【繚咲】三枝狙う影と瘴気
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/28 19:39



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 お人形のお姫様は誰よりも美しいお姫様でした。

 自分が住まう土地の領主の嫁となるように言われて来ました。

 次代の領主は娘に会いました。

 雪花の白い肌。
 淡く微笑む紅の花の唇。
 艶やかな黒い髪。

 次代領主が話しかけるも娘はただ微笑むばかり。
 同じ笑みをずっとずっと浮かべているのです。
 次代領主は呆然と娘をみやりました。

 ああ、この娘は領主の嫁となるべく作られた人形だ。




 沙桐が待ち合わせ場所で開拓者と調査の結果を話していた。
「陰陽師の姿は確かにあったのか‥‥」
「しかし、店の者は全て見ていないと言っていた」
 陰陽師を見たと言った遊女は南の質の悪い見世の者。
 嘘を言ってるようには見えないと開拓者達は言うが、はてさてとどこか嘯く。
 だが、その店の男達は知らぬ存ぜぬ。
 そして隔離されて死んでいく遊女‥‥
「南の殆どが何しているか分からん店ばかりだからな‥‥」
 どうしてくれようかと思いつつ、沙桐が頭を抱えていると変装した葛が現れた。
「葛‥‥先生?」
 怪しむように沙桐が言えば、すっと、葛の手が沙桐のこめかみに伸びる。
「あーら、相当絶世の美女に見えたのかしらー?」
「あああああ! 葛センセ! ご、ごめん、美人だよーー!」
 ぐりぐりと葛が沙桐のこめかみに拳をねじりこむ。仕込みはばっちりだ。
「まぁ、元気そうね。折梅様より聞いたわよ」
「頑張るよ」
「そういえば、彼女、顔割れてるの? 心配してたわよ」
 彼女とは沙桐が妻にしたいと思ってる女性のこと。
「いや、基本的には知らないよ。気付いている人もいるだろうけど。変装とかする必要ないし、むしろそのままで繚咲に馴染んでほしい」
「なるほど」
「‥‥よく戻ってきたね」
 心配そうに沙桐が葛を覗き込むと彼女は困ったように笑う。
「だって、人見知り過ぎて衰弱していってる有力者の娘だなんて放っておけないわ」
「まぁ、護るけどね。父さんが生かした命だし」
「頼りにしてる♪」
 にっこと笑う葛に沙桐は大仰に溜息をつく。
「診察はまだやるの?」
「んー? 大抵の事は親御に任せたから大丈夫。それよりも、帰るついでに行きたいところがあるの」
 葛が胸の前で両手を組み合わせて沙桐を見つめる。
「へ?」
 どうやら葛が行きたいのは高砂と貌佳の境界線にある谷。林もある険しい場所だ。
「なんでそんなところ‥‥薬草?」
 はっと、思い出す沙桐に葛は頷く。
「あの辺りは薬草がふんだんにあるからなぁ‥‥天蓋行けば?」
「早く帰りたいのよ。お願いっ」
「‥‥しょうがないな‥‥皆にまた頼んでくるよ。陰陽師の事もあるし」
 結局は沙桐が折れてギルドへ改めて依頼が入った。

 どこかでよい医者が庄屋衆の頭の娘を診察したと噂になっていた。
 気立てのよい美しい女医師と‥‥
 その噂は耳そばだてている者にはすんなり入って行った。

 花街に行った開拓者達が見かけた遊女の様子を見に行ったシノビから彼女は死んだと店に言われたそうだ。
 


 繚咲の魔の森の中で瘴気が蠢いている。
 その中で焔に纏われたアヤカシが手を揺らめかせて指示をする。
「此度こそ喰ろうてやろうぞ‥‥」
 気だるげであるが気高さを隠した声が響いた。
 黒鶫の中を通して誰かが興味深そうにそのアヤカシをじっと見つめている。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
薔薇冠(ib0828
24歳・女・弓
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志
ラサース(ic0406
24歳・男・砂


