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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●黎明 護大を巡る戦いは終わった。 夢見るものは他者を知り、護大であることをやめた。 世界は変わった――そう感じた者たちは多くは無い。それは当然だろう。目に見える変化は小さなものだからだ。 アヤカシや魔の森が消えた訳ではないし、街をうろつく悪党が一掃されるでもない。お祭り騒ぎをしていたギルドも、業務を放って遊んではいられないし、事件も知らずに過ごしていた人々には、変わらぬ普段どおりの日常が続くのだ。 それでも、世界は変わった。 かつて護大と呼ばれた存在、護大派が神と呼んだ存在の占有物であった世界は、人の――いや、人だけではない。この世に存在するあらゆる者たちの手へと移ったのだから。 神話の時代は終わり、英雄の時代は過ぎ行き、それらはやがて伝説となる。伝説を越えて命は繋がり、記憶は語り継がれて物語を紡ぐだろう。それがどこへ向かっているのかはわからない。だがそれでも、物語は幸福な結末によって締めくくられるものと相場が決まっている。 ●扉の向こう 玲はコートの襟を押さえ、自宅の門を出た。 帝都にはちらほらと雪が舞っていた。白い息をこぼし玲は大通りを歩いた。年末の活気が彼女を包むが、紅を引いた目元に憂鬱が滲んでいた。 巌坂へ行ったままの呂戚史と参梨那が退役したと聞いた。派閥は違えど追いかけ続けた背中を見失い、玲の胸にはぽっかりと穴が開いていた。相変わらず、巌坂は病院の多いひなびた保養地で、一蓮教は注目されていない。不老不死の秘薬や、虹色に光る蓮の話もぱたりと絶えた。雪の降らない南の浮き島は、どうなったのだろう。風の噂で教主が交代したとだけ伝わってきたけれど。 角に差し掛かると、玲は踵を鳴らしてまわれ右をした。 「悩んでも仕方がない事よね。今日は気分を変えて遠出してみましょ」 精霊門で神楽の都へ飛んだ玲は、開拓者ギルドへ入った。深夜にも関わらず煌々と明るい室内には、各地の依頼が壁に貼られている。 ギルドの掲示板前に、どこかで見たような人影あり。 「寒い、ガチで寒い。早く終わらせて宿に戻ろうゼ」 「……」 「そこの南国出身男子ーズ、火鉢の独り占めはずるいでござるよ」 隅の方で、山犬さんと一角さんが依頼書の一覧を開いていた。机には報告書が山積み。ねこずきな人が仕分けに苦心している。割烹着の女剣士がお茶を淹れ、花冠のからくりがお盆に載せていた。とんがり帽子の魔術師は、湯飲みをひとすすりすると黒檀のペンを回す。 「一角さん、いつもより無口だね」 「……」 「寒いから?」 「……」 そういう彼女も隙間風に撫でられ肩をすくめる。しらゆきひめは笑いをこらえ、台帳をめくりながら言った。 「ギルドの予報によると、今年は各地に雪が積もるそうですよ」 「あなた達、ここで何をしているの?」 「「「わーお」」」 「ここまで来れば明燕の身内はいないと踏んだんだガ」 「予想外でござる」 「聞こえてるわよ?」 玲は腰に手をあて、一行をきっとにらみつけた。 「教えてもらえるかしら、あの人たちは?」 沈黙が落ちた。 開拓者は視線を交わしあい、やがて魔術師が彼女へ向き直った。 「……ナイショだよ。ボク達はレンシークイを討たなかった。巌坂の人たちの願いを叶えたかったから」 「そうじゃなくて」 眉を寄せた玲に、しらゆきひめが身を乗り出す。 「虹蓮花のことでしょうか? あれは、もう姿を現しません。御伽噺の存在になりました」 「違うわよ」 玲の返事に、一角さんが首をかしげる。 「巌坂は地下の瘴気と遺跡を利用して、黒蓮鬼の居住区を作ることになりました。