帝国歌劇団・弐〜追及
マスター名：龍河流
|
|
| ■オープニング本文 前回のリプレイを見る 元夫が毒を盛られているとの報から、フダホロウの街に帝国歌劇団改め輝星歌劇団を送り込んでいたシューヨーゲン領主のオリガは、現在自宅の応接室の長椅子に伸びていた。 「馬車酔いだね。あと、少し胃が荒れているようだが」 「主君には怒られるし、若君には根掘り葉掘り問い質されるし、辛かったのよぅ」 同じ大貴族に仕えるオリガや近隣領主達は、フダホロウの代官に犯罪行為の疑いありと開拓者を使って調査を進めていたが、ひょんなことからそれが主君に知られてしまった。本来なら早急に主君に知らせるべきところを知らせずにいた事情説明にオリガは呼び出され、幸いに叱責だけで戻ってきたところだ。 そしてこれからは、フダホロウ代官の内偵は主君の側で進められる。すでに関係者の素性確認が始まっていた。現在までに判明している事柄は、オリガが持ち帰っている。更にフダホロウのあちこちから届いた手紙を開いて、中を確認しているが。 「医者は三年前までツナソーの街で働いてたと。これは歌劇団の聞き込みと同じだな。薬は？」 「解毒剤に間違いない。その前の薬を抜くのに適しているが、抜けていく途中でまた一時的な錯乱状態が出るかもしれないな」 「それは出てるみたい。恋鳥小屋からの手紙に、また調子が悪いようだって書いてあるけど、それは段々治るのね？」 「禁断症状だから、当人は相当苦しいが‥‥ちゃんとした治療の過程だろう」 医者の前住地とその兄の農園の場所は、正確なものが確かめられた。開拓者が調べたものと同じだ。 注目点は、兄の農園の徴税担当を現在のフダホロウ代官が一時勤めていたこと。三人の繋がりはここが起点と思われるが、代官があえて兄弟を重用する理由はまだ掴めていない。 また代官とアレクセイがどこで知り合ったのか、それも主君側の調べではまったく分からないでいたのだが、その答えはフダホロウからもたらされた。 「この医者、度々繚雲屋敷に出入りしてたみたい。アレクセイとはここで何度か酒を飲んでるって」 「よくその潰れた店に通っていたのが分かったねぇ」 「しかし、前の代官の下で三年前から働いてて、なんでフダホロウに居残るんだ？」 「居残った理由は知らないけど、繚雲屋敷情報は恋鳥小屋から。どうも繚雲の誰かの居場所を知っているんだわね。今の代官かどうか分からないけど、医者が大事なお客さんだって代官そっくりの男を連れてきたこともあるみたいよ。あ、ギルドには復職したみたい」 恋鳥小屋の主は、開拓者の勧めもあって、機を見てギルドの幹部として復職した。そちらからの情報と輝星歌劇団の聞き込みとをあわせると、新たに各ギルドの幹部になったのはいずれもそろそろ幹部になっておかしくはないという者ばかり。前の代官の政策でよく働いたと評価された者が多いが、今の代官との繋がりはなかった。もちろん幹部になったことで、せっせと代官との関係を繋ごうとしているようだ。 代官の側近は半数が当人が以前から使っている人々で、残りは前の代官から引き継いだフダホロウ出身者だ。後者はオリガもある程度顔や名前は知っているし、大抵が一族郎党フダホロウに住んでいる人々。前者は独身ばかりだが、大抵はツナソー周辺の出身者だった。身近を郷里の者で固める役人は少なくないので、これはおかしなことでもない。 もちろん、これらの人々の素性や素行は極秘裏に調査されている。 「で、輝星歌劇団の仕事に指示はあったのか？ 手を引けって話ではないんだろう？」 「うん。どうもこの医者って、綺麗どころにちやほやされると口が滑るらしいのね。兄貴の農園のこと、代官との繋がりの切っ掛け、アレクセイの病状、繚雲屋敷のこと、なんでもいいから聞き出して来いって」 「それだけかね？ 開拓者に頼むには、ちょっと畑違いな気もするが」 「いや、この農園、ツナソーの納税帳簿に薬草が出てませんよ。