【繚咲】うるわしき花
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/02 17:40



■オープニング本文

 繚咲を取りまとめる武天の有力志族の鷹来家の嫁取りが現在行われている。
 民衆もその事は知られており、どこの娘が嫁となるのか持ちきりだったが‥‥
 ここにきてある噂が民衆へ少しずつ流れてきた。

 鷹来家領主の沙桐には想う娘がいるのではないかと。

 有力者達は揃って口を噤んできたが、噂とはもれるものだ。
 誰もが「どこの娘だ」と騒ぎ立てだす。

 その噂は繚咲の北側‥‥貌佳の更に奥まで届いていた。

「なんと‥‥沙桐がか」
「誰かはまだわかんないんだ」
 兎の耳を生やした幼女のアヤカシ、天香が自身の主‥‥百響へ報告をする。
「繚咲以外の娘をか‥‥他の血を流す穢れものがさらにこの血を穢すのか」
 玲瓏なる美しい声が低く、侮蔑の言葉を吐く。
「相手の娘がわからぬということはまだ決まってはおらぬということ」

 食えばいいだけだ。

 くつりと百響が唇を笑みに模る。
「松籟、かの件はいかがか」
「滞りなく。美しい娘ですよ」
「楽しみにしておる」
 ぱらりと百響は扇を開いて唇を隠す。
「まだわが食事は生きておる。また美しく美味しくなっておるといいな」
 低く百響が楽しそうに嗤った。


 繚咲のどこか。
 満月が近い頃、女が月を見上げる。
 ここ半年、脳裏にこびりつく言葉がある。

「償って下さい」

 自分は生きる資格なんてないと思っていた。
 その開拓者はただ、そう言った。
 生きてほしいからと心から感じた。
 自分の決着をつけたらちゃんと償おう。
 今共にいるひとと一生会えなくても‥‥



 私を知っている人なんていない。
 知っているんだけど、誰もがこんな所にいるとは思ってない。
「おせんちゃーん、これおねがいー!」
 おせんと呼ばれた娘は大きな声で返事をする。
「どうかしたの。勘定ね」
 おせんが微笑むと、おせんを呼んだ娘は「おねがいっ」と手を合わせて拝む。
「いいわよ」
「今度、高砂のカステラ買ってくるからっ」
「楽しみにしてるわ」
 くすくすおせんが笑うと、娘は別の仕事へ飛んでいった。
 ここは米問屋、おせんはここに通っている。三日に一度のお手伝いだ。
 美人で気立てよく利口で誰もが気に入っている。
「ねぇねぇ、聞いた」
「なあに?」
「当主の沙桐様、他に想う方がいるって噂」
「私も聞いたーー」
 働いている娘達がきゃぁきゃぁと噂をしているのは沙桐の花嫁のこと。
 三領主の中、娘のいない高砂領主、娘がいたがどうやら破談となった深見領主、残るは貌佳領主の娘だ。
「深窓のお嬢様で綺麗な人って聞いたわ」
「奥方、貌佳の有力者の娘ですごーく美人だったっておとうちゃん言ってた」
「どうなる事やら」
 ひそひそ話をしているが、おせんは黙々と仕事をしている。
 彼女には特に気に留めていなかった。
 今日もあの人は来ない‥‥


 鷹来家本屋敷に一通の手紙が来た。
 管財人の折梅宛だ。
 此隅にいる友人だろうかと折梅が差出人を見やれば貌佳領主の娘、泉だ。
 中を見れば、一通は折梅へ、もう一通は沙桐へ。
 折梅への手紙には泉の見合いへの気持ちが綴られていた。

 自分は沙桐の恋路を応援している
 私にも想う人がいるから
 だけど、私の好きな人は誰なのかわからない
 私には探すことが出来ません
 差し出がましい事は承知の上
 どうか、私の代わりに探し出してください


 手紙を丁寧に折りたたんだ折梅は自身のシノビである蓮司を呼んだ。
 
 後日、鷹来家管財人が貌佳領主の屋敷に現れた。
 誰もが驚く中、管財人折梅が会いたかったのは泉だった。
 折梅は泉と一対一の会話を望み、人払いをする。
 少しでも聞き取りにくくするようにいくつもの屏風を立て、布を垂らして最終手段に蓮司と架蓮、蓮誠を配置していざという時に備える。
 厳戒態勢ともいえる状況に泉は少し驚きつつも折梅との対面に臨む。
「泉さん、でしたね」
 折梅が声をかけると泉がはいと頷けば、折梅は紙と筆を箱より取り出し、筆で紙に書きつける。

