凍幻郷 〜第二幕〜
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/03 01:37



■オープニング本文

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 安全な場所。アヤカシに目を付けられた身に何処へ行く処があるだろうか。
 街へ住めば誰かに迷惑を掛ける。人里を離れれば密かに始末を付けられる。
 開拓者は四六時中、傍に居る訳にはいかない。むろん護衛を雇い続ける財力など久我 利兵衛は持ち合わせていない。
 手に職はあるが、それは日々を暮らし僅かな蓄えをする程度しかない。

 アヤカシ絡みという事もあって、開拓者ギルドは親身に利兵衛の相談に乗ってくれた。
 職員の知人の知人だという紹介でとある屋敷の敷地内にある使用人長屋に今は寄宿している。事情があってそこは常に志体持ちが何人も滞在しているという。
 迷惑はできれば掛けたくないが‥‥だが他に何処へ行けると言えるだろう。
 屋敷の主の姿は一度も目にした事が無い。尋ねるとここは神楽に訪れた時の為に用意してある屋敷で、滅多に現れない主は普段は北面国の本屋敷に居るそうだ。
 志体持ち達は主に仕えているわけではなく、何故ここに居るかは語られない。給金も誰かから出ているわけではなく代わる代わる誰かが働きに出ている。
「寝床を貸してくれているだけでありがたいさ」
 誰もがそうとしか言わない。事情を知っている訳ではないらしい。ただ紹介でここに住んでいるという。
 屋敷の管理をしている老人だけは何かを知っていると思うのだが、詮索無用と口は閉ざされている。
 利兵衛もここを拠点に今まで通り親方の元へ通い、仕事を続けた。

「開拓者ギルドの者ですの」
 職員とも思えない子供のような小柄な少女が利兵衛をある日訪れた。この年頃の少女が訪れるとドキリとする――。
 氷納ではない。青い髪を結い上げて両脇に垂らし、桃色の丸い瞳をした少女。ギルドのお仕着せの法被を着ているからやっぱり職員なのだろう。
「彩堂 魅麻と申します。利兵衛さんの依頼は解決したとは言えないので引き継ぎまして担当する事になっていましたの。挨拶が遅れましたがよろしくお願いしますのね」

 神楽から遠く離れた村で氷納らしき少女が目撃されたという情報がギルドに届けられた。
 獣のアヤカシが村を襲撃したのでギルドより派遣された駆け出しの開拓者達によって退治がなされたが、その際に迷子らしき少女を保護した。
 少女は記憶を無くしている様子だったので村で当面引き取って面倒を見るとの申し出があり、開拓者は依頼を完了して帰還したが‥‥。

 それきり、村の音信は途絶えた――。
 訪れた縁者が行方不明となった事で初めて異変が知れた。農産物の交易もない今時期、交流の少ない村の途絶は露見が遅れがちである。
 行方不明になった者の村から調査依頼がギルドに舞い込んだ。
 直前にアヤカシ退治に訪れた開拓者から事情を詳細に聞いて、その時に明らかになった保護された少女の特徴――。
 話を記録していた職員の筆が止まった。同僚の名を呼んで振り返った顔が青ざめている。

 ‥‥年の頃は十か十二か、身は小柄。人形のように整った愛らしい顔。黒いおかっぱ髪とやや大きめの同じ色の瞳。
 白い着物に千鳥模様の羽織を纏い、そこらの村の娘とは思えない雰囲気のお嬢さん。ぼうっとした表情で立っていた。
 近くには都の商家によく居そうな感じの中年男の無残に喰い散らかされた遺体があったので、その娘か。
 きっと目の前で肉親をアヤカシにやられた恐怖で記憶を無くしたと思われる。
 それだけの情報が単独で訪れたなら、偶然似た風貌は幾らでもいるだろう。そう考えたい。
 だが、直後に保護された村の音信途絶‥‥これが氷納ではないと言えるだろか。

「こちらで調査依頼を出しますが利兵衛さんにもお知らせしておこうと思いまして」
 唇を震わせた利兵衛はありがとうございますと頭を下げる。
 あの人達は‥‥自分の命を救ってくれた開拓者は今どうしてるだろうか‥‥。脳裏に彼らの顔が浮かぶ。
「あの、調査に行く人達は――」
 魅麻がにっこりと笑う。何の心配もいらないですよと利兵衛の心を落ち着ける屈託の無い笑み。
「相手は一筋縄ではいかない強力なアヤカシ。面識があり手口を知っている方のほうが良いですから」
 まずその方々に声を掛けてみます。結果は報告致しますから利兵衛さんはこのままここで生活を続けてください。

