【繚咲】三枝を摘むもの
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/25 21:25



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 外へ逃がされたお姫様。

 花の香りではなく、土ぼこりとくすりのにおいに囲まれてもお姫様を囲む温かさは初めて受けるものでした。

 最低限の読み書きしか出来なく、着物を自分で着付ける事も出来なかった自分を新しい環境の『両親』は優しく包み込んでくれました。
 領主の花嫁となるようにといつもいつも聞かされた言葉がない空間がなにより心地よかったようです。

 つるんとした舌触りのお菓子がお気に入り。
 夏の日でとても上手くいった日と何も出来なかった日に褒美と慰めに出してくれる葛餅を食べると『両親』は何だか顔を綻ばせているから好きだといいました。

 嬉しいという気持ちはわかるお姫様は負の感情を目の当たりにしました。

 四肢を切りつけられ、尚もお姫様の命を狙おうとするシノビ。
 その目は常軌を逸して正気のものではありませんでした。

「大理様のために‥‥!」
 血を吐き散らかし、臓物が見えるほどの怪我をして尚もシノビはお姫様を殺そうとしておりました。
 最後はお姫様を護っていたシノビ達が首を刎ねました。
 産まれてから数度しか会っていないお兄様の名前。
 自我を持ってから知ったのは自分と格差ある仕打ちを受けていた事。
 自分がいなくなってから生気を失った両親に代わり、高砂の家の為に領主となった事を知りました。

 お姫様は自分が殺されるほど憎まれていると理解し、もう関わらないと心を閉じたのでした。




「それで、葛先生を狙った事を認めるか?」
「どうでもいい事に関心を持たぬ事はお前も知っているだろう」
 高砂領主の大理と顔を合わせて話しているのは沙桐だ。
「何故、お前のシノビが葛先生の下に現われる」
「アヤカシに人の心を惑わせる力を持つ奴もいるのを知っているか」
「何故、何も言わない」
 大理は鼻で笑う。
「言った所で俺が葛を疎んでいた事実は変わらん。逃げたければ逃げればいい。あんな家にいたところで全うな人間になやれしない」
 生きるのも死ぬのもそいつが持つ素質が全てだと言って話を纏めた。
「‥‥百響にいつ気付いていた」
 話を変える沙桐に大理は初めて視線を落とした。
「紗枝が消える少し前だ。紗枝の出奔の動揺は繚咲中に広がっていたし、その間に魔の森を焼き払おうと思っていたからな」
 大体三十年前かと沙桐は呟く。
「貌佳の領主の目を盗んでやったのか‥‥」
 呆れる沙桐に大理は不敵に笑うと思ったが、思い出すだけ面倒くさそうだった。
「魔の森は貌佳の領地であるからな。勝手に焼き討ちにすれば問題が起きる」
「で、焼き討ちも失敗してシノビを操られたって事か。半年前の百響出現時期より前に気付いたのはお前だけか」
「さぁな」
 ここですっとぼける大理に沙桐は露骨に嫌な顔をする。
「しかし、開拓者という者は面白いな」
 大理が楽しそうに沙桐に話しかける。
「気性が荒くも誰かの為に命を張り、優しき言葉を持ち合わせ、疑問があれば無垢に尋ねる」
「人それぞれだよ」
 つんと、沙桐が言い放ては「そうだな」と笑う。
「生きるも死ぬも俺達次第だ。お前には生きてもらわないとな」
「何で」
 大理の言葉に沙桐は心底嫌そうな顔をする。
「さぁな」
 くつりと大理は笑った。



 谷よりアヤカシが近づいてくる。
 闇の影がケモノの形を模り、前を歩くより強靭な瘴気に後ろを進む。
 抜き身の刀を手にした女のアヤカシは目を輝かせて戦いを待ちわびているようだ。
「繚咲を捨てた者よ。今度こそ‥‥!」
 芍薬の髪飾りをつけたアヤカシ‥‥戎が松籟が知らせた場所へと動く。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
薔薇冠(ib0828
24歳・女・弓
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志
ラサース(ic0406
24歳・男・砂


