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■オープニング本文 ● 舞い込んだ依頼 「仕事?」 聞き返したスタニスワフ・マチェク(iz0105)の言葉に呼応するように周囲からどよめきとも取れるざわめきが上がった。 其処はマチェクが率いる傭兵団『ザリアー』が集まる家屋。中には副団長のイーゴリやアイザックも含め三十人前後の男達がいた。 「‥‥俺達に領主様が依頼を?」 確認の意味も込めて相手の発言を繰り返すマチェクに、相手こと領主の執事だと自らの立場を明かした初老の男性は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。 「つい先日、そちらのアイザックさんに領主邸の裏に現れたホルワウの群を討伐して頂きまして」 男性は言いながらアイザック・エゴロフ(iz0184)を見遣り、丁寧な一礼。アイザックも慌てて頭を下げた後で「確かにその通りだ」という無言の視線をボスに向けた。 マチェクは重ねて問う。 「つまり、その時のアイザックの働きを信用して今回の依頼を俺達に、という事ですか」 「左様でございます」 相手はやはり丁寧に応じた。彼が話すにはこうだ。領主が治める地域の東の端にヴェレッタという町があるのだが、その近郊に帝国への反乱分子が集まっているという噂がある。領主も頭を抱えているのだが自分達帝国側の人間が動けば警戒されるのは必至。だから代わりに調査してもらいたい、と。 「大変失礼かとは思いましたが我が主は皆様の事情も調べておりまして、昨年のヴァイツァウの乱以降、傭兵としてのお仕事がし難くなられていると」 マチェクが応じるより早く、仕事の無い日々に苦悩していた男達がボスの背後で激しく頷いている。 執事は複雑そうに微笑む。 「今回の依頼の結果次第では今後の皆様が傭兵職に困らないよう手を貸したいと我が主も申しておりますし、‥‥如何でしょう?」 受けましょう、受けてくれという無言の圧力を背中に感じながら、マチェクは意味深に笑む。 「話は判りました。アイザックが領主様のお力になれた事で今回の依頼を‥‥という事なら、喜んでお引き受けしましょう」 ワッ‥‥と部屋が歓声に沸く、が。 「ただ」 マチェクは続ける。 「領主様がどう思われていようとも、我々が帝国に睨まれている団である事に変わりはない。その方が反乱分子を調べるのには有利だというのは最もな考えだが、‥‥そう簡単に我々を信頼して、領主様御自身が帝国に睨まれる事までご承知済みなのだろうか」 後方の歓声が一瞬にして止み、次いで広がるのは緊張感。 執事は目を瞬かせた後で「‥‥さすがでございます」と息を吐く。 「実は、皆様とは別に、開拓者ギルドにも依頼を出してございます。開拓者への依頼は、‥‥『傭兵団の皆様の監視』という内容です」 一度は帝国を敵に回した傭兵団を雇う以上、領主側が保身の意味も込めて第三者の監視を必要とするのは至極当然な流れだ。 「‥‥お気を悪くされましたか」 恐縮そうに問いかける執事に、後方の団員達は憤慨した様子だったが、マチェクだけは違った。 「いや、ようやく納得がいきましたよ」 薄く笑う、その表情は普段の彼らしい余裕を含んだもの。 「そういう事ならば領主様からのこの依頼、引き受けましょう」 ざわめく仲間達に囲まれて、マチェクの真意は何処にあったのか――。 ● 密命 その夜、マチェクは自分の部屋に副団長のイーゴリとアイザックを呼んだ。部屋の外にも二名の部下を配し、屋外にも気を配り、盗聴等の危惧も全て解消した上で、だ。そこまで団員以外に話が聞かれる事を避けるマチェクの念の入りように、イーゴリとアイザックの表情も自然と強張った。 ただ、話を切り出すボスの態度だけは常と変わらず。 「早速だが昼間の依頼の件だ」 身を乗り出して応じる二人に彼は言う。 「ヴェレッタの町へはニコライ、トーデン、ルヴァンの三名だけを連れて行く」 驚きに目を見開くイーゴリに、大きな声を出すなよと先制した後でマチェクは続けた。 「今回の領主からの依頼だが、嫌な予感がする。確信はないが‥‥いや、一度は騙されたからこそ、か」 その言葉にアイザックはまさかと思う。 「それは‥‥あの赤いペンダントが関与している‥‥そういう事ですか」 マチェクは肩を竦めるが、彼が「可能性がある」と言うだけで二人には充分だった。 「領主の手元に赤いペンダントがあるんでしょうか‥‥?」 声を震わせるアイザックに、マチェクは。 