【傷痕】〜5
マスター名:シーザー
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/02 22:34



■オープニング本文

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 レイ・ランカンは疲れたように目頭を片手で押さえた。ルルが眠る隣室はいつのまにか物音ひとつしなくなっていた。仲間が神楽を案内してくれた後も、どうやら足を運んでいるようで、夜になると早い内から床に入る。
 脳裏に、ルルを案ずる仲間の言葉がよぎった。
 レイは今、飛剣天仁という賞金首に深く関わっているのだから、妹の存在をかの男に知られると危険が及ぶというのだ。
「はたしてそうだろうか」
 神楽の都で天仁の足跡を調べた。仲間を裏切り、死に追いやり、賞金首となった男の過去を調べるのは困難だった。賞金首などと関わりがあると思われたくないのか、訪ね歩いた先は一様に知らぬと首を振る。
 強引に聞き出すわけにもいかず、堂々巡りをしていたレイだったが、朝市へ行った仲間から黒塚の貴石を購入していた職人がいることを聞いた。
 件の笛を持ち、神楽を走り回った結果――ようやくたどり着いた小さな楽器店。
 笛を見せると、職人は覚えていた。

「許婚への贈り物だと聞いているよ」

 五年も前のことをどうして覚えているのかと訊ねると、
「初めて贈るものだからと言って、それはもう嬉しそうに笑っていてねえ。一見、怖そうなサムライだったから、よけいにその笑顔が印象的だったんですよ」
 飛剣天仁の許婚。
 探せど、その縁者は悉く神楽から姿を消していた。だが――確かに彼女は存在していたのである。

「‥‥咲殿」
 天仁同様、彼女の消息もまた知れない。今も天仁に連れ添っているのだろうか。彼の非道な行いを、咲はどんな思いで見ているのだろうか。
 なぜ、そのような大切な存在を持ち得ながら、天仁は仕事と割り切り人を殺し、村を襲うのだろうか。
「もしもルルが天仁に狙われるような事があれば、我は‥‥我は」
 レイは握った拳を膝に乗せ、資料の上に踊る天仁の名を凝視した。
「‥‥天仁の本意を知りたい。人を殺すのは、ほんとうに天仁の本意なのか」
 彼の振るう圧倒的武力によって散らされた命の数と、それを凌駕する悲しみの渦は計り知れない。
 それでもレイは、天仁の中に残っているかもしれない良心を信じたいと思った。
「甘いと叱責されるな」
 自嘲の笑みを口元に浮かべ、資料の整理を再開させた。
 翌早朝。黒塚の湖住八尋から書簡が届いた。盗賊の頭目からの自供内容であった。
「これは‥‥っ。黒塚に急がねばならんな。ルル、そなたも旅支度をしろ。我といっしょにこれから出かけるぞ」
 妹を神楽にひとり残すわけにはいかない。レイはルルにも荷造りさせ、黒塚へと向かった。

「もう一度、確認の為に聞くぞ。飛剣天仁は黒塚に住んでいたんだな?」
「何度も言わせるなよ。住んでたさ、俺の生まれ育った村のはずれに、テメエの女と一緒にな」
「貴様の自供には裏づけがない。お前の村へ行ってみたが、そんな男と女は知らんと皆が言っていた。これはどう説明する」
 湖住は、牢の奥でふて腐れたように寝転がっている男に声をかけた。急ぎ働きで盗みに入った先の人間を皆殺しにしていた盗賊の頭目だが、捕まってしまえばただのゴロツキである。
 しかし、その男の口から思いも寄らない情報が飛び出したのだ。湖住のこめかみを汗が一筋伝う。男の言う事が真実ならば、賞金首の飛剣が、一時的とはいえこの黒塚に住んでいた事になるのだ。
 こちらに背を向けていた男が寝返りを打ち、落ち窪んだ目をぎょろりと向ける。
「そりゃあ、口も噤もうってもんよ。飛剣天仁の女を殺したのは村の人間だからな」
「!」
 男が次に吐いた言葉に、湖住は愕然とした。
「村の人間が‥‥殺した、のか? 飛剣の‥‥女を」
 緑青の当主の脳裏を様々な情報が駆け巡る。
 男が生まれ育った村は鉱山の一角に作られた、鉱夫とその家族らで構成された集落だった。集落とはいえ殺人が起これば調査が入る。その調査はとうぜん五色老が行うはずだが、湖住がこれまで閲覧した調書の中にそのような記載はなかった。
 若い当主に嫌な予感が走る。
 よもや五色老までもが関わってはおるまいな、と。

