帝国歌劇団・参〜回収
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/29 12:10



■オープニング本文

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 ドーの街にあるガリ家の屋敷の中で、跡取りが幼児をあやしていた。
「お前は、本当に我に馴染まないな」
 ガリ家の当主とその夫人は、どちらも恋愛対象が同性だ。それぞれに副官と伴侶を兼ねる者を得ていて、夫妻の間に子供はいない。だから跡取りには当主の姉の息子、甥を迎えることになっていた。
 その普段は若君と呼ばれる甥は、ガリ家の所領を出れば皇帝の庶子の一人で皇子と呼ばれる身分なのだが‥‥生まれた時から周囲にかしずかれる生活で、同母の兄弟姉妹を持たない彼には、子守の才能などなかった。
 抱かれている子供もかなりの癇症で、春先の猫のような叫び声をあげている。周りでは親衛隊の騎士達がおろおろしたり、苦笑したりしていた。

 その声は別の棟にまで届くほどだったが、この時の子供の母親にはそれを気にかける余裕はなくて。
「どうだ?」
「‥‥‥似通ったお顔立ちながら、別のお方に間違いございません」
「どこが違う?」
「あの方でしたら、右の肩口に傷跡が残っています。初陣の時の刃物傷だと聞きました。それに足の指も親指と人差し指が同じ長さでしたし‥‥体付きも全体に違うように見えます」
「体付きは多少変わっているかもしれなくてよ?」
「いえ‥‥あの方は肩幅があまりないのを気にされて、普段は肩にあて物をされていましたから」
 猿轡に耳栓をされて、厳重に縛り上げられ、足枷をされた全裸の男が転がされた質素な部屋で、当主夫妻が子供の母親にあれこれ問い質していた。体中に鞭打ちの跡が残る男に睨まれて、最初は怯えた母親は、すぐに一度身を乗り出して‥‥今は、重ねられる質問に素直に答えている。
 転がされているのは、つい先日に開拓者達がヨーテで捕らえたバトラだ。今は昼夜分かたず取り調べを受ける身だが、協力者などの情報は知らぬ存ぜぬで通している。
「一緒に捕らえられた者は、バトラに間違いないと言うんだがな」
「子供を産んだ彼女の方が信用出来ますよ」
 捕らわれてきたバトラを、当主夫妻も跡取りも、バトラを何度か見る機会があったガリ家の家臣達も揃って、別人ではないかと考えた。開拓者に渡した資料と大枠の条件は合致するし、一緒に捕らえた者も全員が本人だと主張する。当人はもちろんだ。だが、どうにも印象が違う。
 一緒に捕らえたうち、バトラの逃亡前から近くに仕えていたのはエヴァの父と兄の二人だけ。他に行方不明の側近達はおらず、他は単に手足として使われていた者ばかりだ。バトラと満足に話をしたこともない者がほとんどで、こちらの主張は信用ならない。
 それで、ガリ家で現在身柄を確保しているマイヤ、バトラの子供を産んだ女性に面通しをさせて、良く似た別人だとの証言を得たところだった。ガリ家で入手していない特徴も良く知っていて、幾つも数えあげてくれたから、信憑性が高い情報と言えよう。
「偽者でも当人だと言い張るなら、そのように取り計らうか。後で本物が出てきたところで、今度はそちらが紛い物だ」
 これからは他人の汚名を背負って処刑されたいかと責められる事になる男が引きずりだされていき、当主は夫人とごく当然のようにそんな話を始めた。マイヤはぎょとした顔になったが、口を挟める立場ではない。ましてや彼女とバトラの子供は、ツナソー地域の次の領主候補として、ガリ家に養育されている。
 マイヤの現在の身分は、強制労働中の囚人。それでいてガリ家の屋敷で、自分の子供の世話係とされているのは、子供の癇症が原因だ。
「おぉ、相変わらずだな。早く戻ってやれ」
 そろそろ声が枯れてきた気配の子供の泣き声に、当主は苦笑してマイヤを促した。

