帝国歌劇団 〜誘拐
マスター名:龍河流
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/31 23:44



■オープニング本文

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 ジルベリアの国土全体からすれば、非常に小さな領地であるシューヨーゲン。
 そこの領主のタラスは、近隣貴族社会でも突出した変わり者で知られていたが、主家を同じくする同輩扱いの貴族達も、流石に精巧な人形を作るためだけに、領民の髪を切り落として回っているとは思いつきもしなかった。
 確かに、以前に徴税に向かった主家の代官が、タラスに非常に精巧で出来のよい人形を見せられたことはあったそうだが、その時の人形は子供が抱えるほどの大きさ。髪の毛は長毛種の山羊の毛から質がよいものを選りすぐったと聞かされた。この段階で、多くの者は『結婚もせずに人形遊びか』と眉をひそめたり、笑い話にしたりしたのだが‥‥

「髪の毛ってのは、また始末が悪いですなぁ」
「あの領地では、元々刑罰にあるけれどね」

 シューヨーゲンの隣、主家の大貴族からタラスの素行調査を任されたミエイの領主アリョーシャ・クッシュは、行商人のザウルと話し込んでいた。
 先日、アリョーシャが依頼人として開拓者に歌劇団を偽装してもらいシューヨーゲンでの潜入調査の結果、領内の若い女性の髪を片端から切って回っているらしい状況が報告された。直後に、その情報を元に違う視点での調査を頼まれたのがザウルだ。
 ザウルはシューヨーゲンへの行商を、年に二回だが二十年も続けている。それに見合った現地の人脈もあり、ある程度状況が分かっていれば、領民からこっそり事情を聞きだすことが出来るだろうと期待されたのだ。帝国歌劇団を名乗った面々が、タラスがやっていることを掴んでいたからこそ、期待できる範囲だったが。
 そうして、とうとうタラスの一党が、十二歳の女の子の髪まで丸刈りにしていったと、そういう情報を仕入れてきたのだった。

「刑罰にあるってのが、問題ですよ。全員その罪人だって主張されたら、いったいどうなさいます?」
「十二歳の女の子が、誰と不義密通するって言うんだい。十二歳相手じゃあ、男の方が石投げの罰だよ。確かにシューヨーゲンは周りが認めない男女の仲には厳しいけれどねぇ」

 不義密通した男女は、男が手鎖をされて引きまわし、女は髪を短く刈られてさらし者と、そういう刑罰がシューヨーゲンにはある。この辺りは各領主の裁量範囲で、アリョーシャがどうこう言うことではない。
 問題は、そういう刑罰があることに乗じて、罪もない領民の髪を切って回っていることだが、責めればタラスは罪に見合った処罰をしたのだと言い抜けようとするだろう。開拓者や行商人の証言だけでは、タラスが領民を脅して違う証言をさせた時に弱い。
 唯一、内部からの告発と言えるものはある。歌劇団が配りそびれたが、数枚放置してきた紙に、前領主の家臣でタラスに身分を取り上げられた老人が書いて寄越した、領内の状況を記したものだ。髪を切られた女の子はこの人物の孫で、孫可愛さに黙っていられず、その紙をザウルがつれているもふらさまの雷の首輪に結んできたのだ。堂々と渡したら、それこそザウルまで捕まってしまうので、そんな方法になったのだろう。
 それによると、領民がタラスの横暴に抵抗できないのは重税を課される他に、部下の一人が抵抗する住民の畑に毒を撒き散らして作物を枯らしたり、家畜を弱らせたりしたためだという。いつ人間にその毒を使うかと思えば、小さくなってしまうのも仕方ないだろう。

「当人が元気なら、いっそ町から抜け出してもらって、こっそりここまで連れてきたんですけど‥‥去年、足を折ってからは家の周りを歩くのがやっとでしてね。雷に乗せてきたら、あっという間に捕まっちまうし」
「あのご老人なら主も知っている。ちょっと頑固だが、悪いことは出来ない御仁だろう。息子も肝が据わっているから、うまく説得すれば証言してくれるかな」
「秘密裏に傭兵でもやって、担いで抜け出させますか?」
「そんな危険なことはしないよ。迎えの馬車に、頼りになる綺麗どころ達をつけようじゃないか」

