|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 開拓者達が調査した泉の相手は沙桐が追っていたアヤカシと手を組んだ者‥‥松籟だった。 去年判明したことだったが、彼は瀕死だったシノビを助けて自身の手先として暗殺をやらせていた事が判明した。 そのシノビはしょうらいと手を組むアヤカシとの戦闘によって生死不明となっており、現在も行方は掴めていない。 開拓者達は男の事を伝えた。 「そん‥‥な‥‥」 貌佳はいつも魔の森の恐怖に晒されている。 年明け早々のアヤカシの動きは泉も知っていた。愕然としている様子からして絢爛たる山百合の花畑のような白き炎を彼女も見ていたのだろう。 苛烈な戦闘の後、貌佳と高砂の一部境界線の山谷は焦土となってしまったのだ。 その爪痕は未だに生々しく残っている。 自分が好意を寄せていた者が強いアヤカシと組むという程の人間であることに泉は衝撃を受けていた。 「どうして‥‥」 泉の瞳から涙が溢れてはこぼれる。美しい花の顔が悲しみへと歪む。顔を隠すことなく泉は赤子のように泣いた。 「泉様‥‥っ」 女性開拓者の一人が泉を抱きしめる。優しい温もりに抱かれて泉は泣き続けていた。 結果を告げた女性開拓者も泉の傍らに移動する。どうにもできない事に泣く泉に対し、自分はそばにいる事しかできない。 外で待っていた二人の少女開拓者の耳にも泉の泣き声は聞こえていた。 「悪い人だったのですか」 雪猫のような少女がポツリと呟いた。 心細そうな表情をしている雪猫の手を握り締めるのは黒猫のような少女。 「‥‥おかあさんをころそうとしてました」 今年の三月に理穴にて突如現れた暗殺集団がいた。 理穴の役人である羽柴麻貴と開拓者達とで連中は捕らえられた。その後の調べで暗殺集団は松籟に頼まれて麻貴を殺そうとしていた事が判明。 その理由はまだ判明されていない。 「雨が降りそうだよ」 子猫二人に声をかけたのはシノビの男性開拓者。 声に促されるままに顔を上げたら空には厚い雲が覆っていた。 「彼女の辛さを雨が流してくれるといいね」 シノビの開拓者が言えば黒猫と雪猫は黙ってそうだといいなと心の中で願う。 雨の足音は四半刻もしないうちにやって来ては大きな音を立てて雨が降った。 少女とシノビの開拓者達は甘味屋へ入って雨宿りをするが合流場所でもあった。中では茶を啜る青年開拓者がいた。 「大丈夫だよ」 シノビ開拓者が言えば彼は視線を手にしている湯飲みに落とした。 開拓者が帰った後、入れ違いで鷹来家当主の沙桐が繚咲に戻ってきた。 天蓋領主の庵に戻ると、架蓮より折梅から預かった泉の手紙を渡されて目を通す。内容は折梅と同じものだった。 「折梅様は開拓者の皆様に依頼をしまして‥‥」 「どんな人だったんだい?」 沙桐が問えば、架蓮は一瞬躊躇ってから口を開く。 「松籟でした」 「何だと」 まさかの相手に沙桐は顔を顰める。 「‥‥開拓者の報告によれば、奴は楽器弦工房長の朱枇の屋敷に出入りしていた模様です」 架蓮がそう口を閉じて部屋に静寂が起きる。 「今は天蓋の者が監視しておりますが、奴はシノビの監視に気づいております。貌佳に住まう者を監視に回す訳にも行かず、手をこまねいております」 「人魂で逆に偵察されてるのか」 厄介だなと沙桐が呟く。 「とはいえ、朱枇か‥‥娘を見合い勧められてた気がする」 面倒そうな顔をして沙桐が呟く。 沙桐の記憶上、朱枇は女だてらにやり手。繚咲当主代理にして叔父の緑萼も相手にするのは骨だった。 「松籟と百響の事を存じているのならば‥‥」 「調べてもらおう」 主である沙桐の言葉を受けて架蓮は開拓者ギルドへ依頼を要請した。 ふと、沙桐が架蓮がまだ持っている紙に気づく。 開拓者が松籟の人相書きをしようとしたとか。沙桐が見た感想は‥‥ 「俺より上手い」 「ええ、沙桐様よりお上手ですね」 架蓮の返答は主人に対して一切のかばいはなかった。 |