 さて件の開拓者達は今、神楽の都に居るだろうか――。


■参加者一覧
静月千歳(ia0048
22歳・女・陰
虚祁 祀(ia0870
17歳・女・志
露草(ia1350
17歳・女・陰
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
橋澄 朱鷺子(ia6844
23歳・女・弓
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓


■リプレイ本文

 天頂より傾き始めた太陽が西へとゆっくりと向かっている。
 晴れた空はまだしばらくは充分な明るさが保たれる。風上に暗く厚い雲が掛かっているのが気になるが。
 吹き抜ける風に茜ヶ原 ほとり(ia9204)の長い髪が乱れ舞う。静かな瞳。唇からは淡々と言葉が紡がれる。
「この感じだとみぞれが降るかもしれないわね‥‥冷え込めば雪かしら」

 人が活動する気配が感じられない村。家々の戸は固く閉ざされている。
 耳を澄ます以心 伝助(ia9077)。道中では鳥の鳴き声を聞いたが村が見えてからは人の生活音も聞こえない。
 氷納が待ち受けているのなら既に開拓者の到着は察しているだろう。鳥を偵察に使う相手には移動を隠しきるのは困難だ。
「生存者が居たらこの辺りで」
 見通しの良い村の入口。ここからなら点々と散るどの建物から出てきても対応できる位置。
 ほど近い一軒の家屋を慎重に探る。
「‥‥!」
 事切れた村人。無残に喰い荒らされたそれが表戸から放り込まれたように投げ出されている。土間に散る黒い血の痕。
「ここに避難させる訳にはいきませんね」
「寒いけれど外で守りましょう‥‥最悪でも私達の外套を着せれば」
 家にも防寒になる物はあるだろうから助け出す時に持ってくれば良い。
「決して単独行動は取らぬようにな。何かあったらすぐに笛を鳴らすのじゃ」
 バロン(ia6062)が懐の呼子笛を確認する。鳴らし方も予め決めた。半数が持っているから何があろうと連絡は取れるはずだ。
 融けかけた雪泥に足跡は乱れている。人の物、獣の物。惨劇の痕はそこかしこにあり、どの建物に何が潜んでいてもおかしくはない。
 音を探る伝助と生命の気配を見通す虚祁 祀(ia0870)を先頭に二手に分かれて探索を始める。
 伝助には新咲 香澄(ia6036)、祀には露草(ia1350)が付いて人魂を先行させて様子を伺う。
 集合場所の安全を確保しておく為、バロンがほとりと共に居残った。
 森からは離れている。あそこから出てくれば近づく前に撃てるだろう。風がこれ以上強くならねば良いが。
 悩ましげに空をちらりと見上げ、辺りを警戒する。

「人が居る‥‥それとこの小さな気配は」
 祀が眉をひそめる。
 うずくまる人間を囲むように大量の鼠が人魂の視界に映った。侵入に反応したかのように一斉に飛び掛る鼠。
「いけないっ!」
 罠でも生きている村人が襲われるのを放ってはおけない。露草が危急を告げて扉を開ける。
 すかさず飛び込んだ屋内。薄暗い中に入口から陽光が差し込む。母子が鼠に群がられ悲鳴を上げて血を流している。
 それでも我が子を庇おうと必死に抱き締めている母親。刀で切り払うのは難しい。手を噛まれるのも構わず祀は素手で掴んで母子から鼠を引き剥がす。
 術で一匹ずつ確実に小さく素早い標的を仕留めてゆく露草と静月千歳(ia0048)。母子を背後に庇った祀も刀で応戦する。
 片付けた端からゆっくりと瘴気に還ってゆく。アヤカシとしては非常に弱く一匹一匹はたいした事はない。
「怪我の手当てを‥‥」
 露草が治療を施す間に千歳が彼女の上着を探し出して着せ掛ける。祀はその間も刀を離さず警戒を怠らない。
 柄杓から水を口に含ませて震える身体を擦る。
「もう大丈夫ですよ‥‥村の入口に仲間が待っています。そこへ行きましょう」
 まだ唇を震わせて硬直している母親を立たせ、赤子を受け取った千歳があやして宥める。
 このような罠をまだ張っているなら急がねば。