農園での薬草の栽培はツナソーも届出が必要だから、もし大規模にやっていると分かれば、踏み込む理由が出来る」 「あと、最近アレクセイに掛かりきりで接触する機会がないらしくて、輝星歌劇団に出てもらうしかないの。ついでに名を上げて、代官屋敷への出入りも狙ってくれって」 いっそ全部主君側で片付けてくれればいいのにと、まだへたばり加減のオリガは泣き言を並べるが、周囲は『開拓者にここまで頼って、今更いらないと言えるか』と考えていた。 そもそも、すでに華やぎ亭での興行権を得て、政治や経済、軍事に医学、薬学まで詳しい集団に働いてもらったほうが、明らかに解決は早いのだ。 |
■参加者一覧
スワンレイク（ia5416）24歳・女・弓 
ユリア・ソル（ia9996）21歳・女・泰 
シャンテ・ラインハルト（ib0069）16歳・女・吟 
ヘスティア・Ｖ・Ｄ（ib0161）21歳・女・騎 
アイリス・Ｍ・エゴロフ（ib0247）20歳・女・吟 
フィーナ・ウェンカー（ib0389）20歳・女・魔 
アレーナ・オレアリス（ib0405）25歳・女・騎 
サブリナ・ナクア（ib0855）25歳・女・巫 
葉桜（ib3809）23歳・女・吟 |
| ■リプレイ本文 フダホロウまでの道行きは、前回に比べれば雪も減っていたが、春の息吹はまだやや遠い様子だった。それでも雪が積もり、あちこち凍っている街道から街に入れば、雪かきされた表通りはすでに真冬とは違う。 「これから季節の変わり目で、元気でも本調子とは行かない日も出てくるからね。特に肌には注意しないと」 「でもこの時期は、食品もお安くはありませんし、香草も効能が落ちるから不便ですわね」 少しは日差しが暖かくなってきた昼過ぎ。サブリナ・ナクア（ib0855）とフィーナ・ウェンカー（ib0389）ののんびりした会話が交わされていた。 場所は華やぎ亭。街中での評判が今ひとつのせいか、相変わらず長期で舞台を担当する一座が見付からない所に入り込んだ輝星歌劇団は、何年も前からここにいるかのような落ち着きを見せている。今も団員だけでなく、厨房の料理人も一緒に色々と飲み物を楽しんでいた。 「あら、これは体が温まりますわね。何が入っているのでしょう？」 この後は掃除をするのだと、服装も動きやすいものにしたイリス（ib0247）も興味津々の様子で、供された飲み物の香りを確かめている。これを飲んでから出掛ければ、宣伝のときもあまり冷えないかもと葉桜（ib3809）も嬉しそうだ。 「これからの季節に重宝しそうですけど、お店で出してもお酒とは合わなさそうなのが残念かも」 何かいい方法はないかしらと、店員に話題を振るスワンレイク（ia5416）の横では、 「でも、やっぱり外から塗るのもないと困るでしょ」 と、ユリア・ヴァル（ia9996）が美容に効く品物を扱っているのはどこだろうかと首を傾げている。歌劇団の中では宣伝も兼ねて出歩いている方のユリアが知らないとなれば、その横に座っているシャンテ・ラインハルト（ib0069）にも分からない。店員達が数軒店や薬草師をあげてくれるが、そもそも通りの名前と位置が繋がらないので説明する側も聞く側も大変だ。 「マイヤ様がご贔屓のところがあれば、そこを紹介いただくのもいいかもしれませんよ」 おっとりと口を挟んだアレーナ・オレアリス（ib0405）に、店員達は『あの人の使ってるのは高いかも』と苦笑していた。店員達も勤めている期間の割にいい報酬を貰っているが、それでもマイヤが使うあれこれはちょっと手が出ないものらしい。 そんな世間話を繰り広げつつ、店員達の様子を観察していた一同は、これまでよりは店の雰囲気が和らいでいるのを感じていた。 シューヨーゲンで開発中名産品は精巧な人形だったので、ヘスティア・ヴォルフ（ib0161）は道中と酔芙蓉亭とで日持ちがする綺麗な菓子を買い揃えて、今回も夢蝶屋敷に足を運んでいた。