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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 先にみつかった死体の身元はすぐに割れた。 「先月、一軒の店が強盗に襲われたんだが、その店の奉公人なんだよ――この忠治は」 取り縋って泣く家族の声に、湖住八尋はその表情を曇らせた。 「その強盗やらは捕まったのか?」 湖住同様にレイ・ランカンも悔しげに唇を歪ませ、僅かに声を震わせながら問うた。 「一味のほとんどは捕まえたが、肝心の首領を逃した。とんだ失態だ。道明寺の血族でもない俺が、緑青の当主であり続けるにはどんな失敗も許されないというのに」 「‥‥では、あの男」 レイが何かに気づく。目を見開き、湖住を見据えた。若き緑青の当主はその視線にゆっくりと頷いて見せ、 「首領の顔を見ているんだ。だから殺されたのだと思う」 「首領自ら出張っては捕まる可能性もあると踏んだのだな。そこで裏取引で飛剣天仁を雇って殺させたわけか。――だが、あと一人と天仁は言っていたようだが、他にも生存者がいるのか?」 その問いに、湖住はすぐに答えなかった。躊躇し、逡巡し、悩んだ末に口を開いた。他の五色老ならば、こうはいくまい。古いしきたりに縛られた古老達に、開拓者の手を取る勇気は露ほどもなかろう。ただし代が変わればそれも変わるのだろうが。 「一人娘が生き残っている。彼女は今、領内に点在している五色老の屋敷を転々と移り住んでいるんだが、それを知るのは五色老と月当番である見廻り組の組頭のみだ。首領はまだこの黒塚内に潜伏しているはず。捕らえるのは今しかないんだが、その顔を知る唯一の生き証人がこの二人だったんだ‥‥それなのに忠治が殺されるとは」 「その娘は証言すると言っているのか?」 「元々、忠治だけの証言だけでは足りぬからと十子――娘の名前は湊十子さんと言うんだが、彼女の証言とも擦り合わせて人相書きを作成し、探索する手筈だった」 「十子殿は我ら開拓者が護衛しよう」 即決だった。 天仁相手に、いくら腕が立つとはいえ志体を持たない者に十子の護衛は荷が勝ちすぎるからだ。 限られた人間しか知りえない十子の居場所だが、天仁がそれを突き止めるのは時間の問題である。あの男は闇に属する者。そして闇は――そこら中に存在するのだから。 「十子さんの今いる屋敷を調べよう。レイさん‥‥その手、遠慮なく掴ませてもらう」 「元より出した手を引く気はない」 二人は、十子の所在を確認する為、道明寺の屋敷へと向かった。 荒涼とした土地が広がる。乾いた風が頬を嬲る。少しも変わらない光景を、天仁はただ無表情に眺め渡した。 風雨に晒されて崩れた家。土壁は崩れ、家の中に冬の日差しが侘しく降り注いでいる。戸板は外れ、地面に転がっていた。天仁が踏み抜くと、乾いた音が寒風に紛れた。 薄暗い家の中。 蜘蛛の巣だらけの天井に梁。 天仁の視線が部屋の奥へと向けられる。居もしない女の声が聞こえた。 「おかえりなさい」 何も無い空間に向け、天仁は剣を抜き、打ち下ろした。びゅうっと風が啼く。床板も、地面も、皆打ち砕く勢いで振り下ろしたのに、剣は床から数センチ上で止まっていた。天仁が僅かに震えていた。壊すのを躊躇っているようにも見え、また、その家が壊されまいと剣を押し返しているようにも見えた。 やがて諦めたように剣を収めると、天仁はそのみすぼらしい家を後にした。 足元を枯れ木が風に飛ばされ、転がっていく。 「人など皆死ねばいい」 ぼそりと呟いた。 その声音の一筋に、痛嘆の色が隠れていた事を呟いた天仁でさえ気づいてはいなかった。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
