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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● その鈴の音は チリリン‥‥。 ‥‥チリン‥‥。 指先に赤と白の糸で編まれた紐を掛け、その先に鈍く光る鈴を鳴らす穂邑(iz0002)。視線は鈴に注がれているようでいて、何も映さず、普段あんなにも明るい彼女から表情というものを奪っていた。 此処は開拓者ギルド。 本来ならば依頼を探す開拓者達で賑わっている場所なのだが。 「‥‥ねぇ?」 顔馴染みの職員である高村伊織(iz0087)が遠慮がちに声を掛けるも、本人には聞こえなかったらしい。表情どころか身動ぎ一つする事無く、体勢もそのまま。伊織は溜息を吐く。 そもそも彼女がギルドを訪ねて来たのは依頼を受けるため。無数の依頼書が張り出されている掲示板から自分に対処出来そうな内容のものを探し、これと決まれば受付で手続きを行なう。穂邑も確かにその手順通り伊織の席までやって来たはずなのだが、こうだ。原因としては先に手続きを終えて立ち去った開拓者が席に忘れていった鈴――いま穂邑が指先に紐を掛けて鳴らしているそれに違いなかったが、たかが鈴一つで此処まで様子の変わる少女が普通であるはずがなかった。 「ふぅ‥‥」 伊織は深呼吸一つ。 右手で拳を作って、卓に叩きつけた。 ドンッ! 「穂邑ちゃん!!」 「はいっ!?」 流石にこれには気付いた穂邑が慌てて背筋を伸ばせば伊織も満足。 「手続きをするならする、しないなら帰る。いつまでも其処にいられちゃ他の開拓者の皆に迷惑でしょ?」 「あっ‥‥ごめんなさいっ」 待っている人がいるのだと気付き急いで立ち上がって席を譲ろうとした穂邑だったが、勢い良く振り返った背後には、無人。 「え‥‥」 誰も待ってはいなかった。 「‥‥伊織さん?」 「今は居なくても、これから並ぶかもしれないでしょ?」 確かにその通りだが釈然としない。穂邑が無意識に頬を膨らませている事に気付いた伊織は薄く笑うと「その鈴は返してね」と未だ少女の手の中にある鈴を指し示した。 「持ち主が思い出して取りに来るかもしれないから、あげるわけにはいかないわよ」 「ぁ、ごめんなさい」 素直に返そうと、急に手を動かした拍子に再び鈴が鳴った。穂邑の動きが止まる。伊織が呼びかけても応えない。‥‥先刻と同じ。穂邑の視線は鈴を見ているようで、もっと遠く。 目に見えない何かを追い求めているように見えた。 「もう‥‥」 再度の溜息。同時に身を乗り出して穂邑に再び座るよう促す。 「わっ」 「どうしてそんなに鈴が気になるの? 胸につかえているものがあるなら此処で吐き出していきなさい。相手してあげるわよ、ヒ・マ・だ・か・ら」 わざわざ強調する伊織に、穂邑の表情には苦いものながらもようやく笑顔が戻った。 穂邑はもう二月以上も前に受けた『長屋を騒がせている幽霊騒動』を何とかするという依頼で一つの鈴を見つけた。それを発見したのは共に依頼を受けた開拓者だったが、その中の一人が言うには以前にも別の依頼で同じ鈴を見つけてギルドに届けたらしい。 「ええ、その鈴だったら刀と一緒にギルドで預かっているけれど‥‥」 伊織は頷く。 届けられた刀と鈴は錆びてとうに使い物にならなくなっていたし、長屋の幽霊騒ぎという依頼で穂邑達が見つけたという鈴も『何かがあるかもしれない』という理由で念のために預かっている。