【傷痕】天理
マスター名:シーザー
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/24 19:12



■オープニング本文

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 背後から迫る明確な殺意に、レイ・ランカンはうっすらと汗を滲ませた。任務帰りに獄卒鬼と出くわしたレイは、近くに村があったことを思い出し、鬼を挑発したはいいが少々難儀な状況になっていたのである。
 相手の得物がレイの頭を横薙ぎに振り抜く。すかさず身を屈めてやり過ごす。鬼の背後へ回る為、横へ飛んで古木の幹を足場にした。回転しながら跳躍し、すでに取り出していた三節棍で鬼の背を打つ。加重のかかった一撃で、鬼はもんどりうった。重い音を立ててシダの葉の中へ倒れ込むが、鬼は片足を出して堪える。金棒を杖にして身を起こし、振り返りざま毛むくじゃらの腕を打ち下ろした。
 棍を盾に拳を受けるが、威力を流しきれるわけもなく、レイは後方へ吹っ飛ばされた。大木へ叩きつけられる間際に体勢を整え、幹にふわりと着地し膝を曲げ、その反動で鬼へ蹴りを放つ。
「さすがに易々と倒されてはくれぬな」
 会心の一撃のはずなのに、バランスを失ってグラついただけの獄卒鬼に向け、感心の言葉を吐いた。
 さて、どう攻略するかと思考を巡らせた僅かな隙に、背後から地を抉る斬撃が獄卒鬼へ向けて放たれた。周囲に刈られた木や葉の瑞々しい香りが充満する。巻き上げられたそれらが地面へ降ってきた時には、鬼の姿はそこになく、瘴気の薄煙が立ち消えるところだった。
 驚いたようにレイが振り返ると、全身黒尽くめの男が、両刃の長剣にまとわりつく瘴気を払って鞘に収めるところだった。
 鉄が擦れる耳障りな音が辺りに響く。目深に被ったフードから覗く、赤い瞳が静かに閉じられて、そしてゆっくりと開いた。
「任務か」
 淡々とした抑揚のない声がレイを問う。
「いや、違う。通りがかっただけだが、村が襲われているのを見過ごすわけにはいかぬからな」
 レイは姿勢を正しながら、男を観察した。離れた位置からの斬撃で、すでに手負いだったとはいえ獄卒鬼を一刀両断した腕は見事というほかない。そして剣を収めた今でも、男の身体からは闘気が立ち上っている。
 このような凄腕の男――いれば噂のひとつにも上るだろうに。レイは仮面の下で表情を曇らせた。
 だが、腕が立つ剣士ならレイも知っていた。きっと、この黒尽くめの風体が妙な印象を植え付けているのだろう。ともかくも、早めにアヤカシを断ったことに変わりはないと、レイは頭を下げて礼を言った。
 だが、下げた頭を戻した時には、その黒尽くめのフード男は掻き消えていた。

 ギルドへ報告書を提出したレイは、翌朝、獄卒鬼が出没しているという村へ向かった。その村は、帰路の途中で倒した、例の鬼が襲撃したところである。同じ村から、アヤカシ討伐の依頼が出されたのだ。しかも鬼がぜんぶで六体いるという。
 見落としたか、新たに現れたか。
 村に残り、もう少し情報収集するべきだったとレイは後悔した。襲撃してきた一体を倒しただけで終わったと思っていたのが、そもそもの誤りだったのだと。
(「よもや同じ村を日を置かずに襲うとはな‥‥。ごく普通の農村だと思っていたが、鬼を引き寄せる何かがあるというのか」)
「まずは奴らを倒してからの話だな」
 今もアヤカシの襲撃に慄く村へ急ぐ為、レイは足を早めた。