柄土 仁一郎(ia0058)
21歳・男・志
緋炎 龍牙(ia0190)
26歳・男・サ
柄土 神威(ia0633)
24歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 煌煌と月が小幡の隠れ屋敷を照らす。十子殺害に手段を選ばない可能性もある為、篝火を焚くのは危険だと判じた。おかげで月光以外の灯りは皆無だった。 ディディエ ベルトラン(ib3404)は屋敷を囲う塀の何箇所かにムスタシュイルを設置して歩く。念の為、玄関と勝手口にも置いた。 (「天仁をつき動かしている物って何なんでしょうねぇ。名誉とかお金で無いことは明らかでして」) 最後の一つを設置し終えると、ディディエはふと視線を庭へと向けた。星のない闇の中で、月だけが侵食されず輝いていた。 三つの部屋が並んだ中央の客間。薄闇の中、十子は手の震えを必死に抑えながら気丈に振舞っていた。自分を護衛する者達が黒塚の人間でない事くらい、聡い十子はすぐに理解した。腕がハンパなく立つだろう事もわかる。その彼らが九人という人数で向かわなければならない敵が、いずれここを襲うだろう事も。 「怖いだろうとは思うが、頑張ろう。ここが正念場だ」 柄土 仁一郎(ia0058)の手が気遣うように十子の肩に乗せられる。その横に寄り添うように立つ巫 神威(ia0633)。 (「他人に興味を抱くのは何かしら期待があるからだと思うのだけど。飛剣も現実逃避をしながら、結局は期待しているんじゃないかしら?」) レイを気にする天仁の行動を、巫はそう読んだ。 「何があっても絶対守るから!」 十子の身代わり役を務める神座真紀(ib6579)は、ヴェールを手渡しながら力強く言った。 「ここで顔を覚えられても後々厄介な事にかわりはないですから」 菊池 志郎(ia5584)は、十子の前に立って振り返り、にこりと笑みながら言う。 「正直言うと怖くて堪らないのですが、貴方方を信じます」 任せよう。十子は心の底からそう思った。 「それにしても、これは動き難くなってもうたな」 焙烙玉を解して身体に巻きつける算段をした神座だが、湖住の呼んだ火薬職人が「扱いを間違えてはこちらが木っ端だ」と言って音を上げたのだ。仕方なく神座は焙烙玉をそのまま巻きつけたので、かなり動きづらくなってしまった。 「来ましたよ〜」 緩いながらも緊張感のある声が、天仁登場を仲間へ知らせた。黒い影は、月明かりを浴びて長く細く庭の中央を伸びる。 神座と十子は素早くヴェールを下ろして顔を隠した。 長谷部 円秀(ib4529)と緋桜丸(ia0026)が縁側の中央を陣取り、その左を守るように緋炎 龍牙(ia0190) が立つ。レイ・ランカンは長谷部の右を庇う位置を選んだ。 一の壁となる彼らが突破された場合も踏まえ、部屋の中央に柄土を据え、その右を巫が守り、左を志郎がカバーする形で二の壁を作る。 逃走し易いよう廊下を背後に配置して、十子の右に神座、ディディエは左後方から部屋全体を把握出来る位置に立ち、アゾットを畳に突き立てた。全方位をカバー出来るよう、志郎は位置取った。彼は回復の要である。 ふわりと影が宙を飛び、一息つく間にもう目の前に天仁はいた。その双眸は紅玉のように真っ赤に輝いている。開拓者がいた事を喜んでいるのか、天仁は喉の奥をくつくつと鳴らし愉快そうに笑った。 「期待通りだな」 低くて滑らかな声が開拓者らの耳を打つ。どこか背筋が寒くなる声音のそれは、闇に溶け込むように二の句を継げる。 「まあいい。