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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「そのエヴァという女、バトラの側近文官の娘だと疑われるんだがな」 『存じません。他所から浚ってこようと、今はヨーテの者です』 「そうか。こちらの資料では、エヴァは吟遊詩人の技能を使うテュールだ」 『‥‥ただの歌好きな女ですよ』 叛乱を企てたツナソー元領主バトラの一党が逃げ込んだとされるヨーテ地域。 開拓者の一行がその捜索を依頼され、魔女の土地といわれるヨーテでの調査を行ったところ、バトラ一党は当初の予測とは異なり、山岳地域ふもとの針葉樹林帯に潜んでいたことが判明した。 更には、ヨーテの男性と結婚して、遊牧民として暮らしていた女が、バトラ一党の一人であったらしいことも分かる。その兄は妹の嫁ぎ先との取引だと度々補給を行い、女もバトラ達に情報を流している。 開拓者達が掴んだ情報は、ヨーテの人々には伏せられたままに依頼主へと伝えられたが、それから数日後、ヨーテの族長自ら当主のガリ家に風信術で連絡を入れてくる異例の事態が発生する。 ヨーテの遊牧民は風信術など持たないため、隣接とはいえ随分と離れたミエイ領地に出向いての連絡だ。 用件は、針葉樹林と山岳部洞窟の一部に、バトラ一党の野営跡を発見し、痕跡から推測すると針葉樹林のどこかに今だ潜伏しているだろうというもの。 開拓者の動向から何か察したか、それとも新入りの一族の動きに気付いたか。そこは頑として口を割らないが、ヨーテの遊牧民がかなり大掛かりな捜索を行ったのは間違いないようだ。 自分達の関わらぬ揉め事には不干渉の立場を貫いていた族長にしても、わざわざ連絡を入れてくるなど態度の変わりようも甚だしいが、ヨーテ側にも事情があるに違いない。 「わざわざ吟遊詩人だと教えたら、ヨーテが手放すはずがないでしょうに。あちらは魔術師以外のテュールが昔から欲しいのだから」 「それがなくとも、手放すものか。ヨーテは女が外に出るのをことのほか嫌う。たとえ出身は別でも、身篭った女を捕らえたりしたら、全力で取り戻しに来るぞ」 「テュールとはいえ、あの娘が叛乱に加わるとも、そのために好きでもない男と子供を作るとも考えにくいのだけれど‥‥そもそも親が離婚して、母親と一緒にいたはずだわね」 「一年前に兄が連れ出して、母方の一族が父方から取り戻そうとしていたらしい」 ガリ家当主とヨーテ族長の話は、エヴァの処遇で平行線を辿ったが、ヨーテ側でもただ知らぬ振りは出来ないと承知している。バトラ一党を捕らえるのに協力して、エヴァの行動は不問にしてもらおうと、あれこれ考えているに違いない。 ガリ家側も、百年もの付き合いでヨーテの遊牧民の気質は承知していた。色々と独自の習慣があるほかに、母系社会の遊牧民達は、一族の女性が他所の地域に移り住むことをたいそう嫌う。エヴァも一族に迎えられた身だから、例え正式に引き渡しを要求してもヨーテは無視するだろう。 それはそれで、当主としては腹立たしいが、エヴァ一人捕らえたところで叛乱の芽は潰れない。特に当主夫人が夫に口にしたように、エヴァは率先して叛乱に加わるような性格ではないと、これは母方の親族も口を揃えて証言していた。 「好き合って一緒になったが、親兄弟と縁も切れないというところか。バトラ側が嫁に出す交換条件で、亭主に無理を飲ませたかもしれん」 「そうだとしたら、どこまで連座に?」 「バトラ一党を捕らえて、エヴァまでは逃れられんな。エヴァを素直に差し出せば、ヨーテは無関係で終えると言っておくか」 「‥‥また死んだとか言ってきますよ」 「身重の女は、ちょっとしたことでも死ぬからな」 ヨーテからの報告では、バトラ達の向かったと思しき方向は、山裾の破壊された洞窟跡があるあたりだろうという。この辺りには隠れ潜める洞窟は残っていないはずだが、その分誰も近付かないので、ヨーテの遊牧民も地理に疎い。追いかけられないという点では、逃げやすい場所だ。 そこから先に逃げるには、接する領地が兵力十分で警戒態勢を敷いているから難しい。なぜそんな場所に逃げたのか分からないが、潜伏準備をしている可能性もある。そうなると、追跡も困難なので、雪が深くなる年末までにはなんとかしたいのが、ガリ家の意向だった。 「もうあの辺りは相当降っているのかしら?」 「水の補給に困らない程度には降るだろうな」 |
■参加者一覧
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
葉桜(ib3809)
23歳・女・吟 |
