凍幻郷 〜序幕〜
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/02 02:42



■オープニング本文

 陰殻の山岳地帯。シノビの里でもなく特産があるわけでもなく、ただ細々と地に張り付いて暮らしている村があった。その中でもぽつんとはずれて民家が寄り添う集落。本村との間には悪天時には通るのも命懸けになるような崖地を挟んでいて用も無ければ行き来する事はない。
 いつ頃から火の手が上がったものか集落の方向に轟々と燃える紅い炎。本村の者達が気付いた時にはそれはかなりの勢いとなっていた。もはや手遅れかもしれない。
 それでも何か出来るだろうか。雪で滑りやすくなっている崖地を村人達は血相を変えて渡ってゆく。

 男が一人足を滑らせて崖下に転落した。あっと思ったが、誰もがそれどころじゃないという状況である。火事にあった集落に意識が焦燥する。崖下に落ちて登ってくるのは一苦労だが遭難するわけでなし、彼の救出は後回しにされた。
 それが、命の灯火の境目となった。

 ようやっと道まで這い上がり、火の手に呑まれた集落に向かうと‥‥鎮火跡には醜怪な光景が待っていた。
 血に染まって倒れた村の仲間達。それを貪り喰らう山狼の群れ。焼け焦げた遺骸に何故か降りた霜。ぽつりと立つ、白い着物の少女‥‥。
「あら、まだ人が居たの?」
 火事が呼んだ強風が冷たい空気をその場にいる者達に叩き付ける。震えるような寒さの中、光を吸い込むような黒い瞳を持った少女は単衣一枚の薄着であるにも関わらず平然とした顔で立っている。
 男は口も利けずただ呆然としていた。これはどういう事だ。停止してしまった心が動き出さない。
「死にたい?」
 ぶるぶると男は首を横に必死に振る。少女――アヤカシ――は口元だけを広げてにっこりと人形のような笑みを浮かべる。
「お腹いっぱいだからいいわ。何処か行きなさいな。‥‥誰にも喋らなければ殺さないであげるわよ?」
 アヤカシの言葉なんて信用なるものだろうか。それよりも今はここから逃げる方が大事だった。とにかく死にたくはない。
 目の前で貪り喰われている村人達の無残な姿が、彼に頑なにそう思わせた。
「誰にも喋らなければ、よ?」
 崩れそうな膝を震わせて逃げる男の背中に、少女の場違いな程の明るさで発せられた哄笑が投げつけられた。


 あれは何年前の冬の事だっただろうか。昨日は酒を飲み過ぎて、ついそれを誰かに語ってしまったような。
 あの時、離れた集落に駆けつけた男達以外はどうなったのだろうか。本村に残っていた女子供や老人達は殺されたのだろうか。
 逃げ出して今は何処かで俺のように暮らしているのか。俺が逃げ出した後、誰も開拓者ギルドに通報しなかったのか。
 鈍痛がする頭に手を当て、久我 利兵衛は朝陽の眩しさに眉をしかめる。
「‥‥っ!?」
 記憶に焼き付けられたあの少女が人波の向こうに立っていた。ここは神楽の賑やかな表通り。小走りに急ぐ丁稚。声を張り上げる物売り。様々な人が忙しなく行き交っている。
 少女の横でこちらを見ている壮年の男は‥‥昨日会ったような気がする。取り立てて特徴も無い外見。はて会ったのは本当に昨日だったろうか、この男だったろうか。
 人波を越えて目が合ったような。ほんの瞬間だけ過ぎった視線が利兵衛に衝撃を与えた。

 心の隅に追いやって忘れようとしていた悪夢が蘇る日々。利兵衛は夜な夜な嫌な汗をかいては恐怖に震える。
『誰にも喋らなければ、よ?』
 あの少女はそう言った。俺は喋ってしまった。

 長屋の戸口の前に一通の文が落ちていた。
『そのうち貴方に会いに行くわ』
 利兵衛が拾った文を開くと、一声鳴いた黒い鴉が屋根から飛び立ち何処かへと去ってゆく。
 文は毎日のように届いた。誰も通行人の居ない、利兵衛が家から用事で出る時を狙ってカサリと紙が土の上に落ちる音がする。そして鴉が同じように鳴いて去ってゆく。
 一行だけ書かれてた文面は届く度に変化していった。
『私のこと、覚えてるかしら?』
『ねえ、会いに行くの楽しみだわ』
『あの時は寒かったわよね』

