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■オープニング本文 前回のリプレイを見る あの三十人を、適性と希望職種ごとに振り分けるのと、元からの仲間をまとめる形と、どちらが各領地に移住させるのに適しているのだろう? 元からの仲間をまとめれば、当人達は精神的に安定するかもしれないが、行った先で同年代と馴染むのに時間が掛かる可能性が高い。 適性で振り分ければ、その危険性は低くても、孤独感を深めて何人かは土地に馴染めない者が出てくるかもしれない。 どちらにしても、受け入れ先では少年少女だけで住まわせるつもりはなく、領内の何軒かの家に二人から五人くらいずつで預けて、生活の支援をさせる予定だ。こちらは年配夫婦を中心に、進んで受け入れを申し出た家庭があり、数に不足はない。 これは、いずれの領地も二十年前まではその年の収穫高が低いと、冬には餓死や凍死者が出る危険性に怯えて暮らす環境にいたからで、年長者ほど種類は異なれど苦労をした年少者に同情的な者が多いのだ。 加えて。 「俺らは、若君のちっちゃい理想が好きだからね」 「小さいって?」 「領内、これはガリ家領内だね。その全部の住人が、とにかく毎日食べるのに困らないようにする。私も、これには賛同するが‥‥小さい割に長い道のりだよ」 「でも皇族なのに、ちゃんと足元見てる気がして、あたしは好きよ。帝国全部の民がとか言ったら、このおぼっちゃまが何を言うかって思っちゃう」 若君というのは、依頼人ガリ家の跡取りで、皇帝庶子のソーン・エッケハルトのこと。帝国中央では、小規模領主など直の家臣でも気安い口がきける相手ではないが、ガリ家の領内では馴染んでいるらしい。騎士達も『たまに言うよね』と笑っている。 なにはともあれ、ガリ家は何が切っ掛けだか、ここ十何年は領内の生産性向上に力を入れていて、でも未だにそれがかなわない道途上だ。その中では移住候補地は食料の生産性が高いので、少年少女の受け入れを打診されたようである。 「ま、あいつらも毎日働けば飯がしっかり食えるとなれば、もっとちゃんとした夢を持てるようになるよ。今日は何を食べられるかなんて心配しているうちは、先の展望だの、他人の幸せなんてものまで考えていられないだろ?」 イワノフはのほほんと口にしたが、その実なかなか重い発言だと聞いた側は考えて‥‥ 更に何時間も掛けた相談の後、少年少女達三十人の受け入れ先は決まったのだった。 後は十二月に入ってから、彼らを移住先まで送り届けることとなる。 |
■参加者一覧
御剣・蓮(ia0928)
24歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
明王院 玄牙(ib0357)
15歳・男・泰
サブリナ・ナクア(ib0855)
25歳・女・巫
エルシア・エルミナール(ib9187)
26歳・女・騎 |
■リプレイ本文 「外の血を入れたいって、縁談込み? 嫁付き? おい、こんな出会いのない僻地で頑張っている騎士さん達に謝れ!」 話し合いの際、まあ半分愚痴だがこう噛み付いた八十神 蔵人(ia1422)に、シテ領主のイワノフはしれっと返した。 「俺の入手した情報だと何人か結婚の許可を貰う手紙を出してるけど?」 開拓者達の大半が『あれ?』と首を傾げる中、騎士や兵士の数名がわたわたし始めた。その様子に、 「‥‥だあっ、お前ら仕事ってもんをなぁっ!」 「おめでたいことで、よいではありませんですか」 「だけど、あの子らに知られたら下世話なことだけ言いそうだからねぇ。黙っとくのがいいんじゃないかい?」 ばりばりと頭をかきむしる八十神に、至極真面目にエルシア・エルミナール(ib9187)が声を掛け、サブリナ・ナクア(ib0855)はもっともな指摘をした。 「では、後顧の憂いなくおめでたい席に臨める様に、彼らの処遇は良く吟味して、早めに決めなくてはいけませんね」 なにしろその後に当人達を納得させたり、荷造りを指導したりとやることは多々待っている。祝い事の前に、そちらを片付けて、全てきちんとさせたいとは御剣・蓮(ia0928)の弁だ。彼女もはっきり口にはしないが、少年少女にはそれなりの情がある。同様に長い期間、彼らと向き合ってきた騎士や兵士達に、心配事は残したくないのも人情だ。 