【月露の瞳】〜証拠
マスター名:シーザー
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/19 02:23



■オープニング本文

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 一冊に纏められた報告書を読み終えた秋月刑部は、疲れたように目頭を押さえた。止むを得なかったとはいえ、実父を手に掛けた刑部が身を寄せているのは武天の首都比隅の一角にある小さな宿だった。
「やはり五色老の名が出てくるか」
 分家を取りまとめる形で出来上がったその組織は特殊である。
 深緋を筆頭に縹、黄櫨、紫根、緑青と色の名を冠した分家は本家を支える為だけに存在していた。
「だが、今回の崩落事故に小幡殿が関係していたとはな‥‥。まあ、それもおかしい話でもないか。時期当主の事で内紛が起きているのだし、どちらにしても当主が決まれば神事は行われるわけだからな。奉納刀の準備だと言われてしまえば納得せざるを得ないだろう」
 そして椿が零した「広高が出仕しない」こと。
 刑部の顔が苦悶に歪む。父が椿の前へ姿を現すことは二度とないのだ。
「問題は‥‥事故の調査が行われていないことだな」
 椿の護衛を依頼した後、崩落事故関連を調査できないかと手を回してみたが、すべて徒労に終わったのである。
「なぜ五色老が調査をさせないのか。それだと自らが事故に関わっていると認めるようなものだぞ。――あのバカが出奔さえしていなければ詳細を聞き出せたものを‥‥」
 はあ、と溜息を吐く。“あのバカ”というのは刑部の幼馴染であり、本来なら五色老のひとつ『縹の百瀬家』当主に納まっている男だった。
「封鎖を命じたのが椿井家‥‥。五色老の中でも最弱と言われた椿井が?」
 広高が声を荒げたという情報もあったが、まずはこの五色老を調べるのが先だろう。広高はもうなにも出来やしないのだ。
 扉が忙しなく叩かれた。一瞬ギクリと心臓を跳ね上げた刑部だったが、宿主だとわかり、部屋の明かりを点けて応対に出た。
「ギルドから使いの人が来られてね。これを秋月さんへって」
 差し出されたのは一通の封書だった。宛名の書かれていない手紙だ。
「いつもすまない」
「ああ、いいのよー。気にしないで。じゃ、確かに渡したからね」
 にこやかに答え、彼女は廊下を戻って行った。
 ドアを閉め、封を開ける。中味が何かはわかっていた。
「‥‥ここにも五色老が出張るか」
 刑部は手にした便箋をぐしゃりと握り潰した。
「正攻法が無理なら、他にも方法はいくらでもある」
 刀を差し、上着を羽織る。
 廊下を走り、段を飛ばして階段を駆け下りると宿主に、「出てくる」とだけ告げて、すっかり夜も更けた比隅の街へ飛び出していった。


■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
空(ia1704
33歳・男・砂
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
椿 幻之条(ia3498
22歳・男・陰
羽貫・周(ia5320
37歳・女・弓
すずり(ia5340
17歳・女・シ
叢雲・なりな(ia7729
13歳・女・シ


■リプレイ本文

 秋月刑部が開拓者の為に用意したのは、小料理屋『遊亀』の二階の一部屋だった。もちろんそこに秋月の姿はなく、代わりに道明寺椿の使いが一行を出迎えた。酒盛りしている彫金師や山師の賑やかな声を聞きながら、開拓者達は五色紋入りの腕章を受け取っていく。緑青の地に三匹の虫が描かれた、この一風変わった紋は椿井家のものである。
「わざわざここを用意したって事は、撤収後の合流場所に使えって意味なんだよな」
 黒の外套で全身をすっぽりと覆い隠した緋桜丸(ia0026)は窓を薄く開け、夜の黒塚を盗み見ながら言った。
「この店の主人は道明寺への出入りを許されている男ですから、信用がおけます。心配はご無用。――ただ真夜中ともなりますと、街中とは言え灯りはすべて落とされますので、店の看板をよく覚えておいてくださいませ」
 使いに寄越された男は精悍な顔を崩す事無く告げる。
 遅れて襖が、たん、と開いた。誤情報を流す為に前日入りしていた斎朧(ia3446)である。袖に付けた五色紋の腕章を外しながら、
「五色老を嗅ぎ回る不審者の話‥‥流してきました」と報告するや、
「あたしがお願いしていた“山鳴り”の方はどうなったのかしら」
 足を崩して寛ぐ椿幻乃条(ia3498)が訊ねた。
「秋月様からお聞きしていた件ですね。そちらは私の方で手配済みです」
 幻乃条の問いに道明寺の男が答えた。幻乃条はすぐに問う対象を変え、
「朧個人として町の人達の反応をどう見たのかしら」
「手応えはありましたから、今夜の見廻り組に伝えてくれるのは確実ですね――あぁ」
 朧は、外した腕章を見遣り、「五色紋を付けていた。それだけで信用されるのですね」と薄く笑いながら呟いた。
「まだ人の声が止まないな」
 そう苦々しく言い放ったのは樹邑鴻(ia0483)だった。これだけの人数が一斉に階下へ下りれば嫌でも客の目に付く。
「なぁに、そう焦るんじゃぁねぇよ。酔い腐って潰れてくれりゃ恩の字だ」
 空(ia1704)がヒヒヒと笑った。
 やがて町の明かりがひとつ、ひとつと消えていき、遊亀の客も静かになった。
「こそこそ動くのは、本当は苦手なんだよね」
 シノビらしくない事を呟きながら、すずり(ia5340)が最初に部屋を出た。
「証拠調べかぁ‥‥難儀そうだね」と、なりな(ia7729)もすずりとご同様。
「ここからがシノビの本領発揮なのだから、すずりもなりなも頼んだよ」
 柔らかく光る金の髪を耳に掛けながら、羽貫・周(ia5320)が少し困ったように笑った。
 階下では店主が片付けをしていた。浅く頭を下げて店を出た。肌を刺す冷たい風に目を細めた後、五色紋を付けた開拓者達は足音を忍ばせて山へと向かった。

