帝国歌劇団・弐〜捕縛劇
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/06 09:20



■オープニング本文

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 商業都市フダホロウの代官が、何らかの策略を巡らせている。それには出身地方の荘園主や同地出身の医者も加わって、住人を害することも厭わない様子が見える。
 当初は男女の仲のもつれか何かかと思わせる話だったのが、たまたま別領地シューヨーゲンの領主に収まっていたフダホロウ出身のオリガの依頼で調査に入った開拓者達の活躍で、なにやらどろどろとした話に拍車が掛かっていたのだが‥‥

「ごめん、この薬草ってどんなの?」
「全部麻薬だ」

 代官と繋がる荘園主が出荷した荷から、大量の麻薬が出た上に、それを運んでいた商人の取引台帳から武器の流れも判明し、

「ドーの街で叛乱準備? そんな話があったの?」
「表向きは役人の租税着服で収めてあるそうだ。若君が直接出たから、さすがに向こうでは噂になっているようだが」
「叛乱ねぇ‥‥この世からアヤカシを一掃してくれるなら、その人に従ってもいいけどね」
「まったくだ。そうでなければ、我らが盾たれ。我々の帝国への恭順条件は、今も昔も変わらないさ」
「‥‥ところで、ここまで分かれば、輝星歌劇団を呼ぶ必要ってあるの?」

 実は規模が大きな、そしてきな臭い話だと分かった。
 もちろんここまで来れば、この地域を統治する貴族の元から騎士などが派遣されてくるのだが、単純な大捕り物をするには、一つ問題がある。
 捕らえる相手が、代官とその周辺だけでは済まなくなったのだ。

「あらやだ、アレクセイもやっぱり捕まるのね。店は‥‥マイヤがいるから平気かしら?」
「二人とも捕らえろと書いてあるだろう」
「げっ、店はどうなるのよ!」
「華やぎ亭一軒の話ではないがね」

 代官とその側近を捕らえるのはもちろん、荘園主の弟である医者、その二人と繋がりがあるアレクセイとマイヤに加えて、アレクセイの家から持ち出した手紙や書類、今回捕まえた商人の取引台帳、以前に捕まった役人の隠し帳面などから、複数のフダホロウ有力商人の名前が出てくる出てくる‥‥
 代官を捕らえて裏付けを取っている間に逃亡されては困ると、今回一斉に捕縛の人手を出すことになり、要するに人手不足だ。
 なにしろ代官屋敷の兵士が使えないので、全部外から人を入れる。少しでも目立たないように人を入れるためには、何度も街に出入りしている輝星歌劇団はうってつけ。戦力としても見込める、ありがたい存在である。特に、最初にアレクセイとマイヤ、医者の三人を捕らえて欲しいと連絡が来ている。
 加えて、代官屋敷での捕り物にも参加するようにとなっている。

「奥方様が出てくるとは思わなかったけど、こちらの護衛じゃなくて、捕り物なのよね。ちゃんと依頼出す時に間違えないようにしなきゃ」
「護衛はご本人が連れているだろうから、心配ないさ。別の意味で気を付ける様には言ったほうがいいかな」
「あたしは平気だけどねぇ。嫌な人は近付かないようにしてもらうか。あ、マイヤの子供の保護も頼んでおかなきゃだわ」

 輝星歌劇団のほかに、いかにもの兵力をフダホロウに入れる方法の一つとして、領主夫人の視察が決定されている。もとより帝都勤めが多い当主に代わり、毎年領内の視察を実行しているので、さほど警戒されることはないだろう。護衛がいて当然の身分なので、堂々と代官屋敷に入っていける。
 更に貴人の訪れとなれば、代官が歓待の宴を催すのも当たり前のこと。その宴に輝星歌劇団が招かれるとマイヤとミエイ領主・アリョーシャが疑いもしないのには理由が一つあった。

「妓楼以外で女性だけの舞台は輝星歌劇団だけだったそうだし、今回は妓楼に声を掛ける訳にも行かないからねぇ」
「奥方様やご当主様みたいな人って、なんて言えばいいんだったかしら?」
「同性愛嗜好の方」
「どーせーあいしこー、ね。その気がない人に手は出さないけど、見た目が好みなら眺めて楽しむことはします、と」