■リプレイ本文 依頼の第一目標は、主家のガリ家に弓引いたバトラの身柄の確保。一党共々、生け捕りが希望ながら、死んだら死んだで仕方ないとの条件だ。 そもそもガリ家の領内では、叛乱は計画だけでも首謀者は死罪。生け捕りにしてくれというのは、協力者の情報を取るのと、衆目の元で処刑して見せしめにするためだろう。協力者はその程度により、死罪か強制労働。強制労働は、与した事情や捕縛後の聴取への協力具合で、送り込まれる先が異なると言う。 「子供と妊婦は罪を一等減じるのが、ガリ家の慣習だわねぇ。それと夫婦が離縁していれば、子供に連座はさせないの。だから今回の叛乱では、随分たくさん、無理やり離縁させたものよ」 依頼人ガリ家当主の代理人として、細々した資料を届けに来た当主夫人の側近女性は、予定外の面会を求めたフレイア(ib0257)に、のんびりと内面が窺えない笑顔でそう語った。最後に『貴女も少しはご存知ね』と微笑みかけたのは、フレイアが以前にガリ家跡取りの捕り物依頼を受けたのを知っているからだろう。 渡された資料には、バトラと行動を共にしていそうな協力者達の外見、特徴の一覧に加え、人相書きが作成出来た者の絵が添えられている。その中には、バトラ側近の娘らしいエヴァの肖像画を書き写したものがあり、一同が眺めたところでは、ヨーテの土地で認めた女性に間違いないようだった。 「妊婦は罪を減じるなら、死罪はありませんでしょう。身柄がどこにあるか、きちんと把握と監視が出来ていれば‥‥わざわざ縄を掛ける必要はないと考えますけれども」 おおまかに各人の判明している特技や性質も説明を受け、エヴァ当人が率先して叛乱に加わるような女性ではないと聞かされた開拓者達には、いっそ捕り物の最中に死亡した事にすることで、ヨーテ側の反感を抑える方法もあるのではないかと、そんな意見も複数出ていた。それに異を唱えたのがフレイアとアレーナ・オレアリス(ib0405)で、後顧の憂いなく暮らしていくために、出来る取引はしておくべきと面会に臨んだのだが。 「ヨーテの土地は、どこかに消えてもすぐに把握出来ないから、監視と言う意味では向いていなくてよ。それに、すぐにあそこの族長は該当者は死んだと言って寄越すのよねぇ」 まさにその方法を考えていたユリア・ヴァル(ia9996)やヘスティア・ヴォルフ(ib0161)は、こそりと目配せを交わしたが、相手はそれを見逃さなかった。けれども、咎める様子はない。 「生きていることが分かれば、母方の親族が取り返しに行くでしょう。よくあることとはいえ、若君の視察の折に贈り物にしたこともあるのだし」 「贈り物って‥‥寝室に忍ばせるみたいな?」 「そう。若君も当人が納得付くならお手付きにするけれど、エヴァは最初から怯えてしくしく泣いているし、突っ返すと彼女が責められそうで、扱いに苦労したと聞いているわね」 ついつい敬語もおそろかにヘスティアが口を挟むと、相手は思い出話を語る顔で頷いた。だが続いたのは、『当人も嫌なことははねつけたらいいのに』とのきつい言葉。人の気性はそれぞれで、生まれた家庭の影響も多々あるものだが、この女性は気骨溢れる性格らしい。 「ご当主様は、ヨーテとの関係を如何様にお望みでしょう?」 「あぁ、それはもう、末永く変わらぬ帝国への忠誠をお望みね。ヨーテがうっかりと受け入れた罪人は、揃って早死にするけれど、あの厳しい環境では致し方ないでしょう。魔女達が従順であれば、それで充分だわ」 「これまでも似たようなことがあって、そういう輩は早死にしたわけですか」 こちらも敬語がいい加減になってしまったユリアが、アレーナの問い掛けへの流暢な返答に、尋ね返した。バトラへの追跡具合と引き比べ、今の返答に出た『罪人』の罪は死罪相当と言うわけではなかったのだろう。 それにしても用意されていたような返事で、なにやら道筋を付けられている気がしないでもないが‥‥ 「では、捕縛の際には死人が出ないように留意は致しますが、力及ばずの場合もお許し願います」 「貴女方の柔肌に傷が付かないように祈っているわ」 フレイアがにこやかで、あまりに晴れ晴れとしていて、後ろの方にちんまりと座っていた葉桜(ib3809)が不思議そうな顔になったほどの笑顔で申し出たのに、先方は更なる笑顔で妙な励ましを寄越した。 「ちょっと‥‥変わった人だったね」 偉い人相手に話すのは苦手と、やはり後ろで話だけ聞いていたフラウ・ノート(ib0009)が、女性が取っていた高級宿を後にしてから、貰った大きな菓子包みを開いた。こんな物をくれる依頼人も珍しいが、菓子そのものも随分と贅沢な代物だ。 歩きながら食べるものではないと、さっそく味見しそうな幼馴染みを止めたイリス(ib0247)も、エヴァの身柄に対するやり取りはともかく、先程供された茶や何かには首を傾げていた。