 ここからは筆談で

 そう書けば泉は頷いた。

 二人の筆談は泉の好きな人について。
 彼女は身分を偽って市井の暮らしを見ようと米問屋で通いながら働いていた。
 仕事中、現れた男に一目惚れをしたらしい。
 艶やかな、漆黒の髪は横髪が長い短髪。暗い切れ長の瑠璃の瞳。鼻筋の通った細面の美男だそうだ。
 年齢は三十代ぐらいだろうか、年齢不詳にも見えるとの事。
 名前は知らない。
 とある有力者の使いで来る。
 月に一度か二度来るそうだ。

 折梅はひとつ提案をした。
 開拓者を使おうと。
 泉もそれには頷き、開拓者と会う場所を提示してくれた。

 無事に折梅は鷹来家へと戻る。
「恋とは甘いものではすまないものですよね」
 ポツリと彼女は呟いた。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
白雪 沙羅(ic0498
12歳・女・陰


■リプレイ本文

 繚咲からの依頼という事で開拓者達が現れた。
 噂には聞いていた開拓者が美男子に美女に美少女という六人に泉はぽかんとしてしまった。
 現在皆がいるのは泉がおせんのときに滞在する偽の棲家。手狭ではあるがそれなりに綺麗にしている。
「乳母にお願いして借りているのです。市井の暮らしが知りたくて‥‥」
「お屋敷の中では見えないこともありますからね」
 白野威雪(ia0736)が言えば泉が頷く。
 責任感が強い娘のようで彼女の瞳はしっかりと輝いている。
「子供は私しかいないから、私が貌佳を継ぐのだと思ってたの。父様も見合いは蹴ると思っていたの」
 それなのに‥‥と泉はしょんぼりして目を伏せる。
「君の心には好きな人がいるのに‥‥ということかな」
 溟霆(ib0504)の言葉に泉はぎゅっと目を瞑り、大きく頷いた。
「有力者の家に出入りしているということでしたね。どんな家なのでしょうか」
 御樹青嵐(ia1669)が尋ねると、泉は顔を上げる。
「貌佳は養蚕業が盛んな街で、絹の紡績や加工もしております。その有力者は楽器の弦を製造している複数の工房を取りまとめる工房長にあたります」
 名前は朱枇だという。
「娘が一人おりまして、その娘が幼い頃に夫を病気で亡くして女手一つで工房を娘を育ててきたとききます」
「女工房長か‥‥」
 ふむと、溟霆がちらりと泉の方を見やる。
「僕達としては、泉君に恋文でも出せる位には段取りしたいとは思うけどね」
 ポツリと零した溟霆の言葉に泉は頬を染めて目を丸くした。強気な印象を受ける泉だが、そこは盲点だったのか、恥ずかしそうに俯いた。
 くるくると表情が変わる泉を輝血(ia5431)は興味深く見つめる。
「お泉さんの好きな人がどんな人か人相書きを書いてみようと思います」
 特徴のみしか開拓者には伝わっていないので、白雪沙羅(ic0498)が絵にしてみればより相手が分かるだろうと提案する。
「それはいいことなのです」
 こくりと頷いて珠々(ia5322)が同意すると、沙羅は泉の証言を基にして人相書きを描き出す。

 沙羅は がんばった。

「気持ちは伝わりましたから!」
 力強く雪が言うも沙羅の耳は垂れてしまっている。
「聞き込みに回ります‥‥」
 がっかりしているものの、街の聞き込みで挽回したく考えているようだった。
 しょんぼりしていた沙羅であったが、ふと思い出したのは折梅の事。
「高砂の本屋敷に戻っていると思うので、行って帰るのはちょっと大変じゃないのかなと‥‥でも、これから折梅様に近いシノビさんに会いますので伝言お願いしましょうか」
 珠々の提案に沙羅は伝言を珠々に託した。