とはいえそれらからアヤカシの気配が感じられるといった事実も無いため実際には物置部屋に保管されているだけなのだが。 「その鈴がどうかしたの?」 「‥‥‥‥その鈴の、この部分に」 穂邑は誰かの忘れ物であるその鈴の上半分の位置を指差す。 「小さな花びらが彫られていたの、判りましたか?」 「花びら? いいえ‥‥そんなのあったかしら‥‥もう錆びていたし、傷ならたくさんあったように思うけれど」 恐らく知らない人間が見ればそれは単なる傷なのだろう。 だが穂邑には――あの鈴を、肌身離さず持ち続け、ずっと心の奥底に鈴の記憶を燻らせてきた穂邑には判った。 「‥‥あの鈴は‥‥、私が神楽の都に来るきっかけになった時に、同じ役目を任されていた巫女四人が揃いで持っていた鈴、なんです」 「――」 伊織は目を瞠る。 「この世界に四個しかない私達の鈴が‥‥どうしてアヤカシが出たのと同じ場所に落ちていたんでしょうか‥‥」 沈む少女の声音に、返せる言葉が見つからない。伊織も詳しくは知らないけれど、穂邑が神楽の都を訪れたのは石鏡で任じられた役目の最中に山賊に襲われ、そこを一人の陰陽師に救われて此処まで送ってもらったからだと聞いている。石鏡の外に出たことのなかった少女が山中で独りぼっちになってしまっては、救ってくれた陰陽師の後を付いて行く他に生き残る術がなかったからである。 だが、そんな事情を思い出した伊織はふと疑問に思った。 穂邑が任された役目というものがいまいち不明だが、それきり神楽の都に住み着いた少女は故郷・石鏡でどういう扱いになっているのだろうか‥‥? 「穂邑ちゃん、貴女‥‥石鏡には里帰りしないの‥‥?」 問い掛けに、穂邑は。 「‥‥もう、帰れません」 告げて見せた笑顔は酷く痛々しいものだった――。 ● 鬼の悪行 その村に鬼が現れたのは何故だろう。 村人達はただ真面目に田畑を耕し、作物を育て、村の者だけに限らず自分達が育てた食料で多くの人々が平和に楽しく、健康的に暮らせるよう願いながらどんな天候の日でも一生懸命に働いていただけなのに――。 「きゃああああ!!」 「いやぁぁああ!!」 その光景はまさに地獄絵図だった。 身の丈三、四メートルもあろうかという鬼が棍棒を片手に村を練り歩き、男を見かければ頭を殴って昏倒させて死ぬまで執拗に殴り続けた。 女を見かければ吹き飛ばして力を奪いその身体を組み敷いた。 後には僅かな血溜まりが残るのみ。 死体も残らず、真っ赤な鬼達の足跡が村の大地に人々の恐怖を染み込ませ広げ行く。 涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠そうともせずに村の若い男がギルドに飛び込んで来たのは鬼が現れてから二時間程が過ぎた頃。 「村を助けてくれ!!」 男は訴えた。 あの地獄を一秒でも早く終わらせてくれと。 アヤカシの名は獄卒鬼。 その場に居合わせた穂邑はこれを迷わず引き受けた――。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
月野 奈緒(ia9898)
18歳・女・弓
