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■オープニング本文 「ヨーテに捜索の人員を入れたい」 「どうぞ、ご随意に。ぜひとも元気な兵士をお願いいたします」 「それは断る」 「まあ、よそから来た方からお話を聞くのが、ヨーテの者の数少ない娯楽ですのに」 「‥‥そうか、娯楽か」 皇帝側室と縁続きで、皇子の一人の親衛隊長を当主が務める貴族ガリ家の所領で、その一部を治めていた領主の一人が叛乱を起こそうとしたのは、半年ばかり前のことだ。 この叛乱計画は、別の領主が個人的な事情から開拓者に依頼を出したことで明るみに出たが、首謀者は取り逃したまま、現在まで所在が知れない。 ガリ家も執拗に行方を追い、何箇所かで協力者は捕縛した。その結果、所領内では唯一道らしいものが通らないヨーテの土地に隠れ潜んでいるらしいと判明する。 「そこにいるのなら、ヨーテの魔術師達が捕らえてくるのが筋ではないのか」 「あら、百年前のお約束では、ご当主側での揉め事には関与しなくても良い事になっておりますのよ。もちろん、ご要望があれば道案内はいたしますけれど」 ヨーテの地は半分が針葉樹林と起伏が激しい草原、残り半分は山岳地域と耕作に向かず、古くから遊牧民が家畜と共に暮らしている。定住しないので定まった人里もなく、一般的に道と呼ぶものもない地域だ。 更に山岳地域には洞穴が多く、幾つかはヨーテの民が季節ごとの一時的な滞在に利用しているが、別の場所に誰かが潜んでも分かりにくい。またヨーテの人々は外来者を大変歓迎し、通行でも一時的な滞在でも理由など尋ねられないから、隠れる側には都合がいいだろう。 反面、人里がないのであらゆる物資の補給が困難であり、準備なしでの長期的な潜伏には向かない土地なのだが‥‥逃げている者達は、それなりの準備を整えることが出来たらしい。 「ヨーテの魔女達に、人との戦いは難しかろう。案内人と移動用の準備を融通するように。あぁ、今回はアーマーや龍が入るかもしれん」 「承知いたしました。アーマーということは、騎士様がおいでになるのでしょうか」 「開拓者を入れる。身分証を持たせるから、一族に周知しておけ」 「開拓者ということは‥‥全員がテイワズですのね。まあ、若い殿方が多いと皆が喜びますわ」 「‥‥これまで出した依頼では、全員女性だったようだがな」 ガリ家所領を大小十二に分け、ガリ家当主を主と仰ぐ十一人が納税のために集まる会合での、叛乱首謀者捕縛のための話し合いは、少々の嫌味の応酬はあったが、簡潔にまとまった。 ジュウショウに開拓者を入れて、叛乱首謀者の元ツナソー領主バトラの捜索を行う。 この決定にヨーテの現族長、通称筆頭魔女は嬉しげに頷いていたが、 「全員女性‥‥楽しみ半減ですわねぇ」 こう呟いて、他の領主達から様々な視線を向けられていた。 魔女の土地、ヨーテ。 古くからそう呼ばれる理由は、ヨーテの遊牧民が徹底した母系社会で、他所に比べてテイワズ、テュールと呼ばれる志体、仙人骨、ジンの持ち主が多く生まれ、そのほぼ全員が魔術師になるためだ。族長も必ず魔術師女性と決まっている。 魔術師ばかりなのは、他の技術を持つ者がいないから選びようがないため。使う魔術も限られているものの、当人達は便利に使って暮らしているらしい。 もう一つ珍しいのは、ヨーテは婚姻に対する考え方が緩いこと。元より男女どちらからでも相手の家に通って成立する通い婚の形式で、一応相手は一人とされているが、遊牧生活では年に数えるほどしか相手を見ないという間柄も少なくない。 そして生まれた子供は母親の家で、そちらの家族に育てられるので、父親不在の家庭も珍しくない。この生活習慣と、限られた人数の遊牧生活での近親婚を避けるため、外来の男性に対して積極的に夜這いを仕掛ける風習があった。仮に夫とする相手がいる女性でも、相手が不在の期間に来客との間に子供をもうけることは珍しくない土地柄だ。 別の地域からは白眼視されることもある習慣で、兵士を出したがらないところが多いのも事実だが、なにより行かせた若い兵士が骨抜きにされて仕事にならないのは困る。 そんなこんなで、ジェレゾの開拓者ギルドに犯罪者捜索の依頼が回されてきたのだった。 |