「そうか、新年を前にいい話が続くのは、彼らにも悪くないと思ったのだが‥‥」 「役目を完遂するまでは、気を抜いたらいけませんよね」 こちらは素直に慶事を喜んでいた皇 りょう(ia1673)と明王院 玄牙(ib0357)だが、他はさておき少年少女の行き先を決める事に集中し始めた。 八十神はもう一言くらい言いたそうだったが、 「先におおまかな割り振りを決めてから、年長者達と調整したほうがええんやないか」 頭を切り替えている。 調整。 これはもちろん子供相手には通用しない。だが少年少女の中でも年長者相手なら、話が通じると考えたわけだが、 「ばらばらなんか、嫌に決まってるだろー!」 半数ほどは、ちゃんとした話し合いにならなかった。どうしても元からの仲間が揃っているほうがいいとか、あれがこれがとやかましい。ものを言う前に整理して話し始めないから、場が混沌としてくるばかりだ。 「いやまあ、色々不安なのは分かりますけれどね」 「しかし、これから新たな人生が始まるというのに、この有様では先が‥‥」 それでも年少者のことを心配している半数に同情的な明王院とりょうも、これで移住先に送り出して大丈夫かと懐疑的。が、この二人の場合、あまりきつい対応には出ない。 「家族とて、別に生活するなどよくあることであります。ちゃんと生活出来るようになったら、会いに行けばよいのです」 する前に、今回ならエルシアが、そうでなければ他の誰かがビシッと言ってくれるからだ。けれども、彼らが血の繋がりの有無は別にしても、仲間を心配する気持ちは分からなくもない。 「まとめて全員一緒に行きたいやろうけどな、やりたいことを見付けた奴の応援をしたれや。ここは堪えて、背中を押したるのも保護者の仕事やで」 八十神が言い聞かせると、まだぶつぶつと何か口の中で呟いているが、大半は押し黙った。やりたいことがより出来る土地に行った方が、本人にはいいと誰しも理解しているのだろう。 納得しきれないのは、別れた後が心配だからということと、ここでようやく慣れてきた生活がまた激変するのを不安に思っているからだ。そのくらいは、年少の明王院でも皆の顔色と表情から察することが出来た。 ならば、 「暮らしに慣れて生活に余裕が出来たら、他の地域の仲間を訪れることも可能だろう。そんなに心配することはないと思うぞ」 「そうですよ。希望する仕事の方が覚えもいいでしょうし、それでしっかり手に職がいたら、早くに他の方を訪ねる許可が出るかもしれませんから」 受け入れ先にも人数的な限界があるとか、土地による体力面での向き不向きとか、なにより新しい生活に馴染むためにはあまり仲間ばかりで固まらない方がいいとは伏せて、りょうや明王院が説得を開始すると、ぶつぶつ言っていたのも止んでくる。 「それ以前に、普段から行き来がないか? この距離は」 「あんまり他所に行く用事もありませんけれどね。ま、一日で往復出来ないのはシテ村くらいです」 「向こうに着いてから、しばらくは勝手に抜け出さないように気を付けないといけませんね」 説得の輪の外では、サブリナと蓮が移動のための地図に記された各領地の距離を眺めて、デニスと小声で話しこんでいた。シテ村は山の上なので少し距離があるが、他の三つは一日掛からずに移動できそうだ。これなら他の領地に行った者のことも、時々耳にすることは難しくないだろう。 それを教えたら、皆も少しは気持ちが浮上するかもしれないのだが、街にいた時の感覚で簡単に行き来出来ると考えそうなのが混じっているから、移動に納得するまでは秘密にするに限ると、こちらの三人は考えていた。 後になって、それを知らされた他の四人は、それぞれになんとも微妙な顔になったのだが‥‥考えた事に大差はないだろう。 ここでも、雪がたくさん降った翌日に、足を取られて身動きが出来ない者が多々いるのだから、うかつに近いなどと教えたら遭難者続出間違いなしだ。 年長者でも不満たらたらだった行き先調整は、年少者にはもっと不評だった。 だが、そういう不満が静まったのは、蓮がアルミアはじめ、芸事を修めたいと希望してミエイに行く事になった数人への見本にと、ひとさし舞って見せたからだ。 「先程の曲は、だいたい結婚式の時に演奏されるものです。吟遊詩人なら、必ず覚えていないと仕事にならない曲ですね。