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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 今は亡き村。焼け落ちた集落はそのままに、残された家屋も住まう者なく廃されたまま忘れ去られている。 だがそれを今も記憶する者達が居る。 明暗を分けた新天地をそれぞれに、またも氷納の手によって去る事を余儀なくされた人々。 久我 利兵衛。伊津。アズサ。 口を閉ざしていた為に、被害を拡大させる結果になってしまった悔やみ。 年端のいかぬ少女を足手纏いとあの時切り捨ててしまった悔やみ。 新たな暮らしの末に図らずも仇敵の手先となってしまった悔やみ。 傷を抱えて神楽の一角で再会した三人。お互いの手を取り、涙を流す。 開拓者の手が無ければ、この再会すら無かっただろう。感謝してもしきれない。 そして氷納の忌まわしき想いの矛先は、その恩人達へと今向けられた――。 「本当に行かれるのですか」 無垢な寝顔の奈津に手を伸べて、伊津が呟く。 私達の為に。申し訳ない、申し訳ない、そんな想いが巡る。彼女のせいなんかじゃないのに。 「俺が‥‥」 そう関わりの始まりは利兵衛だったかもしれない。 「‥‥」 水桶をことりと石の上に置いて、アズサが唇を噛み締める。 「私達の手で氷納を滅ぼします――」 来るなら来てみればいい。返り討ちにしてくれる。 「ここには来ないと思いますが、念の為ギルドの方で万が一の手配は既にしてくれています」 因縁の開拓者が待ち構えれば、あの少女はきっと来る。 かなりの深手。あの怒り心頭の声色。人と似た感情を剥き出しにした氷納は今なら来る。 先日の里からそう離れた場所には潜んでいないであろう。 あの村で待ち受ければ。忌まわしき喜びを満たすべく、開拓者を襲う。 手口は判っている。例えどんな手勢で来ても。 撃退できるはずだ――。 |
■参加者一覧
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
新咲 香澄(ia6036)
17歳・女・陰
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓 |
■リプレイ本文 (殺してやりたい) 殺戮と食欲を満たすのは同義で、ただ喰らうのも飽きた。 舌の肥えた者がもっと美味しい物を素敵な環境で味わいたいと考えるように、様々な趣向を考えてきた氷納。 どれほど知恵が回ろうと、人間に近かろうと。彼女の根本的な存在はやはりアヤカシである。肉を血を、負の感情を喜び喰らう。 何だろう、今は。 手強き開拓者を相手に。自分の全存在を失う危惧も知りながら。捕食者としてのプライドなのか。 空を交う鳥アヤカシ達の瞳を通じて、あの村へやってくる開拓者達の姿が見える。 氷納を滅ぼす為に。 「鷹か‥‥」 山村の近くに猛禽が舞うのは珍しくない光景だが。 件の村も間近に迫った今、氷納の手先と考えておくのが無難なのだろうと虚祁 祀(ia0870)が空を見上げる。 遠目に髪型だけならアズサに似せられるかなと結ってはみたが小細工はおそらく無駄だろう。 (まあ逆に氷納に、鼻で笑わせて油断させるという細工にはなるかもしれないね) 「本当にあの作戦で‥‥?」 「我々の顔ぶれは既に知られておるからな、足りない顔があれば氷納に伏兵を警戒させるのは元々承知の上じゃ。変更の必要はない」 それに今回は新しい顔、趙 彩虹(ia8292)という強力な手札も開拓者側に加わっている。 全身、愛らしい虎の着ぐるみという風変わりな姿をしているがその実力は折紙付きである。 その衣装は一見戦闘には向かなそうに見えるがその実改良に改良を重ねて、露出も増えて拳士の激しい動きを阻害しない物になっている。 噂に聞いていた中級アヤカシの討伐初参加とあって、やや緊張の面持ちをした彩虹の問い。バロン(ia6062)が落ち着き払って白い顎鬚をしごきながら答えた。 穏やかな仕草とは裏腹に眼差しは猛禽のように鋭い。胸の内には沸々と静かだが熱い闘志が滾っている。 (誘い込み撃滅する、今度こそは帰さぬぞ‥‥) 利兵衛達の記憶を頼りに実際の配置を書き込んだ絵地図を囲んで入念な作戦を立てた。日を置けば置くほど氷納は手下を増やす。 時間との戦いでもあった。 村を滅ぼしてから幾年、思い出したように利兵衛を狙いだしてからも更に幾月。その間にもまたひとつの村が滅ぼされた。 これ以上の犠牲はもう要らない。 (私達がこの手で終わらせます) 決意を込めた露草(ia1350)の瞳。登りきったその坂、九十九折の木立の向こう、廃墟となった村はあの辺りだろうか。 長細く、狭い崖地に張り付くように伸びた集落。切り立った山肌に当たる春の陽射しと冷たい谷底に挟まれて、立ち込めた白い霧に包まれている。 「好都合‥‥だよね?」 霧が晴れた時がおそらく氷納との勝負だ。 氷納お得意の鳥獣を操っての偵察が阻害される好機、全ての仕掛けを済ませてしまおう。 自然の要害、本村地域を拠点とすれば襲撃できる地点は限られていた。 視界は悪いが配置は既に頭に入っている。絵地図を見直すまでもない。 山側に家屋、谷側に荒れた畑地。どの方向からも襲撃は有り得るが、多勢で攻めるに易い経路は村の入口しかない。 露草の設置した十二体の地縛霊が側面を守る。 ● 波が引くように緩やかな風に流れて霧が晴れる。 全ての支度は終えている。この時を待ち構えていた以心 伝助(ia9077)とバロン。 青空に立ち昇る煙。伝助の工夫によりもくもくと量を増した煙がはっきりと。 甲高い呼子笛の音。唇から強く吹き込まれた吐息が山岳の静寂を突き破る。 「氷納よ‥‥そこに居るのだろう」 天候の回復と同時に羽ばたいてきた鷹が旋回するのを睨み殺気を放つバロン。 山林に隠れていた氷納の眉が吊り上がる。号令。 獣アヤカシ達が一斉に村へと、殺戮を開始すべく駆ける。 屋根の上で警戒していた茜ヶ原 ほとり(ia9204)の姿も上空から捉えていた。 (‥‥甘いわね、ふふ) 手下の襲撃が始まるとその気配は埋伏りにより絶たれたが、だいたいの位置は判った。 上機嫌で村へと歩を進める氷納。この手で殺してくれよう。 迫る獣達の咆哮。鳥の凶声。戦いが始まっている――。 飛び出したくなる身体。募る焦燥。仲間が今、すぐ傍で戦っているというのに自分は隠れているのが辛い。 (まだダメです‥‥ここで私が早まって出てしまったら) 作戦が瓦解してしまう。彩虹の視線が同様に潜伏するほとりの居る場所へと向いてしまう。 ほとりは廃材を利用して壁と似せて身を隠している。こちらも彩虹が気になるが、埋伏りの状態を無意味にしてしまう行動はできない。 位置に付いた時点で交わした視線が最後だった。それから気配を絶っている。 痛いほど噛み締める唇。冷静なつもりでいるけれど無心にはなれない。通り過ぎていった敵の数は多い。 だが、氷納が現れるまで‥‥。もどかしい。 村の入口から悠々と姿を現した氷納。両腕に今回は――小太刀。弓術師の射程には既に入っている。 だが撃たない、伏兵の地点まで寄せるまでは撃てない。それを承知の上で余裕を見せているのか。 また一羽、猛禽の姿をしたアヤカシを仕留め落としたバロンが、今すぐ射抜きたい衝動をこらえる。 手下共の数が多く、そちらを片付けるのにも手は忙しい。だが視線は遠く姿を現した氷納の動きを捉えていた。 (読まれておるな。あえて撃たぬと、向こうも踏んだか) 小癪な。様子見の矢を放つ。氷納が前進を止める。何もしない。向こうも術の間合いが届かないのだ。 本気の矢。今度は下がった。 「バロンさん‥‥!」 注意を促す声に自分に迫った危険の回避に神経を戻す。 (もう少し下がらないと、氷納は来ぬか‥‥) 弓の掃射が緩められた懐に近付く狼アヤカシ達を伝助が刀で払う。同時に飛苦無で別の敵を牽制する。 四方八方、それに加えて空中からの攻撃もある。無傷という訳にはいかず消耗は進む。 あえて術を控えている為、仕留める速度はそう早いとも言えない。 「そろそろ、あっしもきつくなってきたでやすね」 懐から取り出した符水。一気に飲み干して消耗を補う。 器を投げ捨てて、気炎を吐く。普段見せる事のないような表情。ここらで一丁、氷納に言ってやりますか。 「たかが人間相手に随分臆病になったもんっすね!」 