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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● マチェク家の邸には夫妻の他に三人の子供達が同居している。次男にしてマチェク家を継いだヴラディーミル、三男のロスティスラーフ、そして末子にして長女のポリーナ。 彼女が開拓者と接触した一週間後の夜、ヴラディーミルは病床の父を見舞った後、食事の席で弟妹にこう切り出した。 「父上はそろそろ危なそうだ。おまえ達も覚悟しておけ」 「ああ……医師に診せても原因不明だと言われるし、あのやつれよう、もう無理だろうな」 「そんなっ」 兄達の言葉にポリーナは怖い顔で立ち上がる。 「可能性が全くないわけじゃないのに、そんな言い方……っ」 「ではおまえには治せると言うのか」 冷たい視線を投げ掛けられ、ポリーナは言葉を詰まらせる。ヴラディーミルは呆れたような息を吐く。 「今の内に覚悟をしておけと、優しさのつもりで言っているんだがな」 淡々と語り何事も無かったかのように食事を続ける兄に、ポリーナは唇を噛みながら席に着き直す。 (そんなの優しさとは言わないわ、お兄様……っ) 優しさと言うのは――そうして思い浮かべた開拓者達の姿を思い出すと、少女は深呼吸を一つ。 兄達を順に見遣って口を切る。 「お兄様……こんな時に、とは思うのだけれど……お友達が泊りに来ても良いかしら」 「友達?」 怪訝な顔をする二人にポリーナは平静を装いながら続ける。 「実はディアーナ様がサロンを催されるらしくて、私も招待状を頂いたのだけれど……その、私はこんなだし、お友達にいろいろと教えて頂きたくて」 「そういう事なら是非来て貰うといい」 ヴラディーミルは今日一番の笑顔で妹の話を歓迎する。 「お前のような娘でもそれなりに見えるよう、俺からもお願いしたいくらいだよ」 言ってから、しかしと首を傾げるマチェク家当主。 「皇女様は、何故私ではなくおまえに招待状を送ったのか」 「それは……ディアーナ様とは幼馴染だし……」 「ふむ。まぁいい、せいぜいマチェク家の名に傷をつけないようにな。皇女様とサロンとあれば招待されているのは相応の方々だろうからな。――良い相手でも見つけて来てくれればマチェク家の役に立つだろうに、その器量もおまえでは宝の持ち腐れだよ」 「はい……」 兄の言葉に傷つきながら、これもいつもの事と心の中に悲しみを押し込める。ともあれ、これで開拓者が家に入る事は出来る。 (どうかお父様を助けて……っ) ポリーナは心から祈っていた。 ● 時は前後してジルベリア皇帝の第四皇女ディアーナ・ロドニカは親衛隊隊長のキリール・クリモワと相談し、催すと決めたのがディアーナが主催者となるサロンだった。 「またスタニスワフからの情報と言うのが腹立たしいのだけれど、この際、私情は捨て去りましょう」 皇女は口元を引き攣らせながら言い、キリールは笑いを噛み殺しながら続ける。 「ヴァイツァウの乱から、フェイカーとスタニスワフら傭兵団の因縁がどうしても先に立ち、今回の事も奴への嫌がらせかと考えていましたが、今回の事がそれこそがフェイカーの狙いだったというのは、あながち間違いではないと思われます」 誉れ高き過去の英雄が皇女に刃を向けたとなれば、その成否に関わらず国民の不信は確実に高まる。 ジルベリア各地で不穏な動きも確認されていると言うし、それらがフェイカーの合図で一斉に動き出したりすればどうなるか。 「……今のままでは明らかに此方が不利です」 ディアーナは言う。 「ならば、せめてフェイカーが動く舞台を整えてやるくらいのことはしてみせましょう」 そのためのサロンの開催だ。 「ですが開催日はいつに?」 「開拓者次第ね」 「開拓者、ですか」 聞き返すキリールに皇女は力強い視線を窓の向こうに注ぐ。 「神教徒の隠れ里に向かった小隊から、信者達は既に姿を晦ましていたという報告があったわ。恐らくは……スタニスワフが絡んでいるでしょう」 開拓者とは言わず傭兵の名を出したのは、確信を持てるのが彼の方だったからだ。 