リンだけではなく、屋敷の者全体に行き渡るようにと数を揃えた菓子は一般的なものだが、リンは鼻高々だ。羽振りが良い馴染み客は、妓にすれば自慢の種になるらしい。 「もっといい菓子でも包めりゃ良かったが、俺もなかなか今よりいい仕事が見付からなくてさ」 せっかくだから近くで仕事を見付けてほしいものだとリンは言うが、夢蝶屋敷の客だと護衛なども常雇いがいたりして、ヘスティアが紛れる余地はないようだ。実際に紹介されても困るので、ヘスティアにとってもそれはありがたい。もちろん顔と言葉では残念がって見せるのだが。 「腕がなまらないように気をつけないと」 彼女の事情をどのくらい察しているのかは不明だが、リンもなかなか遠慮のない口をきく。相変わらず他の客の事は差し障りのない話に留まるが、それ以外はよその地域の話を聞くのも楽しみにしているようで、二人だけでも話は弾む。たまにはお茶を引いている妓が混じってきて、大抵いつも賑やかだ。 だから、そういう話の合い間に、ヘスティアが美容薬の話を出しても、誰も怪しまない。歌劇団員達が地理に疎い街でいいものを探しているとなれば尚更だ。 「紹介までしてくれなくてもいいけどさ。使ってる人の評価は信用出来るだろ。俺は傷薬や軟膏があればいいんだけど」 客からの贈り物も多いので、妓が使う化粧品や美容薬は色々だ。けれども出来るだけたくさん、簡単に手に入るのがありがたいとの注文に叶う代物は多くないのが高級店らしい。それでも幾つか紹介してもらった中には、ヘスティアが狙ったとおりにアレクセイの主治医の名前も入っていた。 実際には、大抵の薬ならサブリナが調合出来る。軟膏、香水の類はフィーナが得意だ。加えて薬と化粧品作りに力を入れているミエイの協力があるから、輝星歌劇団がそれらのもので困ることはない。 「病人の看病は、どうしても生活が不規則になるからね。体から悪い物を出す泰国料理を作ってみた」 厨房を占拠するのは料理人に悪いので、実際はサブリナはほとんど作り方を説明しただけだが、マイヤは体調管理の手伝いだと供された料理に至極満足していた。今回は雇い主への奉仕を装っているから少し材料も高いが、フダホロウで簡単に手に入る材料での作り方も料理人に説明したと聞かされて、明日にでも作らせそうだ。 「お食事が終わったら、こちらの軟膏も試してみてくださいな。手荒れにも効きますけれど、香油のようにしてみましたの」 料理屋なので香りが強いものは本来つけられないが、一つ二つは香水などを持っていれば女振りも上がるというもの。それに舞台から客席に降りる時に何もないのもおかしいので、邪魔にならない香りがないかも見てくれと、フィーナは商人のように熱心だ。 「これ、アレクセイに食べさせても大丈夫かしら」 「薬草も少し入れてあるから、私では判断が付かないな‥‥主治医の方に一度来ていただいて、実際に食べてもらったどうだろう？」 フィーナも色々薬を補充したいし、顔繋ぎが出来ればありがたいと身を乗り出したが、マイヤはしばらく渋っていた。医者の都合などより、彼女が乗り気ではなかったが‥‥一応声を掛けてみる気にはなったらしい。 ユリアが久し振りに代官屋敷の近くに出向くと、顔馴染みになった店の店員が愛想良く声を掛けてきた。店の中には造花を飾っているから祭りが近いのかと尋ねてみると、それはまだ先だという。 「花が咲くまでまだ一月もあるけど、少し飾って人の目を引かないと」 「それは見習わなきゃ。ここの祭りってどんな感じ？」 出来れば今までより派手に興行したいけど出来るものか。いかにも歌劇団員らしい悩みに、最初は店員が、途中からはこれまたすっかり飲み友達の兵士達があれこれと説明してくれた。 フダホロウには、三月に春を招くとして割と大きな祭りがある。