重要案件を請け負ったとはいえ開拓者相手に、結構なもてなしだったからだ。 これについては、別の幼馴染みが原因を理解している。 「あの御仁、同性愛者だから。いかにも俺達のこと、愛でてる目付きだったろ?」 「ガリ家のご当主夫妻は、どちらもそういう嗜好だそうですよ。側近の方が、実際の伴侶だと耳にしたことがあります」 「それなのにご夫婦?」 ヘスティアが上品だけど目付きが違うよなと、一人で頷いていた。それにアレーナが補足したが、葉桜にはその夫婦関係が今ひとつ飲み込めていない。フラウも不思議そう、かつ驚いたようだ。 割と初心な二人以外は、『そういうことか』と口にはせずに納得していた。 個人的嗜好は依頼とは関係ないが、代理人がああ言うのならば、領主夫人はエヴァの身柄確保がならなくても、その裏の事情も含めて承知してくれそうだ。もちろんそれには、バトラ達の捕縛が大前提だが。 「そろそろ鬼ごっこも終わりにしましょう」 ユリアの思いは、皆に共通している。 ヨーテまでの道のりは、葉桜とヘスティアの駿龍・春雷とネメシスが少しばかり人目に立った他は、順調なものだった。近隣領地に協力者がいれば、それだけでバトラ一党に開拓者到着の報告が向かっただろうが、ガリ家の見立てではその可能性は限りなく低いとのこと。 理由が領主同士の不仲では、領民には買収されたり、なんらかの取引でバトラ達に味方する者が出ても不思議はない。それがなくとも、協力者が潜んでいるかもとヘスティアが心配したのだが、 「この森の先がシューヨーゲンか。随分近いんだな」 「使う街道が別だから、ちょっと気付かなかったわね」 ヘスティアやユリア、イリス、アレーナが以前に依頼で出向いた領地がヨーテと境を接する一つだった。今回の出来事が露見する最初のきっかけだが、まあとにかく規模が小さい。領民に怪しい動きがあればすぐに領主が気付くだろうし、余所者が住み着いたら注目の的で身動きが取れない。 開拓者一行も半数が周辺領地の規模や領主を知っていて、あれなら確かに取り込まれまいと納得している。知らない者もヨーテの族長と共通するところがあると言われれば、頷く気持ちにはなる。 その族長は、流石にヨーテの領域では目立たないようにしながらやってきた彼女達を迎えて開口一番。 「エヴァは風邪をこじらせて死んだから」 こう、のたまった。 「わぁ、本当に言った」 思わずフラウがそう返してしまうほど、堂々とした宣言で。 「向こうに戻ったら、そう言っといてくれるかね」 前回とは人が変わったように、つんけんとした態度だった。一緒に出迎えに出てきた長老達はじめ大人は警戒心が先に立ち、遠巻きにしている子供達は事情が分からないままに様子がおかしいのは気付いているのか、客の来訪に浮き立つ様子がない。 「言う前に、ご当主様も予想されていました。本当のところは、おなかのお子さんともども健やかでいらっしゃいますか?」 この族長の悪びれない態度に、言うべき言葉を探したのが半分。これまた堂々と言い返したのがアレーナで、後は呆れて様子見に入っている。 「先方から、捕縛の際に死者が出ても止むなしとお言葉をいただいてきました。実際にそうなった際に、遺体をすべて持ち帰るのは困難ですから、ヨーテの土地に埋葬をお許しくださいますか」 こうした交渉ごとは得意なのか、単に他の者より労力を惜しまないだけか、フレイアも加わって結論が見えている相談を始めた。もっと単刀直入でいいのにとユリアやヘスティアはぼやいて、イリスに形式も大事だと注意されている。一応相手は領主に並ぶ身分なのだ。尊重する態度は、他の者の手前、大切にする必要がある。 とはいえ、ヨーテの遊牧民は自分達が望む結果が得られると判ったら話が早く、形式は途中から吹っ飛んでいった。 それで、洞窟内に器用に張られた天幕の中、厚く敷かれた絨毯に車座になって、本格的な相談が始まる。 開拓者側が要求するのは、ヨーテ側の捜索範囲やその結果の詳細に回収している荷物があればその提供、天候の予測と吹雪の予兆の見分け方、バトラ一党が潜んでいるだろう地域の洞窟の特徴や特別な謂れの有無、特に抜け道が本当に存在しないかなど、多岐に渡った。神教会が隠れ潜むのに使っていた場所なら抜け道が存在し、中には掘り返して使うことが出来るものもあるかもしれないから、山の反対側からも痕跡が見付かっていないかと尋ね方も具体的だ。 ヨーテ側の情報提供もよく整理されていて、改めて捜索した範囲や野営跡がどこで見付かったかなどは地図に記してあった。問題の洞窟群だけは崖崩れの危険性を警戒して、詳しく調べるには至らず、様子は分からない。