 フダホロウやシューヨーゲン、ミエイなどを含む地方ドーの当主とその夫人は、どちらも配下の貴族や代官・役人では知らぬ者がない同性愛嗜好なのだ。仲はいいが、夫婦というより苦難を共にしてきた同輩という感じで、子供がいないことは誰も不思議に思わない。
 そういう夫人を歓待するなら、女性ばかりの歌劇は外さないと、この二人は考えていた。
 この夫人が開拓者が活躍するところを間近で見たいから、自分がフダホロウに行くと主張していたとしても、オリガ達は驚かなかっただろう。

 依頼内容は、フダホロウ代官とその側近の捕縛である。


■参加者一覧
スワンレイク(ia5416
24歳・女・弓
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
サブリナ・ナクア(ib0855
25歳・女・巫
葉桜(ib3809
23歳・女・吟


■リプレイ本文

 扉の近くにいた葉桜(ib3809)が、突然引き倒された。
「驚いた、そんなに動けるとはね」
 珍しく目を丸くしたサブリナ・ナクア(ib0855)だったが、行動は冷静だ。突然の事に口をぱくぱくさせている葉桜に組み付いたアレクセイの体を、さほど力を入れた様子も見せずに引き剥がす。
「テイワズ? どうして?」
 いかに病身でも成人男性をあっさり引き起こした様子に、子供を抱えたマイヤが蒼白になって、志体持ちを示す単語を口にした。どうしてとは、志体持ちのサブリナが歌劇団付きの脚本家や医者を名乗っていたことにだろう。
「説明するのは時間が掛かりますけれど‥‥」
「簡単に言うと、あんた達も一枚咬んでいる叛乱は失敗だ。子供の為にも、代官とは縁を切りな」
 スワンレイク(ia5416)は生来の性質が首をもたげて言葉を濁したが、サブリナは淡々と言い切った。突然の騒ぎにうたた寝から覚めてぐずっていた子供は、葉桜からブレスレットベルを示されて、泣くのは止めている。それでも母親のいつもと違う様子は察するのか、顔付きは不機嫌なままだ。
「彼女は、巻き込まれただけだから」
 今の行動で体力も尽き果てたとばかりに、押さえられたまま抵抗もままならない様子のアレクセイが、ようやく搾り出した言葉はそれだった。叛乱と言われても驚いた様子もなく、淡々とした物言いから、かなり詳細も知っていたのだろうと察せられる。
「どういう事情があっても、罪をなかったものにするのは無理。でも素直に知る限りのことを言えば、多少の温情は望めるとのお話でした」
「お子様は、オリガ様とユリアナ・ガリ様より、無傷でお預かりしてくるようにときつく言われております」
 子供の父親が誰でも、今回の騒ぎの累が及ぶことはない。そう領主夫人が明言していると聞いて、まだ逃げ道を探している気配のあったマイヤが、がっくりと肩を落とした。
「貴女達‥‥いったいなんなの?」
「輝星歌劇団。それに間違いも嘘もないが‥‥開拓者でもある」
 サブリナはアレクセイだけでも厳重に縛り上げておこうかと考えていたが、他の二人は子供の前での手荒な真似には反対だと表情が如実に示しており、なにより子供が彼を父親と慕う様子を見せるので目立たぬように腰縄を掛けた。解毒の術で身体症状は取り去っても、長患いで衰えた体力は戻らず、とても抵抗出来る状態ではなかったことも理由だ。先程、代官屋敷の宴の前にこの二人の身柄を確保しようと、叛乱や麻薬についての話を切り出して後、マイヤを逃がそうとしたのは火事場のなんとやらだったのだろう。
 マイヤはオリガの名前と、華やぎ亭から出奔した店員の一部が彼女の領地に身を寄せていると聞いて、奇妙に安堵した様子を見せた。ぐずりつつもまた寝入った子供を葉桜に預けて、スワンレイクが見張る中で目立つ場所に出してきたのは、店の帳面や様々な支払い用の割符や証明書など。
「華やぎ亭の名前で預けたままのお金があるらしいの。前の人達のお給金だから、アレクセイが手をつけるなって」
 オリガなら引き出せるはずだから、機会があれば伝えてくれと頭を下げる姿は、一番最初の依頼で『夫に毒を持った妻』とも評されたとは思えず、スワンレイクは内心忸怩たるものを憶えたが、捕縛は今回の依頼の重要な一つ。
 近隣の人々は、アレクセイの家の前に代官屋敷からの大きな馬車が差し向けられてきて、更にアレクセイが妻子を連れて『大分回復したので代官に挨拶に』と乗り込んだことに驚いていたが、輝星歌劇団の面々が宴に招待されていることも知られていたから、不審には思わなかったようだ。
 少なくとも近所の奇病を患っていた者が回復したと聞く方が、春の話題にふさわしいと思ったのだろう。

