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■オープニング本文 空は快晴、気温は適温、からりと乾いた心地よい風が吹く中で、なにやら吟じているものがいた。 『その昔、天儀は冥越の海の傍、小さな港がありました。 港は小さいけれども、あることで有名でした』 場所は広々とした丘の上。丘全体を覆う畑には、まだ背の低い香草が風に揺れている。 『海ある天儀のあらゆる国を巡る、腕利きの船長が、この港を故郷としていたのです。 船長が行かない国はなく、進めない海はないと言われておりました』 近くでは、三十代から四十代初めまでの男女が三人、なにやら話をしていた。 『事実、船長の率いる船は、あらゆる国の珍しい品物を運んで、多くの人の目を楽しませておりました。 時には、船長は昔に沈んでしまった船を見付け出し、その積荷を手に入れることもしていました。 ところがそれが、船長の運命を変えてしまったのです』 男女が吟じられる物語に耳を傾けているかは不明だが、話は朗々と続いていく。 『ある時、船長は沈んだ船から箱に入った首飾りを見付けました。 首飾りは、とても見事なもので、さぞかし高値がつくだろうと思われました。 船長はこれを冥越の、あるお金持ちの家に持ち込んだのです』 朗々と続く語りに、この時初めて、三人のうち唯一の男性から声が掛けられた。 「鳴‥‥メイ、め〜い」 けれども、呼ばれた方は足を踏み鳴らして、語りを続けている。 『この首飾りが、船長が命を狙われる原因となり、心を奪われる切っ掛けになるとは、一体誰が想像したでありましょうか!』 今度は三人の中で一番年嵩の女性が近付いてきた。 「鳴。もう十分ですよ」 そう言って、金茶色の毛並みをしたもふらさまの首筋を叩いたのだった。 だが。 『お金持ちの家には、一人の若い侍女がおりました。 この娘も元は良家のお嬢様だったのですが』 身を捩って、まだ語り続けるもふらさまの鳴(めい)だったが、 「鳴、お駄賃を取りにおいで」 こう呼ばれると、 『はぁい。ちゃんとお役に立ったもふから、一文くれるもふね?』 喜び勇んで、ミエイの領主のアリョーシャ・クッシュのもとに駆け寄ってきた。 周りに遮るものがない、つまりは隠れることも難しく、大きな音がする場所は、密談をするのに最適だ。屋内ではどこに人の耳目があるか分からないが、こういう場所ならそもそも近付いてくることが出来ない。 アリョーシャが話していたのは、領地が産する薬や薬草、化粧品等の行商を請け負っている商人達の一人、ナタリア。もう一人は、やはり領内に出入りする旅芸人一座の女座長、エヴァ。どちらもミエイのみならず、周辺地域の情勢になかなか詳しい女性達だ。 彼と彼女達が、ナタリアのもふらさま・鳴を盗み聞き避けに使って相談していたのは、ミエイ隣接の地域、シューヨーゲンについてだった。 シューヨーゲンの領主・タラスは、アリョーシャと同じ大貴族を主に仰ぐ、一応の同輩だ。 だがタラスは社交嫌いで、自分の趣味に耽溺する性質で、父親の逝去で領主の地位を引き継いで五年の間に、代々の家臣の大半を解任してしまった。代わりに自分と趣味を同じくする者達を召し抱え、領地経営を疎かにしていると漏れ聞こえてくる。 タラスの代になってから、ショーヨーゲンは余所者を滅多に入れない領地になり、主家の代官以外はアリョーシャであっても、簡単には入れない。流石にナタリアのような行商人と、祭りの季節には旅芸人などを入れるが、それとても最低限だ。 そんな数少ない領内の目撃者達が、ショーヨーゲンはおかしいとアリョーシャに知らせてきたのである。 なぜ彼へ伝えるかといえば、アリョーシャが都勤めで多忙を極める主の意向を受けて、周辺地域の治安や動向に目を光らせる役目を負っているから。もちろん知らせることで、謝礼が出たり、今後の仕事で便宜を図ってもらうことも期待できる。 先代からその役目にあるミエイでは、ジルベリアでは白眼視されることも多い吟遊詩人や魔術師の往来や滞在に寛容で、冬季には傭兵なども含めた定住地を持たない人々が住むための集落を領内に抱えている。アリョーシャは医者で、傷病者の治療や看護も受け入れて、代わりに情報の提供を受けているのだ。 