だが今年の春先に大規模崩落を起こしたのは間違いないそうだ。毎年春には崩れるのだが、今年のそれは音からして一際激しかったという。 「反対側に抜けるような道は、聞いた事はないねぇ。神教会の遺物くらいは捜せば出てくるかもしれないが‥‥ガリ家は神教会勢力討伐の恩賞にこの地域を貰った帝国貴族だよ。その血統のバトラも、神教会は嫌ってて南部の叛乱では珍しく当人が若君に従って戦いに行ってたはずだし」 洞窟を使うのに、遺物を目印にするくらいはありえるが、神教会の伝承などから抜け道を知るようなことは考えにくい。それがヨーテの族長の意見だった。それに反対側に抜けると簡単に言っても、何キロも通路を掘って維持するのは大変なことだ。毎年出入り口付近が崩れていては、何か残っていたとしても瓦礫の下だろう。 「でも、反対に何か出てきたということも考えられなくはありませんよね」 地図で山岳地域の幅を目で計りつつ、イリスが指摘した。一度崩したものが、回りがどんどん崩れていくうちに形を変えて出てきて、それがバトラの利用可能なものだったら‥‥可能性として低いが、逃げ道がない場所に向かう理由は他にあまり出てこない。 すると、族長が胡坐をかいていた膝をぽんと叩いた。 「そういえば、うちの土地からちょっと外れてるこの辺で、何年か前にそれっぽい洞窟が出てきたことはあったね。人を頼んで調査させて、最後に宝珠が数個出てきたって聞いてるよ」 その洞窟には抜け道などはなかったが、内部の装飾から神教会との繋がりが疑われたので、これまたガリ家が入念に破壊させていた。アヤカシが巣食っていたので、また同様の事にならないよう、破壊した後に埋めてもいるようだ。 「宝珠と言うのが気になりますね‥‥この辺りでは、他にそうした記録は?」 バトラ達も何か手にしているかもと、フレイアが族長に問うたが、百年前に特殊な物品が出てきたかは彼女も知らない。仮にそんなものがあったとして、回収した後までヨーテの地に潜んでいる理由がないだろう。 「足場はどうなってるかな。この辺りは、道はないわけでしょ?」 フラウがヨーテから借り出した雪道用の靴止めに、雪の上で目立つ色付きの縄と白の縄とを人数分に仕分けしながら、歩きやすいかどうかを確かめている。 遊牧民でも歩いた者はいないが、遠目に見ると岩がごろごろしていて足元は危ない。雪が降り積もっていると、慣れていない者は転倒する危険があるから、暗い時間に忍び寄るのは難しいだろうと教えられた。ただし、バトラ達も条件は同じ上に、あちらは馬を連れているはずだから、道を拓いている可能性はある。 「吹雪の中でも歩ける、ような場所はなさそうですか?」 「山沿いは風が巻くからね。あんたも龍には乗らないほうがいい。この辺りでは、雪より先に風が来るから、強い風が吹き始めたらまとまって風が避けられるところを探しな」 バトラ達が強行軍をしたとして、距離が稼げるどころか方向を見失う可能性の方が高い。危険を押して追うよりは、天候が落ち着いてから追いかける体力を温存すべきだというのがヨーテの人々の共通した見解だ。なるほどと頷いた葉桜とは別に、天候が変わる前に見つければ逃げられずに済むと考えている開拓者も多いことなど、族長も思い至らなかったようだ。 後は、エヴァにも聞きたいことがあると、一同は山麓上部の洞窟に向かうことにした。その際、フラウが族長達の行動を見張るようにと猫又・リッシーハットにこそりと言いつけて行ったが‥‥寒い中で隠れ潜む羽目になったリッシーハットの足取りは、ほんの少し重かったかもしれない。 エヴァの処遇については、すでに依頼主側がヨーテの出方を予測していたこともあり、開拓者達もバトラに味方しなければどうこうするつもりはない。それでも族長は心配したのか、単純に道が悪くなっているからか、三人も案内を付けて寄越した。 これまではエヴァには何も言っていないが、一族の取りまとめ役には事情が伝わっている。様子も見張っているものの、そもそも遊牧民ではなく、更に身重のエヴァが山を降りるのはまず無理だから、誰も逃げることなど心配はしていなかった。 ところが。 「どうしてこんなになってるわけ?」 ユリアがエヴァの夫の祖母に問い掛けたのは、その夫が縄でぐるぐる巻きにされていたからだ。ついでにその伯父も同様。エヴァは夫に取りすがってしくしく泣いていて話にならない。どう見ても事情が分からず、またおなかの子供にいい状態とも思えなかったが、理由がはっきりしないととりなしも何も出来はしない。 それでも、当人もおろおろしながらも葉桜がエヴァの横について、呪歌で宥めようかと迷っている風だ。とりあえず背中を擦りつつ、声を掛けている。 