 言伝を頼むと言って、レイはギルドに書簡を預けた。仲間への言伝である。湖住から受け取った書簡のあらましを書き、黒塚へ向かうと括っておいた。
「レイ‥‥まだ眠いよ」
 瞼を擦りながら欠伸をする妹の手を引き、
「我の背におぶされ」
 とひょいと担ぐ。
 すぐに背からはすうすうと寝息が聞こえてきた。
 日が暮れる前に到着した宿場町でレイは宿を取った。神楽からずっと妹を背負って走っていては、さすがに体力も尽きる。
 仮眠すると断りを入れ、深い眠りにレイは落ちた。
 そして、目を覚ました時にルルの姿が部屋から消えていた。開拓者にあるまじき失態である。宿を飛び出し、町中を探し歩くが――みつからない。

 その頃。件のルルはアヤカシに囲まれていた。寝ぼけ眼で家から連れ出され、目覚めると見知らぬ部屋の中にいた。元々好奇心の高い娘であるルルが、見知らぬ場所に興味を惹かれるのは仕方のない事で、町をぶらりと歩いていたらいつのまにやら外れにまでやって来ていたのだ。
「どうしよう。レ、レイ‥‥」
 黙って出てきた事を激しく後悔したが、後の祭りだ。
 アヤカシ共はじりじりと距離を縮めてくる。数匹の小鬼だが、志体持ちではないルルには成す術がない。
 あわや食われる、と瞼を固く閉じた時である。
 風がふわりと吹いた。刹那、小鬼の叫び声が続く。
『オマ゛エ裏切ルノカヨ゛』
 耳障りな小鬼の声がした。
「裏切るもなにもない。俺の前に貴様らがいて、邪魔だから斬り捨てただけだ」
 ふいに頭上から聞こえた人間の声に、ルルが顔をあげる。男の手が握る大剣の先からは黒い液体が滴っていた。
 生き残った小鬼が散り散りに逃げていく様子を眺めていると、剣を収めた男が何も言わずに去ろうとしたので、ルルは咄嗟にコートの裾を引っ掴んだ。
 男の赤い目が静かな視線を落としてくる。
「あり‥‥ありがとう」
 礼を言ったルルに、男は何も答えない。捉えどころのない男の名を聞こうとルルが口を開いた時である。
「余程殺されたいらしいな」
 思わず身を竦ませたルルだったが、男の視線は自分の背後を見据えている。恐る恐る見遣ると、先ほどの鬼が仲間を引き連れて舞い戻ってきていた。
 ルルは迷わず男の後ろに身を隠した。
 そして一閃。
 音もなく抜いた大剣の一振りで、飛び掛ってきた小鬼共を男は容赦なく斬り捨てた。
 だが、小鬼の数は減らない。餌に群がる蟻のように、林の奥からぞろり、またぞろりと集まってくる。
 黒髪を僅かに揺らし、涼しい顔で斬撃を繰り出す男にしがみつくルル。
「‥‥動きづらいな」
 ルルの身体を脇に抱え、木陰から飛び出してきた小鬼を斬り伏せた。
 アヤカシからの攻撃をかわしつつ、大剣を振るう男に抱えられたルルは、その激しい動きに目を回した。記憶が途切れる瞬間まで、ルルの視界は黒山の小鬼に埋め尽くされていたのだった。



■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
緋炎 龍牙(ia0190
26歳・男・サ
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ


■リプレイ本文

 町での聞き取りと柄土 仁一郎(ia0058)の心眼のおかげで、最悪の事態は免れる事ができるのではないか、と希望的観測を彼らは抱いていた。
 だが――
「随分と奇妙な状況だな」
「何この状況」
 緋桜丸(ia0026)と巫 神威(ia0633)が同時に零す。
 ルルを探し当てた先には飛剣天仁がいて、肝心の少女は天仁に抱えられていた。それだけならば天仁からルルを奪還すればよいだけの話だが、彼らの周りに蟻のように集り襲っている小鬼の山に瞠目した。
 男を賞金首と知らぬ者が見れば、飛剣のその姿は少女をアヤカシから守り、戦っているように見えるだろう。故に奇妙な光景なのだった。
 飛剣の大剣には真新しい瘴気がどろりとこびりついている。恐らく切れ味など皆無のはずだ。だが飛剣は構わず剣を振るう。その度に、ぐぎゃっと小鬼は悲鳴を上げて霧散していった。
 まるで草でも刈るように小鬼の首やら胴やらをはねていく飛剣の脇で、気を失っているルルがぶらりぶらりと両手足を揺らす。
(「きっと、あいつ禿げるな……」)
 緋桜丸はレイの顔を思い浮かべて苦笑した。
 ルルを奪還するにせよ、飛剣から受け取るにせよ、まずはこの有象無象の小鬼共をどうにかせねばならない。
 ふっ、と緋炎 龍牙(ia0190)が短く息を吐いた。気づけば緋炎は小鬼の只中に斬り込んでおり、彼が振るう二刀の前に小鬼共は為す術もなくなます斬りにされていった。
 柄土や緋桜丸、巫も即座に続く。
「色々質問したいところですが、先に小鬼を排除させてもらいます」
 荒波のように襲い掛かってくる小鬼を、巫は確実に突き殺す。
 緋炎の元へ辿りついた緋桜丸は、背中合わせに小鬼と対峙し、その忌まわしい身体を深々と串刺しにした。
「ちっ」
 何度も突き殺しているのに、小鬼共は怯まない。思わず緋桜丸は舌打ちした。
 飛剣は、ちらりとこちらを一瞥しただけで何も言わず、ルルを放す事もなく剣を振るい続けていた。地を抉って駆けてくる斬撃を、開拓者らが紙一重でかわす。逃げ遅れた小鬼らは瞬く間に切り裂かれ、ぼとりぼとりと地面にその肉片を落として死んだ。
 やはり味方のようには思えない。あわよくばこちらも斬り殺そうとしているのではないか――散会して戦う開拓者らの脳裏に同じ思いがよぎる。
 だが、多勢に無勢。斬っても薙ぎ払っても小鬼はその数を減らさない。次第に開拓者の息が上がる。その中で、少女ひとり抱えているにも関わらず、飛剣は涼しげな顔で小鬼を斬り捨てていた。
「……全く、次から次へと虫のように沸いて来るねぇ」
 緋炎が一人ごちる。
 息を荒げない飛剣も忌々しい。
「この小鬼共は何だ」
 緋剣との距離を縮めた柄土が伝法に問う。
「……知らん」
 憮然と答える飛剣の剣が、後方より躍り出てきた小鬼を軽く袈裟斬りにする。
(「ほんとうに知らぬようだな」)
 刃に付いた瘴気を払う暇もないほどの忙しなさで鬼を斬り倒しながら、柄土は視線をルルへ落とした。
(「これは驚いたな。無傷だ」)
 単に気絶しているだけのルルに害が及ばぬよう、柄土はそのまま飛剣の傍で防戦に転じた。
 反対に裂帛の勢いで剣を振るっているのは緋桜丸と緋炎だった。悲鳴を上げさせてはルルが目を覚ます。それは避けたい事実だった。
 その為に、容赦のない剣が小鬼を突く。眉間に一息に剣先を突き刺すと、すぐさま引き抜き、次の小鬼を突き殺す。確実に倒してはいるが、緋桜丸の体力にも限界が来ていた。
 鴉丸で牽制し、気を引きつけ、まとめて飛び掛ってきたところをアル・カマルで薙ぎ斬りにする緋炎。いい加減数を減らして欲しいところだが、鬼共は一向に減る気配を見せない。並みの男なら焦燥感で雑な攻撃になりかねない状況だったが、緋炎は別の手法に切り替えた。
「厄介奴らだよ、本当にねッ……!」
 緋桜丸も大概残酷だったが、緋炎はそれに輪をかけた残虐さで小鬼を始末する。唐竹割に打ち下ろしたところで横薙ぎに剣を捌いた。さすがの小鬼も怯みはしたが、それもほんの一瞬で、すぐに二人の下へ殺到したのだった。
 あまりの数に辟易していると、そこへ一本の空間ができた。巫だった。疾風のような足技で鬼共を蹴散らし、吹き飛ばしていく。小鬼はあちらこちらの空中で、ぱちんぱちんと水風船のように弾けて消えた。
 だが時間が惜しい。レイも同様にルルを探しているのだ。何も知らないレイがこの状況を見て、冷静でいられるはずがない。たとえ、飛剣の中に残っている良心の欠片を信じていたとしてもである。
 周囲には未だ増え続ける小鬼がいる。開拓者らは右に左にと視線を動かし、飛剣との戦闘は避けるべきだと判じた。そして気づけば、飛剣の元に集まっていた。