まだまだ寒い時期だが、町一番の広場に舞台が作られて、普段は木戸銭を払わないと見られない芝居小屋や芸人一座、時には芸妓達まで出てきて、それぞれ芸を披露することが出来る。 この舞台に出る者への支払いは代官がする慣わしだが、実はたいした金額ではない。芝居小屋なども宣伝と割り切って参加する。この舞台への参加を仕切るのは興行ギルドである。 「ギルドに参加してれば、舞台で宣伝が打てるのね。代官も見に来るかしら？」 「主催だから、もちろん」 有力者には桟敷席も組まれるから話すのは無理だが、ともかく出てくる。そこで目に留まれば、次の祭りは屋敷の中に呼ばれることもあるので、恋鳥小屋のような人気小屋より小規模のところが目の色を変えるとか。 今回も、明るいうちから周りをどんどん酔い潰しつつ、一人だけけろりとしたユリアは『狙い目よね』と呟いて、店員から苦笑されていた。 日中は宣伝に努めねばと、公演準備を他に任せて葉桜は街の通りに出ていた。先に興行ギルドに挨拶をして、人通りが多い場所を教えてもらい、笛を鳴らす。街角で稼いでいる吟遊詩人と間違われると困るので、華やぎ亭のお客は逃さず、そうでなければ曲の合い間に周りに声を掛けていく。 「華やぎ亭で歌と踊りを披露しております、輝星歌劇団です。わたくしよりずっと綺麗な舞い手や歌い手が何人もおりますから」 葉桜が卑下するほど見栄えが今ひとつというわけでもなく、なにより獣人は珍しいので人目を引いたし、声も掛けられた。おっとりと微笑んでいたのが、勇壮な叙事詩も歌うのに感心する者もあり、天儀の服装に注目する者ありだが、程ほどに宣伝の役目は果たせたようだ。 代わりに指先がかじかんで、危うくあかぎれを起こして演奏に障りが出るところだったが‥‥こちらは軟膏で助かっている。 件の医者が華やぎ亭を訪れるというので、輝星歌劇団が密かに緊張を漲らせていた夕刻。入れ違いでアレクセイの看病に帰るマイヤは、店員と歌劇団とにしつこく注意を繰り返していった。 いわく。酒癖が大変悪いから、飲ませすぎないこと。体を触ってくるから、それがかわせないなら近寄らないこと。 「そういう殿方は時々いらっしゃいますけど、特にひどいんですの？」 客あしらいは相当うまいマイヤにそこまで言わしめるとはと、事前に薬の買い付けと挨拶とで医者を訪ねたイリスが尋ねていた。その時には気の弱そうな男に見えたが、酒が入ると性格が豹変する人物らしい。 いきなり給仕や演奏者を押し倒すかもと聞いて、ちゃんと情報を聞き出さねばと堅く決意していたシャンテの顔色が蒼くなっている。 「でしたら、誰か一人で相手をせずに、何人も一度にご挨拶に伺いますわ。アレクセイさんがお元気になれば、私達も常雇いにお願い出来るかもしれませんし」 そのシャンテの肩をぽんぽんと叩きつつ、スワンレイクが笑顔で皆を振り返る。もちろんと頷いた歌劇団員の華やかな装いやそれぞれ見栄えが異なる容貌を見たら、目移りして誰か一人に悪さをする気にはならないかもしれない。 まあ、志体持ちの彼女達のこと。いざとなったら変な動きをしたい腕が動かないように『軽く』掴んで、愛想を振りまくことも出来るから、マイヤが心配するようなことにはならないはずだ。これは言うわけにはいかないが。 アレーナとユリア発案で、ツナソーで多く栽培されている大麦の穂とジルベリアの春を告げる花々の造花を店内にあしらい、壁にも布を巡らせ、衣装も春らしい色彩の、回ればふんわりと広がるものを選んだ者が複数。 目的の医者が来るより前から、シャンテが軽やかで明るい音楽を奏で、スワンレイクが舞台狭しと踊っていた。布地も長くなれば重量があるはずだが、それを感じさせない動きに感心して見入る客も少なくない。 そうかと思えば、イリスの朗々とした歌で紡がれ、剣を手に踊られるごく短編の劇に、ジルベリアで有名な伝承の一幕だったろうかと尋ねてきたり。