■リプレイ本文

 その戦いに誰もが意気込んでいる。
 戦力には天蓋の者も加わっているが、戦力としても少ないだろう。
 眺めていた溟霆(ib0504)は沙桐の視線に気付く。
 沙桐はあまり喋らず、黙々と用意をしていた。
「戦いは嫌いかい?」
「意地悪だね」
 沙桐の切り返しに溟霆はくつりと笑う。
「最近は我が氏族は内部粛清が多くてね。此方のシノビには無事であってほしいよ」
 ゆっくりと掟の名に似た色の瞳を瞬かせる溟霆を見て沙桐はそっと息をつく。
「こっちは百響による粛清って所か」
 言葉を吐き捨てた沙桐が懐から砂糖菓子を取り出して溟霆に渡す。
 柳の砂糖菓子を見て溟霆はふふりとこれからの戦いに瞳を閉じた。

 薄布の向こうで目を瞬かせるのはラサース(ic0406)。
 前に助けた遊女は無事であり、現在は天蓋にて保護している。今回、アヤカシ討伐の話を聞き、無事に帰ってきてほしいと伝言を架蓮に頼んでいたようだった。
「元気そうでなによりじゃ」
 薔薇冠(ib0828)は遊女の無事を喜んでいたが、その表情の奥にある疲労は隠せない。ラサースは「そうか」としか答えられなく、そっと視線をそらした。
 そらした目線の先には輝血(ia5431)と葛がいた。
「先生、もう少し待ってて、後で沙桐ぶん殴っておくから」
「どういう事!」
 沙桐の抗議を聴かず輝血が見つめるのは葛だ。彼女はアヤカシの恐怖はあれど、輝血達を心配しているようだ。前回の時も傷ついたシノビ達を出来る限りの応急手当していた程。
「私が怖いのは貴方達が傷つく事よ‥‥」
「平気だよ。雪もいるし」
 首を傾げる輝血に葛は微笑む。
「私も貴方達に守ってもらえるから平気よ」
 ふふっと、葛が笑うと、輝血もつられる。
 そんな母子のようなやり取りをじっと見ていたのは珠々(ia5322)と御樹青嵐(ia1669)。
「蓮誠様」
 白野威雪(ia0736)が蓮誠に声をかけると彼は女性を前にしても落ち着いた様子。戦いに気を高めて近寄りがたかった。
「松籟のシノビが紛れている可能性は」
 青紫の瞳と紅の瞳がぶつかる。強い意志に蓮誠がはっとなる。
「畏まりました。架蓮にも伝えます」
「気をつけて‥‥私も用心します」
 戦場では何があるかわからない。
 じっと大理を見つめていたのは御簾丸鎬葵(ib9142)だ。利害の一致とはいえないが共同戦線を張るとはいえ、大理のした事は納得できない。
「どうかしたか」
「最早、倉橋先生の命を奪う意志がないのは理解できました」
「そもそも狙ってなんぞおらんし、シノビを向けたこともない」
 きっぱり言う大理に鎬葵は少し腹を立てる。
「現に倉橋先生を狙ったという事実がありまする」
「確かに、そのシノビは俺のシノビだ。だがな、肉が切り裂かれて臓物が見えるほどの傷を負ってはシノビの気力でも戦う事は無理に等しい。出来るとすればただひとつ」
 ちろりと大理が鎬葵を見やる。
「百響もしくはその配下には気をつけろ」
 人を攫わせ、恐怖に怯えさせて極上の状態で人を喰らうモノにとって、人間を玩具の様に弄ぶのは容易な事だ。


 地響きのように進み行くのは芍薬のようにしなやかな花のアヤカシ。
 繚咲を捨てたものは我等の恐怖に怯え、全て我等の血肉となれ。
 その上で戦いを楽しめる事を戎は解っている。
「随分と楽しみなようで」
 くつりと笑うのは松籟だ。
 彼もまた動く。


 葛を隠れさせてから表に出る開拓者達と繚咲の者達はアヤカシが来る方向を睨みつける。
「そろそろですね」
 呟いた珠々の顔はいつもの無表情であるが、その様子は逆毛だった猫だ。
 今回相対するアヤカシは前回軽くあしらわれてしまったが、今回はそうは行かない。
 なんとしても仕留めるのだ。
「沙桐様」
 雪が沙桐の手を握り締める。
「皆で、無事に帰りましょう」
「うん」
「葛様はお守りします。折梅様、お父様のお心を無にはいたしません」
「うん」
 沙桐もしっかり握り返して頷く。
 何が何でも護らなければならない。
 薔薇冠が察した方向から動物のものとは思えない声が超越聴覚を持たない開拓者達にも聞こえてきた。
 おぞましい音に鎬葵は表情を固くする。
「鎬葵殿。葛殿をお願いします」
「蓮誠殿や天蓋の皆様の恥にならぬよう、お護りしまする」
 蓮誠が声に鎬葵が誓う。
「貴女なら出来ます」
 そういうと、彼も前線に出るので前に出た。

