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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 頭の芯がぼうぅっとする‥‥ 多分、室内だと思った。 甘い香の匂いがする‥‥ 暗い室内で誰かが私の耳を弄っている‥‥ 部屋の中をみようとしても上手く見えない‥‥ ああ、あの花は‥‥ 沙桐が追っていた松籟という陰陽師を捕縛する事に成功した。 彼は全面降伏といった様子であるが、黙秘を続けている。護送の最中、泉が松籟を見つけ声をかけようとするも、泉は声をかけることが出来なかった。 何故気づかなかったのだろうか。 自分と同じ目をしていたのに‥‥ 松籟捕縛に関して、開拓者達に報奨金が臨時に払われることになった。 朱枇の捕縛も天蓋の者達の手において恙無く終了した。 話を聞けば、やはり、杷花は夫との血の繋がりはなく、開拓者達が聞きつけていた白緑の賊との子供だったという。 朱枇は家も資産も夫の家に奪われ、失意に打ちひしがれた両親は心中をし、命を絶ってしまった。 夫の家は朱枇に情けをかけて工房に働くようにと引き取られる事になり、自分の使用人一家も郷里に戻って繚咲を離れ、更に朱枇は孤独となっていった。 だが、使用人一家の子供だけは繚咲を離れても何かと貌佳に戻り、朱枇と会っていたようだった。いつしか、逢瀬となっていた。 子供には志体があり、開拓者となっていた。いつか、朱枇を工房から引き取れるように稼ぐために。 朱枇も待っていたが、朱枇はそれだけでは済まなかった。どうしても工房に復讐したいと思っており、工房の息子を口説き落として夫婦になった。 妻となった後も、朱枇はその子供と会っており、そして、子供‥‥杷花を授かった。 杷花の父親となった男は開拓者をやめ、賊となっていた。 転がり込んできた沙桐の嫁取り話に朱枇は食いつく。いつかは自分も参加するはずだったのだ。 自分の娘を鷹来家の嫁にしたいと‥‥ そうして、この計画が動き出された。 最後に沙桐が尋ねたのは杷花の花の痣と杷花の父親が鷹来家ゆかりの者かというもの。 「生まれつきじゃないよ。何時からそんなものが? あと、そもそもあいつの家系は繚咲とは何等関わり合いがないよ」 念のため、当人にも尋ねたが、全く違うと答えた。 「百響の食事として見られたのかな‥‥半分は混ざりものだ‥‥」 一人呟く沙桐だが、はっとなって彼は架蓮を呼びつけた。 彼が言いつけたのは一華に百合文様の痣がないか架蓮に確認をしたら、あった。 一華は以前、鷹来家の嫁入り候補の一人として繚咲の有力者の養女となったが、松籟に目をつけられ、百響の食料にと監禁生活をされていた経緯があった。 彼女の兄、秋明を松籟が入っている収容所に連れ、からくり扉の隙間から秋明に首実検をさせる。 「間違いありません。彼です」 秋明は妹の一華を人質に取られ、理穴にいる麻貴の養父を狙うように言われていたのだ。 首実検を終え、兎アヤカシを見たかどうかの確認をとったが、誰の目にも留まっていないようだった。 翌日、朱枇の娘である杷花が母親に会わせて欲しいと単身、高砂の収容所に現れた。 目を引いたのは百合の花を模した簪で、地味目の小袖とは合わない印象を持った。 何も知らないだろう娘の懇願に沙桐は仕方ないと頷く。 「あ、ちょっと。ごみがついてるよ」 とってあげるよと言い、沙桐が杷花の耳元を覗くと確かに百合文様の痣があった。