ただし、今回の場合には、女性達はどちらも利益供与には興味はなかった。 「どうも、若い娘達に無体な真似を強いている様子なのよ。あそこの領民は、領主を怖がって言わないけどね」 「無体な真似って‥‥タラスは、女性に興味はない男だろう?」 「生身の女性には、ございませんねぇ。男性にも。彫刻や絵画の女性がお好きなのは、変わらないご様子でしたけれども」 「逆らうと重税を掛けるらしいことは、だいたい分かってるんだが‥‥他にも領民を迫害しているなら、速やかに手を打たないとな」 非常に珍しい趣味をしているタラスとその一党が、領内の若い娘達を迫害しているらしいと、エヴァもナタリアも非常に立腹していたのだった。 アリョーシャはもちろんその迫害の内容を正しく把握して、証拠か証人を掴み、主に報告し、命令によっては処分するところまでやらねばならない。 だが、単なる旅芸人のエヴァ一行や、もふらさま・鳴だけが同行者のナタリアに状況確認をさせるのは無理がある。そもそも彼女達は、アリョーシャの領地に出入りしているのも知られているから、 「何か別口で入り込める人達を捜さないと駄目だな」 と、なるのだが、方法はある。 「領主に就任して五年だから、そのお祝いってことで、旅芸人なら入れるわよ。‥‥見目が気に入られると、歌いも踊りもせずに、うるさく指定された姿勢でじっとするのに耐えなきゃいけないけどね」 エヴァが言うように、相手の変な趣味に多少付き合う覚悟があれば、だ。 旅芸人一座としての鑑札と興行権の手配はアリョーシャがしてくれる。 旅芸人一座となれば、名前が必要だが、 『帝国歌劇団がいいもふよ。とっても有名っぽいもふね』 鳴の意見が、仮称で通っている。 |
■参加者一覧
雲母坂 芽依華(ia0879)
19歳・女・志
花焔(ia5344)
25歳・女・シ
スワンレイク(ia5416)
24歳・女・弓
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
ヘスティア・V・D(ib0161)
21歳・女・騎
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
月影 照(ib3253)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 開拓者の女性ばかりで偽装する一座の名前は、改名の希望もなかったので、帝国歌劇団のままだった。それをまたスワンレイク(ia5416)がべた褒めするから、名付け親であるもふらさまの鳴は鼻高々だ。更にイリス(ib0247)も誉めてくれたし、アレーナ・オレアリス(ib0405)と花焔(ia5344)も異論はないと言ったので、スワンレイクと抱き合って喜んでいる。 それよりも雲母坂 芽依華(ia0879)や雲母(ia6295)、ヘスティア・ヴォルフ(ib0161)が目の色を変えたのは、先輩格エヴァからの一言だった。 「剣なら、手妻の道具や護身用に持ってる一座は多いわよ」 なにしろ吟遊詩人が一人もいないので、そのあたりのことはさっぱりの一同だが、ある程度は普段の装備が持ち込めると分かって歯噛みしたり、安堵したり。 そして、両人ともある程度は覚悟していたが、鹿角 結(ib3119)と月影 照(ib3253)の銀狐とねずみの獣人の二人は、耳や尻尾を『引っ張られる』だろうと言われてしまった。触られることは予測していたが、引っ張るって乱暴じゃないかと憮然とした二人だが、他の者も体を触られるかもと注意を促されている。 生身の女性には興味がないと聞いていたのに、どこまでも女の敵だと憤る一同に対して、アリョーシャが『何があっても、殺したら駄目』と依頼人の主張をする。依頼は内情調査だが、証拠が発見できれば最終的には処罰するのだろうと、自ら鉄槌を下しそうなフィーナ・ウェンカー(ib0389)の問い掛けには、大半の者が同意を期待したのだが。 「下手に手出しして、捕まったら君らも被害者になるよ」 現地で何かやって捕らわれたら、アリョーシャが手を打つ前に殺される可能性も無きにしも非ず。 