【繚咲】三枝の侵入
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/05/14 23:32



■オープニング本文

 昔、高砂という小領主に一人の娘が産まれました。
 一族全員が娘の誕生を喜んでいました。
 何故なら、三代ほど娘が一人も産まれなかったからなのです。
 娘は必ずしも高砂と他二つの小領地を纏める鷹来家の嫁にさせようとだれもが思いました。
 娘に何かあってはいけないと小領主様と奥方様はいつも数人の侍女をつけ、何一つ不自由をさせることはありませんでした。
 綺麗な着物においしい食事、遊ぶ物もたくさん与え、娘は何一つ傷ついた事なく育っていきました。
 誰が見ても可愛らしい人形そのものと言いました。
 淡い笑みを浮かべればよいというたった一つの親の言うことを信じておりました。

 そう、人形のように‥‥




 武天のとある街の医者である倉橋葛はいつでも忙しい。
 患者はくるが、元気な街人が遊びに来ることもある。
 癇癪で泣きだした子供の声に葛が飛びだしてきた。
「先生、すみません」
「いいのよ。あらあら、窮屈だった?」
 お母さんが謝ると、葛はからりと笑って子供をあやす。
「八っぁん、元気なんだからちょっと変な顔してこのこと遊んで」
「あー。はいあはい、ほ〜らほら〜」
 葛の命令に誰も逆らえず、八っぁんと呼ばれた中年は子供をあやしている。
「ははは、葛先生は人使いが荒いなぁ」
「あら、仕事の合間を抜け出してお茶すすっているんだもの。お茶代稼いでいってよ」
 他の患者が茶化して言えば、葛は真っ向から返して皆の笑いを誘う。
 いつも明るく前向き。皆に笑顔を与える。
 それが倉橋葛。

 ところ場所変わって、繚咲は高砂。
 一軒の甘味処にて噂話があがっていた。
 お隣の小領地である深見の当主がそろそろ代替わるという話だ。
 鷹来当主が深見領主の娘の縁談を蹴ったのだという。
 現鷹来家当主は誰もが美青年の太鼓判を押す。民に優しい当主で大抵の民は当主が好きだ。
「あの沙桐様の嫁探しか。どんな人と結婚するんだろうね」
「後の有力候補は貌佳のお嬢様かね」
「高砂にはまだいるじゃないか」
「ああ、庄屋衆の!」
「でもね、今は体調が優れないそうだよ」
「お気の毒だね」
 医者に見てもらえばいいのだが、その娘は人見知りでその延長で医者も嫌いだそうだ。
 看て貰えればすぐに直るのに嫌がるので中々よくならないのだ。
「それなら葛先生に頼めばいい!」
 寄り合いの中にいたのは茅という高砂近隣の村の運送業に従事している男だ。
「葛先生?」
「お前さんが世話になった先生かい?」
 一人が茅に言えば彼はこっくり頷いた。
 彼は先日、お得意先の使いの帰りに乗っていた馬が興奮してしまい、落馬してしまった。下手すれば命を落としかねないところであったが、たまたま居合わせた町人達のおかげで打ち身とすり身で済んだ。
 担ぎこまれた先は葛の診療所。
 仕事は的確で優しい葛の手にかかればきっと大丈夫と茅は熱心に言うと、甘味処の女将さんが「一つ話してみようかね」と言い出した。
 この甘味処の原料は高砂の農家から買っている。農家を束ねる庄屋衆ともそれなりに知り合いのようだった。

 とんとん拍子で話が進み、娘の母親は藁に縋る想いだったようだ。茅が葛に手紙を送り、葛の返事を待つだけだが‥‥
 当の葛は頭を抱えていた。
 そう、葛は高砂の領主の血筋であり、現高砂領主は葛の兄。
 高砂を、繚咲を出奔してもう三十年は経ち、自分を解る者はいないだろうとは思うが‥‥
 兄に見つかれば自分は命を狙われる。
 家を見捨て、高砂領主の娘として鷹来家に嫁がなかった自分を決して許さないだろう。
 だが、鷹来家の見合いというか、沙桐も心配で顔を見たいと思ったりで葛は頭を抱えるばかり。
「開拓者に護衛を頼んだらどうだ」
 見かねた夫が声をかけた。
「‥‥あまりお金は出せないけど‥‥」
 溜息交じりで葛は頷いた。


