【繚咲】榾杙の鏡
マスター名:鷹羽柊架
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/19 22:59



■オープニング本文

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 キズナを監視するよう言い渡したのは深見領主の息子である常盤は開拓者やキズナ、沙桐に手をついて非礼を詫びた。
「申し訳ない」
 言い訳も言うつもりはないらしく、潔くそれだけ言った。
「言い訳を連ねないのはいい姿勢だな。だが、なぜ監視をした」
 厳しい表情で問い詰める沙桐の言葉に開拓者達の中には意外そうな様子を見せていた。
「父は近日、緑萼様より沙桐様の謁見を許されたと聞きました」
 緑萼は現在の繚咲当主代行の名、すなわち、沙桐の叔父にあたる。
「俺はそのような話は聞いてない」
 きっぱり言い切る沙桐に常盤は困ったような表情を見せる。
「沙桐君、今は何故監視をしていたかだよ」
 開拓者の一人が道を正すと、沙桐ははっとしたように少し、バツの悪い表情を見せた。
「明日香はその話を聞く前に家を出ていたのです‥‥」
「行く先の見当は‥‥」
 女剣士の開拓者が言えば、常盤は首を振った。
「女中の話によれば、妹には密かに恋仲の男がいると聞きました」
「駆け落ちって事ですかね」
 ふむと、開拓者が相槌を打つ。
「父にとって‥‥いや、繚咲の有権者にとって、当主の嫁という座に娘をつかせるのは最大の利を得ます。当主の座に自分の子をつかせ、当主を殺せば自分で意のままにこの土地を動かせる」
「流通経路も、他の三領地の利益を鷹来の家が握っているのですね」
 異国の開拓者が言えば常盤は大人しく頷いた。
「興味はないのでありまするか?」
 開拓者が尋ねると、常盤は首を振った。
「確かに、己の自己満足から動かせるのであれば魅力的ですが‥‥それを動かすには多くの民の営みが絡んでいます。民あってこその領地。民がいないのであれば権利なぞあってなきもの」
 私には深見を統治するだけで精一杯ですとだけ言った。
「んで、この子を狙ったのは?」
 はっきり言うようにと念を押すように開拓者が言えば、常盤は少し口篭ったが、心を決めたようだ。
「妹に成りすまして貰い、見合いに出てもらおうと思ってました。妹にその気がないのに連れ戻すのは忍びないと‥‥」
「おとうさんにばれませんか?」
 首を傾げる開拓者に常盤はどうでしょうねと笑う。
「父はここ数年妹と会っていません。正月の祝い事も家では個々でやっているようなものです」
 顔も覚えているかどうか怪しい程だという。
「おかあさんは?」
「母を亡くしたのは七年前、病でした。元々、私達子供に対して父は気には留めていないようでしたが、母が亡くなってからは敷地内の別邸に私達兄妹を住まわせるようにしており、生活も別でした」
「政務には携わっているのかい?」
 開拓者の一人が尋ねると、常盤は頷いた。
「父は一人自室に籠もり政務をしていました。近づけるのは一部の者のみでした。また、鷹来家へ行けるのもその一部の者達のみ」
 呆れたため息をつく開拓者はじろりと常盤を見やってから、キズナの方を見る。
「キズナ、どうしたい?」
 その言葉にキズナは困ったような顔をしていた。
「‥‥たすけてあげたいです」
 それだけは本当のこと。


 後日、深見当主の娘である明日香を貌佳にて見つけた。
 小さな村の片隅で炊事をしていたらしい。
 魔の森の近くの村で今はアヤカシが落ち着いているからまだ安心して飛び込められた。だが、そろそろ動き出しているアヤカシもいるようだった。
 すぐに出れば、見つからなければ逃げる事は可能だろう。
 誰に?