「少なくとも今の時点で、彼らは私達よりもフェイカーに近い所にいる。フェイカーを捕まえると言う共通の目的、そのただ一点のために私達は彼らと協力すると決めたわ。だったらサロンの日程だって私達だけで決めるわけにはいかないでしょう……いっそポリーナに頼んで直接開拓者と話せる機会を設けて貰おうかしら」 「ディアーナ様がマチェク家を訪れるのは、それこそ敵の思う壺だと思われますが」 「アルトゥールの見舞いといえば不自然なく乗り込めると思ったのだけれど」 フェイカーへの敵意を剥き出しにした発言を、キリールは控えめに諌める。そもそも開拓者達の方が皇女との面会を断る可能性だってあるというのに。 「ともかく今は此方の意向をポリーナ嬢……もしくはスタニスワフを通じて開拓者達に伝えるに留めるのが良いでしょう。後は開拓者達に任せるのがよろしいかと」 親衛隊隊長の言葉を皇女は受け入れる。 だが抑え切れぬ感情が存在するのは確かで。 「……歯痒いわ」 そう呟く皇女の瞳には烈しい感情が見て取れた。 ● スタニスワフ・マチェク(iz0105)は一人、あの家の事を考える。 元は一員だったのだから誰の目にも触れないよう邸に忍び込む事は可能だろう。自分に会いたいというなら、会う事は出来る。 ただ、会ってどうしようと言うのだろう。 今更あの家に戻って、今にも死にそうな父親に何を言えと? 悲しいとか、寂しいとか、そんな感情は欠片も浮かばない。本音を言ってしまえばかつて父親だった相手を、彼は「どうでもいい」と思う。 『父親』という存在に彼の心は全くと言っていいほど動かないのだ。 もしもこれが傭兵団の彼らであったり、開拓者達であったなら一緒に戦おうと思う。 事実、彼らと生きていくために戦っている。 「さて困ったな……」 スタニスワフは悩む。 開拓者達が父親に会えと言って来たなら断りはしないけれど、この感情を、どこまで騙せるだろうかと――……。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ファリルローゼ(ib0401)
19歳・女・騎
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 「私は、外から、御邸に出入りする人をチェックしていますので」 一通りの打ち合わせを終えて、そう告げるレジーナ・シュタイネル(ib3707)の言葉には、彼女と行動を共にする秋桜(ia2482)、天宮 蓮華が軽く頷き、他の面々は真っ直ぐな視線を送る。 「律と緋那岐は俺と一緒にキリールに会いに行くのかな」 「ああ」 「よろしくなー」 風和 律(ib0749)、緋那岐(ib5664)の返事にマチェクは微笑で応じ、そして最後にフレイア(ib0257)を見遣った。 「君はどうするんだい?」 「今はまだ動きようがありませんから、それまではマチェク邸にお邪魔しようかと」――。 そんな経緯でフェンリエッタ(ib0018)、ファリルローゼ(ib0401)、フェルル=グライフ、ルシール・フルフラット(ib0072)、そしてアルベール、フレイアの六人がマチェク邸に向かったのだが、そこでは意外な展開が彼女達を待っていた。 丁度外出しようというヴラディーミル、ロスティスラーフ兄弟と遭遇してしまった事でルシールが三男に不審がられるなどしたのだが、貴族の令嬢が並んでいる事を知った途端に彼らの態度は一変した。 更に。 「ローシャ、どうせおまえには茶会に同行してくれる相手もいないのだろう。どなたかにお願いしてはどうだ?」 兄の台詞にイラッとした素振りは見せたものの、これから職場の上司が開く茶会に出席するというロスティスラーフが単身参加で肩身の狭い思いをしているのは事実。 一方の開拓者側にとっても、これは社交界で情報を集める好機だった。こうしてフレイアがロスティスラーフに同行する事となり、次兄、三男と、ある意味では『障害』が取り除かれたマチェク邸で、彼女達は本来の目的を果たす為に行動を開始するのだった。 ● 「妙ですね」 ポリーナに邸内を改めて案内されながら、フェンリエッタとフェルルが難しい顔で前回の調査でアヤカシの存在を感知した部屋のある方向を見ている。 