 この頃、子供に蹴られ、咬み付かれ、更に身を捩って大泣きされた跡取りは、ぶすっとしてこう言い放っていた。
「アーマーの回収に行く」
「ヨーテに? 殿下がわざわざ?」
「今の時期に城に戻れば、毎日妻を娶れとうるさい連中の相手だ。そんなのは新年だけでいい」
 こんなに子供に嫌われるなら、しばらく結婚もしないと、母親の前ではたいそう愛らしい子供を横目の発言が、自分に都合がいい理由を見付けたためだと日夜身近に仕える者には分かっている。あからさまではないが、苦笑する気配が濃厚の中、マイヤと一緒に戻ってきた叔母の側近からの報告を聞いた跡取りは、いまだ放置されている破損したアーマーを引き取りにヨーテに行くと言い出した。
 どうせ子供のことがなくても、行くつもりでいたくせにと、親衛隊の副隊長に指摘されたのには。
「昔の女に会いに行くでも、開拓者の女の尻を追いかけたでも、いいように言っておけ。向こうにいい女がいたら連れてきてやる」
 ふんとろくでもないことを偉そうに言い放ち、叔母の側近に釘を刺された。
「ヨーテから女を浚うと、魔女達の報復がございますからね。自重してくださいませ」
 子供が笑い声を立てたのは、単なる偶然だ。

 この翌日、ガリ家の使いが開拓者ギルドに依頼を持ってきた。


■参加者一覧
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
葉桜(ib3809
23歳・女・吟


■リプレイ本文

 エヴァの奏でる曲は、春の訪れを告げるもの。
 その中で、生まれた赤子をいとおしむ夫婦の姿がある。すでに息子がいる夫婦だが、娘の誕生を喜び、母親が名前を付けた。
 その赤子が少女になった頃に出会いが一つ。
 遠方からやってきた少年には、繊細に過ぎる少女は頼りなさ過ぎて弱々しく映るが、旅の生活を続ける一族の女にはない可愛らしさもある事に気付いてしまった。
 追いかけると、驚いて逃げる少女。思わず追いすがる少年。
 ようやく掴んだ手を振り払ったのは少女ではなく、その兄で。
 土地の者ではない輩が妹に触れるなど許さないと、そう少年に言い放った。
 兄から話を聞いた父親も、少女を案じて外に出るなと命じる。
 母親は怖い思いをしたのねと少女を抱きしめたが、彼女の心はそこにはなくて。
 楽しげに仲間達と語らっていた少年の姿を求めて、少女は初めて家族の言いつけを破ってしまった。
 こっそりと出向いた先で、今度は少年と語らい、知らない土地の話に目を輝かせる少女。
 でもその姿は、父や兄の知るところとなって、今度は少年ばかりか少女も叱責される立場になった。母さえも、厳しい態度で少女を諭す。
 他の土地の者と親しくしても、いいことなんてない。そう言われても、素晴らしい時間を過ごした事実は消せるものではなく。
 一緒にいたい。その気持ちが募った二人は、今度は一緒に追われる立場になった。
 手に手を取って、家族から離れて、ただ守られていた少女も強い光を瞳に宿すようになる。少年と苦労を分かち合うために。
 そうして、二人が一生を共に過ごそうと誓いあった時、父と兄とに見付け出されたが、今度は母親が二人に味方した。
 今更二人を引き離したところで、誰も幸福になれない。あの日、ただ幸せになれと願った自分が、娘を縛り付けるわけにいかない。
 それは兄には通じないが、父親には分かるもの。同じことを息子にも娘にも願ったのだから。
 そうして、場面は最初に戻る。子供の誕生を喜ぶ父親と母親のいる光景。ただ最初の両親は祖父母になって、兄は伯父になった自分を、赤子の姿を見てようやく納得させている。
 赤子の周りには、笑顔が並んでいた。



