策謀〜躙り寄る悪意 2
マスター名:月原みなみ
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2011/05/07 02:47



■オープニング本文

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 その夜、領主シルヴァン・ヴィディットは明かりの無い寝室の窓辺に立ちながら昏い笑みを浮かべていた。
 その手に握られているのは一通の手紙――開拓者の一人がレディカ夫人に宛てたものだ。
「仲間の見えぬところで動く女‥‥使えるかと思い見張っていれば案の定、か」
 先日、開拓者ギルドに傭兵団ザリアーの監視を依頼した直後、夫人の名前で「赤いペンダント」捜索の依頼が出されていたのは知っていたが、女性が装飾品を所持し紛失したから探してほしいという内容自体は特に不自然でもなく、記憶に留めるまでに済ませていたが、この手紙で彼女の関与が明らかになった。
 ヴェレッタの町で傭兵団のボスが命の恩人だと讃えられ、叛乱を起こそうとしている首謀者だと言う事が、開拓者にも、そして『本人にも知れた』ようだが、その本人は何食わぬ顔で居座っているというし、彼の動揺を誘うべく親しい開拓者を殺そうとするも邪魔が入り助かってしまった。
「しかし、あの夫人に何かがあれば、‥‥どうかな」
 領主は手紙を持って来た男を手招きし、命じる。
「人を雇え。金で人を殺すことも厭わない連中を、‥‥その『顔』を存分に使ってな」
「お任せを」
 一礼した後に体を起こした男の顔が、月明かりに照らされて露わになる。
 それはスタニスワフ・マチェク、その人の顔。


 更に領主は、レディカ夫人の名前で出された依頼を受けた開拓者を調べ、その名前と、先日から自分の周辺を嗅ぎ回っている男達がそれだと察するに至った。
 自分の情報が洩れすぎている点にも着目し、邸内に内通者がいる可能性を考慮。スパイ探しを開始する事になる。
 領主は、赤いペンダントを探す者が自分にとっての危険因子である事を最初から知っているのだから。


 そして、それから二日後。
 夜盗に襲われたレディカ夫人の農場で、十数名の負傷者と、二名の死者が出る――。



 マチェクが傭兵団の仲間をレディカ夫人の農場に潜り込ませていたのは、これまで自分達と懇意にしている彼女が何らかの形で巻き込まれる事を危惧したからだが、アイザックが依頼を出す際に彼女の名前を借りただけなら実際に襲われる可能性は低かったはず。
 女性ならペンダントの一つや二つ所持していても不思議はないし、彼女が『赤いペンダント』に関わっている確証を敵方に与えているはずはなかった。
 事実、彼女は何も知らなかったのだ。
「それなのに‥‥っ!」
 現状報告のためマチェクと接触していたアイザックは唇を噛み締めた。
 農場が荒らされ、夫人が負傷し、‥‥そして仲間が死んだ。
「俺のせいです‥‥!!」
「‥‥どうかな」
 己を責める部下に、珍しく固い表情で口を切るマチェク。
「おまえ達の捜索状況を聞くに、敵方に夫人が関与しているという「誤解」を与えるような行動は無いように思う。それでも夫人が関係者だと判断され巻き込まれたのなら、敵方には他に何らかの確証があったはずだ」
 それが何かは判らないが、‥‥いや、と首を振るマチェク。
「疑えばキリが無い、か」
「え‥‥?」
 聞き返す青年に微笑で応じ、その肩を叩く。
「仲間の弔いのためにも凹んでなどいられないよ」
「‥‥っ‥‥はいっ!」
 そうしてようやく瞳に力を取り戻した青年と二、三打ち合わせた彼は、引き続きペンダントの捜索を続けるよう命じた。
 開拓者に仲間の死を伝える必要もない、彼らがアイザックと同じように己を責めないとも限らないからと告げれば青年は素直に納得したらしかった。