「息遣いが聴こえるでやす」
 苦しそうに喘ぐ吐息。時折混ざる咳。香澄の足元から小さな兎が駆け抜けてゆく。万が一に備えて刀を抜く伝助。
「私はここで外を警戒している」
 橋澄 朱鷺子(ia6844)は家屋に背を向けて周囲を睨む。
「調査に来た開拓者でやす。もし良ければ出てこれやすかね」
 掛ける声に返ってきたのは咳だけ。返事をしようとして余計にひどくなったか。
「お爺さん一人だけだよ、入ろう」
 香澄が扉を開けて踏み込む。伝助もそれに続く。
 薄い布団に寝込んだ老人。食べ物もろくに摂っていないのか相当衰弱している。脇に置かれた粥の椀はカラカラに乾いている。
 助け起こした身体は枯れ枝のようだ。
「何があったかは喋らないで結構でやす。ちょいと避難して貰う事になるけれど動けるでやすか?」
 老人を助け起こして支える間に香澄が土間に置かれた瓶から水を汲んでくる。むせないようにゆっくりと飲ませて。
「絶対にこの村からアヤカシを払うから、大丈夫だよ!」
 あちこち綻びて綿の飛び出した半纏に包んで老人を抱えて外に出る。冷えた風に老人の咳がひどくなる。
「できるだけ暖かくしてあげないといけませんね」
 体格の良い朱鷺子が自分の着ていた外套を被せて老人を背負う。二人が脇を固めて一度集合場所に戻る。

 バロンが伝助を手伝い探索の続きに向かう。香澄が生存者の世話に残るので交代した。
 松明の炎だけでは暖にはならない。今から薪を集めに護衛から離れるのは愚であろう。
「民家に薪があれば良いのだがな。見つけたらすぐそちらに持って行くようにしよう」
 大半の家に残された村人の遺骸、赤子を抱えた女と動けない老人が残されていたのは故意であろうが。
 だが、もしかしたら他にも居るかもしれない。
 見逃しのないよう家屋を確認する間に時間は焦れるほど過ぎてゆく。

●森からの襲撃
 日没より先に暗雲が空を覆った。地表が影となると共に下がる気温。
「来ましたね」
 ほとりの鋭い瞳に森から狼の群れが現れるのが映る。篝火を背中に弓の間合いを計る。
 まだ――。
 薪を集めて戻っていた朱鷺子が少し離れて並ぶ。香澄は母子と老人の手を握って励ますと、立ち上がり符を両手に掴む。頑丈な大鎧を着ている。万一の時はボクが盾になるから。

 突然に紅い灯火が村の家屋の上方に広がる。風に煽られて炎が屋根を舐めている。
「陽動よきっと‥‥氷納のやりそうな手口。惑わされてはいけないわ」
 冷たくさえ聞こえそうな口調でほとりが仲間の気が逸れるのを引き戻す。自分達の今の役割は生存者を守り抜く事だ。あちらはあちらで対処できなければ笛を鳴らすはず、そう合理的に切り捨てる。

 指の股に複数の矢を取る。近付く前に可能な限り殲滅してくれん。
 次々と乱れ飛ぶ矢の雨。強風もあり命中する確率は低くはあったが牽制にはなる。
 朱鷺子の矢が突き刺さり先頭の狼が地面に崩れる。怒りの咆哮。獲物を喰らおうと狼共はそれぞれに進路を変えながらも突き進む。
「とにかく近付かせはしない!」
 間合いに入られては弓だけで任を果たすのは一歩間違えれば護衛対象に流れ矢が向きかねない。
 降り注ぐ二対の矢の雨と式の攻撃を狼共は駆け抜けてくる。既に倒れた同胞も踏み越えて。
(村の中へ退けば氷納が‥‥ここで持ちこたえないと!)
 防衛線を破った狼が恐怖に震える村人を狙い歓喜に眼を輝かせる。美味な獲物。
「させない‥‥んだから!」
 式だけでトドメが間に合わず体当たりで狼を弾き飛ばして村人を守る香澄。次々と群がる狼が無防備に崩れた体勢に喰らいつく。千切られる袖や裾、溢れる鮮血。歯を食い縛る。
 また来た――!
 覚悟を決めた刹那、狼は横腹に深々と受けてどうと地面に泥を跳ねて落ちる。
 五人張から射られた強力な矢。一撃必殺で狼を着実に仕留めてゆく。朱鷺子の輝く眼光、決して狼以外の誰にも当てない。
 香澄はその腕を信頼して村人を守る事に専念する。火輪が狼を焼き払い囲みを後退させる。
 木刀に持ち替えたほとりが牽制して払っている。こちらも複数の狼に傷付けられているが、断固として脇は駆け抜けさせない。