■参加者一覧
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
葉桜(ib3809)
23歳・女・吟 |
■リプレイ本文 寝袋の合わせ目から器用に入り込んできた手が、葉桜(ib3809)の帯に掛かった。 「ん〜、この寝袋は初めてだから、上手に開けられないな」 「‥‥ヘスティア様、実践はお願いしていません!」 帯が解けないと苦労しているヘスティア・ヴォルフ(ib0161)の横では、ヨーテの遊牧民の娘達が、賑やかに寝袋の外し方を実行してみせている。 「お静かに。もう遅いですわよ」 数枚の毛布に包まって、地図を囲んでいた一人のイリス(ib0247)が、声が大きくなっている一同を振り返った。同様の姿で普段の艶やかさとはかけ離れたフレイア(ib0257)とアレーナ・オレアリス(ib0405)も、ヘスティアが葉桜に夜這いまがいの悪戯をしている様子には、苦笑半分、呆れ半分といった様子だ。 「まったくもう、いい男を狙うならともかく」 「し、仕事でしょ」 事のきっかけは、葉桜が基本が天幕生活のヨーテの人々の通い婚の作法を尋ねたことだった。大体はお互いに相手を気に入ったら、最初は昼にやってきて、そのうちに夜に天幕の外で合う約束をする。気候が良い時期は、そんな相手がいる者を一人だけ簡易天幕で寝かせたりするとか。 ただ、たまにはこれと思った相手の下に、いきなり忍んでいく者もいる‥‥と聞いたヘスティアが、『こんな感じ?』と実践したのを、一緒に寝ようと開拓者用に用意してくれた天幕に入り込んできた娘達が囃したててふざけていたのだ。真っ赤になっている葉桜には、娘達がまだ『相手が気に入ったら、こんな感じで』とお手本を見せている。 あまりの事に、ユリア・ヴァル(ia9996)とフラウ・ノート(ib0009)がたしなめたが、ヨーテの娘達はこの程度なら恥ずかしがる話だと思わない。続けて、『嫌な相手を蹴り飛ばす方法』にお手本が移行していた。 「たまには、喜劇でもそういう場面がありますねぇ」 「大抵は、男の側が忍んでいくものですけれどね」 アーマーケースに寄りかかりつつ、アレーナが娘達の姿にとうとう笑い出した。こちらもアーマーケースを横に置いたフレイアは、じたばたしている葉桜に手を伸べて、引き起こしてやっている。 「ここの習慣を聞いた時は、女の客には無関心なのかと思ってたわ」 ユリアが、改めて借りている寝袋の使い方を教えてもらいつつ、そんなことを口にした。客への夜這いは女性が行うものだから、商人でもない自分達には話や出し物以外ではあまり関心がないかと考えていたのだが。 「外の女の人は、ちゃんと結婚してないと子供が出来ても苦労するんでしょ? だからそうそう手は出さないけど、気が合いそうな相手がいたら口説いてるよ」 「滅多にこの辺りに来る女の人もいないけどね。でも今年の夏に、んと、ここに暮らしてる一家の長男が、嫁を浚って来た」 浚って来たら嫁とは言わないと、開拓者は一様に感想を抱いたが‥‥ヨーテでは、他の地域から結婚相手を連れてくることを『浚う』と称するようだ。近くの町村、都市部の住人では、大抵が遊牧民との結婚に反対するから、駆け落ち婚が多いのは事実らしい。 