、帝国の組織力が加われば、あるいは‥‥。同様に帝国の組織力だけでは今回の私達と同様、出し抜かれる可能性は高いでしょう。傭兵団ザリアーの機動性と柔軟性は、帝国という組織には存在しないように思われますから」 両者の連携を密にして包囲していくことこそ肝要だと告げれば、キリールは「確かに」と重々しく頷いた。 その応えは、フェンリエッタ経由でマチェクから齎された「フェイカーは既に動き出している可能性が高い」「その危険はジルベリア全土に及んでいる」という情報も含んでのもの。 であれば人手が多いに越した事はなく、傭兵団の協力は東方における凶事への即応を可能し、且つ今回の一件がフェイカーの個人的な感情から傭兵団と開拓者を巻き込んだものであるなら、その存在は今後の切り札にもなり得ると、これは秋桜の意見だ。 傭兵団ザリアーが信頼に足る存在で有る事を開拓者達から繰り返し説かれたキリールは、アイザックに「心強い仲間を得たな」と笑った。 「君達の話は判った。この一件は私から皇帝陛下にお伝えし、また、君達開拓者と、傭兵団ザリアーが今後もフェイカー追跡を続行する許可を賜れるよう努力する。我が主の助力も仰げれば、恐らく悪いようにはならないだろう」 「よろしくお願いいたします」 一礼する律達に、穏やかに微笑むキリール。 こうして開拓者達とキリールの面会は一先ず目的を果たして終了するわけだが――。 「キリール殿、突然のお誘いで恐縮なのですが、今夜はお暇ですか?」 普段に比べると若干だが早口のエルディンが緊張しているのだと察したアルマが笑顔で続く。 「せっかくこうしてお会い出来たんだし、一席ご一緒出来ないかな、って。あ、残念ながら僕は飲めないけど」 「そりゃいい」 援護射撃は厳靖から。 「昔っから杯を交わす事で親交を深めるってな。飲み会、いいじゃないか」 「ふむ‥‥そうだな。君達の言う通りせっかくの機会だ。スタニスワフの話も聞きたいしな」 「では決定ですね」 キリールも笑顔で宴席への参加を承諾すれば、エルディンはほっとした顔になる。 「おまえ達はどうする?」 厳靖に問われてイリスと時雨、アルマ、アイザックは参加を決めたが、他の面々はそれぞれ予定があるからとこれを断り。 「一つお伺いしたいのですが、帝都の資料を調べる事は可能でしょうか?」 キリールにそう尋ねたのはジークリンデだ。 「先程お話したシェリーヌの背後を知る為、彼女の出生記録や、‥‥出来れば帝国で囁かれている噂なども調べてみたいのですが」 「それは俺にはどうにも出来んぞ」 キリールは即答する。 彼には帝国の資料云々に関しての権限は皆無だし、例え権限の有る者に見せて欲しいと希望したところで一開拓者に許可されるものではない。 「フェイカーの追跡を開拓者及び傭兵団ザリアーに許可するかもこれからの報告次第だからな。悪いがそれは諦めてくれ」 「そうですか‥‥」 となれば、残るは開拓者ギルドの報告書や図書館での調査という事になるのだが、同じ頃にザーヴァック領でトカキが苦労しているのと同様、彼女の調査も難航する事になる。フィフロスで本に宿る精霊に問い掛けたとしても『赤いペンダント』と同様、今まで表に出て来る事のなかった彼女についての記述がある記録など皆無だし、そもそもシェリーヌの情報自体があまりにも乏しいのだから。 かくして明日の出発時刻と待ち合わせ場所を確認した後、別行動を取る事になった一行。 「キリール殿。私もジルベリア男子ですから酒は強いですよ」 積極的に軍人に話し掛けるエルディンに、イリスやアルマは「がんばれ」と胸中で応援を繰り返していた。 ● その夜、開拓者達はキリールの邸からそれほど離れてはいない酒場で親交を深めるためのささやかな宴を催した。 酒が飲めないアルマ達はノンアルコール。 