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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 「ボスが領主の手に落ちた‥‥!?」 「そんなバカな!!」 領主邸からほど近い宿屋の一室で上がった声は、幸いにも領主側の誰かの耳に届くことは無かったが、その知らせを運んで来た傭兵団の一人であるニコライは、目の前に並ぶアイザックとショーン――ボスの片腕であるアイザック・エゴロフ(iz0184)と、領主邸に十年以上も潜入し続けている仲間に向かって「静かにしろっ」と手を上げた。 ゴンッ、ゴンッと前頭部を殴られて今の状況を思い出す二人だったが、それでも驚きは隠せない。 ボスが――傭兵団ザリアーを率いるスタニスワフ・マチェク(iz0105)が敵の手に落ちた、などと。 「どうしてそんな事に‥‥っ、ボスの傍には信頼出来る開拓者があんなに‥‥っ」 「何が信頼出来る開拓者だ」 動揺を露わにするアイザックに対し、ニコライは吐き捨てる。 「ユーリ達が死んだのだって開拓者のせいだった。俺はあんな連中を信じるのには今だって反対だ」 だが、とニコライは歯噛みする。 「ボスは‥‥ボスが、信じられる開拓者もいると言うから‥‥っ」 例えばマチェクと団員達の絆を慮ってくれる開拓者。 例えば何事にも誠実に向き合う開拓者。 意固地なまでに自らの生き方を貫く開拓者――‥‥そんな彼女達なら、チャンスさえあれば必ずこの窮地を脱してくれるから、と。 「そのチャンスを作るためにボスは‥‥?」 「そうだ」 確認のために問うアイザックへ、ニコライは強く頷いた。 「おまえ達が調べてくれた領主邸に出たと言う幽霊の女‥‥そいつが赤いペンダントの持ち主なのか幻影なのかは定かじゃないが、ともかく、今回の一件に赤いペンダントが絡んでいるならボスの処刑にソレが姿を現さないはずがない」 ニコライの言葉に二人は大きく頷く。 あのヴァイツァウの乱において、開拓者によって斃された隠者ロンバルールは、大将コンラート・ヴァイツァウを操って戦を起こさせたアヤカシであると判じられ、彼が唯一所持していた赤いペンダントは帝国によって厳重に保管されていた。だが、もしも彼らの予測通りアヤカシだったのはロンバルールではなく赤いペンダントの方で、帝国の保管庫から持ち出されて自由を得た現在、自分の存在を知る傭兵団の存在を目障りだと感じていて然るべきだろうし、力があればこそ、余興のつもりで自分達を窮地に追い込む事も充分に考えられる。 「ボスはあえて開拓者に自分を斬らせ、領主に捕まり、公開処刑を行わせる事で其処に赤いペンダントの持ち主を誘き寄せるつもりなんだ」 「‥‥けど、それってつまり、公開処刑の場であの女‥‥っていうか、赤いペンダントを見つけ出せなかったらボスが処刑されちまうって事だろう‥‥?」 「‥‥っ‥‥ああ」 「ボス‥‥っ、なんでそんな危険な賭けに出るんだよ‥‥!!」 「開拓者を信じているからだろう!?」 ガンッと壁を叩きつけるニコライは、その事は悔しくてならない。 ショーンも気持ちは同じだ。 これがレディカ夫人の農場が襲撃される前の話で、仲間を二人も失う事になっていなければ傭兵団は開拓者との協力体制を敷いたかもしれない。 だが、今となっては開拓者を信じて行動しようとするのはマチェク一人で、‥‥否。 「それでも俺は‥‥開拓者の皆さんを、信じたいです」 アイザックが言う。 「‥‥結果的に俺達の仲間が犠牲になってしまったけれど、‥‥それでも、開拓者の皆さんが必死になってくれているのは確かで、俺はそれを間近で見て来た‥‥俺は、開拓者と協力したいです」 そもそもマチェクが領主の手に捕われの身となるに至ったのも彼が開拓者を信じたからだと言うなら、アイザックはその気持ちに応えたいと思った。 ニコライ、ショーンの視線を真っ直ぐに受け止めるアイザックに、二人は息を吐く。 「‥‥判った。おまえはおまえの信じる通りに行動したらいい。だが、傭兵団ザリアーはボスの救出を最優先に行動させてもらう。開拓者になんか任せておけるか」 「はい‥‥」 「俺ももう協力はしないぞ。領主邸のメイド達を逃がした事でいつ目を付けられてもおかしくないんだ。‥‥少なくともボスの救出が叶うまでは開拓者のために動くつもりはない」 「判っています」 ニコライ、ショーンと続く言葉をアイザックは重く受け止める。 