■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ


■リプレイ本文

 街道から依頼のあった村へと続く荒れた一本道を、菊池志郎(ia5584)と柄土仁一郎(ia0058)の索敵で警戒しながら一行は走った。
 まるで遠雷のような音が村から聞こえてくる。
「レイ」
 誰とはなしに声を放った。後姿だが、特徴のある仮面の赤い紐が風に靡いているのでレイ・ランカンだとわかる。
 腕組みをして、ぎろりと村の方角を睨んでいた。どうやら仲間の到着を待っていたようだ。何の策も無しに敵中に飛び込む無茶は、さすがにしてはならぬと覚えたのだろう。
 彼の頬を腫れ上がる程引っ叩いた事のある神座真紀(ib6579)は、ふっと笑みを浮かべたがすぐに唇を引き結ぶ。
(「よう我慢したな、レイ」)
 組んだ己の腕に深く爪を食い込ませているレイの苦渋を慮り、神座は彼の背中を強く叩いた。
「それでは作戦の確認をしましょうかね」
 手際よく策の解説を始める長谷部円秀(ib4529)に、向き直ったレイは小さく何度も頷いた。
「うむ、承知した。――この村で暴れている鬼が、先日対峙したものかはわからぬのだが」
「レイさんが倒された鬼ですが、どちらの方角から村を目指してやってきていたのでしょう?」
 左右の指を一本立て、ディディエ ベルトラン(ib3404)が鬼がやって来た方角を訊いてくる。レイの表情が、ん? と頓狂なものになった。
「鬼を倒したのは我ではないのだ。初めこそ我が戦っておったのだが、どこからかやって来た剣士の一撃で倒されたのだ。見事な腕前だったぞ」
「見事な腕前、か」
 考え込んでいた柄土が面を上げた。剣を得物とする志士として興味が湧いたのだろう。
「他に気付いたことは何かなかったか? 戦闘の様子でも構わん」
「なに、一太刀だったからな。他に気づくもない。とにかく、見事としか言いようのない太刀筋だったことは覚えている。我の背後からの斬撃ゆえ、抜刀も見ておらぬ。黒いフードを目深に被っておったから、アルカマルの者かジルベリアか。我らと同じなのか、それすらもわからぬ。強いて言えば‥‥あの赤い目は忘れられぬ光を放っておった事か」
 レイの言葉に、一瞬の間が空いた。
 が、村からの轟音によってそれは打ち消された。
 餌となる人間のいない村を延々と襲い続ける鬼達は、手当たり次第に打ち壊しているようだ。これ以上の被害を出さない為にも、まずは排除が先決である。
「人を襲わず村の破壊を優先? 珍しいと言うか妙と言うか‥‥村に何かあるんだろうか」
「どうやらアヤカシにも思惑があるようですね‥‥」
「繰り返しという点がひっかかりますしねぇ」
 それぞれ思うところはあるが――
「なぜ、鬼が村を襲うかも気になりますが‥‥とりあえずは鬼退治といきますか」
「村人を追わず村を破壊するってどんな理由があるのか知らんけど、アヤカシ退治の神座家の次期当主としてほっとく訳にはいかへん。村人の明日を守る為に頑張るで!」
 檄を飛ばす神座の横で、駆け出すレイの肩をディディエが叩いた。
「討ち洩らしとか、失態でもなんでもありませんですから、お気になさらないことです、はい」
 へらりとした柔和な笑みが、自責の念に駆られて張り詰めていたレイの心を解す。余計な緊張は失敗を生む恐れもあるからだ。その気遣いに、レイもディディエを真似てへらりと笑って返した。
「今は目の前の敵だな」
 レイ、と呼ばれて顔を向けると長谷部がなにやら耳打ちしてきた。レイはうっすらと笑い、承知したと答えた。
 各班の合図担当を巫神威(ia0633)とディディエと決め、彼らは素早く散会した。