整備が始まったばかりですから、しばらくは緩和棟住まいのままですが……」 「だから」 玲は床を蹴った。 「私が聞きたいのは、元気にしてるのかってことよ!」 わずかな間のあと、開拓者達は吹きだした。 「ああ元気だゼ。みんな元気ダ」 「呂さんなら戚夫人を継いだでござるよ。梨那さんは書記官に就いて経理を支えてくれているでござる。クイ、いや欧戚史は明結さん達が世話をしているでござる」 「ふーん。ならいいのよ」 言うなり玲はくるりと背を向けた。音高く石畳を歩いていく。出入り口に手をかけようとした時、扉が向こうから開いた。 「ただいまー! 転職してきたよ、神楽の修練場って広いねー!」 「呂おねえさまったら飲み込みが遅いですの」 「ちゃんと修行積んでよにぇ、明ちゃん」 かえるのおひめさまと呂と参だった。玲と鉢合わせし、三人そろって固まる。玲はわざとらしく鼻で笑った。 「討伐以外は手柄にならないもの、報告は要らないわね。アヤカシなんて、もっと危険で手ごわいのが、ごろごろしているのだから」 彼女は一行へ手を振り、夜道へ消えていった。 入れ替わりで入ってきた三人を交えて調べ物は続く。 探しているのは照明、瘴気に反応して光る宝珠だ。 儀では精霊力で光る宝珠が採掘されており好事家の嗜好品に使われている。何故それを探しているのかというと。 「灯りがなくて地下遺跡の整備が進まにぇーにょ。いちいち寝てる欧さん起こすのもにぇー。ガラクタが古代人の遺産だったりするから、うかつにポイ捨てできにぇーし」 「当の護大派自身、原理を忘れ去ったシロモノでござるからなあ。何が欧さんのブラックボックスに繋がっているのか拙者達にもさっぱりでござる」 「それでも解析していくんでしょう? 旧世界技術の研究と維持管理か……。いつ実を結ぶかもわからない、大変そうだね」 ねこずきさんと魔術師の言葉に黒蓮鬼は喉を鳴らした。 「時間なら余ってるにょ、私達はにぇ。それよか」 からっぽの席を眺めて本人が居ないのを確認し、参はぼそりと呟いた。 「教団が潰れそうで怖いんですけど……」 ああ、うん、呂さんだからね。誰もが遠い目をした。 一角さんが報告書の一片を取り上げる。 「『光明の黒水晶有り』。気になります」 「それっぽい見出しだね。ふむ、遺跡というより廃鉱山って感じだ」 「取り尽くされて長いようですけれど奥に行けばまだあるのではないでしょうか」 「先遣隊の撤退理由は、どれどれ、大百足の巣発見でござるな」 「カエルなら喜んで行くですの」 皆でわいわい言いながら報告書を回し読みする。 山犬さんと呂は夜食を買い込みギルドまでの道を歩いた。 「武僧になってどうするんダ」 「巌坂の外には、梨ちゃんみたいに望まず蓮肉喰いになった人が居るから、治して回りたいんだ」 「そっか。なら色んな経験しねェとナ」 「これからどうするの?」 「実家に顔出して……後はいつもどおりダ」 明燕が立ち止まった。珍しく真面目な顔をしたと思ったら、ぺこりと頭を下げる。 「好きです。結婚してください」 「お、おう。剛速球来たナ? 考えさせてくれ。この戦いが終わったら……あれ、なんダこの嫌な感じ。やめろって、旗立つだロ、何故いま言うんだオマエって奴ァ!」 ●黎明 夢が終わっても冒険は続く。 さあ、物語を始めよう。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
中書令(ib9408)
20歳・男・吟