「俺だって‥‥それに、開拓者の皆さんだって、ボスを助けたいと‥‥そう思ってくれていると、信じていますから」 そうだと信じさせてくれる事を、‥‥信じているから。 ● 数日後、アイザックは天儀にいる八人の開拓者に手紙を送った。 もしも自分の声に応じて開拓者が力を貸してくれれば、その任務はひどく危険なものになる上に、ギルドを通した依頼ではないから報酬が入るわけではない。 傭兵団の力も借りられない。 自分を含めてもたったの九人でなさなければならない、人探しだ。 それでも力を貸してくれると言うのなら、どうかこの声に応えて欲しい――。 「探すのはシェリーヌという名前の女性で、容姿はかなりの美人だそうです。これは領主邸に潜入中の仲間が、先日のメイドさん達の話を聞いて調べた結果なんですが‥‥領主の部屋の前で張っていたら、朝方に部屋から出て来て、壁に消えていく女を複数回目撃したようです。その胸元には、やはり赤いペンダントが輝いていた‥‥」 アイザックは集まってくれた開拓者達に説明する。 もう協力はしないと言ったシェーンだが、彼はシェリーヌに関する最新の情報をこまめにアイザックに知らせてくれていた。 それを開拓者に伝えるかどうかはアイザックに任せる、と。 「壁を擦り抜けるような女ですから、生身かどうかも怪しいです‥‥ボスの処刑場にシェリーヌの姿で現れるかどうかも定かではありません。それでも、領主の元に赤いペンダントが通っている事が明らかなら、ボスの処刑場に姿を現すのは間違いありません」 だから頼みたい。 ボスが処刑されるその日、その場所で赤いペンダントを探し出すのを手伝って欲しい。 これが最後のチャンス。 「公開処刑は領主邸から百メートルほど先の広場で行われます。周辺には領主の自警団も目を光らせているでしょうし、一般の人達も大勢集まる事が予測されます。広場は半径五十メートルくらいの円形で、当日は外周に柵が立てられる予定です。見学者は柵のこちら側で、という事になるでしょう」 もちろん出入り口には自警団が立って侵入者を防ぐだろうし、マチェクに近づくことは困難。 「相手が赤いペンダントで有る事‥‥これまでの関連依頼から察するに、下手をすれば処刑場に集まる人々を巻き込んでのアヤカシとの戦になる事も考えられます‥‥敵の数も不明だし‥‥ものすごく危険な仕事になってしまいますが、どうか‥‥っ」 どうかお願いしますと、アイザックは深く頭を下げた――。 |
■参加者一覧
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
霧先 時雨(ia9845)
24歳・女・志
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● ジルベリア東方、ザーヴァック領の領主が暮らす町中の酒場は一つの話題で持ち切りだった。明日に控えた傭兵団ザリアーの長、スタニスワフ・マチェクの公開処刑の話題で。 「しかし、本当なのかねぇ」 「ああ、ヴェレッタの連中を唆して叛乱を起こそうとしていたって話だろ?」 「それだけじゃなく、レディカ夫人の農場を襲ったのもザリアーだったって?」 「信じられんけどなぁ。あそこの女主人と傭兵達は随分と懇意にしていたようだし、夫人だってあれはザリアーじゃないって言い張っているそうじゃないか」 「だが農場で働いていた小姓が、野党共がザリアーだと名乗るのを聞いたそうだからな」 「大体それがおかしいだろう。襲いに行って、わざわざ名乗るか?」 「その小姓だって本当にいるんだがどうだか‥‥」 「‥‥うちの領主に苛立っているのはヴェレッタの連中だけでもないしなぁ」 仲間内で固まり、ひそひそと顔を近づけて話す彼らの利き手には酒。表情は一様に沈んでおり、そこから見て取れるのは傭兵団への同情。 「‥‥俺さ、以前にザリアーの傭兵達に助けて貰った事があってなぁ‥‥」 「それなら俺だって同じさ」 「この辺りに住んでいる連中は多かれ少なかれ彼らの世話になっているさ。何せ領主がアレだ、流通にしろアヤカシ対策にしろ、領主の自警団より彼らの方がよっぽど俺達に親身になって対応してくれていたんだから」 例えば近隣の村に荷物を届けに行く時など、商人の全てが開拓者ギルドに護衛を頼めるわけではない。主に金銭的な理由から護衛を付けられないような貧乏商人達の道中を守って来たのは傭兵団の彼らだった。 故に領民に慕われて来たから、これまで領主もあからさまな対応に出られなかったと言うのに、今、その長が処刑されようとしている。 