「こいはおせちのようなものということなので」
 泉と別れる前に珠々がそう言った。
「‥‥きんとんみたいな甘いのになるといいですね」
 自分より年下の珠々に励まされて泉は笑顔を綻ばせて頷いた。
 珠々はおせんの家の周囲にいた案内役の架蓮を呼ぼうと小さな小さな声で架蓮の名を呼ぶ。
 どこからともなく現れる先輩シノビに珠々は少し悔しくも思う。
「あの、ここにいる天蓋の人達の引き合わせをお願いしたのですが」
 珠々が言えば架蓮は笑顔で頷いた。
 架蓮も街娘の格好をしていて、二人並んで歩くのは中心部の甘味処。
 程よく混んでいる店で、珠々は不思議そうに一度振り向く。だが、そこは普通に会話をしていたり甘味を食べている風景。
「お嬢さん、今日は何を?」
 和やかな表情を浮かべた老人が架蓮に声をかける。前掛けをしていて厨房より出てきたことから店主だろう。
 架蓮は珠々に彼が貌佳の中にいる天蓋のシノビであることを伝える。
 店主は何故か珠々に今店にいる客人の紹介をはじめた。名前とどこに働いているのか。その中で朱枇の工房で働いているものもいたので、後ほどお話しようと珠々は決めた。
「先ほどから違和感を感じるのですが」
 珠々が店主に言えば、開拓者見たさに貌佳常駐の天蓋のシノビが店に押しかけていると言い、珠々は何とも言えない気持ちになった。

 甘味処で紹介してもらった朱枇の所で働いているシノビと話すことに成功した珠々は件の男の事を話した。
「確かに、そこで朱枇の下にいるよ。時折いなくなったりしてるようだけどね」
「何者か聞いてますか」
「繚咲近辺を調べている学者と名乗っていた」
「学者‥‥ですか」
 珠々が確認するように言えば、シノビは珠々の様子を見つめる。
「‥‥沙桐様や珠々様達開拓者の方々が追ってる者と酷似しております」
 シノビの言葉に珠々は言葉を失った。
 一度瞬き、深呼吸をする。
 自分の父と母となる二人の信念を思い出す。
「確約するまでただ、調べます」
「私達にできる事をします」
 珠々が自分に言い聞かせればシノビはそう言ってくれた。


 繚咲有力者である朱枇の家ならば何らかの文献や記録があるだろうと察した青嵐は泉にその事を伝えた。
 その辺の記録に関しては貌佳領主の屋敷にあるという。
 ここで泉は難色の反応を見せた。
「流石にそのままでは‥‥」
 青嵐は納得した。素の状態の青嵐では女性と見間違いかねないという姿ではない。開拓者と名乗っては勘ぐられるのは必須であり、泉の依頼を無駄にしてしまう。
「覚えているもので良ければ口頭で言いましょうか」
 泉が言えば、青嵐は好意に甘える。
「朱枇の工房自体は小さなものでしたが、とても古く、繚咲が整った当初から存在すると聞きます。最初は織物もやっておりましたが、少しずつ貌佳が繚咲が発展していくに連れて弦一本に絞り、工房も大きくなり、更に他の工房のまとめ役をやっていったそうです」
「織物?」
 輝血が尋ねると泉はうなずく。
「貌佳は養蚕で絹を作り、機織もしてたの」
「着物とかあるんだ」
 記憶上、あまりそんなに布で賑わっている印象はないと輝血は思案する。
「白無垢が主なの」
 一瞬、青嵐と輝血の脳裏に百響の姿を思い出す。
「白無垢‥‥ね」
 百響‥‥彼女も白無垢だった。
「繚咲の白無垢は初桜の打ち掛け、流水の帯、紅葉の着物、雪花の綿帽子となっているの。新しい年月を新たな家族と過ごすという意味があるの」
 家族‥‥という言葉を輝血はぼんやり聴く。
「何年か前に、此隅の三京屋さんが友人のお嫁さんにって綿帽子を作っていったわ。お嫁さんの親御さんには他の物を頼んでいって、ちょっと話題に上ったくらいよ」
 泉の言葉に二人は思い当たっていた。
「鷹来家の花嫁の衣装を作るのは貌佳の仕事なの。きっといいものができるんじゃないかなって思うの」
「そうなのですか」
「鷹来家の始祖の母親は貌佳出身と言われているの。父親は高砂出身だそうよ」
 更に泉は言葉を続けて三人はふぅんと頷いた。
「我ら貌佳の者は繚咲の母、いずれは我らが真の母となる‥‥っておじい様はそう言ってたわ。おじい様は香雪様をとても嫌っていたの。大叔母様が選ばれなくて‥‥」
 ため息交じりに呟く泉は何だか辛そうであり、俯いていったが、話を脱線していた事に気づいて我に返った泉が三人に謝る。
「お気になさらないでください」
 雪の言葉に泉は絆されたように笑う。


