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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 帝国中枢でも相当名を知られた貴族・ガリ家の領地は、その当主を含めた十二人の貴族に分割され、統治が行われていた。ガリ家以外の十一家は、すべてガリ家の家臣となる。 その中には村一つだけが領地といった、他所なら貴族ではなく役人扱いになりそうな弱小貴族も混じっているのだが、ガリ家以外は同等の立場として遇されていた。 唯一、ツナソーの領主の姿だけはないのだが‥‥ 「バトラが手勢を率いて出奔してから二週間か」 当主が口にした通り、ツナソー領主のバトラは現在行方不明。しかもガリ家に対する叛乱準備の罪で捕縛の命令が出た直後のことだった。他に麻薬の栽培、取引、使用して他者に危害を加えたことなど諸々の罪が付随しているが、当人が腹心の部下を連れて逃げてしまっては事実の確認のしようもない。 けれども領主館のめぼしい財産をどこかに隠し、かなりの金銭を持ち逃げした様子から、明らかに叛意があることだけは判明していた。 一緒に逃げるほどの近臣ではないものの、バトラに従っていた人々も薄々叛意に気付いていたようだが、ガリ家の取り調べには口が重い。縁戚ながら両家の間にあれこれ禍根があることは周知の事実なので、今更この場の誰も驚きはしないが‥‥バトラの追跡は困難になりそうだ。 バトラの叛意が明らかになったのは、この中ではもっとも新参で貴族直系でもないシューヨーゲン領主のオリガが、元夫の現妻の動向が怪しいと知らされて、調査を開拓者に依頼した事に始まる。 現在はガリ家統治下のフダホロウの街の前代官が近臣と共に捕まり、バトラの叛意について大まかなところを白状している。ツナソー領内の荘園主も、麻薬栽培で複数が捕まり、こちらも取り調べの最中だ。 更にそうした動きに関わっていたとして、オリガの元夫で商人のアレクセイとその妻となっているがバトラの愛人であったマイヤも逮捕され、ガリ家直下の兵舎に囚われていた。この二人は最も取り調べに協力的で、バトラが麻薬の密売を計画していたことなどを詳細に話したので、まだ捕まっていない関係者から害されることがないよう、普通の犯罪者が入れられる牢とは別に隔離されているのだ。 いかに取り調べに協力的でも叛乱加担の罪で囚われたので、二人はフダホロウの商人ギルドから除名され、追放処分にと街の新代官に嘆願も行われ、アレクセイの親族からは絶縁状が届いている。二人とも斬首でも仕方ないと覚悟は決めていたが、関わり具合からすると強制労働が課されることになるだろう。 ここで問題なのは、街の徴税台帳上ではアレクセイの子供になっている、マイヤが産んだ男の子の存在だ。二人宛のバトラの手紙やマイヤの証言、なにより子供の顔立ちから、この子がバトラの認知されていない庶子だろうことは明らか。当主夫人の後見を得ているが、立場は不安定だ。 すでにバトラのツナソー領主の地位は剥奪、ガリ家統治下以外の近隣領地にも手配の触れを回しているが、行方は知れない。後継者が決まらず、ツナソーはいささか不安定な状況に置かれているのだが、それよりなにより。 「フダホロウも落ち着かないな。まあ度々代官が変わっては、それだけでも商人が離れるか」 叛乱の気配があった、毒を盛られた人物がいたなどと噂されては、街の評判もがた落ちだ。住人も流言蜚語に翻弄され、新たな代官が街中を巡って事情を話して聞かせたりしているくらいである。それでもまだ落ち着かず、街の雰囲気もどんよりと曇ったままであるらしい。 おりしも街では羊毛市はじめ、色々な市で活気付く頃合。これに付随して何かしないと、街の経済が衰退してしまう。 そんな訳で何かしらてこ入れが必要なのだが。 「オリガ。何か案はあるか? フダホロウ出身なら、街の気質も良く知っているだろう?」 