「‥‥堪らんなぁ」 客の一人が溜息と共にそんな言葉を漏らすと、途端に周辺の空気がズンと沈んでしまう。 そんな光景に、彼らに背を向けて席に着いていた一人の男が小さく微笑う。 「お会計をお願いします」 静かに立ち上がった彼――エルディン・バウアー(ib0066)に続いて、同席していたアルマ・ムリフェイン(ib3629)も立ち上がる。 清算を済ませて外に出れば「ありがとうございましたー」と娘の声。 アルマは嬉しそうに笑った。 「アイちゃん達、慕われているね」 「ええ。彼らの好意的な想いは強い味方となってくれるかもしれません」 言い合う彼らは、その胸中で自分達とは別行動を取っている仲間達の事を思う。願わくは彼らの準備が滞りなく進む事を――。 ● 滞りなく進むようにとエルディンやアルマに祈られている、此方側。 「待って下さいっ!」 宿の一室で切羽詰った声を上げるアイザックの目の前では、二人の女性が今まさに自身の長い髪を切り落とそうとしているところだった。 「幾ら変装のためとは言え領主に直接顔を見られたわけではありませんし髪まで切り落とさなくても‥‥!」 言いながらアイザックが制しようと手を伸ばすも、触れられずにいるのはイリス(ib0247)の手。 その横では霧先 時雨(ia9845)が手に持った短刀を弄ぶようにクルッと回す。 「性別を偽るだけで変装のレベルだって上がるものなんだ、女の覚悟を邪魔するもんじゃないよ?」 「時雨さんは構いませんけどイリスさんには――」 「私なら構わないってどういう意味さ」 「と、ぁ、わ、失言でした‥‥っ!」 髪を切るために用意された短刀を首元に当てられたアイザックは慌てて後ずさり、イリスを始め周囲で見物していた面々は面白そうに笑う。 「アイザックは長い髪の方が好みなのか?」 からかう気満々の劉 厳靖(ia2423)の問い掛けに、瞬時に赤くなる青年の顔。 「こ、好みというか、その‥‥っ」 「イリスさんは長い髪が良くお似合いですから」と悪気皆無のリディエール(ib0241)には赤い顔が蒸発寸前。 「可愛らしい方ですね‥‥」とくすくす微笑うジークリンデ(ib0258)の対面では、彼らの人間関係にはそれほど興味が無さそうなトカキ=ウィンメルト(ib0323)が浅い息を吐いていた。 「からかわないで下さい!」と必死に自己防衛を図るアイザックを後目に窓の外を眺めていたトカキは、そろそろ約束した定時連絡に来るであろう朱月の来訪を待っていたのだが、窓の下に現れた人影は見知らぬ男。 警戒するも、その男の動作に「もしかして」と思う。 「‥‥アイザックさん、あの方はお知り合いですか?」 「え?」 トカキに声を掛けられて窓の外を確かめたアイザックは、すぐに頷いた。 「そうです、傭兵団の‥‥すみません、少し出ます」 言うが早いか部屋を出て行った彼の動きは俊敏で、先ほどまで色恋にからかわれていた純朴青年とはまるで違っていた。 それにしても開拓者と協力する気は無いと言っていた傭兵団員が何用でアイザックに会いに来たのか‥‥? 「‥‥ああ、此方も来たようです」 トカキは立て続けの来訪者を今度こそ自分の待ち人だと認識し、やはり外へ出て行った。 今回の傭兵団の長、スタニスワフ・マチェクの公開処刑を前にして、彼らはこれまで赤いペンダントに関する一連の動きに一切関わっていない仲間達に協力を仰いだ。その彼らは領主側に一切素性がばれていない。敵方に知られていない味方は彼らにとって何よりの強みだ。前回、目立ち過ぎたが故に行動を制限せざるを得なかった彼らは今度こそ失敗しないよう、いつ何処に敵方の目が隠れているとも知れない事を自覚した上で、仲間との接触にも細心の注意を払っていたのだ。 それから三十分程が過ぎて、先に戻って来たのはトカキ。 朱月から受けた連絡を部屋で待っていた仲間達と共有し、当日に起きるであろう敵方の動きを予測する。 「朱月君の調べによれば、処刑を見物する領主の位置が変わったようですね。当初は柵内に専用の席を設けるつもりだったようですがこれが撤去されました。実際に何処で見物するつもりなのかは当日にならなければ判らなさそうです」 「ふむ‥‥万が一の事も考えると警護し易い位置にいてくれると楽なんだが」 厳靖が言い、ジークリンデが頷く。 「それに赤いペンダントですが、恐らくはマチェクさんの死に顔を見に来ると推測されますので、彼の正面や傍‥‥例えば処刑執行人にも注意したいところです」 「奴にとっちゃ領主も用が済めば要らん存在だろうしな」 「それに赤いペンダントはアヤカシを操る事も出来るようですから、いつどこから襲来するとも判らないアヤカシの接近にも注意を払わなければですね」 厳靖の推測に頷いたイリスが続き、重々しい息を吐く。 