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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● スタニスワフ・マチェク(iz0105)は開拓者に刺され、負傷の身で領主に捕われ、マチェク以外にヴェレッタの町にいたはずのニコライとトーデンは、気付けば姿を消していた。 二人が何処に行ってしまったのかを開拓者達が知ったのは、辺りから領主に関係する監視の目が消えたと確認された後で傭兵団の一人、ルヴァンと名乗るシノビの男性が開拓者の前に姿を現してからだった。 「ニコライはアイザックに、トーデンは里の傭兵達に今回の件を知らせに行った」 ルヴァンは淡々と語る。 まるで少しでも感情を乗せれば抑えが効かなくなると言いたげに。 「‥‥俺達はボスの意思を尊重するが‥‥だからといって俺達ザリアーの傭兵が君達に協力するつもりはない。この事態を招いたのは他の誰でもない、君達だ」 言い、マチェクの血に塗れた開拓者が抱いていた彼の剣を返して貰おうと手を伸ばし、開拓者は迷いながらもそれをルヴァンに手渡した。 どうしてこんな事になってしまったのか‥‥、それは開拓者達に共通する思い。 後悔。 レディカ夫人を巻き込んだ原因を開拓者達が告白したあの時、転び掛けた彼女にマチェクが囁いたのは「協力はしない」という言葉ではなかった。 「万が一の時には俺を斬るんだよ」と言ったのだ。 彼は彼女達から話を聞いた時点で「二人のマチェク」に関する『罠』に気付いたのだろう。 だからこそ動いた。 夢魔の術中にあるかもしれない村の人々の精神状態を確かめるべく一人一人の元を訪ねて回り、声を掛け、開拓者を信じるよう促した。自分に変身した夢魔が現れる事は無いという確信があればこそ、偽物の自分よりも本物の自分の声を聞き入れるよう、‥‥端的に言えば口説いて回ったのだ。 領民に被害を出さないよう開拓者が動く事も予想した上で、巻き込まれただけの人々の血が流れないように。 「正直、君達の読みの甘さには辟易している」 ルヴァンは言い切った。 「‥‥‥‥ただ、ボスの意思を尊重し、血に塗れてくれた事には感謝する。君も‥‥公開処刑の件を領主に提案してくれたな‥‥ありがとう」 血に塗れた彼女と、その横に佇む彼女。二人の女騎士に頭を下げるも、二人は固く口元を結んだきり声を発する事はなかった。――だが。 「‥‥これで、赤いペンダントを所持しているシェリーヌという女を誘き出す事が出来るだろう」 その言葉にはさすがに顔を上げる。 どういう意味かと問い質せば、ルヴァンはやはり淡々と答える。アイザックと、領主邸に潜んでいる仲間が引き続き領主の身辺を調査した結果、人外の力を使うと思われる女の存在が浮かび上がった事。 朝方に領主の部屋から出て来て壁に消えていくその女は名前をシェリーヌと言い、絶世の美女と形容するに相応しい美貌の持ち主だと言う事。 そして何より、その胸には赤いペンダントが輝いていた、と。 「赤いペンダントは、あのヴァイツァウの乱でロンバルールが所持していたものだ‥‥あの乱の経緯を鑑みればボスの公開処刑を見に来ないはずがない。‥‥ボスは君達開拓者が其処で赤いペンダントを確保してくれると信じているようだ。‥‥君達がその信頼に応えると言うなら、そのために動けば良い。‥‥俺達はボスの救出を最優先に動く」 協力はしないと暗に繰り返すルヴァンは、それきりヴェレッタの町を後にした。 開拓者達がどう動くかなど、自分の知った事では無いと言うように――。 ● 領主邸の地下、一時的に罪人を収容しておく檻の前で、領主は堪え切れぬ笑いと共にその中に放り込まれた男を蔑んだ。 「良い恰好だな、傭兵。手足の自由を奪われ拘束されるというのはどんな気分だ?」 「‥‥さぁ‥‥」 掠れた声が、それでも不敵な笑みと共に告げる。 「領主殿の隣にいる、そちらの女性に拘束されるなら悪い気はしないんだが‥‥生憎、男に拘束されて喜ぶ趣味は無いよ‥‥」 「フンッ、死に損ないの分際で口だけは相変わらずだな」 領主は言い、だが公開処刑のその日まで傭兵を死なせるわけにいかないのも事実。 「せいぜい苦しみながら死ぬ日を待つが良い」 嘲るような笑みと共に言い放つ領主に、傭兵――マチェクは笑みで応じると、その横に並び立つ女に視線を移し、小さく笑う。 「‥‥それにしても、しばらく見ない内に随分と美しい姿になったものだ‥‥」 「なに‥‥?」 