 シューヨーゲンのように閉鎖的で、領民の移動の自由を認めていないところから領民を連れ出したら、誘拐犯扱いだ。もちろん抜け出そうとした領民の方も厳しい処罰を受けるだろう。そうして、馬車でシューヨーゲンに入ることは、困難である。
 だが、帝国歌劇団は歌劇の上演許可をもぎ取ってきており、祭りのない今の時期でもシューヨーゲンに馬車で入れる、数少ない特権持ちだ。
 気骨があるが、移動はままならない老人を迎えに行ってもらうのに最適だろう。


 そんな相談は相変わらず盗み聞き防止で、畑のど真ん中で行われていたのだが、その周辺ではアリョーシャのもふらさまのこれまた名前アリョーシャと、ザウスの雷とが、何が理由か分からないののしりあいを繰り広げつつ、走り回っていたのだった。

『ライのばかばかばかばかばかもふ!』
『てやんでえ、このとんちき!』

「いつも元気だねえ」
「五月蝿いの間違いでしょ」

 方針が決まった人間達は、そんなもふらさまを放置して、開拓者ギルドに出す依頼の詳細を相談している。


■参加者一覧
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
花焔(ia5344
25歳・女・シ
スワンレイク(ia5416
24歳・女・弓
雲母(ia6295
20歳・女・陰
ヘスティア・V・D(ib0161
21歳・女・騎
リスティア・サヴィン(ib0242
22歳・女・吟
アイリス・M・エゴロフ(ib0247
20歳・女・吟
フィーナ・ウェンカー(ib0389
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
月影 照(ib3253
16歳・女・シ


■リプレイ本文

 客が誰かで歌劇の質を上下させては二流。
 スワンレイク(ia5416)のもっともな主張に、タラス達の気を引かねば目的が達成できないという事情が加味されて、歌劇の内容は随分と吟味された。今回は本職吟遊詩人のリスティア・バルテス(ib0242)が加わったので、要所の歌は各自で、演奏と場繋ぎの歌はリスティアに担ってもらう形式で、人形が持ち主の愛に応えて夜の間だけ動き出す‥‥といった内容になった。歌に合わせて動く者が変わり、その間は他の者は人形よろしくじっとしている。
 演目の名前は『人形姫』。
 姫と付けるからには、もちろんそれにふさわしい衣装と道具立てが必要だ。更に簡単に設置が出来て、歌劇の最中には出来るだけ動かさずに済むもの。なにしろ裏方として控えるはずのフィーナ・ウェンカー(ib0389)、雲母坂 芽依華(ia0879)、月影 照(ib3253)、雲母(ia6295)の四人は、告発を寄せた老人を説得して連れ出す手筈を整えるために、歌劇の最中にはいなくなってしまうからだ。
 もちろん、歌劇そのものに見入ってもらうのが最低条件だから、シューヨーゲンに入る前に花焔(ia5344)は自分を含めた髪の短い団員のために髪飾りを吟味し、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)とイリス(ib0247)は化粧で肌に人形らしい硬質な色を作るのに苦心している。アレーナ・オレアリス(ib0405)は舞台で使い、老人を連れ出す際にも使えるようにと、布と綿を箱詰めしていた。髪飾りと足りない衣装は、依頼人のミエイ領主・アリョーシャから借りている。
 流石にヘスティアやフィーナが望んだような二重の蓋までは用意してもらえなかったが、理由は、
「中で窒息したら困るだろう」
「あー、これに横になるとまさにかん‥‥っとと」
 衣装櫃だから外の装飾も綺麗なものだが、照が考えたことは全員が察した。中で窒息されたら、確かにそのまま棺桶だ。
 証言できる状態でつれてこいと送り出されたのは、アリョーシャも少し不安になったからだろうか。