邪魔なら斬れば済むだけの事だ」 開拓者の様子を窺っているのか、それともいつでも倒せるという余裕か。 「憎しみは憎しみしか生まぬ‥‥それはやつ自身が嫌という程わかってるだろう」 斬れば済む――この言葉に緋桜丸が問い返す。それを知る者が今、横にいるのだ。緋桜丸は視線を横にスライドさせ、もう一度天仁を見据えた。 「やつの手に掛かった者達の家族もまた因果。そんな鎖はここで断つ」 金の虹彩がゆらりと光る。 「なるほど、これほど複雑に絡まった鎖はないな。だからこそ斬れぬとは思わないか?」 天仁は不遜な物言いで返すと、 「少し、お話を聞かせて頂けないかな? ‥‥何、剣を振るいながらで構わないよ。」 自身の境遇に似た天仁を前に、緋炎は平然と言ってのける。 「震えてるじゃないか」 「なにただの武者震いですよ」 似た境遇ながら選んだ道は真逆である。復讐を果たす以外に道はないのも天仁と同じだ。だがなぜこの男はその為にアヤカシに与する事を選んだのか。その理由こそが天仁を突き動かす根源であるなら――探らねばなるまい。緋炎は腰の二刀の柄へ手をかけた。 (「とにかく天仁が退くまではけして気は抜けないな」) 仲間が天仁と言葉を交わしているその隙に、志郎が次々に加護結界を施していく。 天仁の足が濡れ縁にかかる。ぎしりと床板を軋ませて、男が部屋へゆっくりと侵入してくる。開拓者らは腰を低くさせ、次の挙動に備えた。 「見た顔ばかりだな」 威圧感たっぷりに言い放つ姿は、敵ながら威風堂々としたものだった。――が、その刹那。轟音が小幡の屋敷を揺らした。抜刀の所作すら見えない素早さで放たれた地断撃が、縁側の床から部屋の畳までを一直線に抉り、疾ったのである。 初手から十子を狙った剣撃はその風圧だけで長谷部の頬を傷つけ、盾となった柄土を飲み込む。咄嗟に受け流すも力を殺しきれず、柄土はいきなり深手を負った。かろうじて弾いた攻撃は隣室の襖をすべて粉砕して吹っ飛ばした。 志郎が素早く回復に入る。 濛々と立ち込める埃に、「ほお」と感嘆の声がした。 「なるほど。女を用意したか。どちらが獲物かわからねば誤魔化せると思ったか? 温いな。それなら女二人とも殺せばいいだけだ」 「温いのは貴方も同じです。よそ見をする暇などありませんよ」 瞬脚で距離をゼロに近づけた長谷部の拳が天仁の左脇腹を襲う。鈍い音が響く。直撃したが天仁の眉はぴくりともしなかった。 何かを言いかけた天仁の唇がすぐに引き結ばれた。長谷部が不敵に笑い、後方へと跳躍すると入れ替わりにレイが飛び込み、同じ箇所に拳を叩き込んだのだ。 「楽しませてくれよ、レイ」 愉悦を含んだ声が頭上から降り、その気迫に気づいたレイだが反射が僅かに遅れた。次の瞬間、レイの身体は真横に吹っ飛んでいた。枯れ葉のように畳の上を転がり、土壁にぶつかって止まった。 志郎が閃癒を詠唱し、レイの身体が淡く光るのを見やり、天仁が呟く。 「まずはソイツから退場願うか」 志郎は女の前にいた。それが十子だと知らない天仁だったが、厄介な巫女共々女二人を始末する事にしたようだ。右足を軸に踏みしめ、左手を刀身に添えた。刹那、斬り上げられた大剣はその切っ先を勢い良く天井を仰ぎ、追って鋭い斬撃が床を疾る。畳は深く抉られ、粉々に粉砕された畳床やイグサが礫となって志郎と十子、神座をを飲み込んだ。 間に割って入ったのは巫だった。礫を全身に受け、着物に血が滲む。自身の怪我も省みず仲間の治癒を優先する志郎。 やはり厄介な巫女の排除が先だと判じ、攻撃の手をすべて彼に注ぐ。 すべてにおいて未知数の天仁との戦闘で、志郎に倒れられるのは大きな痛手である。十子を含む志郎も守る対象に摩り替わった。だが、志郎とて大人しくやられるわけにはいかない。 天仁の顔面めがけて天狗礫を見舞い、仲間の攻撃に繋ぐ。 