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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 要約すれば、テュールやテイワズと呼ばれる特異体質ばかりが優遇される社会構造が悪いのだ、というわけだ。 当主ガリ家の親族で家臣にして、現在は叛逆者として捕らわれている元ツナソー地方領主のバトラの主張は、基本これに尽きる。 確かに各地での多種多様な戦いの多いジルベリア帝国は、戦場での功績を挙げた者ほど皇帝の目に留まりやすく、上の階級にも登り易い。もちろん出身階級での差も大きいが、同じ階級ならテュールの方が有利だ。 その特異体質から得られる高い能力や特殊技能の他、基礎体力の大きな開きもそうではない者達の立身出世の前に立ちはだかる壁となる。故に、貴族階級では次代にテュールを得る事に拘り、結婚離婚を繰り返したり、多数の側室・愛人を抱えたりする貴族も珍しくはない。領地を持つ家系なら、領内にテュールが生まれれば手元に引き取り、近親者に娶わせるのもよく聞く話だ。 ガリ家は百年前に現在の領土を下賜された時代の当主が騎士だったものの、以降は直系にテュールが生まれることはなく、現当主が久し振りに生まれたテュールとなる。ただし彼自身は直系ではない。血統で言うなら、バトラの方が直系だ。 だが、一族に久し振りに生まれたテュールの孫に家督を譲ることを決めた先代は、それまで跡取りとしていたバトラの父親を家臣の位に下げてしまった。おかげで長らく親族関係がギクシャクしていたのが、バトラは叛乱計画に走った遠因だ。 けれど親族だろうが、叛乱首謀者は身分を問わずに処刑がガリ家の法である。よってバトラの処刑も近日、他の協力者のうち特に罪が重いと断じられた者数名と共に行われるが、その実行に際しての懸念が幾つかあった。 まず、バトラと共に離反していまも隠れ潜む部下達が、バトラの奪還に来る可能性。 また彼らと手を組んでいる神教会の過激派が、処刑現場で騒動を起こす可能性。こちらはバトラの生存奪還を狙う者と違い、被害を省みないと推測される。 更に、この片方、または両者がからくり兵を使う危険性。これは総数がいまだ判明せず、かなりの数が残っていると見られる。 最後は、この叛乱騒ぎの裏に関わっている気配濃厚なアヤカシ、フェイカーが現われる可能性だ。こちらはアヤカシを呼び集める能力があるから、出てこられれば厄介極まりない。 これらの懸念に、ガリ家は家臣と兵士で現地を固める方針でいるが、処刑とは見せしめでもある。つまりそれなりに人が集まって、バトラが間違いなく処刑されたのだと目撃しなくては殺す意味も薄くなる。 挙げ句に人が集まれば露店も出て、処刑場の周辺はさながら祭りの光景だ。露店は罪人の逃亡を助けようとする者が紛れ込まない用心で、身元が確かな商人だけに許可を出しているからいいが、集まる人々を一人ずつ調べることは出来ない。また相手も兵士の姿を見れば、用心して尻尾は出さないようにするだろう。 よって、開拓者に託されるのは、旅芸人一座に扮して処刑場周辺の警戒を行うとともに、有事の際には敵対勢力の退治、捕縛を行なうことだ。見物人の避難誘導は専門の一団が行うので考慮しなくて構わない。 |
■参加者一覧
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
葉桜(ib3809)
23歳・女・吟 |