「街の者なら高貴な方と祭りと珍しいもの、商人は今後の利益になる繋がりが大好きですから‥‥御当主様に足をお運びいただけるのが一番かと」 新参のくせに生意気なと睨んでくる貴族は視界に入らないようにして、オリガが蒼い顔で当主の問いに答えている。彼女自身は、今回の事件判明の功労者であると同時に、関係者の元妻というややこしい立場で、更にこの中では最も新参、商家の生まれという前歴もあり、日頃付き合いがない貴族からは視線がきつい。 立場のことはさておいても、自分が生まれた街の危機的状況なので、大分無茶な要求を頑張ってしたなというのが、彼女の行動を支援してきたミエイ、タハル、シテの領主達の考えだが、ガリ家の当主は行くとは言わなかった。 なぜなら、その前に跡取りの甥が名乗りをあげたからだ。 「我が行こう。フダホロウは五年も前に立ち寄ったきりだ。一度様子を見ておきたい。我でも客寄せにはなろう?」 「‥‥‥‥十分かと」 「一緒に例の歌劇団も呼べばいい。叔父上のはからいで、市に花を添えるために呼んだと言えば、街の者も少しは気が晴れようさ。オリガも出るか?」 「ご要望がおありなら」 領内で叛乱者を出して、まだ捕縛ならず。いつどこで蜂起されるか分からない中だが、商業都市に人の流れを取り戻すため、跡取りが行くと宣言すれば、止められるのは当主夫妻だけだ。どちらも止めるどころか、自分も行きたいなどと言い始めては、他の者には口を挟めない。 誰が残って、バトラの追跡の指揮を取るかと話している当主夫妻とその甥の姿に、他の者は『そのとばっちりで追加徴税などされたくないな』とちょっと滲ませた顔付きで眺めていたが、オリガだけはぷるぷる震えている。 「どうした、今更震えが来たか?」 「‥‥練習しなきゃ」 「そもそも何に出るつもりだい?」 「練習、もっと」 「まさかと思うが」 「踊りで開拓者に負けてたまるかっ」 事件の一番最初、自領に非常事態だと駆け込んできた華やぎ亭の店員達を最近まで匿っていたオリガは、憂さがたまると華やぎ亭の踊り子達と一緒に踊っていた。それを人伝に聞いた跡取りが、にこにことオリガに『出るか?』と問うたものだから、うっかり出ると言ってしまったのだ。 生まれは商家、経歴は飲食店経営兼踊り子、現在はシューヨーゲン領主にして華やぎ亭所有者にもなったオリガは、跡取りにそそのかされて、うっかり舞台に立つと返事をした。挙げ句に、元本職の名誉にかけて、輝星歌劇団には負けたくないと言い、こそこそ様子を尋ねてきた同輩達に呆れられている。 フダホロウの街に、ガリ家跡取りの来訪と輝星歌劇団の興行予定とが知らされたのは、その翌日のことだ。 |
■参加者一覧
スワンレイク(ia5416)
24歳・女・弓
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
サブリナ・ナクア(ib0855)
25歳・女・巫
葉桜(ib3809)
23歳・女・吟 |
■リプレイ本文 あの日、羊毛市目前で人の出入りも多くなったフダホロウの恋鳥小屋に、やんごとない身分の方がおしのびで来ていたようだと噂になった。領主夫妻ほど顔は知られていないが、名前と身分はよく知られたお方の見物に、恋鳥小屋の役者達はさぞかし緊張しただろうというのが、街での話題だ。 「今回の件の風刺かと思ったのだけれど」 「あの小屋の定番に少し変更を入れたらしいよ」 来る道すがら、恋鳥小屋の芝居が好評だと耳にして覗きに行ったユリア・ヴァル(ia9996)とサブリナ・ナクア(ib0855)は、少しばかり拍子抜けして戻ってきた。てっきり今回の事件を素早く劇に仕立てたのかと思っていたら、よくある騎士と姫君の恋物語だったのだ。いくら人気とはいえ、人が集まる時期に新しいものではなく定番をぶつけてきた目論見がちょっと分からない。 おおまかな筋を聞いた他の五人も、目新しい題材ではないと思った。シャンテ・ラインハルト(ib0069)や葉桜(ib3809)などの吟遊詩人なら一つ二つは持ち歌に入っていそうな筋立てだが、 「アヤカシ退治で傷付いた騎士を、薬草師もする姫が看病して恋に落ちる‥‥は、陛下と我の母の出会いの脚色だな。