「とりあえず、中を確認してみましょうか」 ルシールの意見に、全員が顔を見合わせて頷き合った。 そうして覗いた室内はしんと静まり返っており、誰もいないし、何かの形跡を探す事も出来ない。 フェルルだけでなく、フェンリエッタも、アルベールもスキルを発動してみるが、感じ取れる異変は皆無だった。 「まさかとは思いますが、私達の来訪に気付いて姿を晦ました可能性も……」 「まだそうとは言い切れないだろう」 ルシールの懸念に、ファリルローゼが穏やかな声音で言う。 「今は出来る事をしながら様子を見よう。アルトゥール卿の事もそうだが、ポリーナへの手解きも重要だしな」 言われた本人は、唐突に自分の名前が出た事に驚いて目を瞬かせていた。 「そうですね」とルシールが頷けば本気で動揺。 「あ、あの……皆さんは、アヤカシを斃すためにうちに来られたのですよね……? でしたら、私への手解きなんて口実に過ぎないのですし、私の事なんか……」 「自分の事を「なんか」なんて言ってはダメ」 どこか怯えた様子の少女に、フェンリエッタ。 「……ね、ポリーナ。こんな出会い方をしたけれど、私達本当のお友達になりましょう? 大切な友達に悲しい思いはさせないわ」 震える手をそっと包まれて、ポリーナは気付く。 フェンリエッタの手が冷たいのだ。 (……本気で、言ってくれてる……私なんかのために……っ) ぽろぽろ涙を零すポリーナに、ファリルローゼも。 「君は変わってしまった家を……家族を守りたいのだろう? 君の友人として願いに応えたい。遠慮なく頼ってくれ」 「そうですよ。必ず力になりますから」 ルシールにも声を掛けられて、ポリーナは何度も頷いた。 頑張る。 頑張れる。 この人達を信じよう――、ポリーナはそう心に決めたのだった。 ● ジルベリアの人々が当たり前に利用する酒場の、周囲を傭兵達が囲んでいる隅の席。 「遅くなった」 片手を上げ、申し訳なさそうに言いながら近付いてくる第四皇女の親衛隊隊長キリール・クリモワに対し瞬時に立ち上がったのは、律一人。そんな彼女に対して緋那岐は目を瞬かせ、スタニスワフは面白そうに笑うだけ。 律は何か言いたそうな表情をして見せたが、キリールに座ってくれと促されて静かに腰を下ろした。 「改めて自己紹介する必要はないだろうし、時間も惜しい。早速本題に入って貰って構わないか?」 「勿論です」 凛として応じる律に、やっぱり目を瞬かせる緋那岐と、笑うスタニスワフ。 「何なのだおまえ達は」 「いや……なんていうか、律さんて騎士なんだなぁって」 「似合っているよ」 緋那岐はまだしも、傭兵の台詞には少なからず苛立ちを覚える律だったが、今はそれどころではないと自らを律して本題を切り出す。 その際の、笑いを噛み殺したようなキリールの表情も気になったが、……今は置いておくことにした。 そうして話し合われるのは現時点でのマチェク邸の様子。サロン開催の日程や、当日の開拓者達の動き。 そして、皇女自身とサロン以前に打ち合わせの為に接触したいという希望。 「フェイカーが察知して動きを変える時間を与えるのが一番拙いと思われます。皇女のスケジュールを調整する事が最も難しいでしょうが、可能な限り早く開催出来ればと」 「ああ……卿の具合はどうだ」 律の説明に同意すると同時にスタニスワフへ問うキリール。 傭兵は肩を竦めるだけだ。 「薄情な息子だな。少しは心配しないか」 「親子の縁などとうに切れているよ」 キリールは息を吐く。 「まあ、ともあれ君達から聞いた話を皇女に伝えると共に、二日後の馬車の手配をしておこう。ちょうどスィーラ城に向かう予定があるからな……業者は此処だ」 言いながら一枚の紙片に連絡先を記すキリール。 「昼過ぎには其方を訪ねてくれ。店の者には此方から話を通しておく。後は……何と言ったか。フレイアか? 貴族の家に給仕として務められるよう紹介状を書くという話だが、情報収集が済めば辞めるなんて前提では出せんぞ。これでも皇女の名を背負う身だ」 キリールの渋い顔に、スタニスワフも納得の表情。 「またサロン開催の日程については皇女と直接話し合って貰えば良い。恐らく緋那岐、君が皇女付の侍女として傍に付くのも問題ない。