 どうにかルルを引き渡してもらえないかと、各々が口を開きかけるが、邪魔をするように小鬼の棍棒が突き出されてうまくいかない。
 すると、どこからかひやりとした空気が流れ込み、やがて周囲が白く霞んでいく。ゴオッという轟音と共に白い霞は吹雪に変わり、小鬼を一まとめにして消し去った。
「町の外れとは言え〜、これまたなんとも見事に湧いたものです」
 少し遅れて駆けつけたディディエ ベルトラン(ib3404)が感慨深そうに呟いた。言葉とは裏腹に両手で掲げ持つ砂漠の薔薇からは絶えず吹雪が流れ出ている。
 ディディエのおかげで飛剣を含む、仲間の周りから小鬼が一斉に除去された。だが、視界の端には新手がすでにこちらへと向かってくるのが見えた。この隙にルルを渡してもらわねば、機はないかもしれない。
「多分その子だと思うが、家に帰らない娘が出て捜索していた」
「……」
 どこに執着しているのか、飛剣は一向にルルを引き渡す素振りを見せない。
「その子をこちらへ渡してもらおうか」
 焦れたように緋桜丸が言うが、飛剣は視線も寄越さず、数メートル先に潜んでいた鬼へと一撃を喰らわせた。
「その子を抱えたまま戦うのは、お前には負担になる。俺達としてもこちらが預かる方が安心するからな。お互いに利点こそあれ、不利はないはずだろう」
 引渡しの要求には一切レイに関するものは含んでいないはずだ。一体飛剣はルルのなにに執着しているのか、柄土の言葉を鼻にもかけない。それとも飛剣はすでにルルの正体を知っているのか。知らずとも、しつこく言い寄れば勘繰られるか、と皆が言いよどみ始めた頃、
「こんな横槍が入る状態で決着はつけたくはないのでね。君もその少女を抱えていたら面倒だろう?」
 頬に瘴気をべっとりと付けた緋炎が言った。構えていた二刀を下ろしつつも、只ならぬ剣気は彼の全身から迸っている。
 雪の結晶に混じって漆色の瘴気が飛び交っている。次々に襲い来る小鬼をディディエが必死に抑えていた。反対側では巫が肩で息をしながら苦闘している。
 何十分にも思える沈黙が過ぎていく。やがて、ルルを抱えていた飛剣の左腕が動き、解放は目前となった時、その声は響いた。
 すでに夕闇から漆黒の闇へと変わりつつあった空を切り裂くように、聞き覚えのある男の声が驚きを含んで叫ばれたのだ……が、すばやく口を塞がれたらしく、途中からは言葉になっていなかった。
「ルッふがもがフゴッ」
 見れば、今にも駆け出しそうな勢いのレイを、菊池 志郎(ia5584)が唇を歪ませながら背で抑えていた。暴れ牛と化しそうな男の身体には白いほっそりとした腕が巻きついている。ジークリンデ(ib0258)だった。落ち着かせようと必死にレイへ向けて何か言っている。
 それでも妹の危機だと疑わないレイは二人を振り切ろうと激しく抵抗していた。唇を塞いでいたのは神座真紀(ib6579)だが、あまりの暴れっぷりにもはや最終手段しかないかとレイの顔を強引に自分へと近づけた。
 なにをするつもりなのだ、と皆の視線が集中する。無論、飛剣の視線も動く。
「もう、あんな子に見とれんといてや!」
 神座の台詞に野生の勘が働いたらしい。
「我が悪かったッ」
 息を整え、
「我が……悪かった」
 落ち着いて前方へと目を遣るレイ。頬にあったはずの神座の手が、気づけばレイの右手を握り締めている。振り返っている志郎の、心配そうな目を見て改めて自分が暴走しかけたのだと気づいた。
「ルルさまの事はもちろん心配ですが、まずはあの……底なしにやって来る小鬼をどうにか致しましょう」
 ジークリンデは如月を振り翳した。実質、身体を張って戦闘に立っているのはディディエと巫のようである。察しのいい彼女は素早く状況を判断し、彼らの援護を開始した。
 更に吹き荒れる吹雪の中を、志郎と神座、そしてレイも駆け出した。
 緊褌一番。
 まずは小鬼の殲滅である。
 問題の種であったレイに冷静さが取り戻されたとわかると、飛剣の周囲にいた柄土や緋桜丸、緋炎も攻撃へ転じた。
 飛剣からルルを引き渡して貰う為にも、小鬼を殲滅、もしくは撤退させたいところである。
「最後まできっちり責任を持てよ? あんたが助けた子だろ」
 緋桜丸がぼそりと呟いた。
「その子は志体を持たん。戦いに巻き込んでいいものではないし、恐怖をわざわざ与えるものでもない。まあ、勘弁してやってくれ」
 柄土は言ってジークリンデに目配せをした。目の前で血生臭い戦闘を見せるのは憚られると言えば、人である飛剣にも意味は伝わろう。無言であるのを同意と取り、ジークリンデはルルへ眠りの呪をかけた。