昼のうちに、族長や長老達から聞き取ったヨーテ遊牧民達の宿泊地域を記した地図の、指された一点に皆の視線が集中した。 この日の昼過ぎ。叛乱一派の追跡を依頼された開拓者一行は、地図を頼りにヨーテの族長がいる場所に辿り着いた。例年、族長は同じ場所に宿営している上、目印に大きな旗を掲げていたから迷うことはない。 だが、そうした目印なしに地図だけで辿り着けと言われていたら、ちゃんと到着したかどうか。 「この山の麓の洞窟は、幾つくらいあるんでしょう?」 「百年位前に数えた時は、百十八だと聞いたけどね。今年の春にも雪崩で崩れたり、新しく開いたりしたから‥‥ま、百より少ないことはないわね」 超低空飛行で駿龍・春雷を飛ばしてきた葉桜は、それでも他の者より高い位置から洞窟群を見ている。山肌に多数見えた洞窟を一つずつしらみつぶしに探すのは、労力の無駄遣いだと実感する光景だ。 「旗が出てたのは、人が使っているところだろ? 他も結構使えそうな大きさがあったが、幾つかは人の手が入ってないか?」 やはり駿龍・ネメシスで全景を見たヘスティアは、細かいところを見て取っていた。族長達の使う洞窟も、明らかにのみで削った跡がある。ヨーテの人々が冬越しのために広げた洞窟で放置されているものがあれば、最初の捜索はそのあたりから始めるべきだと考えての問い掛けだったが‥‥ 「昔は全部使っていたのよ。百二十年から百年前まで。ここは帝国と神教会との戦場でねぇ」 「そう‥‥でしたの? 聞いた覚えがありませんが」 「ヨーテも、近隣のシューヨーゲン、ミエイ、タハルに白峰も、早々に棄教して帝国傘下に入ったから。おかげで一時は教会に土地を追われて、大変な苦労をしたようね」 結局、その後の土地を支配しているのが棄教した人々なので、神教会の痕跡はほとんどない。洞窟も元から多かったものを、帝国と戦うために神教会の信徒達が広げて活用していたので、大抵は少人数でも人が居住出来る広さがあるそうだ。 今いる洞窟の壁にも、昔は宗教画があったものを削ったと言われて、アレーナがその広さに溜息を吐いた。けれども、そんな話があれば、気に掛けるべきは過去のことではない。 「そういう場所なら、洞窟の出入り口は一つとは限らないわね。逃走用の通路があった場所も多いでしょうし」 「それを使えば、外部からの補給も容易いかもしれません」 ユリアとフレイアが広げた地図に記された、ヨーテと近隣地域の主な通行路の印を睨む。ヨーテの人々や行商人が使う通行路は、明朗な道でこそないが近隣領内に入ったところで警備がされていた。葉桜が事前に情報が漏れての逃亡の危険も指摘していたので、そうした場所の警備も強化されているはずだが、他にあるとしたら一行が封鎖も検討する必要がある。 けれども、その点は過去の帝国軍も徹底していたようだ。片端から洞窟を調べて、抜け道がありそうな場所は潰して歩いた。当時の洞窟数が分かるのは、その時の調査のおかげだが、ヨーテの遊牧民にはそこまで勤勉になる理由もないので、今は大まかな数字しか分からない。 それでも多数の人が使うに足る大きさの洞窟は、ほとんどが山裾にあってすでに確認済みだ。後は上の方に分かれて暮らしている可能性が考えられるが、戦場暮らしの経験がある者が大半と聞く逃亡者達も山麓部での冬越しは厳しそうだ。 「装備からして、全然違うし。よほど気候に詳しい人がいないと、凍死者が出るわよ」 翌日から、他の住人達を訪ねるために靴を借りたいと申し出たフラウが、分厚いトナカイ革に底の部分には鋲を打った長靴を見て、随分と感心している。靴は足に合わせるのが大変なものだが、これは靴を履いたまま着用出来るから、相当暖かく、足に慣れるのも早いだろう。 