中には明らかに他国の出身なのに、似たような話があるのだと周りまで巻き込んで語り始める酔客も出て、にっこり笑顔でかなり薄めた酒を勧めるイリスに鼻の下を伸ばしていた。 やがて医者が到着して、マイヤがサブリナやフィーナを紹介してから帰った頃には、葉桜の天儀の舞が珍しいと観賞され、次々と歌と演奏と踊りが披露されていく。 「前と雰囲気は違うが、見栄えがするねぇ。あの男が興行主かい？」 「いえ‥‥ご店主がお世話になっているお医者様で‥‥私たちもここで長くやれるように、ご店主には早くお元気になってほしいので」 以前の華やぎ亭も知っている客が久し振りに覗いたがと、酌に回ったシャンテを相手に会話を楽しんでいた。多少の下心がありそうだが、シャンテは見た感じがおとなしすぎて、食指が動かないようだ。見るからに闊達な数人を指して、名前を聞きたいから後で呼んでくれなどと言う。 もちろん皆は医者からあれこれ聞きだしている真っ最中で、適当受け流してもいいのだけれど、『次の祭りで代官に口を利いてあげるから』と餌をぶら下げてくる。 それがどこまで本当か分からないが、こういう申し出への判断は一人でしないほうが賢明だろうとシャンテが頷いて、仲間に声を掛け‥‥その客と医者の間で険悪な視線が一瞬交わされたものの、どちらもちやほやされるのは店内だけという結末に落ち着いたのだった。 「酔い潰しと力尽くは通用しないから」 そう笑ったのは、誰だったか。 翌日。 ヘスティアが、自分と他の者とでは買った薬の額が随分違うと知って、ユリアやイリスに宥められていた。一人と劇団では買う量が違うからとは建前で、皆、自分達の歓心を買いたい下心だと分かっている。傭兵相手では、一夜の恋を仕掛けるにも気後れしたのだろう。 シャンテがしばらく相手をしていた客は、ちゃんと代官屋敷に出入りしている薬問屋で、怪しいところは何もない。葉桜と二人、また宣伝に店の近くを巡ってみたら、店構えもなかなか立派だ。ついでに女好きの浮気者で、よく妻子ともめているとも聞こえてきた。 「どちらも分かりやすい殿方で。代官にどんどん宣伝してくれるとありがたいですわね」 イリスが肩をすくめた通り、どちらも代官との繋がりがある。医者はどうやら子供の頃に、代官と同じ私塾に兄弟で通っていた古くからの縁があるらしい。それで前の代官とも知り合いだと豪語していた。フィーナとアレーナ、スワンレイクは、暗記出来そうな勢いでその話を繰り返し聞かされている。 「‥‥今の時期にこれが生で手に入るってことは、温室があるんだろうねぇ」 事前情報は正しく、目的の事柄をかなり聞きだした中で、サブリナが薬の中身を確かめて呟いていた。 ひそかに恋鳥小屋に出向いたアレーナは、しばしの所有者との駆け引きの後に、なんとか繚雲屋敷の元芸妓と面会することが叶っていた。駆け引きの最中に『政治向きの躾がされている』と言われたが、開拓者だとばれたわけではないようだ。オリガも妙なのを寄越したと、貴族関係の繋がりで動いている者だと思われたのかもしれない。 なお、当然のことながら元芸妓の素性は内密にと念を押されたが、それもそのはず。恋鳥小屋の演奏者の一人だった。髪を染め、化粧を変えて舞台に上がると、案外とばれないものらしい。 「マイヤは元気かしらねぇ。アレクセイさんと結婚するとは思わなかったけど」 「看病で少しお疲れですけれど‥‥とても尽くしておいでと聞いております。以前から仲がよろしかったのでしょう？」 だからフダホロウに残っているのではないかとアレーナが首を傾げると、元芸妓も首を傾げていた。それでも小屋の主に言い含められていたとみえ、あのねと声を潜めてくる。 「マイヤはアレクセイさんが連れ出してけど、ほんとの旦那は前の代官のバトラ様だったのよ」 他の人には絶対に知られないようにと拝むように頼まれて、珍しく当惑を表にしたアレーナは、深く頷いていた。 |