 てくてく魔の森を突っ切っていく姿。
 幾重にも重ねた飾り襟がまだ雪が残る繚咲の白に溶けるような美しい白牡丹の花弁のようだ。
 流水のように流れるような白銀の髪。幼さい顔立ちは可愛らしい。
 その耳は長く白の毛皮に覆われている。
 一度ぴたりと止まると、何かを見つけたようにパタパタと走り出し、丁度よさそうな木の影に隠れる。
 その白兎のような「幼女」が見たのは逃走中の深見領主の娘、明日香だ。
「きっと、主様、よろこぶ」
 らんらんと目を輝かせ、幼女はうまそうと舌なめずりをし、がまんと両袖で口元を隠した。



■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
珠々(ia5322
10歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
溟霆(ib0504
24歳・男・シ
御簾丸 鎬葵(ib9142
18歳・女・志


■リプレイ本文

 若花王常盤の話を柊真に話すために開拓者達は宿に戻った。
 色々な思いを胸に秘めていたが、一番先に吐露したのは珠々(ia5322)だ。
「‥‥上原様ももっと笑いなさいって見に来てくれました。わからないおとうさんはおとうさんじゃありません」
 柊真はそっと微笑んで珠々を抱きしめる。いきなり抱きしめられて珠々は固まってしまった。
「ほんと、お前はいい子だな」
 柊真がそうだなと呟いて珠々の頭を撫でる。
「珠々君はいい子だよ。今気づいたのかい?」
 くすっと、溟霆(ib0504)が笑うと柊真は珠々を隠すように小脇に抱える。
「嫁にやりたくない」
「早速親ばかですか」
 呆れる御樹青嵐(ia1669)に柊真は「何とでも言え」と言う。その姿に輝血(ia5431)は溜息をつく。
「しかし、正反対ですわね」
 ふぅとため息をついたのはフレイア(ib0257)だ。
 対象となるのは深見領主の家の事だろう。
「寂しい話ですね」
 瞳を伏せたのは白野威雪(ia0736)だ。
「そうだね‥‥ばあ様はそういう寂しい思いをしてる人を救ってあげたかったらしいよ」
 沙桐が言えば、雪は記憶にある折梅を思い出す。沙桐は鉄瓶の湯がなくなったのに気づいて下に向かった。雪がその後を追って沙桐に柊真と何かあったのか尋ねる。
 むすっとした表情だったが、沙桐はそっと雪の手を握り、口を彼女の耳元に寄せた。
「子供ほしいな‥‥いずれ、産んで」
 雪が驚いたように目を見開く。珠々絡みの話でからかわれたのだろう。
「今回の件‥‥沙桐様はどうお思いで?」
 沙桐の様子に心配した雪が尋ねると、沙桐は「助けてあげたい」とだけ言った。
「無理しないで下さいね」
 心配そうに言う雪に沙桐は頷いた。
「一つずつ解決していこう」
 見つめあって二人は階段を下りていった。

 はてと、気づいたのは
御簾丸 鎬葵(ib9142)だった。
「明日香殿が逃げてしまえばキズナ殿が代理で見合いをするのですが‥‥大丈夫なのでしょうか?」
「だって、沙桐さんがすきなのは雪さんでしょう? 明日香さんだって明石さんが好きなんだから大丈夫ですよ」
 にこっと笑うキズナに鎬葵は少し心配そうな表情を見せた。
「好きなひとどうしがふうふになって、子供ができたら、その子供は幸せになるのかな‥‥」
 キズナが瞳を伏せる。水色の瞳がどこか暗い。
「キズナさんは火宵と共にいた時は幸せでしたか?」
 青嵐が尋ねるとキズナはこっくりと頷いた。
「火宵様は本当に家族のような人でした。旭様も‥‥」
 けれど、今は寂しくて仕方ないのだろう。


 貌佳に入ったのは青嵐だった。
 深見での評判は溟霆が調べており、今回は貌佳に入った。沙桐が外からの評判や業績を見るといいよと言ったので。
 珠々自信作の青嵐の姿は美しかったが、背が高いのがあり少々目立つ。架蓮の助言で軽旅装姿にしてみたようだった。
 外からの評判業績を皐月から聞けばよいかと思い、青嵐は皐月に話を聞く事にした。
 皐月は急がしそうであったが、青嵐が来てくれたという事もあり、青嵐は話を聞かせて貰った。
「若花王ですか。仕事に傾倒しているのは聞いてます。仕事は信頼における人物でしょうが‥‥お金関係では煩いと有名です。父も苦手がってました」
「取引相手だったのですか?」
「ええ、深見は山がありまして林業もやっており、紙や楽器を作っている所です。ウチは養蚕や紡績の関係で絹を出しております」
 皐月の説明に青嵐は納得した。
「ウチの絹で作る弦楽器はよい音を出すそうですよ。その分、質は求められますが。よく高砂の花街では花魁が音を気に入っているようですよ」
 青嵐の脳裏に浮かんだのは花魁や遊女、芸者達が誠意を持って繚咲を助けてほしいと頭を下げた所。
 心から生まれた地を愛し、憂う者達の嘆きを青嵐は放ってはおけなかった。