これまでの自分達の行動が招いた結果とはいえ、これほど情報が乏しい中、数すら不明な敵を相手にしなければならないというのは、警戒すべき要点だけでも数が多過ぎる。自分達の声に応え、協力を申し出てくれた朱月をはじめとする仲間達には感謝してもし切れない想いがあった。 だからリディエールも自身を強く持つ。 (処刑だなんて‥‥一体何があったのか不安はありますが‥‥一刻も早く事態を収めるのが一番の近道。絶対に殺させたりしません‥‥!) 共に行動出来なかった分だけ彼女の心を占める不安。 恐怖。 それでも此処にこうして仲間がいて、まだ救い出す機会があるという事実に自らを奮い立たせた。そんな彼女の心境を察してか、イリスは今一度口を切る。 「絶対にマチェクさんを助け出し、赤いペンダントを確保‥‥破壊、しましょう」 彼女の言葉に頷く一同。 「見せてやりましょう――人間の意地ってものをさ」 「ま、面倒だがアヤカシの思惑通りってのも癪だしな。ちょいとやってやるさ」 時雨、厳靖と続く力強い言葉が彼らの心の内の闘志を燃やさせた。 と、それに気付いたのはジークリンデ。 「アイザック君、帰っていらっしゃいませんね」 「そういえば‥‥」 イリスは立ち上がった。 ‥‥何故か、嫌な予感がした。 ● イリスが外に出て周囲を探して歩いた後、アイザックを見付けたのは裏路地にひっそりと存在する小さな公園の片隅だった。ベンチに腰かけて項垂れている様子の青年は、先刻の部屋で見ていた姿と明らかに異なり憔悴し切っていた。 傭兵団の仲間と会って一時間弱。 それほど長くはない時間の中で一体何があったと言うのだろうか。 「‥‥アイザックさん‥‥?」 「!」 呼び掛けられた青年は弾かれるように顔を上げ、其処に佇むのがイリスだと気付いて、‥‥笑顔を作った。 「あぁ、すみません。心配を掛けてしまいましたね」 「ええ‥‥」 「戻りましょう、皆さんの所に」 言い、立ち上がった彼が宿に向かおうとするのを、イリスは止めた。 止めなければならない気がした。 「イリスさん‥‥?」 驚いた彼の表情に、何故か胸が痛くなる。 「‥‥何があったんですか?」 「え?」 「何かあったのでしょう?」 それは確信。 根拠は無くとも。 「‥‥アイザックさん。何が、あったんですか?」 同じ問い掛けを繰り返すイリスに、アイザックは何かを言い掛けて口を閉ざし、‥‥そして、顔を伏せた。 イリスはそんな彼の腕に、手を添える。 彼は震えていた。 ‥‥泣きそうだった。 「‥‥イリスさん、お願いがあります。歌を‥‥出来れば遠くにいる友の無事を祈るような、優しい歌を、歌って貰えませんか‥‥?」 「歌、ですか‥‥?」 アイザックがどういうつもりでイリスにそれを願ったのか、正確なところは判らない。けれど彼の願いが切実なものだということは判ったから、イリスは彼を再びベンチに座らせ、深呼吸を一つ。 彼が望むような優しい詩を歌った。 どうか無事で――姿が見えず、声は届かず、無事を知る術もないけれど、それでも君の無事を信じていると語り掛けるような歌声が、顔を伏せ、瞳を閉じたアイザックの胸に何を宿すのか。 ‥‥彼は仲間から知らされたのだ。 仲間の一人が‥‥領主邸に潜んでいたショーンからの連絡が絶えた事を。 消息が完全に掴めなくなってしまっている事を――‥‥。 ● そうして迎えた公開処刑当日。 領主邸に潜んでいた傭兵団の仲間が消息を絶った事は開拓者達に知らされる事無く彼らは行動に移った。 ただ、これまでマチェクの監視という依頼を領主から請け負っていた開拓者達が知り得た情報と此方が持っている情報は、アルマが救援を頼んだ穂邑(iz0002)を介して双方に伝えられており、ルシールの行動の結果、領主がアヤカシと組んでいるという確信を得る事が出来たし、赤いペンダントの存在も確認された。 その持ち主は、シェリーヌ。 彼女は夢魔が変じたと言う感じではなかった事も併せて伝えられていた。 また、開拓者側の作戦はアイザックを通じて傭兵団側にも伝わっているが、傭兵団側がそれに合わせてくれるかどうかは判らない。マチェクの命だけは絶対に救いたいという共通した目的があるのだから、互いの足を引っ張るような事態にだけはなるまいと信じているけれど。 「‥‥ボスの周囲の事、よろしくお願いします」 「ま、程々にな」 アイザックにそう応じた厳靖は、仲間に見送られながら一人領主邸へ向かうのだった。 