「雪中行軍の装備に近いですけれど‥‥持って五日分となりますか」 彼女達の近くの大荷物を目にして、イリスがざっと中身に見当をつけた。五日程度の冬場の旅支度と、この状態の繋がりはやはりよく分からないが、わざわざ縛っているのなら出掛けるつもりでいたのはエヴァの夫と伯父だろう。ヘスティアは遠慮なしに中身を見て、エヴァまで連れて行くつもりだったかと、こちらは夫に直接訊いている。 「あんた達は、期間雇いの傭兵だろ」 「いる間だけ隠れて、後は行方不明か死んだことにするつもりだったか? 危ないだろうがよ」 傭兵とは違うなどと細かいところに拘らず、ヘスティアは夫の頭を小突いた。それで身をすくめたのはエヴァの方で、今度はフラウも加わって宥めているが、やはりしくしく泣くばかりだ。 「情を悪用するのも大概ですが、それに溺れたり、迷って道が選べないのも困りものですよ」 エヴァを連れて、夫が伯父と一緒に密かにどこかに行こうとしていた上、止めようとした他の親族に刃物を向けたので、仕方なく縛り上げたところだと聞かされて、フレイアが嘆息した。語調が厳しいのは、自分が原因であるにもかかわらず、エヴァが泣くばかりで行動らしいものがないからだろう。ガリ家の使者も厳しいことを言っていたが、確かにはっきりしない性格ではある。 まあ一族としても、刃物を出しても本気で向かってくるつもりはないと踏んでいたし、案内の三人から族長の意思を、アレーナからガリ家の思惑を説明されて、エヴァ達を厳しく罰することはしないつもりだった。当人達がおとなしくしていてくれれば、縄もすぐに解いていいくらいだが、夫が警戒心を捨てないので、 「こちらは貴方達を傷つけるつもりなどないのに、自分で子供を危険に晒してどうするの!」 「まったくだぜ。子供を守るのが親だろうが」 縛られたままで、ユリアとヘスティアに膝詰め説教を食らっている。 「割き難い肉親の情はあるでしょうが、お子のためにも貴女やご夫君が罪を重ねるようなことがあってはいけませんよ。嫌な話ですが、どちらの家族を選ぶか、決めなくては」 エヴァにはフレイアが懇々と諭し始めた。当の本人が相変わらずしくしく泣いているので、どこまで聞いているか分からないのはいささか不安だったが、葉桜が、 「親のない子供は、増やしたくありません」 そう呟いた時にはびくりと震えたから、まるきり耳に入っていないわけではないらしい。ただ決断する気概がないだけ、なのだろう。 「親兄弟が捕まれば、エヴァだって巻き込まれるんだろう。それなら逃げたほうがいい」 「正確に述べれば、貴方の細君も謀反人です。捕縛せねばなりませんが、死人まで連れて来いとは依頼されませんでした。バトラを捕らえられれば、付き従っていた女一人くらい、ガリ家も詳しく調べはしないでしょう」 「‥‥どういう意味だ」 わざと難しく言った気配もあるフレイアの話に、夫は不機嫌さを増したが、エヴァはようやく泣くのを止めた。そのまま補足してくれればいいのに、皆の顔色を窺って、今度はがたがた震えている。 「だからさ、バトラの居場所とか教えてくれたら、エヴァさんがここにいても知らない振りをしてくれるってこと。ちゃんとそう聞いてきたよ」 「貴族名簿のエヴァさんは死んだ事になります。でも、それで困ることはありませんよね?」 痺れを切らしたフラウが口を挟んで、イリスが説明を追加する。ヨーテの人々が、ちょくちょく事情持ちを一族に取り込んでいるのは事実のようで、年長者はすでに納得していたが、苛々して飲み込みが悪かった夫もようやく『上』の意向が理解出来たらしい。 「じゃあ、エヴァは俺だけの女だな」 そういう納得をするかと突っ込みたい者は複数いたが、話をややこしくしても仕方ない。縄を解いたら、エヴァを抱きしめて歯が浮くようなことを羅列したのも、また聞き流した。 周りを見れば、この程度は普通のことらしく、ヨーテの人達はにやにやしながら眺めているし。居心地が悪いのは、フラウと葉桜くらいのものだ。 だがバトラの情報はとっとと出して欲しいと、開拓者のうち五人ほどが思っていると。 「最初は商人だとやってきたが、なんだか怪しいのは分かってた。でもいるのはしばらくのことだと思ってたから、たいして気にしなかったんだ」 伯父の方が、バトラ達と接触したくだりから説明を始めてくれた。 当初はバトラ達も長居をするつもりはなかったらしい。ほとぼりが冷めたら移動する予定だったと、後でエヴァも教えてくれた。 ところが、神教会信徒が隠れ住んでいた洞窟から宝珠が見付かった話が何かの弾みで話題になり、血気盛んな騎士が件の洞窟群を覗きに行ってから、色々とおかしくなってきた。気の弱いエヴァは洞窟探検など連れて行かれることもなくて詳細を知らないが、なにやら大きなものを何度も運び出してくるようになったのだ。 