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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 親方へ独立の挨拶を済ませた久我 利兵衛。故郷の村へ戻り、再建の仕事を為して‥‥後は何とでもなるさ。 生きていくだけ、食べていくだけ、それだけの暮らしができれば充分だ。大工として修行した普請の腕前は故郷でも役に立つ。 世話になった者達への挨拶で旅立ちの直前は、忙しい日々であった。 利兵衛、伊津、奈津、アズサ。 氷納討伐の報を受けてより、故郷へと募る想いは再建への夢となった。 依頼の始末を終えてからも度々訪れていた彩堂 魅麻も、それもいいのじゃないかと応援した。 四人だけで僻地を再開墾するのは無理があるが‥‥似たような境遇の者はごまんと居る。入植を募れば、集まるのではないか。 冥越を始め国内各地で故郷を追われた者達の中でも都暮らしより、辛くても貧乏でも、それでも昔の生業に戻って懐かしい暮らしをしたいという者の希望を募って。 その仲介は開拓者ギルドがしてくれた。様々に伝手を辿る発信地としてはこれほど便利なものはないと言えるかもしれない。各方面に人脈がある。 神楽には、他の地より流れてきた者が随分と居る。住人は開拓者だけではない。 「最後まで迷惑掛けてすみません」 開拓者に頭を下げる利兵衛。 村の再建。建物は多少残っているし、荒れてはいても開墾はされた事のある土地。 最初だけ何とかすれば、自分達の糊口をしのぐくらいにまでは、早急にできるはずだ。 道具や保存の効く食料は互いに持ち寄って、既に村に向かう前から協力しあって、気心を共に始めていた。 これからずっと小さな村落で顔を突合せて生きてゆくのだ。 数日だけでもいいから。入植を手伝って貰えると助かるのだけれど。そんな話がギルド職員の魅麻から齎された。 「できれば顔なじみの皆さんの方がいいと思いましたのね」 都内の裕福な者達からも有志の援助で、依頼代金も滞在の費用も賄ってくれるという。 「する事は色々とありますけれど。後は皆さんが落ち着くまで一緒に過ごしてくださればいいだけ、ですの」 ゆっくり骨休めもしてきてください。氷納を追いかけて、ずっと大変でしたから。 三十人程の移住希望者。 ほとんどが壮年か青年の男女。中には元開拓者だという者もちらほら居る。 小金を作って引退を考えていた時期に、田舎へ引っ込むのも悪くないと。 いざとなれば俺が守ってやるぜという剛毅な者も居る。 老人や幼子には、わざわざ陰殻の山奥で暮らし始めるのは労が大きすぎる。まずは全員が働き手でなくてはならない。 子連れの者も、既に充分な手伝いをできるほど成長をした子供で、人手が必要な場所では充分に一人前の頭数に数えられる年齢だ。 例外といえば伊津の娘、奈津だろうか。まだ赤子。周囲は止めたのだが、故郷に戻り奈津を育てたいという意思は変わらなかった。 「私もなっちゃんの為に一生懸命働くからっ」 明るい笑顔を見せるようになったアズサ。シノビの里に暮らし、久しく忘れていた表情。 村に着いたら‥‥。 旧村人達の弔い、普請直し、最初はそのぐらいだろうか。一杯やる事はあるが、まずはそこから始めよう。 「あと、どうしてもお願いしたい事があるんです!」 新しい村の名前を。氷納を倒した英雄達に付けて欲しい。そしてその物語を村の伝承としてずっと語り継ぐのだ――。 利兵衛、伊津とも話し合って、アズサはそうしたいと願い出た。 「そういえば村の名前は何と言ったのですか‥‥?」 開拓者の素朴な問い。 三人の生き残り。彼らの心に凍てついた幻として封印されていた村の名前は‥‥。 『朝霧村』 そう、開拓者の脳裏にあの、氷納を倒した日の光景が浮かんだ。それがきっと由来なのだろう‥‥過去の記憶となってしまった村の。 |
