|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●遊戯 油をチロチロ舐める炎は、暗い部屋を静かに照らしている。 質の高い衣服に身を包んだ商人は、低く暗い笑い声を洩らした。 「ハッハッハーッ、所詮術を磨くしか能のない、知恵の回らん奴等よ」 『影蜘蛛』と『北條』は決別した、そして薬の情報もあれば宝珠爆弾もある――言わば、陰殻、否、天儀を掌中に入れたも同然の事。 「北條を影蜘蛛で、喰らえば……いや、どちらが死んでもわたしは表には立たない、実しやかに情報を里長に流せば」 情報が真実である必要はない、嘘であったとしてもその情報が『在る』事が問題なのだ。 襲撃に浮ついた北條を、一機に狩り取る影蜘蛛――そしてその影蜘蛛が薬を作っていたとなれば。 逆でも良い、身の危険は疑心暗鬼に通じる。 「そうですね、里長を刺激したくは無いです」 商人と揺れる少女が、いきなり大人の女性の様な口調で口を開いた――顔に白い指が触れる、否、それは青白いと形容してもいい程だ。 爬虫類の様な、青い瞳が商人を見ている、ただ、見ている。 その硝子のような瞳には、どんな感情も存在しない。 蝋燭がジジ、と音を立てる音と、淫猥な音だけが響いている――此処は商人の部屋だ、自室だ。 助けを呼ぶか――いや、その前に自分の首は掻き斬られるだろう。 だが、目の前の女性は微笑んだ。 「賭けをしましょうか。忠実な部下が何を取るか……部下を扱う為には、其れを見なければならぬと」 丁度、生き延びた事ですし、と女性、北條・李遵(iz0066)は嗤う。 (「もしかしたら『あの者』達の武器を扱える人物か――生憎、彼の頭の中は読みづらい」) 油を舐める音、そして商人が唾を飲み込む音。 「地獄を知るには、地獄に身を置かねば……貴方の処遇は、私からすれば十分、地獄行きです」 ●二者択一を拒む 襲撃を知った李遵の腹心、藍玄はまた一つ、諏訪に借りが出来たと苦い顔をした。 陰険眼鏡、と李遵が指し示す諏訪の頭領の冷静な視線を浴びるのは、あまり気持ちいい気がしない。 無論、彼の言葉には正当性があるので藍玄は嫌いではないが――。 眉間を揉み、こめかみを抑えては何度かのため息を吐く。 『頭領が拉致されました、件のもの全てと製法を――』 件、とはなんぞや……等と忠実な部下は聞く事は無い、そんな事をしてしまえば首が飛ぶ。 『私達の氏族の秘密を知った者は、消えて行く……』 どうしますか、と心配そうに問いかける部下の瞳に隠しきれない、戦いへの劣情。 北條一族、それは盗賊とシノビの二足の草鞋を履く者。 影蜘蛛を取るか、北條を取るか――李遵を思うのならば降伏し、敵の靴でも舐めるべきかもしれぬ。 北條を、或いは慕容王を取るのであれば全てを告白し、李遵に罪を被せ全てを終わらせるべきであろう。 だが、彼はやはり選択の出来ぬ者であった……否、選択をする事を止めた。 二者択一が全てではない、過去は取り戻せえぬが今から選ぶ事は出来よう。 「開拓者ギルドに至急、救援を」 ――もし、成功を収めれば、影蜘蛛の術を知るに相応しい、と開拓者は判断できるかもしれない。 |
■参加者一覧
孔雀(ia4056)
31歳・男・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
溟霆(ib0504)
24歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
高尾(ib8693)
24歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●亡び 「確認しておきましょう」 開口一番に切りだしたのは、部下のシノビを引き連れた藍玄だった。 「此処で、私達が勝利すれば、私達の『氏族』は絶えます」 通常、上忍四流の内の頭領は、自分の出身氏族の里長も兼ねている。 だが北條の、頭領の場合はそうではない。 く、と顎で部下のシノビを示した笹倉 靖(ib6125)は、触れては切れるような雰囲気にそぐわないへらり、とした口調と笑みで言った。 「で、その中に内通者とかいないよなぁ?俺、押せば倒れっから、後ろからブスリとか冗談にもならねぇよ」 「それは全く笑えない冗談ですね――私が確認した限り、大丈夫です。そもそも、この場に連れてくるのですから、それなりの『保険』はかけておきますよ」 「えらく、含みのある言い方だねぇ」 怖い怖い、と他人事のように言いながら、溟霆(ib0504)はモノクルの奥で紅い瞳を細める。 はて、北條の頭領ともあろう人物が……簡単に攫われるかや? とはいえ、そのような事は些末事。 堅牢ではあるが、物々しくは無い粗末な城を目に、彼は嗤う。 「……では、殺そう。殺し合おう。紅き綺麗な曼珠沙華、麗しい北條の頭領に捧げようか」 言葉など無意味に消えていく、侘びしげに咲いた季節外れの彼岸花が揺れる。 薄く延びた雲に覆われた、物憂げな雲がゆっくりと風にあわせて動いていた。 「俺は依頼を果たすだけ、なんだがな――」 触れる度に失くした筈の記憶は疼き、蓮 蒼馬(ib5707)はそれを振り払うかのように首を振った。 短い青い髪が、はらり、はらりと彼の動きにあわせて揺れる。 「(李遵さんの救出は少し違和感が)いえ、李遵さんがどう思っているにせよ、私は友人と思っているので助けるには十分です」 裏に張り巡らされた糸のような策略、それを認めて尚、長谷部 円秀 (ib4529)は友人と口にした。 「友人。あの方も友人がいない人ですから、喜ぶかと思います」 ぬいぐるみも喜んでいらっしゃいました、と親が子を見るような温かい瞳で藍玄は呟いた。 随分とまぁ、シノビにしては甘い人物だ……と高尾(ib8693)は眉を顰めながら情報を思い返す。 『蜘蛛』と『影』に『件の物』と――全てが陰語ばかりなのは、余程外部に知られたくない事なのか。 或いは……操る為の撒き餌なのか。 考えても仕方があるまい、報酬は多く払われるのだ――そ、と近づいた高尾は殆ど唇を動かさずに問いかけた。 「『件の物』……って持って来てるかい?」 仮にも交渉に持ち込むのであれば、替え玉なり、本物なりを持ってきている筈だろう。 「開拓者が持っているなんて、盲点だろう……?」 「所持しておりますが。――衝撃に弱いものですから」 それを柔和とも言える笑顔で断った藍玄に、どうやら探る必要はありそうだ――と目を細める。 簡単に手放すとは思えなかったし、事実そうであるが――衝撃に弱い、と言う事は戦闘行動も儘ならぬだろう。 なれば、必要に応じて頂く事も可能か……いや、北條を敵に回すのは好ましくない。 (「それにしても、随分とあの女の手の内で転がされてる気がするよ」) 「煩わしい『影蜘蛛』を根絶やしにする、いい機会って感じかしらァ?」 美しいって罪なのよねぇ、と孔雀(ia4056)は自らの美しい身体に視線を這わせる。 細身で引きしまった身体も、青ざめた、と表現する程に白い膚に真っ赤な唇。 「ンフフ、血の雨を降らせるわよォ」 「血か……。不可視に近いが、血が付けば異なるかもな――。藍玄、影蜘蛛の糸に関して、もう少し情報はあるか?」 目を閉じ、以前に操っていた影蜘蛛達の糸を思い起こしながら彼、竜哉(ia8037)の言葉に藍玄はスラスラと口にした。 「彼等は基本的に、練力を糸のようにして攻撃してきます。物理的な力を持った術ですので、術者よりも力が強ければ切断も可能でしょう……ただ」 そこで藍玄は躊躇うかのように、言葉を切った。 続く沈黙に、続けてくれよ、と笹倉が口を開く……もう、中途半端に隠す事はナシ、だ、と。 「精鋭と呼ばれるシノビは、暗器と呼ばれる練力で操る『糸』を使います。容易には切れないでしょう、何しろ『裏千畳』と呼ばれる氏族の作ったものですから」 裏千畳、と言う聞き慣れない言葉に首を傾げる開拓者達だが、此処で生き延びれば、と彼は口にした。 陰殻に伝わる氏族名なのだろうが『そこに情報は無いのか?』と竜哉が改めて問いかけ、そして藍玄も首を横に振る。 全てが隠されているのなら、気付かずに済んだだろう。 