開拓村未満〜九月
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/17 12:06



■オープニング本文

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 三ヶ月。
 一年の四分の一も経てば、年頃の少年少女達には目を見張るほど成長する者もいる。
 名前もない開拓村予定地に送り込まれた三十人の中では、テュールでもあるアルミアが一番の変化を見せた。
 栄養状態が良くなったせいもあろうが、まず背が伸びた。年齢より三つは年下に見えた体格が歳相応になったわけだが、体付きも女性らしくなっている。
 ところが。

「こぉらっ、アルミア! 相手が誰でも力一杯殴るな!!」

 監督役の誰かが一日に一度はこう怒鳴らなければならないほど、乱暴な態度でも目立っている。相手は同じくテュールのサヴァーだが、力一杯殴りつければ彼とて吹っ飛ぶ。
 最初は前回開拓者が来ていた一月弱前だったが、それから徐々に回数が増えて、毎日。サヴァーも黙って殴られているばかりではなく、殴り合いになると引き剥がすのが大変だ。
 幸い、とは言い難いが、二人とも他の仲間に同じことをしたら命に関わるのは理解しているし、そもそも喧嘩にならない。なぜだか二人だけで喧嘩をして、その度に怒られていた。
 挙げ句に、原因はどちらも言わない。

「そういえば、あの二人は先の希望も言わないな」
「別にそっちは珍しくないでしょ」
「でも‥‥何か考えてはいる顔だと思わないか?」

 最近になって、少年少女には先々就いてみたい職種があるのかと確かめ始めていた。いずれも街育ちだから、農業や牧畜とは言わないが、中にはちらほらと具体的な職名を挙げる者はいる。
 それでも大抵は、その時の気分であれがこれがと口にしている。注意深く繰り返して確かめているうちに、人によっては商売に興味があるとか、物作りが好きだなどと分かってきた。
 けれどもテュールの二人だけは、頑としてまったく何も言わない。なりたいものがあるともないとも言わず、黙り込んでいた。その様子に、何か気持ちが向いているものはあるのではないかと、監督役達は考えるようになったのだ。

「毎日顔を合わせる人間でなければ‥‥言うかな?」
「開拓者に頼んでみようか」

 尋ねる相手が変わって、しかもそれが毎日顔を合わせる者でなければ、喧嘩の原因くらいは言うかもしれない。
 それが無理でも、テュール同士の手加減がない喧嘩は命にも関わると言い聞かせてもらおうと、監督役達は溜息をついたのだった。
 彼らの説教と説得と説明の言葉は、すでに尽きている。


■参加者一覧
御剣・蓮(ia0928
24歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
明王院 玄牙(ib0357
15歳・男・泰
サブリナ・ナクア(ib0855
25歳・女・巫
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
三条院真尋(ib7824
28歳・男・砂
エルシア・エルミナール(ib9187
26歳・女・騎