踊りは必ずこれという形があるものばかりではありませんが、この先、やるかもしれませんのでね」 蓮は本職ではないが、芸事で身を立てていた経験がある。それで参考と、ついでにおめでたい話があるので、ジルベリアでよく結婚式に演奏されるという曲と、後は演奏がなくても見栄えがいい踊り。後進指導というほどではなく、ちゃんと芸事を見た事がない少女達へのはなむけ程度だったが。 「そこ、見物するのなら、きちんとなさい」 荷造り指導に飽きた少年達まで集まり始め、押し合いへし合い始め、蓮にぴしりと言い放たれた。いつもの作業用の服装ではない、舞いの衣装に呑まれたか、素直におとなしくなってサブリナに小さく笑われている。何人かは反論を試みていたが、その前に八十神に止められた。 「御代はなしで見られるなんざ、滅多にあることやないで。おとなしゅうしとき」 監督役も集まって、時間にすれば十五分前後。この開拓村予定地には珍しい、静かな時間が過ぎた。鳴っていたのは、蓮が手にした鈴の音のみ。 その音が鳴り終えて、大人達が拍手している中で、少年少女達はぼうっとした顔で固まっていた。 「皆さん、拍手拍手」 明王院が促して、でも拍手はぱらぱらとしか上がらなかったが、蓮は笑顔だった。 だがその後の荷造りで、薪をまとめる作業がまるで進まないどころか、 「うわぁ、誰か怪我していないか?! 集中しないと駄目だと、あれほど言ったではないか」 薪の束を作って馬車に載せるはずが、途中で解けて散らばってしまい、監督していたりようが肝を潰す羽目になった。おかげで、作業は一からやり直し。余計に時間が掛かったが、五人ほど結び目の作り方がおかしいのをエルシアが発見したので、そこは良かった‥‥と思わないと、指導する方はくじけそうだ。 背負う荷物は重量物を下に、上の方に軽いものとよく使うものを入れる。それから荷物は背中に沿わせて、ぐらぐらしないように背負い紐を事前に調整するのが大事。 「どこでも水が手に入るわけやないからな。多めに持って行くように心掛けるのが大事や」 「防寒は足元を念入りにするのがいいので、靴下の予備があるかちゃんと確認してください。靴の傷みがあったら、今のうちに直しましょう」 八十神と明王院が自分の荷物を例にしつつ、事細かに説明するが、状況はそれ以前の者が多かった。 「着替えは、こう畳むですよ。ほら、綺麗に畳まないうちに次に行こうとするから、ぐしゃぐしゃになるのであります」 「袋の底の大きさに合わせて、重ねて入れればいいのだ。いや、それは順番が違う」 衣類が畳めないとか、背負い袋に入れる途中で崩れるとか。エルシアとりょうが一人ずつ見て回り、一々直しているのだが、もちろん作業は遅々として進まない。 ここに食料と水が入ったら、更に始末が悪い。 「水は袋に入れないんだよ。他の荷物が濡れたら困るだろ」 どうやって荷物を詰めるかから始まって、荷物の持ち方まで指導がいる。サブリナも、荷物の中から水袋を出して、持ち方を教えている。 「あなたは、持ちすぎにならないようにしなさい」 蓮は、舞い以降、後ろを付いてくるアルミアが、妙なやる気を出して他人の分まで荷物を持とうとするのを制止するのに忙しい。 「よし、空き家は獣に荒らされんように、きっちりと戸締りしたな」 簡単にこじ開けられないように扉に板を渡し、八十神の問い掛けにここで一番素直な返事をした少年少女達を引率して、一行は出発した。 移動経路は、タハル領に入って、そこからシューヨーゲン、ミエイ、シテとに分かれる事になる。 言うのは簡単だが、そこに到るまでには、野営の際には防寒具を乾かせと口をすっぱくして言っておいたのに、疲れて寝てしまうのや、濡れたままで歩き回って凍えたりするのが続出。天候だけはよく確かめてから移動開始したので、吹雪の中で移動する羽目にはならなかったが‥‥予定の旅程など、最初の二時間で崩壊していた。 幸いにして、道中で事故も事件もなく、でも予定より半日近く遅れてタハルに到着できた。 「じゃあ、これを渡しておくよ。そのうち自分で読めるように、頑張るんだね」 エルシアがタハル領に残る者に一人ずつ声を掛け、細かい生活の注意も与えている横で、サブリナが自分で綴じたらしい本を渡している。建築の基礎知識と開拓予定地で使った手法をまとめたものだが、誰も読めないのでまったく有り難がっていない。 