俺も御傍に控えているし、いざとなればフォローしよう」 対して緋那岐は「ありがとう」と礼を言うが、その一方で危惧している事も有り。 「んー……話に聞く限り、皇女の気性が気になるんだよな。フェイカーに対する敵意というか……この辺り、利用されないと良いんだけど。もしかして煽られると制御出来ない性格? って、なんだよ……?」 凝視に近い彼らの視線を集めている事に気付いた緋那岐は、思わず後退。 「あぁそれは……」と頭を抱えるキリールに失笑したスタニスワフは一言。 「緋那岐、君は全員が集まった場所で今の発言をもう一度繰り返すべきだな」 本人はよく判っていなかったが、独白のような台詞で皆が気付いていない落とし穴を指摘したのはこれが二度目の緋那岐だった。 ● その日の夜、それぞれの方法で互いの情報を交換し合った開拓者達は、フレイアからの報告を興味深く聞いていた。 曰く、 「ロスティスラーフ卿ですが、ヴラディーミル卿と共に保安省の役人なのだそうです」と。 神教会監督庁とは無関係な役職だったが、今日の茶会の主催者が件のパトルーシュ・コンスタンチンと友人関係にあったらしく、フレイアは意図せず彼とも接触の機会を得たのだった。 「ケイトと名乗る女性は一緒ではありませんでしたし、万が一があっては困りますので接触は控えましたが、至って普通の人物でした。試しにムスタシュイルも使ってみましたが瘴気も感知しませんでしたし」 ただ、ロスティスラーフはフレイアを気に入ったらしく、明日の集まりにも同行して欲しいと頼まれた。結果としてキリールからの紹介状を得る事は出来なかったフレイアだが、社交界の情報を集めるという目的は達成される事となる。 尤も、其処に有益な情報があったかと言えば、答えは否なのだが。 ● 二日後。 貸馬車の業者を訪ねた律とレジーナ、蓮華は、当初の予定通り律が御者に、レジーナと蓮華が車内に潜んで皇女を迎えに行くべく馬車を走らせた。 それを影から密かに追うのが、敵側に決してその存在を悟られぬよう細心の注意を払う秋桜だ。 そうして皇女の邸に到着すると、キリールを含む親衛隊が現れ、程なくしてディアーナが乗車。中に控えていたレジーナに柔らかく微笑した皇女は出発を促した。 「スィーラ城まで頼む」 キリールの指示を受け、御者台の律は滑らかな鞭裁きで馬車を走らせた。 「なかなか快適な馬車ね。――貴女、お名前は?」 「あ、はい。レジーナと申します」 蓮華も自己紹介し、目的地までの僅かな時間、レジーナは重要と思われる事柄を端的に伝えていった。 いま病床にあるアルトゥール卿が皇女襲撃の駒にされる可能性。それによって卿の叛意を裏付ける噂が流布される恐れ。 「確かにアルトゥールが私を狙ったとあれば人々は混乱するでしょうね」 「はい……ですからサロン開催については、情報が漏れる事を警戒して下さい……相手はアヤカシです。何処に、どんな目耳があるか判らない、です……」 「そういった感知の術を使える開拓者は協力してくれるのかしら」 レジーナは頷く。 人数は定かでないにしろ、これがフェイカーを斃す為と聞けば協力してくれる仲間は少なくないはずだ。 少女の応えに皇女も安心したらしい。 笑顔になった皇女は、続けてサロンの開催日に関して「これから招待状を発送する事なども考えれば二週間後くらいが妥当」と結論を出し、レジーナはこれを了承する。なるべく早い方が良いという意見には皇女も賛成だったが、準備に時間が掛かってしまうのは仕方がない。 「それで、アルトゥールの容態は?」 「まだ、何とも……でも、仲間が、いろいろ工夫してくれていますから……」 皇女はほんの僅かに表情を歪めた。その仕草からは彼女が心から卿を案じている事が伝わって来て、レジーナは精一杯の気持ちを伝える。 「私達は……もう、負けません」 もう、二度と。 ● この数日間でマチェク邸の雰囲気は一変していた。 今まで無かった花が飾られて、無機質な邸内に彩が加わっただけでも使用人達には劇的な変化だったというのに、更に驚くべきは邸内で笑い声が聞こえるようになった事だ。 それも、アルトゥール卿の寝室から。 