帝国歌劇団 〜興行
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/22 00:00



■オープニング本文

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 領主が領民虐待を理由にすげ替えられたシューヨーゲンの領地には、新たな領主が到着した。前領主となったタラスが主君の元に連行された翌々日のことだ。
「名前はオリガ。結婚暦と離婚暦が一回ずつ。子供はいない。趣味は踊り。特技は金勘定。根っこは商売人だけど‥‥まあ、よろしく」
 シューヨーゲンは、はっきり言ってしまえば地方の小さい領地だ。言い方を変えれば田舎。
 そんなところにやって来た新しい領主は自称二十八歳、見たところ二十三、四の女性で、丈の短いシャツに華やかな柄の長いスカートを合わせて着ていた。シャツの襟が広く開いているとか、スカートの横に長く切れ目が入っているとか、化粧が最近よく来ていた歌劇団の女性達のようだとか、色々と領民の度肝を抜いている。
 だが到着してすぐの挨拶は気さくだったし、領主屋敷の使用人達はそのまま雇用され、タラスに職を取り上げられた役人達には復職を願う丁寧な手紙が届いて、領民達は今度は悪い人ではなさそうだとまずは安心した。
 更にタラス一党に髪を切られた娘達を集めて、大抵がざんばらになったままの髪を綺麗に整えてくれた。帽子や被り物に合わせた化粧も教えてもらい、一様に表情が明るくなった娘達を見て家族も胸をなでおろしている。
 人の出入りや移動が厳しく制限されていたシューヨーゲンの関所も撤廃され、様々な商品が手に入りやすくなったことで、領民の生活は向上しているかに見えたのだが。
 領主屋敷に、オリガの副官としてやってきた女性代官の悲鳴が響いたのは、オリガ到着二日目の早朝だった。

 シューヨーゲン新領主オリガの前歴は、ある地方都市の歓楽街にある酒場の経営者だ。その都市では割と有名な、料理も酒も美味しいし、値段も妥当、更に店員が男女共に溌剌と元気で明るいと評判の酒場。
 最大の売り物は、舞台で毎晩行われる踊りで、少しきわどい衣装に身を包んだ若い娘達がこれまた元気に舞い踊る。色気にはやや乏しいが、それすらも売り。同じ歓楽街には踊り子がいるとは名ばかりの実質娼館と化している店も多い中で、楽しくお酒を飲める店として重宝されていたそうだ。
 貴族の遠縁の職場として適当かどうかはさておき、そんな酒場を切り盛りしていたオリガが、シューヨーゲンの領主に乗り換えたのには理由がある。
 この酒場、経営はオリガだが、持ち主は彼女の夫だった。その夫が、結婚して十年、一向に子供に恵まれないオリガとの仲に飽いて浮気。浮気相手との間に子供までもうけていた事が発覚して、最近離婚にいたる。
 そんなオリガの元に、シューヨーゲン領地経営の話が持ちかけられてきたのだ。酒場より規模が大きい領地経営。普通は尻込みしそうな話だが、オリガは嬉々として主君の元に駆けつけ、他に数人いた縁戚の中から見事に領主に選ばれている。
 そんなオリガが、やおらいきなり副官に悲鳴を上げさせた原因は。
「そ、その髪はどうしたんですかっ」
「え、あー、髪? 切ったのよ」
 ばっさりどころか、子供でもそんなに短いのはいないってくらいに刈り上げられた頭だった。髪形だけ見たら、そこらの男性でももう少し長いのが沢山いるだろう。
「だって、まずは借金返済が大事じゃない。あの人形を売り払えば、なんとか完済出来るわよ。でも、自分の髪が売られるのは嫌って女の子が何人かいたから」
「あんなものが売れるとは思えませんけれど‥‥反対する人がいたから、なんなのですか?」
「あたしも髪を売るから、ここは皆のためと思って我慢してくれーって」
 あっけらかんと言い放ったオリガが現在直面しているのは、タラスの名前で残っているとんでもない額の借金証文だった。本人というより、側近の誰かが人形のために借りていたらしい金銭だが、領主の名前で借りているものを踏み倒すことはそうそう出来ない。
 そんなことをしたら、収穫された作物の買い入れもしてもらえなくなるし、商人だって立ち寄らない。それで領主屋敷の金目の物を売り払うことにしたのだが、一番数が多いのは艶かしい絵画や人形で売れるとも思えず‥‥代官や復職した役人達が、領民にどう説明しようかと蒼くなったのは昨日の話だ。
「こういうのは、ちゃんとそれにふさわしい場所ってのがあるのよ。物は悪くないんだから、あたしが売りさばいてみせるから」
 そう豪語したオリガは、三日後には懇意にしているという商人を呼び付け、屋敷の中にあふれていた怪しげな絵画と人形をすべて、綺麗さっぱりと売り払った。手付け代金だけで、代官が我が目を疑ったほどの金額が動いている。
 残金は順次支払いの約束で証文を交わしたが、全額支払われれば借金を完済しても、少し残る。シューヨーゲンには、大変喜ばしい話だ。
 誰があんなものを買うのだろうかと、それだけを気にしなければいいのだが‥‥オリガはあっさり、『娼館や金持ちの妾宅あたりでしょ。あと見世物小屋とか』と述べた。真面目な代官や、小さな領地の役人には想像もつかない世界が世の中にはあるのだろう。