 その日。
「我は墓を暴きに行くだけだ」
 ソーン・エッケハルトは、そう言い放った。
 ヨーテの地に、アーマー回収に行く護衛として呼ばれた開拓者のうち、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)はソーンの目的を聞いて、事前にヨーテに連絡が取れないかと試みていた。あいにくと冬季はほとんど他所と没交渉になる土地では、便りを持って行ってくれるような存在はおらず叶わなかったが。
 ヘスティアが目的とした、『エヴァはすでに死亡した』というヨーテの主張が真実と異なることを知らせるつもりがない者は、他にもいた。その中の一人、ユリア・ヴァル(ia9996)がソーンのヨーテ行きを『墓参りに行きたいなんて義理堅い』と茶化した際の返答が、遺品を手に入れるのに墓を暴く、だった。
 今回の護衛隊長である親衛隊の副隊長によれば、エヴァの母親が娘の死を認められずに、あちらこちらに泣き付いているらしい。その中にガリ家の当主夫人が入っていて、ほとほと手を焼いているそうだ。
 もちろんそれだけでソーンが出てくる理由にはならないが、しばらくすると吹雪のように襲ってくる見合い話を嫌がって、一時的に逃亡生活を決め込んだのが分かってきた。この人物ならさもありなんと納得したのは、五人ともだ。
「思い立ったら聞かない辺りとか、苦労してそうよね」
「たいそうお父上似でいらっしゃって‥‥」
「お二人の会話は、もちろん噛み合っていませんわよね?」
 誰がどう苦労しているのかと、ユリアとフレイア(ib0257)がそれぞれ呟いた言葉に、アレーナ・オレアリス(ib0405)が念のためと問い掛けた。ユリアはもちろん親衛隊が苦労していると言いたかったが、フレイアの発言はなかなか意味深そうだ。幸い、耳にした親衛隊の面々は、笑って聞き流してくれている。
 そんな中、笑顔が少しばかり引き攣っているのはフラウ・ノート(ib0009)だった。たまたま最初の食事休憩で準備を担当したら、ソーンはじめ親衛隊にも好評だったのは嬉しい。が、そこから毎回当然のように準備と給仕を要求されては、困惑もしようというもの。
「依頼って、護衛だよな?」
 途中、見兼ねたヘスティアがそう口を挟んでも、ソーンには遠回しな言い様では通じなかった。
「あぁ、従者ではないから、護衛以外に使うのは契約違反になりますよ」
「け、契約違反とまでは言わないんだけどっ」
 確実に口が肥えている人達相手の料理とかは、ちょっと気を使うなぁとか、肉が好きみたいだけど魚出しても平気かしら、などは考えていても、契約云々は頭になかったフラウは、副隊長の指摘にかえって慌てている。
 そこで遠慮がないのは、フラウ以外で。
「追加報酬は現物支給でいい」
「お酒、いいのを持ってきてたわよね」
 ヘスティアとユリアが、アーマー運搬用のそりにどっさりと積まれた荷物に熱い視線を向けていた。ヨーテ側への手土産と道中の食料に用意された品物に、高級品が多数含まれているのはすでに承知している。フラウが使ったのもそれらで、開拓者ギルド支給の保存食とは段違いの味に喜んでいたのは、別にソーンや親衛隊ばかりではない。
「‥‥お茶を淹れるくらいなら、お役に立てましてよ」
「ヨーテのお茶は、殿下のお口に合うか、いささか不安がございますしね」
 今にも荷物を漁りだしそうな仲間の様子に頭を痛めた‥‥ようには、とても見えないフレイアとアレーナが、貴族作法のお茶なら供してもよいと口にした。実際、ヨーテの茶は独自配合の薬草茶にトナカイの乳が入って、いわゆる『茶』とはかけ離れている。
「我達では、まともな茶も淹れられないと思ったか?」
 問われて、やんわりと否定しつつ上品に微笑んで見せたのと、あからさまに目を逸らしたのと、遠慮なく吹き出したのと、大きく三つに分かれた反応は十人分。
 実際、この後に男性陣が手掛けた料理は野戦料理以外の何物でもなく、途中からフラウが交代を申し出ていた。