お酒に弱い開拓者には、エルディンが店主に頼み自らカウンターで腕を奮った。柑橘系の果物を搾った果汁や、蜂蜜も使い、ジュース感覚で飲めるカクテル。 「さしずめこのカクテルは『初恋』とでも名付けましょうか」 「何か意味があるんですか?」 それを差し出されて受け取ったアイザックは小首を傾げて聞き返す、と。 「甘さの中にも隠しきれない酸っぱさはアイザック殿の仄かな恋心にぴったりかと思いまして」 「ぶふっ」 思わず吹き出してしまったアイザックに「大丈夫ですか?」とおしぼりを差し出すイリスは、まさかエルディンの言った恋心の相手が自分だとは想像していないらしく。 「気を付けてくださいね?」 「は、はい、ありがとうございます‥‥」 「もしかしてもう酔ってます? お顔が赤いようですけれど‥‥」 「い、いえっ、酔っているわけではなくて‥‥っ」 口元を拭いて貰いながら真っ赤になっているアイザックに、周囲の仲間達はによによ。 「恋っていいですねぇ」 「へぇ! アイザックもとうとう恋なんてものを知るようになったか」 エルディンの呟きにキリールも楽しげだ。 「どんな娘さんなんだ? 男所帯にいちゃ女に免疫もないままだろう、騙されたりしないだろうな」 「そんな事ありませんよっ」 アイザックは思わず大声で言い返すが、イリスを驚かせてしまった事に気付いて慌てる。 「ぁ、ですから、その‥‥っ、恋‥‥っとか、そういう話はいいですから!」 「あら、でも『恋』って素敵ですよね」 静まり返る仲間達。 「‥‥アイちゃん、ガンバ」 アルマがその背中をポンと叩けば、エルディンとキリールが肩を震わせて笑い出した。 「そうそう、イリス殿は歌がとてもお上手なのですよ」 「歌が? そりゃ是非一曲聞かせて欲しいもんだ。なんなら俺が伴奏させて貰おう」 「伴奏? キリール殿は何か楽器を?」 「アコーディオンを少しな」 「そりゃ俺達も一曲拝聴したいもんだ」 笑いながら成り行きを見守っていた厳靖も話に乗ってくる。 「どうだイリス、一曲」 「僕も聴きたい、イリスちゃんとキリールちゃんの競演!」 アルマにも望まれて、イリスは照れたように微笑む。 「‥‥まだまだ拙い身ではありますが、もしよろしければ一曲お相手頂けますか?」 「喜んで。むしろ俺の方こそ拙い腕だ、迷惑にならんようしないとな」 言い、店主からアコーディオンを借りて来ると言って立ち上がったキリールは、イリスに酒場の奥に設えられた舞台で待っていてくれと促した。どうやら気分が乗って来るとアコーディオンを弾き鳴らすのが癖らしく、この酒場には彼の楽器が常備されていたのだ。 そうして始まる即席のリサイタルに、開拓者以外の客達も歓迎の拍手。酒場の雰囲気を崩さない陽気な調子のメロディは人と人の出会いを喜ぶ歌だ。 「‥‥やはり素敵な歌声ですね」 「ええ‥‥」 エルディンの呟きに、イリスの歌声にすっかり聞き惚れているアイザックは頷く。そんな青年にくすりと笑い、エルディンは彼の隣の席に移動した。 一曲目が終わると酒場は拍手喝采で溢れる。 二曲目を頼むと声が上がる。 そんな賑わいの中で、エルディンはアイザックに語る。 「‥‥私達を信じてくれた貴方に打ち明けます。私は、‥‥教会神父です」 「え‥‥」 「‥‥ヴァイツァウの乱‥‥あの当時、コンラート軍とは戦いたくなくてアヤカシ退治ばかりしていました」 教会信徒であったコンラートの軍には、きっと信徒も多かったはず。そんな彼らを翻弄したのが『赤いペンダント』――フェイカーだ。 あの乱ではどれだけの信徒が戦場に散り、フェイカーはその命をどれだけ嘲笑ったのか――。 「信徒の方々に何も出来なかった事を悔やむしかなかったあの時と、今は違います。‥‥だから私はアレを追って行こうと決めました」 「エルディンさん‥‥」 呼び掛けるアイザックに、エルディンは静かに微笑んだ。 