 鎬葵はキズナと共に貌佳にある村に向かっていった。
 キズナはすくすく育っているようで、前までは珠々より低かったのに気がつけは珠々を追い越してしまっていた。
 今回もキズナの女装を担当している珠々はなんだか衝撃的だったようだ。
「人参食べないからだよ」
 ぼそりと輝血が言えば、珠々はなんだか悔しそうな感情を見せている。
「珠々も大きくなるよ」
 にこっと笑うキズナに更に珠々は黙り込む。自分の方がお姉さんなのにと。
 悔しさ交じりで施したキズナの変装は更に明日香に似させていた。常盤のシノビは明日香も知っているのでより似せることが出来たようだった。
「あら、いいのかい、出て。その人は‥‥?」
 村の近くを歩いていたら、早速キズナはおばさんに声をかけられていた。おばさんが不審に思う先にいるのは鎬葵だ。
 どうやら、明日香の事情を知っているようだった。
「え? どういう事?」
 きょとんとなるキズナにおばさんは別人だと気付く。流石に顔は似てても声は似ていなかった。
「ああ、ここの人じゃないんだね」
 ごめんよと、おばさんはキズナに謝った。
「ううん、なんか心配してるんだね。何かあったの?」
 心配そうにおばさんの表情を覗かせるキズナにおばさんは話していいものか悩んでいるようだった。
「我々は開拓者です。よければお話願えませんでしょうか?」
 鎬葵が言葉を差し込むと、開拓者の言葉におばさんは目を見開き、こっちへと自分の住居へ二人を誘った。
 おばさんの話を聞けば、ここは明日香の恋人の明石の親族が住まう村で、現在、二人は繚咲から逃げるためにここにいるようだった。
「逃げるにしても、ここからではアヤカシが‥‥」
「そうなんだよ‥‥」
 このおばさんは明石の親族のようで、二人が駆け落ちするには賛成だが、道中が心配だったようだ。
「もし、よければ護らせていただけませぬか?」
 鎬葵の言葉におばさんははっと鎬葵の顔を見る。
「そうだよね。折角の縁だしね」
 にこっと笑うキズナは明日香に似てたようで、おばさんはほっとしたように目尻に涙を浮かべる。
「ああ、ありがとうよ‥‥あの二人には本当に幸せになってほしいんだよ‥‥」
 本当に心配していたのだろう、鎬葵は静かにおばさんを見ていた。

 一方、珠々は輝血と共に明日香の様子やアヤカシの様子を手分けして探っていた。
 結構近い所までアヤカシは来ているようで、狼型アヤカシがうろついていた。
 火宵が山に放った火は木々の原型は残っているが、殆ど丸裸であるが、魔の森は一部の損傷だけでまだあった。魔の森を見つめる輝血がその奥にいるだろうあの焔のアヤカシを見つめた。
 物陰に潜む二人が見たのは何か話し合っている男たちだった。猟師なのか、武器を携帯していて、地図を確認している。
 超越聴覚で声を確認していると、道の確認をしていたようだった。
「こっちにはアヤカシがいたぞ」
「ならこっちの方が好都合だな。いけるか」
「多分な」
 どちらかが明石なのだろうと二人は確信した。


 高砂滞在を決めた雪とフレイアは常盤との話を望んだ。
 常盤は穏やかに話を聞いてくれた。
「私達は繚咲について情報がありません。沙桐様の叔父にして繚咲当主代行・緑萼様の事、三領主様とその見合いの状況‥‥勿論、常盤様の知る限りでいいので」
「動くにしても、開拓者だからという事であっても己の首を締めるわけには参りません」
 雪とフレイアの言葉に常盤は頷いた。
「まずは緑萼様ですね。彼は非常に冷静な方です。民の営みを優先し、不作の際は鷹来家、三領主の蔵を開け、民に食料を分けておりました。民には人気はありますが、実際に接する事のある者には厳しいです