反面、これだけの準備をする必要性があるのだから街と同じ用心では危ないと、北方出身のフラウですら思うのだ。この辺りは、騎士学校で寒冷地宿営の基礎は叩き込まれたろうイリスも同様で。 「馬を連れているでしょうから、その馬を世話するのも苦労しますよ。あぁ、馬も入れる洞窟があれば、そこは調べる必要が高くなりますね」 そうした条件に適合する場所はあろうかと尋ねられた族長は、首を傾げた後に、あれこれと捜索用の装備を運んでいた男性陣に声を掛けた。母系社会で、族長も女性限定だと聞いていたから、男性の立場はいかがなものかと興味津々の開拓者もいたけれど、端から見る分には普通の山村とたいして変わりない。 珍しいのは、他所なら壮年の男性の紹介は『誰それの夫』が多かろうに、全員が『誰それの父親、兄弟』であるところだ。その後に、同じ一族に伴侶がいれば『誰それの相手』となる。だから顔立ちも似ている者が、これは男女問わず多かった。 「馬かぁ。入れるところは上だと、二、三箇所だな。でも途中の道が凍るから、春までそうそう降ろせないぜ?」 族長の弟が考え、考えして、地図だとこの辺だと馬が登れる道を教えてくれた。そこから、冬越しの飼葉を蓄えることも考慮したら、使える洞窟は限られる。 他にもヨーテの人々が他所から来る商人と取引する品物やここでは手に入らない食料の入手方法、ここ半年ほどの人の行き来の情報などを聞き取った後に、今度はヨーテの人々からの質問攻めになった。他所の地域の話が娯楽だというのは嘘ではなく、その時になると遠巻きに相談を見守っていた子供や老人も膝を付き合わせる距離にやってくる。 『もう、やってられるか』 魚料理追加の交換条件で同行したフラウの猫又・リッシーハットは、後刻他の人目がないところで散々フラウを責めていた様だが、犬は多数いても猫は飼っていなかったヨーテの人々の過剰接触にほとほと嫌気がさしたためらしい。外がみぞれでなければ飛び出していたに違いないが、寒さと鬱陶しさでは前者がより嫌だったのだろう。 イリスの忍犬・ゆきたろうは、ヨーテの犬達と一緒に洞窟の入口に繋がれて、貰った骨を齧るのに忙しい。一度だけイリスの歌声に振り返ったが、おおむねおとなしくしていたようだ。 翌日は、洞窟の様子により詳しい者がいるという集団をまず訪ねた。そこまでの案内についたのは魔術師の兄弟で、経験豊かな開拓者の移動速度に合わせて、テイワズを出してくれたようだ。 「魔法で、攻撃はしないよ」 「昨夜はマシャエライトを使う方が、随分いらっしゃいましたね」 「マシャ‥‥灯りの魔法か。他は水を綺麗にするのと、石の壁と、眠らせる呪文、治療の魔法かな」 ヨーテの民は賑やかに歩くものらしく、兄弟は色々と一行に話題を振ってくる。前夜は、魔法まで突っ込んだことを訊けなかったフレイアが、ヨーテの魔術師が使う魔法を尋ねるとすでに魔法の名前も気にしていないことが判明した。族長はホーリーコートも使うようだが、祭りの時に使うナイフに掛ける魔法と来ては、平和なものである。 だが道はといえば、けして楽に歩けるものではなかった。まだ日中は凍らないからいいとは聞いても、ヨーテの人々の中でも一番標高が高いところにいるので、崖沿いの細い道を伝い歩くような有様だ。龍は歩かせられないから、大雑把に示された場所に先行している。 「こんな道を家畜も歩くの? 落ちたら大変じゃないの」 「トナカイや山羊は下の森に放牧してるから、動物は犬くらいだよ」 ユリアが思わすぼやいてみせたが、兄弟は平気なものだ。別にユリアも登るのが辛いことはなく、これで家畜まで一緒では大変と思っただけだが、冬季のヨーテの放牧は牧童が付いて回るようなことはしないそうだ。たまに男性陣が様子を見に行って、狼でも出るようなら人を集めて追い払いに出るとか。