だが、半端に見せられてはまるで、食い付けと言っているようなものじゃないか、と笹倉は笑みに苦いものを込めた。 ●北の剣戟 北からは孔雀、竜哉、そして高尾が、南からは長谷部、蓮、笹倉、溟霆が侵入する手筈になっている。 藍玄から渡された赤と青の丸薬は、まるで宝珠のように美しい色彩を湛えていた。 「へぇ、この薬はどうやって作るんだい……。高く売れそうじゃないか」 高尾の言葉に『それは秘密です』と苦い顔で口にした藍玄は、人数を見、そして北から向かう事にしたのかご武運を、と南側担当の開拓者へ告げる。 「ええ、必ずや李遵さんを救出しますよ」 長谷部の言葉に、藍玄の表情が少しだけ緩んだ。 ドゥーーン ドゥーーン 銃声が二度、装填の隙をついて躍りかかるシノビ達。 大人の肩が入る程度の見張り穴からは、銃口だけが暗澹とした空模様の下で黒光りしている。 その銃口へ苦無を飛ばし、スッパリと切り刻んで見せる――入口を見張るのは2人のシノビ。 「敵襲だ!」 「撃て、いや、次の奇襲に供えろ!」 「随分と、忍んでないシノビ達だな」 指揮系統の混乱から見るに、見張り達は直ぐに攻略できるだろう――竜哉の言葉と共に踏み込んだ北側3名。 煙遁が立ち上り、煙の中から一条の雷光のような鋭さで、竜哉が踏み込み、シノビ達の群れを付き進む。 「あらぁん、高尾ちゃんったら、余所見しちゃって。アタシの美しさに恐れを為したのね」 「何処に目ェ付けてんだい、この年増陰間。烏に気を付けてんだよ、寝言は寝ていいな」 ドスッ、と目の前のシノビが腹に拳を喰らって倒れる――あまりのあっけなさにため息を付けば、側面から苦無が飛んでくる。 それを交わしながら高尾が壁を蹴り、一気にシノビと距離を詰めた。 「年っ、かっ、凡人には分からないでしょうねえ、このアタシの高貴な美しさは……」 上手く借りたシノビの影に隠れ、陰陽符を飛来させると呪縛符として術を紡ぐ。 抜き身の珠刀「青嵐」からは瘴気が立ち上り、瘴刃として刃を色どり敵を切り刻んでいく。 「現在まさにこの瞬間、もエレガント、重ねて美しい、アタシ」 二つの忍刀を構え、斬撃に次ぐ二度目の斬撃から孔雀へと風を切るようなうねりを帯びた蹴りが放たれる。 ――返し刀で受けとめた手が痺れるが、この程度、耐えられぬ事は無い。 「恥ずかしがる事は無いわァ……アタシに魅了されないヒトはいないのよ」 魅了されたのか、或いは術の効果か――否、その二つは相乗効果をもたらし、一つの術と為って形成されているのかもしれぬ。 毒を持つ毒蟲の甘美な毒に手足を痺れさせたシノビが、それでも尚、雷火手裏剣を放ち、そしてその首を高尾がへし折った。 「全く、トロトロ戦ってんじゃないよ」 「何ですってェ、この淫ば――喋ってる途中に攻撃するんじゃないわよぉ!」 「手が滑ったんだよ」 棘を秘めた鮮やかな花同士が火花を散らし、敵達を弄る風と為す。 ――シノビの忍眼や超越聴覚で歩を進め、更に進軍した竜哉は槍と暗殺者の刃を使い分けながら敵をいなしていった。 踏み込めば二の足で槍の柄を叩きこみ、投擲の隙に更に踏み込む。 隠し扉があれば、爆竹を叩きこみ気絶したシノビを葬っていく。 自分の間合いでなければシノビは背後から回り、竜哉の方へと蹴飛ばし、抜き身の忍刀を叩きこむ。 流れるような刀と槍の舞いは時折火花を散らしつつ、敵へと幾つもの傷を刻んでいく。 咄嗟に糸を張り巡らし、予備動作もなく重力から解き放たれたようにシノビは跳躍すると『糸』を螺旋のように描き敵達を縛りあげる。 拘束された竜哉は、そのまま強力で力技にでると、近づいたシノビの顎を殴る。 そのまま刃を解き放てば、脳が破壊されてその場へ崩れ落ちるシノビ。 腹を蹴り飛ばした反動で暗殺者の刃を抜くと、振り向き様に槍を放つ。 ジャラリ、と音を立てて凶悪な光を放つ鎖鎌が敵の手の中で音を立てた。 「その命、頂戴しても――?」 「悪いな。この命も身体も、頭からつま先まで民の為だ」 金属と金属が交差し、すれて火花を散らし、鮮血は飛び散る。 剣戟の中、躍る二人と集まる敵を刺し、切り刻み、応酬を続ける他のシノビ達。 