■参加者一覧
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓 |
■リプレイ本文 「よし、頑張って手伝いますっ!」 白襷を凛々しく締めて、拳を握る露草(ia1350)。力仕事だって大丈夫ですよ、こう見えても体力にはそこそこ自信が。 「私は材木切り出しの方を手伝おうかな」 一緒に村へと着いた新村人達の賑やかな様子を見て感慨に耽っていた虚祁 祀(ia0870)が役割分担を決めている輪に従って、そちらに移動する。 こちらの集まりは体格のいい男達ばかりだ。その中に紅一点。 (生き残りは少なかったけど‥‥この村を生き返らせようって人たちがこんなにいる) 英雄扱いを受けるのは照れ臭い。そんな柄じゃないよ。一緒に何か、彼らの仲間としてできたらいいね。 「さぁ、村を復興させるよ!復興の手伝いができてボクも嬉しいよ!」 「これからは違う意味で大変だと思いますが、皆さんでココを盛り立ていきましょー!」 新咲 香澄(ia6036)と趙 彩虹(ia8292)の掛け声に全員が元気に唱和し、晴れ渡った空に響く。 ●復興 「こういうのも良い物っすね‥‥」 再出発の笑顔。ここに居る誰もが辛い過去を経験してきているはずだけれど、明日へ向けて助け合っている。 そんな姿を茅葺き屋根の上から眩しげに見やる以心 伝助(ia9077)。 新しい茅を作るのはこれから村の者達の作業になるだろう。秋になれば今年は稲藁は無理だが茅や薄はそれらしき物が荒れた野にたくさん生えている。 せめて傷んだ箇所を葺き直して雨が降っても漏らないように。丁寧に作業してゆく。 新しい村人と話しているアズサの少女らしい笑顔。青牙の里の件で出会った時の、不本意な生活を強いられた頃の痛々しい姿はもう無い。 里の事がふっと思い出される。自分は決して抜けた訳ではないが、外に触れる事もなく古い掟や風習にがんじがらめになっていたら‥‥。 (開拓者になってみると別の世界が見れる、か) 決して明るい道ばかりじゃないが。アズサのように円満に抜けられず闇に葬られた者も目にした事も。 それでも自分はシノビである、里を離れていても何処かでそれが繋がっている。その自覚を忘れずに生きている。 (この道には覚悟が要るっすよ) そんな想いを掻き消すように誰かの胴間声が響いてくる。 「おーい、あっちの屋根も頼んでいいかい?」 「もちろんっすよ。了解でやすっ!」 急がないと日が暮れる。今日中にできるとこまで何とかしたいっすね。 修繕不能な家の取り壊しや材木集めに人手が取られている。身軽で手際の良い伝助は屋根専門で重宝され任されていた。 「なかなか大変っすね」 殺伐とした世界とはまた違う苦労が。大工道具を担いで村の修繕をこなす利兵衛の後ろ姿を見て、専門職は凄いなあと溜め息を吐く。 「さあて、まだまだ頑張るっすよ」 「刀じゃ、ね」 村人から借りた斧を男勝りに振るう祀。そう腕力自慢にも見えない外見から繰り出される目覚しい力仕事ぶりに、周囲の男達も我負けじと張り切る。 ちらほらと志体持ちも混じっているので作業は斧を振るうような生業でなかった者も多い割にはかどっている。 「これ運んでいいのかい?」 「ああ、切るばっかりでごめんね。材料はまだ足りないかな?」 「今日はもうそろそろいいんでないかなぁ。祀さんも疲れただろ?」 「ん、明日もあるしね‥‥そろそろ終わりにしようか」 何もかもやってしまってはいけないと、控えめな役割に徹する。あくまでも自分達は手伝いで。 