未来を創る〜技能・参
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/22 06:57



■オープニング本文

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 ツナソー地域の荘園ノーヴィでは、近くの荘園から譲ってもらった作物の温室栽培技術指南書の理解に努める日々が続いていた。
 指南書といっても、本格的なものではない。春植えの野菜の苗を屋内で栽培して、畑に移植する手順と温度管理の方法が記してあるだけだ。が、ノーヴィでは未知の農法の上に、指南書そのものを読み解ける人数が両手の指で余る状態なので、なかなか難しい。
 その、読める者は農業が分からず、農業に従事していた者は字が読めない、結局理解に時間が掛かる状態がようやく解決したのは、大人が毎日二十数人も寄り集まり、ああだこうだと話し込むこと十日目。大体の手順が分かったので、必要なものを作るところから始める事になった。

「箱の大きさってのは、どのくらいがいいんだろう?」
「それは書いてないが‥‥土を入れて、簡単に上げ下げ出来ないと、かえって手間になるな」
「あぁ、そっか。じゃあ、深さは根っこに合わせよう」

 種蒔きは三月の下旬からなので、それまでに苗の栽培用に開けた倉庫の大きさに合わせた棚が三つと、苗を栽培するための箱が多数だ。箱はノーヴィの人々でも問題なく作れるが、棚は大掛かりなものになるので、少しばかり自信がない。
 更に、ノーヴィの医者であるキーラの伝手で、今年からは新たな薬草や香草も少し育てる事になっていた。そちらはどの程度の大きさに育つのか、キーラに尋ねたが彼女の記憶にないらしい。おかげで棚板の上下幅をどうするか、大工達は悩んでいる。

 これは主に男性陣の話で、女性陣は。
 たいそう簡単な糸車を作ってもらい、初冬につぶした羊の毛を皆で幾らかの糸にした。羊毛の大半は叩いて布地にしたから、糸で色々と縫えばいい。針と鋏は、なんとか最低限の数は揃っている。
 ほとんど経験がないか、すっかり腕が落ちている自覚のある者ばかりだから、難しいものなど作るつもりはない。とにかく日常使いの品物を、出来るだけ多くの者が使えるようにと悩んだ彼女達は、地道な作業を進めていたのだが‥‥

「ねえ、キーラ。なんだか声が出ない子が増えたんだけど」
「あ〜‥‥喉が赤いね。これは風邪っぴきだわ。悪くしないうちに、解散して、家で暖かくして寝て」

 どうしても羊毛の埃が舞う中で作業するのが良くなかったか、大量に風邪の患者が発生した。しかも集団で作業していた女性陣が家に持ち帰り、そこからこれまた集団作業中だった男性陣も罹患する。もちろん子供やお年よりも、次々と。
 皆の症状は、キーラの見立てでは単なる風邪だ。悪性の伝染病でもなく、栄養を取って暖かくして休養すれば、大抵は完治する性質のもの。感染や再罹患を防ぐには、衛生面に気を配ればよい。
 ただしそれは、

「ふむ、あんたがたとあたしは無事か」
「ちょっとちょっと、なんでこんなにばたばた倒れるのよ。せっかく開拓者の派遣を頼んだのに」
「何年越しの栄養不良は、簡単に改善しないからねぇ。ついでに暖かくして、精の付くものを食べろって言っても、皆、すぐけちるじゃない。そりゃ、治らないね」
「じゃあ、食事はあたし達が作って配ろうか。それで薬を飲めば、治りが早いでしょ?」
「ん〜、それが一番かな。でも、一人二人‥‥うーん、こんなに倒れると五人くらいは駄目かも。ドーの街にいた頃は、冬の度にもっとばたばた死んだしなぁ」
「待てこら。変な割合計算してないで、医者の仕事をしろ。特に悪い奴を、どこかの家に集めるか?」
「いや、雪が降るぞ。それでなくても寒い中で動かすのは駄目だ。雪かきするから、あんたは往診を頑張ってくれよ」