あの小屋の二十年来の定番だ」 「実際、皇帝陛下の親征中に出会われたのでは?」 宿は別に取ってあったが、代官屋敷に招かれての茶の席で、こちらが落ち着くと給仕に回ったイリス(ib0247)の差し出した紅茶を受け取りつつ、前日おしのびで出向いたくせに悪目立ちしていたソーン・エッケハルトが『前より面白かった』と口を挟んだ。アレーナ・オレアリス(ib0405)の問い掛けには、明るい調子で。 「我の母は、あんな胆力も才能もない。祖父が陛下に差し出して、運良く一夜の相手で終わらなかっただけだ」 部屋の隅に控える侍従が、ほんの僅かに首を傾けたのがスワンレイク(ia5416)の位置から見えたが、主のこういう言動には慣れているらしい。また始まったといった感じで、別に家族仲がよくないわけではなさそうだ。 そうでなければ、領主の姉が皇帝の寵妃だからと、無邪気にその出会いを脚色した演劇が二十年も芝居小屋には掛からないだろうが‥‥それが人気だと言うのは、いささか気になるところ。短期間に色々あって、人心が慣れ親しんだ分かりやすい気楽な話を求めているとも受け取れるからだ。 まだ歌劇の細かいところを詰めている最中の一行からすると悩ましい話だが、それはそれとして。わざわざ一席設けてもらったこの機会に、尋ねておくべきことと用立ててもらいたいものがある。 「羊毛市がこちらで、服飾はこのあたりですのね」 「殿方の装いも外してはいけませんわ」 街に入った時点で、自分達が注目されているのは輝星歌劇団全員が承知している。サブリナなど裏方の自分が顔を知られるのは好まないと、屋外では顔を隠すような帽子を外さないくらいだ。 だがこの注目度を利用して、歌劇に使用する衣装から小物まで街の商人達から借り受けて、宣伝したらどうかと言う案が出た。そのために街の地図で協力を仰ぎに行く場所を、スワンレイクとイリスが確かめている。一番賑やかなのは羊毛市だが、そちらは加工前の羊毛だけ扱っているから、頼みに行くなら日頃から街で商売している店が主になるだろう。 それとは別に、ユリアが飲食店の客寄せに、店に持参するとなんらかの商品と引き換えてくれる札を配れないかとオリガに持ちかけた。今頃は商人ギルドで取り扱いを相談しているはずだ。他にも協力する店が出てくれば、華やぎ亭は率先して飲み物を振る舞ってくれることにはなっている。 衣装の貸し出しも一緒に頼みに行こうかと、ソーンそっちのけで相談している一部には『献上品から好きなのを使っていい』と気前のよい許可をくれた彼の機嫌がよいと見て、おずおずと葉桜が尋ねたことがある。マイヤやその子供のキリルが、現在どうしているかだ。 これには、予想外の答えがあって。 「バトラ様のお父上が、マイヤ様と結婚されると?」 「罪人に敬称を付けるな。‥‥ツナソーの先代は頑固でな。キリルとの養子縁組でよかろうと周りも言うのに、跡継ぎの母親が罪人では困ると考えたらしい」 だからといって、息子の愛人を妻にすると騒がなくても良さそうなものだ。葉桜やシャンテなど思考が追いつかず、二人で顔を見合わせている。 「先代が謀反に無関係か、まだ判定が出ていない。無罪なら、先代を後見人にして、あの子供がツナソー領主か。叔父貴が人をやって、行政は押さえるだろうが」 養育環境に問題はなさそうだが、実父は謀反人で追われ、母親と養父も罪人であることに変わりはない。当人の何の責任もないのに立場は相当厳しいと、聞いた皆の表情が曇ったのにソーンも気付いたのだろう。だが格別何を言うこともなく、肩をすくめたが。 「ツナソーの先代といえば、現在のご領主様の伯父にあたると聞き及びましたけれど」 「それは知られた話だが、ふれて歩くなよ。我の母と叔父の従弟が謀反だなど、領内の話だから陛下のお目こぼしを貰っているところだ」 念を入れてガリ家とその統治領内のことを調べてきた様子のアレーナが、ソーンが言わずにおいたことに触れた。どうも親族間でもめる要因もありそうだが、そこまで突付く必要は誰も感じていない。