その辺の習慣はともかく、冬季も案外と人の行き来があるのだろう。 まあ、そういうことを一々考えなければならないことをちょっと横に置けば、眼下にはこの時期も緑の針葉樹林が広がり、広々とした光景に心和まなくもない。雪が積もれば、それはまた綺麗な光景になるだろう。 そんな道を過ぎると、もう目的地だった。 ヨーテでは、吹雪の晩に外を一人歩きすると雪の精霊に魅入られて浚われ、戻って来ても中身は別の誰かになっている‥‥なんて話があるという。また、旧くはもっと南方で暮らしていたのが、氏族間の争いを避けて移住を重ね、とうとう遊牧で身を立てるようになったとか。 他にも色々と伝え語りはあるものの、大半は自然の精霊や過去の歴史に根ざした物語だ。後はたまに商人から聞く街の話が、いつまでも面白おかしく語られているくらい。 そんなところに、一行は騎士物語や乙女の恋歌を持ち込んだ。たまに傭兵を見るくらいで、騎士など話に聞いたことしかない人々ばかりだが、アレーナ、イリス、ヘスティアと性格も態度もそれぞれだが、いずれも本物の騎士である。付け加えれば、今は巫女を名乗るユリアも、騎士の立ち居振る舞いは身に付けていた。 彼女らが本気になれば、気配だけでも周囲を圧倒出来るが、実行するのは即興劇だ。曲ばかりは有名な歌劇のものを借りて、土地の衣装を借りて男装したイリスとヘスティアが、戦を逃れて訪れたフラウ演ずる姫君を取り合って剣を交える。 フラウがかなりの部分、地で途惑ったり、はにかんだりしているのが共感を呼んだか、剣戟では手拍子が出たり、掛け声が掛かったりと人々は賑やかに楽しんでいる。 けれども、アレーナふんする帝国騎士が、フレイアとユリアの冬の精霊に魅入られかけて、それを打ち払う劇では、それぞれの貴族社会の立ち居振る舞いや、醸しだす艶や気概に慣れないせいか、なにやら恐々と覗き見るような様子になっていた。それでも、冬の精霊が打ち払われると歓声が上がったのは、やはり土地柄だろう。 演奏は葉桜が主にフルート「フェアリーダンス」で担当したが、合い間にはイリスの歌、ユリアのフロストフルートの演奏も加わった。加えて、有名な曲の際にはヨーテの女性が一人、リュートと歌を合わせてくれている。 「お上手ですね。町で習っていらしたんですか?」 訪ねた一族は、長老の孫息子が夏に商人の家から嫁を浚ってきたのが、たいそう自慢だとは聞かされていた。他所の血を入れるのが目的の女性の客人への夜這いなら、男性は他所の娘を連れてくるのが誉れとなる理屈だ。 その他所から連れてきた妻が芸達者とくれば、夫も一族もたいそう自慢げで。実際、本職でないことを考慮したら、リュートは相当の腕前ではあったから、葉桜は素直に女性に賞賛を向けた。それほどでもと謙遜はしているが、女性も嬉しげだ。 だが葉桜は手にした土産の天儀酒をお酌しようとして考え、きょろきょろと辺りを見回した。横合いからキャンディボックスを差し出したのは、ヘスティアだ。 「たまにはこういう味も懐かしくないか?」 「まあ、飴なんて久し振り」 相手が身篭っているからの心遣いに見えたが、ヘスティアの思惑は違うところにあった。ヨーテの人々と一緒になって料理の腕を振るっていたフラウも一皿運んできて、手伝いだと葉桜を陰に連れて行く。 フレイアとアレーナは、長老や夫から馴れ初めや結婚で相手の親に反対されたことなど聞いていて、ユリアは魔術師達と酒を酌み交わし、イリスは子供達になにやら語り聞かせている。ヘスティアは、まだ女性と話し込んでいた。 「あの人、商人の出ではないって。騎士じゃないけど、貴族」 フラウが囁いたのは、他の五人の見立てだった。魔術師のフレイアも、貴族の家柄。他は騎士とその経験者となれば、相手の所作から礼儀作法の心得をある程度は読み取る。