聞き返したのは領主。 女は怪訝な顔付でマチェクを見下ろす。 「何を言っているのか‥‥しばらくも何も、以前にお会いした事なんて無いと思いますよ‥‥?」 「‥‥あぁ‥‥君とは初めてか‥‥だが、そのペンダント‥‥」 女の首から掛けられ、胸元で輝く赤い石。 「‥‥それとは浅からぬ縁があってね‥‥」 「世迷言を」 領主は吐き捨て、女をマチェクの目から庇うよう背中に隠しながら地下牢を出て行った。 独り明かりの乏しい地下に取り残されたマチェクは、‥‥微笑う。 (アイザック、おまえの勘は正しかったよ‥‥) あの『赤いペンダント』はただの石ではない。 見る者が見れば判る禍々しさはアヤカシのそれ。 (やはり捨て置いてはおけないか‥‥) 苦く笑えば、痛む傷。 そこに触れながら彼が思うのは、自分が傷付けた開拓者達の事。‥‥傷つけさせてしまった彼女達の事。 (‥‥さて、どうなるかな‥‥) 無論、彼も死ぬつもりはないが、今はただその時を待つ。 誰がどう動くのかを見極めるための時間が必要だから。 ● 翌日、スタニスワフ・マチェクの公開処刑の日取りが公表された。 場所は領主邸に程近い、半径五十メートル程度の円形広場で、当日は外周を柵で囲うという。 周辺には領主の自警団が目を光らせ、もちろん出入り口には自警団が立って侵入者を防ぐ。彼らも傭兵団による襲撃が有る事くらいは容易に想像出来るから。 領主がマチェクの監視を依頼した開拓者達に当日警護の依頼を出すことは無く、その身は自由となり、そんな八人に公開処刑の数日前に届いたのは傭兵団の一人、アイザックからの手紙だった。 これはギルドからの依頼ではなく、あくまでもアイザックからのお願いになる。 報酬も何も無いのに危険度は相当なもの。 それでも手を貸してもらえるなら、どうか力を貸してほしいと訴えるその手紙に、開拓者達の選択は――‥‥? |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ファリルローゼ(ib0401)
19歳・女・騎
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 宿の一室に集まった開拓者は全部で十人。フェンリエッタ(ib0018)、ルシール・フルフラット(ib0072)、フレイア(ib0257)、ファリルローゼ(ib0401)、風和 律(ib0749)、レジーナ・シュタイネル(ib3707)、緋那岐(ib5664)と、彼女達の救援に駆け付けた天宮 蓮華、アグネス・ユーリ、そしてルシールの弟アルベール。 女性ばかりの部屋の空気に少なからず居心地の悪い思いをしている緋那岐の心境を余所に彼女達が行っていたのは『解術の法』。 巫女である蓮華が精霊力を高めるアグネスの力を借りながら、夢魔と接触し、その術中に嵌っていると考えられるルシール、フレイア、律の解呪を試していたのである。 しばらく誰も口を利かない沈黙の時間が過ぎていく。 蓮華の能力が放つ微かな輝きだけが時の流れを意識させる。 そうして数分。 「‥‥妙ですね」 蓮華は低く呟いた。 「妙、とは?」 友人のファリルローゼが聞き返せば、蓮華は困ったように首を傾げて見せる。 「どなたにもアヤカシの術が掛かっているようには感じられないのです」 「そんな‥‥」 怪訝そうな顔をしたのはルシール一人。律とフレイアはどこか納得したような表情だった為、蓮華は言い難そうに、‥‥けれど正直に告げる。 「夢魔を始め、人心を惑わすアヤカシの能力の本当に怖いところは、その術ではありません。術によって一度抉られた心の傷や不安が、術から解き放たれた後も変わらず傷を抉り続ける事‥‥その為に精神的に病んでいってしまう事」 蓮華は言う。 その闇から解放される術は他人には持ち得ない。ルシール自身が己に打ち勝つしかないのだ、と。 「ルシールさんはまだお若いですから‥‥思春期のお心への影響が律さんやフレイアさんに比べて強かったのかもしれません」 俯くルシールを心配そうに見つめるアルベールだったが、しかしルシールはすぐに顔を上げた。 「‥‥それならばそれで、御し易いという敵の油断を誘えるでしょうし、これを活かさない理由は有りません、ね」 どこか強い決意を秘めた少女の瞳を、律やフェンリエッタは「危うい」と感じた。 「己を賭けた覚悟は尊いと思うが、覚悟と無謀をはき違えるな」 「判っています」 律の言葉に淡々と応じるルシールは、微笑んだ。 