■リプレイ本文

 再び集まった開拓者達が確認の為に情報交換を行ったところ、沙桐直衛のシノビである架蓮の口より話されたのは溟霆とラサースが南の店にて陰陽師を見たと言った女が死んだという話だ。
「死んだ‥‥だと」
 ラサース(ic0406)の脳裏に浮かぶのは過去の傷。
「話しただけで命を奪われるのか‥‥」
 呻くように呟くラサースの表情はジン・ストールで隠れてはいるが苦い。
「陰陽師は徹底している。もし、その店に彼が関わっていればありうるよ」
 どこか暢気な声音の溟霆(ib0504)であるが、彼の瞳は陰陽師を捕らえている。
「そうなると寺だね」
 溟霆が言っているのは身請けもされず、塀の中で死んでいった遊女の果て。
「死んだ遊女は無縁仏となるからね」
「その寺なら行ったのぅ」
 薔薇冠(ib0828)が言えば、全員が彼女を見やる。
「入り口で坊主と会ったが陰陽師の事は知らなかったようじゃ」
「寺に居る者も数人ならば知らない者もいるやもしれませんね」
 御樹青嵐(ia1669)の言葉に薔薇冠はふぅむと考え込む。
「私が会ったのは一人で居たのも短時間ゆえ、張り込もうかのぅ」
「僕もそっちに行こうかな。気味がいいものではないけどね」
 肩を竦める溟霆に「仕方ありませんわ」と白野威雪(ia0736)が困ったように微笑む。
「‥‥あの陰陽師が関わっていると、ざわざわします‥‥」
 無表情な珠々(ia5322)の瞳の奥は不安と恐れの色を見せていた。
 ぎゅっと雪が珠々を抱きしめる。
「しかし、倉橋殿は繚咲に滞在する事に対し、避けようとしているように見えまする」
 話を変えた御簾丸鎬葵(ib9142)の言葉に葛は目を見張る。その様子を青嵐はしっかり見ていたようで声をかける。
「何か心当たりでも?」
 青嵐の言葉に葛は困ったように笑った。
「あの子達に言った後‥‥貴方も席に加わったわね」
 葛の言葉に青嵐はその前に想い人と親友に葛が自身の事を話していたことに気付く。
「私は現高砂領主の妹。私は鷹来家の花嫁となるため育てられた。何不自由なく、一度も怪我をした事も無く生きてきた。人形のように。
 けど、沙桐の父親の当たる人と折梅様が私を逃がしたの。人形ではなく、人間となるべく」
 淡々と述べる葛の表情の血の気は無い。。
「兄は高砂を捨てた私を許さなかったのでしょうね。何度か私に刺客をよこした。その時はまだ、天蓋の護衛がいたから何とかなったんだけどね‥‥」
「‥‥今でも許していないんじゃないかって俺達は思ってる」
 沙桐の言葉に開拓者達は納得した。
 捨てて幸福を得る者。
 捨てられて荷を負わされた者。
 この両者が再び会った時、悲劇を考慮しない者などいないだろう。
「皆、気をつけて」
「沙桐様も‥‥」
 雪が切なげに言えば、沙桐は笑みを浮かべ頷いた。


 ラサースは自分の姿が異なることは理解している。だからこそ自ら囮となる事を選んだ。
 前回行った店に行き、ラサースは異国の巫女と言った。
「最近はこちらの方で疫病が流行っていると聞いた。よければ払わせてほしい」
 男がラサースを追い払おうとしていたが、奥から男が一人現れた。
「店の女がやってほしいって言ってるから上がってけ」
 手のひら返したように言う男にラサースは機会とみた。

 寺の前に物乞いが現れた。
 高砂の中でもこの辺は治安が悪い方になるので物乞いが居てもおかしくはない。
 寺を囲む塀の外の向こうは竹林だ。そこに潜んでいるのは薔薇冠だ。
 人間、動物の越えたアヤカシの動きを探ろうと神経を研ぎ澄ます。指が弦を弾けば、その振動は彼女が感じられる範囲を駆ける。
「いない、ようじゃのぅ‥‥」
 安堵にも似たような吐息をつく薔薇冠であったが、先ほどの仲間達の様子を思い出してそっと寺の方を見やる。
 本当に死んでいるのだろうか。
「確かめねばらなぬのぅ」
 そっと呟く薔薇冠の呟きは竹林の葉擦れが奪っていった。