■リプレイ本文 バトラ処刑の前日。 「うあ、逃走経路もなんもねえなぁ」 「普段は平野ですから。露店を出せる区画はこうなりますね」 淡々と地図で区画を示すガリ家当主補佐役のノーチの指先を睨みつつ、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が頭をがりがりと掻き毟っていた。常設店舗などない場所は、逃走路というなら全てがそう出来る。 実際のところ、簡単に癒えない傷を抱えた現在のヘスティアには難しいが、相手方で可能なモノがいれば、平然と蹴倒して走りそうだ。 「ねえ、これだと処刑される罪人はどこに入れておくの?」 牢まで行かずとも、小屋くらいの設備もないのかと首を傾げたフラウ・ノート(ib0009)が問うた。説明では囚人用の馬車にバトラはじめ罪人を入れて運び、そのまま処刑まで入れておくという。四方は鉄格子で、罪人を晒す目的も兼ねた代物だ。 処刑場での馬車とその見張りの位置を確かめて、リエット・ネーヴ(ia8814)と葉桜(ib3809)が、それぞれの興行場所を相談し始める。リエットが探しているのは、実際はユリア・ヴァル(ia9996)が占い師をする場所だが、当の本人が席を外しているから代理だ。その隣に護衛と訪れる人への観察も兼ねてフェンリエッタ(ib0018)が着いてくれる手筈だから、その分も見込んで場所を選ばなくてはならない。 イリス(ib0247)も地図の上で立会の要人が居並ぶ席の場所と露店の区画を見詰めて、持ち込んだアーマー・アマリリスを展開出来る空き地があるかなどを気にしていたが、ガリ家にもアーマーの準備があるので、展開も移動も容易そうだ。 「こことここに人がいれば、処刑台の周辺は見渡せますね。私はこちら側で警戒しようと思います」 「それなら、術の範囲を考えると‥‥私はこちらの方が良さそうです」 「はーい。じゃあ、ユリアねーはこっちね。そいえば、遅いねぇ?」 手早く各所の距離も測り、それぞれの場所を決めた彼女達は、リネットが首を傾げるのに、そういえばと頷いた。 バトラやその仲間から聞きだした情報の中で、いまだ確定情報がないヨーテから運び出した棺のことを問い質しに出向いていたユリアと、その会話でフェイカーに関することを口にしないか聞き役に回ったフェンリエッタが戻ってきたのは、それから更にしばらくしてからだ。ただ、戻ってきた時の表情から、すぐに徒労だったらしいと分かる。 しかし、あんまりユリアが怒っているので詳しい話を聞くのも躊躇われたが、二人の会話でバトラの無為な愚痴を聞かされるだけだったようだと察せられた。 「テイワズだから優遇されてるって、他に言うことないのかしら。ああいう奴って、一番嫌いだわ」 「天分があることと、責任を果たすことは別ですからね」 処刑を前にして、ひたすらそれしか言わないとは、バトラの恨みも相当深いのだろう。しかし殺人が禁忌でない団体やアヤカシを相手取らねばならないだろう彼女達にしてみれば、聞いた事に少しでも反応が欲しいところだ。 「へ? それもなしかよ」 「まったくないわけではなくて、あからさまに隠してやろうという態度でした」 とはいえ、取り調べる側も手練手管を使っているわけで。 「からくりの残数は二十くらいのようです。人型ばかりなので、警戒対象に含んでください」 ようやく聞き出せたと知らせてきたのは、もう罪人が処刑場に向かう寸前だったが、あればありがたい情報だ。どう聞き出したかは、もちろん尋ねたりしないけれど。 処刑方法は斬首だから、物見高い見物人が集まると言ってもたいしたことはないのではないかと期待している者がいたら、それは大外れだった。 「暇人が多いのかねぇ」 『珍しいものを見たいのは人情では?』 この地域では、こういう時は処刑人はじめ警備も顔を隠すのが普通だと聞いて、これ幸いと仮面を着け借りた警備のマントを羽織ったヘスティアが、相棒のからくりD・Dと会話を交わしていた。D・Dも同じマントを着け、覆面までしているが、武器が処刑人の名を冠するアーマーアックスでは、警備には見えない。 