 泉の護衛を兼ねて一緒にいるのは雪。
 一緒に働くという手はあったが、人は間に合っているので休みの今日は近くの甘味処で張り込み。
「この葛桜美味しいですね」
「餡がしっかり練られてて美味しいの」
 泉は甘味好きなので、貌佳の甘味処は制覇しているのだとか。
「泉様の好きな方はどんな方なのですか?」
 素朴な疑問を雪が泉に問うと彼女は戸惑った様子でポツリポツリと呟き始める。
「あまりお話をする人ではないけど、物腰が柔らかい人なの。声も低いんだけど優しいの」
 開拓者達と話している泉はとても快活な印象を受けるが、今は顔を赤らめている。
「雪さんは好きな人いるの?」
 唐突に泉が尋ねると雪も顔を赤らめて頷く。
「そっか」
 微笑んだ泉はふと思い出す。
「そういえば、沙桐様には好きな方がいらっしゃるのよね」
 いきなり出てきた意中の人の名前に雪はどきりと胸を高鳴らせる。
「‥‥鷹来の嫁はどうして繚咲の人じゃないとダメなのかしら。他の領地だっていいじゃない‥‥」
 そう呟いた泉の横顔を雪は黙って見つめるしかなかった。


 恋は人を強くするもの。想いは人知を凌駕する事もある。
 間近でそれを見た溟霆にとって中々に興味深いものだ。
 だが、シノビの恋は‥‥と思案するも逡巡して最後に見た顔は柳のようにしなやかな美しき太夫。
 流石に言えないなと心の中で苦く笑う。
 人の恋路は曖昧な所が面映い所もあるので、忍び込んで素行調査はせずに地道な聞き込み調査をする。
 米問屋と屋敷の中間あたりは神社もあるのでそれなりに飯屋などがあり、人通りも多い。
 適当に入ってみると、明るい看板娘がいる飯屋だった。
 娘に冷とつまみを頼み、周囲を見やる。
「お兄さん見かけない顔ね」
「最近来たんだ」
 酒とつまみを持ってきた看板娘が声をかける。
「お兄さんは何をしてる人なの?」
「ん? 色々とやってるよ」
「朱枇ねえさんの関係じゃないんだ」
「誰だい?」
 娘の言葉を溟霆が掬う。朱枇の名前は知っているが、知らない振りをして問う。娘は周囲を見計らって溟霆に耳打ちする。
「この向こうにいくつか工房があるんだけど、そこの大元締め」
「へぇ」
「そのねえさんの所にここ半年ぐらい前かな。ちょこちょこ出入りしている男がいるんだ」
 溟霆の心の中で琴線が震える。
「線は細いんだけど、美形なのよ。あたしはそんなに好みじゃないけどね」
 むしろ、お兄さんの方が好きと誉めてくれた。
「あまり街に姿は見せないんだけど、後ろ暗いような男が好きな女の子にはちょっと有名みたい」
「へぇ」
「噂によると、朱枇ねえさんの恋人かもしれないって。あの人もころころ恋人変えるからね」
 娘がそう言うと、溟霆は程よく話を切り替えし、工房の話を聞いていた。