 だが、降って湧いた問題も解決した。
 となれば、次にやるべきことは。
「帝国歌劇団って開拓者の劇団が活躍したんでしょ? それを呼んでちょうだい」
 改めて、新領主着任のお祝いと銘打った、お祭りなのである。


■参加者一覧
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
花焔(ia5344
25歳・女・シ
スワンレイク(ia5416
24歳・女・弓
雲母(ia6295
20歳・女・陰
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
リスティア・サヴィン(ib0242
22歳・女・吟
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
フィーナ・ウェンカー(ib0389
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎


■リプレイ本文

 シューヨーゲンの関所は、
「堂々と出入り出来るのって気持ちがいいですわ〜」
 スワンレイク(ia5416)が言った通りに、無人の建物の目立つ場所に、『通行自由』と書かれた板が提げられていた。札には花の模様も描かれている。
「あらまぁ、なんとも可愛らしい絵柄どすなぁ」
「薔薇ですね。どなたが描いたのでしょう」
 なかなか上手と眺めつつも、急ぎ足で通り過ぎたのは雲母坂 芽依華(ia0879)とアレーナ・オレアリス(ib0405)だ。今回は徒歩でのシューヨーゲン入りである。
「こういう絵なら、誰でも買ってくれそうだな」
「確かに人形よりは買いやすいでしょうね」
 道中、休憩のたびに互いの爪を磨いたり、髪を梳ったりと公演準備に余念がなかったヘスティア・ヴォルフ(ib0161)とイリス(ib0247)も絵のことを話しているが、ヘスティアは『あの人形の技も、応用したら案外商売になるのでは』などと口にしていたので、イリスの返事は少しばかり慎重だ。
 更に、
「よしよし、やはり私ももうしばらく‥‥きららでいてあげるぅ」
 誰にも頼まれていないが、雲母(ia6295)ががらりと口調を変化させている。もう正体を偽る必要はないから素の状態でいいはずだが、舞台ではないところで演技するのが相変わらず楽しいらしい。
 開拓者ギルドを出発したときとの激しい落差に、皆は散々驚かされてきたのだが‥‥そろそろ慣れてもきた。
「突然変わってはこちらの皆様も驚かれるでしょうし、最後までなりきってくださいましね」
「普段に戻したら、そっちが演技だと思われるかもね」
 だが、なかなかフィーナ・ウェンカー(ib0389)ほど直接的には言えないし、リスティア・バルテス(ib0242)のようにあっけらかんともしていられないが、まあ雲母がやりたいようにさせておけばいいだろう。
「あら、誰かいるわよ。こんにちは〜」
 そんな風に賑やかな一行の先頭になっていた花焔(ia5344)が、畑で働いている領民を見付けて、手を振った。隣ではシャンテ・ラインハルト(ib0069)が、こちらも相変わらず物静かに会釈をしている。
 口々に挨拶した彼女達を認めた領民が、にこやかに挨拶を返してきたのが、今までとはまったく異なるシューヨーゲンの風景だ。