「それを調べて貰いたい」 「! そうか、だから‥‥」 先に反応したのはイーゴリ。団員を分ける際には副団長の彼がマチェクのいない部隊を指揮する必要があるため必ず別チームになるが、アイザックは常にボスの側に分けられていた。それが今回は別行動を取ると言うのなら、其処には相応の理由が存在する。 「開拓者達に『赤いペンダント』が流出している可能性を伝えていたのが幸いしたかもしれない」 「‥‥開拓者に‥‥?」 「方法は任せる。ただし領主からの依頼で俺の監視という内容がギルドに張り出されている事は忘れないように、ね」 固い表情で頷いたアイザックだが、その胸中に過る不安。 「‥‥俺が赤いペンダントを捜索する依頼を出したら‥‥誰がボスの監視をしろという依頼を受ける事になるんでしょう‥‥」 「どういう意味だい?」 イーゴリは目を瞬かせ、マチェクは面白そうに笑う。 アイザックは早口に捲し立てた。 「だってボスの監視という依頼を、ボスが親しくしている開拓者が受けてくれれば俺達も安心出来ますが、赤いペンダントが流出したかもしれないという可能性を知っている開拓者と、ボスが親しくしている開拓者ってほとんど共通している気がするし、そうなると領主の事を疑っていない開拓者が‥‥っ‥‥領主を信じて依頼を受けたら、その開拓者達が赤いペンダントに操られてボスを襲う事だって」 「有り得るだろうね」 マチェクはあっさりとアイザックの不安を肯定する。 「だが、俺が斬るのを躊躇する開拓者は極少数だよ。おまえだって俺の腕を知らないわけではないだろう?」 「そういう事じゃなく‥‥っ」 「心配は無用だ」 マチェクは微笑う。 「俺に開拓者を斬らせたくないなら、おまえがおまえの役目を果たすんだ。――俺の信頼に応えてくれるね?」 「っ‥‥」 ずるい、と思う。 だがそう言われたからには絶対に『赤いペンダント』の行方を掴まなければ、と。アイザックは決意を新たにするのだった。 ● 開拓者ギルドの依頼より 依頼主の名はレディカ夫人。 先日、此方で募集した廃屋修繕依頼で人が住めるようにしてもらった家屋を自分の目で確かに行ったところ、階段の板を踏み抜いてしまい、生じた穴に親の形見である『赤いペンダント』を落としてしまった。穴にはアヤカシのような鼠が群れているので開拓者の助けが必要だ、という内容だ。 ――それは、レディカ夫人に承諾を得たアイザックが出した依頼。 彼は祈る。 どうか事情を知る開拓者がこの声に応えてくれる事を――。 |
■参加者一覧
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
霧先 時雨(ia9845)
24歳・女・志
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ● 依頼を受け、レディカ夫人の農場に集まった八名の開拓者の表情はそれぞれに異なっていた。 アイザックはそんな一人一人を順に見遣ると、最後に名前を貸してくれたレディカ夫人に向き直り、深々と一礼する。 「‥‥今回は、本当にありがとうございました」 「いいえ」 神妙な顔付きの青年に、普段通りの笑顔で微笑む夫人。 「どうか無事に目的を達せられますように」 「‥‥はい‥‥っ」 どういう事情で自分の名を使わなければならなかったのか、そこにどのような意味があったのか――本来であれば聞かされて然るべき事情を何一つ知らされないまま、それでも夫人は笑顔で彼らを見送ったのだった。 それから彼らが移動したのは件の廃屋。 この依頼を受けた開拓者の中にはこれまで『赤いペンダント』に関与していない者も少なくなく、この家屋にまだ人が住んでいないのなら、最初の事情説明はこの場で行おうと決めていたのだ。 リディエール(ib0241)とアルマ・ムリフェイン(ib3629)にとっては二度目となるその場所で、最初に口を切ったのはアルマ。 「僕が騒いでも大丈夫だった床に、‥‥穴?」 問い掛ける声音はとても遠慮がちで。 「アイちゃんの、‥‥探し物?」 アルマが『赤いペンダント』の話を最初に聞いたのは数日前の、この場所。それ故に抱いた疑問はリディエールと通じるものがあったし、更に最近、同じ依頼で彼らと顔を合わせていたエルディン・バウアー(ib0066)、イリス(ib0247)も同様。 「‥‥アイザックさん」 固い表情で呼びかけて来るイリスを見返し、エルディンを、リディエールを、そしてアルマを順に見つめた。 そうして最初に告げる言葉は感謝の想い。 