礫が天仁の眦を打つ。隙が出来た。そこを柄土の手裏剣が襲った。天仁が僅かに後退するのを見逃さず、その足元へ血染めの袖が舞う。巫が踝を一蹴し、天仁の体勢を崩させようと試みたのだが、彼女の蹴りは空を虚しく切った。大柄な体躯をふわりと宙に浮かべ、部屋の中を縦横無尽に駆け出す天仁。 襖の陰に潜り込み、追ってきた緋桜丸と緋炎を襖ごと袈裟切りにした。真っ二つに斬られた襖を緋桜丸が蹴り返す。緋炎はその二刀で斬撃を受け、堪えながら左の鴉丸で強引に流した。目を瞠った天仁がすぐに剣を引いて突いてきたが、鴉丸を打ち下ろして防ぐとアル・カマルを水平に右へ振り抜いた。毛羽立った畳の上に鮮血が滴り落ちる。 好機とばかりに、捲れあがった畳を緋桜丸は天仁目掛けて蹴り上げた。天仁は事も無げに大剣を振り下ろし、斬って捨てる。イグサの斬れる鈍い音が響く中、打ち下ろされた大剣を緋桜丸は十字に組んだ二刀で受けた。重い斬撃と剣気で緋桜丸の赤い髪が舞い上がる。 小回りの利く泰拳士二人がそれぞれフェイントをかけて跳躍し、長谷部が右側頭部に蹴りを入れて上半身を傾ければ、左大腿部にレイの蹴りが入る。攻撃が入ったのを確認するや後方へ飛んで距離を取るも、あまり効いている様子はなかった。恐ろしい程に強い。 防御らしいスタイルを取っていない天仁は、反撃に出るのも早かった。間合いを一気に詰めて長谷部を追うと大剣を横に薙いだ。長谷部がそれを紙一重でかわす。その空いた隙をついて志郎と十子を目指した天仁は、一気に間合いを詰めて巫女の胴を払い抜けた。 志郎がもんどりうってくず折れた。加護結界のおかげで致命傷は免れたが、畳にぶちまかれた吐寫物には血が混じっている。懸命に閃癒を詠唱するが声が震えている。トドメとばかりに剣を振り下ろす天仁の篭手を柄土が打ち払って弾き返すと、大きく空いた胸元へ巫の疾風脚が舞う。 周囲が急に吹雪く。ディディエのブリザーストームだ。 「よろしければ〜、ひとつお聞かせください」 白く霞む中、相変わらず無表情の天仁に魔術師が問いかけた。 「アヤカシに襲われた村を二度は救出されましたが、三度目はお見捨てになられたと、あなた様のことを記憶されている方より聞きまして。二度まで村の人々を救けた理由、これはどういったものだったのでございましょう?」 吹きすさぶ風と雪に紛れながらも、その問いは確実に天仁の耳に届いた。風の向こうに浮かぶ黒い影からは、一切の回答はない。そして攻撃も――ない。 やがて吹雪は止み、部屋には信じられない程の静寂が戻った。 天仁の視線は床へと向けられ、なぜ急に攻撃の手を止めたのか、その暗い表情から彼の心情は推し量れない。 今の内に、と緋桜丸がレイへ掌を振って見せた。意味を悟ったレイは踵を返して十子の手を掴んだ。去り際、「後は任せた」ともう一人のヴェールの女、神座へ言葉をかける。レイはそのまま十子を連れて、黒塚の湖住の元へ向かった。 「絶対守ってみせる!」 神座の瞳が覚悟に燃えた。畳を蹴り、雲耀で攻撃力を上げた神座は天仁の背後に回り込み、渾身の一撃を放つが、天仁は大剣を頭上に掲げてこれを霞に流した。 「まだまだやっ」 理由はわからないが、今の天仁には先までの気迫がなかった。攻撃は淡々と捌ききるが、転じた反撃に覇気が無い。どこか迷いが見えるのだ。とはいえ返してくる一撃のすべては重く、直撃をくらえば尋常ではない傷を負わせられるのに変わりはなかった。 ディディエの問いが原因なのは確かだった。アヤカシ襲撃事件についてだ。確かに天仁は二度までも村の危機を救った。だが三度目に裏切った‥‥ここに、今、彼の動きを鈍らせる原因があるのだろう。だがそれは何だ――? 