【傷痕】〜4
マスター名:シーザー
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/05 21:21



■オープニング本文

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 小幡の隠れ屋敷を訪れたレイは、片付けの陣頭指揮までも任されていた湖住に呼び止められた。労を労うと、若き当主は苦笑しながら、
「これをみつけた。装飾に使われている石は黒塚のものに間違いはないが、造りが少々古いのが気になる」
 湖住が差し出したのは笛だった。確かに古い造りだが、よく手入れされていた。
 それを黒塚に持ち帰り、小幡に確認を取ってみたが、小幡の物ではないと言う。レイの脳裏に天仁の姿が浮かび、そして荒廃した村にひっそり住むあの集落での証言を思い返していた。
 天仁は三度目の襲撃の時、剣ではなく“笛”を持っていた、と――。
 さらに言うなら、天仁は小幡の隠れ屋敷での戦闘時で、とつぜん気迫を途切れさせた時があった。それまで殺意漲る一撃を放っていた男が、である。それはひとつの問いかけが原因であろうとレイは考えた。
(「二度まで救っておきながら、なぜ三度目は裏切ったのかと問われてから、天仁の様子が変わったのは確かだ。その時に、なにかが起こったから天仁は村人を、仲間を――裏切ったのだろう。だが、それはいったい」)
「笛」
 いつのまにか俯いていたレイは、面を上げて呟いた。
「そうだ。笛だ。この笛に秘密があるのではないだろうか。――小幡のものではないが、細工に使われているのは黒塚の石‥‥黒塚では笛は作られていないからな、きっと別の街のものだろう。元々、天仁は開拓者なのだから、神楽に居を構えていたはずだ。この笛を手に入れたのは神楽かもしれないし、あそこなら笛に関する情報も黒塚(ここ)よりは多い。よし、そうと決まればさっそく神楽へ戻るか」
 ぶつぶつと呟くレイに、湖住が声をかけた。
「なんだ、帰るのか。寂しくなるな」
「少し調べたい事ができたのでな。それより、入牢した男の証言だが、よろしく頼む。天仁との関わりが少しでも引き出せれば良いのだが」
「力づくというわけにはいかないが、なんとか頑張ってみる。月が代われば月当番と見廻り組の任を解かれるから、自由に動けるはずだしな」
「変わった事があれば、すぐに報せてくれ。なにを置いても駆けつける故」
「わかった」
 湖住は大きく頷き、右手を差し出した。レイもそれに応え、固く互いの手を握り合った。

 神楽に戻ったレイは、自分の家にいるはずのない人間を見て唖然とした。小刻みに震える食指を突きつけ、
「なにをしているのだ‥‥ルル」
「テヘ。来ちゃった☆」
 生活するのに必要なものしか置いていなかったはずの自分の部屋が、がらりと変わっていた上に、住人顔で寛いでいるのはレイの妹、ルル・ランカンだった。
「来ちゃった、ではない! なんの連絡もなしに訪ねてくるとはどういう了見だ。そもそもタイセイは知っているのか」
 扉を閉めることも忘れ、大声を張り上げた。
 兄の怒鳴り声に怯む様子も見せないルルは、ツインテールの毛先を指でいじりながら、
「タイセイ兄さんなら、セツ兄が説得してくれたからね。ちゃんと送り出してくれたよー、だ」
 レイはとにかく兄弟が多い。一番上からタイセイ、セツ、双子のフェイとファン、そしてレイ、ルルと続く。末っ子のルルは十五歳で、二十八歳で長兄のタイセイとは年が離れている為、溺愛されていた。今回も、その甘さ故に、無謀とも思える旅に出させたのだろう。
 大方、神楽にいるレイに会いたいと泣き落としたに違いない。レイは頭を抱えた。
 黒塚から神楽に戻ってきたのには理由があるのだ。天仁が落としたであろう笛の出所と、裏切りの原因を探る事だ。
 そんな状況の時に、妹の相手などしていられるものか。
「すぐに帰るのだ」
「ヤダ」
 即答だった。レイはこれみよがしに歯軋りして見せた。相手が兄妹だから見せる、レイの素顔だった。
「神楽って、やっぱりすごいね、都会だね。案内して、遊んで」
「我は仕事があるのだ。それはムリだ。――ルル。そなた、その格好で来たのか?」
「え?」
 ルルは両手を広げ、くるりと回った。
「どこかヘン? 泰からずっとこの服だけど」
「‥‥」
 レイは思わず押し黙った。本人がいいと言うのならそれでも構わないが、さすがにいかがなものかと思う姿なのだ。
「だって、旅をするには動きやすい格好が一番だってフェイ兄とファン兄が言ってたもん」
「間違ってはいないが」
 そなたは騙されたのだ、とは言えないレイだった。
「なによ! 作業服が一番動きやすいんだからね!」
 ルル十五歳。花の思春期である。
「我の友人に相談してみよう」
 ここから一歩も出るなと言い置いて、レイは開けっ放しの玄関を戻った。
 そして空を振り仰ぐ。
(「少し休めという神仏の加護だろうか。にしても‥‥ルルは相変わらずちいさくて可愛いな」)
 血生臭い戦闘続きだったレイの胸に、ぽわりと春らしい暖かなものが芽吹いた。