黒子のように膨れている。 「とれたよ」 微笑む沙桐に杷花は一礼をし、役人に案内された。 「架蓮」 沙桐が杷花の背を見つつ、呟いた。 面会は牢の中で行われ、杷花が「かあさん‥‥」と悲痛そうに呼ぶが、朱枇は自身の罪の後ろめたさからか、杷花を見ようとしない。 「かあさん、駄目ですよ‥‥私を鷹来の嫁にしては‥‥」 杷花の声に朱枇はじろりと娘を見る。 「あたしのやる事に口出しするな」 「私は、混ざり物です」 弱々しい言葉から一転し、杷花の口調が厳しくなる。 「混ざり物は、繚咲にいてはならぬ」 「わ‥‥か‥‥?」 娘の強い口調をはじめて聞いたのか、朱枇が娘の異変に気づく。娘はこんな声だったのだろうか。 こんな覇気を纏った声を出しただろうか。 「繚咲には混ざり物などいらぬ! 貴様のような心根の者は絶えればよい!」 杷花が自分の髪を纏めていた簪を引き抜き、しっかり握り締める。咄嗟に朱枇が逃げようとするが、杷花はすかさず母の首を掴む。指が爪が首に食い込む。非力な少女にこんな力があるのか‥‥ 「か‥‥っ ‥‥!!」 声にならない悲鳴を上げる朱枇に一切の情けを掛けようとせず、思いっきり杷花が腕を振り上げ、簪で朱枇の首を突き刺そうとする。 「いけません!」 架蓮が割って入り、杷花の腕を掴むが、志体を持つ架蓮の力を押し返し、尚も母を殺そうと朱枇を睨み付けていた。 「いらぬ‥‥死ね‥‥! 繚咲の血を汚す物は全て死ねばよい!」 騒ぎに気づいて駆けつけた役人と沙桐、架蓮の三人がかりで杷花を牢から出そうとしたが、三人を跳ね除けた際に腕を折ったのか、振り回した腕の方向がおかしかった。 ものすごい勢いで母親に獣のように噛み付き、目玉を刺した。すると、満足したように杷花は微笑んでその場で気を失った。 「くそっ! 誰か、誰か!!!」 沙桐の声が空しく響いた。 薄闇の中、百響がくつりと口元を笑みへ模る。 膝の上からの視線に気づいた百響はそっと撫でた。いつくしむように。 「掃除が終わり、よい気分だ」 そうかと、視線がなくなった。 「天香」 「あいさー」 ぴょこんと、天香と呼ばれた兎のアヤカシがどこかへ消えていった。 食事の時間だから。 その為には食料が必要だ。 百合文様の痣、刺青を持つ者は全てごちそう。 杷花の様子に気づいた沙桐は即座にギルドへ飛脚を飛ばす。 見立てたところ、杷花に瘴気感染の可能性がある。 ギルドへ連れて行かなくてはならない。 「架蓮、お前は残って精鋭をここに固まらせろ! 蓮誠を連れて行く!」 「松籟の尋問は?」 「理穴の方に引き渡す方が先。下手したら国交問題にもつながるかもしれない。罪状を見れば向こうに渡すのが筋だ。あいつは杉明様‥‥理穴国の重要人物を殺そうとしてたんだ」 沙桐が決断を下せば、架蓮が頷いた。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
白雪 沙羅(ic0498)
12歳・女・陰 |
■リプレイ本文 開拓者が到着した途端、天蓋の諜報部隊の長である架蓮が彼らを案内する。 「後ほど、沙桐様が参ります。まずはお休みくださいませ」 手短に架蓮が言うと、御樹青嵐(ia1669)が声をかけた。 「沙桐さんに松籟の面会の許可を貰えないか伝えてもらえませんか?」 青嵐の申し出に架蓮は「かしこまりました」とだけ言い、その場を辞した。 しばし、休憩もしくは眠っている者もいたが、出来る限り足音を消して沙桐が現れた。 「松籟の件だけど、手短に。