「教会関係者と関わるのはウンザリでしょうか? ‥‥言わずにいられなかった事をお許しください。‥‥これは、私の懺悔です」 エルディンは言うと、深呼吸を一つ。 「‥‥もしもザリアーの方々の中に信徒がいらしたら、私の事を知らせても結構です。祈りを捧げたい人、懺悔をしたい人、説法を聞きたい人もいるでしょう‥‥アイザック殿が知らせたいと思われた方には、どうか遠慮なく」 告げる神父に、アイザックはしばし考え込んだ後で口を開く。 「エルディンさんが正直に話してくれたのに、‥‥俺には、独断で話すわけにはいかない事がたくさんで申し訳ないんですが‥‥、でも、これだけはハッキリと言えます。‥‥俺は、エルディンさんに会えて良かったです」 「‥‥そうですか」 笑顔を交わし合う二人に届くイリスの歌声。 気付けば吟遊詩人のアルマも一緒に伴奏をと舞台に引っ張り上げられていて、酒場は一層の賑わいを見せていた。 「こういう酒も悪くないな」 「まぁね」 厳靖、時雨も笑顔で。 誰もが明日への新たな一歩を躊躇いはしないだろう。 ● 翌日、一行は予定通りにザーヴァック領へ戻って来た。 約二時間後には傭兵団の彼らの葬儀が行われるため、アイザックはキリールとの話し合いの経緯をマチェクに報告すべく移動。時雨、エルディン、イリス、ジークリンデは各自で準備をし、後ほど墓地で集合しようという事になった。 そんな中で領主邸に向かった厳靖とアルマ――‥‥だが、アルマはその途中で足を止めてしまう。 「‥‥僕は、此処まででいいや」 「ん?」 「劉ちゃんは行って来て」 笑顔を浮かべるアルマを厳靖も足を止めて振り返ったが、結局は何も言わずにその頭をくしゃくしゃっと撫でただけ。 「‥‥ああ。またな」 面識が無い事もあって傭兵団の葬儀に参加するつもりのない厳靖だ。彼の言う「また」がいつになるのか。ともすれば再びフェイカーを追うその場所で再会する事になるかもしれない。 そういう思いを感じさせる厳靖の言葉にアルマははっきりと頷き返した。 「うん、‥‥またね」 その時のために自分は此処に居るのだから。 「‥‥っ‥‥」 厳靖の背中がすっかり見えなくなってしまってからも、領主邸の方向を見つめていたアルマは。 しばらくして、その目元を手で覆った。 きつく、‥‥きつく握り締めた手で。 「‥‥ショーンさん‥‥」 本当は彼の姿が最後に目撃された場所まで行きたかった。 誓いたかった。 けれど、‥‥自分があの場所に赴くことで其処に居るだろう『彼ら』がどんな思いを抱くかと想像したら、足が動かなくなってしまった。 (嫌な思いはもう、少ない方が、良い‥‥) 辛いのが自分なら耐えられるけれど、本当に辛いのは、彼らだから。 「ショーンさん‥‥貴方が必ず仲間の‥‥家族の元に帰れるように僕達は戦うから‥‥その時まで、ありがとうも、ごめんなさいも、言わないよ」 その大切な言葉を伝えるまで決して立ち止まらないという覚悟を、アルマは吟遊詩人としての自分に弾かせ続けると決めたのだ。 「必ず、‥‥きっと、必ず」 アルマは誓う。 何処に居るかも判らなくなってしまった彼にだけではない。 傷付けてしまった『彼ら』にも。 ● 同時刻、葬儀の前に‥‥と領主邸の裏の林を訪れていたのはリディエール(ib0241)だ。 周囲を見渡し、最も立派に見える大樹を選んでその根元に花束と葡萄酒を置くと、静かに瞳を伏せて黙祷した。 それからどれくらいの時間が経ったのか、そろそろ移動しなければ葬儀に間に合わなくなってしまうからと立ち上がり、林を出た彼女は、偶然にも邸を訪ねて来た厳靖の姿を見かけた。 (お一人、なのでしょうか‥‥?) 不思議に思いつつも彼女は彼の後を追うように邸へ入り――。 