■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
緋炎 龍牙(ia0190
26歳・男・サ
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ


■リプレイ本文


「レイ様にこんな可愛らしい妹さんがいるとは驚きです」
 ジークリンデ(ib0258)は口元へ手をあてると、小さく笑った。
 用意した服を、期待で瞳を輝かせているルルにあて、
「動きやすい服装をするのは悪くないですけれど、新しい自分を発見して新しい事を始めるのは素敵な事なのですよ?」
 爽やかな水色のエプロンドレスは、はにかんで微笑むルルによく似合った。
「はい、これも」
「可愛い♪」
 厚みのある獣耳カチューシャを素直に装着し、
「姉さまって呼んでいいですか? 私、兄さましかいないんだもん」
 ぎゅっとジークリンデの手を真剣な顔で握り締めた。
「ふふ。それなら今日はたくさんの姉さまができますわね」
 ジークリンデはその細い指をルルの鼻の頭の上で跳ねさせた。
 自分を神楽の街へと連れ出してくれる、兄の仲間への期待度は高まるばかりだ。
 扉が叩かれ、
「ジークリンデ殿、着替えは終わっただろうか。今、ディディエ殿が迎えに来られたのだ」
「おやこれは可愛らしく仕上げていただきましたね。私は朝市のお誘いでございますですよ」
 レイの後ろからひょいと顔を出したディディエ ベルトラン(ib3404)がニコニコと笑う。
「じゃ、いってくるね!」
「‥‥ああ」
 調査が残っているレイは、一緒に行けない寂しさで、妹の姿を涙でボヤけさせながら見送ったのだった。


「世界中から珍しい物が持ち込まれますし、この賑わいと申しますか雑踏と申しますか〜。こういうのも楽しい物でございますよ」
 ルルはあまりの人の多さに、「祭り? 祭り?」としきりに聞いてくる。
「これだけの人を見るのもまた楽しいと思いまして〜」
「あまり離れないでね? はぐれては大変ですもの」
 ジークリンデが手を差し出すと、ルルは嬉しそうに握り返し、片方の手を今度はディディエに伸ばした。
「お断りするわけにはいきませんですねえ」
 ちらちらと周囲を気にしながらルルの手を握った。
「大丈夫ですわ。さすがに親子連れには見えませんから」
 ジークリンデが笑うと、鼻の頭を掻きながらディディエも笑った。
 ルルに手を引かれるまま、新鮮食材が謳い文句の店へ向かった。途中、威勢のいい掛け声に誘われて、試食をいくつかしたので朝食は入らないのではと思ったが、成長期のルルには余計な心配だった。
 朝食を済ませた後は、専ら果物の試食をするルル。
 おやおや、ふむふむといった具合に、ディディエが鉱石を買い求める職人をちらりと見遣った。
「やはりいるものですねえ」
「何がですか?」
「試食荒らしです」
「仲間ですね」
 無論ディディエの思惑をルルが知るはずもなく、新しく楊枝で刺した瑞々しい果実の一切れをぱくりと口へ放り込んだ。が、ルルの視線はジークリンデを捉え、口元を手で抑えてしとやかに食む。
 次兄と同い年でもあるジークリンデに憧憬の念が顕著に現れた。賑やかな声が飛び交う朝市の中で、彼女の周りだけ静かな空気が流れていた。
(「はぁ〜。ああいう風になれたらいいなぁ」)
 ふぅ、と小さく息を吐く。
「美味しいコーヒーが飲める店を知っているんですが、これから移動するとちょうどいい時間になります」
「コーヒーを飲んでもいいの? タイセイ兄はね、コーヒーは大人になってからって言って飲ませてくれないの」
 ディディエとジークリンデは顔を見合わせて笑った。
「そうだ! 地図に印をつけなくっちゃ」
 真新しい鞄の中から地図を取り出し、朝市の場所へ大きく丸印を付けた。
(「志郎さんからもらった私だけの神楽ぶらり見て歩き地図♪ 家に帰ったらみんなに自慢しちゃお」)
 都巡りするのに自分だけの地図も一緒につくりませんか? と昨夜訪ねてきた菊池 志郎(ia5584
が手渡してくれた神楽の地図。これから、たくさんの印がこの地図に付けられていくのだ。それは他の誰のものでもない、ルルだけの地図だった。