 もとから体調が良く、栄養が足りている人の場合で、長年の困窮生活が改善したばかりのノーヴィの住人には当てはまらなかった。今はまだこじらせるところまではいかないが、一家全員が風邪っぴきの家も多々出てきている。
 一人ずつの症状だけ見れば、単なる風邪だ。熱が出やすいから年寄りや子供は寝込む者が多いが、大人は家の中で細々と家事をしたり出来ている。寝込んだ中には、退屈で板に炭で絵を描いたりしている子供もいるようだ。年のはじめに差し入れられた本は、あちこちの家をぐるぐる回っている最中である。

「だけどさ、この箱作らないと」
「書類作るの手伝うって約束しただろ」
「毎日ご飯食べてるから、このくらいきっと平気よ」
「あーもーあーもー、こんな調子だと何人か死ぬかも」

 ちょっと良くなると仕事をするとか、勉強の続きをしたいとか、家畜の世話をしなきゃと家の外に出てくる人々を相手に、キーラが文句たらたらに嘆いて、他の者に後頭部を引っ叩かれていた。
 今までと大差ない仕事を少し発展させるようにと頼まれた開拓者達が到着したのは、こんな時だ。


■参加者一覧
御剣・蓮(ia0928
24歳・女・巫
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
レートフェティ(ib0123
19歳・女・吟
十野間 空(ib0346
30歳・男・陰
ルヴェル・ノール(ib0363
30歳・男・魔
サブリナ・ナクア(ib0855
25歳・女・巫
三条院真尋(ib7824
28歳・男・砂
ルカ・ジョルジェット(ib8687
23歳・男・砲


■リプレイ本文

 はて、この依頼は技術指導などが目的ではなかったか。
「なんでこんなに人気がないかね〜?」
 いかに真冬のこととはいえ、指導する相手の一人も見当たらない荘園・ノーヴィの様子に、ルカ・ジョルジェット(ib8687)は他の七人を振り返った。彼らも不審に思っている様子が見て取れる。
「変ねえ、いつもなら日中は家畜小屋に誰かしらいるのに。何かの集まりかしら?」
 首を傾げた三条院真尋(ib7824)がそう口にするも、そもそも荘園内の見通しが悪い。積もった雪で隠れる場所にいるかもと、耳を澄ませても声さえしない状態だ。
 この頃になって、真尋と御剣・蓮(ia0928)以外は不自然さに気付いた。
「雪下ろしをした様子がありませんね」
「家畜小屋の周りもそのままということは、何かあったな」
 ジルベリア全土で見れば、ツナソー地域の積雪は多くも少なくもないといったところ。だが降る事に変わりはないから、雪かきとつらら落としは日常作業なのに数日は放置されていた気配だ。ジルベリア出身者や居住暦が長い十野間 空(ib0346)がそれに気付いた。
 これは何か変調があったのだろうと、ルヴェル・ノール(ib0363)と十野間が道を作って進んでいくと、
「助けろ」
 往診途中で雪の中にはまり、じたばたしていたキーラを発見した。そんな彼女を助けだす間に、皆はノーヴィの現状について説明を受けている。

 本来、開拓者に依頼されたのは技術指導だが、キーラの話を聞いただけでもそんな場合ではないのは明らか。
「今回は風邪治療を徹底させるほうが重要かと思います」
「頑張りすぎて、疲れちゃったのかしらね。治療優先は大事だから、家畜のお世話なんかの欠かせないお仕事以外は三日くらいお休みにするのはどう?」
 びしっと宣言したメグレズ・ファウンテン(ia9696)に反論はもちろんない。レートフェティ(ib0123)の提案が良策であるのも、開拓者と派遣された五人とキーラは了解している。
「そこ、出てくるな」
「でもご挨拶に」
「分かってはいましたが、つくづくずれている方々ですね」
 まるで理解していないのはノーヴィの人々で。まだ症状が軽い大工の青年はじめ、数人が皆の到着を聞いて雪まみれで顔を出し、サブリナ・ナクア(ib0855)に睨まれている。蓮が溜息をつくのに、ルカは『咳の一つも出たら、寝て過ごす理由になるのに』とこっそり思っていた。
 だが青年達の頭では『予定をこなす』事が重要らしく、メグレズに棚の作成方法を教授して欲しいとか言い出している。それをメグレズもたしなめようとし、レートフェティや十野間、三条院が少しはきつく言わねばと考えた時。
「私がいいと言うまで、帰って横になっていろ」
 いつもより数段低い声になったサブリナが、有無を言わさぬ調子で言い放った。おかげで青年達も一旦家に引っ込んだが、しばらくして戻ってきたキーラが言うには、その数名が『外に出してもなんとか無事そうな連中』だったそうで‥‥
「もー、今日は全員お休み決定! あの顔色で元気なほうだなんて、信じられないわ」
 レートフェティの叫びに、今度は明朗に同意の声が続いた。