「俺の声に応えて下さったこと、心から感謝します。ありがとうございます‥‥っ」 深々と頭を下げる彼に、四人は「やはり‥‥」と依頼を見た瞬間から胸中で繰り返していた疑問に終止符を打つことが出来た。 対して、彼らの疑問が解消されると同時に困惑し出したのが劉 厳靖(ia2423)、霧先 時雨(ia9845)、ジークリンデ(ib0258)、トカキ=ウィンメルト(ib0323)の四名。 アイザックは彼らの事も順に見つめ、改めて頭を下げる。 「今回は皆さんを騙す形になってしまいました。その事を、まずはお詫びします。‥‥けれど、俺は‥‥」 言い掛けて、背中に感じるエルディン達四人の視線に言い直す。 「俺達は、どうしても『赤いペンダント』を見付けなければなりません」 「ん? なんだその赤いペンダントってのは」 厳靖が聞き返してくる一方で「姉様から聞いたような聞かなかったような‥‥」と端正な顔立ちに思案の色を滲ませたジークリンデ。 時雨は思うところがあったのか微妙に険しい表情でアイザックの説明を待ち、トカキも口を閉ざしたまま。 最も、その心境は(簡単な依頼だと思って来てみれば何やら厄介事の雰囲気ですね‥‥)と些か異なるものだったが。 アイザックは語る。 これまでの経緯を出来るだけ詳細に。 まだ証拠は何一つない憶測に過ぎないけれど、あの『ヴァイツァウの乱』で黒幕として斃された隠者ロンバルールが所持していた『赤いペンダント』が帝国の保管庫から流出し、この町の領主シルヴァン・ヴィディットの元にあると考えられる事。 それを手にした領主がアヤカシと手を組み暗躍、ともすれば帝国を内側から崩壊させかねない可能性のある事を。 「なるほど‥‥そういう事か」 話を聞き終えて最初に口を切った時雨は、その視線を幼馴染のイリスに向けた。 彼女から「一緒に行けば判る」と言われて今回の依頼を受けるに至ったけれど、そういう事ならば、確かにこれは自分が追うべき事案。 何故なら時雨は見届けたのだ。 そのペンダントに操られて道化を演じさせられた男――民を想う気持ちが純粋過ぎたが故に騙された、コンラート・ヴァイツァウの死を。 「‥‥うまく状況が呑み込めていませんが、赤いペンダントを探せば良いんですよね?」 トカキが言う。 「とりあえず疑う事から始めましょうか」 どこか力の抜けた物言いではあったけれど立ち上がる動きに怠さは見られず。 「私もお手伝いしましょう」 ジークリンデが頷く。 そして、頭を掻き乱しながら「ふむ‥‥」と厳靖。 「楽な仕事だって事で請けたんだが‥‥んま、いいや」 軽い吐息を一つ、その視線をアイザックに向ける。 「おい、傭兵団の兄ちゃん。ひと段落ついたら酒、奢れよ?」 「は、はいっ」 「ははっ、冗談だ! はっはっは」 勢いに気圧されるように頷いたアイザックの肩を叩き、厳靖は冗談だと笑う。今の今まで『赤いペンダント』について何一つ知らなかった四人が、受けた内容とは異なる依頼をこのまま続行すると快諾してくれた事に、アイザックの目頭は熱くなった。 「やろうっ、アイちゃん」 「はい‥‥っ」 アルマに背中から抱き着かれ、アイザックは大きく頷く。 ――こうして本格的な作戦会議に突入した開拓者達の中、リディエールは数日前の、この家屋で過ごした時間を思い出し、共に過ごした彼らを、想う。 (手掛かりが見つかるでしょうか‥‥いえ、見つけ出さなくてはいけません、よね) あちらと此方、二つの依頼を目にしながらも此方を選んだのは、此方でこそ自分に出来る事があると考えたから。 そして、あちらはあちらに赴いた彼と、彼女達が、何とかしてくれると信じたから。 (どうか‥‥) リディエールは祈る。 無事な姿で、皆ともう一度同じ場所に集い、笑い合える日が来る事を――。 ● どんな調査も時間を掛け過ぎないに越したことはなく、早速それぞれに行動を開始した開拓者達。 中でも大仕事を担当する事になったのは先日の領主からの依頼――邸の裏に広がる林に現れたホルワウ退治に参加し、赤いペンダントについても承知しているエルディン、アルマ、そして。 「こんなもんが役に立つ日が来るとはねぇ」 ピンッと指先に弾かれたそれが空中に跳ね、手中に落ちて来たのをキャッチするのは持ち主の厳靖だ。無造作に扱われるそれが何かと言えば、先の『ヴァイツァウの乱』で功績を認められた彼が、帝国から授与された騎士鉄勲章。ジルベリアの絶対君主が厳靖を貴族の末席に加える事を認めた貴重な身分証明書である。 帝国に縁のある一般民が授与されれば、恐れ多くて素手で触れるのも躊躇われるであろう勲章を、まるで玩具のコインのように扱う彼にエルディンは苦笑する。 