 華やかな香りとコクが特徴が触れ込みで賑わう茶店。南那産の香陽というブランドのコーヒーを注文した。
 各テーブルとの間には衝立があり、故郷の泰を思わせる赤を基調とした店内の装飾をルルはぐるりと見渡した。
 背伸びをしてもルルの口にはまだコーヒーは苦いらしい。
「ふふ。甘味処にも寄りましょうね」
「もう少しミルクを多めに入れて貰った方が良かったですかねぇ」
 ホットミルクを別注文し、ルルのカップへ注いだ。風味は少し劣ってしまうが、満面の笑顔でぐいぐいと飲むルルを見ると、二人はほっこりした気分になった。
 コーヒー店を出たのは十時をほんの少し回った頃だった。
 店先に立っていた長身の男へ、二人が声をかけるのを見てルルは改めて青年を見た。見上げる目の高さがとても懐かしい。兄達は、レイを除いて皆長身なのだ。
 ルルの視線を感じた柄土 仁一郎(ia0058)は笑顔で歩み寄り、
「遠路はるばる、よくこの神楽の都まで来たものだ。泰からは遠かったろう」
 ぽふり、とルルの頭に手を乗せた。
「神楽の都も色々あるが、まずは服から見に行くか」
「道中には遅咲きの桜もあるでしょうから、そちらも楽しみながら参りましょう」
 巫 神威(ia0633)が待っている服屋へと一人加えた四人が移動する。
 レイの現状を知る柄土は護衛も兼ねている為、当初後ろを歩いていたが、
「‥‥背のおっきい人が傍にいると安心します」
 とお願いされ、
「‥‥それなら、うん。仕方がないか」
 ルルの手を握り、柄土は気恥ずかしそうに歩いているのだった。
 昼前に巫が待つ洋服屋に到着した。
「初めまして、巫神威と申します。レイさんから御自慢の妹さんだと聞きましたよ」
 淡い黄色に木蓮の花柄が映える着物で迎えた巫は、小柄なルルの目線に揃うように膝を少し折り、微笑んだ。ひとつに結わえた豊かな黒髪が肩から流れ落ちる。
 ここでもやはり、女性の開拓者は違うのだと関心するルル。
「泰国で着ても違和感の無い服が良いと思うの」
 店内を歩きながら、これはどうかしら、こちらも似合いそう、とまるでルルはお人形さんのようにくるくると衣装替えされる。
「気に入ったものがあれば教えて? 代金はレイさん払いだから遠慮はいらないわね‥‥ふふ」
 と巫が言えば、
「女の子は色々と物入りなのですよって言えば、きっとレイ様は頷きますわね」
 ジークリンデが手にしているジルベリア風ワンピースの値段は、ルルの想像を遥かに超えていた。
「そういえば寝巻きも作業服でしたわね。巫様、こちらでは寝巻きも扱っていらっしゃる?」
「寝巻きまで作業服? 身持ちを固くさせるにも限度があります」
 巫は店員に言って手頃な価格のものを用意させた。
 着物、帯に帯止め。ブラウスにスカート。見るものすべてが可愛くて、素敵だった。気づけば‥‥。
「女性の買い物に男が付き合えば荷物持ちと相場が決まっていたな」
「そのようですね〜」
 両手が全部ふさがった状態の男二人を従えて、女子は大手で闊歩する。
(「お化粧とか初めてなんだけど。レイはこれ見てなんて言うかな?」)
 兄の反応を想像してルルは笑った。その横で、
「仁一郎。後でつきあってね」
「‥‥気に入ったものがあったのか?」
 恋人に、更なる買い物の予約を入れられた柄土は苦笑いだった。