 葉桜とスワンレイクとサブリナが、アレクセイ達と正面から対峙するより少し前。
「こんにちは。今日はよろしくね」
 輝星歌劇団が、家臣には女性好きで知られるユリアナ・ガリを接待する宴のために代官屋敷に到着した。馬車の中から手を振るユリア・ヴァル(ia9996)達を、いささか引き攣った笑みで門番達が迎えている。
「そちらは小道具ですの」
 念のための荷物検めで、衣装櫃を開けてもよいかと尋ねられたイリス(ib0247)が、にこりと極上の笑みで会釈を返している。続いて、世間話の合い間に尋ねられたのは、アレクセイの主治医であるリゴルがすでに来ているかどうかだ。
「二時間近く前に到着してますよ。ええと、小道具‥‥ね」
 ベンジャンスソードに雅崇甲が収められた櫃に、門番は冷や汗を拭っていた。事前にユリアから言い含められている上、イリスがユリアナから貰い受けた捕縛の命令書に対象一覧を示されている門番達は、ユリアの舞靱槍もアレーナ・オレアリス(ib0405)の忍刀「風也」にも目を瞑っている。護衛で付き添ってきたヘスティア・ヴォルフ(ib0161)には、視線さえ向けるのも躊躇っていた。
「‥‥お疲れ様、です」
「ははは‥‥頑張りますよ」
 身振りで『気楽にね』と示されても緊張しきりの門番達に、シャンテ・ラインハルト(ib0069)が会釈すると、彼らも胸を叩いた。どう見ても食べ物が胸に詰まって叩いている風情だが、ヘスティアに肩をぽんぽんと叩かれて、背筋を伸ばした。
「他の者が遅れて到着しますので、奥まで案内もお願いいたしますわ」
 アレーナの丁寧、だが含みを持った申し出に頷いた時には、門番達の顔付きも大分変わっている。

 今回の大捕り物の準備として、輝星歌劇団員達が依頼主との連絡役オリガに要求したものが幾つかあった。
 まず代官屋敷の見取り図。ユリアの『隠し通路があればそれも含めて』との要求は、街の要の建物に対するものとしては随分と思い切っていたが、宴の二日前には届いた。幸い緊急避難用の通路は代官の寝室と執務室にしかなく、宴の当日に使用される広間の出入り口は多いが、すべて見える。使用人用の通路も出入り口は目立たないが、見えるから警戒は容易だ。
 それに加えて、昨日の段階でユリアが『実は』と話を切り出して話も聴いた門番兵士達と、近隣の住人、特に子供からヘスティアが集めた屋敷周辺の路地の詳しい状況も、見取り図の写しには追加されていた。後刻回収される予定だが、実際に当人が歩いて確かめた部分も多く、仮に取り逃しても追跡するのに取りこぼしはなさそうだ。もちろん、ユリアナが配置した面々も、目立たぬように現地状況は確かめているだろう。
 他にアレクセイやマイヤが彼女達の説得に応じて素直に縄を掛けられたら、多少なりと温情を掛けた処罰をとの申し入れは複数が行っていて、今のところはマイヤの子供の安全が確約されている。後は二人の関係度合いによるのだが、アレクセイが毒を盛られている経緯から死罪は免れるのではないかとのこと。首謀者とそれに近い者は、この領地では死罪が当然だ。
 そんな法の地域で、自分達の仕える相手が叛乱に与していると知らされた兵士達の驚愕たるや、ユリアもその反応に驚いたくらいで‥‥腕比べで勝ったら、忠誠心を曲げて協力してくれなどと言い出す状況でもなかった。もとより開拓者のユリアとほとんどが一般兵士の彼らでは勝負にならないのもあるが、イリスが交渉して事前に発行に漕ぎ着けた輝星歌劇団への代官逮捕の命令書に従うことを、兵士達は選んだのだ。もとより代官の家臣ではなく、フダホロウの街の兵士だから、領主の命令をより上位として従うことに躊躇いはない。
 医者のリゴルは幸い招待された中に混じっていて、代官屋敷の中で雇い主の主治医に挨拶に出向くと称して所在を確かめることは出来るだろう。事前に捕らえられればもっと簡単だったが、招待客が行方不明では怪しまれるので致し方ない。
 兵士達の、最初よりは強張りが解けた仕草で見送られて、武器も人もどっさりと積み込んだ輝星歌劇団の馬車は代官屋敷に無事に入り込んでいた。