 初日は、ノーヴィの住民は療養に専念。と住民以外が決定したが、やらねばならないことは山積みだ。
 畑と果樹園は数日放置してもいい。絶対に放置出来ないのが家畜だが、普段の世話の他に、すでに出産した羊が数頭いるので、乳絞りをしておきたい。
 だが、それより何より、荘園内が雪に積もれているのが大問題だ。移動するだけで大変では、何事もはかどらない。ついでに出入りが安全なように、つらら落としも必要だ。
「まあ、こうなるわな〜。屋根の上はどうする?」
 そうした作業は男性のほぼ全員が担う事になって、ルカが十野間とルヴェルに尋ねた。三条院は風邪の伝染防止と喉の保護だと、口を覆うための布を切りまくっているところだ。よって開拓者は三人。あと派遣されているうちの男性三人もいるが、多分、世間を知るためにと依頼に追加されて何人かが同伴した朋友達の方が役に立つだろう。
「すぐに崩れそうな家はないし、まずは道を作るか」
「燃料も各戸にあまり予備がないようですから、すぐに運べるようにしないと。月光はその辺りの雪をよく踏んで」
 ではと、ルカがまずはつらら落としを始めた。往復時の念のためで持参した銃が役に立つかと一度は考えたが、病人が休んでいるのに大きな音はよろしくない。蓮の駿龍・藍もつら落としを指示されて、歩き回っている中で気にするのもなんだが、まあ地道な作業を選んでいた。
「ほっ、よっと。俺って、的当てはやっぱり上手だね〜」
 ご機嫌なのは、長い棒でつららを割って落とすのに、わざと遠くから狙い定めて棒を繰り出すのが面白くなってきたから。生真面目にやるのは性に合わないが、楽しくやれることは苦にならない。
 対照的に生真面目一辺倒に雪かきしているのは、十野間だ。甲龍・月光に空き地に積もった雪を踏み固めさせ、除けた雪の置き場を作っている。龍の体重でへこんだ場所に、次々と運んだ雪を投げるから、月光は同じところを行ったり来たり。
「あまり高く積んでも、また雪が降った時に落ちてくるから‥‥このくらいが上限ですかね」
「今日明日は、夜間に降るそうだしな。とにかくそりが引ける程度に均して、夕方には燃料を配らないと」
 ここまでに荷物を持ってくるのに馬橇は借りていたが、荘園内は人が引いて歩ける小型のそりが便利だ。十野間とルヴェルはその幅を頭に置いて、雪かきをしていた。人家の周りも雪を除けたいが、それは燃料配達の時に追々進めていくしかない。
 なにしろ、今のままだと燃料や食料を取りに行く道筋が埋もれてしまう。雪を掻き分けて無駄に体力を使うと、その分風邪も治らないし、またぶり返す羽目にもなりかねない。冬にあっさり死人が出るのを当然と思う状態には、どちらも物申したい気分ではあるが、その教育より先に大量の風邪っぴきをなんとかするのが先。その点では、蓮のおかげで天候が確実に分かるのはありがたい。
 そして、咳をしながら出てこようとする住人を見付けると、せっせと知らせてくれるルヴェルの忍犬・ディオンもよく働いていた。こちらは仕事がなくてもいいのに‥‥まだ住人教育には手が回らない。

 同じ頃。三条院は口周りを覆う布を切り分け終わり、裁断中に出た糸くずを始末していた。ついでに裁縫仕事の部屋の掃除も、まずは大雑把にやっておく。糸や羊毛を扱うとどうしても埃が立つから、部屋の換気と掃除を徹底しないと何もなくても喉を痛める。また作業が再開できた時には、これも徹底させないと悪循環から脱出出来ないだろう。
「人が集まるところは一通り掃除するとしても‥‥先に洗濯か料理か、どうしようかしらね」
 他にも衣類や寝具などを洗濯した方がいいとの意見は出ていたが、たまに医者らしからぬ衛生観念を見せるキーラが『冬場に洗濯なんてお湯がもったいない』と文句ばかり言うので、そちらの説得が先かと迷うところだ。
 否、さっきまで迷っていたが。
 しばらくして、すごい勢いで荘園内を走っていく三条院の姿があった。