 メインより甘味の量が上回った昼食時間。こっそり様子を見に来たらしいレイの姿をみつけた柄土は、こそりと店を出ると豆大福を差し入れた。
「調査の方は捗ってるか? ‥‥余程の事はないと思うが、妹御から目を離してやるなよ。飛剣の騒動、巻き込む訳には行くまい。気をつけてやれ」
「ルルをこれからどうするか、考えねばならんな。調査は順調だ。いずれ手を借りる時までには形にしておく」
 レイは、ルルと入れ違いにやってきた神座真紀(ib6579)からもらったおにぎりを頬張りつつ、豆大福を懐にしまった。
「‥‥潰れ」
 まあいいかと柄土はあえて黙っておく事にした。
 次に合流してきたのは志郎である。地図を渡されていたルルは、これまで訪れた店の印を志郎へ見せた。
「朝市はすごく賑やかで楽しかったです。コーヒーはまだ私には少し早い気がしたけど、きっと好きになると思います。それからここの洋服屋さんでは姉さま達と服を選んで、それからね、お化粧もしてもらったの」
 矢継ぎ早に語るルルに、志郎は柔らかな笑みを返した。
「春らしい紅の色がルルさんにとても似合っていますよ。これからお連れする桜が満開でとても綺麗なんですが、ルルさんが並ぶと見劣りしちゃうかもしれませんね」
 さりげない殺し文句が混ざっているが、志郎本人に他意はなかった。
 どこから現れいつのまに混じったのか、レイが地図を覗き込み、
「地図は健全だが思わぬところに危険因子が」
 と苦々しく呟くと、未練たらしく振り返りながら去って行く。そんなに心配ならばついてくれば良いのに、と思ったが誰も口にはしない。
「おそなってしもたぁ!」
 そこへ神座が駆け込んできた。夕ご飯のメニューを考えていたという。志郎お薦めスポットを回った後、市場へ材料を買いに行く事になった。
「花よりだんごといきたいとこやけど、まずは目からたのしもか」
 新たに現れた少女に、初めこそ面食らっていたルルだったが、年が近いという事もあってか打ち解けるのに時間はそうかからなかった。
 コーヒーを飲み損ねた神座の為に、別の茶店に寄る。そこではコーヒーに拘らず各々好みの茶を楽しんだ。


「新緑の瑞々しい香りとつつじの甘い香りが道いっぱいにひろがって気持ちいいですね」
 八重桜の下を満開のつつじが並ぶ。
「志郎さん。その花の中に入ってみてもらえません? わあ、風景に馴染むの早いですね!」
 褒め言葉だろうかとと志郎は微苦笑を浮かべた。
「‥‥この道を出ると、八重枝垂れ桜が水面に映る姿がよく見えます。とてもきれいでしょう?」
 志郎の指した先では、桃色に染まった小山のような桜が満開だった。荒涼とした景色ばかりの故郷とはあまりに違う光景に、ルルは言葉もなく眺めていた。
 道中、レイとの思い出話を聞かせてもらう。冒険譚のそれらは聞いているだけでルルの胸を躍らせた。
 神座が用意してくれた服は、なにやら夜にももてなしがあるらしいので、その際に着ていくのだとルルは跳ね回って喜んだ。やはり年頃の娘である。
 ポニーテールとツインテールが楽しげに跳ねる姿は、どこかでアヤカシが暴れているという現実が絵空事のように思えた。
 市場では、
「そんなに値切るんですか? それではお店の方が気の毒ですよ。おじさん! ほうれん草とキャベツも買うから真紀お姉さんの値段で売ってください!」
「天然な子なんやねぇ」
 と言いつつレイから預かった晩御飯代で支払う神座もちゃっかりさんである。ウリ坊のアップリケのついた手作り巾着から銭を出して無事買い物終了。