今回は、実際に領民を虐待しているのか、しているなら何をやっているのか、それを調べることに集中すること。繰り返し念押しされたのは、この一点だった。 ミエイを出て半日後、彼女達はシューヨーゲンに到着していた。 関所ではヘスティアと花焔が役人相手に『領主の就任五周年祝いに来た』と美辞麗句を撒き散らして説明したが、聞いていた通りに細かい確認を受けた。予想はしていたから、武器の類は芸事で使うと言い抜けられる数に絞ってあったし、馬車には急ごしらえだが帝国歌劇団と大書した看板に、綺麗な布地をたくさん垂らして、見た目を整えてある。足りないのは歌劇の小道具くらいだが、 「いずれこちらで、大きな公演をやってみたいと思っておりますの」 「まずはご許可をいただけるよう、お願いにあがった次第です」 花焔とヘスティアが、『今回は顔見せで』と畳み掛けている。他の八人も、照が仮初で表情を固定しているのをはじめ、愛想よく振る舞っている。一番は、依頼人の前でも偉そうだった雲母で、 「キララ、難しいことわかんなーい」 公演内容を役人の一人に尋ねられて、こう返していた。その瞬間、聞いてしまった仲間の愛想笑いが凍りついたけれど。 ここで全員が実感したのが、役人達が彼女達を『人間扱いしていない』ということ。自分より下と見下げるのは予測の範囲だが、ここの役人達は違う。人間というよりは鑑賞物で、無遠慮にぺたぺた触るかと思えば、女性らしい柔らかさが気持ち悪いと平然と言い放つのだ。結や照の耳と尻尾も同じで、作り物でないのが残念だとか真顔で言われると‥‥ 「鳴ちゃんのため、鳴ちゃんのため」 スワンレイクが落ち着くための呪文を唱えているが、こちらも相手が同じ人間に見えなくなってくる。関所を通り過ぎた途端に、芽依華やフィーナが触られた肩を埃でも払うように叩いたのも、誰も不思議に思わなかった。 けれど、それも結が馬車の手綱を取っていたイリスに、道の様子を尋ねたところまで。 「轍が多くて。揺れてしまって、申し訳ありませんわ」 「ちゃんと整備されてないということですよね? こういう道の整備は、誰が請け負うものでしょう?」 先程数軒の集落も見かけたが、いずれも粗末なものだった。少し離れた畑で働く人の姿も見えるが、彼女達を見ても顔を逸らしてしまう。 「道の整備は、賦役か報酬が出るか領地によって違いますが、住民がやるところが多いのですが‥‥」 少しばかり困惑を滲ませているのは、アレーナの返答。道が整備されていないと、住民の移動や生活物資の輸送も滞る。いかに日々の生活が忙しかろうと、ここまで馬車が揺れるほどに放置しておくとは考えにくいのだが、実際に道は荒れている。 「こういうことこそ記録ですよ、明朗にね」 照がせっせと筆を動かそうとしているが、揺れるものだから紙がくしゃしくゃになっている。後で書き直しが必要だろう。とりあえずの覚え書きは、なんとか済ませたようだ。 「色々ないがしろにしてはるようですなぁ」 「‥‥クク、生まれてきたことを後悔させてあげますわ」 芽依華が揺れに難儀して不平の声を上げたが、フィーナの方は地を這うような声色だ。あまりに揺れるので、気分が悪くなってきたらしい。 幸い、フィーナが倒れたりする前に、馬車は領主タラスがいる町に到着したのだった。 もちろんここでも、また不愉快なやり取りがあったのだが、三日の滞在許可と領主屋敷での興行許可は得られた。街中での興行は、 「必要ない?」 異口同音で半数以上に問われたのに、役人は当然のように。 「祭り以外に必要ない」 これだけで、タラスを領主不適格だとしてもいいはずだと、そう考えた者がほとんどである。 それは、忍耐力の持ち合わせ量を問われる試験のようだった。 「いっそ人形にしたいねー」 試験真っ只中なのは、まずアレーナである。やるべきことは、椅子に座って、動かず、笑顔を振りまきながら、タラスの意味不明な繰言を聞く。 たまたま当人が、他の者が動きやすいように領主や役人の目を引きつけるべく話し相手など根気よく努めると覚悟を決めていたが、そうでなければとっくに堪忍袋の緒が切れる状況だ。 「この髪の毛が欲しいなー」 ぐいと引っ張られて、流石に笑顔は保てずにしばし表情は消えたが、アレーナは心の中で『後で思い切り洗おう』と決心していた。