堕旗 〜新たなる出発〜
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/05 13:44



■オープニング本文

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 世界を巡る大きな戦いは、遠い遠い。自分にとっては途方もなく遠い世界の出来事のようで。
 それでも市井を伝ってくる諸話は小さな『家』という世界にも、変革を意識させた。
 夢、過去の悪夢に捉われた世界から。立ち上がり。
「親父殿」
「うむ、かかって参れ」
 板張りの床に端座し瞑目したまま、平素の声で応える壮年の男。
 対して抜き身の真剣をだらりと片手に携えた若い男も、表情は口元こそ引き結ばれているものの眼光は柔らかい。
 気声も上げず、筋の動きも最小限に。首筋を目掛け疾く流れた風の先で、きぃんと耳障りな音が弾けた。
 座位の男の掌には逆手に構えた小さな懐刀。拳の節が僅かに喉元に食い込むような位置で静止している。
 その反対側には立位の男が既に返し放った白刃の平が冷たく添えられている。
「よろしい。これで私も迷いは無い」
 その言葉に若い男はすっと後ろに下がり、立会の為に分道場より戻っていた古参の門弟に刀を預け。
 袴の裾を払い正座して父の開目した温かな眼差しをまっすぐ見つめ返してから。両手の指を揃え、深々と頭を下げる。
 旗乃宮流後継者たる双璧が一人、在真(ありまさ)。弟、在由(ありよし)よりしばし暦遅れての跡目承認。

「さあて、在由。これから忙しいぞ〜」
「兄上……重いですよ。そんなに体重を預けては一緒に倒れてしまいます」
「いやもう腰が砕けそうだ。俺ああいう固い空気は苦手だってば」
「何言ってるんですか、これからは兄上もそういう場では厳しくしないとですよ」
「やだ、お前に任せる」
 まだ成長期で上背の負ける弟を潰すように座敷へと転がり込んで、そのまま体術の鍛錬がごとく組み合う二人はまるで遊び転げる子供のよう。
 アヤカシに傷められた身体は長い苦しみと修行の末に、傍目にはそうと知らねば意識されぬ程までに回復を遂げていた。
 何よりも、父が家庭人として師範として、再び精悍な姿を見せるようになったのが二人の心を舞い上げて瞳を明るくさせていた。
 母との仲も睦まじさを取り戻し。古き膿は流れ去ったかのように思えた。

 一門の正式披露が済んだら隠居の身となるが、かつて宮仕えの伝手より東房の復興を手伝わないかと誘われ。
 夫婦水入らずで新地に渡り、勉学を求める子供達の養育の場を整えるという。
 元より教養高い在実(ありざね)だけでなく冬華(ふゆか)も共同経営の師として支えるべく最近は遅くまで書斎に添い支度に励んでいる。
 その合間には、当面男所帯となる二人の為に簡単な繕い物の運針や健康を考えた献立の伝授等、息子達と過ごす時間も頬を緩めて。
 万事真面目に取り組む在由と、風来中何でもとりあえずはやってきた適当加減の在真の個性差。どちらも愛して。

「金子の計算、これで合ってるか? 在由、検算してくれ」
「兄上、途中で居眠りしたでしょう。途中でミミズが這っていますよ」
「そこは飛ばしてくれ。次の紙でやり直してるから」
「菓子も食べたでしょう。粉が」
「気にするな」
「父上に見せられませんよ、これでは」
「だからお前が清書してくれよ」
「まったく……」
 披露の式次第は現当主の在実が定めた内容だが、それにかかる金子は次期道場主として把握しておくよう自分でも計算してみなさいとの達し。
 開拓者を呼ぶというのは意外ではなく、むしろ嬉しい事。ただ招待ではなく依頼というのには少し驚いた。
 武道としての一門だけではなく門弟は全て、手習いに来ている子供達とその親御も披露の場に招待する。
 終日全員に立会を願っては道場は狭すぎるが、そこは二部に分けて。子供達の師でもあるのだから彼らも二人の晴れ姿を見る権利がある。
 ただ武張った内容だけでは子供らや町場の者には退屈に過ぎる。開拓者には彼らのもてなしを手伝って貰いたい。
「せっかくだから子供達の手習いの成果も道場の壁に展示して……って親父、全部混ぜ過ぎだろっ」
「東房へ出立の挨拶までも兼ねるのは、改めて別に行なうのはもしかして照れ臭いのではないのですか」
「それは有り得る」