「ただ、万が一に私がペンダントを身に着けるような事があれば、私には一切構わずにその破壊をお願いします」 「な、っ‥‥」 「ルシールさん!」 姉妹が驚いて制するもルシールは構わず外へ。後を追おうとすればアルベールが「自分が姉と行動します」と言い残して退室し、残された面々はそんな二人を見送るしかなかった。 「‥‥今は何を言っても無理だ。弟に任せよう。それにロゼ、フェンリエッタ、君達はそろそろヴェレッタに発たなければ」 あの町の人々をこのまま放置しておくのも危険だと考えた姉妹は公開処刑までの限られた時間を、あの町の人々への説得に使う事に決めたのだ。 「ルシールさんの事、は‥‥私達も‥‥注意、しておきます、から」 レジーナにも背を押された姉妹は仲間に後を任せ、龍を駆りヴェレッタへ。 「私達も決して一人にはならないよう気を付けましょう」と言うフレイアは、緋那岐と。 律はレジーナと行動を共にするとし、‥‥その一方で誰も何も言わなかったが、あの日以来、一度も顔を見せない秋桜(ia2482)の事を案じていた。 ● 仲間達の心配を知ってか知らずか、秋桜は単身、領主邸の傍に根付いている大樹の上からその様子を伺っていた。 領主の部屋らしき場所を盗み見れる位置に陣取れたのは幸いだったが、つまらなさそうに日々の執務を行っている以外の姿を確認出来ないのが歯痒い。 (このままでは‥‥っ) 彼女を駆り立てるのは紛れも無くマチェクの存在だ。 傭兵団の仲間を自分達開拓者の失態で奪われたにも関わらず、自分達に自らの命を託した男。もしも自分が同じ立場であれば絶対に刃を抑える事が出来ない。怒りで仲間を奪った連中を襲っていただろう。 だから、気に入らない。 気に入らないけれど、だからこそ自分は義を以てあの男に応えなければならなかった。 (今度は私が命を賭ける番です‥‥) そのためにも領主の行動を見張り続ける事に決めた彼女は、その日、領主に来客があった事を知る。それがルシールとアルベールの二人である事は、門から扉まで歩く二人の姿を見かけたから気付いた。 ‥‥ただ、独断で単独行動を取り続けていた秋桜はルシールの現在の精神状態を知らなかったし、領主が部屋を出てしまえば、その動きを追う事も出来なかった。 それが二度目の悲劇を生み出す事に繋がるなど――。 ● 領主への面会を求めたルシールは当然の如く断られた。 それでも折れず、あえて愚かな女を演じて見せればルシール一人でなら面会に応じても構わないという返答があった。 武器はアルベールに預け、ルシール一人で応接間へ――この領主の指示にアルベールは止めた方が良いと姉を止めたが、彼女は止まらなかった。 「大丈夫です」と、それだけを告げて武器と共にアルベールをその場に残し、案内された部屋で待つこと数分。 現われた領主は明らかに呆れていた。 「ホールで随分と泣き喚いてくれたようだが、‥‥そんなにあの傭兵が恋しいか」 直球の言葉をルシールは挑戦と受け取る。 「‥‥恋しくてはいけませんか」 その視線を真っ直ぐに見返し、強い気持ちを失くさないよう自らに言い聞かせながら言葉を紡いだ。 「誰に何と言われようと‥‥っ、あの人に何と思われようと、こんな形で彼を失わなければならないのなら、せめてその最期の時くらい傍に居たいと思ってはいけませんか‥‥!」 その胸中に「食い付いて来い」と念じる相手は『赤いペンダント』。 傭兵団と同じくらい開拓者にも破滅を望んでいるのなら、恋しい男を開拓者に殺させる事もまた一興となるはず。自分を操って見れば良い――それがルシールの狙いだった。 「お願いします、どうか彼の傍に‥‥っ、明日の処刑の時には彼の隣に居させて下さい‥‥!!」 だが、不意に笑いを零す領主の、その瞳が弧を描く。 「なるほど‥‥そうやって愚かな女を演じ、傭兵の傍に居て公開処刑を何とか妨害しようという腹か」 確信を持った相手の言葉にルシールは咄嗟の反応が出来ず。 「それを私があっさり受け入れると思ったのか、馬鹿馬鹿しい」 「‥‥っ」 「さっさと失せろ、不愉快だ」 手で追い払う動作をして見せる相手に、ルシールは引き下がれないと思った。何とか取り入らなければと思案を巡らせるも何も思い浮かばず、動けずにいると、不意に扉が開き――。 「アルベール!?」 傷だらけの弟が放り込まれて来た。彼を連れて来たのは人形と見紛うほど整った容貌に、波打つ長い銀髪の美女。 