二人は馬で後から来てもらうよ」 「え」 沙桐の言葉に反応したのは輝血(ia5431)。起きている者達の視線が輝血に向けられる。 「どうかしたの?」 沙桐の言葉に輝血が「別に‥‥」と珍しく新緑の瞳から目を逸らす。 架蓮に案内された青嵐と輝血は地下牢へと入る。 「警戒してるね」 ぽつりと、輝血が呟くと架蓮は「はい」と答えた。 「松籟は百響にとってどういう存在かはわかりません。ですが、兎のアヤカシは松籟を当てにしていたと沙桐様から伺ってます。奴らが松籟を取り返しに来る可能性があります」 アヤカシにとって人間は食事だが、高知能のアヤカシは人間を駒としている者も存在確認がされたので、百響達が高知能である可能性は高い。 奥深くにいると思いきや、松籟は案外適当な牢に放り投げられていた。 青嵐の声掛けに松籟が反応した。いつもは輝血に視線を向けいるのだが、今回は青嵐を見ている。輝血は青嵐の後ろに立っていた。我関せずといったように。 「目的はなんですか」 松籟は答えなかった。他にも百響について尋ねたが、何も答えようとしなかった。 時間もないので、切り上げようとした時だった。 「鬼灯の君は何も尋ねないのですか」 一切、輝血の方を見なかった松籟が輝血に声をかけた。 「話す事なんてない」 それだけ輝血が言い切ったが、たった一瞬、輝血が青嵐の背中を見て彼の様子を伺った事を松籟はとても満足そうに頷く。青嵐はとても不機嫌だっらから。 「最後に一つ」 青嵐が松籟を睨みつける。 「輝血さんは渡しません」 置き台詞にと青嵐がそう宣言すると、松籟がくつりと笑う。 「何か」 癇に障ったのか青嵐が振り向けば、彼は愉しそうな笑みを浮かべている。 「何か勘違いをしているようで」 松籟の言葉に三人が反応する。 「鬼灯の君を私のものにするつもりなど、もとよりありません」 きっぱりと言う松籟に青嵐は顔を顰めると、居た堪れないような様子を輝血は見せた。 「大切ですか、彼が」 輝血は答えなかった。 先に向かった開拓者は杷花の様子を見ながらの出発だ。 骨が折れていると聞いていたが、結構なかすり傷も見られたので、幌付馬車上で白雪沙羅(ic0498)と白野威雪(ia0736)が手分けして治療に当たる。 「骨折の手当がされててよかったですね」 「ええ」 二人の気がかりは杷花の様子だ。今は放心していた。架蓮より現時点までは暴れた様子はなく、糸が切れた人形のようだという。 心理操作は護衛の心を無意識に疲れさせてしまう。リィムナ・ピサレット(ib5201)と珠々(ia5322)の手配で馬車に上がる時は武器を外すようにしている。 騎手の蓮誠は今回剣を差してなく、苦無を隠し持っている。 「問題は山越えかな‥‥」 馬車から降りている組は繚咲の地図を見ながらアヤカシが現れるだろう一番警戒すべき地点を確認している。 「黙って見逃す事はなさそうだね。あるとすれば、帰り際だろうね」 ふむと考える溟霆(ib0504)が沙桐を見やる。 「帰りは理穴監察方と合流し、一緒に繚咲まで行く」 「理穴でも悪さをしてたんだっけ」 リィムナが言えば沙桐は頷いた。 「理穴国でも名のある一族の当主と血筋を引く娘の命を狙った罪でね。先に向こうに引渡すんだ」 「国を跨ぐと面倒だよね」 ふぅと、リィムナがため息をつけば、沙桐が「そうだね」と笑う。 珠々が顔を見上げるとそこには貌佳と高砂の境目である山があった。 もう‥‥半年以上経っている‥‥ 「珠々君、行くよ」 同じ戦場を越えた溟霆が声をかける。 