■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669)
23歳・男・陰
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
白雪 沙羅(ic0498)
12歳・女・陰 |
■リプレイ本文 「いってきます」 色んな用意を終えた珠々はシノビの姿ではなく、一人の子供。 その背中は達成感の爽やかさが出ている。 彼女を連れて行ったのは朱枇の工房に働いている天蓋のシノビだ。彼の遠縁の子として短期間手伝いに入る。 「いってらっしゃい」 「行ってらっしゃいませ」 見送ったのは白雪沙羅(ic0498)と白野威雪(ia0736)だ。 拠点となるのは貌佳中心部から少し離れた一軒家。天蓋の者達の隠れ家であり、今は開拓者の根城として使っている。 時間をずらして他の開拓者達も動き出した。 「沙桐様は如何されますか?」 「‥‥泉につこうと思ってる」 こんな格好をしたのだから仕方ないとばかりに沙桐がため息をつく。 「ご無理をせぬように‥‥」 雪の言葉に沙桐がうなずき、微笑む。 工房調査組みという事で珠々(ia5322)の他に潜入したのは御樹青嵐(ia1669)、溟霆(ib0504)だ。 長身の女という事でかなり怪しまれた青嵐だが、旅人で路銀稼ぎのためということで何とか潜入できた。 大人数の料理も得意と言ったところ、青嵐は縒り合わされた糸を定着するための糊煮込みの仕事を任される。 餅糊を溶かしている為、中々暑い。 青嵐は白粉を気にしながらも糸を煮込む。 弦作りは細かい作業が多く、細かい仕事は別の工房へと持っていくことになっている。職人の集中力を長持ちする為の配慮だ。 「持っていくぞ」 一言声をかけたのは潜入した溟霆だ。 髪を下ろし、頬がこけたどこか影が濃い男。形のよい唇はいつもの言葉を全くのせていなかった。 「はーい!」 青嵐と一緒に糊煮込みをしていた女が答える時には糊煮込みされた糸を乾かす為に他の所へ溟霆が持っていった。 「ここは短期で人が出たり入ったりすることもあるの。半分は残るけどね」 あの人はどうなんだろうね‥‥と女が溟霆の事を呟いた。 「結構、格好よさそうだから、工房長の目に留まるかもね」 くすりと女が微笑む。 「工房長ってどんな方ですか」 何気なく青嵐が尋ねると、女は困ったように笑う。 「成人する頃からここで働いていた人みたいよ。凄く働いて、年若いのに上の役職についてね。今は亡くなった旦那様も積極的に口説いたそうよ。今でも恋人をとっかえひっかえして遊んでいるようだけど」 「はぁ‥‥」 「じじばばの話によれば、元は裕福な家の娘だって言ってたわ。財産を持っていかれてここに入るしかなかったとか」 精力的な人ということが分かった青嵐はため息しかでない。溟霆の事だからうまくやるとは思うがと祈るしかなかった。 珠々は主に仕入れてきた生糸のより分けを任せられた。 傍には天蓋のシノビがおり、珠々の保護者役を兼ねている。 作業中は無駄な話はせずに黙々と仕事をこなす。休憩時間もあり、その時に珠々に文字を教える振りをして工房の話をしてくれた。 周囲の人達もこぞって話に参加してくれた。 今は新年に向けての出荷が多く、人が足りないこと。工房長の評判。そして‥‥ 「工房長の恋人って噂があるんだよね」 「俺達とはあまり接点がないなぁ」 松籟の事は知られているようであるが、人となりはあまり知られていない模様。 貌佳の外に時折出ているというのは知られていた。