その胸元に輝くのは首から掛けられた『赤いペンダント』を見てルシールは目を瞠った。 「シェリーヌ‥‥?」 震える声でその名を口にしたなら、美女は穏やかに微笑む。 「やっぱり知られていたのね、私の事‥‥この男の子が私を見かけて後を尾けて来たから、もしかしてと思ったけれど」 「何だって?」 領主は驚きと怒りの混じった表情でルシールを見る。 「貴様、それを誰から聞いた!?」 情報元を明かす事は出来ない、そんな事をすれば自分がまた彼の仲間の命を奪う事になる。そう狼狽する少女に、シェリーヌは微笑んだ。 「別に良いのよ、知られても‥‥それはそれで楽しいわ。シルヴァン、この子、殺してしまいましょう?」 「‥‥本気か?」 何かしらの罪があるわけでもない開拓者を殺すという事には躊躇いを覚えるらしい領主だったが、シェリーヌは構わず続けた。 「この子の死体を見たら、あの傭兵の涼しい表情が変わるかも‥‥それがダメでも開拓者達の目に触れるように街中に晒せば、きっとこの子の仲間達は後悔するわ。どうしてこの子を此処に来させてしまったのか‥‥どうして止められなかったのか‥‥」 後悔して、自らを責めて、そして自分達への怒りを増長させてくれたら、ますます開拓者の心には隙が生まれるだろう。 「楽しいわ‥‥少しずつ皆が壊れていくの‥‥ぜぇんぶこの子が原因で‥‥」 「わ、たしは‥‥っ」 役立たずどころか自分が原因で皆を窮地に陥れてしまう、それだけは避けなければと精一杯の虚勢を張る。 「私が死んだところで、スタニスさんが表情を変えたりはしません‥‥っ」 自分で口にしても胸の痛むその言葉を。 「ええ、そうでしょうね」 シェリーヌはあっさりと肯定した。 「私が傭兵でも貴女の死を悲しんだりしないわ‥‥むしろ呆れるだけ。せっかく命を張って守ろうとしたのに、その貴女が自殺志願者だったなんて」 「自殺なんてっ」 「同じことでしょう? だって、どうやって此処から生きて帰るつもりだったの?」 返す言葉が無かった。 自分に都合良く進む事しか考えていなかった。命を賭した覚悟を持てば、きっと道は開けると――。 「‥‥馬鹿よね?」 くすくす‥‥くすくす‥‥と繰り返される鈴のような笑い声がルシールの力を奪った。膝から崩れ落ち、意識の有無も自覚出来ない程の、‥‥絶望。 アルベールに預けていた武器は無く、彼は傷だらけで気絶させられ、‥‥目の前にいるのは『赤いペンダント』。あのヴァイツァウの乱を起こした首謀者と思われるアヤカシは、‥‥一人でどうにか出来る相手では、ない。 「さようなら、お嬢ちゃん」 シェリーヌの極上の笑顔に誘われるように、領主の手が剣を携えた。 ルシールの心臓を刺し貫くべく振り翳されたそれは躊躇なく少女の命を奪う、かと思われた直後。 「!」 領主の足首を掴んだのは辛うじて意識を取り戻したアルベール、更に。 「!!」 ドンッと激しい衝撃音と粉塵が室内に立ち込め領主らの視界を完全に奪った。 「何事だ!?」 怒鳴る領主と、探るシェリーヌ。 各々の行動が交錯する一瞬の静寂。 しばらくして粉塵が落ち着き、視界の戻ったその部屋に残されていたのは、赤黒い血溜まりだけでルシールもアルベールも既に消えていた。 「逃げられたか!」 「‥‥気にすることは無いわ‥‥開拓者には逃げられても、シルヴァン、貴方の傍にいた内通者は死んだから」 「何だって‥‥?」 「あのお嬢ちゃん‥‥何の役にも立たないかと思ったけれど、鼠を誘き出す餌にはなってくれたみたい‥‥」 楽しげな微笑と共に呟くシェリーヌは、指先を濡らす血を舐め取った。 ● どれくらい逃げた後か。 もう追手も無いと確認してようやく足を止める事が出来た裏路地の一角でルシールを地面に下ろしたのは、秋桜。あの騒ぎに何事かと表へ回った所で姉弟を抱えて逃げる青年――領主邸に十年以上も潜入し続けていた傭兵団の一人、ショーンを見付けた彼女は、即座に手を貸したのだ。彼は、ルシールの武器も奪い返していた。 茫然と座り込んでしまったルシールの様子にショーンは我慢の限界と言いたげに手を上げた。痛々しい音が響き、目を瞠る秋桜の前で彼は怒鳴る。 「どういうつもりだ! あそこに乗り込んで本気で無事に帰れると思っていたのか!?」 相手の激しい怒りにルシールの感情が刺激される。 その瞳に涙が浮かんだ。 「無事に‥‥っ、無事になんて済まなくても良かったんです‥‥!!」 ルシールは叫ぶ。 「これは私の覚悟! 彼のくれた最後のチャンス、何としてでも活かさなくてはならない! そのためなら私は何だってやれる! 