新たに門出を迎える村人達が自分達で立て直した村と誇りを持ってこれから生活していけるように。 村内では利兵衛とバロン(ia6062)が指揮して、普請直しが進められていた。 「利兵衛さん、この家はそのままでも大丈夫かい?」 本職の大工である利兵衛はあっちこっちに呼ばれて忙しい。数年無人で放置された建物は彼の吟味が必要な程に傷んだものが多い。 バロンは年の功、知恵を色々貸して歩いている。人生経験の浅い若者達に尋ねられては将来を見据えた答えを返していた。 「やはり何か対策は施しておく必要があるのう‥‥」 先日、ここは戦場となった。アヤカシが所構わず跋扈するこの時勢である。いつまたこの村が襲撃に遭わないとも限らない。 「対策‥‥ですか?」 「うむ、杞憂に過ぎないかもしれんが」 ちょうど傍に居た朴訥とした少年が呟きを耳にしてきょとんとした顔をした。 「アヤカシ、がな」 この喜ばしい日に縁起が悪い。それは尤もなのだが。しかし、そうもしも‥‥かつてのような悲劇が降りかかったとしたら? 氷納ほどの強力なアヤカシには手立てがないかもしれないが。それでもできる事はきっとある。打てる手は全て打っておくべきだ。 「‥‥後悔せぬようにな」 この村が再び襲われるような事があって。それを耳にして。あの時ああしていれば‥‥と。 彼らの遺骸を拾いに再びこの村を訪れるなんて嫌だ。ここで暮らす彼らを守ってやれるのは、彼ら自身だ。 「ま、こういった事を考えるのは年寄りの仕事よ。若者は目の前の事にひたむきであれば良いのじゃ」 何とも言えぬ表情をした少年の頭をぽふりと撫でる。 「ほら、そいつを持っていかないと仕事が進まぬぞ。早く持っていってやるのじゃ」 言われて慌てて走ってゆく少年の後ろ姿を見ながら、バロンは思案に耽る。 (氷納‥‥) もしも奴が最悪の状況を想定して動いていたならば。人間を侮り、最善手を打たず遊んでいた。その隙があったから討てた。 (あるいは、ひたむきに目標を排除する事のみに専念していれば。勝敗は逆になっていたかもしれぬな‥‥) 深く歳月の皺の刻まれた眉間に筋張った褐色の指を伸ばし。 「今のところは復興だけに一杯じゃしの。わしの考案は書いて残しておく事にしよう」 利兵衛に託していけば彼は判ってくれるだろう。そして故郷を同じように追われた者達も。 一度、それを体験しているのだから。二度と村を失いたくないだろうから。 (防護柵に、有事の際の役割分担、撤退路や避難場所の確保、考える事は多いな‥‥) だが、それは後だ。 荒れた畑地。数個の井戸水しかなく雨頼みの水利。 (水は最優先じゃし、食料の確保も急がねばな) 滞在する間に開拓者にできる事は何か。優先順位も考えねばなるまい。 「お疲れ様、私も少し休憩するよ」 村に戻ってきた祀。奈津は交代で開拓者が休憩時間を兼ねて面倒を見ている。 「そんなに離れたくないのか‥‥」 露草の襟元にしがみ付いて離れない奈津を困った顔で見つめる。 「ほらほらこれが私の代わりですよ。ちょっとお仕事してきますからね」 猫人形と一緒に渡された奈津。しっかりとした腕の安心感にすぐに落ち着いて祀にも笑顔を向ける。 あやしてるうちに眠ってしまった。 (いずれ母親になったら、こんな感じなのかな) 「道が残っていると良いのですが‥‥」 離れた集落までの道程は崩壊が進み、こちらは放棄する事になっていた。一緒に行くという伊津を留めて一人で向かう静月千歳(ia0048)。 「こちら側は、本当に跡形も無いですね」 焼け落ちた瓦礫の跡に埋もれた黒焦げた遺骨や遺品を拾い集め、できるだけ持ち帰るように。 「向こうの方が落ち着いたら、ちゃんとして貰いますので。今はこれで」 深く一礼。