「いけぇええええ!」
 戎の号令と共に谷から上がってきたアヤカシ達が駆けて行く。
 少数の人間であろうとも餌である事に変わりはない。これを喰えるという幸せは何にも変えがたい。
 戎より早く駆けるのは多数の狼アヤカシだ。
 青嵐が呪符に練力を込めて召喚したのは輝く白銀の龍。カッと吐き出された凍てつく息は龍の直線上を走る狼アヤカシ達を凍らせていく。
「小賢しい!」
 凍てつく息にかかった戎であったが、表面を凍らすだけに留まっていて然程問題はなさそうだった。
 前を走る狼アヤカシの壁がなくなった戎の前に現われたのは輝血、溟霆、珠々。
「ほぉ、あの時のシノビ共か!」
 愉しそうに戎が笑い、抜き身の剣を振るう。前に出たのは珠々。雪の神楽舞と奔刃術でスピードを上げて相手の注意を誘う。
「あれから更に戦えるようになったか」
 戎が振り下ろす刀に珠々がギリギリまで引き付けてから間合いを取る。
「潰してみせます」
「面白い冗談だ」
 珠々の言葉に戎が笑う。

 他にも雑魚のアヤカシは存在する。
 目的の為に黙々と繚咲の者達と連携してアヤカシを潰している。余計な火の粉は目的の道を潰してしまう。
 その火の粉が人の近くに向かわせるわけには行かない。
 再び蛇が走り出す。
 ぬらりとした刃を手にし、脚絆の能力を駆使してアヤカシ達の首を刎ね、的確に刺し殺している。
 蛇と共に肩を並べて戦っているのは鷹の速さの如くの太刀筋の剣士。
 速さだけではなく、力を備わる。足や動きに関する身体の先や付け根を切り倒し、動きを止めていく。

 戎の相手は珠々だけではない。溟霆が武器の射程限界まで離れていた。
「ぐ‥‥っ」
 至近距離の強打ではないとはいえ、溟霆の攻撃は煩わしく感じる。戎は溟霆を潰そうとするも珠々が邪魔をする。
「咲主の邪魔をするな」
 戎は気が短いのか、珠々に苛立ちを感じている。ゆらりと戎の束ねられた髪の先が変形し、花となる。芍薬の花と‥‥
 察した珠々が間合いを取った次の瞬間には芍薬の葉が珠々を襲う。珠々が離れた後であったが、戎の目的は其処ではない。珠々の着地先を髪が伸びて攻撃しようとした。咲いた花弁は刃のように鋭くなっている。
 涼やかな金属音が風を切っていく。流れた星の如くの錘が刃を払う。
「あのシノビ‥‥」
 邪魔そうに戎が溟霆を睨みつけると、珠々が懐に飛び込み、凛とした美しい戎の顔を蹴り付ける。
「相手は私です」
 口端に血を滲ませて戎が珠々に刃を向けた。


 影が探している。
 それに気付いたのはラサース。
 そして、バダドサイトで確認した鳥。
「黒鶫だ」
 ラサースの言葉に超越聴覚を発動していた繚咲のシノビが苦無で鳥を刺せば消滅した。
 人魂で作られた黒鶫となれば松籟がどこかにいる。
「乱戦で奴がどこにいるかは把握できない。背後には気をつけろ」
 ラサースが鎬葵に言えば彼女は短く了解の声を上げた。