 そんな土産も持った一団を、ヨーテ側は大歓迎してくれた。前回の警戒心がむき出しだったのと比べたら別の場所のようだ。
「生きの良さそうな男が多くて嬉しいねぇ。若君も分かってるじゃないか。でも、だからって女衆を減らさなくても良かったんだよ?」
「たまたまだ。他の依頼か何かと重なったんだろう」
「そうかね。全員揃わなかったのは残念だが、次の機会を楽しみにするよ」
 ついでに大らかに過ぎる、気もする。男性が来ると、こんなに大歓迎かと苦笑している者も何人か。開拓者側もこれまでと同人数ではなかったが、皇子の都合に合わせてはいられないねと朗らかに言われて、苦笑を返すしかない。
 そして。
「エヴァの形見? 物を言ってくれれば、身内に取ってこさせるよ」
「当人に話がある。母親のことだと、墓に伝えろ」
「縁起が悪いねぇ。死人を呼ぶなんて」
 揉め事にならねば良いがと、開拓者一同心配していたエヴァの件は、族長とガリ家の間で『死んだものとして扱う』と話がついているらしいと見えた。それでもソーンが拘る理由が、エヴァの母親のことだけには見えないが‥‥ともかく騒ぎにならないのなら、まずは一安心だ。
 アーマーの方は、ヨーテでも価値をちゃんと理解していて、雪避けの覆いをしておいてくれたから、そりに乗せるだけでいい。元のアーマーケースに入れられれば良かったが、アーマーの宝珠が外れている状態で無理だと判明していた。
 こちらはアレーナとフレイアがアーマーを起動させて、そりに載せ、逗留している洞窟から見える範囲に置けばよい。外れた宝珠だけ持っておけば、後は鉄の塊なので常時の見張りも付ける必要はない。
 だが、気掛かりは別にもあって。
「見付かっても、まだ冬越えするつもりとは‥‥何を考えていたんだ?」
「そもそもエヴァさんの家族は、当人に間違いなく?」
 実は偽者だったというバトラ一行が隠れていた洞窟の奥を探索してみようと言い出したのは、ソーン本人だ。崩れた場所をアーマーで開けられないかと思案していたが、そこはフレイアのララド=デ・メリタで排除していく事にする。上が更に崩落すると危険なので、様子を見ながら徐々に進むと、幸いに奥の方はそれほど崩れてはいなかった。
 だが、こそりとアレーナが溜息をついたのは、その壁に書かれていた神教会の教えを示す壁画が、いずれも無残に焼け焦げ、ひび割れていたから。魔法で徹底的に突き崩そうとしたのが察せられる破壊振りだ。
「側近二人は本物だった。しかし神教会とは縁も縁もない、百年前に信徒を殲滅した側の家柄だと誇っていた輩が、ここから持ち出すようなものがあるとも思えん」
 その手掛かりを求めたヘスティアやフレイアの問い掛けに自ら答えたソーンも、動機が推測出来ずに悩んでいるらしい。
「運び出した荷物の行方は分かって?」
 ユリアも問いを重ねたが、これも否。ただ運ばれた先が一箇所ではないらしく、追跡調査は継続して行われているらしい。受取人がいれば、それもまた叛乱計画の関係者だから、そこから新たな情報を掴むことも出来るだろう。もしかしたらある程度掴んでいて、でも明かしてくれないのかもしれないが。
 だが洞窟内のことは、今調べるのが初めてだから、隠し事など出来るはずもなく。
「この穴の向こう側に、部屋があるみたい」
 手分けして、あちらこちらを探っていると、フラウが人一人が潜っていくのがやっとの横穴を見付けた。頑張れば肩幅があるソーンや副隊長でも通れそうだが、装備の類は置いていけばという大きさだ。小柄なフラウなら易々と、ユリアとヘスティアはまあ順調に通れるだろうが、フレイアとアレーナはちょっと引っ掛かりそうでもある。いずれにしても、這って行かねばならない。
 相談の結果、まずは猫又・リッシーハットが様子を窺いに先行し、それから騎士の一人とフラウが向かうことにした。アヤカシなどの気配はないが、奥は深そうだとリッシーハットが言っていたから、ヘスティアとユリアも這って行くつもりでいたのだが。
「墓地、みたい? 石の棺がいっぱい並んでたよ」
「中身はすべて空で、数ヶ月のうちに中の物を動かした形跡があります。棺にしては蓋がありませんし、こんな奥に置くのもおかしな話ですが、遺品らしいものは幾つか」
 程なく戻ってきた二人の報告も奇異だったが、他に特別そうなものもなく、また棺の中身が空と聞けば、運び出されたのはそれと考えるのが自然だ。
 遺品らしきものとは、鍵が一つと祭礼用らしい大きな首飾りが砕けたもの。何個分かあるのは量で知れたが、相当に太く大きいものらしい。
「神教会にそういう祭具があったか? また調べさせるか」
「専門の方がおいでになりますの?」
「あぁ。この辺りはたまに神教会の痕跡が出てくるし、何年かに一度は信徒が捕まる。調査に専門家は必要だからな。地元に入用か?」
 アレーナやフレイアが貴族の家系だと調べていたソーンは、情報を寄越すなら貸してやると口にしたが、どちらも必要とはしていない。皇子が跡継ぎの家系で、珍しいものをと思う気持ちの方が、皆にも強いだろう。
 ただし今の問題は、棺の中にあったものを運び出した理由になっていて‥‥こればかりは、すぐには推測も出てこない。念を入れて、もう一度人数を増やして調べてみたが、やはりこれという意見を出せる者はいなかった。だが偽のバトラ一行がこの場に執着するだけの理由は、あったはずなのだ。ユリアの術視「弐」にも、何の反応もなかったけれど。
 それ以上の詳しい調査はこんな時期では危険だから、春が過ぎて雪崩の危険がなくなった頃から始める事になるようだ。
「あー、色々すっきりしないっ」
 ユリアのぼやきは、全員の気持ちと同じだろう。
「何かあるから、偽者を置いたか、たまたまここに何かがあったか」
 ソーンの独り言には、ヘスティアが『はっきりしろ』と視線で語っている。が、流石にそのまま口にしたら副隊長にたしなめられるだろうから、頑張って黙っておいた。いかに敬語がいい加減になっても『こんな土地だからな』と済ませてくれる相手でも、やはりものには言いようがある。
「何かの有無は別にして、影武者を置く必要性の有無は確かめる必要があるかと愚考いたしますわ」
 フレイアのように言えれば苦労はしないが‥‥どうもソーン相手では難しいと、そう思っている者は一人ではない。