多くが命を落とした場所に周辺から綺麗な形をした石を抱えてきて安置し、一本天儀酒を置いて供える。 「本当は個々にできれば」 哀しげに瞳を伏せた千歳の頬を優しい風が撫でてゆく。いいんだよ、ありがとう‥‥そんな声のような温かい風。 後ほどこちらも片付ける余裕ができてからだろう全ては。まずは皆の生活基盤を作らねばならない。 これから生きてゆく者達の。 赤子ってどう扱ったら‥‥。集落から戻って奈津の面倒を引き受けたはいいが、途方に暮れた千歳の気配を感じ取ったのか泣き出してしまった。 「あの、一体どうすれば」 おろおろとしてしまう千歳。ちょうど通りかかった伝助に視線で助けを求める。 「あ、あ、そっち行っちゃダメっす!」 泣くのは収まったが疲れ果てた眠りの後は今度は元気一杯。 赤子は別に嫌いじゃないんだけど、力加減間違えると壊れそうで。 かといって手を離していたら好奇心に誘われて何処かへ行ってしまいそうになる。 普請作業が続いている村内は色んな物が転がっていて危ない。 いつもは見れないようなあたふたとした伝助の姿が垣間見えた。 ●弔い 村の片隅。真新しい墓標が並ぶ。晴れ渡った空、削られて間もない木の芳しい匂い。掘り返された土の匂い。 その下に眠る者を想うと光景との落差に余計に哀しみが込み上げる。 村の女性達と共に集めた亡骸と縁の品。それは今は墓標の下に丁寧に葬られた。 御霊送り。茜ヶ原 ほとり(ia9204)がつがえた矢が鏑の音を響かせて天高く弧を描き森へと消えてゆく。 一本、一本丁寧に。誰もが無言で手を合わせる中、粛々とその音だけが。 (仇はとりました。これからはゆっくりと眠ってくださいね) 顔も知らない人々に捧げる祈り。あの時は頭を下げるだけで氷納との決戦を前に何もしてあげられる余裕が無かったけれど。 (どうかこの村に新しく住む人達を見守って――) 村人達が並ぶ後で控えめに膝を揃え想いを向ける露草。 千歳が清めの酒を満たした杯を墓前に捧げ、一人一人が野で摘んだ花を順に供えてゆく。 「二度と――」 最後の杯を満たして小さな呟き。時を同じくして鏑矢の最後の一本が空を昇っていった。 香澄の提案で小さな祠が建てられた。毎日の心の糧となれるように皆がいつも通る場所に。 実際の普請は男手に任せ、香澄は切り出した木材から神体となる像を作っていた。日頃神楽に居る時には趣味で様々な人形を作っているから手馴れたものである。 「これは‥‥?」 「氷納にトドメを刺したホンちゃんにあやかって、ね」 箸のような大きさの槍まで細かく彫られている。祠に納めるからこのぐらいかな。凛々しいとらさんと愛らしいもふら様。 「この村の近くでも、もふら様が生まれたらいいですね」 瘴気ではなく、優しい精霊の力に満ちて。今日もやっぱりまるごととらさん姿の彩虹。既に見慣れた村人からも親しまれてとらさんと呼ばれている。 そして神体と一緒に、香澄は身につけていた護符を納める。彩虹はこの日の為に用意してきた愛用の槍の模造品を。宝珠の代わりに磨かれた玉石がはめ込まれている。 武天製の質を求めるのは無理だが、神楽の職人に頼んだその品は外観だけはなんとか忠実に再現されている。 「あっしはこれを」 伝助が懐から取り出したのは旅立ちのブローチ。村の新たなる旅立ちに祝福を。彫られた精霊の加護を願って。 蝶のように生まれ変わってと、ほとりは蝶の首飾りを。 必ず陽は射す時は来ると願いを込めて、雲間と名付けられた扇子を納める露草。 村の守り神として、彼らが身に着けていた品々が代わりに残る――。 ●交宴 幾日も働き通しでようやく村として生活の形が整った。 「色々とありがとうございました」 共に未来を築く仲間として過ごした数日間。短かったけれどいつまでもここに残る事もできない。 