 葛護衛組は目的の場所に到着する頃。
 志体を持たない葛を気遣いつつ、開拓者達は向かっていった。
「結構険しいですね」
 葛の手を取りつつ雪が顔を見上げる。
「貌佳の魔の森はこちらからはまだ遠い所にありまするな」
 現在地の東側を領地に沿って歩いていくと火宵が焼いた山があり、更に東に魔の森がある。
 ほっとしていても、ここが安全である理由はないが‥‥
 そうこうしている内に目的の場所に到着した。
 葛が探している薬草はあったようで、彼女はいそいそととり始めた。
「おてつだいします」
 珠々が言えば開拓者達も手伝いに入り、収穫を始める。
「あまり小さいのは取っちゃダメよ」
 葛が言えば、全員が確認していく。
 その合間でも開拓者達は周囲の監視を怠らない。まだ、近くには何もいないが、緊張は解けない。
 黒鶫の姿はなかった。きっと、あの陰陽師は溟霆達の方に行っているのだろうと青嵐は確信した。それでも奴はシノビを飼っている。何か仕掛けてくるに違いない。
 ばさばさと大きな音を立てて鳥が羽ばたいていった。
 それと同時に鎬葵と雪が術を発動させると鳥の異変に気付いた。
 多分、周囲の小動物はいなくなっているだろう。
「来た道が逃げ道になります」
 珠々が刀を構えて敵の位置を把握した。青嵐も立ち位置を変えて葛を中央に据える。
「お護りしますよ。あの人が大切にしている貴女を」
 青嵐が言えば葛は誰の事かわかったのか、微笑んだ。
 風が渦を巻くように鳴っている。
「高砂の娘だな」
 朗々と高らかに叫ぶ声は武具を纏い、芍薬の花飾りをつけた娘。どうやら、変装した開拓者たちに気付いていないようだった。
 百響一味と対峙した際に珠々が対峙した人型アヤカシだ。百響は戎と言っていた。
「その女に用がある。渡せ」
 高飛車に言い放つ戎に開拓者達は応じない。
「ならば奪うまでだ」
 開拓者達の臨戦態勢は戎にはわかっているのだろう。だからこそ、戎の闘争心と高揚をそそられる。
 戎だけではない。奴が従える下級アヤカシ達はそこにある肉に歓喜し、吠える。


 ラサースはそのまま男達に監視されながら中へ案内された部屋はこじんまりとしたもので、一組の布団が敷かれてあった。女はラサースに背を向けている。
 黒い髪は着物を羽織って長さがよく分からなかった。ラサースが声をかけようとした瞬間、女が口を開いた。
「開拓者‥‥でありんすね」
 くるりと振り向いた女は、白粉をはたいた白い肌、漆黒の髪は横髪が長い短髪。暗い瑠璃の瞳。切れ長の瞳は面白がっている色を見せ、紅に染めた唇は妖艶だ。
 人相書きとよく似た退廃的な美しい男。
 くつりと笑う遊女、いや、陰陽師にラサースは総毛が立つ思いに駆られる。
 次の瞬間、ラサースは上から降ってきた影に気がついた。


 瞬風破で下級アヤカシを凪ぎとばした鎬葵は雪に葛を連れて行くように声をかけた。
 この数ならば、倒せない事も無いが、戎はそこらのアヤカシとは格が違う。確実にこっちがやられると判断した。
「こっちです!」
 珠々が戎を引き付け、更に撹乱する為に青嵐が雑魚アヤカシ達に幻影符を投げつける。
「彼女を狙うのは何故ですか」
 青嵐が言えば、戎は鼻で笑う。
「その者は繚咲を捨てた。繚咲の地に産まれ繚咲の礎となる事を捨てた。そんな者を生かすわけにはいかぬ」
「人に選択肢はありまする」
 鎬葵が白鞘を振った瞬間、刃に焔が抱かれる。
「その選択肢を誰も踏みにじる事はできない!」
 大きく踏み込んだ鎬葵の一撃を戎は楽しそうに自分の刀で受け止める。
「人間は我々の糧! それ以外の選択肢など無いわ!」
 花弁のように刀から火花が散るも、鎬葵は再び剣を振るうが戎は軽やかに払った。刃が離れる瞬間、戎が揺れた。
「う‥‥」
 戎の纏まった髪が鋭い蔓となり、鎬葵の太股に突き刺さった。
「人間は脆い」
 更に青嵐が戎の足を目がけて斬撃符を放ち、戎が怯んだ瞬間、鎬葵は蔓を引っこ抜いた。
「雪さん!!」
 悲鳴に似た呼び声を出す珠々が振り向き、早駆で駆け出す。
 雪も錫杖を構えるも影に狩衣を掴まれてそのまま地に投げられた。
「葛様!」
 影‥‥シノビは軽々と葛を担いでいった。
「何だお前達は!」
 戎も知らないようで、慌てて開拓者の相手をやめた。影は一心不乱に走る。逃げるように。
「逃がしません!」
 珠々が早駆で駆け出した。今回は撒かれるような事はしない為にだ。
 影達はこの地を知り尽くしているように思える。
 脳内の答えは出てきている。
 土地勘があるシノビを見失ったらおしまいだ。
 一気に葛を取り返そうと珠々は夜を使った。