 一方、沙桐はある情報を手にしていた。
「陰陽師が高砂に?」
 顔を顰める沙桐に頷くのは架蓮。
「柳枝の店の近くにいたそうです」
「高砂か‥‥」
 柳枝は高砂の花街の花魁だ。
 彼女の情報収集は信用できると沙桐は思っている。
「あと、高砂の外れの道にも見たという情報が」
「‥‥最近姿がないと思ったら‥‥とりあえずは高砂で調査だね。あの百響も全然動きが無いし」
 ふーっと、沙桐が溜息をついた。


 葛の護衛依頼と沙桐の調査依頼が一度に来て真魚はどうしようかなと思ったが、二人の関係を知っているし、葛が沙桐に会いたがっているのも知っているので依頼を一緒にする事にした。
「陰陽師って、何者なんでしょうか‥‥」
 ぽつりと呟く真魚の言葉はギルドの天井に吸い込まれて行った。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
薔薇冠(ib0828
24歳・女・弓
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志
ラサース(ic0406
24歳・男・砂


■リプレイ本文

 紅筆をおいた珠々(ia5322)は目の前の人物を見た。
 元々綺麗な顔立ちをしているが、化粧をすると随分華やかさがあり、慌てて化粧の陰影を変えた。
 化粧を施された葛当人は珍しそうに鏡を覗き込んでいる。
「すごいわねー」
「珠々様は日々研鑽されているのですよ」
 穏やかに微笑む葛と白野威雪(ia0736)の隣で鎬葵が珠々に化粧を施されている。
「動いちゃダメです」
 落ち着かない様子の御簾丸鎬葵(ib9142)の顔を珠々が両手で固定する。
「‥‥は、はい」
 しゅんとなる鎬葵は珠々にされるがまま化粧を施されている。鎬葵と雪は葛の助手という名目で護衛に当たる。
 珠々は娘の人となりを聞いてこっそり様子を探る。
 どこか上の空の鎬葵はそっと目を閉じる。


 陰陽師捜索組は高砂の裏道にあるすこし小汚い宿。
 沙桐からの指定の場所であり、出てきたのは目もろくに見えない老婆だった。御樹青嵐(ia1669)が待ち合わせをしていると言えば、老婆は一階の奥へ案内した。
 隠し通路のような暗い廊下を歩いていけば、老婆は突然止まり引き戸を開ける。
 薄暗い部屋にいたのは依頼人の沙桐だった。
「やあ」
 にこやかに微笑み、来てくれた開拓者に座ってと声をかける。部屋にはあまり光が差してないが、とても清潔で先程の宿の中とは思えない。
「あ。ラサース君だっけ、また来てくれたんだ」
「ああ、折角の縁だからな」
 こっくりと頷いたラサース(ic0406)に沙桐は「ありがとう」と笑う。
「そっちのお姉さんは初めてだね。来てくれてありがとう。俺は鷹来沙桐、よろしくね」
 薔薇冠(ib0828)を見つけた沙桐が言えば彼女は「よろしゅう」と返した。
「しかし、今まで姿をくらましていたのに今更ですか」
 ふぅとため息をつくのは青嵐だ。
「何だっていいよ。最後に捕まえれば」
 吐き捨てるように答えた沙桐の目はひどく冷たい。そんな沙桐を見て溟霆(ib0504)はくつりと笑む。
「本題じゃが、件の陰陽師の見つかった場所はどこかぇ」
 先を進めてくれたのは薔薇冠だ。沙桐は自分の前に広げていた地図を開拓者に見るように言う。
「ここが今俺達がいる所、で、陰陽師が現れたのはここら」
 沙桐がおはじきを置いて印をつけていく。
「花街はどのあたりだ」
 ラサースが声をかけると、沙桐は該当する区画を指でなぞる。中はそれなりの広さがあり、その中に店がぎっちりつまっている。
「花街の中と外に目撃情報があるからね、無理して中に入らなくてもいいよ」
 「目撃は二度。一度目は夕暮れ時、花街の中で歩いているのを目撃した。二度目は昼間、花街の外の堀を歩いていたと聞いた」
「目的はあったのか?」
 地図を覚えようとするラサースはじっと地図を見つめている。
「どちらの目撃も人ごみの中でね。特に何かしたというのはわからずにそのまま紛れて見えなくなったそうだよ。共はつけてなかったようだけど」
「一人か‥‥」
「彼自体は一人で行動しているだろうけど、彼はシノビを引き連れている。どこかにシノビが隠れている可能性もある」
 溟霆が言えばラサースと薔薇冠が顔をしかめる。
「花街の外にもいるようなら動きようもあるじゃろぅ」
 そう言った薔薇冠は女性だ。そう簡単に花街は歩けない。
「陰陽師とはどのような姿だ」
 最後にラサースが言えば沙桐は懐から人相書きを取り出した。前に参加してくれた開拓者が描いたものだ。
 髪は黒髪で横髪が長い短髪、切れ長で暗い瑠璃の瞳、通った鼻筋に薄く赤い唇。
 退廃的な美しい男だ。
「年齢は三十代より上か」
「だと思います」
 頷いたのは青嵐だ。
「以前の依頼で判明したことだが彼は繚咲内の重要人物に手下を放っている」
「深見の領主にもいたよ」
 沙桐の言葉を付け加えるのは溟霆だ。
「‥‥高砂領主の元にいる可能性があるかもしれないと」
 ラサースが沙桐に顔を向けると彼は頷く。
「可能性はなきにあらずだね。でも、仮定は仮定だよ」
 こっくりとラサースは頷いた。