「厳靖殿、お願いですから領主殿の前では勲章をそのように扱わないで下さいね」 「へぃへぃ」 「劉ちゃん、お返事はもっと貴族らしくっ」 「無理」 アルマの台詞にあっさりと応じる厳靖に、エルディンはくすくすと楽し気だ。 「せめて格好だけでも貴族っぽく演出すべきでしたかねぇ」 「は?」 「何事も形から入るのは大切な事だと思うのですよ。相応の格好をする事で気が引き締まったりもしますからね」 「だからって俺に貴族のフリってのは無理があるだろ」 嫌そうな顔で言う厳靖は、不意に足を止めたアルマの視線の先に気付き。 「‥‥おい、アルマ」 「!」 呼ばれてぴょこんと跳ねる銀狐の尾。 「お 前 は 何 を 見 て る ん だ」 「きゃーっ」 厳靖の両拳に頭をぐりぐりされ、必死の抵抗を試みるアルマ。 「だって劉ちゃんは『貴族のフリ』じゃなくて正真正銘の貴族なんだからっ、せめて見た目だけでもと思うんだ‥‥!」 「だからって候補に挙げるのがア レ か」 「あれなら一目で貴族だって判るからーーっ」 言いながらアルマが指差すのは、道路を挟んだ向こう側を馬車で行く貴族である。見た目にも肌触りが良さそうな濃緑の生地で全身を包んだその人は、頭にも同色の帽子を被っており、丈が短い‥‥というよりも半ズボンから伸びた足には白タイツ。上着の下から見え隠れするシャツは喉元から腹まで見事なフリルがヒラヒラしており、確かに一目で一般民とは区別のつく装いである。 が、多少のセンスを持ち合わせている者ならば好んでしたい恰好では決してなく。 「冗談は笑える範囲に留めておけ?」 「冗談じゃないものっ、本気だもの!」 「それなら尚悪いわっ」 往来でじゃれ合う二人に、エルディンは注意するどころか真面目な顔でしばし思案。 「厳靖殿があんな姿を披露して下さるのでしたら、まずはリディエール殿やイリス殿にも協力を願い、全員総出で取り組まなければなりません」 「わざわざか!?」 「中途半端は良くありませんからね。やるなら徹底的に、です」 「だよね!」 どこまで本気なのか掴み兼ねるエルディンの台詞に、ここぞとばかりに賛同の手を挙げるアルマ。 「調 子 に 乗 る な よ」 「きゃーーーっ」 厳靖が更にぐりぐりと拳をアルマのこめかみに捻じ込めば銀狐からは悲痛‥‥と言うよりもきゃっきゃっと浮かれた悲鳴が上がった。 まるで兄弟か何かのように親しげな三人の様子を道行く人々は何事かという目で見ていたが、其処に彼らを訝しむ視線は一つもなく、緊張感皆無の彼らは自然と町の風景に溶け込んでいた。 だからエルディンは、いよいよ領主邸に入ろうと言う間際になってようやく真面目な表情を作る。 「さぁさぁ二人とも、此処からが本番ですよ?」 「ぁ? なんだもう着いたのか」 「思ったより早く着いちゃったね」 言外に厳靖と遊べる時間が終わってしまったことを惜しむアルマに、呆れる厳靖と、微笑うエルディン。 「此処からは領主殿を相手に楽しませて頂くとしましょう」 そうして三人は敵の本拠地へと乗り込む。 領主邸の入口でエルディンが申し出たのは『領主との面会』。面会理由は「最近、帝国の各地でアヤカシの動きが活発化しているため、その原因調査を行っている。先日のホルワウの群れが領主邸の裏の林に現れた件も活性化と関連している可能性があるため調査に協力願いたい」というものだ。 当初は、領主は忙しいから約束の無い相手と会う事は出来ないと即答されたのだが、厳靖が出した騎士鉄勲章には邸の者達の目の色が変わった。 その態度が厳靖を乗せる。 「会えないっつーならそれでもいいけどな。だが、俺が帝国に貰ったこいつにどんな意味があるのか、‥‥領主サマに判らないはずがねぇよな?」 「えっ‥‥と、その‥‥」 口元を引き攣らせる使用人に、更に厳靖。 「なーんてな。はっはっは! 悪い悪い、冗談だ! もちろん無理にとは言わねーよ」 笑い飛ばすように見せて鋭い眼光を向ければ相手はすっかり怯えてしまった。 「しょ、少々お待ちくださいっ、旦那様にお伝えしてまいります‥‥!!」 ――飛び跳ねる勢いで奥に引っ込んだ使用人が「領主様が皆さまとお会いするそうです」という返事を持って帰って来たのは、それから三十分程が経過した後。 爵位は領主の方が高く、追い返す事も出来ただろうが、先の『ヴァイツァウの乱』で帝国の勝利のため貢献した事で得たという厳靖の身分は、この領主にとっては非常に効果的だったのだ。 