呂 倭文(ic0228)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●儀の下 つららの垂れ下がる廃坑道の闇から、尾を揺らして金色のリスが走って来る。背後に迫るのは岩盤を連ねたような大百足だ。首をもたげれば、それだけでゆうに大の大人を越える巨体が、無数の足で壁を走り、図体に似合わない速さで獲物に襲い掛かる。間一髪で、リスは大顎を逃れた。 「ちはやぶる白霊よ!」 白い霊弾が蟲の喉首へ直撃した。打ち込まれた精霊力に甲殻が劣化し筋肉がむき出しになる。走り寄る相棒へ解毒を投げかけ、六条 雪巳(ia0179)は厳しい顔で百足を睨みつけた。白 倭文(ic0228)が正面へ出る。 「……今日はお客さんが多いナ!」 無数の鎌足を剣の背で受け流し、腹へ回し蹴りをいれ百足の前進を阻む。雪蓮の放った白樺の矢が硬い殻に弾かれた。目的は足止めなのだ。彼女は気にとめず次の矢をつがえる。 「鼎、続きなさい」 「はい、主人様」 影絵を踏み終えた中書令(ib9408)は、忠実なからくりへ前を任せリスへ声をかけた。 「追加は来ていますか?」 「続けて一匹、巣が近いぞよ」 リスは宙でくるりと一回転すると額に一対の角を持つ童女へ戻り、雪巳の腕に飛び込んだ。 「それは重畳。夜来風雨聲、花落知多少」 中書令が旋律を変える。静かな子守唄が凍てついた地へしみこんでいく。どこかでどさりと重い音がした。 雪巳と火ノ佳を守るように勾玉の炎と黒い羽根が吹き上がった。ジミーががなりたてる。 「はずすなよ雁の字!」 言わずにいられないあたり態度のわりにお節介というか心配性というか。霧雁(ib6739)は返答の礼を集中へ割き匕首を投じた。軌跡に幻を残し炎の合間を劈いて濡れ羽色の刃が大百足の顎へ突き刺さる。霧雁は口の端を薄く歪めた。 (「硬い。点の攻撃は蟲の装甲へは不利でござるか、ならば」) 仲間を呼ばれると面倒だ。二投目の標的を霧雁は大顎の合間で蠢く口腔に定める。華が散るよりも速く匕首は宙を滑っていく。噴水のように緑色の体液が噴き出す。大百足は悶絶し、頭を振りまわした。鍾乳石が砕け、鋭いつららが降って来る。エクターがマントを広げ、ケロリーナ(ib2037)を落石から守る。主はふくれっつらで真言を唱え始めた。青い炎が薔薇の杖に灯る。 「まだ採掘ポイントにも到着してませんのに〜。お邪魔虫さんはお帰りくださいですのっ!」 一抱えもある胴へカエルのスタンプを押す。背の甲殻が割れ砕け、瘴気と精霊力がぶつかりあい、肉の焦げる音が洞窟内へ充満する。頭をめぐらせた大百足は岩の隙間へ走りこもうとする。しかし。 「逃げられると思った? 任意の点より拘束、アイヴィーバインド!」 魔法の灯りをお供に連れ、神座亜紀(ib6736)が錫杖を鳴らす。白いツタが甲殻に絡まり、百足の多すぎる足を引っ張る。ダメ押しのアムルリープで身動きできなくなり、頭部を割られた大百足は瘴気に戻った。 眠りから目覚めた新手は逃げ帰ったようだ。倭文は懐中時計をのぞきこんだ。 「もうこんな時間かヨ。野営はどうする? 巣が近いんだロ、来た道を一度戻るカ?」 ランタンを預かっていた雪巳は頬に手を当てた。 「安全策をとるに越したことはありませんが、採掘する時間を考えると戻るのは二度手間になるような」 ケロリーナが倭文の毛布を肩にかけくしゃみをした。 「巣を避けて前進したいですの。けろりーなは早くツルハシでこんこんしたいですの」 「ボクも前進に賛成。まだ余力があるし……」 亜紀が肩を落とし、顎をフードに埋めた。 (「寒い」) 口にこそ出さないがそろって同じことを考えていた。太陽の届かない陰々滅々な地上世界は、無明を一歩出れば瘴気吹き荒れる荒野だ。ジルベリアの極北もかくやな寒気に、砂の混じった横殴りの風。洞窟のほうがまだましだった。霧雁はふと雲の上にいるサビ猫を思い出し、自分の想像に喉を鳴らして笑った。 (「コタツがあったらジミーともども出てこなさそうでござるな」) 中書令が琵琶を鳴らし、喉の調子を整える。 「では蟲払いを兼ねて」 鼎の背負子に腰掛け、中書令は精霊へ聖なる歌を捧げる。曲が終わるまで行けるところまで行くつもりだ。倭文と霧雁が前後を挟み、術者たちへ相棒が寄り添う。 