朝には出発するという開拓者達の送別も兼ねて慰労の宴が開かれた。 狩猟で得た禽獣の肉の他は質素な乾物の肴。酒や菓子は開拓者が私費を投じて持ち込んでくれた。 「美味しそうに焼けましたよ〜冷めないうちにどうぞっ」 全員が集まれるような建物も無いので、満天の星空の下の宴である。 焚火は生き残り達の心情も考えて控えめに燃えている。あの日を思い出させてしまいそうだから。 味付けも盛付けも自信が無いからと積極的に運ぶ方を手伝うほとり。行き渡ってない箇所がないか気を配る。 「あ、うん‥‥私がやると焦がしちゃいそうだし」 「大丈夫ですよ〜、ほとりん。満遍なく焼いて切り分けるだけですから」 「う‥‥それが‥‥」 「皆さんお疲れ様でやした」 勿体無いとしきりに遠慮する村人達にこれは景気付けだからと杯に酒を注いで回る伝助。 まあそれは最初だけだ。一緒に懸命に働いた同士、話も進めば酒も進む。都では簡単に手に入る様々な酒もこの先はそう飲める機会もないだろう。 「奈津ちゃん、この飴食べてみますか?」 人懐こい赤子は皆に可愛がられていたが、どうやら露草が一番お気に入りのようでべったりと離れない。腕には香澄や彩虹から貰ったぬいぐるみをしっかりと抱きかかえている。 「さー、あー」 無邪気に大きく開けた口の小さな舌の上に角を丁寧に削った甘刀の欠片を乗せてあげる。 「飲み込んじゃダメですよ」 「あらあら、露草さんにご迷惑かけちゃいけませんよ」 自然傍に居る母親の伊津。 「全然迷惑なんかじゃないですよっ」 「この村で元気に大きくなってね。皆助けてくれるから大丈夫!」 奈津を中心とした輪。彩虹と香澄も近くに座って一緒に話している。 こういう席は苦手なのか、ほとりは静かに食事をしながら穏かな瞳で輪には加わらずに眺めていた。 「あ、そうだ。こちらが好きな方は甘酒もありますよ〜。これどうぞ皆さんで」 「は〜い、飲みます〜」 喜んで挙手した女性に瓶を渡して、横笛を手にして香澄は立ち上がる。 ふっと見上げた星々が祝福するように煌いている。こういう夜っていいね。 ●終幕 「余裕ができたらですけど」 良かったら育ててみてくださいと露草が薬効のある花の種を村の女性達に手渡す。 こちらは味付けにも使えるし、こちらはお茶にするとよく眠れるし良い香りが。 でも注意点はあるからそこは気をつけてね。身体にいいばかりとは限らないから。 「土地に合って上手く育つといいっすね。きっと特産品になるっすよこれは」 もし育ったらぜひ神楽で宣伝活動させて貰うと請け負う伝助。それで役に立てるならお安い御用。 村に新しい名前を。それぞれに想いを込めて色々な名前を考えてきた。 「氷納を討つ事で春が来た、そんな名前がいいっすかね?」 冷たい冬は終わった。これから幸せになる事を祈って。 『春陽村』 それが新たに歩き出す村の名前だ。氷納を葬った英雄達の付けてくれた名を村人達はたいそう喜んだ。 「近くに来たらぜひ寄ってくださいね」 「うむ、是非‥‥な」 その時はもっと笑顔が増えているだろうか。そう願いたい。 「私達はこれで一段落ですが、ここに住む方たちにとってはここからが始まりですね」 「‥‥頑張って」 伝えたい言葉は一杯あるが、一人一人見つめた瞳にその想いを込める。 名残惜しく見送る村人達に手を振り、都へと向かう開拓者達。 朝霧の中に村が遠ざかってゆく。 帰り道、目立たぬ野に石を積む香澄。 「確かに強敵だったけど、彼女のおかげでボクたちも成長できたね、氷納も弔ってあげよう」 全てが彼女と一緒に瘴気となって消えてしまったが。 代わりにほとりが紙に包んで持ってきていた自らの断髪を土中に埋めて祈る。 「いつかまた会えたらアヤカシじゃないといいね。さよなら、氷納」 |