この踊りが止んだ時、立っているのは敵か味方かの片方以外に他ならない……始めから同じ場所には立てぬ、それはどちらも望まぬ。 「……重大に扱うには馬鹿馬鹿しく、重大に扱わねば危険である。生者必滅、滅亡も存続も、総て受け入れましょう」 昏い、嗤い声が、何処かで、聞こえた――。 ●南の演舞 時は少し遡り、南へと移る。 響き渡る銃声と火薬の臭い、正に灼熱地獄、と笑う声がする。 忍眼で凡て見まわし、溟霆は怪しいねぇ、と呟いた。 「死ねばもろとも……と言うのかい?」 油が撒いてある、と口にした彼に従い、油を避ける為跳躍、或いは迂回し歩を進める。 火遁で引火させるのならば、印を紡ぐだけで良い――その予想通り、いきなり燃え広がった炎。 そして、飛来する雷火手裏剣。 咄嗟に壁に張り付いてやり過ごす長谷部と蓮、地獄の業火とも呼ぶべき勢いを以って炎が彼等の服を焦がしていく。 前に出て躍りかかる事を選んだのは溟霆、三角跳で跳躍すると忍刀を振りかざした。 キーン、と響き渡る金属音、弾かれたのは溟霆の方だ、咄嗟に体勢を低くして連撃に備える。 円を描きながら飛来する戦輪、それを後ろ手に弾き落としながら手薄になった相手へと肉薄した。 その彼を死角から狙うシノビの一人へ、白霊弾が叩き込まれる。 同時に水遁で炎を沈め、シノビ達が退路を確認した。 「やぁれやれ。いきなりだから、ちょっとビビったよ」 遅れて踏み込んだ笹倉が、改めて加護結界を付与しつつ笑う。 ――ぶすぶすと音を立てている入口を見上げ、堅牢な作りに良かったなぁ、と呟いた。 木製の建物である以上、火が回るのも早ければ朽ちていくのもまた、早い。 焼けた木材の下で、敵もろとも……と言うのは遠慮したい。 「待ち構えるにしては、少しばかり手荒だったな」 眉根を寄せて裏一重で攻撃を避けると、背中越しに三節棍を振り下ろす。 蓮の手によって操られた三節棍はシノビの腕を強打し、計らずともその苦無が弾き飛んだ。 次の攻撃に移る為に反転すれば、それを追うようにシノビは反転し至近距離で水遁を放ってくる。 崩れた平衡感覚に、膝を付きながら襲い来るシノビの忍刀を三節棍で払うように受け流す。 たたらを踏んだところに爆裂拳を叩きこみ、弾け飛んだシノビに体当たりを喰らわせれば背面から狙っていたシノビもろとも転がった。 瞬脚の状態から蹴りを放った長谷部が、入口の方へとシノビを弾き飛ばし、踏み込むと死角へと身を隠した。 (「守っている場所は――なさそうですね。強行突破しか……」) 背面注意! と溟霆が声を出した。 それと同時に背面の扉が吹き飛び、長谷部はその場から飛び退く。 シノビの手裏剣、身を翻し瞬脚で駆け、神布「武林」で強化した拳を顔面へと叩き込んだ。 迷いのない一撃に、脳天まで痺れを起こしたシノビがその場に崩れ去り、それを避けつつ、中を覗き込む。 「……武器庫、でしょうか?」 「頭領はいなさそうだねぇ」 火縄銃や崩落玉など、様々な武器が用意されているが人影は無い。 ぞろり、と手が動いた――シノビの指がゆっくりと一つの印を紡ぐ――否、紡ごうとして白霊弾を叩きこまれ、地に放りだされた魚のように跳ねた。 「いやぁ、流石に此処で火遁とか使われたらなー」 「いないのなら、先へ進んだ方がいいかもしれん」 青い双眸は、戦闘を繰り広げる北條流のシノビ達を追っている――蓮の言葉に、そうですね、と長谷部は頷き先行する。 全ての敵の撃破は一つの目標であるが、最低限の目標ではない。 「此方はお任せします」 三節棍を滑らせ、後ろの敵を潰すとともに雷火手裏剣を受けつつ、踏み込み、払い、叩き込む。 ダン、と強くシノビが踏み込んだ、そこを三節棍が叩くが、一つの床が障害となって攻撃を弾く。 踏み込もうとした蓮は、その下に供えられた無数の竹槍に足を止めた。 回り込めば恐らく、他のシノビや対峙するシノビの攻撃が襲い来るだろう――笹倉と溟霆へ視線を移し、そして彼は跳躍した。 忍刀で突くように放つシノビと、そして水遁を放つシノビ。 交差する攻撃の間を縫うようにして裏一重で身体を捻り、伏せる――水柱に逆らう事無く叩きつけられ、竹槍の上を飛ぶ。 