「もう、わたしません」 これから越える場所で珠々は決意を固める。 珠々の想いが聞かれたのだろうか。 「美味しそうな果実が各々実りそうだ」 自身の『耳』を通じて唇が笑みに歪まれるもそれは美しい。 「杷の花の迎えを頼むぞ」 「あいさー!」 暢気な声の奥には知性を持たない獣のうなり声が聞こえた。 焼け野原の山越えは気持ちを自然と警戒させる。 治癒を終えると、リィムナが馬車の中に入って杷花を見ている。 今、杷花は珠々の用意で布団の上に寝かされており、手ぬぐいの類のような首に安易に巻ける物は傍においていない。 杷花に死ねと植え込んでいれば出来るのだ。 自分達は彼女より瘴気を除去し、生かす為に此隅へと向かうのだ。 「来ます」 同じく馬車の中にいた珠々がリィムナに声をかける。 シノビである彼女が言うのだから、その意味は一つだ。 「東よりアヤカシの反応がありました。まだ遠いですが、じきに来ます」 馬車の傍らにいた雪が馬車の中の二人に声をかける。 杷花の様子は珠々に任せ、馬車より降りたリィムナはフルートを構えた。明瞭ではない神秘的な印象も抱く曲は一見、何も変化は見られない。 曲が終わると、リィムナは雪にもう一度アヤカシの距離を尋ねる。即座に瘴索結界で確認をする。 「先ほどより近くなっています」 「わかったよ」 飛び出したリィムナは東側の方へと身体を向ける。 一度地に足をつけ、止まると、地面が揺れている事に気づく。 その原因が何なのかは理解している。再びフルートを構えたリィムナは別の曲を奏でた。 先手必勝。 そんな想いと共に込められた曲が流れると、雪が感じた方角から方向がシノビ二人の耳に劈く。 「獣アヤカシだね」 溟霆が冷静に分析をする。 「いくら来ても倒すよ」 リィムナは先に行ってと言った。 「随分とやんちゃな笛吹きがおるものだな」 その声がリィムナに届くことはない。 「咲主様、見えてないようだよ」 ナハトミラージュの効果があるのだろう。獣アヤカシ達は迷っているようだと咲主様に伝える。 「だが、必要なかろう?」 秋風が咲主‥‥百響の綿帽子をゆっくり揺らす。 白い打掛より繊手が覗く。その指が差し締めすのは馬車だ。 「頼っておるぞ、混ざりもの。我の馳走を護るがいい」 薄く笑った百響の指の先から焔が灯され、細く糸のように焔が虚空を走り、模ったのは矢。 弓を引く動作を取り、そっと、指を離すとその矢は豪速で山を降りていく。 誰かが気づいた。 「火矢です!」 沙羅が叫ぶも矢は幌を突き破り、瞬時に火を回っている。 「逃げて下さい!」 雪が更に叫べば、沙桐と溟霆が幌を壊す。異変に気づいた馬が嘶き、前足を上げて止まってしまう。 「静まれ!」 蓮誠が宥めても意味がない。 「杷花さん!」 格子にも火が回り、珠々は奔刃術を使って杷花を抜け出そうとするも、馬が暴れててしまい、こっちにも揺れが来ているのだ。 自分一人ならいざ知らず、何を仕込まれているか分からない娘を抱えて格子から出すのは用意ではない。自害防止の処置もされているので、杷花の呼吸も薄い。 次の瞬間、幌が氷ったのを感じた。 その次を感じた者はいなかった。 馬と馬車の繋ぎ目を斬り、格子を壊し、より抜けやすくする。 「輝血さん!」 ぱっと、雪の顔が明るくなる。雪の前には輝血がいた。 「青嵐君も戻ってきたんだね」 幌を氷らせたのは青嵐の氷龍だ。彼は馬に乗っており、珠々は抱えていた杷花を馬上の青嵐に託し、自身は走る。 「後ほど落ち合おう」 蓮誠が御していた馬の片方が落ち着いてきたのか、輝血と沙羅を二人乗りにして護衛につかせる。 