■リプレイ本文

 開拓予定地に到着して二時間後。皇 りょう(ia1673)と明王院 玄牙(ib0357)が悲鳴を聞きつけて走り出した。
「「何をやっている」」
 んだとか、ですかとか。語尾は違うが、口にしたのは同じことだ。
「お前ら、この冬前の忙しい時に何を男女で乳繰り合ってるんや」
「いやいやっ、そういう冗談はいいから」
 同様に騒ぎの場に駆け付けた八十神 蔵人(ia1422)が呆れ果てたと言わんばかりに話しかけたが、フィン・ファルスト(ib0979)に即行で却下された。
 確かに、アルミアが地面に引き倒したサヴァーに馬乗りで拳を振るっているとなれば、冗談では済まない。実際に八十神の声も耳に入らず、アルミアもサヴァーも大暴れを続けようとしていた。
「まったく‥‥さっそく説教とは、情けないにも程がありますです」
「痛い痛いっ」
「当たり前です。痛いように押さえていますからね」
 取っ組み合いというにも、テュール同士では危険に過ぎる行為を止めるべく、明王院とりょうが二人を引き離したのに協力したエルシア・エルミナール(ib9187)と御剣・蓮(ia0928)は、そのまま動きを押さえ付ける技を掛けていた。
 喚きながらじたばたしているテュール二人を、サブリナ・ナクア(ib0855)がそのままざっと診察していた。
「ちょっと誰か、何があったのか説明して」
間に三条院真尋(ib7824)が周囲にいた少年少女に尋ねるも、はかばかしい答えは返ってこない。
「骨は大丈夫だね。しかし、なんでこんなにやるんだい」
 到着してすぐに、この二人の喧嘩が激しい上に原因が不明で手を焼いているとは、騎士達から聞かされていた。蓮が『好きな子ほど苛めたい』ではないかと指摘したら、それは絶対に違うと監督役が口を揃えて否定したが‥‥なるほど、納得である。
 どう見ても、力の限りにぶん殴っている。テュール同士だから青痣で済んでいるが、他の少年少女が巻き込まれたら大怪我間違いなしだ、
「喧嘩っ早いテュールなんぞ、街に戻ったって居場所がのうなってしまう。ちぃと厳しく叩き込まんとあかんな」
 八十神が珍しく苛立ちを滲ませて断言したように、テュール二人の現状は早急に変化を見なければならないと意見の一致を見た。開拓者も監督役も、皆揃ってあの二人に何か悩み事があるのだとは察している。
 最初の話を聞いた折には、訓練でもしているつもりかと考えた者もいたけれど、実際に見ると感情に任せての暴力でしかない。このままではいずれ骨の一本も折るだろうと、心配する者もいるが。
「いっそ、一度痛い目を見るのもありかもしれないね。ま、先に拳を傷めない握り方や殴り方は教えてやった方がいいか」
 当初は閃癒で傷を治癒させようとしていたのに、反省を促すのにしばらく痛い思いをさせたいとの騎士の申し出に頷いたサブリナはあっさりとしたものだ。挙げ句に、二人の傷には沁みる薬を塗りたくった。
 その時に、二人がどちらも押し黙っていたのが、騒ぎ立てるより問題ではないかと明王院は感じた。これに同意見の者は何人かいる。
「どちらかが騎士か開拓者にでもなりたいと言い出して、もう片方が納得していないかもしれませぬな」
「そうだな、将来について一悶着あるように見える。テュールの力は他の者と異質ゆえ、色々と思うところがあっても不思議はない」
「今までが仲間としっかり結びついていたから、離れる選択が裏切りだと思い込んでいるかもしれませんね」
「うん。その辺りも大事だけど、他にも二十八人いるからね?」
 アルミア達にあの調子で暴れられてはやるべき作業が滞って仕方がないと、小会議状態になっていたエルシア、りょう、明王院が、三条院に作業監督の仕事があるぞとやんわりと指摘された。喧嘩する二人はとりあえず引き離しておいて、全員がやるべき作業を進めないと後々大変な事になってしまう。
 なにより、開拓者も三十人全員に目配りをせねばならない立場なのは、監督役と変わりない。アルミア達の心情を探るのは、一旦小休止となった。もちろん、合間を見て話を聞く機会があれば逃さないと考えているのは、ほとんど全員なのだが。

 一芸あれば、飯が食える。
 この場合の芸は、芸人などのそれではなく、特技のことだ。
「特技があれば、職探すのにも便利やで。あとなー、お前らが街で生活するならいらんが、今大事なことー。秋は冬眠前の獣が凶暴化して、食い溜めしに遠出してくるぞー」
 この辺りには大型肉食獣はいないはず。ただし時期的に用心は必要と、騎士達から情報を貰った八十神が、手斧を片手に燃料集めの少年達に語りかけている。貧民街とはいえ街育ちで、熊が冬眠することも知らない彼らには実感がない話だったが、『獣もアヤカシ並に怖い』と脅かしたら用心する気になったようだ。
「獣がおらんでも、寒かったら死ぬしな。何本かは木を切らんと駄目やろ」
「冬越しをここでするわけではなくて、一安心ですがね」
 冬季の生活には非常に厳しい環境だから準備は入念にと考えていた一同に、監督役はこそっと『十二月には撤収』と教えて寄越した。最初は冬季もここで過ごす可能性が高かったが、その準備のための人員を領内のごたごたで配置出来ず、人里に引き上げさせると決まったそうだ。
 それでも、この地域には後日に住人が送り込まれてくるから、その人々がしばらく困らない程度の燃料の備蓄は作業に入っている。よって、八十神が切り倒す木を決めている間に、蓮が少年達に手が届く範囲の枝を切り落とさせ、枯れ枝と生木を別々に束にするよう指導していた。
「そのまま担いだら、帰り道で引っ掛かりますよ。早く帰りたかったら、荷物の作り方も考えなさい」
 最初に比べれば要領は良くなっているが、一人は途中で束が崩れそうな結び方だ。そちらにも一言注意しようかと蓮が口を開き掛けたら、他の少年が気付いて、二人で束ね直し始めた。先の少年は細工物の職人になりたいと言い、後者は何にも思い付かないと考えるのも乗り気ではないが、少なくとも協力する意欲はあるわけだ。
 背後からは、明王院がサヴァーともう一人の少年と一緒に、潅木の茂みを切ろうとしている話し声が聞こえてくる。
「だから、こちらの葉が付いているのは箒にすると家畜の世話に便利ですよ」
 簡単な道具作りを通して、興味がある者には多少の体験を、そうでない者にも作業の簡便化の知恵を練る経験をと計画している明王院は、山羊の糞や鶏の敷き藁のかすを箒で集められるようにしようと誘っているわけだが、箒って何から始まったので少なからず衝撃を受けている。
 挙げ句に家畜の糞も、手で掻き集めたほうが早いなぞ言われては‥‥
「そんなことしたら、病気になりますよ。それに、美味しいもの食べたいでしょ!」
 相手が将来は露店で軽食を商いたいと言っていた少年だけに、声にもそれは力が入っていた。食べ物を扱うなら大事なことだと言い募られて、少年も一応神妙な顔はしているが、サヴァーはあまり興味がなさそうだ。
 相変わらずサヴァーは将来の希望を口にしないが、態度からすると食品関係に興味はなさそうだと明王院以外も思っている。他の何に対してもほぼ無反応なので確実とは言えないものの、開拓者や騎士にもなりたそうには見えなかった。
 でも何かがあって、それがアルミアとの揉め事の種なのは間違いなく、聞き出すのはなかなかの難事業だと三人共に思っている。