アヤカシの咆哮が交じり合う中、その声は果たして氷納まで届いただろうか。 この距離では細かな反応までは窺えない。 手負いながら後退してゆく開拓者達の様はアヤカシの群れに劣勢で押されているかのように見える。 回りこもうとしたアヤカシは地縛霊の餌食になるか、それでも足りない分は静月千歳(ia0048)と露草が撃つ式が退けていた。 待ち構えていた新咲 香澄(ia6036)。 「キミ達は邪魔だよ!ボクの火炎獣で燃えてしまえ!」 直線状に迸る強力な炎がアヤカシ達を喰らう。誘導されて的となったアヤカシ達が絶叫を上げる。 拓けた道にバロンと伝助が走り、合流を図る。術を逃れた後方のアヤカシが群れとなって追う。 もう一度火炎獣を放ち、下がる。あえて刀を抜かぬ祀が弓で空中から仕掛けるアヤカシを払う。 地上のアヤカシは前進を続ける。数は減らすがあえて小技のみで迎撃し氷納を誘う。 氷納も前進する。 (あと少し‥‥!) そう、香澄達は思った。ほとりと彩虹の二人からは建物を挟んでまだ氷納の姿は死角になる。 でなければ、笑みが見えていたであろう。氷嵐を呼ぶ瞬間の。 (伏兵の位置がばれている!?) 鋭い氷粒の乱舞が隠れた二人を襲う。いやもしかしたら当てずっぽうなのかもしれない。 一発放つと同時に距離を詰める。以前にもやった術を煙幕にしての移動。今度は接近に。 「同じ手には引っ掛からないよ!」 姿が見える瞬間を狙って、香澄も距離を詰めていた。双頭龍の名を冠した大鎧を頼りにアヤカシの中を前に出る。 餌食にせんと迫った狼の牙を祀の刀が阻む。紅葉の燐光を散らせて胴が断ち切られる。それを踏み台に進みながら鞘に収められる刃。 再び抜かれた時にはまた別のアヤカシが悲鳴を上げる。 バロンの矢を交差させた小太刀で受け、香澄の火輪を耐え抜く。 玉藻御前で増幅された力。香澄の式の一撃は、氷納の予測を超えてかなりの苦痛を齎した。 爺様の矢を警戒する気持ちの方が強かった。失敗したと歯噛み、即座に間合いを取ろうと飛び退く氷納。 「そう、初めて会った時はボクの術が効かなかったよね。でもあれから随分と時は経ったんだよ‥‥」 間を阻む獣アヤカシは無視して対峙する。目標は氷納だけだ。 (ほとりさん、ホンちゃん頼んだよ) バロンと香澄が氷納だけに集中できるのは仲間が守っているからだ。伝助がバロンの傍に。祀が香澄の傍に。 後ろには千歳と露草が控えて広範囲の防衛をフォローしている。 「ねえ。氷納その程度?それともボクが怖いのかな?その程度なら正直がっかりだね」 (今です!) 香澄の挑発の言葉をずっと待っていた。彩虹の青い瞳が宝石のように輝く。 氷粒の嵐に痛めつけられた身体で弓を構えるほとり。初撃は何としても当てる。 香澄の言葉に柳眉を吊り上げた氷納が気配を悟るより早く渾身の一矢をその背中へと射込む。 前方への攻撃に集中していた氷納の肉に深く突き刺さる。腎、人間なら致命傷とも思える位置への傷。 キッと振り返り様に睨み付けた氷納。ほとりの瞳がアヤカシの術に捉われた。しかしその瞬間。 (距離は充分!) 槍を構えた彩虹が地を蹴った。練気で全身が紅潮している。 疾風、その名のごとく。 低く構えた姿勢から一気に踏み出して放つ突き。百虎箭疾歩、いや白虎箭疾歩か。 後ろからの殺気に気付いた時には遅かった。氷納の捻った身体、脇腹を抉るように穂先から血飛沫が上がり彩虹の身をも染める。 反撃の術に耐え、後ろに飛び退く。怒りの形相を見返す事もなく身を翻し、次の技へ。 足元を払うように流れた槍。氷柱の鋭い先端が彩虹の身体を傷つけて砕ける。 転倒は免れたものの態勢に隙ができた氷納に瞬時に伝助が迫った。下段から逆袈裟に振るわれた刃、氷納の胸元からも鮮血が飛散する。 「悲劇の根源、ここで断ち切らせて頂きやす」 彩虹に射込まれんと錯乱したほとりの放った矢を、瞬時の判断で飛び込んだ祀の刀が鞘のまま弾く。 そのまま体重を掛けて返す平で肩口を叩き、防御の態勢も取れずに勢いで地面へと叩き付けられる身体。 「ごめんね、動ける‥‥?」 祀に腕を掴まれて引き起こされたほとりの瞳は元の静かな色に戻っていた。何が自分の身に起きたのかはすぐに理解した。