 宴を前に、輝星歌劇団員はこうした場では珍しくない宣伝活動に勤しんでいた。代官やその周辺、また領主夫人へのもてなしの座に招待される面々の贔屓が受けたいと願うのは当然で、心得た使用人達も代官が招待客のために開放した部屋にアレーナと領主差し回しの吟遊詩人とを案内してくれた。
「おや、他の者は準備が忙しいのかね?」
「何をさておいてもご挨拶に伺うべきところですが、本日の主賓からお声が掛かりまして」
 皆で揃ってご挨拶が出来ずに申し訳ございませんと、完璧な礼法で恭しく膝を折られては、代官も強く言える筈もない。主君の夫人の性癖以前に、そちらを優遇してもらわねば彼の立場もないのだ。
 よって挨拶の人数が少なくてとアレーナが恐縮する必要性は薄いが、客人の手前、持ち上げられれば気分も良かろう。アレーナもそのあたりは重々承知で振る舞っていて、周りにも細やかな気遣いと笑顔を振りまいていた。
 その笑顔の下で、彼女が捕縛対象を見分けやすいように特徴を確かめ、麻薬密売に叛乱などというきな臭い話がどこまで広がっているものかと心配していることなど、代官も周りの者も、誰一人として思いもしなかったことだろう。

 かたや領主夫人ユリアナの元に参じたシャンテとヘスティアは、身の回りは護衛に到るまで全部女性というユリアナの徹底振りに少しばかり驚かされていた。高位の貴族だと思えば珍しくもないのだろうが、
「身に着けさせる物まで、全部吟味しつくした感が‥‥」
「‥‥‥‥」
 侍女と護衛ではもちろんお仕着せも異なるが、並べるとその仕事の違いが分からない共通の雰囲気がある。武器の種類も様々なのに侍女と違和感がないとはと、ヘスティアは目をしばたたかせていたが、それでもいつもとは別人のような礼儀正しい言動は保たれている。
 シャンテも最初に愛想良く出迎えてくれた相手が護衛だと気づくのにしばらく掛かったくらいで、ちらちらと視線をあちこちにやっていた。あまり表情には出ないが、感心しつつ、視覚的な効果も配慮しているらしいお仕着せの観察に余念がないといったところか。
「自分が着飾っても、鏡がないと楽しめないでしょう?」
 おそらく意訳すると、『自分が見て楽しいものを周りに着せた』となるだろう発言はある意味贅沢だが、当人は視察だからと地味なくらいの衣装と最低限の装身具だ。趣味に走りすぎる事はなさそうだが、シャンテの手を見て爪を染めてあげようかしらなどと言い出している。そこまでする時間がないのが、シャンテには幸運だったろう。
「準備は大変だったのでしょうね」
「いえ‥‥後は奥方様に、一言を」
 代官達を捕らえる際に、その罪状を掴んでいるのだと一言発してもらえればと、手を握られたままのシャンテが口にすると、それは任せてと手を上下された。
 あまりに堂々と『女性だけなんて素敵ね』と言われて、ヘスティアは苦笑を噛み殺している。周りも大半は同様だったが、年嵩の侍女にも『楽しみにしてきた』と言われるとはてさてどうしたものか。
 審美眼は厳しそうな方だと、それはまず仲間に伝えなくてはなるまい。
 その頃には、スワンレイクと葉桜、サブリナの三人が、人目を避けつつ控えの間にアレクセイ達を連れて入っていた。