 その頃、三条院もちょっとした衝撃を味わっていた。
「食べ物売る仕事なら、自分が食べるものも困らないでしょ」
 すごくいい事を考えましたと自慢げな少女も、軽食露店で働くことを夢見ている。多分商売の基本はまるきり理解しておらず、美味しいものが食べられそうとの思い込みから。
 他に料理を担当しているのは、そこそこ家事に興味がある少年少女である。裁縫や洗濯は仕事がない日もあるから、まとめて家事班に編入されて料理も習っている。
「仕事でやるからには、色々覚えることもあるけど‥‥まずは自力で生活出来ないことには始まらないものね。じゃあ、最初に何をするんだったかしら?」
「芋を洗う!」
「その前に、手を洗いなさい」
 どうせ芋を洗ったら泥がつくのにとぶつくさ言うのに、それでも基礎を繰り返し言い聞かせつつ、三条院の頭は忙しく働いていた。十二月までの生活に足りない物を確かめる以外に、彼らが希望する仕事の見習いに就けるとしても事前に施すべき教育も考えてやらねばならない。

 ジルベリアでは、山間部ならそろそろ雪が降り始める。例え真冬は人里に移動するとしても、それまでの期間に寒さで体を損なうことがないようにと、サブリナの監督の下に住居の補強が行われていた。石積みの壁に漆喰を塗りたいところだが、石灰は掘り出した石を砕かないといけない。よって、まずは赤土で壁を塗って、その上に漆喰を塗るのはそこまでの作業がひとしきり終わってからになるだろう。
 問題は、漆喰を塗れば見栄えと耐久力と耐寒力が向上すると説明だけされても信じられない少年少女達が、力と根気がいる作業に乗り気ではないことだ。サブリナも率先して見本を見せてなんとか働かせているが、この作業が暖かさに繋がる実感は必要だろう。
 寒いところにしばらく放置して、それから建物に入れれば嫌でも実感できるが、今日は日が暮れる前から冷え込んできた。こんな日にそれをしたら、大量に風邪を引いてしまうと悩んでいたら、
「山羊が逃げたーっ!」
 悲鳴が聞こえてきた。