 シューヨーゲンの町では、相変わらず関所の確認が待っていた。
「此度は歌劇ですの」
 つい先日立ち寄ったばかりなので、役人も彼女達の顔はよく覚えていた。花焔の愛想笑いを不審がる様子もなく、前回より簡単に通してくれる。前回いなかったリスティアは名前や加入の経緯など尋ねられたが、楽器を抱えて歌と演奏の担当だと説明すればよい。
 予想よりあっさりと町に入った一行は、役人に指示された通りにタラスの屋敷に向かった。公演許可があっても舞台設営の前に挨拶するのが筋でもあるからいいのだが、
「初公演の上に、初舞台を踏む者もいますので、出来るだけたくさんの方に見ていただきたいのですけれど」
「麦刈りの前に、町の景気付けになると思うし」
 彼女達の姿を見て嬉々として出てきたタラスの側近に、イリスとリスティアが領民相手にも宣伝をと願ったのだが、前回同様に『祭りの時期以外必要ない』と頷いて貰えない。
 相変わらず最低と一行は腹の中で思っているわけだが、ここで押しても相手の態度が頑なになるだけだろう。
「キララ、お花を買いに行きたいな〜」
「花なしでの公演なんて、魅力も半減どすからなあ」
 今回は件の老人を連れ出すのが優先、領民への歌劇の披露は二の次として、雲母と芽依華がとにかく町の中を出歩く許可はもぎ取った。全員で出るとまた目立つし、役人もぞろぞろついてきてしまうので、この二人にフィーナと照が加わって、四人で雑多な買い物と銘打って出掛けることにする。
 先に貰った地図で確かめておいたところ、老人の家は前回花を沢山譲ってもらった民家の近くだった。領主屋敷からの最短経路を確かめると共に、相手の顔も見ておきたいと、四人は手分けして役人の引きつけと老人への接触を試みた。
「ええい、おまえは鬱陶しい!」
 四人で一緒に行動すると言ったので、付いてきた役人は一人だけ。その一人に、雲母がひたすらに同じ話を繰り返している。相手が苛立つと、今度は芽依華が取り成す振りで、途中で買い込んだ干し果物など勧め始める。
「姉さん達は、さぼるのが上手ですよ」
 照は聞こえよがしに文句を言うが、もちろん本気ではない。いかにも買い物に扱き使われていると忙しく走り回るための方便だ。
「こちらのお花を分けていただくことは出来ますか? もちろんお代は用意しておりますので」
 フィーナが声を掛けたのは、件の老人の家だった。庭になかなか見事な花が咲いていたので、一本分けてくれと言うのにちょうどよい。応対に出てきたのが件の老人だろうと見て取った雲母と芽依華が、隣の家にも行くのだと役人の腕を両側から取って騒いでいる。照は庭を覗く振りで、家の中を窺っていた。
「次の祭りに孫に服を新調したいから、綺麗な布と交換しておくれ」
 役人は長々と立ち話を始めそうな老人に、流石に注目しているが、両側からあれこれ言われては話の内容を聞き取るのは難しかろう。フィーナが代金を品物で渡すと断ったので、頷いている。単に話を聴き取ったという意思表示でも、頷いたから物納だと言い張るくらいは、四人共に考えていた。
 結構な本数の花を切ってもらい、老人には布を渡すのについてきてもらう。話してみれば、照を神威人と呼ぶなど、只者ではないのは察せられた。
 これなら先んじて動いても安心と、一番役人に警戒されていない雲母が代金代わりの布を渡す時に、間にアリョーシャからの手紙を挟んで示したところ、老人は封蝋だけで差出人を理解したのだろう。こんなにいい物がもらえるなら、またいつでも寄ってくれと丁寧に挨拶をして、帰って行った。

 屋敷の大広間をほぼ全部舞台にして、タラスはじめ観客は扉から遠い一角に隔離した配置は、誰が言い出したわけではない。外での設営が出来なかったので、舞台の袖が作れず、扉をそのまま利用するのに皆で乗じたのだ。
 買い物の四人が出掛けている間に、広間の飾り付けをしていた六人は、屋敷内での宣伝と根回しにも奔走していた。タラスと同趣味の配下は全員客席にいてくれないと困るし、下働きの使用人達に抜け出すところを見付かって騒がれることも避けなくてはならない。配下にはぜひ観てくれと笑顔を振りまき、リスティアの呪歌で後押しも加え、使用人達にはそれとなく宴会のある夜の様子を尋ねておく。
 その過程でまた不愉快なものを見せられたり、聞かされたりしたのだが、ここはじっと我慢だ。初めて人形を見せられた者達は、自分達だけの時は大変な怒気を纏っていたりもしたが、人前ではきちんと覆い隠している。
 練習も済んで、照明を芽依華と雲母、フィーナが点けて回っている間に、照がタラスとその一党を仮初の笑顔で先導してやってきた。