 そして、領主屋敷の庭も様相を一変していた。
 幅十メートル、奥行き五メートル弱程度、高さはかろうじて一メートルあるかどうかの舞台が造られ、天幕で屋根と壁が出来ている。屋根と言っても舞台の上だけだが。
「木戸がないとぉ、お仕事が一つ減るの」
 雲母が拗ねて唇を尖らせたが、都市部で常設の劇団ならともかく、歌劇団としては駆け出しの一行があまり贅沢は言えない。まずは全員で舞台を確かめてみた。
 普通は新領主への挨拶と祝いの言葉を述べるのが先だろうが、その当人が舞台上で足を踏み鳴らして工事の出来を確認中では、彼女達が出向くしかない。念のため、舞台の下から声を掛けたら、上がって来いと手招かれたのだし。
 丁寧な歌劇団側の挨拶に、オリガは笑顔で応えていたが、
「お屋敷がすっきりしたみたいで。使えるものは全て使うって、いいねぇ〜。惚れそうだよ」
「じゃあ、お姉様ってお呼びなさい」
 ヘスティアの軽口に返した時の笑顔が、たぶん素に近いのだろう‥‥多少のことには動じない雰囲気を漂わせていた。領主たるもの、何事にも平然と構えていて欲しいものだが、傍らの代官が蒼い顔をしているのに同情する者もいなくはない。
 なににせよ、今回はあっさりと宣伝活動も許可されて、リスティアがイリスを引き摺るようにして、飛び出していく。舞台用の衣装に着替えてから、花焔やヘスティアも出掛けていった。
 もちろん何人かは残って、お客さん気分だった白峰傭兵団を手伝いに駆り出し、舞台の飾りつけを始める。舞台に合わせて、練習にも調整が必要だ。
「解放の演出に光を使いたいのですけれど‥‥夕方では難しいかしら」
「客席まで天幕を張ると舞台が暗いですし、ランタンでもお借りして‥‥」
 アレーナとスワンレイクが演出方法で悩んでいる間に、雲母が白峰傭兵団の若者を扱き使って、舞台上に借りた布を張り巡らせる。
 そうした舞台上ではなく、衣装や小物に着ける薔薇を模した造花を、フィーナと芽依華が布で作っていた。一応先んじて用意していたのだが、オリガが見て『大きすぎるくらいにしないと、舞台映えしない』と指摘したので、手を加えているところだ。化粧もうんと濃くしないと駄目と言われて、見た目で善悪区別が付けやすいことを目指すフィーナと、もちろんそれに合わせて化粧する芽依華とは手を動かしつつ悩み中。
 元とはいえ本職の言うことだから事実だろうが、あんまり濃い化粧は下品ではないかと思うあたり、彼女達はごくごく一般的な開拓者なのである。まあ、今のところは。
 そんな悩みとは無関係に、シャンテは舞台の周辺でどのあたりだと音がよく通るのかを確かめて回っていた。
 しばらくして、
「もーのすごーく楽しみにしてくれてるみたいで、腕がなりますよ〜!」
「あの客席分の広さだと、相当きついかもしれません」
 リスティアが弾むように歩きながら戻ってきて、さっそくシャンテと音合わせを始めた。イリスはもう少し詳しく、やってきそうな人数を会場整理担当の雲母に説明している。実際に整理するのは白峰傭兵団若衆だが、指示はこちらで出してやらねばならない。
 準備も忙しいが、練習ももちろん大詰めで。大広間を借りて通し稽古の後には、気になるところを舞台の上で調整する。特に今回、一メートル足らずでも舞台は高いから、勢い余って踏み外したりしないように、歩幅も頭と体に叩き込んでおく。
 そうこうする間に、三々五々に人が集まってきて、白峰傭兵団の案内で子供は前、お年寄りは周縁部の椅子があるところ、後は空いているところにぎゅうぎゅう詰め込まれて、オリガが真ん中の特等席に客人であるアリョーシャとイワノフと着いたところで、
「これより帝国歌劇団『光の戦乙女』開演でございます!」
 リスティアの声が響いた。


「ふふっ、一人でこの夜の女王を倒せるなどと思い上がった愚か者には、いかような罰を与えてやりましょう」
 フィーナ演じる夜の女王が、ヘスティア演じる光の戦乙女の一人を地に跪かせたところから舞台は始まる。僅かな色合いや光沢が違う黒い薔薇をあちらこちらに配したフィーナが、ランタンと鏡を使用した照明に輝く杖を手に、ヘスティアを幾度も小突いて、にいっと美しいのに邪悪にしか見えない笑いを浮かべた。
「我が僕となって、人の世を闇に沈めるために働くがよい」
 抵抗しようとあがくヘスティアを、音もなく現われて押さえ付けたのは、やはり黒薔薇を胸に飾った芽依華。夜の女王の手から、朱金の戦乙女の髪に黒薔薇が挿されると、その衣装までもが黒に変わり果てる。
 同時に、舞台をきらきらと輝かせていた照明も、突然に消え果てた。