●炎に照らされ氷納再び
 雁のような編隊を組んで不吉に揺らめく紅い影が空をよぎった。
 暗い空に灯された紅が拡散したかと思うとそれは落下してゆく。家々の屋根藁に炎が燃え広がる。
 粗末な木製の家はあっという間に炎に蹂躙される。村人達の遺骸を抱えたまま。
「小賢しい真似をしよる」
 火事は大風を呼ぶのを見込んでかそれとも唯の演出か。吹き付けていた風が更に乱れ始める。

 狼を護衛に侍らせて少女が羽織姿で路地に立ちはだかった。
「その怖い爺様には会いたくなかったのだけれど。すぐには帰らせないわ」
 熱を帯びた風に髪をなぶられながらぷいと拗ねたような表情を見せる氷納。
 役割を終えた鳥アヤカシ達は嘲笑うような鳴き声を上げただけで旋回して去ろうとして‥‥何かを見つけた。
(しまった――!)
 鳥の動きを見て千歳が笛を手に取る。合流と撤退だけ決めていたが、警告の音色は通じるだろうか。
 それを見た氷納が楽しげに笑う。
「助けてから死なれるほうが帰った後も忘れないよね」

 その言葉も終わらないうちに構えた弓ですかさず挨拶代わりの矢を放つバロン。
「また会ったな小娘。肩の傷はもう治ったかのう?」
 肩と見せかけて首を狙ったが、軌道を変える前にその小さな掌が自ら貫かせた。
 笑みを頬に浮かべたままでじっとバロンを見上げる氷納。何を――と睨み返したバロンの思考が乱れる。
 混乱した老弓術師の矛先が仲間へ向けられる。頼もしい味方はこの時は脅威となった。
「バロンさん!」
 千歳の胸から鮮血が溢れる。膝から崩れ落ちた彼女に治癒を施して振り向いた露草が藁人形を握りしめて瞳を惑わせる。どうすればいい。
 祀が氷納に新たな術を使う隙を与えないよう切り掛かるが、狼の相手もせねばならず氷柱を脇からまともに受ける。
 氷納の術を警戒して間合いを取っていた伝助が駿足で走り寄ってバロンに小柄な身体をぶつける。
 一緒になって転倒する二人。それでも弓を離さないのは身体がそう覚えているからか。
 躊躇している暇はない。上に乗ったまま平手打ちを頬に入れる。
(すまないでやす――)
 バロンの視界が晴れる。錯乱から一挙に戻る現実。
 千歳と露草はその間に狼を一気に片付けに掛かっている。
「おのれ小娘!」
 恥辱と怒り。しかし年の功、それは胸に呑み込んで殺気だけを表に立ち上がる。
「爺様のお相手はしたくないの!」
 そう言い捨てて放たれる氷嵐。二撃目が放たれる前に素早く下がる伝助。予測はしていたので気合で充分に耐えられた。
「今度はそう簡単にはやられないでやすよ」
 術の外の間合いから飛苦無を放つ。避けた先へ振るわれた祀の刀が氷納の羽織を切り裂き、肩口から胸に掛けて浅くはない傷を与える。
 不機嫌さを露にした氷納が再び氷嵐を発すると同時にバロンの矢が飛ぶ。この近距離、外さない。
 叩きつける無数の尖鋭な氷の粒。視界が白に覆われる。
 かなりの痛手だが、まだ戦闘は続行できる。ここで仕留められれば――。
 しかし先に氷納の方が身を引いていた。忌々しげに突き刺さった矢を引き抜いた姿が最後に見えた。
「だから爺様はっ――」
 嫌いよ、という言葉までは聞きとれなかった。
 間合いの届かない氷嵐を放って燃え崩れた家屋が塞ぐ炎の壁へと消える氷納。火焔と相剋された氷塵が蒸気となって広がり更に視界を妨げる。
 追うよりも。
 少人数で護衛しているあちらが心配だ。
「こっちじゃ!」
 燃え落ちてゆく村落の中を急ぎ駆け抜ける。鳥獣の叫びが風に混じって聞こえる。
 千歳が呼子笛を二度短く吹き鳴らす。氷納が戻るとすれば増援を連れてくるだろう。
 その前に生存者を連れて撤退するべく。