 アイザックが出て行き、部屋に独りになった彼は卓に肘を付いた手で頭を抱えた。
 静かに、長く、‥‥重々しい吐息。
 考えるのは自分の監視を請け負った開拓者達の事だ。
 彼女達は今日にでもヴェレッタの町で知り得た情報を領主に報告するだろう。ありのままを伝えれば傭兵団への制裁命令が下り、嘘を吐けば「おまえ達も傭兵団の仲間か」とその場で拘束――下手をすれば開拓者としての資格を剥奪されて罪人街道まっしぐら。彼女達もまた領主の監視を受けていたのだ。嘘が通じるはずもない。
 結局、領主は誰も信じていないのだ。
 自分が裏で糸を引いているという証拠を掴まれなければ彼には言い逃れる術が幾らでもあり、証拠など掴ませないという自信があるから次々と手を打ってくる。
 今回の、夫人の農場が襲われた件だけではなく、近隣の村で単独行動を取っていた開拓者が殺されかけた一件もそうだ。偶然に起きた不審火で宿の主人が彼女を叩き起こしたため死は回避されたが、不審火が起きなければ彼女は「夢」で殺されていた――‥‥その事をマチェクが知っているのは、不審火を起こしたのが彼の命令を受けて開拓者の警護に付いていた、志体を持ち、シノビの技を体得しているルヴァン。
 マチェクはトーデンとニコライの他にもう一人、隠密裏に仲間を連れて来ていたのだ。
 その彼に言わせれば「開拓者は油断し過ぎ」で、マチェクもそう思うが、単独行動をする開拓者がいたから敵の正体を見破る貴重な情報を引き出せたのも事実。
 ヴェレッタで集めた情報を彼なりに纏めれば『自分の偽物が居る』であり、似ていると表現するには酷似し過ぎているもう一人の自分は何者かが化けたと考えられ、あそこまで人々の心を引き付けるのは、魅了や、その類の特殊能力を使われた可能性が高い。
 変身、魅了、そして単独で眠る者を「夢」で死に至らしめる‥‥それらに当て嵌まるのは、サキュバス(夢魔)。
 開拓者はそれに気付くことが出来るだろうか。
 それを誘き出す事が出来るか?
 領主とアヤカシの関係を白日の下に晒せるか‥‥?
「‥‥手を組めば可能か‥‥いや、いま手を組むには、おまえ達の死が重過ぎる‥‥」
 マチェクは再び息を吐き出し、腕に顔を埋めた。
 開拓者と協力する事で現状を打開出来るかもしれないが、協力した上でまた今回のような事が起きれば、傭兵団だけでなく開拓者も終わりだ。
 夫人の名で出された依頼に関わっている開拓者達に疑惑の目が向けられるのも時間の問題だろうし、‥‥恐らくは領主邸に潜り込んでいる仲間の身にも危険が及ぶ。
 仲間の死の要因として開拓者を疑う一方、傷ついて欲しくないと思う開拓者もいるから、彼は。
「困ったものだな、感情というのは‥‥」
 自嘲気味な笑いは次第に掠れ。
 一人きりの部屋にひっそりと響く言葉は、失われた命への謝罪。
 何よりも守りたかった大切な仲間。

 彼は、珍しく迷っていた。



 領主は「ヴェレッタの町で見て来た「真実」を伝えよ」と開拓者達を呼び出した。
「もしも傭兵団の裏切りが判明したなら、彼らへの制裁を」
 それが最初からの領主の依頼。
 そして領主は開拓者達を前にし「三日以内に」という期限を付け加えた。裏を返せば三日の猶予が設けられた事にもなる。

 開拓者が真実を語るか、嘘を語るか、領主は待つ。
 その懐に赤い輝きを忍ばせながら、口元に笑みを湛えて――。


■参加者一覧
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ルシール・フルフラット(ib0072
20歳・女・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ファリルローゼ(ib0401
19歳・女・騎
風和 律(ib0749
21歳・女・騎
レジーナ・シュタイネル(ib3707
19歳・女・泰
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰


■リプレイ本文


 領主に「報告を」と求められ、再び訪れたその町で開拓者が耳にしたのは縁あるレディカ夫人の農場で火事が起きたという噂話。更には死者も出たらしいという情報に言い様のない不安が彼女達を襲った。
 あの晩――秋桜(ia2482)の監視下にあったスタニスワフ・マチェクと、フレイア(ib0257)の前に現れたスタニスワフ・マチェク。同時刻に二人のマチェクが居た事は各々が得た情報を共有した際に明らかになり、ファリルローゼ(ib0401)を「ロゼ」と呼ばなかった方が偽物と判ずるのは容易だったが、その偽物がフレイアの手元から持ち去った手紙の行方を案じていた彼女達にとって、夫人の農場で起きた災事はある種の予測を立てるのに充分な材料であり確認したかったが、自分達が夫人の農場に向かうわけにもいかず、代わりに確かめるべく呼び寄せられたのがファリルローゼの友人である雨宮 蓮華と、ルシール・フルフラット(ib0072)の弟アルベールだった。
 確認を二人に任せて領主邸を訪れた八人の開拓者は、領主の求めに応じてヴェレッタの町で見て来た自分達の『真実』を語る。
 曰く、傭兵団ザリアーが叛乱の首謀者である可能性は有る。だが、その可能性を示唆する武器の収集、戦いの稽古等はアヤカシに対し自衛する町を助けているようにも見える。マチェクの直接的な行動も未確認で『叛乱の首謀者』とし断罪するには弱い。もうしばらくの調査が必要だと。
 フェンリエッタ(ib0018)の冷静で淡々とした報告に僅かに眉を潜めた領主へ、言葉を重ねたのはフレイア。
「領主様も傭兵団の彼らには仕事が出来るようになって欲しいと仰せでした。それに、私達に彼らの監視を依頼されたのも「彼らに害意は無い」という第三者の証言が必要だったからであるはず‥‥今しばらくお時間を頂ければその証拠も」
「結論有きは目を曇らせる」
 フレイアの言葉を遮るように風和 律(ib0749)が言い放った。
「確かに『やった事』だけを見るならアヤカシを撃退し村の人々に身を守る術を与えただけだが、それが叛乱を起こそうと目論んでいるが故である可能性とて否定出来まい」
「それは‥‥」
 ルシールが言い掛けるも、それを更に遮って。
「だが猶予を設けて更に調査を続けるという意見には賛成です」
 律は領主に向けてその言葉を告げた。
「彼女達の贔屓目が正しくマチェクが叛乱首謀者でないのなら問題は無いでしょうが、何ら確証の無い現時点で監視を止めれば彼らの計画は継続され、かと言って予防のため制裁を加えるに至ればそれが叛乱の起因になりかねません」
「律‥‥君はマチェクを疑うのか」
 ファリルローゼが悲しげな声を出せば、律は彼女を一瞥し鼻を鳴らす。
「ふん。奴を盲目的に信じるのは危険だと言っているだけだ」
「しかしっ」
「お姉様」
 言い募ろうとするファリルローゼをフェンリエッタが止めた。開拓者同士の間に流れる険悪な雰囲気に領主は肩を竦め、誰もが誰かを疑っている様子にはレジーナ・シュタイネル(ib3707)が怯えた表情で緋那岐(ib5664)の後ろに隠れてしまっていた。これまで他の面々のようにマチェクとの繋がりが皆無である緋那岐の存在は、怖がりの少女にとって唯一の拠り所だったのかもしれない。
 領主はそんな開拓者一人一人を見遣り、再び息を吐く。
「確かに、私はあの傭兵達に仕事を回したくて君達に監視を頼んだ。あの周辺に暮らす人々にアヤカシが頻出するのなら自衛の手段を講じろと言った覚えもある。武器の収集、稽古、それらが傭兵団による自衛の一環であるなら何ら問題が無いわけだ」
 言い、領主は頷いた。
「調査の続行は認めよう。君達に三日の猶予を与える。三日以内にスタニスワフ・マチェク率いる傭兵団の罪の有無を明らかにし、連中が真実、無罪であればその旨の報告を。逆に叛乱の首謀者であるならばその場で制裁を加えてもらう。――繰り返すが、三日だ。三日後の正午までに必ず『結果』を出すんだ。‥‥良いな?」
「承知しました」
 そうして退室する彼女達には時間が無く、険悪な雰囲気のまま部屋を離れていく彼女達の背をじっと見ていた領主に声を掛けたのは、一人部屋に残っていた秋桜。
「‥‥あの者達は所詮スタニスワフ殿の友人です。これから更に三日間の調査を進めたところで手緩さが無いとは言い切れませぬ。そして、今のまま制裁を加えるに至れば大帝様に報告する御領主様の手柄としては弱過ぎましょう。‥‥領主殿に何か良き手はございませぬか? 無論、ギルドへの報告は私が誤魔化しますから」
 秋桜の台詞に怪訝な顔をして見せた領主は、笑った。
「誰が手柄が欲しくて今回の監視を頼んだ? 君の言い方では、まるで私が傭兵団への制裁を望んでいるようではないか」
 秋桜のそれは、明らかな失言。
 領主の笑みが強まる。
「さぁ、仲間と共に行くと良いよ、シノビの娘」
「‥‥失礼します」
 領主の視線が秋桜の背筋に悪寒を走らせた。
 そうして誰もいなくなると、領主は愉快そうに笑った。
「‥‥貴様らが『もう一人の傭兵』に気付いていないと装う事でアレを誘き出すつもりなら、それは私の計画通りだよ‥‥」
 せっかくアヤカシの関与を疑わせる舞台を『整えてやった』と言うのに、あえて自分の予想通りに動いてくれる開拓者達。
 そのままアヤカシの手の上で踊らされて大切なものを失えば良い、と。
 それは、誰の思惑だったのか――。