 山裾から細い道が九十九折になって上へと伸びる。一本道だった。途中からそれぞれの採掘場へと枝分かれするらしいのだが、件の現場は道なりに進み、左へ折れればいい。採掘場潜入班と山津波の現場探索班はそのまま進む事になる。撹乱班の緋桜丸と朧はここで皆と別れた。

 月もない闇夜に紛れ、警戒しながら草葉を踏みしめる緋桜丸は、地断撃を打ち込む格好の場所を探していた。少々の地鳴りでは見廻りを引き付けられまい。
「ん?」
 視線を落とすと木の根の下が崩れている箇所をみつけた。そこへ打ち込めば周囲の木々も巻き込んで派手な音を立てられるだろう。そう思った緋桜丸が一歩足を踏み出した時である。灯りが見えた。見廻り組だった。緋桜丸は咄嗟に木の陰に身を隠す。息を潜め、奴らが立ち去るのを待つ。こんな所まで出張るとは、何か危ない宝でも隠しているんじゃないのかと緋桜丸は片目を眇めた。
「そういえば今日、妙な事を言いに来たヤツがいたな。覚えているか?」
「五色老を嗅ぎ回る怪しい者の話か。どうせあれだろう。本家の重臣の手の者だろ」
「それでも俺達が見廻り番の時に騒動起こされんのは嫌だからな、念の為に二班に別れよう」
 朧の嘘に踊らされている椿井の者を物陰から笑い、合図を待つ仲間の為に緋桜丸は闇へと紛れた。
 その頃、潜入班は採掘場に到着していた。掘削現場入り口には左右に二本ずつ掲げられた松明が煌煌と燃え盛っている。事前情報の通り、夜間の見張りは一人きりだった。揺れる明かりの中で見えた見張りは退屈そうに欠伸なんぞしている。
 岩場を背にし、鴻は周囲に目を凝らす。見張りが立っているから見廻り組がここを通らないとは限らないのだ。警戒するに越したことはない。
「崩落が採掘場を直撃しなかったというのは確かのようね」
 山津波は採掘場の脇を掠めていた。何とも上手い具合に崩れたものである。幻乃条は松明の灯りに僅かに浮かぶ崩落痕を凝視した。
(「鉱山自体が崩落じゃなくて、山津波っていうのが気になるのよね。刑部さんも渓流等はないと言っているし、山津波は人為的って見るのが良さそう」)
 目を伏せ、やがて鋭く眼光を光らせると頂上へ視線を走らせた。濡れて光る紅がニィッと怪しく笑う。
「見張りの顔はしっかり覚えたよ」
嬉々とした声が降ってきた。軽やかに樹上から着地したなりなが、「侵入ルートと脱出ルートも調べてきた」と言う。
「って言っても、出入り口はあそこの一箇所しかないけどね」
「空が言ってた件はどうだった」
 潜入班に対し、空はある確認作業を依頼していた。鴻が口にしているのがそれである。
「直撃を避けるように掘削現場の横を掠めながら走ってたよ。4、5メートルは離れていたかな」
「そうか」
 鴻は呟くように答えながら、幻乃条と視線を合わせた。考えることは同じだ。直撃しなかった事を幸運の二文字で片付けるのは尚早だろう。何より――きな臭い。