領主が開拓者を処刑場の内側に入れさせるかどうかは五分五分だと厳靖は予想し、いざとなればまた騎士鉄勲章の威光を借りるのも手だと考えていたわけだが、意外な事に今回は領主邸に到着するなり応接間へ通され、領主との面会もあっという間に叶ってしまった。 前回に比べれば正に天地の差だ。 (ルシールにアヤカシと組んでいるのがバレた事で身の危険でも感じ始めたか?) だから公開処刑の見物席も前日になって変更したのだろうか。 厳靖達はどのような方法でルシールがそれらの確証を得たのかは知らない。ただ、アヤカシが人と組むような存在ではないと知ればこそ、今回の公開処刑はマチェクと同様に領主もまた開拓者の警護対象に含まれていたのだ。 応接間に現れた領主の表情は以前と変わりなかったが、落ち着かない瞳の動きが心中を物語る。 厳靖は笑いそうになった。 この領主は、厳靖がどこまで把握した上で此処に居るのかを探っている。 (‥‥それなら) 使えると思った。 厳靖は表情を作ると、敢えて礼儀正しく申し出る。 「突然の無礼は幾重にもお詫びする。しかしながら今日正午に行われる公開処刑に際し一つお願いがあって参った。処断される傭兵は先の乱で帝国に仇為した者――あの乱に関わった者として、天儀の者として、処刑の場に立ち会わせて頂きたい」 領主の眉間に皺が寄る。それだけか、と言いたげな顔付き。 厳靖は続けた。 「それにかの傭兵は只者ではありますまい。処刑間際まで己の命を諦めるような男ではない――団の連中とて奴を救出すべく動き出す可能性は大いにある‥‥そんな輩から領主殿の御身をお守りする役目も担いたいと考えておりますれば」 「‥‥貴殿一人でか」 低い問い掛けは釣れたも同然の反応。 厳靖は得たりと内心で笑った。 「いえ。後ほどファリルローゼ、フェンリエッタ両名が加わる予定です」 「ファリルローゼと言えば‥‥傭兵を斬った女騎士か‥‥」 領主はしばらく思案していたが、結果として三人の同席を認めた。 「私の警護‥‥気を抜くな。私に傷一つでも付けさせれば貴殿の首も飛ぶと思え」 「必ずお守りします」 恭しく応じながらも、その胸中は無論、笑顔。 手詰まりな状態が続いていた中でこれは確かな好機だった。 ● 公開処刑の時間が刻一刻と迫る中、開拓者達はそれぞれの持ち場についていた。時雨が救援に駆け付けてくれた巫女の六条 雪巳と行動を共にし、処刑を見物しようという人混みの流れに沿いながらその中にアヤカシが紛れ込んでいないかを注意深く観察していたように、赤いペンダントを捜索するリディエールとアルセニー・タナカは単独、ジークリンデは狐火に影から守られながら柵の外を歩いて回る。 その視線が時折上を向くのは広場から程近い位置に建つ時計塔の時刻を――其処に示される仲間からの合図を確認するためだ。 辺りを一望出来る高所を求め、この時計台こそ最適と判断した氷海 威とライディン・L・Cが、その内部への侵入を果たしていた。ジークリンデの魔法の助けを借りる事も考えていたが、今日までの事前調査で領主の自警団の目を掻い潜れる時間帯を見付けられたのが幸いした。自警団を眠らせるなどしてしまえば、敵側に警戒させてしまうのは必至だから。 「けど、アレだよね。トイレ行きたくなったら困るなぁと、か‥‥うん、ごめん。何でもないんだ」 常に超越聴覚を使用しているわけにもいかず、休憩の合間にそんな軽口を叩くライディンだったが、組んだ威から静かな視線を送られて少しだけ悲しくなっていた。 更には処刑場の他、怪しいと睨んでいる領主邸を『鏡弦』の射程範囲内に入れて潜んでいるアイシャ・プレーヴェ。 彼女がアヤカシを発見した際にはすぐに対応出来る位置で、やはり潜んでいるイリスとアイザック、佐伯 柚李葉の三名は、エルディンから借りたアメトリンの望遠鏡も用い警戒を強める。 また、赤いペンダントを捜索する面々に邪魔が入らないよう囮役を買って出たエルディン、アルマ、トカキの三名は、その時が来るまでは目立つわけにいかないためフードを頭から被るなどして自警団の目から逃れるように処刑場近辺に隠れていた。 かくして準備万端となった正午間近。 一台の馬車が領主邸から真っ直ぐに広場に向かって来る。外周を鉄格子で覆われているのは罪人が乗っているからで、其処にマチェクがいるのは間違いないと誰もが思った。 だが、馬車が入口を駆け抜ける瞬間に別班の巫女達が試した瘴索結界にアヤカシの反応があった事で状況は変わり始めた。 前以て連絡方法を確認していた事も幸いし、シノビ達の技能が巫女達の疑惑を仲間に伝えていく。 