 領主の思惑も知らぬままヴェレッタに入った一行は、町長の家に向かう途中でマチェク達傭兵と遭遇した。無意識に本物だろうかと身構えた開拓者達に対し、マチェクの後方にいた団員二名、ニコライとトーデンが鬼のような形相で睨み付けて来る。
 驚く開拓者達の反応から部下の様子を察したらしいマチェクは失笑。
「落ち着け」と二人に声を掛けている。
 そうして彼女達との擦れ違いざまに掛けられる言葉は。
「やはり君達も来たか、‥‥俺への制裁の為かい?」
「どうするかは『証拠』を掴んでからだ」
 真っ先に即答したのは律。
 マチェクは「それは楽しみだ」と笑い、来た道を指し示す。
「君達にお客さんだよ。あの二人も傭兵団員だという事にしておいたから安心して話すと良い」
 言われ、確かめてみれば町長宅の傍にいるのは蓮華とアルベール。それきり遠ざかっていくマチェクの後ろで、傭兵二名は最後の最後まで開拓者を睨み付けていた。
 その事に疑問を感じつつ蓮華、アルベールと合流を果たした八人は、各自行動に移る前の最後の情報共有を開始する。前回のヴェレッタで過ごした日々の事、各々が自分の目で見たもの、耳で聞いた事――蓮華の瘴索結界で周囲にアヤカシの存在がない事を確認しつつ進められる情報共有が、レディカ夫人の農場で起きた火事こと傭兵団ザリアーによる襲撃事件の話になると皆の顔色が変わった。
 蓮華一人では夫人に胡散臭がられただろうが、以前にも顔を合わせているアルベールのお陰で信じて貰う事が出来、また、アルベールは偶然にも現地でアイザックと会う事が出来たと言う。
「夫人は、マチェクさんの傭兵団が自分の農場を襲うなど考えられない、あれは偽物だと断言されていました。被害届を出すつもりもないようですが‥‥ただ、アイザックさんはどうして夫人が狙われたのか理由がはっきりしないと困惑していましたね」
「そう、ですか」
 弟の報告にルシールの表情が曇る。
 他の面々も俯いたり、視線を逸らしたりするため、アルベールも追及しない方が良さそうだと察した。
 だから。
「あぁ、あと姉さんとファリルローゼさんに伝言が」
「伝言?」
 聞き返す姉に、アルベールは言う。
「ええ。夫人の農場が襲われた際に、二名の従業員が亡くなられたそうなのですが、そのお二人の名前を伝えてくれと」
「名前?」
「ええ。マーヴェルとユーリーと言えば二人には伝わるかもしれないから、と」
「――」
 その二人の名前を聞いて瞠目したのは、伝言を届けられたルシールとファリルローゼだけではない。フェンリエッタも、律も、‥‥何度か傭兵団が主催の宴に参加している彼女達には聞き覚えがあった。
「‥‥っ」
 先刻の傭兵達の目付きを思い出して、納得する。
「なんて事だ‥‥!」
「お姉様!」
 ファリルローゼが青い顔で立ち上がり、既に見えないマチェクの背中を追うように走り出し、フェンリエッタが追う。単独行動は絶対にさせない。
「‥‥その方々が、何か?」
 フレイアの問い掛けに応えたのはルシールだ。
「同名というわけでなければ‥‥」
 アイザックがわざわざ伝言を頼んだのだから別人なはずがない。ならば襲われた農場で失われた二つの命、それは。
「マチェクさんの‥‥傭兵団の仲間の方々、です」


 アイザックがどういうつもりで仲間の死を伝えたかったのか――ボスから「伝える必要はない」と釘を刺されておきながら、なお知って欲しいと望んだ若き傭兵の本心など彼女達には知る由もない。
 ただ、偽物が出現するかもしれないという状況の中でそれを伝えたアイザックは紛れも無く本物だった。
「マチェク!」
 ファリルローゼの呼び声に足を止めて振り返る傭兵達。
「どうした、ロゼ。そんなに息を切らせて」
「いま‥‥っ、今、あの二人から、話を聞いて‥‥っ」
「話?」
「レディカ夫人の‥‥っ‥‥、君達傭兵団の仲間が‥‥っ」
 走ったせいで息が上がっている以上に、その事を言葉にしてしまう事が怖かった。事実だと知る事が、怖かった。
 マチェクが傭兵団の仲間をどれほど大切に想っているかをファリルローゼは知っているのに、その仲間の死を誘発したのは――。
「すまない‥‥っ」
「ロゼ?」
「本当にすまない‥‥!」
 膝に両手の拳を押し付けながら頭を下げて謝罪する姉の姿に、追いついたフェンリエッタも目頭が熱くなるのを抑えられず、また、後を追って来た他の開拓者達も同様。
 マチェクは抑揚のない声で問うた。
「何を聞いたかは察しが付いたけれど、それでどうして君が謝るんだい?」
「‥‥っ」
「それは」
 言葉を飲み込むファリルローゼを制するように声を発したのは、フレイア。
「ロゼさんが謝る事ではありませんわ。謝るべきは私です」
「君が?」
「レディカ夫人を巻き込んだのは私の浅慮が招いた結果です」
 傭兵達の前に進み出て、あの晩に自分がレディカ夫人宛てに一通の手紙を書いた事。その手紙をマチェクに持って行かれたが、その後、秋桜が同時刻にマチェクを監視していた事が明らかになり偽物の存在が判明した事など、なるべく端的に自分が原因だとする経緯を話すフレイアへ。
「貴っ様‥‥!」
「おまえのせいであの二人が‥‥っ!?」
 トーデン、ニコライが怒りを露わにし、声を荒げた。
「それでよく俺達の前に顔が出せたものだな!? 恥を知れ!!」
「ニコライ」
「止めんで下さいボス! マーヴェルもユーリーもまだ若かった! これからが楽しみな連中だったんだ!! それをこの女が‥‥!!」
「ニコライ」
 再度制する、その声の低さに傭兵達がぎょっとし。
 そして――。
「! マチェク‥‥っ!?」
 彼は剣を抜いた。
 何を、と皆が考える間もなく軌跡を描いた刃はフレイアの髪の毛を数本切り落とし、その首元で止まっていた。
「――‥‥っ」
 誰もが息を呑む。あれほどフレイアに怒りを募らせていた傭兵達でさえ一瞬にして頭が冷えたらしい。
 本気で殺すかと思ったと後に皆が語るほどの凄まじい殺気を一瞬にして放出、霧散させたマチェクは薄く笑った。
「二度と俺達の前に顔を見せないでくれ。それが君のためだ」
 剣を鞘に戻し、そう言い残して踵を返したマチェクを、ニコライとトーデンが慌てて追う。
 そしてファリルローゼが。
「待てマチェ‥‥っ、ぁ‥‥っ」
 彼を追うために走り出そうとするも、一瞬前の驚きで体が震えていたせいか、足がもつれて転びそうになる。
 マチェクはそんな彼女を寸でのところで支えた。
「‥‥何も無いところで転べるのも才能かい?」
 皮肉っぽい響きに、だが、ファリルローゼの応えは眼差し一つ。
 それ以外は必要ない。
 時間にすればほんの僅かな交わりを経て、マチェクはファリルローゼの耳元に何かを囁いた。そうして今度こそ立ち去った彼らを秋桜が追う。
 監視の役目は継続されているからだ。
「お姉様。マチェクさんは、何て?」
「‥‥私達に協力するつもりはない、と」
 フェンリエッタに聞かれて答えるファリルローゼに「結構だ」と律。
「私は私の役目を果たすまで」
 踵を返し仲間の輪から離れていく律と、どこか悲しげなファリルローゼ、二人を困惑した表情で交互に見ていたレジーナはファリルローゼ達に一礼して律を追い、そんな少女を緋那岐が追う。
「‥‥呪われて当然、ですね」
「私達も、私達の役目を果たしましょう」
 独り言のように呟くフレイアに、ルシールは声を掛ける。
 領主から与えられた猶予は三日。
 開拓者達には時間が無いのだ。