彼の頭上を白霊弾と戦輪「朧」が宙を裂いていく。 赤い血飛沫を放ちながら、崩れ落ちていくシノビ達、それを盾に新たなシノビは攻撃を加える。 水遁に雷火手裏剣、そして――蓮の瞳が瞬いた。 (「争い合う一族……それは、いや、何だ、あの瞳は」) 暗い瞳で此方を見る、一人の少年、青い髪が炎に炙られる。 咄嗟に口にした言葉が聴覚と言う情報として、脳に入り込むと同時に彼の脳内で記憶が浮かび始める。 「――!」 迫りくる敵へ、鋭い蹴りを見舞った後、叩き落とすようにして竹槍の床へと投げ込み、前転と同時に踵で蹴りを放つ。 「避けろ!」 そこへ襲い来る糸、笹倉の言葉と同時に彼は糸に向かって苦無を放つ。 「これくらいで――俺を縛れると思うな」 燃えあがる戦意は、まるで炎の如し。 戦場に於いて、戦わぬと言う事は即ち、死を意味する。 生くるか、死ぬか。 二階へ駆けあがった長谷部が、踏み込む前に後ろへと飛んだ。 一息に10の苦無がその場を刺し、そして背を穿つ一本の糸――成程、と呟いて彼は力技で引き抜いた。 咄嗟に回避行動を行ったのが功をそうしたのか、心臓といった内臓には損傷はなさそうだ。 ただ、糸の残滓が尾を引いて痛みを生じているだけで……二度目の攻撃と共に、糸を滑り降りてくるシノビ。 黒衣を閃かせるシノビ、そして長谷部の拳、二つの技が空中で重なる。 「――地獄を見てみたいのですよ。何故って? そうですね、予行練習です。……無意味?かもしれません」 ●糸 坂を転がり出した小石が、止まる事のないように……。 一度始まった死闘はどちらかが斃れるまで終わらない、槍を逆手に持ち替えた竜哉は、鋭い突きを繰り出す。 それと同時に、否、少しばかり相手の方が速い――繰り出される糸。 「糸か、それはもう見飽きた……」 精鋭の持つ糸ならば、実体がある――故に、引き寄せれば、と考え手を伸ばせば血が滴り落ちる。 「成程――」 練力で扱う故に、糸でありながらそれなりの切れ味を有するのか。 槍の代わりに暗殺者の刃へ得物を変更し、強力で無理矢理脚力を強化すると低い体勢から躍りかかった。 キーンと弾かれる音、ミシリと強力で無理矢理強化された竜哉の足が悲鳴を上げた。 長期戦は遠慮したい、だが、相手も同じだろう……練力を使うのであれば、それ程長くはもたないに違いない。 ぞろり、と背後から硬質の殻を持った虫が這いまわると、シノビへと襲いかかった。 「お待たせェん。まったぁ?」 加虐的な微笑みを唇に湛え、陰陽符を放つ孔雀。 シノビ達は影縛りを仕掛けるが、何度も弾かれ代わりに苦無を放つ。 カンカンカンカン、音を立てて鎖鎌が全てを弾き、ブン、と音を立てて鎌が宙を舞った。 その一瞬を見て仕掛けた高尾が、側面から三角跳で射程範囲内にまで近づくと横腹を殴りつける。 斜めに宙を裂き、高尾へと襲い来る鎌、避けられないなら受けるまで。 咄嗟に篭手を掲げ、受け身を取る、だが、敵から放たれる風神に彼女は吹き飛んだ。 が……同時に直線状に放たれた竜哉の突進にシノビの身体が宙を舞う。 「動かないなら、直線の攻撃でも当たる」 「さあ、反撃しなさーい!」 孔雀の言葉と共に、シノビ達が各々のスキルで攻撃し、孔雀自身も瘴刃で切りつけた。 だが、咄嗟にぶれる敵の影――シノビの技に見られる『理』だ。 ――とは言え、手勢では自分達が勝っている、高尾はやれやれ、と赤い丸薬を齧ると一気に宙を駆ける。 体勢を立て直したシノビに向かって、容赦無く振り下ろされる篭手。 糸が自分の方へ向かってくる……それを篭手で受け、弾くと思いきり身体を捻り蹴り飛ばした。 貫いた糸、それと同時に竜哉が駆け、シノビへ止めを刺す――変化自在の糸は力を失い、そしてただの硬い糸として残る。 それを引き抜き、傷ついた篭手を撫でながら高尾は息を吐いた。 黒衣が地獄と化したこの場所で、はためいている。 「この地獄を生き延びるのは、片方でなければならない」 「敢えて聞きます。李遵さんの居場所は?」 「逆に聞こう。何故、来た」 友人だからです、と先に駆けだしたのは長谷部だ、側面に回ると共に蹴りを放つ。 