 沙羅は一人貌佳の街を歩いていた。工房の遠い店から聞き込みを始めて工房へと近づいていく。
 男が米問屋だけではなく、他の所にも顔を出しているだろうと思ったからだ。
 結構賑わいのある街であるが、どちらかといえば、荷車とかが多い気もする。商業の街である故なのだろうかと沙羅は思案する。
 聞き込みは今の所はそこそこだ。
 殆どの店で月に一度来ていると言ってくれた。
 何を買っているかを尋ねたところ、ある程度の量を購入する手続きをとっている。
 どうやら、工房では家族ごと働いているという世帯もあり、昼と数日のおきに夜も工房の方で食事を提供しているからだとか。
 美形で女性には密やかに人気があるというだけで実は名前は知らないようだ。
 必要な話だけして煙のようにさっさと帰ると言っていた。そんな謎めいた所が女性達の琴線に触れているようであった。
 ふと、沙羅が立ち止まる。
 微妙な視線が自分に向かれているのではないか。自分がそんなに怪しいのだろうかと首を傾げると視界が薄藤色に染まる。
 目を瞬かせて肩を震わせると薄藤色が揺れた。どうやら自分は薄物を被せられたようで、端の房が見えてゆらゆらと揺れる。
 猫の本能か、沙羅ははしっと捕まえたい衝動に駆られるが、今心のままに走っては怪しまれる。
「お嬢さん」
 本能と戦う彼女の上から降ってきた低い声に沙羅は反射的に視線を向けた。
 自分の斜め後ろに立っているのは男だった。薄物越しであまりよく見えない。背が高い暗い髪の色の男。
「繚咲には神威人はいない。珍しいから君を見てしまうんだよ」
 くつりと薄い笑みを浮かべる。
「そうなのですか。隠したほうがいいですか?」
「旅人だって色んな人がいるから気にすることはないよ」
「はい。ありがとうございます」
 沙羅が薄物を畳んで返すと彼は受け取った。
 よく見れば横髪が長い短髪だ。一瞬、後ろ髪も長いのかと錯覚してしまう。
 陽の光に透けるのは瑠璃の色。
 そして鼻筋の通った細面‥‥
 どくり‥‥と大きく胸が高鳴ったのに血の気が失せた。
 彼はただ、微笑んでいるのに‥‥
 もう一度沙羅は目を瞬かせた。しっかりと記憶するように。
 男が沙羅を追い抜かし、去っていった。その方向は朱枇の工房一直線だ。
 見計らい、小さな声で沙羅が呟く。

「いました」

 少し時間を巻き戻し、青嵐と輝血は有力者の工房の近くで張り込みと聞き込みを行っていた。
 男の事は知られているが、旅人だという話で、朱枇に気に入られて数年前ぐらいから彼女の仕事を手伝うようにしていたらしい。得たいが知れなかったりするので、遠巻きにしていたようだった。
「ねぇ、青嵐、一目惚れってどんな感じなの?」
 輝血が素朴な疑問を青嵐にぶつける。
「‥‥その人しか見えなくなります」
 自分がそうなので青嵐にしてはこの問いは随分と恥ずかしかったようで、頬の高潮を隠せないのが悔しい模様。
「ふぅん‥‥そう、なんだ」
 イマイチぴんとこないけどと言いたそうに輝血が前を向く。
 ふと聞こえた沙羅の声に輝血は青嵐に「いたよ」と呟いてその方向へと駆ける。
 二人は見えた姿に足を止めた。
 残暑の陽の光が見せた陽炎なのか。
 じりじりと照りつける光の中を夜の闇のような男が歩く。
 沙羅の声を聞いたのだろうか、溟霆も店から出て店の影から監視している。
 ここで戦闘となるのは得策ではない。
「青嵐」
 輝血の言葉に青嵐は頷いた。
 瞬間、男が小さく呟いた。
「また、美しくなりましたね」
 すれ違いざまに彼が呟き、その視線は輝血に向けられている。青嵐は何も答えずに沙羅へと向かう。
「大丈夫でしたか」
 青嵐が言えば、沙羅は一度だけ頷き、呪縛から解き放たれたかのように息を吐き出した。
 見上げた沙羅は屋根の上を伝い、怒りを押し殺した珠々が駆けていく。輝血と溟霆も彼の後を尾行をはじめた。
「‥‥あの人は‥‥」
「松籟という陰陽師です。彼は、貌佳北部にある魔の森に巣食うアヤカシと手を組みし者‥‥」
 沙羅は青嵐の話を聞きつつもその視線は朱枇の工房へと向かう松籟と呼ばれた男の背を見つめていた。


 ●
 泉と共にいた雪だが、泉を屋敷に返さなくてはならなくて途中まで付き添っていた。仮初の家に彼女を戻すと、従者がいて泉は屋敷へと戻っていった。
 見送っていた雪はふと、家の近くの足跡に気づく。
「‥‥誰のでしょうか‥‥」
 ぽつりと雪が呟いた。

 松籟を追っていたシノビ達は彼が朱枇の家に入っていったのを確認した。
 雪とも落ち合い、全員で情報交換が行われる。
「あれは松籟です」
 そう断言したのは青嵐だ。
「十中八九そうだね」
 溟霆も同意見を口にしており、誰もがよりによって‥‥という様子。
「泉さんに伝えますか」
 珠々の言葉に輝血は一つため息をついた。
「あたしが言う」
 はっきりと輝血が言った。
「私も付き添います」
「適任だね」
 雪も宣言すれば溟霆が頷く。こればかりは仕方ない。
 彼は罪を犯し、そして更に罪を犯そうとしている者なのだから‥‥