同じ部屋の端には、出掛けなかったヘスティアと芽依華がいるのだが、やはり役人達に髪を引っ張られて、怒りを抑えるのに苦労しているところだ。 だいたい三人を旅芸人風情と適当な呼び方をするのなら貴族にありがちな行動だが、金色と赤と黒とは髪の色での区別だ。しかも呼び掛けではなく、自分達でどれがいいとかそんな話題にうつつを抜かしている。 生身の女性に興味がないのは事実のようで、確かに貞操の危険だけは感じない。背筋が寒くなるような不気味さは、目の前の人間を物のように振る舞う態度に対してだろう。 だが、ヘスティアは、屋敷の使用人には若い男女もいたのを到着時に確かめていたが、この室内にはまったく出て来ないのを見て取っていた。これは三人共に訝しく思ったのだが、更に女性は老若と屋内外を問わずに目深に被り物をしている。屋外ならこの季節、日差し除けだと納得出来るが、室内ではお洒落とも思えない。 そんなことを考えつつ、自分達の世界に浸りきっている男どもの謎会話にも神経を尖らせていた三人だが、もう一人新しい男が加わって、芽依華の髪を今までにない力で引っ張ったので、流石に腰を浮かせかけた。そのままいけば、誰か殴り倒しそうだったが、 「幾ら?」 「‥‥いややわぁ。巫女舞には髪も決まりがありますよって、売れんのどす」 なんとか堪えた芽依華は、見るからに髪の毛の乏しい男からの『髪を売れ』との発言を、座ったまま下から見上げる流し目で受け流したが、続けて今度は胸を押さえられて言葉を失った。 「明るいうちから、積極的なお方ですねえ」 ヘスティアが咄嗟に摘んで離したが、今度はそれで目の色がどうとかと観察対象にされ、とうとう拳を握った。そりゃ握りたくもなるとアレーナも芽依華も納得なのだが、ここで暴力沙汰に及ぶ訳にはいかない。もちろんヘスティアも耐えたが、アレーナがせっかくなので踊りや音楽でもと話を振り、芽依華も巫女の舞はいかがとそれに乗じて‥‥ 「では、いつでもお呼びくださいませ」 アレーナがタラスに礼を取ったが、『晩餐の時でいいよ』と提案はすげなく却下されたのだった。 住民相手に芸の披露が出来ないとなると、本格的な芸が出来ないのを見咎められる心配はないが、外に出るのにいちいち理由が要る。仕方がないので、芸に必要な生花などの仕入れと主張したのがスワンレイクと花焔、帰路の食品買出しがイリスとフィーナ、雲母と結と照は、 「じっとしてると気が滅入っちゃう〜」 「せ、宣伝しないと、お姉さん達が怒るんですぅ」 「あー、何か珍しいものとか見たいなっ」 かなり無茶な主張を繰り返して、『うるさいからその辺りを一巡りさせて来い』と買出し組ともども、タラスの側近から下っ端役人に託されて、それぞれに出歩いていた。 もふらの着ぐるみ姿のスワンレイクと、多少華やかだがジルベリア風の一般的な服装の花焔の二人連れは、当然のごとくに誰と会っても不思議そうな目で見られたが、近付いてくる人はいない。スワンレイクが見たところ、街中に武装した兵士がいるわけでもなく、見張りの役人も一人で周りを威圧するほどの迫力もないのだが、住人達はまず役人の目に留まらないようにわざと忙しく振る舞っている感じだ。 「お花を分けてもらえるかしら?」 「あ、かわいい猫ですねぇ」 更に花焔も適当に大きな通りから家がある方に回って、庭に咲いている花を数本譲りうけることをわざとやっていたが、どこの家でも女性が揃って被り物をして、役人を見るとそそくさと姿を消してしまう。自然と男性相手に花の話になって、出来れば女性相手に色々聞きたいと言ってみたものの、いかにも迷惑そうだ。そう明言しないのは、やる気なくついて来る役人の目を気にしているのは明らかで。何かで領民を怯えさせているのは嫌でも分かったが、具体的な原因はどうにも掴めずに、花ばかりが集まってしまった。 確たる理由もなく、なんとか外に出た雲母、結、照の三人は、話し相手になる領民がいないことで、早くも手詰まり感を覚えていた。当初から見張りがつくことは連絡されていたが、それでも芸人が来れば見物客くらいは寄ってくるだろうと思っていたのが、『領民を楽しませる必要などない』ときたものだ。