 ‥‥

『明日』
 たった一言だけ書かれた文を広げた利兵衛の手は凍りついた。今まで悪夢は悪夢でもそれは何処か夢の向こうの別世界のような気持ちがしていた。現実逃避していたに過ぎないと判っていても、そう思い込んで居たかった。
 しかしその幻想は砕け散った。明日、俺の命は終わる。少女が殺しにやってくる。
 もう逃げ場は無くなった。仕事も生活も関係なかった、何もかも放り出した利兵衛は血相を変えて開拓者ギルドに飛び込む。
「た、助けてくれ! 俺は、俺は死にたくないんだっ!」


■参加者一覧
静月千歳(ia0048
22歳・女・陰
虚祁 祀(ia0870
17歳・女・志
露草(ia1350
17歳・女・陰
レフィ・サージェス(ia2142
21歳・女・サ
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓


■リプレイ本文

●待ち受ける者
 よほどの実力を持っていなければ。
 幾年も討伐されずに生き残っているアヤカシ。強いのか‥‥それとも狡猾なのか。
 そう倒しても倒しても、瘴気が沸き続ける限り新たなアヤカシは生まれ続ける。
 人を襲い、退治され、それでも生まれる。
 それさえも逃れ続けたらしきモノが今これからやってくる。守りきれるか。
 静かに閉ざされていた虚祁 祀(ia0870)の瞳が意思強き漆黒を露にして薄汚れた戸と眺める。背後にはひしひしと迫る恐怖に懸命に耐えようとする男。
 久我 利兵衛は自分の弱さを噛み締めている。あの時そのままに放置しなければ。少女が今日という日まで存在を続けていたという事は幾程の犠牲の上に成り立っているのだろう。誰かが何とかしてくれる。そんな甘い展望がアヤカシを助長させたというのに、また今こうやって誰かに頼っている。年若き少女の背中が頼もしく見える自分が余計に情けなかった。

 少しでも日常に還り心の平穏を、とレフィ・サージェス(ia2142)が立ち働く。鄙びた長屋にそぐわない不思議な光景。大層な屋敷の使用人で通用する隙の無い清楚な佇まい。一糸乱れぬ所作で丁寧に入れた茶が配られる。在り合せの食器、欠けた湯呑や茶碗に古びたほうじ茶。それでありながら薫り高く感じるのは彼女が為せる業か。
「緊張しておりますと、いざと言う時に動けなくなりますゆえ」
 迫る緊迫を飲み込み抑制した柔らかな微笑み。メイド服を着こなした女性の振る舞いに利兵衛は一瞬忘我の状態で見惚れる。
「いやこれまた美味しそうな茶っすねぇ。あっしも戴いて良いっすか。利兵衛さんもささっどうぞ冷めないうちのお飲みくださいやし」
 精悍な少年めいた容貌をほころばせて持ち前の口調で和みを誘う以心 伝助(ia9077)。その言葉に利兵衛は我を取り戻す。
「相手もいつ来るかわからないし、アヤカシの話でも聞きましょうかねぇ。いや話したくなかったら別に良いんっすよ。黙ってこうしてるってのも気詰まりかと思っただけっすから」
 話し上手な伝助があちらへこちらへと話題を飛ばして利兵衛から言葉巧みに彼の見た物を引き出す。
 ‥‥年の頃は十か十二か人形のように整った愛らしい顔。黒いおかっぱ髪とやや大きめの同じ色の瞳。服装は最初は白い着物だったと記憶しているが、こないだ見掛けた時は小花模様を散らした紅い単衣だった気がする。背丈は千歳より少し小柄に見えただろうか。顔を覚えていなければ‥‥都では普通に時折見掛ける商家のお嬢さんかなという感じか。