妙に時間が掛かった事を気に留めつつ、三人は応接室に通されるのだった。 ● エルディン達が領主邸に乗り込んだのと時を同じくして、リディエールは町中の小さなカフェテラスで一冊の本を広げていた。その傍には水の入ったカップと、紅茶のセット。傍目には休憩中の女性にしか見えない光景だ。 そんな彼女のテーブルに、不意にぶつかった一人の男性。 「ああ、失礼‥‥『水は』?」 「――『毀れません』。平気です」 「それは良かった」 男は穏やかに微笑むと、リディエールの後ろの席に着いた。 (‥‥この方が‥‥) 事前にアイザックに聞いていた合言葉で確認した互いの素性。リディエールは無事に彼と接触出来た事に安堵した。 会うのは構わないが直接口を利くのはダメだと警戒する相手に抱いていた不安が、ようやく和らいでいく。 「いらっしゃいませ」と新たな客に水を運んでくるウェイトレス。 「ご注文はお決まりでしょうか?」 「えっと‥‥」 聞かれた彼は考える素振りを見せるが「そういえば」と給仕の女性に話題を振る。 「この先の酒場、さっき覗いて来たら妙に豪奢な椅子が入っていたけど、あれが噂の領主様専用とか、そんな感じ?」 「あ、お客さんも見物して来たんですか?」 給仕の女性はふふっと可笑しそうに笑った。 「あの酒場はお料理も美味しいですから領主様もお気に入りなんでしょうね。貧乏くさい椅子ではゆっくり出来ないと仰って‥‥でも」 そこで顔を近づけた二人は、小声で。 『趣味が悪い』 声を揃えて笑い合った。 「近頃はその酒場の他にも何件かお気に入りがあるんだって?」 「ええ。すぐ向かいのお料理屋さんのピロシキとか、此処からは少し歩くけれどナンナって名前のケーキ屋さんもお気に入りみたい」 その政治力に関わる人気はほぼ皆無の領主だけれど、味の見極めには定評があるため彼が気に入った店は客足が倍増するという定説があり、飲食店で彼の話題が出るのは自然な事だと、アイザックから事前に聞いていた通りらしい。 その後も「うちも気に入られたいけれど趣味の悪い椅子を入れられるのは困るし‥‥」などと他愛のない会話を経て、紅茶とサンドイッチの注文を受けた女性が店内に戻っていく。 「‥‥あぁ、そういえば店先の花壇の裏に何か落ちてたってさっきの子に言い忘れたけど‥‥まぁいいか」 青年の、独り言。 リディエールは席を立った。 「‥‥美味しかった。とても良い時間を過ごさせて貰えました‥‥」 感謝の気持ちが伝わるだろうかと思いながら、けれど視線は自分の手元に落としたまま彼女もまた独り言。それきり、互いの顔を見る事も無く会計を終えて店を出たリディエールは、店先の花壇の裏を見た。 落ちていたのは小さな木片。 「あ‥‥」 バッグに財布を仕舞おうとした拍子に中途半場に入れられていたハンカチが、その木片の上へ落ちた。慌てて拾う、そのハンカチの中に木片を包み込んだ。 そうして仲間達との集合場所でもある宿屋に戻った彼女は、木片の中が空洞になっており、その空洞にメモ用紙が丸めて詰められている事に気付くのだった。 そうして得たメモ用紙から得た情報は、領主邸内の見取り図。 彼が給仕の女性と雑談するフリをしてリディエールに伝えた店名は領主が頻繁に出入りする場所だ。邸内の情報は得られても、領主が何処に出入りしているかについては彼が調べるよりも現地の店の子達に聞く方が確実だからと言うのが、あの方法を取った理由らしい。 「‥‥それにしても最近領主邸に出入りしている人も、懇意にしている人も『いない』と言うのは‥‥」 よほどの人嫌いなのか、帝国からの使い等であれば会うようだが、それ以外の客人は来ても「忙しい」を理由に会おうとしないし、行商人に至っては「追い返せ」で済ませてしまうらしく、接触している人間は邸内の者を除くと本当に思い当たらない。毎夜通って来るような女もいないそうだ。 「‥‥よっぽど警戒しているんでしょう」 アイザックは呟く。 「せめて熱を上げている女性の噂でも聞ければと思ったのですけれど‥‥」 「陰謀の影には女と金‥‥って、よく言うものだしね」 イリス、時雨と順に言いつつ、その視線は領主邸の見取り図に注がれている。彼女達はこれから各自でリディエールが聞いて来た各店を訪れて情報収集をして来る。そこで有益な情報を仕入れられれば、場合によっては領主邸に忍び込んで直接赤いペンダントの捜索を行おうという大胆な作戦を実行するつもりなのだ。 「よそ様の家に不法侵入ですか、気乗りはしませんが‥‥まぁ、それが一番手っ取り早いですよね」 トカキが軽い吐息と共に呟く。 