香澄、バロン、そして今度は自分に来た。 「ありがとう、動けるわ」 悔しさに瞳が燃える。実際は左腕が上げられないくらい痛む。弓を構えるには‥‥辛い。潔く弓を捨て、腰に佩いた木刀を引き抜く。 (片手しか使えないのなら、これで‥‥) 「ほとり、無理をするでないぞ」 (翁は見抜いてらっしゃるのね‥‥) ほとりが弓を引けなくなった事を。強く頷いて返す。私の武器は弓だけじゃありませんから、大丈夫。 氷柱、氷嵐、両手にした小太刀。あらゆる手段を駆使して開拓者を倒さんと動く。しかし動きは巧妙な連携に阻まれて、開拓者の輪から逃れられない。 露草も薄刃の剣を片手に。氷納が懐へ飛び込まれるのを警戒するのを見て我が意を得たりと。あの時、確かに傷を与えた。それを向こうも覚えている。 獣アヤカシはあらかた掃討した、そう思っていたが。 地縛霊は既に狼達を餌食にした事で失われている。 その今は守るものの無い側面から、今度は地を這う蛇の姿が――。 「くっ、まだ用意していましたか‥‥」 笏を握る指先、人形を抱えた腕に力が入る。時折、地に手を付いて瘴気を回収しながら限界まで術を放ち続けている。 斬撃符だけでは足りず、香澄も援護して火輪が幾度も迸る。若草と共に黒く朽ちる切り刻まれた蛇の遺骸。すぐに瘴気へと消えてゆく。 三人の陰陽師が連携して周囲を守る間も氷納との激しい攻防は続いている。 「そろそろ、観念したら如何でしょう」 新たな邪魔者を退けて、再び向き合った千歳の言葉。 彩虹の槍、伝助の刃、ほとりの木刀、避ける度に氷納の動きが鈍ってゆく。受ける術、放つ術、互いに息が荒い。 バロンの放つ矢も激しい。 喉笛を貫いた一本の矢。氷納の開いた唇からはひゅうという息しか洩れない。 「紅落!」 斬、止、斬。正面から懐に飛び込んだ祀の抜刀。燐光と鮮血が飛び散り視界が紅に染まる。 背中から貫いた槍の穂先が胸元から突き出る。 氷納の身体が人形のように力を失って両手の小太刀が地面に転がった。 槍を引き抜いた彩虹。氷納の身体が祀の足元に跪くように崩れ落ちる。 訪れた静寂。 香澄も、千歳も、露草も。 (本当に、今度こそは?) 倒れ伏して動かぬ氷納を立ち尽くして見つめる。どれほど時が経っても、動かない。 その髪の毛の先が、衣の端が‥‥塵と化して風に流れ始めて、実感が沸いてきた。 「終わったね‥‥」 ● やっと。冬から春に掛けて、たった一人の少女、凶悪なアヤカシとの戦いは終わった。 「‥‥もう二度と、人の形に凝らせたくない」 地に手をつき小さく真言を呟く露草。氷納の瘴気のひとかけらでも、ここに残したくない。だから、瘴気を我が身に。 「氷納‥‥アヤカシとはいえ、キミとは色々あったね。ボクはキミのお陰で成長できたところもあるよ、特別忘れないでいてあげる」 香澄の言葉にほとりも想いを馳せる。 (私も忘れないわ) 憎かったけれど許せないけれど、自由奔放に生きる氷納が少しだけ羨ましかったかもしれない。 ねぇ、どうしてアヤカシは生まれてきたのかしら。聞いてみたかったわ。人と同じ形をして同じような感情まで持った貴女でもわからないのかしら。 膝を落とした露草と千歳が瘴気を吸い続ける。目の前で急速に朽ちてゆく氷納であった瘴気を。纏った衣も、手にした小太刀も、全部これは氷納の一部だったのか。 全てが塵に還り、氷納の存在が完全に消えてゆくまで、その身体だったモノを見つめる。 「これで、ようやく」 安らぎへの道が。利兵衛、伊津、アズサ、そしてこの地で弔いを受ける事もなく眠っていた人々の魂。 祀の脳裏に別の景色がふと過ぎった。首を振って想いを払うと、結い上げていた長い髪が風に揺れる。 唇を閉ざした過去と何か重なる部分があったのか。 閉ざされた瞳が再び澄んだ光を見せた時、映ったものは今共にある仲間達の顔だった。 「さあ、報告に帰ろうか」 他のアヤカシ達は氷納より先に消えている。 まるで何もなかったように‥‥否。踏み荒らされた畑、焼かれた草花、自分達の血、戦いの跡だけが残った。 坂の上から一度だけ伝助が振り返った。頬の古傷を傾きかけた陽射しが照らす。 (氷納がした事をあっしは多くの人に伝えるでやすよ。また、こんな悲劇を繰り返さない為に) |