 機会を見ていたのは青嵐だ。雑魚アヤカシは殆ど殲滅していった。もういいだろう。
「今です!」
 叫んだのは青嵐だ。
 飛んできたのは一本の矢。珠々や溟霆に当らないように戎の太股を刺した。
 次に飛んできたのは矢ではない。
「タマ、溟霆、いくよ」
 冷たい声をかけ、牙を剥き出しにした蛇だ。
 戎は雑魚のアヤカシがいなくなった事に気付き、にやりと笑う。
 輝血が振り下ろす刀を戎が真正面から受け止めていると横から沙桐が腹を狙って刀を凪ぐ。戎は沙桐の攻撃を髪で受けとめる。
 再び溟霆が錘を投げるとその動きを戎が把握する事が出来なかった。
「は‥‥っ」
 打撃を受け、戎が息を吐いた。その瞬間をついて雪が白霊弾を打ち込んでから更に蓮誠が間合いを取った輝血に代わり、懐に飛び込む。
 影が伸びた。
 戎に絡みついたそれは奴の動きを制限した。
 聞こえぬ呪いが「何か」を呼び出し、「再構築」していく。
 冷や汗に似た汗をひと垂らしした青嵐が戎に向かって呪いを送り込む。その呪いを受けた戎はびくりと身体を一度竦ませた。
 体の中で何かが暴れているように身悶えするも影縛りで動けない。
「ぐぅうぅううおおおぁおおお!」
 唸り声と共に戎は刀を振りあげると空いた片腕を花と変えた。一輪の芍薬の花と葉は全て刃のようだ。
「面白いな」
 荒く息を吐き、苦痛ではないのか、寧ろ思ったより楽しんでいるようでもあった。
 更に拘束させようと珠々が懐に飛び込むと、珠々を狙い、無数の葉が手裏剣のように投射された。軽やかに珠々が間合いを取ろうとしても刀が襲い、機会を失った珠々は一部の刃を受けてしまった。
「うっ」
 動きを阻害するには十分な痛手を負った珠々であるが、影縛りは解除されていない。
「珠々、いいから」
 輝血が言えば、溟霆も前に出る。
「何故‥‥葛様を狙うのですか。繚咲を護ろうとする繚咲の者がおります。彼等を攻撃するのは矛盾しています」
 白霊弾で援護射撃をし、戎に問うのは雪だ。
「だがな、それ以上に繚咲を裏切った者は許さん、そしてその男は咲主様に刃を向けた。咲主様の温情で生かされているのにまだ逆らう貴様も喰う」
 戎が大理に向かって言えば、溟霆がおやっと首を傾げる。
「その咲主とやらは彼がした事を許しているのか」
「高砂の地を護る者だからだ。纏めるものがおらねば地は育たぬ。繚咲の女と祝言を挙げるという事をしたから咲主様は奴の地位を考慮し、許したのだ」
「繚咲以外の者と結ばれなかったらどうなったのかな」
「その前に絶やしたのだ。繚咲の要に他の血を入れる事なぞ許されん」
 きっぱり言い切った戎に大理が斬り付ける。
「貴様等の所為か‥‥!」
「くくく、領主の息子はまぁ、死に掛けであったが旨かったぞ。女は知らぬが‥‥確か息子は死に際に名を呼んでいたな」
 斬りつけられても戎に致命傷をあわせる事は出来なかった。
「あさ‥‥」
 逆上した大理が戎の顔を斬り付ける。
 戎は自身の束縛の原因を断ち切るため、髪を伸ばして珠々の確保を狙う。珠々も勘付き跳躍するが、葉が狙っており、珠々は腕を交差する。後ろには疲弊した薔薇冠がいる。
 その隙を狙い、溟霆が錘を投げるがそれは見破られていたのか、無数の葉が溟霆を筆頭に狙う。
 溟霆が逃げようとしたが、飛んでくる葉の範囲は広く、攻撃を受けていた。
「はぁ!」
 沙桐が戎の葉から雪を護ろうと前に飛び込み、回転切りで葉を捌く。
 葉を飛ばした後に隙ができる事に気付いた薔薇冠が気付き、猟兵射を射る。命中するも、最早薔薇冠に練力も体力もつきかけていた。
「薔薇冠様!」
 駆け出した雪が薔薇冠に梵露丸と符水を与える。
「す、すまぬのぅ‥‥」
「どうか、お気を確かに」
「倒しましょう」
 雪が力強く言えば薔薇冠も確り頷く。
 なんとしても倒さねばならない。


