帝国歌劇団・弐〜春待祭
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/07 08:11



■オープニング本文

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 フダホロウの街での三月の祭りは、春待ちの祭りと呼ばれることもある。長い冬の憂さを払うだけではなく、長逗留ですっかり財布の紐が固くなった商人達に少しの散財を促す目的もある。
 もちろん街の芝居小屋や芸人一座、高級娼館の芸妓達まで巻き込んでの派手な催しには、今後も度々フダホロウに立ち寄るようにとの宣伝目的もあった。隊商が離れれば、街の繁栄は消え失せてしまうからだ。
 時には雪も降るから、舞台に上がる者達も衣装に苦労する。観る側も広場の何箇所かにある篝火だけでは暖が取れず、もこもこと着込んで、強い酒や温かい飲み物を片手に観るのが普通だ。それでも人出が途切れることはないのだけれど。
 これに出るには、なんらかの芸で身を立てていることを証明して、興行ギルドに申し込めばいい。芸妓でも出られるくらいだから、あまり難しい手続きではない。払う手数料も少額だ。
 輝星歌劇団が代官に近付こうと思ったら、ここで知名度を上げるか、直接に接触を図る必要がある。流石に後者は困難で、余程の奇策を要するだろう。なにしろ相手は貴賓席で、護衛やら他の有力者に囲まれているのだから。

 それでも、また輝星歌劇団に依頼が出るのは、元の依頼人オリガの主君側でも、人員が満たされている代官屋敷に間諜を潜り込ませることが出来ておらず、内部の情報を入手する手段がない手詰まりの状態だからだ。
「でもこれって、下手すると中に入れたらなんか泥棒して来いってことになるの?」
「入れるようにしてくれれば、そういう事柄は専門家が同行します。他で証拠が得られれば、取り押さえるお手伝いはお願いするかもしれませんね」
「専門家‥‥ねぇ。そもそも証拠って何よ? 直接代官のとこに偉い人が行けばなんとかならないの?」
 オリガが自領の代官のクセニアとの会話に後ろ向きの姿勢を見せているが、主君からの命令は絶対だ。町一つの領地の弱小貴族の身で、貴族社会の暗い部分にいきなり踏み込まされたオリガは逃げ腰だが、クセニアは容赦がない。
「現段階では、昨年の通行税値上げ分の上納税が少ないので、着服か流用が疑われます。また、薬物の違法取引、ないし使用。各ギルド幹部を中心に、領民を害した疑い。薬の保管か、違法な蓄財、税金流用、薬物取引に関する覚え書きでも出てくれば、もう捕らえる心積もりのようですよ」
「薬なら医者のところじゃないのかしらね。その兄貴はどうしてるのよ?」
「開拓者からのご指摘通り、温室が見付かりました。内部の確認がまだですが、多分ここで薬草、毒草類の栽培をしているのでしょうね。次にここから荷物が出たら、ツナソー領外で取り押さえるそうです」
 それで届出がない薬物が見付かれば、関係者として代官に事情を聞くとの名目で身柄を確保することになる。もちろん、医者のところから何か見付かっても、同様の処置になるだろう。
「医者のところは、すでに家捜ししましたけれど、薬の入手先が農園か街中の薬問屋かはっきりしなかったとかで‥‥あとは、アレクセイ氏のご自宅も可能性がなくもないと言うところです」
「あら、なんで探してないのかしら。なんだったら見取り図描くけど」
「なんでも、子守をしているお隣の方かマイヤさんが必ず家にいるので、なかなか入る隙がない、と」
 要するに空き巣よろしく侵入して、医者の家の中はこっそりひっくり返したが、証拠になるものが見付けられなかった。マイヤが預かったり、医者がこっそりアレクセイの家に置いている可能性も考えられるが、薬についてはアレクセイを診た開拓者達の証言から可能性が薄いと見られている。
 それでアレクセイの家の家捜しはまだ実行されていないのだが、主君がオリガ宛に送ってきたものは、更にまだあった。