おかげで先程から、物珍しげに二人とも野次馬から眺められて、気が休まらない。罪人の近くに行けないから、余計に人が集まるようだ。 「見て楽しいはずないけどなぁ」 少し離れた場所で、こちらは立会人の付き人達とお揃いのマントを羽織ったフラウが、警戒に努めていた。バトラ近付く者を感知するためムスタシュィルを設置したが、今のところ侵入者はいない。 目を転じると、露店が立ち並ぶとまでいかないものの、結構な数が出ていた。こんな場所で飲食して楽しいのかと思うが、軽食や飲み物を売る露店がほとんどだ。たまに細々した物を売っている店がある。 そうした露店の並びには、フェンリエッタとリエットが足を運んでいた。フェンリエッタは吟遊詩人風に装い、肩から提げたかばんの中に羽妖精のラズワルドがいる。最初は肩に乗せていたが、人形に見せるには精巧すぎるために人目を引き、その中でじっとしているのはラズワルドも大変だ。それでかばんに避難となっていた。 「なんとも、まあ‥‥」 避難も止むなしとフェンリエッタが考えたのも道理で、露店の数は多いが、内容は口にこそしないが場末の雰囲気だ。やはり場所柄、あまり素性がよろしくない商人の方が多いのかもしれないというのが、正直な感想だ。 その割に、やってきている人達の中には人に顔を見られたくないとばかりに目深に帽子を被った、見た感じは富裕な上流階級の人々もいるのでややこしい。こうした人々はまさに野次馬らしく、歩き回る彼女やあちらこちらにいる芸人や吟遊詩人を眺めて楽しんでいるようだ。 「代わりにお好きな犬を差し上げるのでは駄目かしら?」 「お止し。子犬ならいいが、大人は容易に飼い主を変えないよ」 なにやら人だかりがしているとフェンリエッタが観察の目を向けると、中心にいたのは忍犬・土筆をつれた葉桜だった。どうやら天儀生まれの犬を珍しいと思った金満家の夫人に、譲ってくれと強請られたらしい。土筆は葉桜の指示に従って賢い様子を見せるから、犬好きには珍しい犬種でいいと思われたのかもしれない。 「旅の友連れは、やはり馴れたものでないと辛いので」 葉桜が礼儀正しく頭を下げる間も、夫人は土筆に構い付けていた。邪気のない様子で、集まっていた人々も話が落ち着いたと見て散り始める。葉桜もゆったりと辺りを見回し、偶然目があった風のフェンリエッタに目礼を寄越した。まだ異常はないと知らせてくるものだ。 人の輪からは、リエットがひょこっと飛び出していた。その後ろを歩き出すからくり・おとーさんは、確かに名前に似合った態度だが‥‥からくりである事を隠すための七分の袖が、今日の気候にはいささか暑苦しく見えなくもない。 「うー、暑苦しいかっこで近付くなー」 『うるさい。夕方になったら冷えるんだぞ。ちょろちょろして、汗まみれになるな』 見るからに親子の風情の二人は、処刑の野次馬ではなく芸人一座あたりの一員に見える服装だ。露店を覗く合間に、リエットが占いの宣伝をしている。ビラでも撒きたいところだが、他の芸人に睨まれるかもとノーチが指摘して来たので、おとーさんが小さい看板を抱えて歩く方式だ。 そのおかげか、ユリアの占いはそれなりに繁盛していた。罪人を晒す目的か、処刑までは間があるから、時間潰しも兼ねているのだろう。相談内容も切羽詰ったものはない。 だが、ユリアが途中で我が目を疑ったのは、 「これ? けっこう高そうに見えるでしょう? でもほら、木に色を上手に塗ってあるだけなのよ」 そうでなければ、こんな大きな宝石が付いたものなんて買えないと、露店営業の休憩に恋愛運を占ってくれとやってきた姉妹が、にこにこと示したのが赤い石があしらわれた細工に見える首飾りだったからだ。間近で見れば、もちろん紛い物だが、目立つ作りでかなり人目を引く。 「どこで売っていたのかしら? 街の中?」 