邸内の傭兵から侵入への直接的な手引きは危険だからと断られたが、裏口の鍵は開けておいてくれるらしい。 「ともかく、此方も行動開始と参りましょう」 ジークリンデに促され、彼らは宿を出発した。 時雨は女の影が皆無な訳がないだろうと考え花街に向かう事にし、トカキとジークリンデは酒場、リディエールはケーキ屋、そしてイリスとアイザックはピロシキが美味いと噂の料理店へ。 「じゃあ行きましょうか、イリスさん‥‥」 「イリス、と呼んでください」 即訂正を求められたアイザックは言葉を詰まらせる。 「夫婦を装うんですから、ね?」 「で、でも、その‥‥わざわざ夫婦を装わなくても‥‥」 「恋人同士でも充分な気はするけど?」 真っ赤になっているアイザックの背後から口を挟む時雨。 リディエールは手を打つ。 「確かに恋人同士の方が初々しさの残るお二人には違和感が無いかもしれません」 「それなら新婚夫婦でもよろしいかと思いますが」 くすくすとジークリンデ。 「せっかく普段とは違う恰好をしているのですし、今日ばかりは別人になられてみては?」 彼女の言う通り、今日のアイザックはイリスと二人で料理店に入る為、どちらかというと正装なのだ。勿論イリスの装いも春らしい色合いのワンピースにカーディガンを羽織るという女性らしいもので、一見して開拓者だと悟られるものではない。 普段と異なる装いのイリスを見るだけでも動悸がしてくるアイザックだったが、これも任務のためと自身に言い聞かせつつ、深呼吸を二回。 表情はまだ硬かったけれど。 「じゃあ‥‥行こうか、イリス」 「はい」 差し出された腕に、イリスはそっと自身の腕を絡めた。 ● 結論から言えば、各所で開拓者が開始した聞き込みでは有益と思われる情報は何一つ得られなかった。 領主に対する反感や怒りの声を聞くことは少なくなく、人の悪口というのは人間の口を軽くする効果があるようで、同席した客達や店の人々との会話は弾むのだが「領主が親しくしている相手に心当たりはない」かと尋ねれば、 「あの人と親しくしたい奴なんてそうはいないだろう」 「下心がある連中くらいじゃないか? 最も、そういう連中は領主様の方が近付けたがらないけどな」 「結局、あの領主様は人間嫌いで、誰も信用しないのさ」 「先代の領主様‥‥今の領主様のお父上の頃は良かったんだがなぁ」に終始する。 女性関係も然り、金と名誉に心惹かれる遊女は多いだろうが、そんな相手を領主の方が本気にするわけもなく、特定の女性がいるという話は誰一人知らないし、そんな女がいるわけがないというのが町の人々の認識だった。 宝石や美術品にも興味は無いから『赤いペンダント』の情報も皆無。 ただ、酒に酔った勢いで「自分はこんな地方の領主で終わるつもりはない! いつか必ず帝国の中枢にまで上り詰めてやる‥‥っ、こんな土地でおまえ達ごとき民衆の面倒を見るだけの人生にして堪るものか‥‥!!」と店の主に絡んでいたという話は複数人から聞く事が出来た。 人間嫌いで己の現状に不平不満を溢れさせている領主は、邸に居るのも気が滅入るのか、気晴らしと称して美味いと評判の酒や食べ物を楽しみ、領民に絡んでストレス発散をしているらしかった。 「まったく呆れた領主様さ」 人々は口を揃える。 「俺達から高い税金を搾り取って、その金を中央の役人に配り歩いているんだろうさ」 「だからって叛乱でも起こせば俺達に勝ち目は無いしな」 言い、聴き込む開拓者に人々は目配せする。 「ほら‥‥あそこにいる目付きの悪い連中‥‥領主様の自警団を名乗ってはいるが実際には金で雇われた荒くれ連中さ。ああいう連中が町中に目を光らせているから‥‥あんた達も何でそんなに領主様の話を聞きたがるのか知らないが、用心した方が良い」 言われて、開拓者達は気付いた。 敵がアヤカシである事を予想し、町中に自警団が居る事も事前に聞いて知っていながら、自分達があまりにもあからさまに『領主』の情報を探っていた事の危険性。 何処にどんな目が光っているのかを用心していなかった事。 そもそも『アヤカシの活性化に関する調査』を名目に開拓者が自分を訪ねて来た時点で領主は警戒を強めていたのだ。 陽が沈む間際にアイザックを経由して領主邸内部の傭兵団員から知らされたのは『危険 だ』というメッセージ。邸の周りに自警団の連中が集まって来ている、と。 開拓者達は自らの行動で、邸内に侵入する機会を失ったのである。 ● その夜、領主の元に一通の手紙が届けられた。 領内で大規模な農場を経営するレディカ夫人が、自分の計画を邪魔する連中と関連しているという確証となり得る手紙が。 