よ。沙桐様は‥‥随分と緑萼様を恨んでいると聞いてます」
 言いよどむ常盤にフレイアは首を傾げ、「何故」と問う。
「‥‥表向き、沙桐様の母上についての情報は開示されてませんが、理穴の方と聞いてます。そして、双子の姉がいると‥‥」
 麻貴の事だと雪とフレイアは顔を見合わせた。
「その娘は殺される予定だったのですが、母方の親族が理穴より単身現われて娘が死ぬ前に引き取ったようです」
「その方は」
「‥‥おいそれと口に出してはならない地位の方です」
 フレイアの押しに常盤は首を振った。
 繚咲で殺されかけた麻貴を引き取りにきたのは杉明だと二人は確信した。
「その娘を殺すように命じたのは緑萼様と聞いてます。繚咲当主には必ず繚咲出身の血を引く者が必要なのです」
「待って下さい。折梅様は此隅で生まれ育ったと聞いております」
 気付いた雪が言えば常盤は困ったように笑う。
「当時、繚咲では見合いが出来る妙齢の娘が折梅様以外いませんでした。まぁ、歳が離れた娘がごろごろいましたが、結局は折梅様が春告様に見初められたのですけどね」
 折梅はあまり自分の話はしなかったと雪は思う。
「前田家は繚咲にとって特別な血でもあります」
「特別?」
 ぴくりとフレイアが柳眉を上げる。
「繚咲は元々小さな村の寄せ集めでした。それを統治したのが鷹来家の始まりなのですが、鷹来家を興す際、火事が起きてその際に初代の弟が名を捨てて繚咲から離れていき、その際に名乗った姓が前田だそう

です」
「いつしか、その縁が繚咲へと」
 頷く常盤にほう‥‥とフレイアが溜息をつく。
「そういえば、明日香さんは母上似ですか?」
 質問を変えたフレイアに常盤は頷いた。更に出身を尋ねると、キズナの出身地とは違っていた。近かったが。
「もう、十年も前にアヤカシに滅ぼされましたが」
 どんなアヤカシかも解らないがフレイアの胸に何か心中を去来した。
「深見や天蓋も兵を出しましたが間に合わず‥‥着いた先は焦土と化してました‥‥」
「その故郷は繚咲のものではないのですね」
 フレイアの念押しに常盤は頷いたが、彼の表情は厳しい。
「繚咲を知り、何をしようと?」
「‥‥私はまだ繚咲を知りません清濁を飲み込むほどの器はありませんが‥‥それでも、私に繚咲を、沙桐様を折梅様を助けられるなら助けたいのです。それには知る事が必要です」
 悲痛な雪の心の叫びに常盤は目を見開いて見ていた。


 溟霆は常盤のシノビの手ほどきで深見の屋敷へ入った。
 あっさりと入れるのはいいが、いつ見られるのか解らない。それでも折角の事だから溟霆は調べられるだけ調べようと思った。
 どうやら、領主の屋敷、子供達の屋敷と分かれているようだった。親子の希薄さに溟霆は首を傾げており、その様子を見てもなんだかなぁと思う。
 無駄のない静謐な場所というのが印象的だった。
 花王とは仕事優先の人との評判だ。溟霆は更に花王の執務室へ行こうとした瞬間、気配に気づいた。
 超越聴覚を通じて聞こえる微かな振動。
 話し声だ。
「明日香は見つかったか」
「未だ‥‥」
 少し嗄れた声は花王のものだろう。シノビの言葉に花王は「そうか」とだけ言った。その声は酷く苛立っている。
 流石に知っていたらしい。秘密裏にしているのは他の領主に気付かれない為だろう。。
「破月とともにいた開拓者だな」
 溟霆は微かに響く声を聞き、自分だと思った。
 危険だとも思ったが、破月の名を聞いて去るわけには行かない。暗闇の中でも表情を崩すのは彼の美学に反する。
 溟霆はその気配の元に行けば、物置のような場所に降りた。一見すれば、深見のシノビと変わらない格好をしているシノビがいた。
「あの時のどれか、かな」
 くつりと笑む溟霆は艶やかでもある。
「花王について調べていたか」
 シノビの言葉に溟霆は答えないが口は開いた。
「あの陰陽師はここの者なのかい?」
 溟霆の問いにシノビは首を振る。
「だが、情報を集めている」
「ふぅん、どうして令嬢がいないのに嘘をつく?」
「さあてな、あいつはいつも気まぐれだが、一つだけ確信している。あいつは繚咲を壊そうとしている」
「今、どこにいる」
 さぁなとだけ言ってシノビは行ってしまった。