 夢魔を誘い出すべく別行動を取る律と、レジーナ、緋那岐。
 単独で行動している方が遭遇率も高まるのではないかと考え、なるべく個人行動を装っている律を少し離れたところから見守りながら、緋那岐は押し殺した声でレジーナと今回の依頼について話し合っていた。
「夢魔、ねぇ‥‥」
 職業柄、アヤカシに関する知識は叩き込んでいるもののあまりに出来過ぎているアヤカシ関連の事象から彼らが予測するのは、このヴェレッタ周辺の村で起きたというアヤカシの襲撃そのものが仕組まれていたのではないか、という事。
 其処にたまたま傭兵団が通り掛かるのも出来過ぎだし、その傭兵に仕事を回したいから信じるに値する人物かどうか監視して欲しいと依頼して来たのが領主であるというのも如何にも、だ。
「けど、人間がアヤカシと組むなんて有り得ないだろう? 奴らにとって人間は餌に過ぎないし、利用価値が無くなった時点で食われるのが落ちだろう」
「‥‥それでも‥‥実際に、それに近い事、が‥‥起きています、から‥‥」
 レジーナは俯きがちに、やはり声を潜めて返す。
「このままじゃ‥‥傭兵団が首謀者としか思えない、です‥‥」
 そしてこのまま「首謀者ではない」という証拠が見つからなければ開拓者は傭兵団を――マチェクを討たねばならない。それこそが領主の策略だと気付いていても。
「‥‥好きな人、討つのは、嫌‥‥」
「ん?」
 いつも以上に潜められたレジーナの呟きを聞き逃した緋那岐が首を傾げると、レジーナは慌てて左右に首を振る。
「叛乱で‥‥人が傷つくのは、怖い、な、って‥‥」
「ああ、そうだな」
「‥‥皆の‥‥仲間の気持ちがバラバラなのも‥‥悲しい‥‥」
 それも演技だと判ってはいるけれど、真に迫る彼女達の演技を見ていると本当に悲しくなるのだ。
 どうしてこんな事になったのだろう。
 皆、本当はマチェクを信じたいだけなのに。
「‥‥私は、怖い‥‥」
 膝に顔を埋めるようにして悲しげな声を漏らすレジーナに、緋那岐は労わるように寄り添った。
 少女のこれもまた演技なのだろうけれど、各々の『演技』が齎す影響は確実に開拓者同士の雰囲気を悪いものへ変化させ、他者の目を欺くには充分な効力を持つようになる。
(‥‥『怖い』ばかりで、立ち向かう遊生も行動力も無い‥‥子供、を演じるのは、簡単‥‥)
 それは昔の自分だからと、膝に埋めた口元を引き締める少女。
(でも‥‥今の自分は、違う‥‥)
 もう逃げたりはしない、と。
 少女は拳を握りしめた。