 なにはともあれ、洞窟内をこの面子で調べられるだけ調べた後には、エヴァの『遺品』を受け取って、ヨーテの『歓迎』を受けねばならない。遠来の客が皇子だというので、他所の洞窟にいる人々も集まってきていて、宴会の参加人数は相当なものだ。
「六人じゃ、ちょっと大変なんじゃね?」
 宴会の準備の手伝いなど考えもしないだろうソーンは、宴会場になる上座の絨毯に座っている。その横で遠慮のない口を聞くのはヘスティアだ。フラウは料理の手伝いに弾むような足取りで向かったが、他の面々は一緒。素知らぬ顔だが、もちろん会話は筒抜けだった。
「跡目争いの種など欲しくなかろうから、我には来ないさ。だが今夜の護衛は開拓者に任せる」
「そうか。じゃあ、いっそ酒盛りでも」
 すでに酒を出してきているのだが、ヘスティアは酔っ払った様子などなく、豪快に笑っていた。親衛隊の面々はやれやれとでも言いだけだが、ヨーテの『歓迎』を忌避するような素振りはない。だからといって、本当に護衛を彼女達だけに任せるとは思えないが。
 でもまあ、一応はヨーテ側にも配慮して、就寝場所などを相談しておこうかと考えたユリアが腰を浮かしかけて、近付いてきた人影に身構えた。すぐにそれが解けたのは、相手がヨーテの一員で、よく知った顔だから。
「久しいな」
 エヴァが夫に連れられて、緊張した面持ちで立っていた。ソーンに声を掛けられて、深々とした礼は貴族の作法だ。
「耳飾りはどうした?」
 挨拶の言葉を探している様子のエヴァに座れと声を掛けたソーンは、ざっとその姿を確かめるといきなり尋ねた。隣に付き添う夫がむっとしているが、大抵の男は新妻に馴れ馴れしい口を聞く男は嫌いだろう。それにしたってあからさまだと、見ている方も心配になる。
 だがエヴァはとにかく夫が頼りのようで、そちらを振り仰いでいる。この態度は態度で、この場にいないフラウ以外の開拓者全員がこの先を案じるに十分だ。母親なのだから、もう少ししっかりするに越したことはない。
「エヴァの持ち物が必要だと聞いた。これなら母親と揃いだそうだから、十分だろう?」
「あぁ、これにしたのか」
 結局夫の方が預かっていたのだろう、耳飾りを差し出した。副隊長が差し出した小さな袋に、受け取った耳飾りをしまいつつ、ソーンが言ったのは短い言葉だ。
「そなたの母は、叔母上の侍女に戻る事になった」
 戻ると言うからには、以前も仕えていたのかと思いつつ、開拓者は誰も口を挟まない。エヴァが傍目にもほっとしたのが分かったし、それ以外にソーンが何か追求することもなかったので、必要もなかったのだ。
 ただ。
「あれでヨーテで母親になるのは、心配ですな。親族が子育てに手を出してきたら、弾き飛ばされそうだ」
 遊牧生活だから、子供は皆で育てる。その過程で疎外感を覚えそうとの副隊長の心配はもっともで、
「まったくだよなぁ」
「生まれ変わるくらいの気持ちになっていただきませんとね」
「母親の自覚も持って欲しいものです」
「守ってもらうだけじゃねぇ」
 口々に賛同した四人に、副隊長は驚きを露わにしたが、すぐに頷き返してくれた。他は若い騎士ばかりの中、やはり壮年の彼は感じ方が違うのだろう。
「それは、かなり頑張らないとだね!」
 後から話を聞いたフラウも十分にやる気を見せている。もちろん、ヨーテ側が要求してくれと散々言われた歓迎のお返しの歌劇のことだ。
 やがて、少女が母親になって成長する物語が始まった。