●包囲された護衛
 第一陣を迎撃して尚、森から現れ続ける獣アヤカシ。氷納の罠の中心はこちらであったのか。
 空からも鳥の姿をしたアヤカシが襲い来る。
 これほどの数を相手にし続けるのは厳しい。しかし村人を連れて逃げ切れるだろうか。少なくとも老人は担がなければならない。母子が動けるかも不安がある。
 だがどんなに身に傷を受けようとも守り続けていた。

 矢が尽きるかとも思えるような勢いで、満天の流星のごとく射ち続けるほとり。幾本もの矢が刺さった鳥がどさりと地面に落ちる。
「虚祁さん達が来たよ!」
 極限の疲労の中に安堵の混じった声。

「アヤカシよ、去ね!」
 祀の構えた弓が紅い燐光を纏う。火の粉のように燐光を撒き散らし、矢が放たれる。
「氷納は逃げたでやすよ」
 泣きじゃくる赤子を抱き締めて身を竦ませた母を抱えて、伝助が突破口を捜す。
 露草と千歳が二人掛かりで老人を抱え起こす。二人でなら走れるだろう。
「朱鷺子、ほとり、もうひと踏ん張りじゃ。香澄、おぬしは一緒に行け。きついじゃろうが頼む」
 しんがりにはわしが残る。その決意がまなじりに現れている。
「祀、援護を頼む。二人は脇は見るな。一点に集中して道を開けるぞ!」
 三人の矢が次々と直線上のアヤカシを掃討する。村人を抱えた者達が走る。
 飛び出した狼を香澄の斬撃符が切り裂く。邪魔はさせない!
 弓術師の背後を狙おうと急降下した鳥を祀が叩き落す。
「翁、危ない!」
 ほとりの叫び。バロンの脇腹に狼が喰らいついた。拳を脳天に叩きつけるが離れない。
「わしに構わんで撃て」
 唇を噛み締めたほとりが精霊の力を宿らせて至近距離から射込む。外せばバロンを貫く事になる。冷や汗が伝う。
 致命傷となる矢を受けて悲鳴を上げた狼が足元に倒れ落ちる。
 脇腹から溢れる血潮。これしきなんのその。
「私達も撤退しましょう」
 唯一至近の敵を相手取れる祀。弓は他の者に任せ、改めて刀を手に血路を切り拓く。
 森のアヤカシの掃討は出直さなければ今は無駄に血を流す事になる。
 前方に松明の灯が見える。先行した者は大分距離が取れたようだ。
「では、いざ」
 新たな狼を射抜き仕留めた朱鷺子が促す。炎を背後に開拓者達は駆け抜けた。

 暗い空から冷たい雫が降り注ぎ始めた。村の炎の勢いが弱まっている。おそらくは自然に鎮火するであろう。
 弔いは、そう生き残った村人を無事に送り届けてからだ。

 隣村へ辿り着き、治療を施しながら生き残りの話を聞く事ができた。
 なんと赤子の母親は、利兵衛と同じ村の出身だという。
 同じように殲滅された村から逃げて縁故を辿って身を落ち着けた先での再度の惨劇。
 赤子は村の者と結ばれて生まれたが‥‥その父親の命も氷納の手によって奪われた。
 老人は生粋の村の者で何の縁も無かったが寝たきりなので放置されたのか。
 状況は開拓者から説明されるまで理解していなかったようだ。
 元々衰弱して天命の迎えを待つばかりだった彼は隣村でまもなく息を引き取った。

 母親は伊津と名乗った。彼女の話では故郷の生き残りは後一人いるという。
 彼女より年少だったその娘は縁者がシノビの里に居た故、そちらに連れてゆき預けた。
 志体の無い子供など食い扶持が増えるだけだと、その縁者は渋い顔をしていたらしいが。
 伊津はその時の事を後ろめたく思っていた。自分が生きる為、足手纏いと彼女を押し付けたのだから。

 次に氷納が狙う場所はきっと――。