多少の地域差はあれ、帝国貴族なら基礎はたいして変わらない。また幼い頃から叩き込まれていれば、簡単には抜けないものでもある。 一同、逃亡した一団の男性が通い婚や夜這いの習慣を利用して、ヨーテのどこかに入り込んでいる可能性を警戒していたから、なおのこと速やかに気付いたのだが、女性が妻として迎えられていたのは予想外。下手をすれば、ここの一族郎党、まとめてバトラの側についているかもしれないと、会話の端々から手掛かりを探していた。 だから、土産の酒もどんどん飲ませてみたが、話している限りではどこにも怪しい気配はない。皆、彼女が歌と楽器が得意な商人の娘だと信じている。結婚に際しては父親から勘当を言い渡されたものの、兄が心配して月に一度くらい取引と称して顔を出すようになったので、一族は新しい取引先も得て大助かりのようだ。 その兄が、先日は金銭と塩、刃物や鏃をはじめとする金属製品と引き換えに、防寒具や靴、幾らかの食料を買っていったと聞いて、開拓者は視線を交わした。ここで追求しても、彼女が一族として好意的に受け入れられている中では、皆が敵に回る可能性の方が高い。それくらいは相談するまでもないので、交代で女性の動向を見張っていて‥‥ 宴会と化した夕飯の後、皆が寝に向かう中で、女性と夫が洞窟から離れるのをフレイアが見付けた。これが夏場で、何の問題もない若夫婦なら邪魔もしないところだが、今回はそうではない。 道が険しいから、そう遠くに行くはずがないと、双眼鏡で二人が持つ灯りを追ったフレイアは、それが意味ありげに振られるのが下方へだと理解した。双眼鏡を転じると、森の中にちらちらと明かりが揺れている。こちらも左右や上下と、揺れ方に意味があるのだろう。 この報告に、ヘスティアが地図を広げ、あまりにたくさんあってしらみつぶしの捜索はあきらめた水場の一つ、小さな池がある辺りではなかろうかとあたりをつけた。 「今から降りても、逃げている可能性が高いですわね。無闇と追いかけて一人二人を捕らえるより、まとめて縛する機会を窺うべきかと思いますが、いかが?」 「かぁっ、まだるっこしい」 「でも、もう不意打ちは叶わないわよ?」 「追っ手が掛かったのは伝わっちゃったけど、逃げる場所はないのよね。ましてここなら、補給が堂々と出来てるし‥‥」 「首謀者が逃げちゃうと、またそのうちに叛乱って騒ぎになる‥‥よね」 葉桜が手慰みのようにフルートを鳴らしている中、小声で相談が交わされる。ヨーテの住民が意図せず協力している可能性は考慮していたが、情報を伝える意思がある者までいたとは予想外も甚だしい。挙げ句に、逃亡している側も堂々と取引に出て来ているし。 「おなかの子を慈しむ顔に嘘があったとは思えません。親兄弟を捕らえ損ねれば、彼女にも取り調べが及びましょう。一網打尽を狙うべきかと」 フレイアが相手の油断を誘って機を見るべきと提案し、それぞれに思うところもあるのだが、アレーナの一言が場の空気を決した。下手を打てばヨーテ全体に影響か出るかもしれないことだ。 なにより、反逆者を追って数人を捕らえれば、連絡をしていた夫婦も協力者として連れて行かねばならない。その際に、直接的な攻撃魔法など必要としていないヨーテの人々でも、素直に見送ってくれるとは思い難かった。そういう繋がりの濃さは、二晩のことでも強く感じるのだ。 翌日。 人数を絞っての偵察では、いかにも慌てて撤収したと思しき野営跡が見付かった。そこからどこへ逃げたのか、足跡はトナカイの群れに踏み荒らされて分からなくなっていたが、ヨーテから抜けられそうな場所に回った者もバトラ一行と遭遇することはなく。 ヨーテの土地はまだ反逆者を潜ませたまま、本格的な雪の訪れを迎えていた。 |