 ところで、三条院に洗濯はもったいないと言い放ったキーラは、サブリナに毎度のお小言をもらっていた。
「だから、他人が見ることを考えて書けと言うのに。そうしないから二度手間になるんだよ」
「忙しいんだって」
 医者が二人いるなら、手分けして患者を往診すれば時間も半分で済むはずが、キーラの診療覚え書きの悪筆が極まりすぎて、サブリナに解読出来ず当人が音読。時間の無駄に、二人ともカリカリしているが、キーラの悪筆は簡単に改善しなさそうだから‥‥何か策を考えないといけない。
 ただサブリナの一喝で、治りかけが療養に専念しているから、後は栄養を取らせてよく寝れば、明日には色々と作業が出来る住人が出てくるだろう。命に関わる重篤な患者もいないし、倹約も程々にきちんと日々の食事と暖を取るように徹底させればいいが、滋養食と言ったところで作れない人ばかりなので、そこから面倒を見る必要がある。
「一年やそこらじゃ、全部が良くはならないねぇ」
 キーラの悪筆だけでも、今すぐ直って欲しいものだが。

 そんなこんなで初日の夕方には、なんとか最低限の雪かきは済んでいた。家々の周りはこれからだが、それは明日。先に各戸に燃料と食料を、病人ばかりの家には調理済みの料理で届ける仕事が残っている。
「まだ氷が付きやすいですね。もう少し油を塗らないと」
 霊騎・俊に引かせたそりと自分が引くそりのすべり具合を確かめつつ、メグレズが担当しているのは燃料などの運搬だ。そりに山と積んだ燃料や金属桶を数軒分ずつ適当な場所に積み上げ、各戸への運び込みは別の者達に任せている。
 初日は雪かき用の道具を手入れして、大工達が作り掛けていたそりを完成させ、急遽頼まれた金属桶を幾つか用意したところで終わってしまった。一応作るべき棚の大きさと段数などは確認だけ済ませたが、明日はそれより先にやるべきことがある。
「あぁ、物干しに使う棒も用意しておかないと」
 口にしてから、メグレズは辺りを見回していた。三条院から、まだ秘密と念押しされている。

 季節柄、生姜湯は体を暖めるのにいいと買い込んできた蓮は、それらを風邪がひどい患者のいる家に配って回ろうとして、キーラに止められていた。理由は簡単、もったいなくて使わないから。
 ではどうするかと悩んでいると、派遣の女性陣が即席の蜂蜜漬けにしてくれた。これを直接訪ねた先でお湯割で飲ませて効果を実感させ、毎日朝昼夕と飲むように伝えるが‥‥
「いっそ、毎日通って飲ませたほうが安心ですね」
「そうかも。でも家に行くと起き出して来ちゃうのが困りものよね」
 同じ物を配り歩いてくれたレートフェティも、ついでに家畜の世話の注意点を訊いたら説明ついでに出掛けようと言う人が続出で、ほとほと弱り果てていた。彼女達が家畜の世話を買って出たのは皆に休んでもらうためなのに、伝わらないとはもどかしい。
 それだけやる気があるのはいいことだが、体調が悪化してはかなわない。それを注意して、更に換気しつつも室内の温度、湿度を保つようにと促して回ると、どこの家に何が足りないかは大体見えてくる。
「この気候で布団も人数分揃わないのでは、一人が寝込んだら次々移りますね。それで亡くなるのが当たり前なんて考えだけは、改めてもらわないといけませんが」
 そんな調子で減っていたら、そのうちノーヴィそのものがなくなってしまうと、蓮は多分腹を立てている。明朗に誰にとではなく、そういう環境にだろう。
「羊や山羊の乳で元気を付けてもらって、来年にはもっと丈夫になっていれば寝込む人も減るだろうけど‥‥予防も覚えてもらったほうがいいわよね」
 良く考えたら、ノーヴィには入浴施設がまるでない。夏なら水浴び位するようだが、冬には体を拭くこともしていなかったようだ。着替えもろくにない状態では、洗濯の習慣もない。用を足すのだけは、屋外の厠に行くか、夜間は専用の桶で済ませて天候がいい時に厠に処分に行っていたものの、寝付くと色々不都合がある。
 二軒ばかり、かなりすごい状態になっていたので、まずは全員が寝込まない程度に元気と対策を身につけてもらわねばと、二人共に思っている。