楽章が進むほどに、どこか濁っていた視界が晴れていく。自然の洞窟と人口の坑道が交じり合う鉱山内、人の手のぬくもりを失った道。砕けた宝珠のかけらだけが往時のにぎわいの名残だった。 歌が途切れた地で、一行は野営に入った。天幕と寝袋を広げ火を興す。 氷点下の世界では一杯の茶が馳走になる。雪巳はしみじみとそう感じた。カップのふちへ口付け舌を焼くような花鞠茶を飲みくだすと、冷えきった臓腑にじんわりと熱が広がっていく。雪巳はほうと白い息を吐いた。雪花紋の指輪をまわすと襟に忍び寄る冷気が掃われ人心地付く。 「ううーあったかいー。ほれ、もっとわらわをぎゅっと抱っこするのじゃ」 「これ、火ノ佳」 「火ノ佳ちゃんおつかれさま、なに飲む? ケロリーナさん、お鼻が真っ赤だよ。冷えてきたの?」 「う〜、ですの〜」 亜紀の隣で雪那が火から鍋をおろす。ケロリーナは鼻をすすった。エクターが甘酒をいれケロリーナへ手渡す。雪巳も火ノ佳をあやしながら毛布の上に座りなおした。 「お汁粉をいただけますか。走り回って小腹もすいているでしょうから」 「ワッフルも食いねえ。おい雁の字、お姫さんのをあぶってやんな」 「おぶっ!」 ジミーに死角からわき腹を蹴らた霧雁は、とっさに猫の頭をつかみ、空いた手で腹肉を揉みながらケロリーナへ差し出した。 「手が冷える時は、こうすると暖かいでござる。皆さんもどうぞ!」 「わはは! くすぐってえ!」 「ふっくふくですの〜」 「おお、もちもちぽんぽんじゃ。雪巳も触ってみやれ」 「火ノ佳もほっぺたもちも……すみません亜紀さん、お茶のお代わりください」 ケロリーナの膝に収まったジミーは、気持ちいいのか猫らしく鳴いている。エクターは熱源コアさえあればと剣呑に呟いた。雪那が糠秋刀魚を棒に刺し火にかけ、ついで袋の中身に眉をしかめる。 「お嬢様、またお菓子ばかり……」 「いいのいいの、これがボクの元気の源だよ」 あつあつのコーヒーカップの底が、じゃりじゃりになるまで砂糖をいれ、亜紀はチョコレートをひとかけ足した。 中書令は地図に斜線を引き瘴気を掃った区画を記していく。火を囲んだ彼らの前には三枚の地図が広げられている。先遣隊の地図、自分達で作った白地図、そして古地図だ。首都無明の古代人と交渉して手に入れたものだった。 情報の代わりに、古代人は調査結果の提供を求めてきた。一行はそこで、地上での照明宝珠は天儀とは別の需要があると知った。 瘴気量の判定である。居住区への瘴気流入を察知する警報、あるいは他の瘴気宝珠の毒性の検査に。半ばアヤカシ化した古代人達と言えど濃密な瘴気には生命を蝕まれる。照明宝珠は坑道へ最初に下ろすカナリアであった。舟をこぎながら中書令が言う。 「巌坂でも同じ使い方ができるかもしれませんね。精霊湖が蓋をしているとはいえ、地下遺跡には瘴気が通っています。その瘴気は黒蓮の方々に必要欠くべからざるものですが、町では違いますから……」 地上世界の探索にあたって発掘された宝珠の強さを判断できる。その恩恵はギルドにも大きい。倭文は拳を握った。剣の重みと、刃が百足の足をそぎ落とす感触を思い返す。 「その大事な宝珠掘りが、護大の子へ手が出せないばかりに伸び伸びになってるってのは皮肉だナ」 「自分達が信じてきた教義を覆すのは、勇気が要るでしょう」 中書令は古地図へ視線を落とした。時の流れと天儀との戦で疲弊した彼らに首都から外へ出る余裕はなく、そして大長老という統率者を失ったとはいえ、護大への信仰は古代人の心身へ深く根を下ろしている。合戦の結末を理解はしても感情まで御せる物ではない。攻撃性の高い種には逃げの一手が古代人の現状であり、威力偵察は天儀の人間に頼るところとなっていた。 中書令は横になった。明日以降は古地図にしかない深部へ潜らなくてはならない。