ちょうどその頃に近くで放牧をしていて、そんな彼らの様子を少しばかり警戒して見ていたのがエヴァの夫と伯父だったが、ヨーテの人々は総じて神教会の遺物など興味もなく、出てきても面倒ごとの種にしかならないと考えている。だから止めもしないし、運び出すための算段をつけたいと相談されて、ヨーテではなかなか手に入らない保存食などを提示された時には厄介払いのつもりで荷車の手配などを協力した。危害を加えてこず、支払いが正当なら、客人、取引相手として扱うのはヨーテの伝統だ。 「何を運んだかは確かめないのかよ」 「教会のもんだと思ったからな。見たら上の連中に言わなきゃならん。その前に難癖付けられて、切られたりしたら大変じゃないか」 魔女の土地などと言っても、戦闘力は格段に低いヨーテのこと。相手が武人だと思えば、そ知らぬ振りもするかと、尋ねたヘスティアが詰まらんことを訊いたとうな垂れている。 問題は、その『なにやら大きなもの』を複数、何度も運び出していることだ。それも、ヨーテの外に。バトラ達も羊毛を買い付けたりして、荷を偽装していたようだから、普通に商人と護衛などと偽って、そこらの街道を通っていた可能性はある。 ヨーテの中では夫や伯父が付き添っていたから、他の一族と行き会っても怪しまれない。流石に人数が多いので、運ぶのに全員が関わっていたわけではないだろうが、伯父の証言では四往復はしたという。四度も案内してもらえば、バトラ達だけでも後は行き来していたかもしれない。 「エヴァさんはその運搬に関わっていたわけではなさそうですけれど、お二人の馴れ初めはどこになりますの?」 アレーナがあまり関係なさそうなことを尋ねたが、ここまでの状況からするとバトラ側が吟遊詩人の能力があるエヴァを手放すのは不思議だ。見るからに戦闘向きではないから、ヨーテの一部とでもよしみを通じるのによいと、二人がいい仲になったのを機に送り込んだのかもしれないが。 「最初から顔は知ってた。ヨーテにいない女だから面白いなと思ってたんだが、夏前か‥‥」 「‥‥バトラ様が、あの方は、外に出ないから‥‥その‥‥」 「女にその気がないのに無理強いするのは、ヨーテの男なら恥だ。だからぶん殴って、浚ってきた」 聞いていた開拓者のうち数人は、特に眉を顰めたのだが、要するにエヴァがバトラに襲われたところを助けたのが二人の馴れ初めということ。そこから坂道を転げるように恋が募ったらしいが、娘を連れ去られた形の父親は黙っていない。ましてや殴られたのが主君であれば、攻撃的にもなろう。 すぐさま、その頃夫が寝泊りしていたところに駆けつけて、たいそうな剣幕で返せ、返さないのやり取りがあった。だが暴力沙汰になる寸前に、エヴァの兄が交換条件を出したのだ。 エヴァとの結婚を許す代わりに、ヨーテの外から指定する物資を買い付けてくること。食料等は、彼らに優先して売ること。なにより余所者が現れたら、必ず知らせること。 最後の条件がいかにも怪しかったが、他は対価が払われるので誰に不審がられることもなかった。そのうちにエヴァから詳しい事情を聞いたが、ヨーテはガリ家の内紛には関与しないのも決まりごとで、夫も伯父もバトラ達がとっとと出て行ってくれれば済むと考えていたというか、願っていたとか。 「それがここで越冬するって、どういう事情か訊いた?」 「まだ洞窟から何か掘り出しているのでしょうか‥‥」 「なんでかは知らないが、掘ってはない。秋の終わりにも崩れて、掘るのは諦めたと思う」 それぞれに尋ねた内容への返答に、ユリアとイリスも顔を見合わせている。掘るのは諦めたのに、なぜか出て行かない。理由に思い当たることがないが、相変わらずいるのは間違いないようだ。 「あの、本当にバトラ様がいるんですか?」 「え、はい。父と兄は以前から近しくお仕えしていて、今回も一緒に行動していると」 エヴァは今回の逃亡生活に入るまで面識もなかったが、父親は側近の一人だ。兄もそれに順ずる立場で、後はツナソー各地の代官やお抱えの騎士、魔術師である。エヴァは葉桜がどうしてそんなことを言うのか分からなかったようだし、 「じゃ、念のために顔とか教えてよ。似てる人はいる?」 フラウもあまり気にしていない。葉桜同様に渋い表情なのは、以前もガリ家の依頼を受けた者ばかり。 しかし、その引っ掛かりはさておいて、バトラ一党の居場所を詳しく尋ねたら、今度は夫に怪訝な顔をされた。 「案内するよ。その方が確実だろ。天気も、あの辺は風を読むのが難しいし」 族長に言われて案内についた三人も、近くまでなら一緒に行くと言い出した。特に天候変化は、口で説明したくらいでは分かるまいと力説されたが、 「そんなことは、考えませんでしたわね」 開拓者全員の意識を、フレイアが呟いている。 