「リィムナちゃん、まずは体力温存だよ」 沙桐が言えば、リィムナは分かってるとだけ答えた。 車より必要な物を持ち、リィムナがもう一度『魂よ原初に還れ』を奏でたが、追ってくる様子はなかった。 無事に合流した時には繚咲を抜けた小さな村で一夜を明かす事になった。 好意で使わない小屋を使わせてもらう事になり、雪の閃癒で珠々と杷花の火傷を癒す。 「蓮誠君はゆっくり休んで。予想外の出来事になってしまったし」 荷車はアヤカシの攻撃で置いていく事になった。今休んでいる村で要らないものがあった為、買い叩いて蓮誠が修理して再び杷花をそれに乗せる予定だ。 「そうさせて頂こう」 蓮誠は平気そうではあったが、無理はさせてはいけないというのが開拓者の総意だ。 一番先の寝ずの番は溟霆とリィムナ。秋になったのでやはり冷える。 村の人達はもう眠っており、急に現れた旅人達に警戒し、眠れない者のため息も溟霆の耳には届いている。 彼らにとっては自分達という非日常が一晩だけ差し込んだ日常。 自分達が去ってもアヤカシに侵されないでほしいと溟霆は思案して目を瞬いた。 こんな甘い事を考えるのはいつからだ。 時折、本職ゆえの己の本性を見る事はある。だが、そうじゃない時も感じ、何かに後ろめたくなる気がして視線を肩越しに後ろを見やると、雪の目とぶつかった。 「休むといいよ。交代しなきゃならないし」 「ええ‥‥」 そう返しつつ、雪は起きて囲炉裏を挟んでリィムナの向かいに座る。 「眠れる薬は持ってないな‥‥」 気付け代わりの薬草はあるけど‥‥とリィムナが呟く。 「これでも少しは寝てますから」 くすっと、雪が微笑むと少し沈黙が降りた。 「百響がいたのでしょうね」 雪の言葉に彼は彼女を見やるとふふりと微笑む。彼の様子に雪は首を傾げる。 「頼もしいなって」 彼女の表情はとても凛々しく見えた。 「皆様には及びませんが、自分が出来る事をやるまでです」 「沙桐君が喜ぶよ」 溟霆の言葉に雪はそっと笑みを零した。 彼の耳には聞こえていた。遠い遠いところで構えている獣の唸り声を。 翌日より変化があった。 「すみま‥‥おみ、ず‥‥」 乾ききった声で杷花が話しかけてきた。消耗しているのか、なんだか老婆のような声だった。 警戒しつつ、介護に当たったが特に問題はなかった。 固形物は食べたくないようで、おかゆのような流動食を流し込んでいた。 「青嵐のごはんは美味しいって皆言うよ」 基本的に杷花の世話をしていたのは珠々と輝血。女性であり、丸腰でも抑えるくらいは対処ができるということでやっていた。 「橙のあいつがはいってなかったらさいこうです」 珠々の言葉に輝血が睨む。 二晩目は野営となり、珠々と沙羅の晩になっていた。二人は一枚の毛布に肩を寄せ合って暖をとっていた。 「沙羅ちゃん、兎アヤカシの絵をかいてください」 「いいですよ」 珠々は超越聴覚で様子見しつつ、沙羅は珠々のおねだりのまま、兎の絵を描いていく。何枚も何枚も。 夜更かしのご機嫌も兼ね合い、なんだか二人は楽しそうだ。 「このまま繚咲中にばらまきましょう」 そろそろ交代の頃、楽しそうな会話は一瞬だけ珠々の聴力を遮った。 気づけなかった。 草を踏みしめ、こちらに向かう音を。 珠々が気づいた時にはそこにいたのは自分が起こした風でゆれる兎耳。 「いた! ごはんとりにきた!」 噂の兎耳が二人を指差すと、兎はちらばった紙を拾う。 「ちらかしたらかたづけないと咲主様にしかられるぞ」 はっと見たのは筆舌に困る絵。 