何だってする‥‥!!」 「それで自分が死んでもか!」 少女の胸倉を掴み、それを制しようとした秋桜を突き飛ばし、ショーンは更に怒鳴った。 「いいか憶えておけ!! 死ぬ覚悟なんてのは騎士サマの綺麗事だ、生き抜く覚悟の無い奴は戦場に‥‥っ‥‥もう二度とボスに近付くな‥‥失せろ!!」 突き飛ばされて座り込んでしまったままのルシールに手を貸し、アルベールを背負った秋桜。 「‥‥行きましょう」 仲間に促されたルシールは何も言わない、‥‥言えない。 傭兵の言葉が胸に突き刺さっていた。 ‥‥そうして三人が去った後、ショーンの脇の下から落ちたのは拳大の石であり、次いで大量の血がぼたぼたと地面に赤黒い染みを広げていく。 「‥‥だから開拓者なんか‥‥やっぱ助けるんじゃなか‥‥っ」 彼はその場に崩れ落ちた。 抜ける力。 あのアヤカシ相手に一人でどうにか出来るとは、彼だって思ってはいなかったけれど。 ――‥‥騎士の中にも‥‥俺達と同じ、生き抜く覚悟のある者もいるんだよ‥‥だからこそ彼女達は俺を斬った‥‥ 領主邸の地下牢に入れられたボスと、ただ一度だけ言葉を交わす機会を得た。その時の彼の言葉が忘れられなくて。 信じてみないかと言われたから、‥‥だから、彼は。 「ったく‥‥どいつもこいつもボス、ボスって‥‥そりゃあボスは確かにイイ男だけどさ‥‥」 今の自分も結構イイ男じゃないか、と。 嘯く言葉は掠れて、‥‥消えた。 ● 深夜、領主は地下牢で力無く横たわるマチェクを嘲笑していた。 「奴は十四、五の頃からうちで働いていた下働きだったか‥‥十年以上、父の代から仕えてくれていた貴重な人材だったと言うのに、馬鹿な開拓者がいてね。その女のせいで死んでしまったよ」 領主の言葉に、マチェクの表情は動かなかった。 ただ、告げる。 「その下働きの男は死んだが、開拓者には逃げられたわけだ」 「なに?」 「『赤いペンダント』が此処に在るという確信を得た開拓者は、その情報を仲間の元に持ち帰ったんだろう?」 マチェクの指摘に領主の表情が変わり、傭兵は更に追い打ちを掛けた。 「そんな間抜けな領主殿を、あの赤いペンダントはどうするかな」 生かしてはおかないだろうと暗に告げれば、領主の拳が震えた。 「シェリーヌは私を愛している‥‥!」 「しかし『赤いペンダント』は‥‥違うかい‥‥?」 マチェクは微笑う。 「不安なら開拓者にでも警護を頼むと良い‥‥彼らなら、きっと領主殿の命を守る事も視野に入れて動いているはずだ‥‥」 だからこそ自分は此処にいるのだと告げれば、領主は少し考えた後で苛立たしそうに舌打ちし、地下牢を後にした。 そうして再び独りになった牢内。 「っ‥‥」 傭兵の傷が、疼いた。 ● 『赤いペンダント』は確かに領主邸にあった。 シェリーヌが生身であるかどうかはともかく、その胸元にはロンバルールと同じく赤いペンダントが輝き、夢魔が変じたという感じではなかった。恐らく明日の公開処刑にもそのままの姿で何処からかマチェクの死を見物しているに違いないというある種の確証を得たルシール、秋桜から齎された情報は、別行動を取る開拓者チームのアルマに呼ばれた穂邑(iz0002)を通じ、あちら側にも伝えられた。 これで探す相手はシェリーヌ単体に絞られたが、問題は彼女が何処から公開処刑を見物しているかだ。 「領主は当初予定していた見物席の位置を変更するらしい」 それがルシールにシェリーヌの事を知られたが故かは不明だが、と、霧葉紫蓮が集めて来てくれた情報を皆で共有する開拓者達だったが、その中に姉弟の姿は無い。 アルベールは身体的に。ルシールは精神的な傷が深く、明日の公開処刑の際に起きるだろう事態を鑑みれば作戦に参加させない方が無難だという結論に至っていた。 「‥‥私達のせい、だな」 ヴェレッタの街から戻って来たばかりのファリルローゼが沈痛な面持ちで語る言葉に、そっと手を添えるフェンリエッタ。 二人は先程ヴェレッタの街から戻り、あちらの人々は公開処刑の場には立ち会わない事。開拓者と傭兵団を信じ村で待機し続けると約束してくれたという報告を済ませていた。 姉妹は自身の役目をしっかりと果たして来たのだ。 だからレジーナは首を振る。 「いいえ‥‥お二人のせいじゃありません。私達に任せて下さいと言ったのに‥‥結局何も出来なくて‥‥」 「それを言うなら私もです‥‥勝手な行動で何もかもが後手に回ってしまいました‥‥」 秋桜まで自身を責める言葉を口にするから律は大きな溜息を吐いた。 