志体持ちが敵にも味方にもいる状態で、ヨーテの人々に協力させようなどとは、確かに誰一人言い出しもしなかった。彼らの方が天候を読むのに優れているだろうが、同行させればお互いに危険なばかり。 それでいいのかと、伯父も困惑していたものの、意見を通したのは開拓者側だった。 「おなかの子供に、これ以上負担を掛けたら駄目だぜ」 ぽふん、とかえるのぬいぐるみをヘスティアから渡されたエヴァが、ようやく泣き笑いでも笑顔で頷いた。 件の洞窟の側では、確かに風が巻いていた。どの方向から来るのか分かりにくい風だが、まだ強いというほどではない。ただし、朝から徐々に強さを増し、ヨーテの人々の予想でも昼には吹雪き始める。 夜間は明かりなしで洞窟に近付くのは絶対に無理と断言された開拓者七名は、先方から気付かれる事を警戒して、夜明け過ぎに洞窟を目指し始めた。先頭は回収された遺留品をイリスに示された忍犬・ゆきたろうだ。忍犬ならではの能力で、ほとんど迷うことなく足を進め、雪に埋もれて分かりにくいが人が何度も通った跡を見付けだした。ヨーテの人々が近付かない場所だから、バトラ達が使っている道だろう。 道が出来るほど行き来したかと、皆で顔を見合わせるが言葉は交わさない。何をどこに運んでいたかは、後で当人達に訊けばいい。 葉桜とヘスティアが、それぞれの駿龍を歩かせていたのを停止させた。伏せさせるのは、より目立たないようにするためだ。 反対にユリアの肩から、迅鷹・アエロが飛び立った。細かい報告の出来る生き物ではないが、雪崩のような異変なら察知するかもしれない。少なくとも逃げる者がいれば、追ってくれるだろう。 洞窟がある辺りの岩壁を見上げて、雪崩の危険がないか観察しているイリスとは逆に、アレーナは足元とその先を目を細めて見詰めている。アーマーケースを下ろしたフレイアは、望遠鏡を取り出していた。覗いて、見張りが二人と告げる。 この間に、忙しく魔法を使うのはフラウだ。 「じゃ」 ヘスティアが、一声かけて降雪の中でも窪んで見える道を走り出した。イリス、それからユリアが続く。 エヴァはこの洞窟を知らないが、夫と伯父は荷物の運搬手伝いで近くまで行ったことがある。その時は奥行きがわからないほど深い穴があったが、秋の崩落でそこはもう入れず、近くの洞窟跡を掘り返して寝泊りしているはずだと、彼らは知っていた。そして人数といる人物については、エヴァが知る限りを話してくれている。 アーマーを使う騎士が二人、魔術師が三人、弓を使うものが四人くらい、銃を持っているのが三人。銃を使う一人はバトラ当人だ。更に剣が使えるのが五人ほどいるらしい。他に医者や学者がいるそうだが、こちらは相当年配で戦力にはなるまい。 追っ手が掛かっている身だから、当然警戒はしていただろう。けれども、いきなり上空を二頭の龍が飛び、地上を身を隠しもせずに突っ込んでくる一団がいるとは予想もしていなかったに違いない。ほんの少しだが、見張りが声を上げるのが遅れた。 「では、参りましょう」 アーマーに乗り込んだフレイアが、足元になってしまった葉桜、アレーナ、フラウに声を掛けて移動を開始する。騎士の、一人は現在巫女だが、その三人が相手の目を奪っている間に、魔術師、吟遊詩人の三人を洞窟に近付けるための盾が、最初の仕事だ。 ほんの少し。呼吸一回分くらいの時間。 それだけあれば、大抵の開拓者はかなりの距離を走る。相手を昏倒させる距離までは詰められなかったが、ヨーテから手に入れたろう天幕から人が出てくるより先に、名乗りを上げるには十分だ。 「騎士アイリス・マクファーレン。参ります!」 挑発を乗せた名乗りとオーラドライブの一撃を、見張りの男はかろうじて盾で受けた。 「知らん名だな!」 こちらも同様に力を込めて押し返してきたが、 「ふん、世間知らず」 ヘスティアが鼻で笑って、横合いから斬り付ける。 「今日でもう、雪の中を歩き回るのは終わりにさせてもらうわ!」 こちらもわざとらしいほど明るく叫んで、ユリアが亡族の槍を天幕目掛けて投げた。そこから飛び出した一人の手に弓があるのは気付いているから、避ける余力を残しての投擲だ。でかい的のこと、当たって相手の集中をそげればよい。 幼馴染み達の連携は、合図一つ要しない。武器を持った相手より、持たずに飛び出してくる者を手分けして追おうとする。魔術師は先に潰すのが、こんな場合の当然だからだ。 もちろん、相手も同じことを考える。まして人数差があるから、一方的に押し込んだのは最初だけ。騎士でなくとも、二人、三人とまとめて掛かってこられれば、簡単に叩きのめすとはいかない。 ましてや、そこに矢と銃弾を浴びせられれば、無傷では済まないところだが。 