 雨戸を開けて確認したが裏手は人が立つ隙間も無く掘割が際まで迫っている。物売りの便には良いかもしれないが舟が無ければ全く身動きが取れそうにない。
 バロン(ia6062)と茜ヶ原 ほとり(ia9204)は仕方なく奥の部屋に潜み襲撃に備える。
 男一人暮らしにしてもそれでも簡素な荷物。掃除が行き届いているとは言えないが散らかるような物も無く、部屋はあまり狭さを感じさせない。
 閉め切った雨戸の為に薄暗い室内で二人の弓術師はそれぞれの思いに耽る。
(敵の動きや謎の男など、なかなか気になる事が多い‥‥が、先ずは目の前の仕事に専念すべきか)
 少女の姿をしたアヤカシ一人の仕業で済む話とも思えない。今回は撃退するだけの話だ‥‥だがその後は。雑念に振り回されては何のミスを犯すかもわからない。今はただ利兵衛を守り少女を射る事だけに心を砕こう。
 対するほとりは夢見るような瞳をしている。
(遊びで人を殺したり、恐怖に陥れたりまるで人間みたい)
 抑えられぬ好奇心。このようなアヤカシに彼女はまだ出逢った事がない。既に経験していればまた認識を持ったであろう。そこはバロンと違う。
(町に紛れ込むことが出来たり、不思議な事ばかり。利兵衛氏を危険な目にはあわせられないけど、このアヤカシと話をしてみたいな)
 溢れる興味という名の欲求。こんな想いで矢を射れるだろうか。
 揺れる心を読み取ったのか、バロンがその肩に長い年月の風塵に鍛えられ乾いた小麦色の手を置く。
「依頼の事だけを考えるんじゃ」
 厳しい声音と温かい眼差し。穏やかながらにほとりの光の加減によっては赤みがかっても見える茶色の瞳を真っ直ぐに射抜く。
 唇を噛み締めて頷く。その姿はまるで父と娘、それとも師と弟子か。同じ弓持つ者として通じる何かが、ほとりを導く。

 張りつめた緊張が切れそうな程の時間が過ぎる。

 通行人を装って待つには長すぎる時間。途中焼き芋売りが来たりしてのんびり食べたり時間を潰したが、それも食べ終わってしまえば間が持たない。
 下町の長屋。見慣れない顔が長く滞在していれば住人からも妙な目で見られる。あまり不審を買えば、少女が現れる前に異変を察知されてしまうだろう。
 静月千歳(ia0048)と露草(ia1350)は仲睦まじくお喋りに興じる娘達に見えるが、時折目配せを交わす。その腕には仲間の為に買った芋が抱かれている。
 それももう冷めてしまった。
(もしかして、察知されてしまったのでしょうか‥‥)

 夕暮れ時。少女はまだ現れない。
 長屋の住人も煮炊きを始め、美味しそうな匂いが路地に漂う。
 鳴き声を上げて空を舞う鴉。
 ありふれた光景だが、もしやあれは少女の手の内なのか。焦燥が開拓者達の胸を伝った。

 裏手の水路に浮かぶ小舟。何かの荷物であるかのように布で覆われた下に新咲 香澄(ia6036)が隠れ潜んでいる。 待ちくたびれた身体に、布の下まで伝わってくる辺りに漂う匂いが恨めしい。
(お腹空いたな‥‥でも、絶対‥‥しっかりと守ってあげるんだからっ)

●誤算と僅かな本気
 夕餉も済み人通りも絶えたかのような路地。例え通行人が現れたとしてもすぐにそれとはわからぬよう気配をできるだけ抑え物影に佇む千歳と露草。
(野犬‥‥!?)
 四匹も。このような街中に不自然だ。匂いで気付かれてしまうだろうか、しかし今動けば待ち伏せが台無しになる可能性。
 懐に隠した小太刀を握る露草の手に冷たい汗が滲む。
 吼えられたら周囲の住人の注意を引く。それが狙いなのか。
(仕方がありません‥‥)
 黄昏の薄闇で見交わされる二対の瞳。やるなら一気に静かに殲滅すべし。そっと符を手に取る。
 毒や呪縛では吼える暇を与えてしまう。四匹同時に一撃で始末できるだろうか。
(――行きます!)
 半歩の間を置いて野犬へと飛び掛かる四体の式。
 一瞬にして魂を砕かれ地に倒れる二匹。悲鳴を上げる間もなく血塗れに切り裂かれた二匹。
 アヤカシではなく、ただの飢えて衰弱した野犬だったのか。操られたなら主は何処に。
 その時裏手で――。