 明日香と明石は開拓者の手引きによって逃げることになった。
 キズナと会った明日香は随分と驚いていた。
「お二人が添い遂げるようにお守りいたしまする」
 明日香の境遇を心から理解している鎬葵の言葉に明日香はぽろりと涙をこぼした。心細かったのだろう。そんな明日香の姿に鎬葵は切なそうに見つめた。
 さて、この二人は深笠を被って旅姿だ。
 シノビ二人と合流した青嵐は影ながら護衛中。
 柊真、沙桐は山の折り返し地点に待機している。
 時折鎬葵が心眼を用いてアヤカシがいないか確認していた。
 ぴたりと鎬葵が止まると、キズナが見上げた。
「先を急ぎましょう」
 あともう少しで折り返し地点。そこにいけば沙桐がいる。
 近くには輝血達もいる。
 今は逃がす事を最優先にしなくてはならない。
 鎬葵が感じた異変は輝血達も気付いていた。
「通させないよ」
 四人が行った後、輝血達がアヤカシの前に立ちはだかる。
 追う音はどんどん近づいていく。目視出来る程に‥‥
「え」
 待ち構える三人が声を上げた。狼アヤカシに兎耳子供が乗っているのだ。即座に三人が敵だと確信した。
 子供は好戦的に笑っている。
「あいつらも持っていったらきっと喜ぶよ! きれいだもん」
 キラキラと目を輝かせる子供は三人を見ている。
「そう簡単にはいかないよ」
 輝血が刀を構えると駆け出した。まずは馬となる狼を倒すこと。子供は狼が動けない事を悟るとひらりと飛び降りた。ふわふわ揺れる飾り襟はまるで牡丹の様。
「あとはおねがいね」
 可愛らしく笑う仔兎幼女アヤカシは早駆同等の脚力で鎬葵達を目指した。
「そうは行きません!」
 斬撃符を投げつけようとした青嵐だが、前から襲ってくるアヤカシにその刃を向けるしかなかった。

 更なる危険を察知した鎬葵は苦い表情を見せてとうとう立ち止まり、刀を抜いた。構える動作の中、走ってきた子供に鎬葵は揺るがなかった。
 子供が飛び上がり、空中でくるりと回って蹴りの体勢をとった。鎬葵は刀で受け止めたが刀から受けるその衝撃は驚かされた。
 睨みつけて見返すと紅蓮紅葉を発動させ、刀に焔を纏わす。
「おまえもうつくしい。主様よろこぶ」
 ニィと子供が笑う。会ったのは二度目だ。初回はあの庵‥‥
「お前の主は百響か」
 瞬風破を発動させた鎬葵が間合いを計る。
「主様はうつくしいものがすきだ。だからつれてかえる」
 きっぱりと言うアヤカシは爛々と目が輝いており、鎬葵の懐に入ると脇腹を蹴った。
「奴は今どこにいる」
「森の中だよ」
 痛みを堪える鎬葵ににやりと笑うアヤカシは更に拳を突き出そうとした瞬間、子供は飛びのいた。
「蓮誠殿‥‥」
 つい声を出した鎬葵だが、沙桐の名前は何とか飲み込んだ。
「先に行ってくだされ」
 沙桐と蓮誠がこの場を止めてくれた。
「すみませぬ!」
 鎬葵が殿となり、四人は走り出した。
 折り返し地点の更に向こうで柊真が迎える。

 兎耳アヤカシは取り逃したのと不利である事を察して更に間合いを取った。
「ざんねん、またね」
 にやりと兎耳アヤカシが笑って逃げ出す。


 走った向こうで明日香と明石は自由を得た。
 感謝の涙を流して――