 間合いを更に詰め、葛の服を掴む。
 それだけでいけると信じた。

 次の瞬間別の影が珠々の間合いに気付いていたのか、珠々の手を掴み、葛を引き離した。
「珠々ちゃん‥‥!」
 葛の悲痛な声に置いてかれた珠々だが、彼女の手には一本の苦無があった。


 寺で張っていた物乞いと化していた溟霆と竹林に隠れていた薔薇冠だが夜ともなれば冷気を伴う。
 ぴくりと、溟霆の耳に何かが入ってきた。
 人が動いている音だ。
 昼間は寺の者、下男を含め六人ほどだったが、今聞こえているのはその倍だ。
 そして、昼間に寺に入った者は日暮れまでに全員外に出ている。その様子は離れた所で隠れている薔薇冠も確認済み。
 薔薇冠にも溟霆が聞いた寺の中の音は届いている。
 元々音の方向が溟霆より薔薇冠が近い。
 その中で異色の声がした。
 女の声だ。
 ここで女が生活している様子などは無かったはずだ。
「早くしろ」
 僧侶の声が聞こえた。その声に薔薇冠は思い当る節があった。
 前にこの寺に来た際に薔薇冠と話した僧侶。
 本能が自身の身体叫ぶと同時に薔薇冠は弦に指をかけて弾いた。

「うつくしい おんな!  咲主様に 今度こそ とどける!」

 鏡弦が薔薇冠に危機を教えると同時に爛々と目を輝かせた幼女がいた。

 一方、溟霆はゆっくり立ち上がった。
「物乞いの格好をしては美丈夫の姿もわかりませんね」
 くつりと笑う相手に溟霆は珍しそうに眺める。
「男の私が遊女の姿で現れたらびっくりするだろうと思ってね」
 いけしゃぁしゃぁと言う陰陽師に溟霆は「そうだね」と肯定する。
「彼を放して貰えないかな」
 溟霆が陰陽師を見つつ、視界に入れているのはラサースの事。現在、店にいただろう男の肩に担がれている。動かないところを見ると気絶させられたのだろう。
「前に僕達と会っていた遊女はもう死んだと聞いたんだけど」
「天蓋が入っていたのは承知の上でね。こちらも好都合だったから死んで貰うことにした」
 溟霆が話を変えると陰陽師はあっさりと答えた。
「俺達と関与しただけで命を奪うというのか‥‥」
 呻くラサースに溟霆はその声に気づく。自分で動けるかはわからないが。
「我々にとって人間は最後の最後まで使う価値がある。そう、骨の随の一滴までも」
 くつくつ笑う陰陽師に溟霆は目を細める。
「‥‥俺はまた、罪を犯すのか」
 絶望の色を纏ったラサースの声に凛とした声が闇から響く。
「人の命を侵したかはその死体を見てから言うもんだよ」
 満月の光に刃の切っ先が反射した。
 その刃はラサースを担いでいた男の右半身を肩ごと斬る。
 反射的に陰陽師は間合いを取るため、その刃の持ち主に斬撃符を投げつける。
「沙桐君、乱暴だよ」
 左肩を負傷した沙桐に溟霆が注意する。沙桐は明るく謝りつつ地に倒れこんだラサースに手を貸す。
「大丈夫戦える?」
「‥‥ああ」
 人使いの荒い依頼人でごめんねと沙桐が笑う。
「沙桐君、竹林の方にいる薔薇冠君が何かと戦っているようだ。あの時の兎かな」
 溟霆が言えば呼子笛の音がし、沙桐は走り出した。
「逃がさないよ」
 言葉と同時に放たれたのは幻のような流星。