実際にフェイカーとシェリーヌが能力を使った破壊跡を確認しておきたくて領主邸を訪れた厳靖は、其処を監督している傭兵団員と遭遇して嫌な顔をされるだろう事は予想していたのだが、実際に顔を合わせたのは意外にもマチェクだった。 「アイザックがおまえさんに会いに行ったはずなんだが、‥‥一人か?」 「ああ。どうやら行き違ったようだね」 運の悪い奴だと苦笑しつつ改めて傭兵団のボスを見遣れば、些か顔色が悪いような気がした。 「‥‥もう身体はいいのか?」 「ああ、問題ないよ、‥‥と言っても、あくまで敵が居なければの話だが」 「ま、おまえさんも相当こっぴどくやられたそうだからな」 「不甲斐ない限りだよ」 いくらそれ以前に傷を受けた上で牢内に拘束されていたとはいえ『赤いペンダント』を目の前にしてやられるがまま逃してしまったのだから、多くは語られずとも彼の胸中は察せられる気がした。 「ンま、あんまし思い詰めない事だな。要は最後にきっちり決めりゃいいんだ。それが手向けだろうよ」 厳靖に励まされて微笑うマチェクは、相手もまた今後もフェイカーを追い続けるつもりである事を察した。 「その時にはよろしく頼むよ」 「ああ」 言葉数の少ない遣り取りは、しかし彼らにとっては充分なもので。 厳靖はふと思い立ち昨日アイザックにしたのと同じ質問を投げ掛ける。 「おまえさんは、何のためにアレを追うんだ?」 マチェクは肩を竦める。 「自分は最強だと信じて疑っていないらしい奴の鼻を明かしてやりたいから、かな」 「なるほど」 厳靖は笑う。 やはり踏ん反り返ってる奴の足は引っ張りたくなるのが性というもの。 「部下が部下ならボスもボスか。‥‥アイザック、あいつもなかなか良い答えをくれたよ」 それにはただ微笑うだけだったマチェクは、新たな来訪者に気付く。リディエールだ。 「マチェクさん‥‥」 見つめ合う二人の雰囲気に、何となく居心地が悪くなってきた厳靖。 「そういやぁ葬儀の時間が迫ってるだろう。そろそろ移動した方が良いんじゃないか?」 「ああ‥‥そういう君は不参加かい?」 「俺は俺でやる事があるんでね」 「そうか」 それならと改めてリディエールを振り返ったマチェクは「行こうか」と声を掛け、リディエールは静かに頷き返した。 「もし、今回の件が無事に終わっていたら」 墓地までの道すがら、リディエールはぽつり、ぽつりと語った。 「情報を頂いたお礼がてら、また彼とお話ししたかったのです。‥‥今度はちゃんと向かい合わせで、同じテーブルに座って」 言いながら、静かに聞いているマチェクをチラと見上げ。 「‥‥マチェクさん、代わりにお付き合いして下さいます?」 「俺で代わりが務まるならね」 冗談めかすような笑みを湛えながらも、その瞳に滲むのは深い悲しみ。それが見て取れるからマチェクは微笑と共にそう応じた。 「俺としても君にはお礼をしなければだしね」 「そんな‥‥っ」 リディエールは左右に首を振る。 「‥‥そんな、お礼だなんて‥‥」 声は次第に消え入り、その瞼が震えた。 「‥‥犠牲は出ましたけれど、貴方が無事で良かった‥‥」 もしもマチェクまで死んでしまっていたら、開拓者も、傭兵団のメンバーも、新たに進み出そうとは思えなかったかもしれない。 双方の間に生じた溝は更に深まり、それこそフェイカーの思う壺だったはず。 「貴方は、私達の希望の光‥‥明けの明星ですから」 「‥‥明けの明星、ね」 リディエールの言葉にマチェクはそう一言応じただけだった。 前方に見えて来た人の列。体格の良い男達が担いで歩く二つの棺。 墓地は、もう目の前。マチェクを捜し歩いていたアイザックが合流したのは、そのすぐ後の事である。 ● 二人の為に設けられた穴に棺を納め、仲間達が順番に土を被せていく。 ヴァイオリンを構え、弓を握り直すアルマ。 