ただ、奴の周囲には手下であるシノビがいるはずと珠々は話を聞きながら思案する。 工房長の娘の話が出てきた。 その娘の名は杷花。 「おとなしい子だけど、いいこでね」 「沙桐様もいい方だが‥‥母親の出世の道具として扱われるのは‥‥」 杷花もまた、沙桐の花嫁候補として出ている。 「あまり似てないんだよな」 朱枇と髪型を似せているようであるが、顔立ちは父母両方あまり似ていない。とはいえ、父親はもうとっくに故人なので、知るものは少ない。 一方、溟霆は女性陣に何故か囲まれていた。 女工房長の影響なのか、ここの女性達は積極的だ。 どこから来たのかとか、名前はとか、恋人はいるかとか‥‥ 適当に話してあしらっているが、意外にめげない。 思考のどこかで青嵐が女装などせずにそのままの姿で潜入した時の輝血の様子も気にはなっていたが、この状況下が青嵐にもあったのならば、輝血は呆れてしまうだけだと思う。 「娘達がいないと思ったら、ここにいたのかい?」 艶やかな声が聞こえ、溟霆も含む全員がその声の方向を向く。 「工房長、ごめんなさーい」 「今戻りますー」 工房長に対して特におびえた様子もなく、娘達は持ち場へと戻っていく。ある種、慕われているようにも見える。 ざっと見やれば、ここは意外と待遇がよさそうで、娘達が快適に仕事をしているようだ。 「新入りだね。あたしは朱枇、この辺の工房長をやっているよ」 初めて見た朱枇は気が強そうな美女であった。特に目が印象的で、意志の強さを感じ取られて惹かれるものがある。声もよく通り、心地よくどこか人懐っこい様子もある。 「よろしく頼む」 しっかり朱枇の目を見て溟霆が言えば、彼女は溟霆に興味を持ったような表情を見せた。 工房の外で聞き込みを始めたのは輝血(ia5431)と沙羅だ。 神威人ということで釘を刺されたのもあるが、工房の中を調査している開拓者達の囮になればと思って特に隠してもいなかった。 沙羅は朱枇と取引がある店をあたっていた。 「あの、ちょっと申し訳ないのですが、人に聞かれると困るのですが‥‥」 こっそり沙羅が言えば、店の主ははっと何かに気づく。 「もしかして、沙桐様の嫁取りの話で調査に来ているのかい?」 「え、ええ‥‥」 「なるほど、やはり、そういう情報は大事だからねぇ‥‥お嬢ちゃん、俺で分かることならなんでも聞いてくれ」 時折、早合点してくれる人もいたりするので意外とすんなり話が出来た。沙羅が尋ねたのは松籟のこと。 店の主は松籟の事を知っていたようだった。 「松籟さんか、時折朱枇さんのお使いで来るよ。あまりしゃべらない人だから人となりは分からないけどね」 「そうですか‥‥」 切り替えて朱枇の話を降ろうとした瞬間、主は話を続けた。 「ウチはね、楽器の修繕をやったりするもんだからたまに、貌佳領主のお屋敷の楽器の修繕を依頼されたんだ。私も父親に連れられてお屋敷に行ったもんだ」 話の内容も変わっていたので、沙羅が首をかしげている。 「先代の貌佳領主の時だったね。あの方には年の離れた妹様がいらっしゃってね。沙桐様の祖父に当たる先代鷹来家当主の嫁取りに参加させられたんだよ」 当時は幼すぎるという事で外されて、折梅が嫁となったと話してくれた。 「妹様が嫁になれなかったという事で父上様と兄上は落胆されてね。随分と妹様に当たっていたようだったよ。妹様にとっては辛かったようでね。慰みに胡弓をよく奏でてたよ。その弦の修繕をウチが引き受けていてね。その妹様‥‥七保様に彼は似てるんだ」 暗い瑠璃の瞳は貌佳領主の一族に多く見られるものだと言った。 「七保様は今は‥‥」 「お亡くなりになったそうだ。ある時から床に臥せてね‥‥そのまま」 話を切り上げて、沙羅はその場を辞した。 