 一方で傭兵団見習いを演じるフレイアとルシールは行動を共にしながら以前に遭遇した女性が「いつもの若いお兄さん」と言っていた、マチェクと行動していたと考えられる人物の事を訪ねていた。
「お仲間なんだろう?」と不審がられながらも、見習い故にボスと親しい傭兵の事も知りたいのだと苦し紛れの理由付けで似顔絵を作成するに至ったフレイア達だが、結果的に「若いお兄さん」は彼女達の記憶には無い人物だった。
「アイザックさんでもなかったとなると‥‥マチェクさん以外の団員に関してはそれほど重要視していないのかもしれません」
 ルシールは『赤いペンダント』の事を考え、マチェクの事を思い、‥‥そして、あの晩に夢魔によって見せられた悪夢を思い出す。
(あの夢が真実なのだとしても‥‥私は、人も、彼も、‥‥皆、守りたいから‥‥)
 失くしたくない。
 傷ついて欲しくない、そう思うのに力が足りない。
 ――‥‥力も無いのに、あれもこれもと望む君の姿は、まるで駄々を捏ねる子供だ‥‥
「っ‥‥」
 不意に胸中に浮かんだ言葉は、こんな思いを知られれば『彼』にそう蔑まれるのではないかという不安が生み出す幻聴か。
 ――‥‥何の覚悟も無く、君は何をしに此処に来たんだい‥‥?
 呆れたような笑みが浮かぶのも、幻覚。
「ルシールさん?」
 フレイアに顔を覗きこまれたルシールはハッとして我に返る。このままでは自分自身に負けてしまう。
「大丈夫です‥‥」
 言いながら「若いお兄さん」の件が空振りに終わった今、目的も無く彷徨うしかない二人は、‥‥気付いていない。
 今思えば違和感の残るあの晩のマチェクにフレイアが素直に手紙を渡してしまったのも、夢で殺されかけたルシールも、既にその術中に捕われてしまっている事を。
 疑心暗鬼と、揺さぶられた不安は、確実に彼女達の思考を乱し始めていた。



 一日目、二日目、何事も起きぬまま時間だけが過ぎていく。
 秋桜の監視の下で傭兵達は足繁く村人に声を掛けては陽気に言葉を交わし、笑い声を響かせ、平穏そのものの光景を繰り返していた。
「いつものように武器の使い方を教えて」と請われれば、これまで教えていたのは『もう一人のマチェク』だろうに、さも自分が教えて来た風で師を気取り、武器は足りるだろうかと聞かれれば「まだ不足しているが傭兵団の方で着実に数は揃えつつあるから心配しなくて良い」と応じる。
 それは、まるで自分が叛乱の首謀者であると見せつけるようでもあった。
 完徹を用いて夜一睡もせずに見張りを続ける秋桜の存在には気付いているだろうに、数日前の晩のように彼から声を掛ける事は無く、逃げも隠れもしないばかりか睡眠もしっかりと取っている様子だった。
(一体何を考えておられるのか‥‥)
 秋桜は日を追う毎に乾燥していく肌を摩りながら傭兵の胸中を思うも、これといって思い付く事は無かった。


 不審、疑惑、恐れ、戸惑い‥‥そういった感情にアヤカシ夢魔が食いついてくれれば良いと開拓者は願う。
 ‥‥時間が過ぎ、残り僅かとなれば祈る事しか出来なくなっていた。
「‥‥フェン」
 明日の正午が時間切れとなる前夜、ファリルローゼはフェンリエッタに「お願いがあるの」と声を掛けた。
「‥‥少し、付き合ってくれるかしら」


 その晩、傍で眠るレジーナと緋那岐に異変がない事に安堵しつつ、独り火の番も兼ねて起きていた律の表情は硬かった。
 彼女もまた夢で夢魔に殺されかけた身、無意識ながらアヤカシの術中に捕われている。ただ、ルシールとの決定的な違いはマチェクへの感情の差であり、それが律の理性を保っていた。
(殺されかけた以上にあの夢‥‥屈辱だ)
 赤いペンダントではなくマチェクの傍に居る依頼を受ける事に決めたのは事実。だが、それは決して私情ではなく赤いペンダントの元へ食らいつくための一手として、だ。
(もう失敗は出来ない)
 それは重々判っている。しかし領主とアヤカシの繋がりを暴くどころか夢魔を誘き出す事すら出来ない現状で、刻限は明日の正午。
(何故だ‥‥)
 開拓者達は餌を撒いて来た、それも相当効果的な餌を。
 仲間割れ、不安、怯え、アヤカシならば好んで然るべき人間の感情は確実にアヤカシを招き寄せるはずだった。
(もしや気付かれているのか‥‥?)
 律は考える。
(私達を雇ったのは領主だ。更に領主は私達にも監視を付けていた。秋桜がマチェクの監視に張り付いている事も知っていただろうに‥‥にも関わらず二人目のマチェクを出して来たのは何故だ‥‥?)
 あの時点で自分達が偽物に気付く事を領主は予想しなかったのか?
(‥‥違う‥‥アヤカシの関与を私達に明かす事で何か目的が‥‥、‥‥まさか‥‥っ)
 何故その事に気付かなかったのだろう。
(嵌められたのはマチェクだけではない、私達開拓者側もか‥‥っ)
 恐らくは最初から傭兵団と開拓者、双方を狙っていた。あのヴァイツァウの乱でロンバルールの野望を打ち砕いたのは他ならぬ開拓者なのだから――!
(マチェクの罪の有無など私達が証明せずとも村人の証言一つで充分だ)
 村人の一人に、例えば夢魔に扮した『何者か』が、今なら村人達は傭兵に唆されただけだと囁いたらどうなるだろう。
 マチェクこそが首謀者だと証言する事で村人達の命は助かると言われたら、事態は。
(くっ‥‥)
 どうする。
 今から全員を集めて作戦を練るには時間が無さ過ぎる。
 もう手遅れである可能性も否めず、とにかく行動をと立ち上がり掛けた律は、不意に近付いてくる気配に気付いて剣を抜いた。
 暗闇に目を凝らせば其処に佇んでいたのは――アジュール姉妹。
 本物かと目を凝らせば首元の印と。
「‥‥大丈夫か?」
「あら、律さん」
 姉妹のその第一声は、自らが本物であると示す合図。
「‥‥なんだ、ロゼとフェンリエッタか」
 律も自身が本物で有る事を伝えれば、姉妹の強張りがほんの少し解けた。
「律‥‥少し、話があるんだ」
「‥‥判った」
 そうしてフェンリエッタに留守を預け、律はファリルローゼと二人、森の中へ。