 そして翌日。
「外に干したら凍るよ」
 メグレズが用意した金属桶に、三条院が各戸の鍋窯を総動員し、夜間に熾き火で暖めた水と朝食調理時の余熱で沸かした熱湯を合わせ、蓮とレートフェティに女性二人も加わって家々から掻き集めた汚れた衣類を洗濯してのけた山を見て、キーラがもっともなことを口にした。
「室内に干しておけば、喉の保湿になりますからね」
 ついでに乾燥させるために、部屋を暖かくしてくれれば風邪の治りも早かろうとはメグレズの弁。彼女が用意しておいた物干し竿は、風邪が大体完治した青年達が各戸に取り付けて歩いている。ルカも加わっているのは、雪かきに少し飽きてきたからだろう。
 十野間は雪かきの目処が付いたところで、サブリナの指定した棚幅で強度を持たせつつ、実用に向いた組み立ての検討を始めていた。これらの方式は図にしているが、覗いている大工の青年は組み立て方は分かるが、なんでそうするかを理解していない顔付きだ。メグレズは見ただけで分かるので、実際の作業手順は彼女に教えてもらったほうが分かりやすかろう。読み解き方は、また後日。
「で、風邪の具合はどうだい?」
「もともとただの風邪だからねぇ。もう一日二日休めば大体治るだろうが」
 こちらは燃料を配るのに忙しいルヴェルが、往診途中のサブリナに行きあって尋ねると、六人ほど強制的に休ませる必要があるのがいると返ってきた。そんな様子が悪いのがいたかと首を傾げたのもつかの間。
「まったくもう、ちょっとの距離でも油断したら駄目でしょ」
 洗濯で生まれる効果を見せつけて、ちゃんと習慣づけようと考え付いて実行した三条院が、キーラがいい加減に羽織った上着の前を留めてやっていた。屋外でそんなことをしても、十数歩で次の家に着いてしまうが、お洒落と防寒は小さなところから。
 そんなキーラと、開拓者が来るまで頑張っていた派遣の五人に休養が必要と口の動きだけで知らされて、ルヴェルは頷きを返した。彼らも住人と同じで休みなく働いていて、開拓者到着までは病人看護もしていたのだから、自分達が帰った後に倒れないように休ませたほうがいい。問題は、キーラ以外は休めと言ってもこれまた躊躇いそうなところだが。
「何日も寝込んだら、かえって何事にも支障が出るときつぅく言えば納得してくれましょう」
 途中で話を聞いた蓮が、『きつぅく』に力を入れて述べている。そんなことはしなくても、うまく話を持っていってくれそうだが、つくづくノーヴィの住民が将来を思って生活していないのが気に掛かるようだ。
 と、そんな中で。
「出歩いたら駄目って、言ったでしょー!!」
「ほーら、怒られたぁ」
 作業が終わった家からルカと一緒に出てきた少年が、レートフェティに叱られている。家族の上着まで着込んできたらしいが、そんなことでレートフェティが散々咳き込んでいる少年の外出を許すわけがなく、からから笑いながらルカが肩に担いで家に戻していた。
「退屈しているなら、これで何か書いたらいいですよ」
 十野間が他にも何人か細く開いた窓から覗いている子供達に、順々に筆記具を渡して回る。真面目に勉強するかは別にして、しばらくは家でおとなしくしているだろう。
 休息を申し渡されて抵抗した五人はルヴェルやメグレズに担がれたりして横にさせられ、書き取りの帳面をもらったキーラは率先して布団を頭から被っていた。
「次は頑張りましょうね」
 レートフェティの明るい声の誘いに、返事はない。