雲母など、事前情報が不足していると自分達だけの時はぶつくさ言っていたが、内部の状況がわからないからこその潜入調査だ。隙あらば話しかけようと、無邪気を装ってふらふらと歩き回っている。 また仮初で笑顔を張り付かせた照は、まずは役人相手に地元の特産などから聞きだして、昨今の状況でも掴めればと話し掛けるが、まったく反応が芳しくない。神威人を人扱いしていないのかと思えば、単にやる気がないようだ。見張っている三人の外見が気に入らないと、ぶつぶつ言うあたり、部下の躾が悪いと照の心の覚え書き帳に記される。後で清書されるだろう。 領民に対しては、鞠やお手玉をしながら歩いている結が、子供相手に手を振ったりしていたが、好奇心旺盛な子供ですら近付いてこない。若い女性や年長の女の子の姿がないのと、女性が被り物をしているのは誰もが気付いた点だが、とにかく会話の糸口が見付からないのだ。天儀の歌を書いた紙や見たい出し物を書く紙を渡して、あわよくばなんらかの手掛かりになる返信を受け取ろうと狙っていたのも、近くに寄れないのでは手渡しの機会がない。うろうろしていた雲母とぶつかって地面に撒き散らしたのを、数枚そのまま放置してきたのみだ。 結局、近くを一巡りして、畑では老若男女問わずに働いているが、女性は役人が来ると遠ざかること。加えて、周辺の道の整備からあらゆる家の手入れがいい加減なままに放置されつつ、領主屋敷の裏庭には立派な木材が大量に保管されていることを確認して、三人は他の者のところに合流した。 イリスとフィーナは、実はそれより前に領主屋敷に戻っていた。彼女達に付き添った役人はてきぱきとことを進めたい性格で、食料の買出しが出来る場所まで案内し、しっかりと見張っているのだ。案内された先では、いかにも招かれざる客が来たといった様子。 フィーナはもう少しあちこち見て回り、役人に対する領民の態度を観察したかったが、そういう余地はない。地元の歌も宴席に添えたいと、話を聞く事を願ってもみたが、ジルベリア人なら国内の歌は色々知っているだろうともっともな指摘をされた。 どうにもとっつきどころがない相手だったが、イリスが領主の趣味を誉めた辺りで少し風向きが変化した。領主屋敷の玄関を見ただけで、歌劇団全員、あまりのいかがわしさにげんなりしていたのだが、役人にとってはそれが自慢の種だったらしい。 二人がめまいするほどに、気色が悪い、淫靡と退廃と偏執的な美とやらを語り続けた役人は、これが分からない奴には毒を飲ませてやると断言した。毒と明言してはいないが、誰でも知っている毒草の名前を挙げる辺りが、美的感覚同様に異常。こういう輩が役人では、領民は顔色を伺うかもしれないとかろうじて愛想笑いを保っていたイリスと、とっくに無表情になっていたフィーナはどちらも納得したのだが‥‥ 「おまえ達は見所がありそうだから、いいものを見せてやる」 見所もなくていいし、見せてもらうものをいいものだとは思わないと腹の底では考えていた二人だが、今回の依頼の目的はまだ憶えていた。普段公開していないものを見せてくれるというなら、それは確かめておかねばなるまい。 そうして。 「この人形‥‥確かに人に見紛う素晴らしい出来ですけれども」 「‥‥こんなに綺麗な髪を、大量に手に入れるのは大変なのでは?」 特別にと見せられた、屋敷の一室にしまわれた等身大の美女を象った人形の群れを見せられた二人は、その出来の良さを印象付ける人毛の埋め込みの技術よりも、それが何十体もあることに肝を冷やした。生活に困って髪を売る女性は時折いるが‥‥ 「若い女だけ選んだから、艶がいいだろう」 タラスと一党が『若い娘に無体な真似を強いている』の噂の原因はこれかと、そう知った。女性達が頭を覆って、役人の目に留まらないようにするはずだ。 残る日数を、求められない限りはタラスや役人の相手もせず、それでもアレーナの尽力で次の来訪時には歌劇を上演してもよいとの許可だけはもぎ取った歌劇団十名は、速やかに、それは驚くような速度でアリョーシャに報告に向かったのだった。 その剣幕には驚かなかったアリョーシャも、報告内容にはしばし言葉がなく、証拠固めでもう一押しする際の協力をよろしくと言葉にしたのは、随分と時間が経ってからになった。 |