「ううん、向こうの屋台よ」 細工師が自分で売りに来たみたい。そこまで聞いたところで、からくり・シンがすっとそちらの方向に向かっていった。執事という事に拘りがある珍しいからくりで、服装があからさまに周囲から浮いているのだが‥‥芸人の一人と見られているようだ。 同じ頃。 「うっわぁ‥‥」 シンが目指している露店を見付けたリエットが、その真ん前に仁王立ちで立ち尽くしていた。 広げられているのは、赤い石をあしらったと見える木製の装飾品が多数。高級品ではないから、立ち止まるのは見るからに庶民ばかりだが、細工の割に値段が安いので買い求める客は多い。その中で女性達は、勧められるままに身につけてから歩き出していた。 これから少し後、処刑場から離れた場所まで延々と巡回をして、報告がてらに水でも飲ませてもらおうと戻ってきた猫又・リッシーハットは、要人警護に当たっているフラウとヘスティア宛の手紙を括りつけられて、また歩く羽目になっていた。 『すぐそこの屋台、荷物に銃が入ってたぞ』 途中でまた別の物を発見してしまったので、そちらも合わせて報告すると、そのまままたトンボ帰りさせられるところだったが。 「D・D、立会人で銃担いでる奴に、仲間はどこだって聞いて来い」 問題の屋台をしばらく眺めたヘスティアが、D・Dにそう指示をした。ガリ家家臣の領主には、当人が自ら傭兵団を率いて出稼ぎをしている男がいて、彼女は随分前にその傭兵団と一緒に行動したことがある。露店にいるのが、どうもその時の連中らしいのだ。 案の定、露店の何軒かは傭兵団や他の兵士が入っていると、返事が来て、 『‥‥上空はあんまり心配しなくていいって言えばいいな』 フラウは渋い顔で、ヘスティアは気配が剣呑だが、基本はリッシーハットの言う通りのようだ。彼らの目印は教えてもらって、リッシーハットは忙しく歩き回っている。 もちろん、件の露店には気付かれぬように監視の目が向けられたが、誰かと連絡を取り合うような姿は、結局見受けられなかった。 処刑は、見て楽しいものではないはずだ。 開拓者達は一様にそう思うが、違う感性の者も確かに存在する。人が死ぬ所を見て楽しむほど奇矯な精神でなくても、非日常の出来事として感嘆したりするわけだ。 「それより、本物か? 実は違いましたなんて、また荷物の検めが厳しくなるのはごめんだぜ」 「だから、わざわざ見に来たんじゃないか」 罪人が一人ずつ引き出され、罪が幾つも読み上げられて、斬首の場に送り込まれる。無責任にきゃあとかわあさか騒いでいる人々より後ろ、葉桜やイリスが耳を済ませて会話を拾っている人々は、大抵が商人や騎士、貴族階級かその身内の富裕階級のようだ。本物が処刑されるのか、気になって確かめに来た様子である。 中には、ガリ家当主夫妻のその周辺の顔触れから、次のツナソー領主が推測出来ないかと背伸びして眺めている者もいる。どうして他の領主が全員揃わないのかと首を傾げる者もいたが、誰かがそれに満足のいく答えを返すより先に、バトラの処刑の順番になった。 「あら、前の河賊の時って、こんなに早かった?」 商人らしい女性が首を傾げる間に、滔々と罪状が読み上げられ、七人の開拓者が周囲に走らせる視線を鋭くした時。 最初に聞こえたのは、若い女性のくぐもった悲鳴だった。すぐに続いて、警備の者達の叫び交わす声がする。 『先に行くよ!』 何事かと浮き足立った人々の合間を抜けて走り出したフェンリエッタのかばんから飛び出して、ラズワルドが宙を舞った。その後を、露店の日除け屋根の柱を蹴倒す勢いで走るのは、リエットとおとーさんだ。 彼らの行く手には、例の装飾品の露天商が、客と思しき女性を後ろから羽交い絞めにして、取り押さえに来た兵士達と睨み合う図が展開されていた。悲鳴はこの女性のものらしい。 リエットの手から手裏剣が飛んで、露天商の男の顔をかすめた。