「‥‥町では私の情報を集めている連中がいると言うし‥‥このタイミングの良さは、もしかして、もしかするかい‥‥?」 闇の中で昏い笑みを零す領主は、自分が開拓者達に傭兵団の監視を依頼したのと時と同じくしてギルドに張り出されていた夫人の依頼を思い出し、‥‥彼女の依頼を受けた開拓者達の名前と、昼間、自分を訪ねてきた開拓者の名前を一致させるに至る。 ● 翌日、宿の一室に集まりそれぞれの情報を伝え合っていた開拓者達だったが、全員に共通する報告は「収穫無し」の一言に尽きた。 領主の悪い評判は山ほど聞かされたが『赤いペンダント』に関する話はただの一つも無く、執事他邸内の使用人達以外に領主と接触している人物の存在も皆無。 「『赤いペンダント』は、本当に領主の元にあるのでしょうか‥‥」 宿屋の窓からアメトリンの望遠鏡を使って領主邸を覗いているエルディンの呟きに「さてな」と腕を組んで応じる厳靖。平屋が多い町の中、二階建て宿の二階に部屋を取れたエルディンはこうして領主邸に出入りする人影を確認していたのだが、出入りするのは彼らが領主に面会した際に邸内で見た顔と、目付きの悪い『自警団』の男達ばかり。 これといって怪しい人物はいないが、逆に自分達の存在に気付きつつある領主の警戒の度合いを見れば、怪しいのは確かだろう。厳靖もその点には賛成だ。 「奴さんの態度を見る限り俺達を明らかに疑っていたからな。‥‥ただ、エルディンが話をしている間に心眼も試したが、周囲にアヤカシの存在は無かったのが気になる」 それはつまりアヤカシが関与していないのか、そもそも『赤いペンダント』がアヤカシとは無関係であるのか。 「‥‥ところで」 ふとトカキが口を開く。 「アルマさんとジークリンデさんと、アイザックさんはどうしたんですか?」 この場にはいない三名の名前を挙げれば、最初に応じたのはイリス。 「アイザックさんでしたら、ジークリンデさんと一緒にレディカ夫人の農場に向かわれましたよ」 「何でも酒場で行商人に扮していろんな商品を売り込んでいたら意外に需要があったんだってさ。その件で夫人に輸入云々の相談をしたいとか何とか‥‥それって今する事かと思うけど」 「時雨」 明らかに批判的な口調の幼馴染を注意するように制するイリスは、苦い笑みを浮かべてトカキに向き直る。 「‥‥アイザックさんも、いま夫人に接触するのは危険だと思うと言われていたんですけれど‥‥」 「‥‥悪い予感がすると仰ってましたね」 言葉を濁したイリスの後を引き継ぐように、リディエールが言う。 実は今朝、外が妙に騒がしくて外に出た彼らは穏やかでない噂を耳にしていた。曰く、レディカ夫人の農場が火事を起こした、と。様子を見に行きたいが単独行動を取るのは危険、だからとりあえずジークリンデの要望を聞き入れる形で二人が夫人の農場に向かったのである。 「なるほど‥‥で、アルマさんは」 続けての問い掛けに応じたのは、エルディン。 「アルマ殿でしたらデートですよ」 「デート?」 「ええ。メイドさんと」 にっこり、良い笑顔の神父様。からかうように見えて、‥‥実はそのデートが開拓者達にとっての最後の砦。 そして恐らくは今回最大の貢献がアルマのこの行動だった。 同時刻、レディカ夫人の農場に赴いたアイザックとジークリンデは信じられない‥‥否、信じたくはない光景を目にした。 火事があったとは聞いていたが、その炎が呑み込んだのは家屋だけで済まず、広大な田畑や牧草地にも及んだのだろう。雪解けが進み、土が目立っているはずの地面を覆っているのは大量の煤だったし、大気中を漂う、思わず顔を顰めたくなるような強烈な匂いは生き物が焼かれたためだろうし、傭兵の鼻には乾いた血の独特の匂いさえ感じられた。 「一体何が‥‥っ」 変装を兼ねたフードを思わず外し、蒼白になった顔面を露わにしたアイザックは、ジークリンデが同行している事も忘れて走り出した。向かうは夫人がいるであろう母屋。 そこで彼が目にしたのは右腕と右足を骨折したレディカ夫人を含めた十数人の負傷者と、二名の、遺体。 それは、マチェクが秘密裏に夫人の農場に潜り込ませていた仲間の――。 「アイザックさん!」 夫人が彼に気付き、昨夜遅くに夜盗に襲われた事、その連中が「傭兵団ザリアー」を名乗っていた事などを伝えると共に「そんなはずがありませんでしょう!?」と叫ぶのを、ジークリンデは言葉も無く聞くだけ。 ザリアーを名乗ったというその言葉には負傷者達――やはり彼らも傭兵団の仲間――も「そんなわけがない!」