 墨を流したような闇の中、鈍色の光が縦横に光る。二刀を操り、容赦なくスパンスパンと小鬼の首を刈っていく緋炎。刈り損ねか、譲ったか。動きが鈍った残りの鬼を突き殺していく緋桜丸。
 接近戦に突出している仲間の元へ誘い込むように、外側からブリザードで小鬼を追い込んでいく魔術師のジークリンデとディディエ。
 開拓者側に敵意がない事を訝しむ様子も見せず、淡々と小鬼を始末していく飛剣の傍で、類が及ばぬように、まるで賞金首を援護する形で片っ端からアヤカシを一蹴する巫とレイ。
「りゃあッ」
 剣気を放ち、群がる小鬼をまるで紙を切るように捌いていく神座。背後から飛び掛ってきた小鬼には、剣をくるりと持ち替えて突き上げた。手首に流れ落ちてきた瘴気を、顔を顰めて払い落とす。
 ルルを引き渡してもらう為の時間は長い方がいい。説得に応じるかは不明だが、何もせずにおくよりはいい。神座は足を踏みしめ、裂帛の一閃を放った。
 そんな中、レイは一度もルルを見なかった。無理やり戦闘に集中しているようだ。
 気功拳で敵を滅しながら、徐々に傷が増えていく仲間を志郎は精霊の唄で癒していく。同様にジークリンデもレ・リカルを詠唱。敵であるはずの飛剣の身体が、淡く白い光に包まれると、打ち据えられ、切り裂かれた傷がスウッと消えた。
「現状を共闘と判断しましたから、治したまでです」
 ルルを抱えたまま戦うのは、かなり不利な状況なのだ。ルルを庇う理由が飛剣にあるとも思えない。それとも自分達が駆けつける前に、二人の間に絆めいた“何か”があったというのだろうか。
 いずれにしても飛剣の身に傷は見えても、意識を失っているルルには外傷らしきものが見えないのだ。それが癒す理由のすべてだった。
「くッ」
 レイは強く唇を噛み、叫び出しそうになるのを堪えた。
 皆もその思いを察し、途方もない数であった小鬼を見事撤退させたのだった。