仰け反ったところに、ラズワルドが相棒双刀で斬り込む。どちらも相手を倒すより、女性から引き離すのが目的で、それはうまく達成される。 「ぶいぶい白状してもらうじぇ!」 男の側に到着したと同時に、えいやと蹴りを放ったリエットは、そのまま男と女性の間に割って入った。おとーさんが更に二人の間を引き離すように、手にした銃で男を押しやった。後は、周りの兵士が数人掛かりで縄を掛けていく。 「お怪我はありませんか? あちらの方が安全ですよ」 バトラや要人の周囲は狙われるからと、見物客を兵士達が集めている一角を示して、フェンリエッタが女性に手を伸べた。 すると。 「正しい教えを知らぬくせに、賢しらな顔をするなっ!」 間違いなく男に首を締め上げられていたはずの女性が、フェンリエッタに体をぶつけてきた。手にしている刃物はダークブラウンクロークを通りはしないが、それを知るや刃物を振り回して暴れ始める。 似たような光景はあちらこちらで展開していて、最初は騒ぎに怯えた様子だった男女が刃物を振り回したり、商いをしていたはずの者が油を撒いて火を放ったりと、様々な方法で人を害するために暴れまわっていた。類焼して燃え広がるとしても露店だけだが、煙で視界が遮られるのは警備の側に不利だから、消火に人手を取られてしまう。 「人を傷付けることが信仰の証だなんて、おかしいとは考えないのですかっ」 「信仰なき獣の言葉など、耳を傾ける価値はない!」 『どちらが獣だか‥‥狂信とはああも見境を失くすものか』 リエットを火から庇いつつ、おとーさんが口にしたのはまったくの事実だが、二十人は混じっていたその狂信者は統率もなく走り回り、武器を振り回したり、油を撒いたりすることに躊躇いも覚えないようだ。中には自分が火にまかれそうなのもいて、兵士達に助けられている。 いずれもが開拓者や騎士、傭兵隊の中のテイワズの相手ではなく、彼女達が打ち伏せると兵士達が数で頼んで捕らえていった。 かたや、バトラの周辺では。 「ふふん、あんまり策士はいないようだな」 『偉ぶるほどのことか?』 わざと警備の手が薄いところを作ってくれるように頼んでおいたヘスティアが、そちらから入ってきた数名を見て、にやりと笑った。覆面を捨てたD・Dは慢心を諌めつつ、ヘスティアと敵の間に入っている。 「ヘスティアん、後方からも来てる!」 お仕着せを脱ぎ捨てたフラウが声を上げ、バトラが引き出された処刑台の後方に回り込んだ。周囲は血塗れで、すでに処刑された者が巨大な箱に詰められているような状態だが、それを気にする暇はない。 近付いてくるのは、暴走する馬車だ。どこから駆け続けたか、馬は泡を吹いて今にも倒れそうなのに、御者は鞭を当てている。その御者を良く見れば、人ではない。 「上空も来てるわ! 射撃、お願いねっ」 占い師然としたヴェールを跳ね上げたユリアも、槍を片手に駆けつける。こちらは要人のいる場所に近いが、馬車の行く手でもある。乗せられたからくりが飛び落りる前に、シン共々防衛出来る位置を取っていた。ただしシンは上空のアヤカシを狙いかけ、 『おや、上はお任せして大丈夫でした』 傭兵隊の銃と弓の射撃が開始されたので、正面に狙いを変えている。もちろん迷うことなく、馬車の上のからくりの腕を撃ちぬいた。 それでもからくりの集団が処刑台と要人達の合間に滑り込み、警護の騎士や傭兵も加わっての乱戦になった。数は同数くらいなので、守る側の優位は間違いないが、からくりはやはりバトラの奪還を目指しているらしい。警備の隙を突いたつもりの連中からの指示に従い、それなりの戦闘力を見せている。指示を出す人間の方が先に捕まることもしばしばだ。 主人を捕まえても、新たな指示が出なければ止まらないように厳命されているのか、からくりの抵抗は止むことを知らないが、処刑台の上に押さえつけられたバトラに手が届いた者は人もからくりもいなかった。 