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 開拓者達はギルドで伊織が手配した馬を駆り件の村に急いだ。 「あの村ですね‥‥!」 アルーシュ・リトナ(ib0119)が前方を指差して皆に伝わるよう声を掛けた。眼前に広がるのは左右を木々に囲まれた、平時であれば『緑豊かで長閑な村』と説明出来そうなとても住み易い環境に思えたが、今はその各所から立ち昇る黒い煙が幾筋も目に映り、進むに連れて道端に様々なものが倒壊されている事に気付かされた。 木々。 家。 納屋。 井戸、‥‥そして、人間。 「‥‥っ」 地面に広がる赤黒い染みの中央に倒れたまま身動ぎ一つしない男の身体から鳳・陽媛(ia0920)は思わず目を逸らした。 「惨い、‥‥ですね」 朝比奈 空(ia0086)が顔を歪め呟けば、ハッド(ib0295)は忌々しげに息を吐く。 「アヤカシ如きが我輩を差し置いて跋扈するとは許せんの」 冗談なのか、本気なのか、ハッドは腰に帯びた剣を確かめるようにその柄に触れた。 「ここはひとつ王たる我輩が彼奴らを制裁して進ぜようかの」 「獄卒鬼はどこだ‥‥!」 怒りも露に声を荒げたキース・グレイン(ia1248)が皆の馬より頭一つ前に出る。 そんな中で月野 奈緒(ia9898)が声を掛けたのは先刻から黙り込んでしまっている穂邑だ。血の気は失せ、辛そうだった。 「大丈夫? 無理しちゃダメだよ?」 「は、はい‥‥」 震えた声が応じる。 大丈夫でない事は明らかで、彼らは穂邑の様子がおかしいのも出発前から察していたが、今は獄卒鬼退治が優先と考え、あえてその事には触れなかったのだ。 「きゃあああああ!!!!」 「!?」 女性の悲鳴を聞き、開拓者達は馬を止める。 「どちらでしょうかっ?」 「っ、あそこだ!」 アルーシュの確認にキースが応えるや否や馬を走らせた。 「‥‥っ!」 手綱を握ったまま体を傾けて地上に手を伸ばし、馬上から確認した手頃な石を、馬を走らせたまま――掴んだ! 「これ以上の好き勝手はさせない!!」 怒気を孕んだ声と共に放られた石は鬼の後頭部に直撃、その意識を自分達に向けさせる。 「おまえの相手は俺達だ!」 「我が名はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ三世! 成敗してくれる!!」 キース、ハッド、二人が得物を構え鬼の左右目掛けて馬を走らせる一方、その背から飛び降りた空、陽媛が、舞う。 光を放つ二人の身体。 空は周囲に結界を張り常に鬼の動きを監視、陽媛の舞はキース、ハッド、二人の俊敏性を高めた。 『ウォオオォォォォ‥‥!!』 鬼が吼える。 『何物ダ‥‥ッ、何物ダ‥‥ッ!!』 「! あの鬼、人の言葉を‥‥っ?」 「‥‥いいえ」 弓を構えていた奈緒の驚きに、やはり仲間を支援するためハープの弦に指を滑らそうとしていたアルーシュが左右に首を振った。 「鬼の知能は相応に高いと聞きますし、会話が成り立つものもいるそうですが‥‥」 目の前の鬼は違う、とアルーシュは断言した。 『成敗ッ、何物ッ、相手‥‥!!』 それはまるで自分に向けられた言葉を繰り返すだけの、会話とは程遠いもの。 「小賢しい奴め」 ハッドの舌打ち、直後に彼は手綱を持ったまま馬の背に立つとタイミングを見計らい跳躍した。 「!!」 回避不可能と言われる重たい一撃――流し斬りが鬼の背中に放たれ、巨大な肢体が撓った。 「まだまだぁ!!」 続け様の二撃目はキース。 既に馬から下りていた彼は鬼の撓り開いた懐に飛び込むと拳布に巻かれた拳を全力で突き放つ。 『――‥‥!!』 地響きのような叫びが放たれる。その音波にキースらの視界が揺れる。更には襲われていた女性の叫び。 「いやぁっ、やあああっっ!!」 もはや錯乱状態に陥っており状況が見えていない。ともすれば助けに来たはずの開拓者達ですら彼女には鬼に見えていたのかもしれない。 「いけません、あのままでは‥‥っ」 精神が壊れてしまうと焦ったアルーシュは、その側まで駆け寄り子守唄で彼女を眠りに誘おうと考えた。 