血縁ならキリルが無体な真似はされないだろうと、あからさまに安堵した顔付きになった者もいるくらいだ。 だが皇族を含む家系での、内紛とはいえ謀反騒ぎは、何かと騒がしい帝国内のことでも問題ではないかと、サブリナがやんわりと話を向けると、ソーンは首を捻った。別にこの程度の騒ぎなら、年中あちこちで起きているとでも言いたそうな態度である。実際にそうかもしれないが、ヴァイツァウの乱以降はアヤカシが跳梁跋扈する気配を警戒している者もいた。 「麻薬の密輸もあったそうだし、ちゃんと始末が付いていないと危険なのでは?」 緊迫感のなさに、ユリアの忠告めいた発言には少しばかり呆れが滲んでいたが、それには嘲弄が戻ってきた。彼女に対してではなく、それを扱おうとしていた輩に対してだが‥‥敵に対する残忍さと尊大さが見える。麻薬についての調べは、相当厳しくしたのだろう。処分が面倒だと、低く哂っていた。 けれども、態度が豹変したのはその時だけで。他の地域はどうなっているのかと、水を向けられると『そこに口を挟む立場にない』とわざとらしい笑顔で言い切り、明らかに色々聞いているだろうに教えてはくれない。 「貴族も偉くなるほど面倒くさいねぇ」 サブリナのぼやきには、流石に侍従が咳払いを寄越した。ソーンは先に席を立って、後は歌劇に集中しろと身振りで伝えてくる。 輝星歌劇団のための舞台はすっかりと組み上がって、後は市の始まりを待っていた。 フダホロウに羊毛市が立つ前日。 すでに街では色々な市が始まって、かなりの活気を見せていた。街でも商店は稼ぎ時、職人は工房を閉めて休暇を楽しむ時期で、普段とは違う人の流れが出来ている。 これでも去年よりは少しばかり寂しいと聞くが、市の人出を見込んだ旅芸人や地元の興行団体が広場の舞台横に列を作っていた。 「順番はくじ引きです。他の方と交代する時は、連絡をお願いします」 輝星歌劇団だけで舞台を延々埋めるのは無理なので、空いた時間の使用希望を受け付けると興行ギルドに知らせたところ、希望はかなり多かった。シャンテが受付をして、くじを引かせている。 早い時間にオリガが顔を出し、輝星歌劇団の夕方の公演前の時間帯を引き当てていった。シャンテに『若君はいつ来る?』と大声で尋ねたのは、彼女なりに人出を気にしているのだろう。普段は物静かなシャンテも、この時ばかりはよく通る大きな声で返事をしている。 その頃、代官屋敷の一室では。 「予想以上に集まってしまいましたわ‥‥」 「目移りしてしまいますね」 献上品は高価すぎて、見物客の大半を占める庶民の手が届かないからと、やはり商人ギルドや個別の商店と工房に商品の貸し出しや提供を願ったスワンレイクと葉桜が、山積み状態になった衣装と小物を前にうきうきそわそわしていた。アレーナに促されて、衣装の地色別に仕分けするのを始めたが、そうせねばならないほどに大量にあるわけで、全部着回すのは一度の公演では難しそうだ。 「赤毛の傭兵さんはお休みなのね」 「また寄らせてもらうって言っていたけれど」 提供者の中には個人もいて、ユリアが応対しているのはその中の一人だった。彼女の幼馴染みに髪飾りを持ってきた夢蝶屋敷のリンは、伝言に『じゃあ、今度は華やぎ亭で』と微笑んだ。自身の身請け代金を恋人と二人でなんとか用立てて、これからは華やぎ亭の楽士になるという。つまり今回は商売敵だ。見送ったユリアは、『負けちゃいられない』と猛然と衣装の組み合わせに取り掛かっている。 そんな仲間達を横目に、協力店舗や隊商の一覧を書く担当になったサブリナが、あまりの多さに掲示する場所の拡張を、舞台設営をした大工達に指示していた。この後、協力者一覧の順番でやいのやいのと意見してきた商人ギルドの面々は、荷物が届いた順番だと蹴散らすことになる。 片隅では、自身の男装用の衣装を早々と選んだイリスが、せっせと丈を詰めていた。大体の男性用の衣類は彼女の肩幅と合わないので、丈詰めの他に詰め物をしたりと忙しい。他の衣装も手を加える必要がありそうだと、脇目も振らずに手を動かしているが‥‥間に合うかどうかはいささか怪しい。 