処刑場で馬車から降りたのはマチェク、大剣を携えた処刑人、マチェクの罪を記載した書面を持った人物の三人。誰の首にも『赤いペンダント』は掛かっていないが、誰かは間違いなくアヤカシであり、疑惑は前以て打ち合わせていた合図で全ての仲間に伝えられた。 処刑場の中央まで柵の外からでは五十メートルという距離があり、志士の心眼も弓術士の鏡弦も条件が合わない為に誰がアヤカシかという特定には至らないまま、マチェクが処刑場に跪かされた。 そうして準備が整った頃になって領主邸からもう一台の馬車が悠々と近付いてくる。 その馬車に付き従うように馬に乗ってやって来るのは厳靖。 次いで動いたのはファリルローゼ、フェンリエッタ姉妹だ。二人は警戒心を緩める事無く領主の馬車に近付くと、処刑の前に「マチェクの死を以てヴェレッタの人々の罪を不問にする」という約束を求めた。 その約束を、この街の人々の前で宣言して欲しい、と。 これに対し領主は、この処刑の最中に自分の身を守るのならば姉妹の要望を受け入れると応じた。アヤカシに狙われる事を危惧する領主の態度は、紛れも無く昨日のルシールの行動の結果だった。 ヴェレッタの街の人々は、これで無罪放免。 開拓者達の望みは残すところマチェクの命一つとなり、これを確認したアルマは緊張した面持ちでバイオリンを構えた。 心眼も鏡弦も条件が合わずアヤカシの特定に至らないならば、誰がアヤカシかを特定する術は吟遊詩人の楽の音――『怪の遠吠え』のみ。 ゆっくりと震わされる弦は人間には届かぬ音を発し、周りの誰一人振り返らない。 反応したのはたった一人――マチェクだった。 開拓者達は目を瞠るが、別班の仲間から夢魔の存在も知らされていた。それが度々彼の姿を模していた事も聞いていたから取るべき行動に迷う事は無く、また、自身が敵の術中に嵌った事を夢魔もまた自覚したのだろう。 真っ先に動いたのは馬上にいた厳靖。姉妹に領主を任せた彼が心眼を用いてマチェクに接近するのと同時、処刑執行人であるはずの男がマチェクの縄を切り、持っていた大剣を渡した。 恐らくは魅了済み。 ならばその正体は、やはり夢魔。マチェクに領主を殺させれば傭兵団は今度こそ終わりだという開拓者達の読みは当たっており、アヤカシはこういう方法を選んだのだ。どこか稚拙な罠のようにも感じたが、今はとにかく敵を倒すのが先決。そうして厳靖と夢魔の戦闘が始まると同時に高所に居た開拓者達が気付いたのは、空から、地上から迫り来る数百のアヤカシの群れだった。 これもすぐに仲間へ知らされ、開拓者達による避難誘導が開始されるが、人々がアヤカシの姿を視認するまでそう時間は掛からず、更には多くの開拓者達が人混みに紛れていたせいでアヤカシとの戦闘態勢を整えるまでに時間が掛かった事が災いした。 辺りはパニックに陥る。 避難しろという声が掻き消されるほどの阿鼻叫喚。 それを沈めたのは、万が一の際にはマチェクの命を最優先にすると語っていた傭兵達――三十名に及ぶ彼らはそれぞれに馬を駆り、その馬の背上から人々に向かって声を張り上げる事で避難経路を示したのだ。 開拓者達が万が一の時には処刑を妨害してマチェクの命を守るという作戦を立てている事を、アイザックを通じて知らされ、外周に陣取っていたからこその準備だった。 かくして漸くアヤカシとの戦闘に集中出来た開拓者達は全力を尽くす。 ただ一人の犠牲も出すまいという決意を胸に、戦い続けた。 ● その一方で、当初から領主邸も警戒対象としていたアイシャから、其処にもアヤカシの存在を感知したという知らせを受けたイリスは仲間を呼び集めようとしていた。 しかし、パニックを起こしている人々に埋もれて避難誘導さえままならない仲間達には知らせを受け取るような余裕がなく、更にこれからアヤカシの群れが襲ってくる事も考えると下手に人数を削ぐことは出来ない。 領主邸で感知されたアヤカシが何であるのか、‥‥予想はつく。 人手は圧倒的に足りない。 それでも。 「‥‥行きましょう」 アイザックは言い、イリスは頷く。 柚季葉と三人、人混みを避けるようにしながら領主邸へ乗り込んだ。 また、領主邸に向かう三人に偶然にも気付いた開拓者がいた。 いざという時にはイリスの動きを気に掛けると決めていたリディエールと、たまたまそれに気付いたトカキだ。 其処に何かがあるのだと察した二人はアヤカシに襲われる街も心配だったが、領主邸にいるであろうそれを逃すわけにはいかないと心を決め、その場を仲間に託すのだった。 ● 数多のアヤカシが街に襲来した事でパニックを起こしていた邸では、入り込んだ開拓者の行く手を遮るものは無かった。 「この階には反応はありません、上です」 柚季葉の瘴索結界を頼りに邸内を進むうち、追いついたリディエール、トカキが合流。 「来てくれたんですね‥‥」 安堵の表情を浮かべるイリスに、リディエールはせめてもの笑顔で頷き、トカキは肩を竦める。 「危ない橋を渡るのは趣味じゃないんですがねぇ」 そう言いつつもこの場に居るトカキに、アイザックも微笑う。 そうして柚季葉が試した四度目の瘴索結界に反応したアヤカシの存在。 「この部屋です‥‥っ」 それは領主の寝室だった。 五人は息を呑み、最初に口を切ったのはイリス。 「柚季葉さんは外へ‥‥もしも可能でしたら、他の皆さんにも此方に来て頂けるよう声を掛けて下さい」 「‥‥判りました」 四人に任せる形になる事を躊躇う柚季葉だったが、イリスが言うように更に一人でも多くの開拓者を呼び集める事が出来れば状況が改善するのは明らか。不安を残しつつもイリスの言う通りに外へ向かえば、アイザックが一人一人の顔を見つめる。 「‥‥行きますよ?」 「ええ」 リディエールが応じ、アイザックは手を掛けたドアノブを回す。 そうして眼前に広がった室内には銀髪の美しい女が一人。 「‥‥シェリーヌさん、ですか」 呼び掛ければ彼女はゆっくりと此方を振り返った。 銀色の緩いウェーブを描いた長い髪がふわりと揺れて、白磁の肌に、人形のように整った美しい容貌が露わになる。 凹凸のはっきりとした女性らしい身を包むのは白いワンピース。 そして、胸元に輝く『赤いペンダント』――。 「‥‥やっとお会い出来ましたね」 「ええ」 警戒心を露わにしたリディエールの言葉に、シェリーヌは花のように微笑う。 「本当はまだ会うつもりはなかったのだけれど、貴方達ってば間抜け過ぎるんだもの‥‥『私』が此処に居ると判れば少しは骨のあるところを見せてくれると思ったんだけれど、それでもたったの四人じゃ、遊び相手にもならないわ」 「‥‥試してみましょうか」 構え、戦闘態勢を取るトカキを見つめ、シェリーヌは「それでも良いけれど」と口元に手を添える。 「百余名の傭兵団を味方に付ければ結果は違ったでしょうに‥‥さすがに『三人』も死なせてしまっては彼らも貴方達に協力出来ないわよね」 「三人‥‥?」 目を瞠って聞き返すイリス、リディエールとは対照的に、唇を噛みしめて拳を握るアイザック。 シェリーヌは恍惚の微笑を浮かべる。 「昨日のお嬢ちゃんはお元気? 自分のせいで恋しい傭兵の大事な大事な仲間を死なせてしまったんじゃ、きっと立ち直れないでしょうね。可哀相に‥‥くすくす‥‥」 「なんて事を‥‥っ」 だからルシールは処刑の場に居なかったのか。 だからアイザックは、あんな顔で、イリスに歌を求めた‥‥? 「まさか‥‥うちのボスにまで手は出していないでしょうね‥‥?」 イリス、リディエールの視線を受け止めながら、アイザックは低い声で問い掛ける。 「公開処刑の場に連れ出されて来たのはボスではなかった‥‥本物のボスは、何処ですか」 「彼なら地下牢で眠っているのではないかしら‥‥もしかしたらもう二度と目覚めないかもしれないけれど」 「‥‥っ」 くすくす‥‥くすくす‥‥と繰り返される鈴のような笑い声が開拓者の不快感を煽る。 苛立ちを募らせる。 「‥‥自分はもっと冷めた人間だと思っていたんですけどね‥‥」 トカキは言い、構えた魔杖『ドラコアーテム』。 「どうやら情は捨てきれないみたいです」 冷静な口調に反し精霊武器の先端から巻き起こる激しい吹雪。 リディエールもまた気を集中させ、オーラドライブで自身の能力を高めるイリスのタイミングに合わせて術を放てるよう構えた。 「絶対に逃がしません‥‥!」 気迫を漲らせるイリスに、しかし余裕の微笑みを崩さないシェリーヌ。 「たった四人で私に何が出来るかしら」 「戦う前から何が出来るかなんて判るはずがありません! 私達は、ただ、諦めないだけです‥‥!!」 「そう‥‥そういう考え方は嫌いじゃないわ。でも、無力ね」 「!?」 直後、室内の空気ががらりと変わった。 「ぁ‥‥っ」 「くっ‥‥!?」 開拓者達を襲う眩暈と倦怠感。 どこか遠くから頭の中に響くのは、誰かの悲鳴のような、叫び、嘆き‥‥そんな薄気味の悪い『声』。 「『貴方達はもう一歩も動けない‥‥』」 「『貴方達は無力‥‥』」 「『貴方達には、誰も救えない‥‥』」 負けるものかと前を向けばシェリーヌの胸元で赤い石が輝いていた。 (これが赤いペンダントの力‥‥!?) 室内全てが敵の領域、かつその場にいる全員を呑み込み、惑わそうとする能力。 (負け、られ、ない‥‥っ) イリスは剣で自らの足を刺した。 リディエールは簪で手の甲を差す。 アイザックは自らの腕と、トカキの腕に傷を負わせ、その痛みで正気を保つ。 「諦めないと、言ったはず、です‥‥っ!」 「うふ、ふふ‥‥っ」 血を流し再び立ち上がろうとする開拓者達に、シェリーヌは笑い。 不意に、アイザックの背後から彼の肩を叩いた、手。 「! ‥‥っ、ショ‥‥!?」 驚いて振り返った彼の目の前にいたのは、仲間の。 ショーンの、遺体。 「ぁ‥‥っ!!」 イリス、リディエールは血の気の引いた顔で悲鳴を呑み込む。 トカキもまた己の目を疑う。 十年以上もこの領主邸に潜り込み、数多の情報を彼らに流してくれた、傭兵が。 その遺体に瘴気を乗り移らされ、屍人と化されていた。 「なんて事‥‥っ」 「嘘、だ‥‥っ!」 「‥‥! 伏せてください!!」 その姿に完全に動揺し、隙を見せてしまった開拓者達を次に襲ったのは激しい衝撃。トカキが伏せろと叫んだが間に合わず全員が吹き飛ばされた。 一瞬前まで部屋の壁だった石が瓦礫となって開拓者達に襲い掛かる。 粉塵が視界を遮り、巨石が彼らの手足の自由を奪い。 辛うじて残った意識の片隅に、シェリーヌの高笑いが響いた。 「ふふふ‥‥っ、あはっ、あははははっ!! 驚いたでしょう? 最高でしょう? だって『私』は死体が大好きなのよ。絶対に逆らわないもの。シルヴァンのように簡単に騙されてくれる男も可愛いけれど、やっぱり死体が一番‥‥!」 屍人となったショーンはシェリーヌの手招きに応じ、ゆっくりと彼女の傍に歩み寄ると、壁を破壊した原因――彼女達を乗せて飛べるほどに巨大な怪鳥、ガーゴイル。 「また会いましょうね? きっと楽しい事が起きるわ」 「くっ‥‥な、にを‥‥企んで‥‥っ」 「面白い事、ですわ」 必死に意識を繋ぎ止めていたトカキの言葉に、シェリーヌはそう微笑った。 「待‥‥っ!!」 伸ばした手に放たれる怪音波。ガーゴイルの攻撃に、開拓者達は瓦礫と共に更なるダメージを食らわされ、手も足も出ぬままシェリーヌを逃がしてしまうのだった。 ● それからどれくらいの時間が経った頃か。 「マチェクさん‥‥っ」 朦朧とする意識の中で、‥‥それでもリディエールは必死に体を動かした。 「‥‥っ‥‥死なせません、絶対に‥‥っ」 例え赤いペンダントが何と言おうと彼を死なせるわけにはいかないのだ。 もう、これ以上は、誰も。 負傷した体を引き摺るようにしながら何とか部屋を出ると、地下牢――そこに繋がりそうな場所を求めて階段を下りる。 「痛っ‥‥っ‥‥!」 身動ぎするだけでも痛む手足に顔を歪め、それでも諦める事など出来なかったリディエールは、その時、こんな状態の領主邸に駆け込んで来た七人の男達の姿を目にし、咄嗟に声を上げていた。 「傭兵団の‥‥っ、マチェクさんの、仲間の方々ですか‥‥っ」 「あんたは」 「開拓者の、一人です、が‥‥っ、それよりも、マチェクさんが地下牢に‥‥っ」 「地下牢?」 「早く助け‥‥っ‥‥時間が、無い‥‥!」 リディエールの渾身の叫びに、男達はすぐさま動き出した。領主邸の内部をくまなく探し、地下への階段を見付けると三人が駆け下りていく。 一人はリディエールに手を差し伸べ「大丈夫か」と聞いてくる。 「酷い怪我だ‥‥開拓者の中に治癒術を使える者はいるのか?」 「私の事は良いんです‥‥それよりも二階の部屋にまだ仲間が‥‥っ、アイザックさんも大怪我を‥‥っ」 「何だって?」 驚いた彼は三人に二階に上がるよう指示し、すぐにアイザック、イリス、トカキの三人を助け出し、リディエールも傭兵に背負われて外へ。 ‥‥そして。 「マチェクさん‥‥!」 仲間に左右から支えられて地下牢から出されたスタニスワフ・マチェクは、‥‥生きていた。 傷だらけで、衣服のあちらこちらに血が滲んでいたけれど、生きている。 「‥‥やぁリディエール。お互いに‥‥なかなか無い恰好だ‥‥」 「マチェクさん‥‥!」 リディエールは傭兵の背を下り、彼に駆け寄る。 触れようとして、けれど震える指先が、マチェクの手に包まれる。 「ありがとう」 リディエールは何度も左右に首を振った。 生きていて、良かった。 今はただそれだけ。 柚季葉が走り回ってくれたお陰か、外には仲間が揃っていた。 街にアヤカシの姿は既に無く、彼らはイリス達から邸で起きた一部始終を聞く事となる――‥‥。 |