だが、その行く先を阻む鬼の抵抗。 「!!」 「アルーシュ、下がれ!!」 キースが叫ぶが早いか獄卒鬼は周りにあるものを手当たり次第に掴むとそれらを開拓者達に投げつけて来た。 樹や、岩や、地面に散らばっていた農具、更には、馬まで。 「きゃあああああ!!」 馬の嘶きと女性の叫び。 「いい加減‥‥っ、大人しくしなさい!!」 奈緒が鬼目掛けて矢を放つ。 しかしそれも鬼の動きを止めるには至らない。 「がっ」 「っ‥‥ぐふっ!」 鬼の平手打ちにキースが吹き飛ばされ、振り回す大木の幹がハッドの腹を打つ。構えた盾は衝撃こそ緩和したものの彼を吹き飛ばせば背中により強い痛みが走った。 行動が予測不能と言えるほど我武者羅に振り回される鬼の腕は、まるで与えられた痛みを力に変えて彼らに報復しているようにも見えた。 「だからって‥‥ダメージが無いわけじゃないですよね‥‥!」 陽媛は言い、舞う。 穂邑と二人、仲間達の傷を癒すために――女性の、馬の、その命のために舞う。 「我輩と渡り合おうなどと百年早い‥‥!」 巫女達の援護を受けて立ち上がる剣士達。 ハッドが立ち上がり地を蹴り、キースが続く。 一撃、二撃で効果が得られないなら十撃、百撃、重ねていけば良いだけの話。不死身でないのならいつか必ずアヤカシは滅びるだろう。 隙を見て鬼の側に倒れ込んでいた女性を救出したアルーシュと陽媛、穂邑は馬に手伝ってもらいながら敵との距離を確保し、キース、ハッドの懸念材料を減らした。 そうして傷付けば癒され、庇われ、――続く激戦に終止符を打ったのはもう何度目になるかも判らない数の直閃を打ち込んだキース。 『ギ‥‥ギガッ‥‥!』 がくっと大地に膝を付いた鬼は、ハッドの刀に更なるダメージを背負い。 「っ」 今一度渾身の一撃をと集中する二人は、しかし練力が底を付いている事に気付く。奈緒の矢もそのほとんどが鬼の背に刺さったまま彼女の手元からは失せていた。 ならば、残るは――。 「この一撃で滅する‥‥!」 巫女の空が気を集中し、その身を輝かせて放つは精霊砲。 「――‥‥!!」 仲間達の期待を一身に背負い放たれた術は鬼の背を貫き断末魔の如き叫びを上げさせた。 「やった‥‥?」 奈緒の微かに震えた声に、しかし誰もが息を飲んで成り行きを見守っていた。 鬼の身体が揺れ、それは揺らぎへと変化する。 「ぁ‥‥」 体の線が揺らぎ、立ち昇る黒い靄はアヤカシの末路。風に吹かれて崩れ行く砂山のように、鬼は黒い煙となって消えていく。 「‥‥終わった‥‥」 「終わったにゃ‥‥」 呟きと共に零れる深い吐息は、キースと奈緒をその場に座り込ませた。 「まったく‥‥アヤカシの分際で我輩に此処まで手を掛けさせるとは何たる無礼か」 ハッドは言いながら汗に濡れた金色の前髪をかき上げ、巫女三人は自分達の手を動かしたりするなどして目に見えない体の中の力の残量を確認するように深呼吸を一つ。 「お怪我は‥‥ああ、その前に服ですね」と陽媛が最初に問い掛けたのは救出した女性だ。獄卒鬼に襲われるところだった彼女は衣服を破られ、露になった手足には擦り傷や切り傷が無数に見られた。 「一先ずはこれを‥‥」 穂邑が荷物の中から何かに使えればと持参して来た大きめの布を肩から掛けてやると、女性はそれを自分の身体に巻きつけながら、‥‥次第に声を殺して泣き始めた。 「‥‥」 開拓者達には何も言えなかった。 彼女はこの村で、あの鬼のせいで、どれ程の大切なものを失ったのだろうか。 