 鎬葵とラサースは葛の直衛として戦っていた。
 戦っているのは‥‥松籟とそのシノビ。
 ラサースの仕掛けた罠が時間稼ぎにもなり、雑魚アヤカシの排除に成功した天蓋のシノビ達も鎬葵達を助けている。
 松籟は後衛で斬撃符を投げるだけだった。
 ラサースが敵シノビの刀を受け、斬り流すもシノビが空いた手に苦無を隠し持っており、ラサースの腹を刺し込み捻り斬った。
「う‥‥」
 激痛にラサースは膝を打つが、意識は手離さすものかとシノビの喉笛を剣の切っ先で斬り倒す。
「葛殿には髪の一筋とて触らせぬ!」
 鎬葵の気合は並ならぬものであり、敵シノビを袈裟懸けに斬り倒していく。
「見事な気合だな」
 くつりと松籟が笑うと、彼は狩衣の懐から鳴子を取り出して軽く一つ鳴らした。前回ラサースが仕掛けた鳴子を持ってきたようだった。
 繚咲のシノビの一人が動き出し、鎬葵を越えた向こうを狙うように走り出した。
 だが、鎬葵は驚かず騒がずそのシノビと斬り結ぶ。
 戦闘前に雪が言っていた事を鎬葵とラサースは覚えていた。
 松籟は以前、深見領主のシノビの中に自身の部下を潜り込ませて深見の家の騒動や開拓者たちを監視していたから。
 間合いを取った繚咲のシノビを模した松籟のシノビは鎬葵を殺そうと剣を構える。
 瞬間、松籟のシノビが揺れるように動き出した、早駆を使って模したシノビの首根を掻き切り、絶命させた。
 その動きに無駄なものはない。
「何‥‥裏切りか」
 はっとなるラサースが見たそのシノビの瞳は紫水晶だ。シノビは人差し指を空に向ける。空は一刻もすれば暮れる。
「あいつのお願いだからな」
 今夜は満月。
「まさか、お前は」
 松籟の声にシノビは無視してそのまま逃げ去った。松籟は戎の方を確認すると、苛立ちを含めた声で宣言した。
「撤退だ」
 瞬間、松籟は白狐を召喚し、鎬葵達を襲わせて逃げ去った。


 戎は一斉攻撃を受けて痛手を受けていた。
 女剣士の様子は見られなく、体半分はもう植物アヤカシのものへとなっている。
 溟霆が流星錘を投げると、腕だった花が流星錘を絡めとり、恐るべき力で溟霆を引き寄せる。武器を手放して離れようとしたが、死角から花弁が溟霆を襲う。
「う‥‥」
 鎧が砕け、溟霆の肋骨が折れたのか、脂汗を滲ませるもまだ彼は動ける。
「溟霆様!」
 雪の悲鳴も彼は「早く討滅するよ‥‥っ」とぴしゃりと言った。
 皆練力を使い、体力も減っている。
 前線にいる珠々も気力だけで戎を睨みつけている。
 下半身の植物の根を振り、輝血が跳躍すると、髪が葉となって輝血を襲う。
「これで‥‥仕舞いじゃ‥‥」
 傷ついた薔薇冠が最後の練力を振り絞り、射た矢は目に当った。
 視界を奪われ、距離感を失った戎は葉を発射する。輝血自体を傷つける事にはならなかった。
「確かにあんたは‥‥強い。けど、それだけじゃ勝てないんだ!」
 葉は輝血の鎧を破損させ、身体を傷つけたが輝血は怯まず首の付け根を狙う。忍刀を思いっきり頚椎ごと刺しこんで捻り、固定させる。
 その瞬間を狙い、最後の一斉攻撃が戎にかかった。

 再び構築される呪い、稲妻の刃、流れる星、白華の瞬き、秋の水の一閃そして、全てを砕く如くの剣‥‥

 最後に輝血が刃を抜けば、戎は断末魔を出す事もなく、倒れこんだ。
 目を開いて彼方を見つめていた。


 誰もが終わったと思うと同時に輝血が走り出す。
 最後の体力も使い切るが如く。
「うらやましい‥‥」
 青嵐がぽつりと呟いた。

 松籟たちがいなくなり、天蓋のシノビ達がラサースの手当てをしている。
 物凄い勢いで近づく気配に鎬葵がぎょっとすると、輝血が風の如く鎬葵を追い越して葛が隠れている場所へと行った。
「葛先生‥‥」
「輝血ちゃん‥‥!」
 輝血の声が震えている事を当人は気付かなかった。
 自ら誰かを抱きしめている事も‥‥