より濃密な瘴気が待ち受けているだろう。彼の役目は重要だった。 二日目の午後、一行は最奥の行き止まりへ到着した。宝珠は見当たらず、言われてみれば岩壁の色味が違うといった程度だ。 「黒水晶さんはどこですの?」 ケロリーナの声にエクターが松明を踏み消し、亜紀はマシャエライトを落とした。歓声が上がる。暗闇に、かそけきともし火が生まれ彼らを光の輪にくるむ。雪巳は目を丸くした。 (「星空に包まれたようです」) 顔を伏せればビーズを散らしたような輝きが足元にも。美しいけれど地の底の孤独と冷気も伝わってくる。少しさみしくなって、雪巳は陽の腕輪を撫でた。亜紀が駆け出し、壁を手袋でこする。 「ここ、天の川みたいだよ」 「埋もれた鉱脈でしょうか」 「じゃあここを掘ればいいんだね、絶対見つけるよ! あ、採掘は雪那に期待してるからね」 白墨で目星を点け、採掘が始まった。 カーン、カーン。ツルハシが岩盤を砕く硬い音が立つ。岩に混じって黒い塊が出てくる。雪巳と亜紀は土砂から宝珠をより分けた。かつてこの山は連日のように騒がしい音が鳴っていたのだろう。ジミーが火の番をし、雪蓮が懐中時計で交代を告げる。 「くず石ばっかだナ。……ないよりマシか」 「拳大はほしいところですね」 倭文と中書令は顔を見合わせた。半日粘ったが、採れるのは小指の爪ほどの宝珠がいくつか。あとは砂粒ばかりだ。 「そろそろ退却を考えねェと」 「いや、もう少し、もー少し粘るでござるよ。ジミーも鉤爪で掘るでござる」 「勤労意欲に目覚めたのは結構って、俺もやるのかよ……」 拳を握って熱弁する霧雁に、ジミーがあきれた声を出す。霧雁が指先を振る。 「拙者の耳に反響が聞こえるのでござるよ。この隣は空洞で、おそらくは手付かずの宝珠が眠っているでござる」 「本当ですの!? う〜、やる気出てきましたの。がんばるですの〜♪」 「張り切って掘るでござる!」 やがて霧雁の言うとおり、ツルハシの音が変わってきた。ザラメのようだった宝珠が小石大になり、やがてはっきりと六角柱が現れた。拳ほどもある塊がごろごろ出始めた頃、ツルハシが岩壁に突き刺さった。蜘蛛の巣状に割れ目が広がり、青い光があふれ、細く煙が立つ。瘴気の煙だ。目に見えるほどの濃厚な。傍で見ていた倭文とエクターは背筋を伸ばした。 (「これは。まずい。予感」) 倭文が霧雁とジミーの襟首をつかんだ。エクターがケロリーナを抱き上げ、二人は全速力で拠点まで走った。中書令が琵琶をかき鳴らし精霊の歌を奉じる。岩壁が崩れ落ち、勢いよく瘴気が吹きだす。視界が黒い雲にすっぽりと覆われる。けれど瘴気は歌に弾かれ、坑道へ流れ去っていく。見通しが立った頃、ケロリーナはやっとまばたきした。 「ちょっとびっくりしたですの」 「ご無事で何よりです、お嬢様」 「肝が冷えタ」 「はっはっは、進歩には失敗が付き物でござるよ」 「雁の字、おまえが言うな!」 亜紀が雪那の後ろから壁の奥をのぞいた。感嘆の吐息がこぼれる。天井の高い空間が、青白く輝く水晶に覆われている。中央では一際巨大な水晶が燐光を纏っていた。雪那が結晶を折り取り、月明かりを持ち上げた。 ●巌坂 培養槽に月明かりが生まれた。 中書令と鼎は荒縄を命綱に地下へ灯りを点していく。遺跡の整備はまだまだこれからのようだった。仲間へ続きを任せ、中書令は集積塔へ向かった。内に踏み入ると、抜かれた湖水の代わりにとろりと瘴気が満ちている。 「灯りを持ってきましたよ、先代戚夫人」 黒い水が盛り上がり、小山のような出目金が顔を出した。紫地に縫いこまれた金糸と、左手首の数珠が水晶の光を受けてきらめいた。目元をほころばせ欧は軽く頭を下げた。 「この度はけっこうなものを」 「相応の服が必要と思いまして。数珠は私なりの貴方がたや一蓮教が人知れず儀に尽くされた労への感謝です」 「はて世話になった覚えはあるが礼を言われる覚えはついぞ見当たらぬ。