 賞金首が少女を脇に抱えたまま、無言で立っている。男はその少女がレイの妹だとは知らないはずである。未だ少女を手放さない理由は何か。
「九人、か。女子供を捜すのには、少々多すぎやしないか」
 飛剣は表情を崩さず訊いてくる。
「子の行方を案ずるのは、親としては当然ですからねえ。ところでですね、その娘はいかがされました?」
「小鬼らに襲われていただけだ」
「そこを救ったん? アンタがなんで?」
 神座が一歩踏み出し、問う。その顔には戸惑いが見られた。
「救った覚えはない。邪魔な小鬼を斬り殺したら、この娘が俺の傍に来ただけの事」
「ついてきたから? いや、違うな……その少女の意思よりも君の意思で助けたのではないかな? その気になればその場で見捨てる事も出来た筈だからねぇ」
 飛炎は乱れた眼鏡をかけ直しながら、畳み掛けるように言った。その言葉にドキリと心臓を跳ね上げさせたのは、説得の様子を見守っていた巫だった。
 仕事というだけで簡単に人を殺める男に、そんな人間らしい感情が残っているのかしら、と緋炎をみつめていた視線を飛剣へと向ける。
 誰もがその答えを待った。
 闇雲に時間だけが過ぎる。頭上には、いつぞやの晩と同じ月が上り、煌々と辺りを照らしている。
「そうか。俺はどうやら期待を裏切ったようだな」
 肩を竦め、残念そうに口元を歪めて笑う。
「その子を俺達が責任もって保護者の下へ送り届けるから、預からせてほしい」
 志郎が、すっと歩み出る。
「見たところ怪我もないようだし、家族の方もきっと安心するから」
 飛剣は、いまだ抜き身の剣を持っている。不用意に近づくのはまずいだろう。志郎はそれ以上近づくことはせず、他の皆も同様に、ただじっとしていた。
「開拓者というのは便利屋だな、相変わらず。こんな小娘ひとりアヤカシに喰われたところで、お前らにどんな枷が嵌められるんだ? 依頼されなければ知る事もなかったちっぽけな存在が、どこで死のうと殺されようと知った事ではないだろう」
 そう言いながらも、飛剣は顎をしゃくり、志郎に来いと命じた。
 ルルを引き渡すと見せかけて斬りかかってくるかもしれない。志郎は用心しながら近づき、ルルをその手に受け取った。
「お前らは不思議だな。それともお前らが特別おかしいのか? 俺の怪我まで治しただろう」
「要救助者の保護の協力をいただいたのですから、当然です。礼を言いますわ」
 ジークリンデが澄ましたように答えた。
「ここで殺しておくべきだったと後悔する事になるだろうがな」
 くるりと踵を返し、飛剣は闇へと進む。
「貴方の事情を知りたいと思う人もいるので、……一度落ち着いた場で話をしたいと」
 去っていく背へ志郎が言葉をかけたが、何も返ってはこなかった。
「守ってくれて、ありがとう」
 巫が声をあげた。理由はどうあれ、彼は確かにルルを小鬼から守ってくれたのに違いないのだ。
「この子の明日を守ってくれて、ありがとう」
 神座の言葉も飛剣の背を追った。
 だが男は何も言わず、闇に溶け込んでいったのだった。
「……フフ、俄然興味が出てきたよ。」
 唇を歪めて笑う、緋炎が小さく呟いた。

 マジックキャンセルで目覚めたルルには、事の顛末だけを聞かせた。
「お礼……私からも言いたかったな。なに、レイ。怖い顔してるよ? それじゃ仮面をしてる意味ないと思う」
 無事に戻ってきた妹を前に、レイの心が激しく動揺する。
 ――我はルルを失って正気を保てるだろうか。