 結局、正午を回っても開拓者達がマチェクの無罪を証明する材料は何一つ得る事が出来ず、訪れた刻限。
 数名の部下を引き連れて領主がヴェレッタの町にやって来た姿を見た六名――緋那岐、レジーナ、フレイア、ルシールの胸中には「どうして」という疑問しか浮かばなかったし、律とファリルローゼはその拳を固く握った。
 領主に「時間切れだ、君達の調査報告を」と求められても返す言葉の無い彼女達に領主は楽しそうに笑ったのだ。
「ならば残念だが、傭兵への制裁を」
「ですが彼らが叛乱の首謀者であるという証拠もまだ‥‥!」
「証人ならば此方にいる」
 ルシールの反論に、領主が断言して促したのは部下の馬に乗っていた村人――年若い女性だった。
 領主に促され、彼女は泣きそうな顔で言う。
「『マチェクさんが言った』んです‥‥っ、あの方達は開拓者で、領主様の命令を受けて村の調査に来ている‥‥っ‥‥このままじゃ村の人達全員が罪人として裁かれてしまうから、そうなる前に‥‥っ‥‥その前に、私が叛乱の事を領主様に伝える事で命乞いをした方が良いって‥‥!!」
 そう『マチェクに囁かれた』女性は開拓者達が此処に再び訪れたあの日、入れ替わるように領主邸に向かって移動を開始していた。
 敵が敢えてアヤカシの関与を匂わせていた理由に気付かなかった事。
 傭兵団が叛乱の首謀者であるか否かの証言が村人からも取れる事に気付かなかった時点で、手遅れ。
「よもやこの期に及んで傭兵達を討てぬとは言わないだろうな?」
 勝ち誇った領主の笑顔が全てを物語っていた。
 開拓者は自分の策謀に陥り、負けたのだと。
「それとも何か、おまえ達が傭兵側に付くならば帝国の敵とみなすが?」
 領主の言葉に応じるように部下達が――領主邸周辺の自警団を名乗る荒くれ者達がザッと前に進み出て来た。全員が人間。アヤカシの気配は皆無。此処で事を起こせば開拓者達は完全な謀反者となる。
 どうしたら‥‥そう惑う開拓者達の前に、このタイミングで現れたのはマチェク本人。
「ようやくのお出ましですか、領主殿」
 不敵に笑うマチェクに、負けじと馬上で胸を張る領主。
「さぁおとなしく開拓者共から制裁を受けよ。‥‥それとも一人でこの人数を相手にするか?」
「それも面白そうですが」
 言い、彼は蒼褪めているルシールやレジーナを一瞥し、肩を竦めた。
「志体も持たない荒くれ連中を相手に大立ち回りをしたところで準備運動にもなりませんからね。開拓者が俺を討てるなら、討って貰いましょう」
 目を瞠るルシール、レジーナ。
 マチェクは、笑う。
「とりあえずは君か‥‥二度と俺達の前に顔を見せるなと言ったのに」
 まさか本気で自分達と戦うつもりかと、そう疑った直後には、マチェクの放った衝撃波がフレイアを吹き飛ばしていた。
「――‥‥っ!!」
 悲鳴を上げる間も無かった。
 歴戦の傭兵という二つ名を持つマチェクの剣技に、フレイアは成す術もなく意識を失わされたのだ。
「スタニスワフさん‥‥っ」
「君達は俺への制裁を含めて依頼を受けた、そうだろう?」
 困惑する彼女達にマチェクは告げた。
 先刻の領主が言った通りだ。最初から自分達の作戦が成功すると見越して依頼を受けたと言うなら浅はかにも程がある。
「俺と本気で殺し合う覚悟も無いまま此処にいるのだとしたら、ただの目障りだよ」
「!!」
 言い終えるや否や地を蹴ったマチェクはルシールの懐へ。
「子供相手に本気にはなりたくないね」
「かはっ‥‥!!」
 腹部に受けた強烈な一撃にルシールは沈んだ。地に伏し、もう指先一つ動かない。その光景に愕然とするレジーナも、マチェクは迷わずに斬りつけた。
 足を斬られ動けなくなったレジーナを、二発目の衝撃波が吹き飛ばす。
 後方の大木に背を打ち付けたレジーナも、それきり。
「おっさん、てめぇ!!」
「ようやく向かって来る気になったかい?」
 怒りを露わにした緋那岐が符を用い仕掛けてくるも、戦場での経験の差、動揺の内にある少年の攻撃はマチェクに掠り傷一つ負わせる事も出来ずに倒され。
「マチェク‥‥!!」
 律が剣を抜く。
 本気の気迫にマチェクは微笑った。
「さすがだね。君には覚悟があったらしい」
「覚悟、だと‥‥っ?」
 言われた女騎士は、剣で剣を押し返しながら歯軋りする。
「ふざけた事を‥‥っ‥‥怒りで吐き気がする‥‥!!」
 だが怒りの矛先は彼ではなく、‥‥そして。
「くっ‥‥はあぁああ!!」
 ファリルローゼが構えた剣と共にマチェクを襲う。
 マチェクは律を押し返し、ロゼの剣を剣で受け。
「懐がガラ空きだ!!」
 態勢を立て直した律が再びマチェクに斬り掛かる。直後にマチェクが払ったのはファリルローゼの足元。転倒する彼女の頭上から律の腹部に走らせる剣先。
「がはっ‥‥!!」
 律が吹き飛ばされる。
 それでもなお向かって来ようとする律に照準を合わせていたマチェクの背から。
「‥‥っ!!」
 背中から、ファリルローゼの剣が、刺さった。
 滴り落ちる赤い血を二人の女騎士は確かに見た。
「ロゼ‥‥」
 彼女は彼を刺し貫いたのに、彼が彼女を呼ぶ声は、‥‥穏やかで。
 今にも泣き出しそうな声で呼び返すファリルローゼにマチェクは何かを囁くが、それは律にも、無論、領主の耳にも届かない。
 何かを囁いた事すら言われた本人しか気付かなかった。
 だから領主はトドメを刺せと声を荒げ、律が待てと制する。
「お待ちください、‥‥いま此処で奴を殺してしまえば‥‥此処にはいない傭兵団の連中が報復に来ないとも限りません‥‥それならば正式な処刑を行うのが効果的かと‥‥前以て宣伝するなりしておけば傭兵団の連中が報復に来ようとする動きを読む事も出来るでしょう」
「‥‥成程、一理あるな」
 言い、しばらく思案した領主は連れて来た部下にマチェクを捕えるよう指示した。手足を拘束し、死体を入れるために用意して来た入れ物に簡単な止血をしただけのマチェクを押し込み、馬に牽かせる。
 ‥‥こうしてマチェクは負傷の身で領主の手に引き渡された。