「まったくもう、こんなに慕われるんなら、その能力で這い上がればよかったじゃないのよ」 「そうだよねー。けっこういいとこいけたんじゃない?」 「身内を利用してのし上がるって、よくあるじゃねえの」 ある意味とんでもない会話だが、それだけの余裕が出てきた印でもある。おとなしく守られていた要人が夫人だけで、他は警備共々戦闘に加わっていたのから余計に騎士などは必死になったろう。 人とからくりを捕らえて、上空のアヤカシは退治して。だが、きっとまだ感知の術にも掛からずにいるアヤカシがいるだろうと、皆が警戒は解いていない。 フェイカーの情報を知る者は警戒を続けていても、騒ぎに巻き込まれただけの庶民は目に見える戦闘が終わるとほっとしたらしい。たまたま要人席近くに逃げてきた十数人が、少し落ち着いたのか震えていたのが止まる。それでも地面にへたり込んだ様子に変わりなく、戦っていた人々への支援を続けていた葉桜やイリスに声を掛けられても、すぐには返事が戻らない。 「まだアヤカシがいないか確かめているので、もうしばらくはここにいてくださいね」 ちゃんと付き添うので安心してと葉桜に言われたのは土筆を欲しがった婦人だったが、大きく息を吐いて地面に突っ伏した。 「あら、ご気分が悪くなられましたか?」 最初にフェンリエッタが斬りつけられたことがあるので、イリスも近付いたがすぐに助け起こしたりはしない。幸い、話し掛けると女性もよろよろ身を起こしたので、顔色は悪いがさほど心配はないようだと二人とも安堵した。 「取り乱してごめんなさい。ええと‥‥開拓者の方かしら?」 妙にふらふらしながらも、女性が問い掛けてくるのに頷きかけて、二人は咄嗟に相手から距離を取った。ガリ家が時折開拓者を使っていると知る者はそれなりにいようが、今日いることが庶民にまで知られているとは思えない。 「馬鹿がっ」 ぷっと飛んできたのは、粘液だ。女性が吐き掛けて来たものだが、妙な色合いの液体である。何も気付かなければ、イリスが顔に浴びていたろう。 幸いにして、今度は夫が振り撒いてきた粉末も二人は避け、土筆と駆け付けたリッシーハットが男に噛み付き、引っ掻いた。そちらに気を取られた途端に、イリスが組み伏せている。 「毒のようです! 解毒の出来る方を!」 葉桜の叫びに、戦闘の音が止んでいた場がまた騒がしくなった。イリスが押さえた男は、すぐに兵士が縄を掛けたが、その彼女の足を掴んだ者がいる。 「預言者の、邪魔を、する奴ら、め」 「預言者? まさか、赤い石の首飾りをしている‥‥?」 口に毒を含んで吐きつけてきた女が、血を吐きながらイリスの足に爪を立てようとして、兵士に引き剥がされた。けれども『赤い首飾り』の一言には笑んで、更に血を吐いてもその表情は事切れるまで変わらない。 他に毒をまいた男以外は巻き込まれた庶民だと判明し、治療が済むまでに丸一日掛かった。その前にバトラは捕らえられた配下の目前で処刑されている。 そして。 シェリーと名乗る、赤い石の首飾りをした預言者の女が、バトラを処刑から救えば正しい神の教えに還る者が増えると言った。神教会信徒の取り締まりを預言したので、皆は信じたと、捕らえた者の自白が開拓者にも知らされた。その証言は、イリスやフェンリエッタの目撃情報と重なる女の存在を示している。 バトラの配下も旗頭の死亡で口を割る者が何人か出て、こちらにも似た名前の占い師を名乗る女が近付いてから、バトラが叛乱の計画を立て始め、からくりを探し当てたと証言が得られている。 「占い師に預言者に‥‥人の気持ちを弄んで、まだ楽しむつもりなのね」 呟かれた言葉は誰の考えでも不満でもなく、皆の『次は思い通りにさせない』という決意表明だった。 |