 舞台に光が戻ったのは、歌声と共に。
 シャンテが歌いながら舞台に上がってくる。領内の娘達とたいして変わらぬ出で立ちでも、その歌声は特別だ。
 けれども、その歌声が不意に途切れた。
「まあ、耳障りな歌だこと」
 立ち竦んだシャンテの前に、刀片手に現れたのは芽依華。シャンテが逃げようとする方々に回りこんでは、少し傷を付けるように刀を振るう。そうしながら、夜の女王に従えと脅しつけるもシャンテが従わないのに業を煮やして、
「ならば、おまえから歌を取り上げるまで!」
 取り出した黒い薔薇がシャンテの首筋に巻き付いて‥‥シャンテが声が出ないことに驚くのを、芽依華は嘲笑している。
 そのまま、舞台は闇の色に包まれていった。

 物悲しい音楽が、段々と耳障りな音になり、もはや音楽ではなくなって吹きすさぶ風の音になってしまった中。まだシャンテは唄をともがいているが、それを邪魔したのは今度はヘスティアだった。またも追われる中で、けれどもようやく振り絞った一声に応じるように、舞台に一条の光が流れて、同時に出てきたのは衣装だけはヘスティアと寸分違わぬイリスである。ただしヘスティアの黒に対して、こちらは白。
「姉さん、行方が知れぬと案じていたのに、どうして夜の女王の手先になど!」
「力ある者に従うのが、どうしていけない? 女王は復活した、世界に光はもう戻らぬ!」
 無言のまま睨み合う二人からずれた照明は、シャンテを囲むアレーナと花焔、スワンレイクに移る。力尽きて倒れた娘を抱えたアレーナと、別たれた姉妹の様子を見詰める花焔と、暗く沈んでいく空を見上げるスワンレイク。いずれの表情も厳しいもので、彼女達は口々に言う。
「夜の女王が蘇った」
「封じるか、倒さねば、人の世に光は戻らない」
「でも、光なき世界で、私達はどれほど戦える?」
 静止した舞台を、シャンテが歌っていた唄が最初から駆け巡る。魔物が世界を闇に沈めたけれど、人の願いに呼ばれた光の騎士が、願いを光に変えて魔物を傷付け、力を封じて地中に埋めてしまった話。光の騎士は光がなければその力を振るうことが出来ず、魔物は自ら闇を呼んで力とする。
 唄が終わると、舞台ではヘスティアとイリスが剣舞に移る。めまぐるしく位置を変え、でもイリスが一方的に押されていく中、なぜか音楽が勇壮でも、悲嘆でもなく、観ている者なら誰でも知っている旋律に変わっていった。
 この歌は、春の訪れを喜ぶもの。冬の雲に隠されていた太陽が、ようやく暖かな日差しを存分に降らせてくれることを祝う歌だ。
 あまりに場にそぐわぬ曲に、不思議そうにきょろきょろとしていた大人達とは別に、子供達が歌詞は覚束ないながらも歌い出した。子供達の声が揃い出すと、リスティアやシャンテの声も混ざる。
 同時に、イリスが攻勢に出た。これまでの勢いが逆転して、今度は一方的にヘスティアを押していく。けれども、あと一撃というところで、
「姉さん、貴方を手にかけるなど出来ない‥‥っ」
「ならば、お前は死ね!」
 躊躇ったイリスに、なおも攻撃をしようとしたヘスティア、助けに入ろうとしたスワンレイクと花焔の前で、イリスが咄嗟に剣を打ち鳴らして一撃を止める。子供の歌声は止まっていたが、吟遊詩人や幾人かがまだ歌い続けていて、それに呼応するようにイリスの体が光った。
 その勢いに押されたように姿勢を崩したヘスティアが倒れて、結い上げられた髪が薔薇と一緒に解けて広がって、客席からは悲鳴が上がり‥‥
「我らの仲間を、取り込むことはもう許しません!」
 舞台上に、鞭のように飛んだ薔薇の蔓を叩き落したアレーナが、その先についていた黒薔薇を投げ捨てて、声高らかに宣言する。花焔がヘスティアを、スワンレイクがイリスを抱えて起こしているが、どちらもまだ動かない。
 黒い布で作られた波が、五人を目掛けて襲い来る。それを避け、打ち伏せていく間に、今度は次々と夜の女王の配下が芽依華に従えられて現われた。
 音楽は二通り、緊迫した場を表して、忙しく音程が変化する激しい弦の音と、祭りにつきものの様々な歌を奏でる笛の音と。
 激しい切り合いの動きに引きこまれた子供達は歌うどころではないが、そろそろ大人も承知している。見るのに目は忙しいが、口は歌うのに大変で、手は拍子を打つのか拍手なのか時々分からない。
 なにしろ、時々女王の軍勢と光の戦乙女とが、舞台から飛び降りて客席周りを駆けていく。そんな時には、大人も子供も悲鳴や歓声や応援を繰り出すのに忙しかった。
「女王気取りもこれまでですわ。出ておいでなさい!」
 スワンレイクが舞台で高らかに叫ぶと、若い男衆からやんやの喝采が上がった。花焔が芽依華と切り結んでいれば、子供達が大歓声だ。大分野太い声も混じっているが。
 夜の女王フィーナが現われた時には、リスティア、シャンテに若い娘達が手拍子足拍子付きで歌っている。
 すでに、舞台上にはフィーナの力を持ってしても闇を呼び出すことは叶わず、
「今度は、封印などとは言わない。欠片も残さず消えてしまえ!」
 配下は支配から逃れたレスティアとその妹のイリスに、芽依華は散々切り結んだ末に花焔に、自身はアレーナとスワンレイクの二人を相手取るも追い詰められて、フィーナは黒い波になって消えていった。
 この時には、剣戟の激しさにもう歌っている者はなかったけれど、あちらこちらから光が差し込む舞台上には闇を示すような色は残っていなかった。
 戦乙女の五人が去りゆくのを、薔薇の呪縛を解かれたシャンテが旅立ちの歌で見送っている‥‥