「帽子は忘れてたなぁ」 「どうせ三人ですよ」 上空からの火炎の一撃に、わあと悲鳴が上がる。それで敵味方が左右に割れた合い間から、フラウとフレイアの魔法が飛ぶ。 まず狙うのはバトラの無力化だが、厚着で帽子着用となると、どれが誰だかよく分からない。ともかくも銃使いの一人がバトラだとは分かっているし、広い範囲を探す手間も省けたのだから、乱暴だが次々魔法の餌食にすればいい。 相手からも魔法が向けられて、注意がそれる一瞬もあったものの、矢の攻撃は止んできた。アレーナがアーマーで庇ってくれていても、これはありがたい。葉桜の夜の子守唄の効果で、数人がばたばたと倒れているせいだ。 ただ。 「な、慣れた方達ですね」 範囲魔法でアーマーでは庇いきれない攻撃を、続いて葉桜を狙って攻撃してくる連携に、地面に膝を付いた葉桜がぜいぜいと息をつく。返事がないのは、フラウが頭を庇ってしゃがみ、フレイアは吸い込んだ冷気に呼吸を整えていたから。 風はどんどんと強さを増し、突然雪が混じりだした。ちらちらなんてものではなく、いきなり横殴りで吹き付けて来る。 その雪の白さに負けない機体が、不意に位置を変えた。ようやく探していたものを見付けて、そこに向かうためだ。わざわざ他に断らなくてもいいのは、別に幼馴染みの関係に限らない。 アーマーが出てきたのを見れば、それだけで誰もが納得するものだろう。そして、ケースから出して乗り込むまでのほんの僅かの間に攻撃出来れば、それに越したことはない。援護してくれたのは、攻撃されつつも空に陣取る朋友達だった。 騎士としてアーマーが鉄くず同然になるのは、それが自分の仲間であればさぞかし心が痛んだろうが、今回は躊躇わない。気にしたのは、騎士を両断しないこと。 呪歌が再開されて、銃も止むと、もう後は早かった。人数では負けても、持って生まれた能力と鍛えた技能では勝っていたわけだ。人数の少なさが、吹雪が増すに連れての視界の悪さの中では、同士討ちの危険を減らすことにもなっていたし。 「回復も考えておけばよかった」 流石に無傷とはいかず、ましてや相手はかろうじて息があるという者もいて、ユリアがぼやいた。治療はフラウがせっせとこなしているが、仲間の方が後回しの状態だ。治療が済んだら、今度は一人ずつ縛り上げなければならない。 と、フラウの足元においてきたままだったリッシーハットが擦り寄ってきた。 『人手がいるか?』 「いきなりなあに?」 『ここの連中が、下に降りてきてる』 様子を見張っていたら、昨晩から慌しく何かし始めて、今朝には上の洞窟から降りてきた者達と合わせて二十人くらいが針葉樹林まで来ているらしい。戦闘の音は聞こえていて、駆けつけそうなのも何人かいたが、今のところは様子見に徹しているとか。 駆けつけられたら巻き添えは間違いなく、怪我人が増えるだけだったので耐えてくれてありがたいが‥‥何をしに来たものか、誰も分からない。 「ちょっと役に立っておけば、無理が通せるからね。それにあんた達だけで、二十何人も運べないだろ?」 人により、あちこちの負傷と返り血で全身真っ赤になっていたのを雪でこすって洗った族長は、冷たいとの悲鳴にカラカラ笑いながら、治療の術を掛けてくれた。ゆきたろうも氷を踏んだ前足が傷になっていたのを治してもらっているが、バトラ一党はけが人の方が扱いやすいと死なない程度の怪我は放置されている。フラウも完璧に治癒させるのは骨だし、そりを出してもらって歩かせる必要がなくなったので、皆でぎちぎちと縛り上げて、次々とそりに乗せた。 「「「寒い‥‥」」」 そこでようやく数人が口にしたのは、もうすっかりと凍えてしまった全員の気持ちの代弁だ。治療その他の間にヨーテの人々が焚き火を起こしてくれたが、その程度では簡単に暖まらず、出された酒を煽る者もいる。捕らえた連中にも凍死されては意味がないから、無理やり含ませた。酒が飲めない朋友は、火の側に寄るか、そりの上の毛布の山に潜りこむか。 「雪が止んだら先に行って、外からも迎えを頼んでくれませんか」 駆け付けた中の一人、エヴァの夫から髪を一房受け取ったフレイアが、龍を使う二人に頼んだ。どちらが行くかは相談の上だが、まずは火の側で縮こまっている龍が元気を取り戻してから。 吹雪が峠を越えたようには感じるが、真っ白で歩きにくいことこの上ない地面の上を、そりをつけられたトナカイと押して歩く人々と、列を為して進む飼い主と仲間達を尻目に、ゆきたろうが元気に走って行っている。 彼女達が捕らえた二十三人をガリ家の騎士達に引き渡したのは、それから一日半後のこと。その間、一党の誰一人口をきかないのが不気味ではあったが‥‥それとは違う気掛かりを、何人かは今も抱えている。 |