 もう半刻登れば山頂という所まで緋桜丸はやって来た。崩落現場とは正反対の位置だ。
「さて‥‥力仕事といきますか。‥‥上手く倒れろよ‥‥?」
 力加減は必要だが、見廻り組を惹きつけられなければ無意味である。緋桜丸は豪快にバトルアックスを振り抜いた。轟音と共に斜面は捲れ上がり、Vの字に奔る亀裂へ巨木が次々に倒木していく。
 冬の澄んだ空気はド派手な音に大きく震えた。やがて斜面の下から明りが複数登ってくるのが見えた。
「頼むから何かみつけてくれよ‥‥」
見廻り組の目がこちらに向いたと確信した。後は仲間が証拠を掴んでくれるだけだ。緋桜丸は祈るように呟き、微笑を薄闇に残して姿をくらました。
さして山に詳しくもない椿井の男達は、目の前に現れた亀裂を単純に地盤の緩みだと信じた。
「これが殿様の言っていた二次災害というヤツか」
男のセリフに緋桜丸は首を傾げた。聞かれる怖れのない場所での発言こそ真実である。この男達は何も知らない。
仮に力ずくで情報を得ようとしても得るものはないだろう。緋桜丸はひたすら彼らが立ち去るのを待った。だが、男達はここで重要なことを漏らした。
「二次災害が心配なのはわかるが、夜間にわざわざ山へ入る者がいるかね?」
「しかも不審者は問答無用で斬り殺せだからな」
「殿様の考えは良くわからん」
 影に潜む緋桜丸が、物騒なその命令に顔を顰めた。

 遠くに轟音を聞きながら、山頂付近に到着した山津波調査班は、すぐさま散会した。夜明けの遅い季節であっても、迅速に事を運んでおくに越したことはない。
 闇に乗じるために目深に被っていたフードを持ち上げ、空がニタリと笑う。
「御山の大将が何かを隠す時ってのは大概がロクなコトになりゃしねぇ。どいつもこいつも何時もイツも‥‥ィヒ‥‥ヒヒッ」
 眼下の木々の間で忙しなく動く松明を、まるで虫けらでも見るような目で一頻りみつめた後、気になっていた水源の有無を確かめに移動した。
 事故の発生源と思われる位置に立つ。やはり周囲に水源はない。水遁のような術式が施された形跡もなかった。
 だが、大量の水によって押し流された土石流の痕は生々しく麓へと走っている。ジャリ、と石を踏みしめる音に反応し、空が顔を向けた。音の主は周だった。発光するように浮かぶ金の髪を耳にかけ、
「何もない所から水が突如として溢れるわけはないし、何かしらの痕跡はあると思ってな」
「ヒヒ。――何かいいモンでもみつけたのか?」
 ふふ、と笑い、周は青い瞳を細めた。
「溝を発見した。ほとんどが山津波の影響で潰れていたが、明らかに人為的に掘られたものだとわかる溝があった。等間隔の傷は独特な工具か農機具かと思われるのだが‥‥」
「ってぇことはだ。ここまでどうやって水を運んだんだろうなぁ」
「人海戦術」
「ん?」
 樹上から声がして、空と周が揃って上を見た。にこりとすずりが笑って見下ろしている。
「ここから少しだけ上に――あっちね」
 すずりは山頂方面へ指を突き出し、続けた。
「踏み荒らされてたよ。これだけの規模の災害を起こそうっていうんだから、少々の人数じゃないと思うけどね。それとこれ」
 足場にしていた枝から軽々とジャンプし、二人の元へ飛び降りる。はいと差し出したのは泥まみれの布切れだった。縁は引き千切られたようにほつれている。僅かに覗く地の色は少しくすんだ緑色だった。
「はぁん。なるほどなぁ‥‥」
 すずりの手にある端切れを覗き込む空。
「何かわかったのか?」
 周が問う。
「単純だがサイアクな流れじゃねぇか? こいつぁよ」
 すずりの表情が沈んだ。自分がみつけてきた大勢の足跡とボロボロの端切れが意味するところは、一つである。
「それならば探そう。それこそが明確な証拠になるはずだ」
 もったいぶった言い方の空に、周が詰め寄る。醜悪な結論に気が急くようだ。
「時間がねぇよ、周」
 空の返答にすずりも同意した。
「ここに調査に来てンのぁ、俺達だけじゃねえ。だが、周が考えてることぁ、ほぼ間違いねえと思うぜ」
「この色」
 すずりの手がぎゅっと握り込まれた。
「ボク達が椿さんから貸してもらった五色老の腕章と同じ色、してない?」
 周と空の目がすずりの手を凝視する。どこにでもある緑色だと言ってしまえばそれまでだ。だが、五色老は家紋と同様に色紋を持っていると聞く。
「十分な証拠だと思うよ」
 何も――大勢の遺骸をみつけなくとも十分だ。明らかに五色老が関わっているという証が手に入ったのだから。