 松明を掲げた一艘の小舟。このような時間に何者か。その瞬間が来たと緊張に身を硬くした香澄。裏手から来たのは誤算だったか‥‥だがぎりぎりまで護衛の存在には気付かせたくない。立ち上がる時を計って伏せた状態のまま堪える。何とか知らせたいが‥‥閉め切られた雨戸の向こう、長屋を挟んだ表に今知らせる手段は無い。
「邪魔ね」
 幼さも感じるような甘みがかった、だが突き放すような冷たい娘の声。舟を蹴られた衝撃。布の上に放り込まれた明るく熱い‥‥。
 炎が燃え移る布。香澄が立ち上がり舟が小さく揺れる。
 燃え広がる紅い灯火に照らされた漆黒の着物に羽織を纏った少女。気分を害したような表情を顔に浮かべながらも淡々とこちらを見る‥‥吸い込まれるような漆黒の闇。
 心を奪われたような呪縛に身体が動かない。囚われた瞳は瞬きすら奪われた。熱い火焔が舟の木材を舐め始める。
「これ以上‥‥近寄らせないよ!」
 少女が雨戸に手を掛けた。出遅れて解けた呪縛。必死で振り絞る声――。

 ガタンと開ける視界。弓を構えたバロンとほとりの目に映ったのは‥‥。
 獣のように飛び込んでくる漆黒の影。その後ろには炎が舐める小舟。アヤカシの後を追うように身体を部屋に転がり込ませ、焦げた匂いを発する袴の裾を叩く香澄。
 漆黒の影に射られる二本の矢。対岸の屋根に待機していた鴉が急降下するのを咄嗟の機転で雨戸を閉じて締め出す。再び暗闇に閉ざされる部屋。僅かな隙間から紅く揺れる光が射し込む。

「表から‥‥」
 武器を構え利兵衛の三方を固めていた者達は頷き合う。
 異変を聞きつけた露草と交代して祀が利兵衛の傍に付いたまま外へと向かう。間の襖を開けるのは利兵衛を逃した後だ。

 薄闇に黒い影がばさりとバロンへと飛び掛かる。再び二方より射込まれる矢。そして香澄の式。だがそれは目くらましで少女は隣の部屋と仕切られた襖を開けていた。
 射落とされたのは彼女が纏っていた羽織だ。目前に待ち構えたレフィにかまいたちのような鋭い氷の刃を撃ち放つ。返される攻撃を潜り抜け伝助に次の手を翳す。
「シノビ奥義、祟魅還し!」
 瞬時にして立てられた畳に少女の手から放たれた氷柱が砕け散る。これは陰陽師が使う業と同じ物だ。ただ自らが瘴気からなっている彼女は陰陽師のように媒体を必要とはしない。
「説明しよう!‥‥なんて暇はないっすね」
 第二撃をまともに喰らえばただでは済まない。少女が仲間の射撃の的となりやすいように素早く退避する。
 振り返り様のレフィの攻撃。少女の動きが早かったというよりこれは不運か。かわされてしまう。
「ほとり、合わせい!同時に射るぞ!」
 弓術師のつがえた矢より先に露草の毒蟲が少女を襲う。効いた兆候は現れなかったが、ほとりの矢が脇腹を掠め、軌道が捻じ曲げられ命中したバロンの矢が肩を深々と貫き鮮血を滴らせる。

 壁を背にした少女が刺さった矢を引き抜き、開拓者達の姿を憎々しげに見やる。
「あの人と遊ぼうと思ったのに‥‥だぁれ貴方達?」
 鎧袖で肩を守った所々切り裂かれたメイド服。身長を遥かに超える長柄の斧。そんな出で立ちのレフィが仲間を守る壁となるべく彼女の前に立ちはだかる。
 さきほど受けた氷の刃が効いているが平然を装う。何度も喰らえる代物ではないが‥‥。
「名前を聞くのなら先に名乗るのが礼儀じゃございませんか?」
「ふん、名前?そんなのただの記号じゃない。ヒナよ、氷を納めるって書いてヒナ。それで満足?」
「私はメイドのレフィ・サージェスと申します。氷納様ですね。申し訳御座いませんが、これ以上の狼藉は阻止させて頂きます」
 アヤカシ相手にもご丁寧にお辞儀をするレフィ。答礼をするような可愛げは氷納にはなかった。肩の傷が存外効いている。
 入口へと身を翻す氷納。再び繰り返される開拓者の攻撃。
「貴方達なんかと遊びたくないわよっ!」
 捨て台詞と共に瞬時にして視界が白く染まる。嵐のごとく叩きつける無数の氷の粒が室内に居る者を襲う。狭い屋内で放たれた強力な術に苛まれる開拓者。
 苦悶に膝を落としたレフィ、伝助、ほとり。自らの痛みも省みず治癒符を施す露草と香澄。一般人なら一撃で死に至ったかもしれない程の‥‥利兵衛を逃していなければ怒りに満ちた氷納の攻撃は危なかった。