 ――村へ突入。
 四方から家屋が倒壊する音が轟く。轟音と土埃の為にアヤカシを目視するのは困難だった。
 村のほぼ中央に位置する広場の右辺をレイ、神座、柄土、巫の四人が受け持つ。左辺を長谷部、志郎、ジークリンデ(ib0258)とディディエに割り振られ、縦横に暴れる鬼へと迫った。
 もうもうと立ち込める煙と土埃の中で、かろうじて鬼を視認できたのは、右サイドで二体。左サイドでも同様の二体だった。
 数が合わないが、まずは敵発見の合図で笛を二度吹く。双方、ほぼ同時だった。
 (「竜胆の花が咲いているかもしれないと思うと、心の奥がざわめく。依頼中は平気でも油断すると憎悪と恐怖で震えてしまいそう‥‥」)
 瓦礫を前に、巫は全身を震わせた。過去の記憶が、今、彼女を縛っている。血の気を失った手を、柄土にそっと握られ、我に返った。こくんと頷き、先を行く仲間に続いた。
 蜃気楼のように外角を黒くぼやけさせながら破壊を尽くしているのは獄卒鬼だった。百年の年輪を数える大木のような棍棒を、難なく左右へと振り回している。運良くこちらの接近には気づいていない。
 有利に戦況を運ぶ為にも、鬼の体勢は崩しておきたい。巫が、だっと駆け出した。疾風脚で素早く足を払うと、油断していた鬼はその巨躯を大きく右へと傾かせる。
 ぐらりと傾いだところへカウンターのように待ち受ける柄土の羅漢。鈍色に光る穂先が鬼の脇腹へ突き刺さる。
 ウ゛ッアアアアアッ
 素早く穂先を抜き取り、柄土が離脱する。深手を負わせても下敷きになっては叶わぬ。
「畳み掛けて一気に討つ。数をまず減らすぞ!」
 叫んだ柄土の頭上を棍棒が風を唸らせて振り抜かれていく。直撃すればひとたまりもない。
 伸びきった鬼の肘へ向けて、レイが拳を連続で見舞う。宙で体勢を崩すも、神座の咆哮が功を奏して難を逃れた。
「これ以上好き勝手させへんで! あたしが相手したるからついてきぃや!」
 脇腹から禍々しい瘴気を溢れさせながら、獄卒鬼が神座へ棍棒を打ち下ろす。
「っ‥‥!!」
 衝撃で辺りに紅蓮の炎が巻き上がる。棍棒を焔で受け止めたが、獄卒鬼の怪力はすさまじい。神座はその足を踝まで地面に埋まらせる。打ち下ろしの際に巻き込まれた風に鉄くずも含まれていて、神座の白い頬は細かな裂傷で血塗れになった。
 そのまま、ずずず、と広場へ向けて押しやられる神座だが、その顔は血に塗れていても不敵に笑んでいる。
 視界の端を駆ける三つの影。
「あんたの運もここまでやな」
 鬼の股の間から、柄土の羅漢が突き上げられるのが見えた。黒い飛沫が鬼の背後より天を衝く勢いで吹き上がる。
「この村は滅んではいない」
 暴れ狂う鬼の反撃をするりとかわしながら、巫はその懐へ飛び込む。 
「絶対に滅ぼさせない!」
 鳩尾へ一撃を打ち込み、同じ場所へレイも拳を叩き込んだ。
 巫の叫びに応えるように、神座は焔を振り抜いた。切っ先から放たれた衝撃波は、獄卒鬼の顔を醜く歪めさせた後、真っ二つに切り裂いた。
「まだ一体始末しただけだ。あの建物の裏にももう一体いるぞ!」
 柄土の怒声に、三人は駆け出した。レイが突出しない事に、居合わせた誰もが胸を撫で下ろした。