 公演の後は、無礼講で飲食の振る舞いもあるからと、当然歌劇団の一同にも誘いがあった。だが、最初にやるのは、
「信じられませんわ。本気で殴られるかと思いましたわよ」
「だから、あの位置から動かなければ大丈夫って言いましたのに〜」
 打ち身擦り傷をこさえて横になっているフィーナに、軟膏を塗る事だ。まったく戦闘に心得がないフィーナ相手の剣戟光景は全然間が持たないので、急遽白峰傭兵団を駆り出して時間を稼ぎ、最後だけ頑張ってもらったはずなのに彼女は疲れ果てている。
「このお化粧も、恥ずかしいどすえ〜」
 芽依華は厚化粧を落とすのに忙しい。舞台前に覗いたオリガが塗ってくれたが、終わると自分の顔とは思いたくない悪役面である。
 他の者も厚化粧に変わりはないが、役柄が役柄だから急いで落とさなくてもまあ大丈夫。ヘスティアだけ、髪が乱れているので、イリスも手伝って直している。
 着替えや化粧落としの必要がないリスティアとシャンテは、とっくに連れ出されて、宴会でも演奏しているだろう。
「先に、傭兵団の皆様にお礼を言ってまいりますね」
 アレーナが一足先に席を外して、ようやくフィーナがふらふらしながら立ち上がり、スワンレイクの腕に掴まって歩き出した。
「歌劇団の皆さんですよ〜」
 舞台の上で、踊っている人の輪に音楽を添えていたシャンテが、仲間の姿を皆に示した。
「皆、食べたり飲んだりしてる〜? 一緒に楽しむわよ〜!」
 花焔が両手を大きく広げて叫ぶと、あちこちで応じる声があって、こちらに来いと方々から呼ばれる。あっという間に、歌劇団員はあちこちに連れ去られて、話や食事、踊りの輪に放り込まれた。
「あらやだ、誰が子守をしているのかと思えば」
「子供は好きだしな。こういう時くらい、親だって羽を伸ばしたかろう。始まってから、家に帰って心地よく眠れるまで、心に残るまでが舞台。それと祭りじゃないかね」
 唯一、人波の少し外れた場所で、うとうとし始めた子供達をまとめて預かっていた雲母は、オリガと話す機会があったが、
「一服するなら、使いなさいよ」
 煙草を貰って、しばし一緒に酒を楽しむ時間となった。
 明日になったら、シューヨーゲンはまたいつもの日常に戻っていくのだろう。
 でもそれは、前より明るい日々である。