 撤退戦とはいえ、苦戦を強いられていた鎬葵達であったが、駆けつけた蓮誠や架蓮、天蓋の者たちが加勢してくれた事により、戦況が変わった。
 知った顔を見た開拓者達は安堵と力が湧く感覚となる。
 戎は更に戦える喜びに笑顔となったが、後ろから現われた影に何かを言われ、舌打ちをした。
「あれは陰陽師の‥‥」
 青嵐が呟くと、戎と陰陽師のシノビと思われる影だけが消え、下級アヤカシはそのまま開拓者へと向かった。
 練力も無くなりつつある開拓者は天蓋の者達と力を合わせ、何とか撤退出来た。


 一方、薔薇冠は苦戦を強いられていた。
「すばしっこい‥‥のぅ!」
 機動性の高い瑞雲と即射を持ってしても幼女の動きは捉えられない。薔薇冠の矢は幼女との間合いの為に撃たれている。
 幼女の兎のように長い耳と長い伊達襟が気流に流れて揺らめく。まるで白い牡丹の花だ。
「おぬし等はあの女達に何をしようとしているのじゃ」
 びんと、空気が震えて矢が放たれる。
「人間は天香たちのごはん それ以外あるのか?」
 きょとんとする幼女に薔薇冠はもう一度矢を放つ。
「お前達の背後は誰じゃ」
「咲主様だよ」
「どこにおるのじゃ」
「貌佳の奥だよ」
 会話の投げあいの果てに速度を上げた幼女は一度強く地面を蹴ると薔薇冠との間合いを一気に詰めた。
 気付いた薔薇冠が弓を捨て、ピストルに手をつけようとしたが、幼女は薔薇冠を蹴り倒す。小さな身体でも中身はアヤカシ、薔薇冠の身体をいとも容易く地に這わした。
「動けないように足を折らなきゃね」
 楽しそうに笑う幼女に薔薇冠は危機を覚え呼子笛を吹いた。
「‥‥ちぇ、しょーがないな。松籟! 連れて来るんだよ!」
 不満そうに幼女は踵を返し、一気に逃げ出した。
「薔薇冠さん、大丈夫!?」
 沙桐が駆けつけ、薔薇冠は黙ったまま幼女のアヤカシが去った方向を見た。

「行ってしまったようだね」
 大きな声は溟霆達にも聞こえていた。松籟と呼ばれただろう陰陽師は溜息をついた。
 溟霆が再び錘を投げると松籟は白狐を呼び出し、盾としたが、松籟に投げた筈の錘は後方だ。
「ぐお!」
 門の騒ぎに気付いた僧侶の額に当たったようだ。
「後は任せろ」
 ラサースが言えば溟霆は蹲る僧侶を軽々と飛び越えて中へ入った。女達は猟師のような姿で別の僧侶に急かされているようであった。
「おや」
 溟霆はその中でお目当てを見つけたようだ。
「ベールで顔を隠した方の旦那が君がいなくなった事を気にしている。後で会うといいよ」
 そう言うがはやいか、溟霆はもう一人の見張り役の僧侶をあっさり錘で捕縛した。


「仕方ありませんね」
 溜息をついた松籟は白狐を呼び出し、ラサースを襲わせた。
「くっ」
 白狐の鋭い爪の攻撃に彼は気をとられた瞬間、松籟は逃走してしまう。戻って来た溟霆が松籟の逃走に気付き、白狐を二人で倒した。
 ぽっかり浮かんだ満月を溟霆は溜息をついて見上げた。


 少し道に迷いつつも珠々は走った。
 音は逃がさない。
 追い付けられなくても方向さえわかれば‥‥!
 出た先は寂れた農村。更に奥には山がある。
 今日は満月の夜。
 その恩恵にあやかり、足跡を探す。
「‥‥手がかりがあれば絶対に行きます」
 ぐっと、珠々は苦無を握り締めた。