だが宙を切ったその蹴り、咄嗟に軸足を変えて回避行動を取る。 他の開拓者達が来るのが見えた、遠距離から白霊弾が飛び、戦輪が円を描いて飛んでくる。 糸を宙に伸ばす事で弾いた黒衣だったが、咄嗟に抜ける長谷部を追う事は出来なかった。 「ふむ。紛れもない、精鋭君のようだね」 隻眼君じゃなくて、残念だけれど、と溟霆が嗤った。 黒衣が一旦後ずさったところを苦無で牽制する蓮、相手の行動を窺うジリジリとした心理戦が続く。 動いたのは連れてきたシノビだ、前に出、敵の首を駆ろうと忍刀を煌かせる。 それは敢え無く糸で弾かれ、強く引かれ、自身の首を落とす事になったがその一瞬の隙を、蓮が突いた。 瞬脚で接近すると鳩尾へと蹴りを叩きこむ、感触は……薄い、上手くは入っていないだろう。 バサリ、と黒衣を掛けられ、奇妙に捻った身体が痛みを訴えた。 それでも戦場で視界を奪われる事は、死に近くなる。 糸が黒衣を通してドス、と蓮の身体を貫いた、一度は避けたのだがまるで、意志を持つように返って来たのだ。 ――だが、何かを投げる、という動作はそれだけの隙を生じさせる、影で忍刀「鈴家宗直」を突き立てた溟霆が一度手首を返し、傷口を抉ると忍刀を抜き払う。 血がまるで噴水のように上がり、周囲を真っ赤に染めて木製の階段に沁み込んでいく。 それでも噴きだしながら、黒衣を身につけていない――その姿は男女も判らぬ、酷く醜い姿だった――シノビは動いた。 溟霆の技をまねるように糸を放ち、否、同じく影で貫く。 使用者が死体となり、抜けた糸を追うようにして、血飛沫があがった。 溟霆は腕を抑えながら、青い丸薬を口にし、笹倉の治療を受ける。 「なんつーか、凄い根性だぁね」 へらり、と笑って笹倉は言った――笑いながら、でも、珍しく眉を顰め、言った。 ●地獄でまた 「無事でよかった……李遵さんらしくなくて心配しましたよ?」 何度目かの扉を蹴り開けて、とうとう長谷部が見つけたのは、天井から此方を見ている北條・李遵(iz0066)だった。 しかも、寝転がりながら楽しそうに、もふらのぬいぐるみを抱きしめて。 「色々なしがらみもあるようですが、私は李遵さんを友人と思っているので頼って下さい」 長谷部の言葉に、そうですね、と音も無く降り立った李遵は戦いの場を示し。 「葬列です」 動けない商人の瞳孔を調べながら、もう一本、針をうち込んだ彼女はさらに続けた。 「私は、友人と言うものが出来た事がありません。でも、部下にいじめられたら頼ろうと思います」 それは部下の方が泣きついてくるだろう、と言う様な事を言いつつ階下を眺める。 が、そこに忍びよる影――隻眼の男、そしてそこに二名、従うシノビ。 「不利ですね……逃げましょうか」 長谷部が李遵を抱きあげて一旦、離脱しようとするが李遵はきっぱり、と言った。 「北條流の頭領は、逃げません――数多の追い忍を放った私が、逃げる訳にはいかないのです」 でも、戦いません、と言った李遵にとても、嫌な予感がした。 「李遵さん。一度その信念を曲げる事は」 「長谷部さんは、自分の信念を曲げられますか」 沈黙が支配する、そして仕方がないですね、と長谷部は李遵を抱えると階下へと飛んだ。 木製の階段が二人分の重みでギシリと音を立て、開拓者達が瞠目する。 「此れって、逃げましたか」 「……戦略的撤退ですよ、李遵さん」 その言葉に大仰に肩を竦めてみせた李遵は、隻眼のシノビを始めとする精鋭3名に視線を移し、次に開拓者へと視線を移す。 「あなた方に託します。影蜘蛛を逃がすか、北條氏族を立てるか」 「つまりあんたは、高みの見物って訳だ」 気に喰わない女だ、と高尾は眉を顰めながら手裏剣を手にする。 接近せずに間合いを取るシノビ達、やれやれ、と笹倉が扇をパン、と叩き、次々と加護結界をかけて、景気よく口にした 「お守り代わりにとっとけーい」 小さな声で開拓者へ、同行したシノビが告げる。 「左右に隠し扉、複数の気配」 了解、の意を込めて竜哉は頷く。 李遵を守りながらの戦闘は、開拓者側が不利だと言っても過言ではないだろう――只ですら、敵の根城だ。 