 氷納の後を追うバロンを、打撃から立ち直った伝助がシノビの脚で追い抜く。
「追いたいですけど‥‥」
 表に回り込んだ鴉は既に追い払ったが、利兵衛の傍を離れるわけにはいかない。油断はならぬ。
 祀は弓で、千歳は符で、それぞれに援護射撃を飛ばす。

「しつこいわ」
 氷の刃を放つ為に足を止めた氷納。直撃を喰らった伝助が姿勢を崩す。
「霊魂砲が効かない!?」
 呪縛符も。斬撃符には少しは血を流している。式の力よりも彼女の方が遥かに上なのか。着物は裂かれ無残な姿になっても尚、氷納は冷たい目を向けて立っている。またも刺さったバロンの矢に歯噛みして唇は歪んでいる。
 騒ぎを聞きつけた近所の者達が外に飛び出してきた。氷納がその人影に紛れて走り去る。これ以上の続行は危険だ。彼女が反撃すれば確実に‥‥。

●再逅へ燃やす闘志
 混乱を収め辿った血の跡は途中で途絶えていた。仲間が居れば途中で止血を施すなり何かできたのだろう。それに瘴気で出来た血は時間が経てば消える。
 相手が利兵衛一人を弄ぶ目的でなかったら、このような街中でどれだけの被害が出た事だろうか。
 氷納という名は今まで表に出てきた事は無かったが、思っていたよりもかなり位の高いアヤカシなのか。
 その気になれば利兵衛の故郷のように村を壊滅させるくらいは簡単にできる実力はありそうだ。
 それでは面白くないというのか。だったら次は何をするつもりか。
 何か起きてからでは遅い。氷納を追ってこちらから出討たなければならない。
 居場所を知られた利兵衛はもうここに住んでいるわけにはいかないだろう。

「大丈夫‥‥氷納を倒すまでは、絶対守ってあげるよ!」
 香澄が蒼い顔をしている利兵衛の手をしっかと握る。
(そこらのアヤカシくらいに簡単に倒せると思ってたけれど‥‥ボク達が強くなれば絶対いつか勝てるはず!)
 まだ駆け出しといえるほとりも強く頷く。
 もう一度攻撃を受けていれば死に至ったかもしれない。あの強烈な氷の嵐に見舞われた時の恐怖。それは伝助も同じだ。情報収集に長けた回る知恵と軽い身のこなし。歴戦をこなした開拓者と並べれば身体はそれほど強くない。正面からやり合うのは避けたいところだ。嵐の打撃を完全に回復して尚、再び受けた最後の一撃が身を苛んでいる。
「肉体はそう強靭でもなさそうじゃがの」
 バロンが手に握った弓を見る。レフィも直撃させる事さえできればかなりの打撃を与えられそうな手応えは感じた。
 次に邂逅する時は単衣一枚という事はないかもしれないが。
「必ず倒そう‥‥どこまで人を蹂躙すれば‥‥」
 作戦が表から来た場合のみの想定だったので、刀を振るう機会は逃したが。利兵衛を守りきるのに今回は専念した祀。次まみえる時は刃でその瘴気を切り払ってくれよう。
 動きを鈍らせる術を次々と抗い破られた千歳と露草。強力なアヤカシに対して何か手立てはあるはずだ。式の使い方はそれを引き出す者の業に掛かっている。

「まずは身体を休めましょうか‥‥その前に部屋もひどい事になっているでしょうね」
「目の前の事から始めましょう」
 氷納を追う戦いはそれから始まる。