「ふうん、顔はマイヤに似てるのかしらね。髪の色はアレクセイに似てるんじゃない?」
「顔は、やっぱりアレクセイさんには似てませんか?」
 アレクセイとマイヤの子供の絵姿だ。実はマイヤとは会えば罵りあいか取っ組み合いになっていたオリガは、相手の顔があまり記憶にないのだが、アレクセイと似ているかどうかは分かる。
「全然似てないわね。あの人の身内にも似てないけど、こんな髪の色は多いわよ」
 子供好きのオリガは『こんな可愛いのに、家庭が落ち着かなくて大変』と同情しきりだが、クセニアは何度か口を開いては閉じして、ようやく絵姿を眺めているオリガにこう言った。
「あのぅ、その子供‥‥ツナソー御領主のバトラ様の幼少時に瓜二つだそうで」
「‥‥マイヤの元旦那に?」
 この場合の旦那とは、娼妓の贔屓客を指している。芸妓にもまれに旦那を持つ者がいて、元繚雲屋敷の芸妓がマイヤの旦那はバトラだと開拓者の一人に打ち明けているが‥‥それならそれで、バトラと面識があるアレクセイも気付いただろう。
「自分にも女房にも似てなくて、女房の元旦那を知ってるなら、自分の子供じゃないって気付きそうだけど‥‥あの男を元気にすると、病人の真似なんか無理なのよねぇ」
「とりあえず、家の中に不審な物がないかは確かめるようにお願いしてくださいな」
 一度治して一服盛りなおすなどと、出来もしないことを言い出したオリガに対して、クセニアは開拓者ギルドに依頼する項目を書いた石板を差し出した。


■参加者一覧
スワンレイク(ia5416
24歳・女・弓
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
サブリナ・ナクア(ib0855
25歳・女・巫
葉桜(ib3809
23歳・女・吟


■リプレイ本文

 春待ちの祭りの開始は、近年にない華やかなものになった。
「さぁさ、最初の見物は輝星歌劇団の華でしてよ。ぜひとも見にいらしてくださいまし」
 祭りの舞台は常に華やかだが、今年は前日から街中が華やいでいる。祭りで着飾る人々が増えるより先に、舞台に上がる各興行小屋や劇団、一座と名のつくものが、競うように宣伝に繰り出したからだ。
 前日からそれだから、当日ともなると早朝から人が出て、露店もいつもより一時間は早く店を開ける大騒ぎ。人通りが多い道を、恋鳥小屋の即席山車がゆっくり賑やかに回っている。他は馬を引き出してくるのがせいぜいだが、輝星歌劇団の連れてきた馬は飛び抜けて見栄えがよい白馬で人目を引いていた。
 その上に、鞍に片膝立てて乗りあがり、にこやかに手を振る踊り手がいるとなれば更に目立つ。くじ引きの順序決めで、最も見る客が少ないと言われる一番目を引いてしまった輝星歌劇団だが、人集めに造花を撒く綺羅綺羅しさで耳目を集めていた。
 そんなわけで、祭りの舞台は毎年の人気小屋である恋鳥小屋の出番ほどではないものの、知名度が低い新参劇団とは思えない人を集めたのだが。
「次はこんなお近付きの方法は、怖い人達が出向いてくるよ」
「私ども、花の精霊にて、人の世の約束事に疎いのでございます。街に春を招いたら、お許しいただけますか?」
 一段高く作られた貴賓席に、細い丸太に刻みが入っただけのものを立て掛けて、するすると登っていったアレーナ・オレアリス(ib0405)、スワンレイク(ia5416)、イリス(ib0247)、ユリア・ヴァル(ia9996)の四人の姿に、集まった観衆も貴賓席の人々も度肝を抜かれていた。大道芸人ならもっと困難なことも平然とこなしてみせるが‥‥四人共に見た目は普通の女性、と言うよりは美女揃い。
 代官は流石に差し出された花篭や酒に直接手を触れなかったが、従者が調べる後ろから覗いて、生花が盛られていることに機嫌をよくしたらしい。吟味が済んだ物を傍らに置いて、
「花の精霊ならば仕方ない。どう春を招くか、楽しみに見せてもらおう」
 目立とうとするあまり、祭りの最初から不遜だと捕らえられる者が出るのではないかと心配していた観衆にも聞こえる大きな声で、にこやかに手を打った。それに礼を返して、丸太の上から羽でもあるかのように飛び降りた四人は、するりと舞台の裏に消えていく。
 丸太は一時雇いで広場の警備の仕事を得たヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が、輝星歌劇団の裏方と一緒に片付ける。もちろん小言つきだが、仕事柄、こればっかりは言わねばなるまい。
 その頃、舞台の裾で演目の準備に掛かったシャンテ・ラインハルト(ib0069)と葉桜(ib3809)は、帝都で評判のお酒と他の仲間への紹介に釣られて、代官へ輝星歌劇団が贈り物をしたがっていると口を利いてくれた薬問屋が蒼褪めた顔で自分達を見ているのに気付いて、そっと頭を下げた。ここまで派手なことをするとは連絡していなかったから、さぞかし肝が潰れただろう。
 だが、その薬問屋も代官から何か言われると生気が蘇ったので、お咎めはなかったらしい。本当に仲間には紹介しただけで、お酌だけで満足し、口添えしてくれた相手に申し訳なさを感じていたシャンテと葉桜も、ほっと一安心だ。後は集中して、演目に臨むだけである。
 花の精霊が春を招く。そんな内容が先に知らされて、更に艶っぽさは足りないが健康そうに伸びた手足がちらちらと覗く衣装に期待を膨らませた男性陣と、そこここに漂う花の香りに気分が高揚してきた女性陣とが見上げる中で、舞台の開幕を知らせる口上が始まった。
 その余韻が消えぬうちに始まった音楽と、出てきた踊り手達の衣装とに、戸惑いの声が上がっている。