「後悔や反省なら後で幾らでも出来る。今はとにかく、明日の公開処刑の場で事態を好転させる事だけを考えるべきだ」 「同感です」 フェンリエッタは頷き、これまでの情報を自分なりに考え、纏めた。 「‥‥そもそも、これまで領主とアヤカシが繋がっている事を隠し続けて来たのに、今になってそれを明かすような行動に出たのが気掛かりです。幾らお二人を生かして帰すつもりがなかったにしても、これまでの慎重かつ狡猾な展開を思い返せば、シェリーヌがわざわざ姿を現した事、それ自体が不自然だと思いませんか?」 「はい‥‥」 レジーナが頷き、ファリルローゼが続く。 「これも此方の勝手な推測になるが‥‥やはり『赤いペンダント』にとって領主は単なる傀儡に過ぎないのではないだろうか。マチェクを捕え、その死を見る事が出来れば領主は用済み。それこそ、傭兵団に領主を殺させれば一石二鳥だし、‥‥赤いペンダントの関与に気付きながら奴の思惑通りに事を運ばせれば、私達がどれほど自身を責めるかは想像に難くないはずだ」 「‥‥それだけ奴は自分の『勝利』に自信がある、というわけか」 姉妹の推測に、律がそう結論を出す。 『赤いペンダント』がどのような能力を持つか正確には判らないが、少なくとも昨年のヴァイツァウの乱で何千という開拓者、騎士達に苦戦を強いさせたアヤカシの大群はあれの仕業だったはずだ。明日の処刑の場にドラゴンやガーゴイルが現れる可能性も否めない、つまりはそういう事だろう。 明日は領主の身も守らねばならなさそうだと考える一方、フレイアは言う。 「‥‥もう一つ気掛かりなのは、お二人を領主邸から逃がしてくれたという青年ですね‥‥恐らくは領主邸に潜り込んでいたという傭兵団の方なのでしょうけれど‥‥」 「生きていれば良いけどな‥‥」 緋那岐の呟きに静まり返る室内。 あの後で心配になり、秋桜が彼と別れたという場所に行ってみたフレイアと緋那岐は、其処に大量の血溜まりが残されているのを確認していた。 姿こそ無かったけれど、あの出血量では、‥‥恐らく。それがルシールの心にトドメを刺したと言っても良い。 彼女の行動は貴重な情報を仕入れるに至ったがその代償は大きく、また、自分達が傭兵団の仲間を死なせてしまったという自責の念はそれ以上に深い。それだけでも『赤いペンダント』の思惑通りなのだと思う。 「とにかく」 律は言う。 「勝負は明日だ」 開拓者達は言葉もなく頷き合った。 今日までに律とレジーナが聞き込んできた情報によれば、レディカ夫人を始め、この街の人々がザリアーの男達にとても好意的である事は明らかで、明日の公開処刑を見物に来る人は相当な数になる事が予想される。一方、フレイアと緋那岐が主に聞いて回っていた偽ザリアーに関する情報や、行方不明者等の情報は皆無だったが、かえって何の情報も無いのが怪しく感じられない事もない。 ともかく、全ては明日の公開処刑の場で決まる。 ● 当日、正午。 開拓者達はそれぞれの持ち場に付いていた。 秋桜は樹の上。 フェンリエッタに頼まれて駆け付けた鴇閃とニノン・サジュマンは蓮華と共に処刑場に出入りする全ての者を瘴索結界で確認すべく柵の入り口付近に控え、姉妹がそのすぐ傍で待機。 フレイア、律、レジーナ、緋那岐、紫蓮、アグネスは見物人を装い人混みの中へ紛れ込んだ。 公開処刑を見物に来た人々は五百人前後。街の人口四分の一の人々が集まったのは偏に処刑される人物が傭兵団ザリアーの長スタニスワフ・マチェクであるためだろう。 また、単身民家の屋根に陣取り壱師原筒を構えていたのはカメリア。万が一にマチェクの処刑が執行されようとしたなら、その銃で処刑人を妨害、彼を救うためである。 かくして準備万端となった開拓者達に訪れた処刑時刻間近。 一台の馬車が領主邸から真っ直ぐに広場に向かって来る。外周を鉄格子で覆われているのは罪人が乗っているからで、其処にマチェクがいるのは間違いないと誰もが思った。 だが、馬車が入口を駆け抜ける瞬間に試された巫女達の瘴索結界に反応したアヤカシの気配。 まさかと思いつつも蓮華から姉妹に伝えられる疑惑。 処刑場で馬車から降りたのはマチェク、大剣を携えた処刑人、マチェクの罪を記載した書面を持った人物の三人。誰の首にも『赤いペンダント』は掛かっていないが、誰かは間違いなくアヤカシであり、疑惑は前以て打ち合わせていた合図で全ての仲間に伝えられた。 