一方、輝血は沙羅が朱枇の工房と取引のある場所を調べたいというので、輝血も手伝いに入り、沙羅の手が回らない場所を聞き込んでいた。 自分の苦手な事が混じるこの依頼に頭の芯がぼうぅっとしているような気がする。それではいけないと切り替えて聞き込みの体勢に入る。 朱枇は弦を繚咲外に出荷しているので、運び屋の方へと入った。 たまたま入った問屋は朱枇との取引はなかったが、輝血が聞き込みしているのを聞いていた運び手数人が輝血に声をかける。 「男と? って、小間使いしている男ではなくて?」 「そんな格好じゃなかったぞ」 輝血の確認に男達は違うと首を振る。 「旅人みたいな格好をしてたな」 一人の男が言えば運び手達はうなずく。 「いつの事?」 旅人ならば下手をすればもういなくなっている可能性がある。 「三日前か?」 記憶は曖昧だが、十日も前の話ではないようだった。 どこで見たといえば、大きな通りから一本裏の通りへと繋がる細い道の中だという。 その辺りには飯屋も宿屋も多い記憶があった。 輝血は礼を言い、即座に見たという現場へと走った。途中、沙羅を見つけてすれ違いざまに声をかける。 「沙羅、向こうの通りへ行くよ。朱枇の話を聞いてきて」 「はい」 突然の輝血の登場に驚きはしたが、頑張って平静を保っていた。 お留守番組の沙桐は雪と一緒に泉‥‥おせんの家にいた。 泉は沙桐の変装を見て呆気にとられていたが、女性に見えない事はないと思ってあまり詮索しなかった。 当の沙桐としてはこんなデカイ女がいたらまず怪しまれると言ってほしかったが、「似合ってるから別にいい」とまで言い捨てられた。 「青嵐様も似合っておりますし」 「‥‥それはどうかと思う‥‥」 がっくりと肩を落とす沙桐は工房の中で奮闘する青嵐を心配する。 「沙桐様から見て、朱枇様はどんな方ですか?」 雪が尋ねると、沙桐は首を捻る。 「会ったのは数回。正月の祝いの時に繚咲に戻るからね、その時に挨拶に声を交わしたくらい。実際にやり取りするのはあいつ‥‥叔父だから。正直、野心が強いね。のし上がって来た遣り手というのはよく聞いていたよ」 「娘さんの話は」 「杷花って名前だった。一度、紹介されたよ。髪も着物も同じようなものを着てて、似た母子とは思った‥‥それくらい」 「下世話な話だけど、朱枇の娘は父親と似ていないって聞いたことがある」 ぽつりと、泉が話に加わった。 「嫁入りしてから中々子供が出来なかったらしいし、朱枇は旦那を自分から口説き落としたっていう話もあるから‥‥よその男の子かもしれないと疑われたみたいだけど、旦那が工房を継いでくれるならって‥‥」 「でも。継がせずに見合いをさせようとするのですね」 「子供を複数作らせて、自分の跡取りにするかも」 雪の言葉に泉はため息混じりに答え、食料を買いに外に出た。 勝手口から出たが、特に人はいなかったので、雪は瘴索結界を張る。彼女が懸念しているのは兎のアヤカシ。 前に彼女の仲間だろう芍薬のアヤカシを開拓者達が倒した。 アヤカシに仲間意識があるかは甚だ信じられない。だが、開拓者が自分を脅かす者である事は理解するだろうと雪はふんでいる。 知性があるアヤカシゆえに、何をするか分からない。 早く戻ろうと雪は街へと向かった。 青嵐は一人の時間を人魂での偵察に使っていた。 飛んで見ていったのは朱枇の住居。 一緒に仕事をしていた女の話から老人達が昔の朱枇を知っているという言葉より年老いたもの達から情報を聞き出していた。 朱枇は貌佳北部の一部の地主であったが、彼女の父親が土地をだまされて取られたらしい。両親は心中し、無一文となった朱枇は工房に拾われた。 両親の土地を奪ったのが朱枇の旦那の父親‥‥つまり、ここの工房だ。工房の規模を増やすために朱枇の両親の土地を奪ったと言っていた。 