「私が李遵様を抑えておきますので、よろしくお願いします。幾ら決別したとはいえ、同じ釜の飯を食べた同胞とは――」 それは、確かに辛いだろう、と蓮が顔を歪めた。 脳裏によぎる暗い瞳の弟の姿――だが、李遵は冷たく告げる。 「貴方が始めに私に教えたのは、自分を売った両親と兄弟を殺すことだったじゃないですか」 冷たくも温かくも無い、温度のない『声』が告げる。 「殺しなさい、あなたが、その手で。開拓者の皆さんの『手助け』をするんですよ、生き延びた貴方の同胞を殺すんです」 さあ、と冷たく嗤い、北條流の頭領は告げた。 「此処は陰殻、食うか食われるか。大丈夫ですよ、地獄に逝った時には、同胞が貴方を裁きましょう」 踏み込んだ隻眼の男は周囲に糸を張り巡らせると、錘の要領で開拓者達の四肢を絡めにかかった。 それを瞬脚で踏み込み、蓮と長谷部が一気に接近する。 攻撃を当てまいと後ろからあふれ出てくる残りのシノビ達を、藍玄が忍刀で斬り払えば瘴刃を纏わせた孔雀の刀が貫く。 波状攻撃に重なるように手裏剣を投げ、糸での攻撃を避けつつ背面を狙い、篭手で高尾が敵の攻撃を受け流した。 かわし、かわされの要領で何時の間にか、壁がシノビの背に当たる……が、一気に体勢を入れ変えると高尾を飯綱落としの要領で投げ飛ばす。 頭から瓦礫に突っ込んだ高尾は、軽く床を叩き跳ねあがると追撃に訪れたシノビの顔面を殴りつけ、体重をかけて一気にぶん投げる。 咄嗟の回避行動の間を射ぬいた笹倉の白霊弾が、炸裂し口から血泡を噴いてシノビは倒れた。 自分の吐瀉物にまみれた顔を上げ、手にした苦無が複雑な軌道を描いて飛来する。 「無茶苦茶な」 膝裏を叩かれて膝を付いた笹倉の死角に陣取ったシノビへ、竜哉の槍が唸るように叩きつけられた。 抉るように異物が刺さる、そこに蓮の三節棍が叩きつけられ、次に胸骨を割られたシノビの一人は絶命した事も気づかぬまま床に散る。 蓮の腕を糸が絡んだ――そう、気付くと同時に階下へと叩きつけられ蓮は痛みに表情を歪めた。 それでも尚、三節棍を手の中で滑らせると糸を取り、階段で跳躍すると脳天目がけて振り下ろす。 ガッ、と音を立て、鍔迫り合いを起こしながら力技で投げつけた隻眼のシノビが彼の上へと拳を叩きこんだ。 その側面から影縛りをしかけたシノビが、糸の一閃で首を飛ばされる……ド派手に噴きだした血が壁を染め上げた。 カッ、カカカカッ! 長谷部の動きにあわせて無数の糸が音を立て、そして苦無が壁を抉る。 印を紡いだシノビが放った水遁を耐え抜き、瞬脚で一気に近づくと破軍を使って拳を叩きこんだ。 少しばかり触れただけなのに、敵のシノビの頬は切れ、血が噴き出す。 その血を浴びないように動きながら、側面に回り込むと片足を返し、脛を蹴り飛ばした。 「まず――!」 しくじった、と思う時間もあればこそ、暗く輝く溟霆の赤い瞳が捕え、影が首筋を抉る。 突き立てられた忍刀を捻り、胸を蹴飛ばし衣服で刀を拭い、彼は微笑んだ。 「嗚呼、綺麗だねぇ――」 戦っている『現在』だけが全てで、最早氏族も何も関係がない。 此れはただの『殺し合い』にしか過ぎない――それは理解していて尚、戦う事を止めるのは『不可能』と言える。 「(――益のない、戦いだなぁ)な、せめてスッパリ斬られてよ」 「同じ言葉を返そうか」 隻眼のシノビは身体から精霊力を立ち上らせると、苦無を放つ。 空気を切り裂く音が妙に耳について、彼は咄嗟に身体を捻るが肩の一部を持っていかれる。 「っ、押せば倒れるってのに――」 閃癒を施しながら、間合いを取る……急に飛来した陰陽符が隻眼のシノビの身体を飾り、孔雀が微笑んだ。 「縛るのはアタシも得意なの、縛られて、み、な、い?」 唇を弧の形に描いた彼は、高尾の年増陰間、と言う呟きに目じりを吊りあげた。 最早、そのやり取りも慣れた感のある竜哉がペネトレーターで隻眼のシノビへと突貫した。 かわされる事を承知で槍を振りまわし、ある程度を絡め取ると迷いなくその場に捨て暗殺者の刃へと得物を変える。 