 朧は付かず離れずの距離を保ち、見廻り班から別行動を始めた椿井の追っ手をかわしていた。距離を縮めようと男達が駆け出すのを見たが、引き付けておくためにも朧はあえてのらりくらりと逃げた。
 岩の裂け目に身を隠し、ほつれかけた髪を直しながら溜息を吐く。
「権力争いなど珍しくもなく、その全てに義憤を覚えていては憤死しかねませんが‥‥それでも、一度関わったものくらいはどうにか」
 常に笑みを絶やさない朧が垣間見せた、辛辣な声音と表情である。
「あそこに誰かいるぞっ」
 藪の中から怒声がした。ひらりと闇に溶ける朧の顔は、いつもと同じ柔らかな微笑に包まれていた。

 採掘場では見張りの男がぴたりと張り付いている。厄介だなと三人が思っていたのとほぼ同時に、山が鳴った。
「予定通りだな」
 鴻が低く呟いた。合図のように視線を採掘場の入り口へと向ける。緑青色の腕章を付けた男は、驚いた顔で周囲を見渡し、やがて面倒くさそうに持ち場を離れた。
 幻乃条は、秋月に頼んでおいた偽情報の一件を思い出していた。朧が流す五色老を探る怪しい影とは別に、山が鳴るという現象で一騒動起こしてもらう手はずだ。すっかり山中にいる身なので町の様子がさっぱりわからないが、上手くいっていると信じたい。
 だが、それは杞憂でしかなかった。真夜中だったからこそ、山から発生した轟音は真実味を帯び、黒塚の人々を安息の眠りから叩き起こしたのだった。
「見張り役の男。いつ戻ってくるかわかんないからね、早く忍びこんじゃおう」
 なりなは言うなり駆け出した。二度目の山鳴り‥‥、撤収の合図が起こる前に調査を完了しておかなければいけない。
 大きな明りは見張りが持って行ってしまった為、採掘場入り口には小さなろうそくが二本灯っているだけだった。
「開けてびっくり伏魔殿、なんてね」
 くすくすと幻乃条は笑った。手にした松明が音を立てて火を灯す。白い鼠に姿を変えた式を片方の掌に乗せ、幻乃条が先導するよう命じると、鼠はチチッと鳴いて飛び降りた。
「時間はあまりないから、迅速にね」
「素早さならなりなにお任せだよ!」
 言って小さなシノビは側道の中に消えた。気配はするが、物音は一切しない。さすがである。
 入り口には鴻が残った。見張りがいつまでもこの場所を無人にしておくはずがない。調査は幻乃条となりなに任せ、鴻は警戒に徹する事にした。
 やがて二度目の山鳴りが起こった。すぐそこまで見張りが戻ってきていたのだろう。驚いた声を上げ、バタバタと戻っていく足音が聞こえた。さすがに身構えた鴻だったが、足音がやがて消えると握り締めていた拳を緩ませた。
 程なく、入り口から白い鼠に連れられて二人が出てきた。首を横に振っているところを見ると、どうやら収穫はなかったようだ。
「窪みとか穴とか探ってみたけど、ダメだったぁ。他はどうだったのかな」
 なりながしょげた様子で呟く。
「とりあえず店まで急いで戻ろう」
 潜入班は、見張り役が後戻りした道を避け、別ルートから下山した。

 小料理屋へ皆が戻ってみると、秋月が座して彼らの帰りを待っていた。闇に乗じて黒塚入りしたらしい。久々の故郷だというのに、やはり浮かない顔である。
「これをみつけた」
 差し出された端切れを見た秋月の表情が、それとわかるほどに豹変する。
「思い当たるってぇツラだなぁ、おい」
 空の言葉に、やや遅れて秋月は頷いた。
「これは椿井家だけが使用を許された緑青の色。つまりその場に椿井の人間がいたという確かな証だ」
 重い空気が流れたが、
「今夜の見廻り組も椿井の人達だったはずだ。そいつらのじゃないのか?」
 鴻が当然のことを口にした。
 しかし秋月はそれを一蹴する。
「見廻り組としてお役についている仲間が突然姿を消したら騒ぎになるだろう? 今夜、そんなことがあったか?」
「‥‥」
 誰もが口を噤む。そんな騒ぎなど起きていないからだ。緋桜丸が起こした偽の崩落にさえ戦々恐々としていた程だ。
「他にも気になることがある。――すずりがみつけた大勢の足跡が山頂付近にあったのだが、人為的に今回の事故が起こされたのだとして‥‥それに関わった人達はどうなったのだろうか」
 周の問いに、秋月は答えなかった。それが事実なら――大勢の命を引き換えにしてまで道明寺の頭を挿げ替える理由はいったい何なのだ。
 そして何より。
「それだけの人間が消えているのに、どうして誰も不思議がらないのでしょう?」
 小首を傾げた朧が呟いた。
 障子の向こうが白々と明るくなっていく。夜明けである。