「‥‥せめて、出来ることをしましょう」 「ぁ‥‥」 空が俯いたまま震えていた穂邑の手を取り、告げる。 「だな‥‥せめて、供養はしてやらないとな」 「ええ‥‥」 キースが言い、アルーシュが頷いた。 「ギルドに来られた方が戻られた時にもこのままでは‥‥あまりにも惨過ぎます」 「依頼人のように村の外に逃れた者が居ないとも限らないし、‥‥状況が落ち着いたら周囲に呼びかける必要もあるか」 村の現状を見渡しながら、ともすれば村の修繕よりも避難が必要かもしれないと考えていただけに、どう提案したものかキースは困惑した。今こうして強い衝撃を受けている彼女に判断を委ねるわけにはいかないだろうし、何より。 「‥‥大丈夫か、穂邑」 「ぇ‥‥」 空に手を握られたまま意識が遠のいていたようにも見えた穂邑は、キースに呼びかけられた事で慌てて顔を上げた。 「ぇ‥‥っと、あの‥‥」 「落ち着けよ?」 「は、はい‥‥」 「‥‥」 血の気の失せた表情で頷く穂邑に、キースと空は顔を見合わせる。陽媛、アルーシュも遠巻きに彼女の様子を見つめて心配そうに眉根を寄せた。 穂邑は、目の前の光景に『何を』重ねて見ているのだろうか。 「皆を弔うのであろう?」 「早速始めよ。いつまでもあのままじゃ、可哀相だから」 ハッド、奈緒に促され、彼らは村人達の為に動き出した。 ● どれくらいの時間が経ったのか、獄卒鬼の犠牲になった人々を一人一人木板に乗せて一箇所に集め、全員の身なりを整えて筵を掛け終えた頃には空はすっかりと暗くなってしまっていた。 途中、逃げ延びて村を離れていた人々や、命辛々ギルドに駆け込んで来た男性――今回の依頼主となった彼も村に戻り、共に彼らを弔った。 「異国の曲で申し訳ありませんが‥‥」 アルーシュが鎮魂の曲を奏でれば人々は泣き崩れ、家族の、恋人の、友人の遺体を、縋りつくように抱き締めた。 アヤカシが引き起こす悲劇は、これで終わらない。 恐らくは永遠に、生きていく彼らの心に深い傷を残したままだから。 その後、神楽の都に戻るには些か疲労が重なっていた事もあり、開拓者達は馬を繋いでいた広場で休憩を取る事にした。火を熾し、簡単な食事を用意して皆で囲む。最初は他愛のない会話をしていた彼らだったが、その会話に穂邑が全くと言ってもいいほど参加して来ない事に彼らは顔を見合わせた。 だから、切り出す。 「様子がおかしいですね」 「え‥‥」 陽媛の問い掛けに穂邑は驚いたように顔を上げ、‥‥そうして、全員が自分を見ている事に初めて気付いた。 「えっと‥‥あの‥‥?」 ばれていないと思っているのか、それとも、誤魔化せると思っているのか。 キースは軽い溜息を付くと「穂邑」と彼女の名を呼んだ。 「最初に言っておくが、いい加減、単なる顔見知りって仲でもないだろう」 「キースさん‥‥」 「そうですよ、穂邑さん」 空も言う。 「穂邑さんの様子がおかしい事は‥‥それが前回ご一緒した依頼で見つけた鈴に関係あるのだろう事はとうに気付いているんです。‥‥そろそろ、穂邑さんが気に病まれている事を私達にも話してもらえませんか?」 「空さん‥‥」 「悩み事って他人に話すだけでも心が軽くなる事、あるんだよ」 「最も我輩はかような事に付き合うほど暇ではないし、話したくないことは深くは問わぬ」 奈緒の言葉に続き、ハッドは相変わらずの口調で告げる――とても温かな言葉を。 「ただ、知ることで救える者はいるかもしれぬぞ」 その言葉に目を丸くした穂邑は、視線を移したことで陽媛、アルーシュの無言の微笑みと出逢う。 「‥‥っ」 気遣われている、と知る。 心配を掛けさせていた、と。 