処刑場の中央まで柵の外からでは五十メートルという距離があり、志士の心眼も弓術士の鏡弦も条件が合わない為に誰がアヤカシかという特定には至らないまま、マチェクが処刑場に跪かされた。 そうして準備が整った頃になって領主邸からもう一台の馬車が悠々と近付いてくる。 その馬車に付き従うように馬に乗ってやって来るのは劉 厳靖。 姉妹は警戒心を緩める事無く領主の馬車に近付き、処刑の前にマチェクの死を以てヴェレッタの人々の罪を不問にするという約束を求めた。 その約束を、この街の人々の前で宣言して欲しい、と。 これに対し領主は、この処刑の中で自分の身を守るのならば姉妹の要望を受け入れると応じた。アヤカシに狙われる事を危惧する領主の態度は、紛れも無く昨日のルシールの行動の結果だった。 ヴェレッタの街の人々は、これで無罪放免。 開拓者達の望みは残すところマチェクの命一つ。 それを確認した吟遊詩人アルマが奏でた怪の遠吠えに反応したのはたった一人――マチェクだ。 まさかという思いもあったが、これまでの経緯を思い返せば「もう一人の彼」が居ても不思議はなく、真っ先に動いたのはそれを知らされていた厳靖だ。姉妹に領主を任せ、馬を駆って傭兵の姿を模したアヤカシに挑むと同時、処刑執行人であるはずの男が罪人の縄を切り、持っていた大剣を渡した。 恐らくは魅了済み。 ならばその正体は、やはり夢魔。マチェクに領主を殺させれば傭兵団は今度こそ終わりだという開拓者達の読みは当たっており、アヤカシはこういう方法を選んだのだ。どこか稚拙な罠のようにも感じたが、今はとにかく敵を倒すのが先決。そうして厳靖と夢魔の戦闘が始まると同時に高所に居た開拓者達が気付いたのは、空から、地上から迫り来る数百のアヤカシの群れだった。 これもすぐに仲間へ知らされ、開拓者達による避難誘導が開始されるが、人々がアヤカシの姿を視認するまでそう時間は掛からず、更には多くの開拓者達が人混みに紛れていたせいでアヤカシとの戦闘態勢を整えるまでに時間が掛かった事が災いした。 辺りはパニックに陥る。 避難しろという声が掻き消されるほどの阿鼻叫喚。 それを沈めたのは、万が一の際にはマチェクの命を最優先にすると語っていた傭兵達――三十名に及ぶ彼らはそれぞれに馬を駆り、その馬の背上から人々に向かって声を張り上げる事で避難経路を示したのだ。 開拓者達が万が一の時には処刑を妨害してマチェクの命を守るという作戦を立てている事を、アイザックを通じて知らされ、外周に陣取っていたからこその準備だった。 かくして漸くアヤカシとの戦闘に集中出来た開拓者達は全力を尽くす。 ただ一人の犠牲も出すまいという決意を胸に、戦い続けた。 宿の窓からアヤカシの襲来を知ったルシールもまた、このまま閉じ籠っているだけでは本当にただの役立たずだと自らを奮い立たせた。 外に出、混乱する人々に逃げ道を指示し、その殿に付く。 「もう‥‥誰の命も奪わせない‥‥!」 そのための剣を振るった。 続く戦闘の最中に領主邸から轟いた激しい衝撃音。 粉塵を主とする濃い煙が上がるのを見て領主が舌打ちした。 「クソッ‥‥フェイカーの奴め‥‥っ、この混乱に乗じてシェリーヌを私から奪い、逃げ去るつもりか‥‥!!」 領主の息も切れ切れの台詞に、彼を守っていた姉妹は目を瞠る。 「フェイカー‥‥?」 「それはどういう意味ですか」 「おまえ達には関係のない事だ! おまえ達は私の身を守ればそれで良い! 今すぐに邸に迎え!」 「関係が無い、では済みません‥‥っ」 言い返したのはフェンリエッタ。‥‥もう、我慢の限界だった。 「確かに私達は帝国の騎士の家に生まれ、開拓者となった今もその根本は変わらない‥‥っ、この土地を治める領主様を始めとする方々の剣となり盾となる事は己の役目と心得ています‥‥けれど‥‥っ、けれど! 私はそれ以上に必死に生きようとする人々の命を守りたい! そういう人々こそを守りたい!!」 あのヴェレッタ周辺の村で生きる人々や、この街の人々。 仲間。 ‥‥傭兵団の、彼らも。 「貴方がアヤカシと手を組んだがために失われた幾つもの命‥‥っ‥‥私は彼らをこそ守りたかった‥‥!!」 今にも泣き出しそうなのに、涙一つ零さずに訴えるフェンリエッタを、ファリルローゼは支え。 しかし領主は鼻で笑い飛ばす。 「アヤカシと手を組んだ、だと? 私を愚弄するなっ、私はアレを利用してやっただけだ!!」 領主は声高に叫んだ。 