 庄屋衆の頭の家についた葛達は家族や周囲の人間の話を聞く事から始める。
 娘の名前は杏。
 父親の庄屋衆の頭は家のことは妻に任せて自分は仕事に打ち込んでいる男らしい。
「それでも、やせて使えなくなったウチの畑を手間暇惜しまず治してくれてね。悪い人じゃないんだよ」
 という証言もある。
「庄屋衆は世襲制だけど、杏ちゃんのおとうさんは普通の農家でね、頑張って成り上がったんだよ」
 それには鎬葵が驚いた。
「普通の農家が成り上がれるのですか?」
「それを認めてくだすったのは緑萼様でね」
 えっと、目を見張る雪と鎬葵。脳裏に浮かぶのは沙桐とよく似た顔の仏頂面。
「あの人も仕事一辺倒だけどね、よい方だよ。高砂の領主様に直談判しに行ったくらいでね」
「男前だしね」
 などと楽しそうに笑っていた。
「よい方なのですか」
 鎬葵の質問に皆が頷く。
「杏様の好きなものとかありますか? 私、杏様を引きつけるには甘味くらいしか思いつかなくて‥‥」
 しゅんと俯く雪に杏を知るものはくすっと笑う。
「甘い物を持っていくんじゃなくて、甘い物の話をしてみればいいんじゃないかい?」
「離れたところで楽しそうにしていればひっかかるもんだよ」
 くすくす笑う女達に鎬葵と雪は顔を見合わせて頷く。
 一方、珠々は屋根裏部屋に忍び込んで娘の様子を天井裏より眺めていた。
 杏は少しだるそうであるが、深刻ではなさそう。周囲を気にしたが、特に気になる事はなかった。
 ぐずっと、鼻をすする音が聞こえ、珠々が杏の様子を見ると、随分ふてくされている。
「おとうさんのばか‥‥」
 杏の目尻に涙が浮かぶ。それを珠々はじっと見つめていた。


 陰陽師捜索組は行動を開始する。
 薔薇冠はよい身分の侍女を装い、町外れで聞き込みをしていた。
 陰陽師を届け主に見立てて、この辺に居を構えていると主より聞いたと言って尋ねまわる。
「いいや、聞いた事ないね」
 首を振る壮年の男に薔薇冠は大人しく引き下がった。
「お姉さん、この先は行っちゃダメだよ。殆ど人も寄りつかないし、アヤカシが出る噂もあるから」
「そうなのかえ」
 相槌をうつ薔薇冠に男は頷く。
「それにこの奥にボロの屋敷があって、時折誰かいるのを見るんだ。近づいちゃなんねぇ。着てるモンは上等だし、なによりお姉さんは別嬪だからな」
「よい話を聞いた。気をつけよう」
 こっくり頷いた薔薇冠に男は和やかに「気をつけて帰るんだぞ」と気をかけてくれた。