「ステップは足で三角を描くように」 「え、あ、きゃっ」 アルベールの手に手を重ね、ダンスの練習真っ最中のポリーナは美しく着飾っていた。ファリルローゼの見立てたドレスと、化粧。ルシールが手解きする作法。そもそもポリーナも正真正銘の貴族の娘であり、アドバイスを受ければ「それなりに」見えるようになるまで時間は掛からなかった。 「す、すみません、ダンスも出来なくて……!」 「下を向いてはいけませんよ。謝る時は、相手の顔を見て下さい」 ルシールの指摘に「は、はいっ」と顔を上げたポリーナは「気にすることはありませんよ」と微笑むアルベールに、赤面。 ファリルローゼは困ったように笑う。 「ポリーナは作法よりもまず異性に慣れた方が良いな」 「そんな……っ」 「お友達に紹介して頂いてはどう? この方達のお友達なら信頼出来るでしょうし」 「お母様までっ」 室内にはフェルルが作った菓子の甘い匂いと、淹れたての紅茶の心安らぐ温もり。 真っ赤になって狼狽える少女に、母は笑い、友人達からも笑顔が毀れる。優しい賑わいは廊下を行き来する使用人達の表情までも明るくしていた。 マチェク邸が少しずつ、……少しずつ取り戻していくのは、時の流れ。 動く時間。 「……?」 ポリーナの母は、何か説明し難い変化を感じ取って病床の夫に視線を落とした。しばらくそのまま見ていると、ほんの僅かに彼の瞼が動いたように見えた。 「あなた……?」 その呼び掛けに全員がハッとしてベッドに近付いた。妻が何度も呼びかける姿をじっと見守り、そして。 「ぁ……」 僅かに見えたアルトゥールの瞳と、掠れた声。 彼は確かに目覚めたのだ。 ● サロンの開催は二週間後。 そしてフェンリエッタ達からアルトゥール卿の容態が僅かとは言え好転した事を聞かされたレジーナ達は心から安堵の笑みを浮かべて見せたが、ただ一人、スタニスワフだけは肩を竦めて軽い吐息を一つ。 「君達の優しさには頭が下がるが、……優先事項を間違えてはいけないよ。重要なのはフェイカーを斃す事であって、あの人を助ける事ではないからね」 言い終えるが早いかその場を去ろうとするマチェクを、直後に追ったのはフェリルローゼ。 「待てマチェク!」 その腕を掴んで強引に振り返らせた。 「一体何だと言うんだ、何故あんな言い方をする?」 「この邸に君達が居る事自体が敵に気取られる危険を孕んでいる、それは事実だ。あの人を守る事を考えなければ、君達はもっと簡単にフェイカーと戦う事が出来るだろう」 冷たい視線で言い放つスタニスワフの言葉を、だがファリルローゼは受け入れられない。 違う、違うと叫び返したいのを必死に抑え込む。 「君は……もしもフェイカーの人質に取られているのが私の父でもそう言うのか……? 私達とは関係のない、無関係な人が人質にされていてもそう言えるのか……っ?」 冷静でいようとするファリルローゼに、スタニスワフはらしくなく言葉を詰まらせた。それが、答えだった。 「そうだろう……? もしも無関係な誰かが人質であれば、君はその人を守る事を考えたはずだ。見捨てて構わないなんて言葉は出て来ない。なのにそんな言葉が出て来るのは……っ、それは、君が誰よりも父君を愛しているからじゃないのか……っ?」 フェイカーがアルトゥールを人質にしたのは、過去に英雄であったという知名度を利用したかったからかもしれない。 皇族に近しい人物だ。 加えてスタニスワフの父親となれば、開拓者達を攪乱するには打って付けの存在――実際に彼女達はフェイカーとスタニスワフの因縁を気にし過ぎて読み違えた。 だからこそ彼は言うのだ、アルトゥール卿を見捨てれば良いと。 彼を守る事など考えず、フェイカーを斃す為に利用すれば良い、と。 すべては「父親」という存在が開拓者達の「足枷」になっているから――。 「私……達に、嘘はつくな。優しい嘘なんて要らない、欲しいのは君の心の声だ……っ!」 瞳を潤ませるファリルローゼの叫びをスタニスワフは沈黙で受け止め、そして、言う。 「何度聞かれても同じだよ……あの人がどうなろうと俺には関係ない。君達は、フェイカーを斃す事だけを考えるんだ」 「マチェク……!!」 ファリルローゼは何度も呼び止めるが、彼は、二度と振り返らなかった――。 |