 市場で夕飯の買い物を終えた後は、神座も行ってみたかったという黒子が米を売っている水野米店に寄った。店に飾ってあった四着の衣装にも袖を通させてもらい、ルルと神座はご満悦の表情だ。ついでに米を買って帰宅という、少々体力勝負的な観光だったが、ルルの表情を見るに十分満足したようだ。
 女子陣で手際よく夕飯を準備する。いつも以上の大人数に、ルルは大はしゃぎだ。
 帰宅したレイの手元に届けられた請求書には何やらびっくりする額が書かれていたようで、顎がはずれるんじゃないかと思うくらいレイは大口を開けて唖然としていた。
 鍋が出来た頃にやって来たのは緋桜丸(ia0026)と緋炎 龍牙(ia0190)。
 何やら意味深な表情で視線をレイへ寄越した後、何食わぬ顔で食事に混ざる緋桜丸。計画を知っている緋炎は肩を竦めて笑った。
 鍋は大人数で食べるのがいい。昼間の買い物以来、すっかり打ち解けた女子は話も弾み、ついでに箸も進む。仕上げのおじやが鍋から消えた後、
「さて、夜はまだまだこれからだ。少しの間、君の時間を俺に預けてくれないかな?」
 緋桜丸がルルに耳打ちする。素直なルルは、はいと答えて付いていく。
 危険を察知したレイだが、すかさず柄土に酒を勧められた。連れ出されていく妹を追えず、あわあわとしながらやけ酒を煽った。
「このくそ真面目も一緒なんだ。だから心配いらないよ。お・に・い・ちゃん」
 からからと緋桜丸が笑う。
「真面目、ねぇ‥‥。でも、確かに僕がついていった方が良いかもね」
 杯に残った酒をくいと飲み干し、緋炎は腰をあげた。


「どちらをご所望かな」
 風に揺れる柳。昼間かと見紛うほどの明るさで道を照らす雪洞や提灯。それらを背景に緋桜丸が自分と緋炎を交互に指差した。ルルは頭を捻ったが答えは出ない。
「両方!」
 とりあえず欲張ってみた。両手に華のある成人男性を従えて、ルルは人生最初の夜遊びを敢行したのだった。
 歓楽街では艶やかな姐さん達の誘いを悉く袖にして、目的地へと向かう。
「ちょっといいかな」
 緋桜丸がルルに目を閉じるように言う。
「このまま歩くんですか?」
「「君の手は離さないよ」」
 左右から囁かれたルルは、
(「み、耳がくすぐったいぃ」)
 今すぐにも耳を塞ぎたかったが手を繋がれていたので出来なかった。
「さぁ、目を開けてごらん」
 ゆっくりと瞼を開ける。眼下には夜空と同じくらいに光を瞬かせている神楽の都があった。
「大地も、空も。その瞳に飛込んだ宝石は‥‥全て、君のものだ」
 遠くで何かが破裂したような音がした。ひゅるると頭上へ音がのぼる。
 ドォォンッッ‥‥――
 夜空に大輪の花が咲き、パラパラと光の礫が小さく弾けながら散っていく。
「今夜の事は兄さん達には内緒だ。魔法が解けてしまうからね」
 内緒だ、とルルの口元に指を押し当て、緋桜丸は片目を瞑った。
 飲み物を買ってくると言って離れた緋桜丸を見送り、
「これを君にあげよう。お守りのようなものだ」
 緋炎は懐から取り出した幸運のメダリオンをルルの手に握らせた。願わくばこの少女に不幸が訪れないように――
「家族‥‥お兄さん達は好きかい? なら、大切にしないとね。説教臭くて嫌かもしれないけど、敢えて言わせてもらうよ。物事には表もあれば、裏もある。それは全ての事に言える。街も‥‥人もね」
 華やかに咲いては散っていく花火を見上げ、
「いつかはああやって消えてしまうんですよね、いろんなものが。だから見えるものだけは信じたいって思うんです。緋炎さんは、子供だなって笑うかもしれないけど。えへへ」
 緋炎が言う言葉の重さの半分も、ルルには理解できない。すべてを呪う絶望も、胸を掻き毟る程の復讐心も無縁の中で育ったのだ。屈託なく笑うルルには、そのままでいて欲しいものだと思ってしまうのは――情なのか。
 丘を登ってくる仲間の姿を認めた緋炎は首を振った。
「こんな所まで追ってくるとは、物好きなことだよ」
 最後の大輪が夜空を彩り、そして――散った。