 高砂の街を黒鶫が一羽飛ぶ。
 繚咲最大都市である賑やかなこの街は周囲がめまぐるしく活気がある。誰も空を飛ぶ黒鶫に気付かない
 活気に飲まれかけているのはラサース。
「行くよ」
 溟霆がラサースに声をかけて先を歩く。
 ひしひしと刺さる好奇の視線には慣れたが旅人と思ってくれれば大丈夫だろうとは思った。
「いつの間に」
 ラサースの視線の先は溟霆の手元。行く時にはなかった包みがあった。
「米を粉にしたもので作ったカステラだよ」
「土産か」
 これから行くのは高砂一番の花魁がいる店だ。
「前に無粋な真似をしてしまってね。美味しいよ」
 黙ってラサースは溟霆の話を聞いていた。
 店は昼見世の時間であり、一応は客が入っている。裏から通してもらって二人が来たのは花魁柳枝の部屋。
「ようこそ。こちの兄さんは初めて会いんすぇ。」
 悠然とした笑みを浮かべて柳枝が二人を出迎えた。
「ラサースだ。宜しく頼む」
 豪奢な装いに負けない気高い様子の柳枝に気圧されつつもラサースは声をかける。
「今回は手短に本題に入らせてもらうよ」
 時間が無いし、早く陰陽師を捕まえたい。
「先の陰陽師の話でありんすね」
 柳枝の言葉に二人は頷いた。
「かの陰陽師は東から南へ歩いて行ったといわす話を聞きんした。南の道には質の悪い店がたくさんありんすが、陰陽師が店で遊んだといわす話は聞きんせんでありんした」
「遊郭に目的があるわけじゃないのかな‥‥」
 考え込む溟霆に柳枝は言葉を続ける。
「其処に目的の奴がいるなら探す価値はあるだろう」
 静かにラサースが言えば溟霆は頷いた。
「あ、これお土産」
 さっと溟霆が柳枝にカステラを渡せば彼女は目を瞬かせる。
「好きなんでしょ」
 溟霆の言葉に柳枝はくすくす笑い出した。
「ぬし様のような人は好かないじゃありんせん」
「そう、ありがとう」
 可愛らしく笑う柳枝に溟霆はくすっと微笑み返した。

 青嵐は裏通りに隠れると人魂を呼び出して様子を窺がった。
 黒い小鳥は緩やかに高砂の街を旋回する。特に見張られている様子はないだろうと判断した時、黒鶫がすれ違った。
 ぱちりと、青嵐の脳裏に陰陽師の姿が浮かび上がる。
 彼が仕入れた情報は一応の手ごたえはあった。
 高砂領主の評判は仕事はするが人柄が偏屈で楽をしようとする商売人は領主相手に苦労しているらしいが、かといって誠実な人間は相手するのが面倒らしい。
 付き合いにくい人間であるが、ひとつ興味のある情報があった。
 沙桐の叔父、緑萼と仲がいいらしい。同属同士で馬が合うのだろうか。
 出奔した前領主の娘の話は老人達の方がよく知っていたようだった。
 紗枝という名前でいつも屋敷の奥で過ごしていた娘だという。
 前領主夫婦は紗枝をよく可愛がっていた。いつも侍女たちに囲まれて噂ではとても綺麗な人形のようだったらしい。
 何故、出奔したのかも今でもわからないらしい。
 誰もが「あんなに大人しかったのに」と口を揃えていた。
 陰陽師の方は今ひとつ情報が集まらなかったのでもう一回りする事にした。


 庄屋衆の頭の家の一角で楽しげな話が聞こえた。
「ああ、あのカステラね」
「とても美味しかったわ、チョコレートが美味しくて」
「あれはバレンタインデー限定といってました」
「まぁ、残念」
「最近だと柏餅が出てきてますよね」
「それだとここを左に曲がったお店が美味しいのよ」
 女性達の甘味話だ。母親と下女とあとはお客さんだろうか、杏は自室で騒ぐ声を耳そばだてていた。
「私、餡の練りが濃い方が好きなの」
「しっかり練らないとだれるわよ」
 美味しそうな話に杏はぐぅっと、お腹を鳴らした。
 そういえば昼ごはんを食べてない。医者の先生がくるという話で嫌がって部屋に塞ぎこんでいたのだ。
「ちまきも美味しいのよ」
「後で買いたいです」
 甘味の話は魅力的な話だ。のそのそと杏が動き出す。
 心眼を使っていた鎬葵が奥で気配が動いたのに気付いた。
「来たようですね」
「惹きつけなきゃだめよ」
 ぽつりと呟く鎬葵に葛が耳打ちし、更に会話を進める。
 甘味の話に喜んで聞いていたのは雪だ。楽しそうに繚咲の美味しい甘味屋を聞き出している。
 廊下で腹の鳴る音が聞こえ、鎬葵が戸を開けるとそこには顔を赤らめた杏がいた。
「これから買いに行く話をしておりまする。よろしければ、御一緒に‥‥」
 微笑む鎬葵を見た杏は更に顔を赤らめてこくりと頷いた。