 一方、左辺では――
 道という道、長屋があったと思われる場所のすべてが鬼共に踏み荒らされていた為に、足跡を追う事は叶わなかった。だが、暴れ過ぎて腹でも空いたのか。人の気配を感じると、探さなくても向こうから姿を現してくれた。
 そして今。
 残りの獄卒鬼にトドメを刺すところだった。
 ジークリンデの放った雷撃で、鬼の剛毛が逆立っていた。焦げた異臭を漂わせ、身体のあちこちから放電しながらも執拗に反撃してくる。長谷部が天狗礫で挑発し、振り返りざまに抜刀すると、鬼の残った唯一の腕を切り落とした。だが余韻に浸っている暇はない。
「まだ大きいヤツが控えていますからね」
「ええ。聞こえますよ、こちらへ急いでやってくる、嫌な足音が」
 志郎は長谷部に肩を借りて跳躍した。そのまま獄卒鬼の胸部へ忍者刀を突き立てる。そのまま全身を捻り、刃を鬼の肉の中で回転させた。抉るように風魔を抜き取り、獄卒鬼の身体を蹴って飛び降りた。ひらりとトンボを切って着地する頃には、鬼の姿は消え去っていた。
 だが、残る一体がもっとも厄介なアヤカシである。
 ぬう、と寺の屋根越しにこちらを覗き込む鉄甲鬼の顔は赤黒く醜悪極まりなかった。
 手にしている棍棒の突起も、獄卒鬼のそれとは比べ物にならないほど多く、また乱立している為に、傷を受けた時の損傷の酷さは容易に想像できた。
 ディディエが集合の合図を鳴らす。あちらの戦闘が済んでいればいいのだが、と左辺を担当した誰もが思った。
「鉄甲鬼だろうと、かまいませんわ。では私から」
 ふわりと銀の髪が巻き上げられた。詠唱するジークリンデの周囲に白雪が舞う。その美しさとは対照的に、苛烈な雷撃が鉄甲鬼の脳天を直撃した。
 次いでディディエのアークブラストも炸裂する。鉄甲鬼の全身が激しく痙攣を起こすが、僅かな間だった。そしてそれはアヤカシに激しい憎悪を燃やさせた。
 地面に棍棒を叩きつけ、瓦礫を粉砕させると次にそれを左右に吹き飛ばし始める。身軽な志郎や長谷部は、小さな礫を身に受けることはあってもたいした傷にはならなかったが、魔術師二人はそうもいかない。
「ジークリンデさん!」
 志郎が咄嗟に盾になる。ディディエの前には長谷部が立っていた。瓦礫の礫を一身に受けた二人は苦痛に顔を歪ませる。二撃目が来ると察知した刹那、
「壁を呼び出しますので、少しの間持たせてくれませんか?」
 ディディエは言ってすぐにアイアンウォールの詠唱を始めた。志郎と長谷部が咆哮し、出来うる限りの方法で降り注ぐ礫から二人を守った。
 数秒後、地響きと共に地面から鉄の壁が一気に伸びる。四人の耳には鉄に弾かれる風と礫の音だけが届いた。
 だが終わりではない。
「待たせた!」
 言うや、風のように飛び上がったのは柄土である。レイが組んだ両拳に足をかけ、まだ伸び続けている鉄壁へと跳躍した。続いて巫、神座も続く。
「遅れてすまぬな。ここからは共にアヤカシを討とうぞ」
 ジークリンデに治癒を施されている長谷部と志郎へ、レイは手を差し出した。
「真っ先に飛び出さないところを見ると、随分と成長されたものですね」
 長谷部の言葉に、
「我の力は皆と共に使う。皆の力も我と共に使って欲しい。そのことに気づかせてくれたこと。礼を言う」
「まだ終わっていませんよ、レイさん」
 志郎がレイの肩を叩く。
「では仲間のところへ行きますですかねえ」
「傷はいくらでも治せますから、存分に戦いましょう」
 レイは大きく頷いた。

 鉄壁の向こうでは、さすがの鉄甲鬼も深手を負っていたが、その闘争心は挫けていなかった。
 大きく肩を揺らして息を吐く柄土と神座。足元をふらつかせている巫は、かろうじて立っている状態だった。駆けつけたジークリンデがさっそくレ・リカルを唱える。
 息を吐かせる余裕などやるものか、と鬼の棍棒が闇雲に振り回される。自棄になっているとも取れた。集中力が途切れた方が負けなのだ。
 ディディエのアークブラストと志郎の影縛りで鉄甲鬼の動きを封じ、その隙に巫が素早い撃ち込みを連打する。
 大きく開いた鬼の口は闇のように黒く、吐き出される叫びと共に血反吐が吐かれた。
 柄土の槍が十文字に空を斬り、治癒魔法を終えたジークリンデも参戦した。
 よろよろと鉄甲鬼が足を踏み出す。敵は己の足元にいるにも関わらず、どこか遠くを見ているようでもあった。もはや意識もなく、消えるのみか――だが、鬼は最後の踏ん張りとばかりに豪腕を奮った。
 大地に立つものすべてを薙ぎ倒さんと、棍棒を地面すれすれに振り抜く。その脇に大きな隙が出来たのを長谷部は見逃さなかった。
 鼓膜がびりびりと震える中を瞬きひとつせずに駆けて間合いを詰め、瞬時に鯉口を切る。鬼の腰に真一文字の亀裂が走った。その真正面を――
「これで終いや!」
 神座の焔が疾った。