 それは、ちょっとした不注意だった。
「騎士って、なんかいい生活できそう」
 家畜の世話をしていた少年の一人が、監督していたエルシアとりょうにそう言ったのだ。自分がテュールだったら騎士になるのにと暢気な発言には、アルミアが背後から舌を出していたが、まあ言う分には自由だろう。
 だがしかし。
「うーん、我が家は騎士ではないし、戦いばかりが理由ではないが、親兄弟が全部死んでしまってね。私が婿殿を見付けて、更に十分な実績と稼ぎが得られないと、志士として立派な生活は出来ないな」
「私は負け戦で大怪我をして、捕虜になりましたです」
 たまたま監督していた二人は、家の衰退と直面した経験の持ち主だった。あっさりと家族がいないとか、死に掛けたと聞かされた少年少女が、驚愕も露わに二人を注視している間に、山羊が囲いの扉を開けて走り出したのだ。一匹ではなく、全部。
 更には少女達の悲鳴に驚いた鶏達が、これまた囲いから文字通り飛び出した。それも四方八方に。
「うわーっ、何事っ! 皆、作業は止めて、鶏を追いかけるのよ! アルミアはあたしと一緒に山羊担当!」
 残りの少年少女と一緒になって、ひたすら土から石を掘り返していたフィンが手早く細かい指示を出し、アルミアを引っ張って雄山羊を追いかけ始めた。りょうとエルシアも同様に山羊に向かい、まずは仔山羊を抱え込んでいる。
 全部の家畜を捕まえるのには、結局燃料を集めて戻ってきた者も加わっての総動員で一時間ほど掛かった。雄山羊は三度もアルミアを体当たりで押し退けて最後まで逃げ回り、フィンがようやく頭を押さえたところを、アルミアとサヴァーが前後の足を抱えて吊り下げて持ってきた。
「だ、大丈夫か? 死んだりしないか?」
 りょうが慌てふためいて、山羊のほうを心配しているが‥‥まあ、死にそうな様子はない。『失礼な奴は角で突付きまくっちゃうよ』と言いたげな顔だ。
「はー、やれやれだ。角が鋭いから、他の子じゃ避けられないと危ないと思ってさ。あ、だけど、テュールだからって騎士とか開拓者にならなきゃいけないってわけじゃないからね?」
 普通に暮らしたいならそれでもいいのだと、ちゃんと監督役達にも確かめたし、実際にそういう人もたくさんいるらしい。ここから前線送りにもならないから、なりたいものがあったら話しておくといい。
 誰が訊いても、カマをかけても、なりたいものを絶対に口にしない二人に、フィンの助言は『気が向いたら』といった気持ちのものだった。
 ところが。
「それなら‥‥アルは」
「うるさいっ、言うな!」
 よほど強固にテュールは前線送りだと信じていたらしいサヴァーが、監督役からも『絶対ない』と断言されて、まだ半信半疑の様子ながらも何か言いだした。途端に山羊から手を離したアルミアが、その口を塞ごうとした勢いが余って、首に手を掛けてしまう。
 駆け付けた八十神と明王院がその二人を引き剥がし、山羊はフィンとりょうが運んでいって、
「ほら、走り回ったままで外にいたら、風邪を引くよ。中で話をすればいいじゃないか」
 一人だけ家畜を追いかけず、宿舎の中を暖める作業をしていたサブリナに促されて、全員が一つの建物にかなりぎゅうぎゅうと入り込んだ。サヴァーはすでに八十神から離してもらえたが、アルミアは暴れるから明王院が後ろから羽交い絞めのままだ。
「当人の希望は、当人が言えばいいでしょう。サヴァーは、何かやりたいものがあるのですか?」
 アルミアの希望は、どうやら昔からの仲間は大体知っていたものらしい。そこここで耳打ちしあっているのを、蓮が本人から聞くからと口を閉じさせる。それからサヴァーに水を向けると、彼はしばらく視線をあちらこちらに巡らせていたが、ぽつんとこう口にした。
「皆で、住んでもいい場所が欲しい」
「それは‥‥ただ願っていても手に入りませぬよ。どうしたら手に入るか、ちゃんと相談せねばいけませんですな」
 願うばかりでは駄目だと、エルシアは口調は手厳しい。それでも監督役に相談に乗ってくれるかと声を掛け、他の少年少女にもそういうことも言いなさいと諭している。
「そういう話やったら、お前が今みたいにさぼり癖なんか出したらあかんのやぞ」
「いや、サヴァーはなかなか面倒見がいいぞ」
「でもやっぱり、さぼりは駄目だよ。皆で直そうね」
 八十神に軽く小突かれ、りょうに庇われ、フィンに他全員とまとめて修正点を指摘されたサヴァーは脱力しきった顔でへたりこんだ。まだ信用しきれないのか、ちらちらと不安そうに開拓者と監督役を見ているが、追求されても口を開かなかった時の険は消えている。
「じゃあさっそく、大事なお話って言いたいけど、先にご飯にしましょうよ」
 おなかがすいたままだと、考えもまとまらないわよと、緊張の面持ちでことの成り行きを見守っていた少年少女達の後ろから、三条院が明るく提案した。一日中働いた後だから、誰もこの提案には反対などしなかったが。
「あの〜」
 アルミアを宥めるのに話しかけていて、何故か彼女をしくしくと泣かせた挙げ句に抱きつかれている明王院の困惑しきりの、具体的には『助けて』の意を含んだ呼び掛けには、何人かが人の悪い笑みで応えていた。
 心配事が解消して、安堵で泣いている少女を慰めるのは少年の役目ということでよかろう、と言うわけだ。