恨みが絡んでいるのか‥‥と、心の中でため息をついた青嵐は 庭にいた娘に青嵐の鳥は近づく。娘は迷い鳥なのかと優しく語りかける。ふと、見えたものに青嵐はどきりと胸を高鳴らせた。 少女の耳の後ろに百合文様のような小さな痣があった。 やっぱり気になる! そんな雰囲気をぷんぷんに出していた珠々は少ない休憩時間を使ってそっと抜け出した。 向かうは泉の所。今はおせんの家にいる。ある程度離れているが、志体持ちにしてシノビの珠々なら行けない事はない。 天蓋のシノビからは半刻と言われた。疲れて昼寝をしている事にしておくからと言ってくれた。それまでに顔を見て、安心したい。 「珠々様」 買い物帰りの雪が珠々に気づいて声をかける。珠々が雪の前に降りて手短く情報を交換する。珠々が家に入ろうとすると、砂を踏みしめる音に気づく。 珠々がそっと近づくと同時に三角跳で壁に足を掛ける音を感じた。 雪が追いかけると、珠々はそっと耳打ちをする。 人間が、泉さんを見張ってました。 雪ははっとなる。珠々は松籟のシノビならば雪に気づいて兎を近寄らせないようにしているかもしれないと更に耳打った。 輝血と沙羅が手分けして朱枇の情報をかき集めていると、やはり朱枇はこの辺りで旅人の男と会っていたという情報を見つける。 どうにも古い仲のようだったと言っていた。 男は宿を転々としており、定まっていないのでしらみ潰しで探すしかなかった。 日も暮れてきて、沙羅の事を考えた輝血がこれまでかと思った瞬間、輝血は足を止めた。 黄昏時に暗く光った瑠璃の瞳の男を従えた中年の女。 女が輝血を知る由もなくすれ違いとある茶屋の前で足を止める。 「あたしは人と飲んでくるから、後は頼むよ」 「かしこまりました」 多分、朱枇だろう。 気づいた沙羅が大きな声を上げまいと両手で口を押さえて小道の角に隠れた。 朱枇が中に入ると、輝血も追って忍び込んだ。 追っていけば、男が朱枇と話をしていた。 「確かに米屋に働いていたな。仮初の家まで借りて」 「深見の娘はもういない。高砂には息子しかいない。後は貌佳の娘だけ‥‥なんとしてもあの子を鷹来の嫁にするんだよ‥‥そうでもしないと気がすまない‥‥!」 「逸るな。まずは娘からだ」 「ええ、そうだね。浚った娘は手篭めなりなんなりしておくれ」 「手下はもう貌佳に来ている。後はお前次第だ」 そんな会話を聞いた輝血はそっと抜け出した。沙羅を探せば物陰に隠れて輝血を待っていた。 「とりあえず、戻ろう」 「‥‥はい」 天蓋のシノビが経営している茶屋に戻ると、架蓮がいた。 「沙羅様」 架蓮が沙羅に手渡したのは淡い薄紅色の紙の手紙だ。 差出人は折梅で、依頼に応じてくれて挨拶をしてくれようとした事の礼と、沙羅の頑張りを架蓮から聞いたようで労わってくれた。 最後にはとてもよく描けていた事と、身体には気をつけてほしいという内容で締めくくられていた。 「手紙もらえて、よかったね」 そう輝血が言うと、沙羅は頷きつつもあの楽器修繕屋で聞いた話を思い出す。 松籟が貌佳領主の血を引いているかもしれないという話だ。 彼は母の愛情を受けていたのだろうか‥‥ 溟霆が工房を去る時、娘さん方には寂しがられたが、朱枇から笑顔で給料を渡された。 「また稼ぎにおいで」 そう言われて溟霆は曖昧に頷いた。 彼が外を出る時、松籟とすれ違った。 「鬼灯の君、美しくなりましたね。大切な人が出来たのでしょうかね」 そっと聞こえた松籟の小さな声はシノビにしか分からないだろう。 溟霆とて彼女の変化には気づいている。 特に何も言わなかったが、溟霆は周囲に警戒する。 必ず捕まえると胸に秘めて彼は工房を去った。 工房の屋根の上でふわりと秋風に舞う伊達襟。さらさら流れる白い髪。 「あのむすめ、またおいしくなったのかな」 ふふ、と可愛らしい声が風に浚われた。 |