 アヤカシの姿は村から消えた。
 一先ずは安心だろうと、近隣の村に避難していた村長に連絡をしたが、女子供、それに老人をすぐに村へ帰すことは避けると言ってきた。
 村へ戻ってきたのは村長と若い衆だけだった。それも致し方ないことである。次の襲撃の不安もあるが何より、帰る家を失っているのだから。
 村長に理由を話し、広場へ皆を集めてもらった。
 帰れない子供らを訪ねている神座の姿はここにはない。ジークリンデとディディエは警戒の為に、森から山の麓辺りまでを探索に出かけている。何もないに越した事はないのだが、それはそれで不安でもある。
 長谷部は、村内の探索に回っていた。あらゆるものが打ち壊されている中を、探し回っている。
(「分かりやすいものでもないかもしれないので、不思議なもの、不気味なものも探して見ましょうか」)

「何かアヤカシの嫌がる物でもあったとか‥‥そういう話はないか?」
 瓦礫の撤去作業に追われて泥まみれになっている男達へ、柄土は訊ねた。彼らは互いの顔を見合った後、
「なにもないなあ。あの、最初に鬼がやって来て、仮面の開拓者――そうそう、そちらの方が倒してくださったが、その後にいきなり現れて。こちらも何がなにやら‥‥闇雲に暴れるだけで、見当もつきませんよ」
「御辛いでしょうが、村へアヤカシが現れたのはどこか、わかる範囲で教えていただけませんか?」
 巫も訊ねてみたが、彼らは口を揃えて、「山だったと思う」と答えるが一様に自身無げである。
「レイさんが一人戦った時と今の村に違う点はあります?」
 次の巫の質問はレイに対してだった。
「‥‥特にないと思うが。仮に前回の襲撃に対して怖れを抱いたにせよ、アヤカシを六体も呼び寄せる程かどうかは疑問だな」
「それにしても、こんなにアヤカシに狙われるなど、この村に何かあるのでしょうか」
 志郎が、ふむと考え込む。
 村人も皆、頭を抱え込んだ。それがわからねば、到底、すべての村民を帰すわけにはいかない。
「神座殿。子供達の様子はどうだっただろうか」
 武器でもなかった大きな包みは子供らへの贈り物が入っていたらしく、渡し終えた神座は手ぶらで戻ってきた。
「怖がってたんは確かやけど、誰も死んでへんのが救いやな。ぬいぐるみも喜んでくれたし‥‥。ああ、そうや。子供らから気になること聞いてんけどな」
 子供達から聞き出せた情報を、神座が語り出す。
「大事な話なら、私達も混ぜてもらいましょうか」
 探索や警戒から戻ってきた長谷部とジークリンデ。そしてディディエの三人も加わる。
「せやな。――最初にレイが言うてた黒いフードの男やけど。森で見た、て言うてた子ぉが何人かおったわ。鬼が出る少し前に見たんなら、その後にレイの戦闘に助太刀しよるわけやからな。おかしい話やないと思てんけどな。鬼を倒した後でも、森で何回か見かけたらしいんやわ」
 妙な引っ掛かりを感じた。
「どうしたのだ、柄土殿」
「いや‥‥今、なにか」
 柄土は、心眼を掠めたほんの微かな気配が気になった。だが、それはもう跡形もなく消えており、見遣った方角からはコロコロと虫の音だけが聞こえてくるだけだった。