「これ、天香か!」 「そうだにゃ! おまえそっくりにゃー! このぴょん‥‥」 「だめだって!」 沙桐が慌てて出てきて沙羅の口を塞ぐ。色々と危険だ。 「天香の絵、はじめてみたぞ!」 ごそごそと沙羅の絵を懐に入れつつ天香は周囲を見やると、即座に天幕を見つける。 「わたしません」 静かに珠々が言えば、即座に天香との間合いをつめるも天香は真っ向から珠々に向かってきて腹を蹴った。蹴られた珠々は衝撃を軽減する為にそのまま後ろへ下がる。 入れ違いに出てきたのは溟霆と輝血だ。 「潰すよ」 その目は獲物を狙う蛇だ。 流れる音を聞けば、天香は目を瞬かせる。ゆらりと開拓者達の姿が夜の蜃気楼に取り込まれる。 リィムナと沙桐は走り出した。雪が結界ではアヤカシの気配は引っかからないが、輝血達の耳にかすかに届いていた。 余計なアヤカシの姿で杷花の恐怖を与えさせるにはいかないからだ。 「どこにいるか、わかるかな?」 リィムナの置き台詞に天香はふふんと笑う。 「娘、お前は母と父の道具として産まれたのだ。父は繚咲のものではない」 口を開いた天香の声は百響の声を模したような口ぶりだ。 「お前は母の両親の敵を討つための道具だ。道具は必要なくなり次第捨てられるものだ。我の下に降れ、我ならばお主を喰らい、繚咲の礎となるべく昇華させよう!」 天香の言葉が聞こえたのだろう。天幕の中の杷花が引き攣った悲鳴を上げた。雪が杷花を抱きしめるようにその声を漏らさないようにする。 「いた!」 荒い息遣いですら天香にとっては十分な標。走り出すと、氷龍が天香の動きを封じようとする。天香は自身の羽織代わりの着物を楯にして凍りつく吐息を防いだ。 溟霆の鋼線が天香の手の甲をかすり、幼女の身体が傾くが、それでも天香は突き進もうとする。前から輝血が天香を斬りつけようとするが天香がわざと間合いを詰めて肉弾戦に持ち込ませようとする。 狙ったのは輝血の足だ、脚袢の繋ぎ目を狙い、天香が隠し持っていた小刀を刺すも輝血はそれを受けてその足を振り、天香の体勢を揺らして脚袢の能力を使ってもう片方の足で天香の脳天を叩く。 「いっつー!」 溟霆がよろけた天香に鋼線で巻きつけようとし、天香の肩を切り裂いた。 「逃がさないにゃー!」 沙羅が天香に斬撃符を更に傷ついた部分を斬りつける。天香の動きが止まったのを見計らい、溟霆が天香の腕を肩から切り落とした。 「う‥‥」 天香が苦しみだすと、挟み込むようにリィムナと沙桐が現れた。 「もうおまえだけだよ」 リィムナがフルートをもう一度口に当てた。 奏でる曲はただひとつだ。 「混ざり者、むすめどもはとりもどす!」 天香がそう叫ぶと、構える沙桐の肩を踏み台にして軽やかに跳躍する。 志体がある者でも易々と出来ない跳躍。大きな鷹が豪速で飛んできて天香をつかんで行った。 夜が明けて休み休みだがギルドへ向かった。 アヤカシに狙われる事は特になく、無事に此隅へ入る。杷花は治療に入り、依頼は無事終了となった。 「確かに、預かりました」 沙羅が蓮誠に渡したのは折梅への手紙だ。沙羅はよろしくお願いしますと頭を下げた。 彼女は気づかなかった。 蓮誠が兎耳のようなものを描いてある紙に手紙を包んだ事を。 「沙桐様」 別れ際、雪が沙桐に声をかける。 「どうか、ご無事で‥‥」 心配そうな雪の様子をみて、沙桐は少し戸惑って雪の手を握り締めて耳打ちをする。 「一緒に居れてよかった」 恥ずかしそうに沙桐は雪と開拓者達を見送った。 |