内へ篭るだけだった我々に新たな道を指し示してくれたは、そなたらではないか」 はにかんだように微笑み、中書令も腰を折った。 「では、お土産を他の方にも渡してきます。記録係の方へは私達の戦いをお伽語りとして。呂さんには戚夫人就任のお祝いの意味で麒麟の旗袍を。参さんには教団を潰させない様お願いする意味で落宝金銭を……」 失礼、と前置きして欧がこめかみをもんだ。塔のモニターに様々な景色が投射され、一枚を残して消える。どこかの風景だ。病の床にあるのだろうか、質素な天井が見える。 「すまぬ、急ぎだ。あの子を呼んできておくれ」 「新しい体……というのもおかしな言い回しですけれど、違和感などはありませんか?」 本院の庭で、雪巳は明結達に囲まれていた。南の島はぽかぽかで風は気持ちよくて、季節はずれのブーゲンビリアが咲いている。 「大丈夫よ」「平気なの」「痛くもないし」「お外を歩けるからうれしい」 口々に答える明結達に、けっこうおしゃべりですねなんて思いながら雪巳は笑みを深くした。 「今度みんなで町へ行くの」「新しい帽子がほしいの」「あとね金のお花が欲しいの」 「金のお花ですか?」 雪巳は首をかしげた。 「造花よ」「細工物の」「地下は瘴気でお花が枯れちゃうから」「欧さんにもあげるの」 「そうですか。……これからも無理をなさってはいけませんよ」 友人の傷ついた姿は、やはり見たくありませんもの。 想いが伝わるよう、始まりを歩いた白はひとりひとりをしっかりと抱きしめた。 (「私達がしてきた事……巌坂の方たちが望まれた形に、少しでも近づけたでしょうか」) 「また何かあれば、いつでもお呼びください。お手伝いに……」 「雪巳さーん、明ちゃん見かけなかった!? さっきまで礼拝堂に居たにょー!」 本院の応接室。亜紀は姉と呂を前に、というわけで、と黒檀のペンをくるりと回していた。 「ボクは生涯の研究テーマを黒蓮鬼に寿命をもたらす方策を見つける事に決めた」 呂は無邪気に拍手し、神座真紀(ib6579)は難しい顔のまま唸った。 「父さんにも手伝ってもらう、だけど個人の力で命の果てを探すのは難しい。そこで、新一蓮教教母呂さんと新神座家当主真紀ちゃんに互助契約を結んでほしいんだ」 亜紀は期待に満ちた瞳で真紀を見つめた。 「……婆ちゃんならアカン言うやろな」 眉間にしわを寄せ苦虫を噛み潰していた真紀は、肩の力を抜きニッと笑った。 「でも今はあたしが当主やからね。呂さん」 真紀は呂へ向き直る。 「要請があれば神座家が初代以降記録し続けたアヤカシの全記録及び人員を貸し出すわ。条件は、今後黒蓮鬼が一般人に決して被害を出さん事。ええな?」 「はいっ」 「いつも返事だけはええんよね、ほんま頼むで」 真紀は神官服の呂を見つめ感慨深げに呟く。 「アヤカシを滅ぼすのが家業やった神座が、アヤカシと生きてく人らと手を結ぶ日が来るなんて。なんや信じられんなあ。うちらも新しい時代に向けて舵を切らんとね」 「ボクは真紀ちゃんがこうしてくれるって信じてたよ。だって真紀ちゃんも協力者だもんね♪」 誰かが走ってくる。扉が叩かれ、亜紀は振り向いた。 どうにか呂を送り出した参は息抜きがてら中庭へ出た。煙管をふかしていると廊下の端から霧雁が現れた。なにやら思いつめた様子で、マスクで隠した顔には珍しく哀愁が漂っている。参が手招くと驚いたように足を止めた。 霧雁が参の隣へ座る。組んだ膝の上にジミーを乗せ、参はしばらく花園を見つめた。子どものころ参は、花を美しいと思わなかった。色にも形にも興味を引かれることはなく、他人が美しいと言うからそういうものとして扱った。 だいたいそう騒ぐのは幼馴染で、口をぽかんと開けて桜の木を見上げたままの彼女に、夕日が沈むまで付き合わされたり。