隻眼のシノビが、後ろに下がり……間合いを取る、否、取ろうとしてダン、と壁を蹴りあげた。 鋼の刃がビッシリと浮き上がり、竜哉はブーツの硬い部分を付ける事でダメージを最小限に抑える。 「(中々、決まりませんね――)」 隻眼のシノビが戦いの主導権を握っているから、と言うのもあるだろうが。 無数の糸は切れ味もよく、当たると酷く痛むのだ。 「ちょぃと、あたし達もだが、あっちも練力切れが近そうだ。一丁、気を引きつけてくれないかい」 高尾の言葉に、長谷部は頷きそうだねぇ、と溟霆が忍刀を構えなおした。 「糸を全て何とかすれば、もう一度張る手間がある……その時に隙が生まれるだろうねぇ」 「……その位なら、私が」 表情無く、忍刀を包むように汚れた血を指先で拭いながら、藍玄が呟いた。 隻眼のシノビは相変わらず表情を変えず、忍びこんだ開拓者達を糸で刺し、絡め取ろうとしている。 決まりね、と何時からか聞きとめていた孔雀が手の中で陰陽符を遊ばせた。 黒で描かれた呪符はまるで醜怪な蟲のように、蠢いているかのようだ。 孔雀の手から放たれた毒蟲は、一度に手で糸を操作した隻眼に張り付いた。 這いまわる蟲達を見、彼は口に笑みを浮かべたけれど……。 肩から肩へと貫通する糸に、釣られてその表情は苦悶へと変化する。 竜哉が側面へ回り、或いは下から、と暗殺者の刃で攻撃を交わしながら、徐々に近づいていく。 別々の方向から藍玄と長谷部が、それぞれのスキルで接近し躍りかかった。 糸に絡め取られた両者を、拘束し、絞めあげ、もがかせる蜘蛛の糸。 「此れで――悲願はっ!」 頭上に影が二つ、溟霆と高尾のものだと言う事に気づき、一度蜘蛛の糸を解こうとし、そして血に濡れて糸を掴む開拓者と同胞を見る。 そして――。 「この地に、影蜘蛛の……嗚呼、地獄で、逢おう、ぞ――」 頭蓋が叩き割られ、真っ赤な花を咲かせる隻眼のシノビ。 「最早この地に、影蜘蛛は必要ないのです」 曼珠沙華と称した溟霆の言葉に、李遵はにこり、笑みを浮かべ言った。 「綺麗な、花ですね」 ●落城と―― 影と呼ばれる影武者だった李遵は、今、この場に頭領として立ち。 慶瓜と言う影に対し光に当たる人間は死していた――弟は何を思っていたのだ、と顔を歪める蓮。 そして、動きだすのは高尾。 「(何か、せしめていたものがある筈だ……)」 「さて、皆さん。帰りましょうか」 開拓者達が止める暇もあればこそ、証拠を隠滅したいのは李遵も同じなのだろう。 「影、影武者である『私』の墓場は此処、影蜘蛛の墓場――だったのですが」 北條を手にしたからには、そう言う訳にも行きませんね。 そう言って、不知火にしては強すぎる火力の印を紡ぎ、李遵が嗤う……木材が落ちる、落城する。 暗闇、そして。 ……全て、灰塵と為る。 大規模な爆発が北條氏列氏の里の中であった……と言う報は駆け廻り、北條氏列氏族の間では頭領の死すら囁かれた。 だが、それより駆けまわった報は『北條流頭領が開拓者を引き連れて、対立氏族を滅ぼした』と言う事実に程近いものである。 その噂を撒いたのは……。 後日、北條氏族、李遵の城内にて。 「え、件の物? 振動に弱く燃えやすい『陰殻西瓜』ですよ?」 成功報酬を渡した李遵は、ほら、と茶葉を見せ此処にも入ってます、と言った。 あからさまな嘘ではあるが、彼女が全て証拠隠滅してしまった以上――確かめる術も無い。 あの状況で証拠を探していれば、間違いなく城の中で帰らぬ人となっていただろう。 「ああ、影蜘蛛の技は一般的なシノビ用に改良中です、主に藍玄が」 示す方を見ると為る程、鍛錬場でボロボロになりながら何かをしている人物が見える。 「――後、暗器を専門とする氏族が『我々の武器を使える相手』か知りたいと」 「諏訪からの情報って、それかい?」 高尾の言葉に、ご名答、と口にした李遵はお茶を啜った。 「あの陰険眼鏡――ごほん、何を考えているかは別として、私も意見には概ね賛成です。陰殻ギルドで裏千畳からの依頼が出る事もあるでしょう」 使えない『者』に使われる『物』は、哀しいと思いませんか? そう言って、李遵は言葉を終わらせた。 |