そうして翌日。 代官屋敷の門番や使用人達が真新しいお仕着せになって、にこやかに輝星歌劇団に朝の挨拶をしてきた。どうやら彼女達の鶴の一声で、先日の捕り物に協力した者に、新たな衣類が支給された事になっているらしい。 間違いなく輝星歌劇団発案の、協力店舗でささやかなおまけが貰える木札は、各市場の入口で配られたが、どこも一時間かそこらでなくなっていた。今頃、各店ではやってくる客に追加注文をさせるべく、てぐすねを引いているだろう。 広場の舞台は、早朝から大道芸人が出て、順番通りに色々な興行が行われている。輝星歌劇団が出るのは昼過ぎと夕方。市場の賑わいが一段落する時間帯だ。 「やれやれ、人手を貸してもらえて助かったよ」 演目は以前のものをあまり弄らず、季節の精霊が春から初夏に移り変わる様を喜ぶ展開に落ち着いたが、市場の活性化だと集めた衣装の早着替えは、いかに開拓者でも難しい。困っていたところに恋鳥小屋の主人がサブリナを訪ねてきて、そんな事情ならと人を貸してくれたのだ。さすがに本職、着せるも脱がすも手早い。 命の恩人だしと愛想のよい恋鳥小屋の主人は、その笑顔で『使わないのは引き取るから』とも申し出ているが。 それはさておき。 舞台の上では、青や白、灰色まで加わったいささか重い雰囲気の、これからの季節にそぐわない印象の衣装の裾を翻して、スワンレイクが大きな振りで回っている。足取りは軽やかで、服の裾も綺麗に広がっているのだが、その色と目尻が上がって見える化粧のおかげでどことなく冷たい雰囲気が拭えない。 その周りで様子を伺うように、跳ねるような調子で足を運ぶのは、まるで反対の華やかな赤や黄色、橙をあしらった衣装のユリアとアレーナだ。こちらは明らかに太陽を意識した、明るい衣装に顔立ちを際立たせる化粧で、長いリボンをあしらった扇を手にしている。彼女達が励ますように囲むのは、精霊の加護を受けた人間の騎士に扮するイリスである。 見るからに男装の麗人だが騎士役のイリスが、蒼いリボンを巻きつけた杖を持つスワンレイクに打ちかかる。実際の剣戟では出ない甲高い音は、シャンテのフルートとは葉桜のバイオリンが奏でる音の一つ。楽器の音とは思えない激しい音色に、首をすくめる観客も少なくない。 一合、二合。 打ち合わされる剣戟の間に、舞台上で脱ぎ捨てられる上着の下から、華やかな飾りとそれに合わせた新たな衣装が現れる。肌はまったく覗かせないが、鮮やかに変わる衣装に男女を問わない歓声が上がった。 イリスの打ち込みの合い間に、アレーナとユリアの手が扇から伸びるリボンを舞台上に広げていく。色とりどりのリボンの上を、スワンレイクとイリスが走りぬけ、イリスの剣がスワンレイクの杖を叩き落とす。 それと同時に、音楽が華やかで軽やかなものに変わり、それまで薄布を被っていた葉桜とシャンテが髪に生花を、衣装に植物の模様を散らした姿で、楽器を手に舞台中央に躍り出た。反対に舞台奥、でも一段上がった場所に移ったイリスと共に、花が咲き、実りがあることを喜ぶ歌曲を奏で、歌い上げる。 ユリアとアレーナは、その二人を引き立てるような位置で、左右対称に軽やかに季節の移り変わりを踊り示す。途中から重い衣装を脱いだスワンレイクが加わって、イリスがどんな出来事の後にも光を取り戻せると歌うのに合わせての舞が続いた。 やがて。 季節の移り変わりがなければ、春の喜びも夏の楽しみも秋の実りもないと歌う歌が終わり、踊りが終わって、でも輝星歌劇団が舞台から降りるのは拍手が許さず。 羊毛市の三日の間、人出は去年と同じまでには回復しなかったが、取引や買い物で動いた金銭は大きく減じることはなく。商人ギルドは安堵の吐息を漏らしたと、輝星歌劇団には聞こえてきた。 ついでに、舞台に人気の歌い手と楽士を出してきた恋鳥小屋と、二十数名の一糸乱れぬ軽やかな踊りで人目を奪った華やぎ亭が、早くも多数の衣装を変える踊りを演目に組み込んだとは、挨拶や見物で出向いた者が、直接その目で確かめている。 「なんとまあ、逞しい」 誰かが漏らした感想は、皆に共通した思いだった。 |