『アヤカシと手を組んだ』 その言葉が癪に障ったのか、‥‥なけなしの人間としての自尊心が傷ついたのか、逃げ惑う人々が自分の耳を疑い、思わず足を止めてしまう程の大声でそう言い放った。 「アヤカシの分際で偉そうに私を出世させてやるなどと‥‥私は私の力で伸し上がれるものを!!」 「フェイカーとは『赤いペンダント』の事か‥‥? 自分の力で伸し上れると言うなら何故フェイカーの誘いを突っ撥ねなかった! 結局はアヤカシと手を組んで」 「組んだのではない! 利用してやったんだ!!」 言い募るファリルローゼを遮り、領主は同じ事を言い返す。 「勘違いするな、私は一人でもやれる‥‥っ、だがフェイカーはシェリーヌを利用した‥‥っ‥‥あんなにも美しい女がアヤカシの手駒にされるのは忍びない、あの器量ならば私の妻にも相応しい! シェリーヌを奴から解放させるために手を組んだフリをしてやったに過ぎん!!」 「っ、これが‥‥今までの全てが人助けだったとでも言うつもりか‥‥!?」 「ああそうさ!」 領主は恥ずかし気も無く言い放った。 フェイカーは傭兵団を邪魔だと言い、領主にとっても傭兵団は出世のために使える手頃な駒だった。 更に領主はシェリーヌに惚れた――開拓者達にしてみれば、それも赤いペンダントによる魅了の類だったのではないかと推察出来るが、幾ら利用したと言い張ってはみても結局はアヤカシの手に堕ちた領主には冷静な自己分析など不可能だったろう。 利用したつもりで利用され。 こうして殺されかけて。 ‥‥それで己の身を守れと、これまで散々愚弄して来た開拓者達に命じる『恥知らず』。 「あんた‥‥っ」 不意に怒りの滲む声を発したのは、避難途中の領民。 「あんたそれでも領主か‥‥!?」 「最低だわ‥‥っ、こうしてアヤカシに襲われているのもあんたのせいってことじゃないの!!」 「何だと無礼者が!!」 領主に掴みかかりそうになる領民を姉妹は懸命に制し、今は安全な場所へ逃げるよう促す一方で、心は怒りに震えていた。 「‥‥フェンが傍にいてくれて良かった‥‥私が一人なら、もしかしたらこの男を殺していたかもしれない‥‥」 「‥‥それは私も同じだわ‥‥っ」 声を震わせながらもその衝動を抑え、姉妹は領主を連れて邸に向かう。 律とレジーナ、緋那岐とフレイア、彼女達が姉妹の移動に気付いたのは姉妹がフェイカーの名を知ってすぐの事。先刻の、領主邸から聞こえた激しい衝撃音が合図であったかのように脅威の波は徐々に引き始めていた。 「‥‥嫌な予感がするな」 律の呟きにレジーナは頷く。 「行きましょう」 公開処刑の場に連れ出されたマチェクが本人ではなかったのなら、本物の彼は今も領主邸にいるのかもしれない。 「怪我は平気ですか?」 「ああ、これくらいは何ともない」 互いに満身創痍と言っても過言ではない状態だったものの、まだ動けると胸を張る緋那岐に、フレイアは微笑む。 単身アヤカシと戦っていた秋桜も、ルシールも、人混みの中に仲間の姿を見付けて動き出す。 「‥‥此処はお任せしても?」 秋桜が馬上の傭兵に声を掛ければ「勝手にしろ」という淡々とした応え。秋桜は深々と一礼し、後を彼らに任せた。 ● そうして皆が集った領主邸の前。 既にシェリーヌ――彼女に憑いた『赤いペンダント』ことフェイカーは逃げ出した後だったが、傭兵団の仲間に支えられるようにして此方に向かって来るマチェクの姿を見て開拓者達は安堵した。 同時に、その後方から傭兵達に支えられ、または背負われて邸から出て来るリディエール、イリス、トカキ、アイザックの姿には心配と申し訳ないという気持ちが募る。その傷だらけの姿を見ただけで、彼らがたった四人で黒幕と対峙した事は明らか。 あれだけのアヤカシの群れに襲われ、数多の群衆を避難させなければならなかったのだ。各々合図や呼子笛での伝達方法を事前に確認し合っていたとはいえ、予定通りに進めるには場が混沌とし過ぎていた事は皆が判っているから、誰一人責めも責められもしない。 読みが甘かったと反省するだけだ。 「君達も無事で何よりだ‥‥」 マチェクは駆けつけた開拓者達一人一人の顔を見てそう声を掛け、最後に姉妹に連れられて来た領主に目を止めた。 偶然か必然か、彼がアヤカシを利用していたつもりでこのような事態を招いた事は領民にも知れた。時間が経てばそれは噂話となって街中に知れ渡り、今後の開拓者と傭兵団の行動を後押しする事になるだろう。 ただ、その代償があまりにも大き過ぎる事を開拓者達が知るのは、もう間もなくの事だった――‥‥。 |