 そのざわめきの一時間ほど前のこと。
「薬はこれ。何か欲しがったら消化のいいものを食べさせて。食べ物はええと」
「だいたいは台所に揃えてあるわ。二人とも、好きなものを摘んでちょうだい」
 そわそわした医者のリゴルと、晴れ着姿の子供を抱えたマイヤとが、サブリナ・ナクア(ib0855)にあれこれと説明している。アレクセイの病状は、薬の効果でうつらうつらしている時間が長いものの、一日一度くらいは意識がはっきりすることも出てきたという。それは薬の効果が薄れている朝方が多いが、そのまま服薬しないとまた容態が悪化するので、調子に合わせて薬を日々調整しているとか。
祭りの数日前にフダホロウに入り、祭りに参加する準備を進めていた輝星歌劇団員達は、今回は知名度を上げるためだと一時雇いや以前の仲間などの名目で人手を増やしていた。おかげで脚本家のサブリナは仕事が減ったと、相変わらず慌しくしているマイヤの世話をし、当人には化粧品、子供には菓子を差し入れてやるなど細やかな気遣いを見せていた。
 その上で、輝星歌劇団が祭りに出るのに、店の女将が顔も出さないのでは大変困ると言い出したのだ。マイヤの経歴だと人の集まるところは嫌うかとも心配したが、
「お子がご機嫌だねぇ。やはりお出掛けは嬉しいかい?」
 主治医の許可さえもらえれば、自分が留守居を引き受ける。だから子供も連れて行って、祭りを楽しんできたらどうか。そう勧めたところ、『子供と一緒』というのが効いたらしい。今まで子供に会う機会はほとんどなかったが、家の様子を見てみれば、マイヤも大層子煩悩だと察せられた。子守の女性からも、アレクセイもマイヤも子供を可愛がっていたと聞いている。
 可愛い子供に祭りの様子を見せてやりたいと出掛けるマイヤの留守に家捜しするつもりのサブリナは、やはり悪いのは男どもかと考えを巡らせつつ‥‥付き添ってきた、歌劇団見習い名目の『専門職』に視線を向けた。
 夢蝶屋敷の馴染み芸妓の誘いで出掛けるリゴルは、奥が深い悪巧みをするほどのものは感じないが‥‥医者の身で人に劇薬を盛るような輩にはいかなる事情があっても同情の念は沸かないので、邪魔せず出掛けてくれてほっとする。
「さて、私も手伝ったほうがいいかい?」
 家捜しの専門職を手伝うには、どういう心構えが必要だろうかとちょっと興味を覚えていたサブリナは、アレクセイの枕元を指されて首を傾げてしまった。