あの頃のままが真実の自分なら、今こうして花を美しいと感じる自分は何者なのだろう。 「さっき欧さんに蓮肉喰いになる事を志願してきたでござる」 何気ない風の霧雁のセリフにジミーが跳ね起き、参は煙管を落としかけた。 「あれ本気で言ってたのか?」 「拙者、賑やかしは得意な方で、黒蓮鬼の皆さんが長い時を生きるのであれば、拙者の様なおどけ者がいた方が退屈しないと思うのでござる。いや……その何というか」 霧雁はマスクをはずし、参へ顔を向けた。 「参さん……貴女と同じ時を生きたいのでござるよ」 言葉に詰まり参はうなだれた。 「そうやって梁山時代に黒蓮鬼が増えたにょ」 「……共に過ごしたいのでござる」 「うれしい! わかってる! だけど!」 霧雁の肩へ参が頭を預ける。ジミーはするりと抜け出た。 「蓮肉喰いになるかはさ、ヒゲのダンディになってからでもいいじゃん。私そっちのほうが好みにょ」 「それまでは?」 「寝床を暖めて待ってる」 恋人達を横目にジミーは陽だまりで香箱を組んだ。 「……やっぱり組む奴を間違えたかもな」 なんかさっきからバタバタしてんなァと倭文は思っていた。 緩和棟の黒蓮鬼を手伝って、地下から運び出したガラクタの山を仕分け。ふいと後ろを振り返れば、渡り廊下を駆けていくケロリーナの姿。 呼び止めるとかえるのお姫様は駆け足のまま倭文のところまでやってきた。『武僧まにゅある』とおっきく書いた手作りの本を脇に抱えている。 「白おにぃさま、けろりーなは急いでますの」 「悪ィナ。明燕は今どうしてるんダ、用事終わるの待ってるんだガ」 「呂おねえさまならもう港ですの」 「はァ?」 ケロリーナは返事を背に走り出した。 「けろりーなは呂おねえさまと望まないで蓮肉喰いになったお人のところに行ってえいやってしてあげるですの〜」 「待て、話が見えねェ」 がらくたを放り投げ、倭文はケロリーナの後を追った。飛び飛びの話をつなぎ合わせると、朱春郊外のある信徒が病に伏しているのだそうだ。信仰の薄い天涯孤独の身で、放っておけば黒蓮鬼に変じてしまうということだった。門を抜け坂道を駆け下り、倭文はケロリーナと港まで走った。 杖を手にした明燕が飛空船のタラップに立っていた。 「明燕、とりあえずコレな」 肩で息をしながら倭文は輝石の指輪と白羽の宝珠の首飾りを明燕の掌にぽんと置く。 「好きだ。結婚するぞ、明燕。我の伴侶になってくれるナ?」 顔をあげる。 居ない。 こんな時だけ元シノビの素早さで明燕は甲板に移っていた。頬を朱に染めたまま物陰から様子を伺っている。タラップがあげられ船の動力宝珠が唸りだす。倭文は岸に戻り明燕の近くまで歩いていく。 「挨拶に、あと何ダ。教団……も考えりゃ婿のが良いのカ? ……まァまた忙しいが、着たい衣装は考えとけよ。すぐに姫様にするのは難しくとも、まずそれくらいは叶えてやる」 想い人をまっすぐに見上げ倭文は屈託なく笑んだ。 「幸せにする」 飛空船の腹が岸を離れる。明燕が船から飛び降りた。頭の飾りから花を引き抜き倭文の左の薬指に巻きつけると、道端の積荷を蹴り上昇する船へ舞い戻る。長い髪と神官服が風にあおられた。耳まで赤くしたまま明燕はぺこりとお辞儀をした。 「不束者ですが謹んでお受けします。じゃあ行ってくるね、小倭」 傍らでケロリーナがくすくす笑って手を振る。倭文は声を張り上げた。 「我の方の家に行くときは飯抜いとけ、大騒ぎと料理の山ダ」 花園で雪巳は伸びをした。見下ろす街並みは日差しを受けてきらめき、青空には飛空船。のんびりした景色はどこを切り取っても悲しいことなどないように見える。 (「終わった、のですよね。……いえ。ここが始まり、でしょうか。世界がほんの少し色を変えて、けれど私達の営みは変わらず続く。まずは手の届くところから……参りましょうか」) 南国の影は深く暗く、花は鮮やかで美しい。きっと、明日も。 |