 柳枝に言われた方向を歩いていた溟霆とラサース。
 南に歩いていくにつれて店の質が悪くなるのが見てるだけで十分解る。
「あらあら、兄さん、遊んでいかないかーい?! あはははは!」
 格子窓の向こうで甲高く嘲笑をあげる遊女達に二人は見向きもしない。
 郷里の言葉を隠す廓言葉も使わないような質の悪い遊女ばかりが詰め込まれている店が軒を連ねている。
 三度笠で隠れているが、美丈夫の溟霆は随分と声をかけられた。ラサースは異国の者ならではの危うげな情緒の様子に少し気後れする遊女もいたが、その雰囲気に呑まれ、声をかけてきた。
 問題の陰陽師について話を聞いていたが特に話が出てこない。
 聞いたのは近隣の店の人間で、あからさまに余所者の旅人の姿に警戒をしているようでもあった。
 さてどうしてくれようかと思っていたが、ふいに聞こえた女の声に二人は気付く。
「兄さん達、女を買うつもりが無かったらさっさと出るといいよ」
 格子窓の向こうの遊女が話しかけてきた。
「何故だ」
 ラサースの言葉に遊女は目を伏せて更に小声で呟いた。
「最近、病気なのか次々と遊女が死んでいるようなんだ」
「‥‥病気?」
「ついこの間まで元気だった遊女が次々と隔離部屋で死んでは寺に投げ込まれているんだよ」
 溟霆が陰陽師の容姿を言えば、遊女は見た事があると言った。どこかの見世の裏に入って言ったようだった。
 さらに尋ねようとすると、奥から男が現われて客の相手をしろと遊女を引っ張っていった。
 遊女の後姿を見たあと、溟霆とラサースは顔を見合わせた。

 薔薇冠が町外れを狙って更に歩いて行ったのは寺だ。
「おや、こんな所にいかがされましたか」
 僧侶が現われて薔薇冠はこの辺に住んでいるだろう目的の男の話をした。
「そのような方は住まわれてませんよ」
「そうかぇ‥‥」
 肩を落とす薔薇冠に僧侶は困ったような笑みを浮かべる。
「ここは身寄りのない人の投げ込み寺です。あまりよくないものに中らぬ前に退散するべきですよ」
「そうするかの」
 僧侶の言葉の通りにした薔薇冠はその場を辞す。僧侶は見つかりますようにと声をかけた。
 ここから近い花街方面へ足を進める薔薇冠の背を見送るように一羽の黒鶫が羽ばたき、薔薇冠は顔を見上げた。


 鎬葵の笑顔に絆された杏は葛とも打ち解ける事ができ、何とか診療を完了した。
 飲み薬と適度な散歩と栄養を取ればすぐに体調は戻りそうだった。
 鎬葵と雪は杏と繚咲の見合いの件について聞いてみた。
「私、見合いなんてしたくない‥‥お父さんは一人で盛り上がって‥‥領主様には好きな人がいるんだから一緒にさせてあげればいいのに‥‥」
 しゅんとなる杏に二人は顔を見合す。
「わーっと、そう叫んでみたら? すっきりするかもよ?」
 葛が言えば、鎬葵も頷く。
「大きな声を出すのは身体によいのですよ。試してみては?」
「‥‥が、がんばります。でも、領主様が好きになった人がどんな人なのかとても気になります」
 杏の言葉に雪は恥ずかしそうにだんまりするしかなかった。

 最後は居心地が悪かったが雪だが、葛に沙桐に会いに誘う。
「鎬葵ちゃん?」
 葛が鎬葵の様子に気づき、声をかける。
「何故‥‥兄が倉橋先生を敬意を持っているのか分かりました」
 思いつめた表情から出される言葉は掠れていた。
 鎬葵が開拓者になったのは兄を郷里に戻ってほしいからだ。けれど、もう彼は戻らない。
 心が伴わない。
「鎬葵ちゃん、ごめんね。私には何も言えない」
 ぎゅっと葛が鎬葵を抱きしめる。
 葛もまた似た境遇だから。

 少し遅れて杏の屋敷から出て来た珠々は視線を感じてそれを追った。
 葛達を見ていた視線はシノビだと判断した。
 大通りに入っていくと、シノビは早駆を使い、珠々を撒いた。
 シノビが向かった方向は寺だった。花街が近いから投げ込み寺だろう。
 仕方ないと珠々はくるりと踵を返した。


 影が走る。
 先導するのは美しい黒鶫。
 影が報告したのは繚咲を捨てた一輪の三枝が高砂にいる事だった。