 舞台の上には、薄ら寒い冬の空や暗い夜を思わせる衣装の踊り手が、ゆるゆると踊っている。特に灰色のローブに手袋、顔には黒の仮面と、先程の桜色の衣装から別人のようなユリアには、代官屋敷の兵士達の失望の叫びまで上がっている。
 休みのやりくりが難しい中、なんとか来たのにさっきのはなんだったのかと思っているだろうが、ユリアとて演目の詳細など明かしてはいない。そもそも上着は脱ぐのだなんて知らせたら、仕事にならないだろう。兵士達は広場の警備についているのだ。おかげで最初に貴賓席へ丸太を持って押し寄せた時も、いきなり取り押さえられずに済んでいる。
 しかし、期待していた雰囲気ではないことへの失望の声はそれだけではなく、観客も貴賓席の人々も気が抜けたような顔つきをしていたが、一変したのはイリスが歌い始めた時だ。それまでの葉桜とシャンテの冬の物悲しい景色を歌う声から一転、朗々と春風の到来を告げるその歌は、すらりと抜き放ったアレーナとユリアの剣のような鋭さも帯びている。冬の重苦しい雲を吹き払うかのようだ。
 剣にあわせて、すらりと春に場面が切り替われば誰もが喜んだろうが、それでは話は盛り上がらないし、輝星歌劇団の裏の目的も果たせない。与えられた時間ぎりぎりまで使う予定で、彼女達も色々と策を練ってあった。
 スワンレイクが弓を取り出し、春の風など吹かせまいと歌う。合わせてアレーナ、ユリア、イリスが何かを斬る様な芝居がかった仕草を見せる。明らかな抵抗の動作に困惑しきりの人々の耳に、シャンテと葉桜が奏でる春の歌が聞こえ始めた。あまりか細いので最初はほとんど聞こえなかったようだが、それは春の花のものだ。
 葉桜、シャンテ、イリスの三人が貴賓席にいる薬問屋に、スワンレイク、アレーナ、ユリアが代官にちらちらと視線を向ける。観客も気付いて、何事だろうかと舞台と貴賓席の間に視線を行き来させていたが、少しして薬問屋は合点がいったらしい。代官に何事か囁いて、聞いた代官が花の盛られた籠を取り上げた。
 春を告げる花が、籠から観客席に振り撒かれた。舞台に投げるにはやや遠い。それに外してしまうと格好がつかないとの考えもあったのだろう。この時期は珍しい生花に観客が歓声をあげて受け取ろうとする中で、するりと一番大きな花束を掴み取った者がいる。
「さ、お殿様からの贈り物だ!」
 口調は伝法なままだが、花束を取ったヘスティアの投擲は狙い過たず、その時舞台中央にいたイリスの手に渡った。瞬間、舞台下に控えていた口上担当が、大きな旗を振り上げる。器用に上げられ、ひらりと翻った旗がまた地面に戻る時には、先ほどの花の精霊が舞台上に揃っていた。上着を脱ぎ、仮面を外しただけだが、色が違えば印象が変わる。
 アレーナが鮮やかな黄色、スワンレイクは白地に緑の刺繍、ユリアとイリスは桜色だが前者が天儀の桜の簪を合わせ、後者はジルベリアのプリムローズの花を髪にあしらっている。
 歌い手がアレーナに変わって、春の喜びと恋の成就を喜ぶよく知られた歌を歌い出す。同時にスワンレイクが舞台を駆け下りて、まだ幾らか空いていた広場で、人が行き来するために自然と道になっていたところを跳ねるように進んでいく。いつの間やら手にした籠からは、花びらの形に切られた布地に香油が染み込んだものが零れるほどに入っていて、それを掴んで投げる彼女の周りでは、主に女性の歓声が響いた。
 この間に、また貴賓席にはまた丸太を掛けて、ヘスティアがそれを支えつつ、イリスと周りの人々を持参の斧の柄で仕切っている。斧の刃には覆いがしてあるから危険はないが、流石に武器の迫力に興奮も少し冷めるようだ。それでも中には、下の方から貴賓席に登ったイリスの姿を眺めようとか、画策する者もいるのだが‥‥そういうおいたには、舞台から黒い仮面が飛んできて、頭にこつんと当たることになる。そうでなければ、花びらが空になった籠を被せられるか。
「どうぞ、春の花を改めて」
 投げたはずの花に、先程はなかった金色のリボンを見た代官は機嫌よく笑い出し、それを高々と掲げた。アレーナが歌い終わって、スワンレイクとイリスが舞台に戻り、ユリアも踊りの最後の礼をして、これで輝星歌劇団の演目は終わり。
 そのはずで、葉桜とシャンテが演奏の最後を締めくくろうとしたところ。
 同じ曲をもう一度繰り返す形で、二番手の夢蝶屋敷の芸妓達が舞台の上と下とに割り込んできた。女振りには大差なくとも、色香は新手の方が数段上で、舞台での様子も手馴れている。広場全体から上がるのは、感嘆のどよめきだ。
 そして芸妓達は、踊り手も演奏者も歌い手も、うまい具合に先の曲の輝星歌劇団の振りや調子をなぞり、舞台の飾りもそのまま、自分達のものを追加してのけた。もちろん、切りがいいところで、夢蝶屋敷と輝星歌劇団の裏方達が合図して、歌劇団員を舞台袖に誘導する。
 続いた夢蝶屋敷の興行も、それは好評のうちに終了したようだ。