 リスティアのラフォーリュートが微かに鳴り始める。
 部屋の壁から幾重にも垂らされた布が揺れ動き、時折めくれてあがると人形と化した舞姫達の立ち姿が晒される。最も、よく見る前に、それらはまだ覆い隠されてしまうのだが。
 六対の人形が順繰りに示されると、曲調が変わる。一時華やかな調べが、すぐに重苦しいものへと。
 そこにリスティアの語りが重なる。
「人の世ならぬある屋敷に、人形達をこよなく愛するご主人様がおりました」
 その主は人のよく似た人形を日々愛でていたのだが、ある時病を得る。灯りが少し覆われ暗くなり、リスティアの声もすすり泣くように変わって、もう一度現われた五人の舞姫の姿もどこか寂しそうに見えた。
「それは、ある月の明るい夜のことでした」
 すっかりと暗く沈んでしまった屋敷の中、月の光を模した灯りが舞姫達を照らしていく。
 カツン、カツンと硬い音がどこからか響く。数名が首を巡らせると、少しずつ人形が動き出した。主の病を悲しんだ人形達が、受けた愛情の幾らかでも返そうと舞い始める予兆だ。
「大切な方のため、わたくしの舞が少しでも力になりますように」
 白地に銀の糸が織り込まれた衣装に身を包んだスワンレイクが、力なく一歩ずつ前に出てくる。今にも倒れるのではと思わせた動きが途中で滑らかになり、一転軽やかな曲に合わせて大きく跳躍した。
 視線は一点に定めず、どこか遠くを見る、昔を懐かしむような微笑を浮かべて、部屋の中を躍動的に動き回る。踊りと言うなら、前に相手がいるような、二人で踊る動きに似て、主と二人の時を思い起こしているような‥‥そんな歌が迸った。わざと白に薄く紫を加えた不思議な色に塗られた唇から零れた歌声は、その人ならぬ雰囲気を強めている。
「我を陽の国の金の姫と名付けてくれたお方が‥‥」
 スワンレイクが部屋を一巡り、更にタラスの前に戻って一節歌い終えて下がると、次に動いたのはやはり白いドレスに、こちらは自分の髪で金色を散らしたアレーナだった。部屋の中央まで滑らかに移動したはずが、またそこで止まってしまい、主の病気を嘆いている。
 嘆きを振り切ったのは、続きを急かしたくなったのだろう、タラスが手を叩いたからだ。予定ならもう少し嘆いて時間を稼ぐはずだったが、アレーナもリスティアもこの機会を逃さなかった。
 演奏が激しくはないが情感が籠もった曲調に変わって、アレーナが病魔に去れと訴えかける。絶妙の間に、見ていた者達から感嘆の溜息が漏れた。
 病魔が去ったのか知らされない舞の後には、しばらく誰も動かなかった。皆が次は残りの三人のいずれかと忙しく視線を巡らせる中、タラスの視線を受けて笑んだのは黒の花嫁衣裳という珍しい出で立ちのヘスティア。
 同時に、こちらは純白の花嫁衣裳のイリスが、明朗な歌詞はない音だけの歌を歌い出す。ヘスティアも同様に、どちらも表情を無感動に保ったまま、それでもぴったりと息のあった対の動きを披露し始めた。台詞はない、演奏も要所だけ、旋律をなぞるだけの歌も時に消えるのに、動きだけは滑らかで停滞がない。
 しかも、二人で同じ動きをしながら、イリスはあくまで清楚な印象を崩さず、ヘスティアは最初の笑みも消えたのにどこか艶かしい。
 その二人の動きが不意に止まると、これまでまったく動かなかった花焔が舞い始めた。金色を華やかに配した衣装に、触れ合うと音が出る色とりどりの装身具、赤い髪とがあいまって、突然世界が変わったようだ。
「これは月の灯りの魔法。朝になったら、私達は元通り。ただの人形に戻ってしまう」
 凛とした声が上がる中、なぜだか踵の高い靴で歩いているのに足音がしない。その前に回転した時には、華やかに床を踏み鳴らしていただけにその比較は鮮やかで、現実味の薄れる出来事だった。
 これまでは情熱はこもっていたが、どこか遠くにいる相手への語りだった歌が、低く情感的に響いてくる。花焔も自分の声をよく知っていて、台詞にも歌にも熱を込めていた。
 その舞の間、四人の舞姫は後方で時折ほんの僅かに動くだけでいたのだが、やがて月の灯りを模したランタンが消えかけて、花焔の踊りも徐々に止まってきて、
「待て、まだ夜は長いだろう」
 いかにも終わりそうな様子に、とうとうタラスが声を張り上げた。
 同時に、扉から芽依華と照が薄布で顔を隠しながら飛び出してきて、油を足し、短くなった蝋燭を変えて行く。