そして、話す事で救える人がいるかもしれないというその言葉が穂邑の胸の内に押し隠していた傷を疼かせる。 今日、この村で見た光景が過去の景色と重なった。 村人達を殺したのはアヤカシで、あの日に仲間の命を奪ったのは同じ人間であったけれど、抵抗空しく無惨に命奪われた者達の骸が次々と増えていく様は同じだった。 違ったのは、穂邑はあの日、残された人々の悲しみというものを知らなかった事。あの日の彼らにも家族や友人がいたはずなのに、残された人々が悲しんだに違いないという当たり前の事が、あの日の穂邑には判らなかったのだ。 ‥‥判らないまま、一人、助けられて。 殺された彼らをそのままに通りがかった陰陽師――東郷に救われて神楽の都に住み着いた。それきり、胸の奥深くに沈み込ませて忘れようとしていた。 忘れたかったのは神楽の都の生活を知って、初めて様々な感情を知る事が出来たからで――。 「‥‥あたしは、酷い人間です‥‥」 「穂邑さん‥‥?」 「あたしは‥‥最低の人間です‥‥っ」 自身を貶めるような事を言う穂邑の表情が今にも泣き出しそうで、‥‥何かを酷く恐れているようで、空はほとんど無意識にそんな穂邑を抱き締めていた。 落ち着いてください、と。 話したくない事ならば聞きませんと繰り返す。 「だが‥‥」 その後で言葉を紡いだのはキース。 「何を知りたいのか‥‥分からないものを抱えて行くかどうかは、自身で決めると良い」 「‥‥っ」 穂邑は無言で頷く。 頷くことしか出来なかった――‥‥。 ● 出発前にはあまりにも急を要したためろくに話を聞く事も出来なかった開拓者達は、穂邑と別れた後でギルド職員の高村伊織を訪ねていた。穂邑の様子があまりにもおかしいのだが思い当たる節はないかと問われれば彼女を心配していたのは自分も同じと、鈴の事を話して聞かせる伊織。 更には穂邑が神楽に来る事になった経緯についても、彼女が知る限りの詳細を教えてくれた。だから彼らは『鈴』について彼女に問う。 「その、鈴を忘れていった持ち主について、何か覚えている事はないのか?」 「そうねぇ‥‥男性だったわよ? 大柄で、力持ちそうで、とっても明るい雰囲気の男の人。あんまり神楽では見ないタイプかしら」 キースの問い掛けにはそんな答えが返って来た。このギルドに来る事も滅多にない、だから伊織も名前が判らなかったと話す。 「一度や二度なら偶然と言いたくもなりますが‥‥三度なら誰かが関っていると考えるのが自然です」 「同感だの」 空の言にハッドも同意を示す。 「術視を使って鈴に何かしらの術が掛かっているのか確認してみるのも良かろうとは思うが」 「問題は、穂邑さんに視る事が出来るか‥‥でしょうか」 陽媛は視線を落として呟いた。 「石鏡に連絡を取ってみるとか」 奈緒の提案には伊織が渋い顔をしてみせる。出発前の穂邑の様子を見る限り本人の意向を無視して石鏡に連絡を取る事は好ましくない結末を招く気がしてならなかった。 「‥‥穂邑さんを助けたという男性には、お会い出来ないでしょうか」 「どうかしら。今何処にいるかも判らないし‥‥」 伊織の返答に、開拓者達の間には深い吐息が漏れ重なった。 穂邑のあの調子で口を開かないのであれば穂邑を助けたという陰陽師――東郷というその名前も、所在も、開拓者達には知る由も無く、‥‥また、闇に笑う存在にも気付きようがなかった。 「‥‥綺麗なモンが闇に染まったら、‥‥どうなると思う?」 くすくす、と。 穂邑と共に依頼を受けた開拓者達の姿を遠目に見ながら、男はくつくつと喉を鳴らすのだった――‥‥。 |