 翌朝。
 夜中に一応見回りをしていたフラウが、真っ赤な顔でユリアやヘスティアのところに逃げ戻ってきたとか、仮眠していたアレーナがヨーテの女性陣に間違って強襲されたとか、また見回りをしていたフレイアが一緒に行くかと誘われたりした一晩の後。彼女達は親衛隊と一緒にソーンとアーマーの残骸を護衛して、帰路に着こうとしていた。
「だからな、ヨーテは父親不在の家庭も多い。昨日の歌劇で、時々反応がおかしかったのは、そのせいだ」
「それで、時々不思議そうな顔に。でも、昨日はどうしても父親役が必要だったから」
「‥‥身長が足りてない」
 準備は周りに任せたソーンは、歌劇の内容をフラウと語っている。時々からかっているのは、実際に彼女だけが他より小柄で目立っていたからだ。
 むーとフラウが言い返す言葉を探していたら、そりの荷台に上がっていた騎士の動きが止まった。それにつられて、次々と視線がそちらに向かい、見出したのはエヴァの姿。今日は夫が後方に、相変わらずのむすっとした顔で控えている。
「見送りに来てくれたのか? 足元に気をつけろよ」
 ヘスティアがにこやかに声を掛けると、一礼したエヴァは落ちつかなげに視線をさ迷わせた。けれども途中でフレイアと目が合って、なぜだかじっと見詰めた後に、ソーンに向き直る。
「まことに勝手ながら、お願いがあって参りました」
 彼女が申し出たのは、耳飾りの返還だ。昨日、母親のことは気に掛かるだろうが、もう新しい人生を生きる意味でも改名したらどうかと、そうすれば貴族の娘のエヴァはいなくなると開拓者達に勧められ、夫も賛同したのでつられた様に頷いた彼女とは思えない、しっかりした口調である。
「代わりがあるなら、交換してやろう。ところで、なんと呼べばよい?」
「ヨーテの魔女の一人でエヴァとお呼びいただければ光栄でございます。‥‥親不孝ものなれど、せめて母が付けてくれた名は大事にしたいと思い直しました」
 だから耳飾りも返して欲しいと、エヴァが差し出したのは吟遊詩人なら絶対必要な楽器だった。これなら十分代わりになると受け取ったソーンより先に、後の心配をしたのはユリアだ。彼女は巫女の技を伝授しようかと族長に尋ねて、日常的に導いてくれる先達がいなければ術者が道を踏み誤ると丁重に辞されている。だからエヴァへのヨーテの人々の期待も重々承知していたのだが、これには夫が応えた。
「すぐには無理だが、いずれ俺が買ってやる」
「‥‥そうか」
 なにやらソーンが妙な顔付きになっていたが、誰もそれには触れずに出発し、ヨーテの土地から出たところで、アレーナが口を開いた。
「殿下自らお出ましになったのには、特別な理由がおありだったのでしょうか?」
 フラウ以外がくすくすと笑っている中で、当初は渋い表情だったソーンは、開き直ったのかやたらと堂々と言い放った。
「昔の女に会いに来ただけだ」
「あら、初恋の君ではなくて?」
 実は結構エヴァを気に掛けていたらしいソーンを、ユリアがからかったつもりだったが。
「初恋は、異母姉の一人だ。もう他界したがな」
「あぁ、あの方も楽器がお上手で。そういえば、その楽器は殿下がエヴァに下賜したものでは?」
「煩い」
 副隊長が懐かしそうに目を細めたが、騎士達は珍妙な表情になっている。尋ねたユリアはじめ、開拓者も予想外の返答にしばらく言葉が見付からなかった。
「まあ‥‥殿下が気に掛けていた方のお役に立てたようで、良かったですわ」
 ややあって、フレイアが呟いた。にこやかな笑顔は、昨日の歌劇の最中に見せたものと同じだ。それは他の者にも伝染していく。
 歌劇の最後の場面のように。