 これが、彼女達の待っていた合図だった。いつの間にか抜け出て、老人を無事に連れ出した四人が戻ってきたという知らせ。
 最初の思惑ではもう少し時間を要すると思われていたが、先に出向いていたおかげか、予想よりよほど早い時間だった。

 リスティアの声がこれまでになく響き渡り、今にも止まってしまうそうだった花焔が足音も軽やかに跳ねた。続けて、ヘスティアとイリスが今度はにこやかに、華やかに踊りだす。その後方では、アレーナとスワンレイクが主の快癒を喜ぶ歌を添え始めた。
「望む方がいてこそ、舞う喜びがございますわ」
 イリスの一言が琴線に触れたのか、タラスは笑み崩れたが‥‥舞姫達は見ていない。あちらこちらに笑顔を振りまき、だが人形らしい硬い動き、表情を混ぜることは忘れずに、時に止まり、激しく回り、観客の手の触れそうなところに近付きつつ逃げる仕草を繰り返していた。
 手足も体にも化粧を施していたから、ヘスティアの服の裾から覗く足に目を奪われた者も、動きを止めたイリスの花嫁然とした姿に呆然とした者も、花焔のうなじに顔を赤くした者も、スワンレイクの色味の薄い笑顔を追う者も、アレーナのふわりと広がる金髪に手を伸ばして掴めずにいる者もいたが、誰一人として扉の前にいるリスティアの横を通り抜けはしなかった。
「月の魔法は夜明けまで。どうぞ、またの月夜をお待ちください」
 何度も終わろうとして、その度にまだ夜だと無理を言われつつ続けた踊りは、実際の夜明けを見て、ヘスティアが終幕を告げた。季節柄夜明けが早いとはいえ、相当の時間の後のこと。
 この時には、また人形然として立ち尽くす五人に未練たらたらのタラス達を、機嫌を損ねない程度に裏方の四人が急かして退室させる。リスティアがそれをにこやかに見送り、礼の言葉を述べていた。
「もう数日逗留してもいいのだぞ」
 これはタラスにしたら、相当好意的な申し出だったのだろうが、来た時に次の公演があるとは告げてある。ゆえに、そちらで更に磨きを掛けてからと辞退する。もちろんまたの機会に立ち寄ることは約束して。

 慌しく片付けをして、孫娘に帽子まで貰って感涙に咽ぶ老人を連れ出した衣装櫃に隠した一行は、帰路の検問で役人の一人と睨みあっていた。行きに中を確かめられなかったし、同じ役人だから大丈夫と少し安堵したのに、衣装櫃を開けろと言ってきかないのだ。
「衣装箱は女の命も同然どす。それを開けろと言うのんは、どういう理由があってのことどす」
 芽依華がとうとう声を張り上げたが、相手はきょとんとしてしまった。別に何か疑っているわけではないのはそれで分かったが、今度は開けろと粘る理由が分からない。で、改めて訊いてみると。
「うちの娘に着せるのに、白い服が欲しいんだ」
 だったら最初からそう言えと思いつつ、別の箱から白い服を出して渡す。もちろん『うちの娘』がどういう『娘』かは、気持ちが悪いので訊かない。相手は芽依華の不機嫌など、知ったことではなかったが。
 しばらく後、関所を十分離れた場所で櫃から出された老人は、ヘスティアとフィーナが持たせた果物や岩清水を抱えつつも汗びっしょりになっていたが、シューヨーゲンの実情を証言するのに問題はないと断言した。
 これでタラスが失脚したら、広く世間にも知らしめて痛い目を見せてやると勢い込んでいた照に対して、ジルベリアでそういう真似は危ないよと、懇々と言い聞かせるぐらいには元気だから心配はなかろう。
 実際に瓦版やら風刺画になるかはさておき、タラスに制裁を食らわせ、領民に歌劇を楽しんでもらいたいとは、皆に共通した思いだった。