「お前の刀は誰が為に振るわれる、天仁! アヤカシの為か。己の業の為か! 本当に向けるべきはお前の弱き心にではないのか」 緋桜丸の燃え滾る双眸が天仁を見据える。 「さ、教えてくれないかな? 君が何故其方側に居るのかを。君は俺と同じなのかい? 湧き出る絶望と憎しみでその刃を振るう‥‥!」 緋炎の言葉によって天仁の虹彩に光が戻った。 「お前にも俺と同じ絶望と憎しみがあるというのなら、なぜソイツらといる? なぜ人間などの為に力を振るう‥‥? わからないのなら、つまりは同じではないという事だ」 「少し喋り過ぎたな‥‥やるぞ、緋炎!」 一時は消えていた覇気が蘇った事に気づき、緋桜丸が叫んだ。緋炎の表情から一切の感情が消えたように見えた。底冷えのする琥珀色の瞳に天仁が映る。 「喰らえよ我らが牙、緋剣零式‥‥紅霞・焔!」 業火が天仁を包み込む。男は天を仰いで気を迸らせた。やがて終息した炎の残り火を、天仁はブーツで踏みにじった。 「そう簡単には倒れてやらん。守るものがある者は強いぞ、覚えておけ」 天仁の真横に現れた柄土が言う。 「守るものがあれば強くなる、だと? それが弱みになるとは思わないか?」 互いの剣がぶつかり、鋭い金属音が響く。 そこへ大きく間合いを詰めてきた巫に対し、天仁も同じ幅と速度で間合いを詰めた。咄嗟に放たれた巫の裏拳を峰で跳ね上げ、左転しながら斬りかかる。 「弱みと言われて顔色が変わったように思えるんだがな」 巫に向けて放った言葉だが、その表情はどこか自嘲じみていた。 巫はよろめきながら、 「貴方が殺そうとしているのは、過去の貴方、そして貴方が選ばなかった一つの未来よ。その結末が同じかどうか見極めたいと思わない?」 「笑わせる」 大剣の切っ先が真っ直ぐ巫を狙う。ずぶりと鈍い音がしたが、大剣が突いたのは剥き出しの畳床だった。床を転がる影が二つ。ひとつは巫でもうひとつは―― 「俺はまだやれますよ。これくらい、どうという事はありませんから」 起き上がるなり閃癒を唱える志郎だった。 「貴方が死に意味を見いだすのなら、私は生に意味を見いだします。この拳でそれを貫きましょう」 瞬脚で一閃、長谷部の拳と蹴りがすかさず襲う。 それは神座もまた同じだった。 「十子さんは強盗団の首領を捕まえる為に命かけてる。そんならあたしらもそれを守るんに命かけん訳にいかんやろ。それに十子さんを守るんは一人の命を守るだけや無い。首領を野放しにしたらこれから失われるかもしれん多くの命、多くの明日を守る事や。それは外で子供が元気に遊んで、夫が家族の為に仕事して、それを妻がお帰りって迎えるようなたわいないもんかもしれんけど、だからこそあたしはそれを守りたい!」 だが天仁の表情は冷たく険しい。 「守れるのか、貴様らに……すべてを……たったひとつを!」 「クク。アヤカシの思うままにされるのは癪なのでね。だから君の思い通りにさせる訳にはいかないのだよ」 「ならば俺もお前達の思い通りには運ばないよう力を尽くそう。いずれ死合う時まで、俺の手で屠られた者達の怨嗟の声に耳を傾けるがいい」 天仁が大きく剣を振り上げた。力強い斬撃は、彼の初手同様に畳を疾り、目くらましのように開拓者らにイグサや木片の礫を降らせた。そして彼らが目を開けた時、そこには深い闇だけが在った。 (「悲しみも憎しみも、喜びも愛しさも全部同じ根源から発生しているのにね」) 巫の呟きはとても小さく、その場の誰にも聞こえなかった。無論、その場を去った天仁の耳にも届かない。 十子の証言によって作られた人相書から、強盗団の首領は早い段階で捕縛された。 (「飛剣天仁って野郎‥‥使えねえな。失敗したのかよ。仲間殺しのくせに‥‥チッ」) 醜く顔を歪ませて、男は舌打ちした。 |