と声を荒げ、‥‥そうして、アイザックに気付かせたのだ。 ● メイドとのデートを終えて戻って来たアルマは、仲間に伝える。 「領主サマのお邸、幽霊が出たらしいよ」と。 アルマはメイド二人を外に誘い出し、甘いお菓子と甘い言葉で得意の音楽を奏でるなどし、職場を離れて夢見心地になる女性達のぶっちゃけ話を期待したわけだが、これが見事に功を奏したのだ。 「メイドさんの中でも遭遇したのは一人だけみたいなんだけど、すっっっっっごく美人な幽霊が朝方に領主サマの部屋から出て行くのを見たんだって!」 そしてその胸元には見た目も鮮やかな『赤いペンダント』が輝いていた、と。 「そのままスッと何処かに消えちゃって、もう怖くて誰にも言えなかったんだけど僕になら話しても大丈夫だと思ってくれたみたい」 「おやおや、アルマ殿もすっかり一人前のタラシさんですねぇ」 タラシと言われてガーンと落ち込んで見せるアルマを、慰めるイリス。 一方で話を聞いて納得した風なのが厳靖だ。 「幽霊かどうかはともかく、領主でなく相手の女の方がアヤカシだってんなら、幾らでも姿は隠せるさ。そりゃ人目には付かんし、心眼で見たところで領主の周りにアヤカシの反応も無いわけだ」 「女がアヤカシなのか、‥‥それともその女が持っていたという『赤いペンダント』がアヤカシなのか」 ぎりっ‥‥と歯軋りする時雨に、リディエール。 「それは、つまり‥‥領主もまた操られている、という事ですか‥‥?」 「さて‥‥何も知らずに操られているのか、相手がアヤカシと知りながら協力しているのかは、また確認しなければならないでしょうけれどね」 トカキが軽い溜息と共に呟いた頃、部屋の外から慌ただしい足音が聞こえて来たと皆が気付くと同時、乱暴に開かれた扉はアイザックの仕業。 「おいおい、大事な話をしてんだから少しは慎重に――」 厳靖が言い終えるより早く、傭兵は声を荒げる。 「今すぐに天儀に帰って下さい! いえ、とにかくこの町を離れて下さい‥‥!」 「アイザックさん‥‥?」 「領主に、レディカ夫人の名前で出した依頼を受けた皆さんの目的が何であるのか完全に知られた可能性があります」 「!」 「アイちゃん、でも‥‥っ」 アルマはアイザックと、そして共に戻って来たジークリンデとも情報を共有すべく、メイドから聞いた幽霊の女の話をして聞かせた。 アイザックは顔を歪める。 「‥‥っ‥‥判りました‥‥その件も此方で調査を進めて、また、皆さんに来て頂ける状況を整えたら、改めて‥‥っ」 アイザックは拳を握りしめた。 開拓者達には言えない‥‥言わない方がいい。それが判るから精一杯の理性で感情を抑えているけれど、仲間の死が齎した衝撃は理性で抑え込める範囲を越えていた。 幽霊の話をしたというメイド達は、無事だろうか。 領主邸に潜んでいる仲間は? ‥‥すぐには駆けつけられない場所にいる、ボスは。 「‥‥っ」 「アイザックさん‥‥?」 そっとイリスの温かな指先がアイザックの腕に触れた。その温もりに、自分の顔がどれほど強張り、歪んでいたのかを自覚するアイザック。 (こんなんじゃダメだ‥‥っ、まずはイリスさん達を‥‥開拓者の皆さんを守らないと‥‥っ) アイザックは首を振る。 そして、改めて告げた。 「その幽霊の件は、俺と、邸内の仲間とで調査を進めて‥‥」 目撃したというメイドの保護も視野に入れて。 「今度こそ『赤いペンダント』に関する有力な情報を得られたら、改めて皆さんの力をお借りしたい‥‥、その時は、また協力して貰えますか‥‥っ?」 泣きそうな顔になるアイザックの様子を見れば尋常でない事態が起きているのだろう事は全員察しがついた。 だから、頷く。 「水臭い事を言ってんじゃねぇよ」 「そうです‥‥っ、そのために私達は此処にこうしているんですから‥‥っ」 リディエールの言葉にアルマとエルディンが頷き、イリスが、頷く。 「一人で悩まないで下さいね‥‥?」 「‥‥ありがとうございます‥‥っ」 そうして深々と一礼するアイザックと別れ、開拓者は天儀に戻る事になる。 その道中でジークリンデから聞かされる、レディカ夫人の農場での惨事。傭兵団ザリアーを名乗る者達の凶行。 「あの様子ですと‥‥夫人達がザリアーを訴える事はないでしょうけれど‥‥もしかすると領主殿は、訴えない事まで見越していらっしゃるのかも‥‥」 ジークリンデの言葉に、これまで何度もレディカ夫人と縁を結んできたリディエール達は顔を歪め、犠牲が出てしまった事。 ‥‥出してしまった事を、心から悔いた――‥‥。 |