深呼吸し声を整えるイリス。 フェンリエッタの合図に応じ、その土と共に彼らを包めと、開拓者達は祈りの詩を奏でた。 せめてこの想いが伝わる事を、信じて。 『希う 暁の天へ 明日を願う 心絆いで 命の誇りを知る者よ 自由の意志を継ぐ者よ』 リディエールもまた歌う。 その声は密やかで囁くようだったが、安らかであれという精一杯の想いを込めて。 同時に抱くのは誓い。 (フェイカー‥‥今度こそ逃がしません。犠牲になった方のためにも‥‥私達が前に進むためにも) 『その剣は誰が為に 答えは結びし絆にこそ いつか困難の雨風に 貴方の灯す火が消えようと 天揺るがす鬨の声に 剣を振るうこの腕に 戦場駆けるこの足に 誇りを抱くこの胸に 貴方の炎は宿るだろう 貴方の名前を刻むだろう』 歌声が途切れ、次にアルマとフェンリエッタの楽の音が奏でる旋律に重なったのは歌ではなく語り。 イリスの、皆の気持ちを代弁しようという想い。 『一人でやろう、そう決め剣を取る前に 残りし手、開いて貴方に差し出しましょう 許される、訳は無いのはわかってる でもね? もう、振り払われても諦めない だって一人じゃ駄目って知ったから かけがえの無い命だから だから片隅だけでも心に留めて きっと、思うだけでなく 何時か貴方に届けます ‥‥手と手を重ねあえる日が来ると願って‥‥』 楽の音が語りの終わりを伝えるように調子を変え、そして再び歌を。 『信じる道を共に往かん 命繋いでその先へ 望む未来に光あらん』 願い、祈る、この気持ちは真実。 決して目を逸らすまいという覚悟。 (‥‥聖なる父、全能、永遠の神よ。勇気ある彼らの魂に安らぎが訪れますように‥‥) エルディンは神父として。 人として、仲間と共に歌うと同時に心の中で想いを言葉に託した。 『希う 暁の天へ 明日を願う 心届けて 叶うように 叶えるように――。』 ● 気付けば歌の合間に傭兵達からもすすり泣く声が聞こえ始め、けれどそうとは気付かせたくない彼らが散り散りに墓前から離れていくのを、開拓者達はそれぞれの思いで見つめていた。 そうしてしばらくすると、自然と開拓者だけが墓前に集まっていた。 それまで少し離れたところから葬儀を見守っていたトカキが瑠璃の石とヴォトカを携えて傭兵達の墓に歩み寄ると、時雨達が手向けた花の横にそれらを置く。 「‥‥大したものじゃないですけど、俺にはこんな事しか出来ませんからね‥‥どうか、安らかに」 トカキの言葉に呼応するように、開拓者達は改めて黙祷を捧げた。 「仲間が死ぬのは、辛いわよね」 ぽつりと時雨が呟く。 「‥‥っていうか、なんだ。団長さんもアイザックくらいとは言わないけれど、ちょっとくらい本音、出してあげても良いんじゃないかしらね」 「え‥‥?」 聞き返すリディエールやイリス達に、時雨は肩を竦める。 「ああいう奴だもの、どうせ泣き方も知らないんでしょ」 「ぁ‥‥」 言われてみればと気付く彼女達に「大丈夫ですよ」と応じたのはアイザック。その視線の先には開拓者の一人と話すマチェクの姿があった。 「‥‥ボスは、大丈夫です」 そう信じられるのは、アイザックが此処に居る開拓者達を信頼しているのと同様の思いをマチェクもまた抱いていると信じればこその、確信。 「大丈夫です」 繰り返すアイザックに「ええ‥‥」と切なげに微笑むリディエール。願わくば自分達の誓いが死した彼らだけでなく、生きる彼らの力にもなれるよう祈り続ける。 いつかきっと、未来には――。 皆が祈り。 厳靖が破壊された領主邸の跡から敵の力の強大さ、術の射程範囲の広さを実感しているその間にも、首都ジェレゾから各地へ広がりつつある不穏な気配。 ――‥‥これもまた面白そうな‥‥フフ‥‥ ――‥‥フフフ‥‥ 闇は、確実に動き出していた。 |