 同時刻、領主が来た事、マチェクが制裁を加えられようとしている事はあっという間に村中に広がり、命乞いをしたという娘を責める声が多く轟く中で、町長宅の倉庫の前で、其処に保管されている武器を手にしようとする村人達を必死に説得していたのはフェンリエッタと秋桜だった。
「血気に逸ってはなりません!! マチェクさんは皆さんが傷付く事は決して望みません!!」
「おまえ達の言う事など信用出来るものか!! マチェクさんの仲間だなんて嘘ばかりで領主の依頼を受けた開拓者だったんじゃないか!」
 二人が必死で武器を持ち出されないよう堪えている所に、倉庫の所有者である村長が近づいて来た。
「落ち着け皆の衆‥‥その娘さん達の言う通りだ。マチェクさんは儂らに被害が及ぶのを見越してあの娘に領主の元へ向かわせた‥‥、その娘さん達にも、儂らが無用な血を流さずに済むよう倉庫の扉を決して開けさせないよう命じてあったらしい‥‥儂はマチェクさんから言われておったのだよ、君達姉妹だけは信じろ、と」
「え‥‥?」
 思い掛けない言葉にフェンリエッタは聞き返す。
「フェンリエッタさんとファリルローゼさん‥‥二人の事だけは信じてくれとマチェクさんに言われておった‥‥もしも領主の前で自分を斬ったのがファリルローゼさんであれば、それは計画の内だ、と」
 そしてその通りファリルローゼがマチェクを斬った。だから村長はこうして村民を止めに来たのだと察したフェンリエッタは、‥‥堪らなかった。
「儂ら村の連中を怪我させないために‥‥ありがとうな‥‥」
「そんな‥‥っ」
 斬られたマチェクを目の当たりにした村長の目に滲む涙。フェンリエッタも、秋桜も、どう言えば良いのか判らなかった。
 律はマチェクの血に塗れて座り込んでいるファリルローゼの肩を抱き寄せながら、棺とも言い難い入れ物に入れられて馬に牽かれていくマチェクを見送る事しか出来ず、周囲で気絶している仲間の介抱を始めるような余裕も無い。
 最悪、だ。
 後にファリルローゼは最後にマチェクが託した言葉を仲間達に伝える。

 ――‥‥次が最後のチャンスだよ‥‥今度こそ、信じさせてくれるかい‥‥?