それでも一人が手を出したが、移動の間の野宿で手が真っ黒になっていたので、サブリナが荷物を開けて入れ込んだ。続いたのは、衛生面の注意だ。 「だぁ、もう聞きたくねえよっ」 タハル預かりになったサヴァーが吠えたが、そんなのはもちろんぎゅうぎゅう頭を押さえられて終わりになる。 「言われないように、これからは自分で心掛けるのだぞ。皆の明日に、精霊の加護があるように祈っているからな」 それだけなら、サヴァーももう一度くらい吠えたろうが、りょうに少しばかり寂しげに言われて、毒気が抜けてしまったようだ。ついでに気が緩んだのだろう。他の者達が出発する段になって、初めて泣き顔を見せた。 「みっともねえなぁ。泣き虫とか言われんなよ」 「その言葉遣い、直したほうが良かったかも知れんなぁ」 アルミアがこちらも強がりと分かる顔でサヴァーの肩をどついていたが、その言葉遣いに八十神が脱力している。確かに直しておけば良かったなと思った者もいたが、そんなことをしたら馴染むのに時間が掛かったかも知れない。 「ミエイのご領主には、色々ご連絡しておくことがありそうですね」 忘れず、一人ずつの特徴と現状での欠点は申し伝えておこうと、蓮が覚え書きまで書いている。 その後、更に目的地毎に別れた開拓者と少年少女達は。 「うわっ、煙い、なんで?」 「しけった薪なんぞ使えんって、教えたやないか」 「この時期に、拾った枝で暖を取るのはまず無理ですからね。ほら、焚き火から引き出して、雪の中に突っ込んでおきなさい」 ミエイ行きの一行では、休憩時に焚き火に拾った枝を突っ込んで煤塗れになり、八十神と蓮がこの期に及んでまだ注意するのかと、咳き込みながら煙から他の者を遠ざけていた。エルシアは、枝を火にくべた者と一緒に煤が上がる元を引き出しているが‥‥自分だけ逃げようとするのを、捕まえるのにまず忙しい。 シューヨーゲンにはりょうが付き添い、こちらは特に問題なく到着したものの、 「ちょっと待て、あんなのがいるとは聞いていないぞ。大丈夫なのか、あれはっ」 「いやー、気持ちは分かるけど、普段は害がないから。あれで木工の腕は最高級なのよ‥‥人としては、色々問題あるけど」 直後から、八人いる木工職人の二人ほどが人形偏愛の傾向が強いというか、連れて行った少女が見付けた人形に不用意に触れたのに激怒して暴れるかと思う調子だったので、オリガに直談判を行っていた。激怒させた少女は最初こそ驚いていたが、怒鳴られるくらいは慣れたものだと、今は珍しいものを眺める目付きで職人達を眺めている。 「近付かなければ平気なんだったら‥‥どっかに閉じ込めとけばいいのに」 「いや、そういう考え方はよくないぞ。しかし、放置されても困るしな」 こんなところに少年少女達を預けていいのだろうかとしばし迷ったりょうだが、騒がしさに新しい住人の到着を知って出てきた同年代の者達と構えずに話し始めた様子に、先行きの明るさを信じる事にした。 そして、シテ村に向かった一行は。 「この道、狭いよ、おかしいだろ!」 「外部からの侵入に備える必要があるのかい? わざと狭くしてある箇所があるだろう」 山道とは名ばかりの、崖に掘られた細い筋を辿っていた。山の生活や牧畜を希望した少年少女達もこれには面食らったようで、命綱を付けられて怖々と足を進めている。 こういう道だと知っていたからだろう、デニスや騎士達も付き添っていて、サブリナと明王院も協力して、皆の荷物の大半を背負っているが事故が起きそうで、大抵のことでは余裕を見せるサブリナも眉間に皺がよっている。そして、彼女の指摘はけして間違っていなかった。 「昔、帝国に組み込まれる前までは、この辺りは集落ごとに争っていたのでね。今は上から整備してますけど」 明王院が皆を励ましつつ登っていくと、途中からは確かに道が広くなっていた。ようやく安堵した少年少女達は、自分達が登ってきた麓の方を覗いて‥‥ 「あんた達も、ギルドって行くといる?」 エルシアと八十神が『困った時には、開拓者ギルドに相談に来い』と口にしていたことを確かめてきた。 「ええ、まだ修行中ですから。でも、困ったらまずはここのお仲間に相談するのが先だと思いますよ」 明王院の返事に納得したかどうか。 だが、村の方から彼らを見つけて身軽に降りてくる人影に、皆が警戒するよりほっとしているのを見て取った開拓者と監督役とは、笑顔を交わした。 |