 祭りからしばらく、華やぎ亭は連日の満員御礼だった。あまりの人出に劇団員達が客席を回るのは危険だからと、掛けられる声に舞台から応えるのが主になったが、中にはそれでは済まない相手がいる。
「先日は、お心配りいただきましてありがとうございます」
 葉桜が天儀風に丁寧に頭を下げ、シャンテが珍しい酒の瓶を差し出したのは、件の薬問屋だ。前回はどこまで頼りになるかとは思ったが、なんとか歌劇団を有名にしたいのだという向上心を買ってくれて、ちゃんと代官に『無名だが見所がある』と勧めてくれたという。ちなみにこれは、ユリアが仕入れてきた代官屋敷情報である。
 アレーナの読みのとおりに、地位を離れると女性とやや縁遠い、ついでにフダホロウではあまり印象がよろしくなかった代官だが、今回の祭りで気の利いたところを見せて、少しばかり周りの見る目が変わったらしい。当人もそれを喜んでいて、薬問屋も鼻高々だ。ついでに、劇団員達が入れ替わり立ち代り挨拶に来るので、周りの注目も快いのだろう。
 同様に、医者のリゴルもイリスとユリアにあれこれ世話を焼かれて、たいそう満足気だった。実はこちらも舞台から花を投げてもらい、それをそのまま夢蝶屋敷の芸妓達に投げてしまったのだが、それで上客扱いになって二重に嬉しいようだ。途中でサブリナが加わって、あれこれ世間話や仕事の話などになっても、機嫌よく話し込んでいる。
 どちらもたまに、隣に座った誰かの足に手を伸ばしたりするが、あっさりかわされても怒らない程度にご機嫌だ。とりあえず、皆も握手はしてあげている。
 そんな店から少しは離れた宿の中では、劇団一時雇いに護衛を任せたヘスティアが、代官屋敷の調査をしている間諜から受け取った書状を、劇団長を名乗っている間諜の取りまとめ役に渡していた。豪勢に演出しすぎて、歌劇団員達は裏方も忙しくなってしまったので、自由に動けるのはヘスティアだけ。彼女も度々夢蝶屋敷のリンの所に出向くが、あちらはあちらで宴席が増えて、なかなか会えないでいる。
 おかげで、最初に今回の活動用にと色々用意された菓子の中から幾つか付け届けしたお礼と、時間が取れないお詫びだと、客から貰ったらしい綺麗な飴を寄越してくれて、皆の口に入っているのだが、それはそれとして。
「んで、どんな具合だい?」
「アレクセイが、マイヤの子供をバトラ様の子供だと知っていたのは分かった。代官と医者も了解している。それでなんでマイヤと結婚したかはわからんが‥‥」
 アレクセイが代官とも連絡を取っていて、何かの商品売買に関わる予定でいたことが、家捜しで見付かった書きかけの手紙から判明した。品物の供給源は医者の兄だから、物がまっとうではない可能性も高い。
 これらはサブリナが祭りの日にマイヤを遠ざけてくれて出来た家捜しで、アレクセイの枕もとの文箱から出てきた書きかけの手紙でわかったことだ。他にも仕事の書類からばらばらと同様の物が見付かって、何枚かはすでにオリガの主君の下に向かっている。あちらの情報と付き合わせれば、何か新しいことが判明するかもしれない。
 だがそちらに輝星歌劇団が関わる術も必要もないから、今は名を上げて、代官屋敷に招かれるように働き掛けをするだけだ。ヘスティアには、夢蝶屋敷に紹介してくれないかなんて話も、たまに来る。
 代官側近でツナソー出身の役人が華やぎ亭に寄るようになって、手応えを感じたところで依頼期間が終わるのは、全員にとって残念な話だったが、次の依頼は四月の中頃を過ぎてからになるという。