 宴の席で披露されたのは、先日の祭りの演目を少し変更したもの。春の訪れを招く踊りだったのが、その訪れを喜び、歌い、踊るという、ある意味世に溢れた内容だ。けれどもどこにでもあるというのは、それだけ喜んで見る者がいるというわけだし、輝星歌劇団の踊りは剣舞も天儀の舞も含んで、多彩で華やかだ。小難しい筋立てはなく、のんびりと舞の合い間に次々勧められる酒を呑みつつ眺めていても楽しめるところが宴に向いてる。
 鳥が舞い上がるような動きの大きな舞があれば、天儀の桜が散り行く様を表すような舞もあり、ジルベリアの春告げ花を思わせる軽やかな舞に続いて、春の風が悪戯に多くのものを吹き飛ばすようないささか荒っぽい舞もある。
 そうした入り乱れる流れの中で、やがて春の日差しを翳らすような何かが現れた。シャンテや葉桜の演奏が物悲しい音に、イリスの歌がそれを振り払えと告げる合間に、アレーナがこれまでより大きな剣を持ち出した。あきらかな真剣の輝きに、広間にいた代官付きの武官達が居住まいを正しかけたが、ユリアナが楽しげに手を叩いたので反応が少し鈍った。
 途端に、その剣が投げられて、ヘスティアの手に収まる。こちらは本職がいる場にて、武器は外して末席に控えていたのだが‥‥動き出せば早い。
 もちろん、アレーナもイリスもユリアも、弓は使えないのでもふらグローブを取り出したスワンレイクも出遅れてはいない。
 シャンテのミューズフルートが、夜の子守唄を奏でる。それで倒れれば、ユリアナの護衛達が縛り上げに行くが、目覚めたままだと輝星歌劇団員が次々と襲い掛かる。驚き騒ぐ使用人達を誘導しつつ、葉桜は広間の外に逃げる輩がいないか見張るのに飛び出し、アレクセイ達がいる控え室に視線を向けると、サブリナが万事問題なしと身振りで知らせて寄越した。念を入れて調べたアヤカシの気配もないということだ。
 そうして広間では、美女の微笑みも抜き身の剣片手で向けられれば心臓が縮み上がるほどに恐ろしいと思い知らされつつ、代官はじめとする面々が次々と打ち伏せられていた。流石にアレーナもユリアも手加減で斬りつけていないが、ヘスティアは思い切り向かってきた護衛相手に一合入れていた。スワンレイクは志体がない相手を、的確に鳩尾を殴って気絶させている。
 主要な出入り口はあっさりとユリアとアレーナに塞がれ、使用人用は外に葉桜、内側にシャンテが陣取った。イリスは器用に人の間を逃げ回っていたリゴルを殴って気絶させる。それでもまだ抵抗しそうな者がいたけれど、
「もっと大きい人を斬る方が簡単よ」
 銀盆を一枚、剣圧で二つに折ったユリアの脅し文句に、意気を呑まれてしまう。
「我が主より、叛乱の疑いある者を捕縛せよと命令が出ています。囚われた者以外も、素直に調べに応じねば仲間として捕らえますよ」
 ユリアナの宣言がなくとも、結局広間から抜け出せた者はおらず、そこにいなかった者も門を閉じられては逃げることも叶わず、捕縛を命じられていた者は全員が縄を掛けられたのが輝星歌劇団とユリアナの護衛双方によって確かめられた。捕らえたのが当人かどうかの首実験には、使用人や兵士達が協力している。
 捕縛された者、最終的に六十二名。とてつもない大捕り物になったわけだが、ユリアナは彼らを領主がいるドーの街に贈る算段をした後、一言ぼやいていた。
「あの舞が最後まで見られなかったのが残念だわ」
 お召しがあればいつでも参上いたしますと、上品に膝を折っての挨拶をしたのは一人ではない。いずれもが様になった所作と場違いなほどの微笑で、居合わせた使用人達の目を奪っていた。