 当日の次第を書き並べてみるとこうだ。

 昼の後よりお八つの頃合までを子供達と親御への披露とする。
 座して挨拶口上から始め、やっとう習いの子供達の試合。
 祝いの紅白餅に茶や飴湯を振る舞って、開拓者の余興を楽しんで貰う。
 その後、木剣による演舞を師範、師範代で執り行う。

 夕刻より門内に篝火を焚き、一門を集めての旗乃宮流後継の儀を行なう。
 開拓者にも立会人として列席を願い、真剣による流派伝授を披露。
 人数も居る事から、貸し座敷に場を移しての酒宴となる。


「爺さんの頃の門弟も来るって、俺ら顔も知らないよな」
「隠居されて久しいでしょうけど、貴人随伴の警護もされた士分の方達ですよね」
「そうだよな、親父だって元天護隊だし。きっと背筋ぴんしゃんしてるんだろなぁ……」
「母上が気疲れされないと良いのですが」
「今の親父ならしっかり守るさ。じゃなかったら俺が殴る」
「私も……よろしいですか?」
「親父を信じようぜ」
 ぽんっと手を乗せる代わりに在由の頭頂へ剥きかけの蜜柑を据える在真。
「兄上っ!!」
「ほらほら落とすようじゃ精進が足りないぞ〜。……むぐ」
 頭上の丸い物体を落ちぬよう姿勢を直し、と同時に、自分の手元から一片を在真の口元へと突き入れた在由。
 鋭くも流れるような美しい所作であった。 


■参加者一覧
月代 憐慈(ia9157
22歳・男・陰
明夜珠 更紗(ia9606
23歳・女・弓
ベアトリクス・アルギル(ib0017
21歳・女・騎
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲


■リプレイ本文

「まぁ皆様、お忙しいのに足を運んで戴きまして。本当にありがとうございます。本来なら当主と息子達と共にお迎えするところですが、家のしきたりでごめんなさいね」
 出迎えた冬華の笑顔が真に明るく。それぞれにまずは彼女へ祝儀の言葉を口にして、久方ぶりの挨拶を交わす。
 恩義深い開拓者達がこうして晴れの場に訪れてくれた事に、手伝いなんて申し訳ないのだけれど……と頭を何度も下げるのを押し留め。
「気遣いは無用ですよ。聞けば餅付きなど体力の要る仕事もありますし、冬華様一人では手に余りましょう。何なりと、申し付けて下さい」
 生真面目な姿を暖かな外套に包んだベアトリクス・アルギル(ib0017)が、さて段取りは中で聞きましょうかと素早く水を向ける。
 軒先の立ち話には冷えきってしまう季節だ。それにやらねばならぬ事も多いだろうし、まずは働きやすい格好に着替えねば。

(……なんだか、以前来た時よりも人だけでなく屋敷も明るくなった気がするな)
 調度も様子もかつて訪れた時と全くというほど変わらぬが、磨かれた廊下の板も白い襖も、どことなく喜びに輝いて見える。
 口元に微笑みを湛え、明夜珠 更紗(ia9606)は艶やかな着物姿で邸内を歩みながら懐かしく目を向けた。
 きっと時が家族をより強く結び付けたのだろうと、そう信じたくなる。
(男子三日会わざれば……なんて言うが、さて。その上、在由はまだ育ち盛り。見違える姿だったりしてな)
 きっちりと閉ざされた兄弟の居室に通ずる襖をちらりと横目で見て過ぎ、月代 憐慈(ia9157)がそのような事を思う。
(俺の方も……まぁ、この二年の間に色々あったか)
 旗乃宮の家と関わった頃にはまだ護大と戦うなんて話も無かったし、強大なアヤカシ達により未来も見えなかった時代がこれから新たな節目を迎えようとしている。

「流石にドレスで来る訳には行かなくてな。とは言え、天儀の礼服は分からない。これで勘弁してくれ」
「とても素敵です。場に相応しいと思いますよ、武門ですからきっと華美は好まれないでしょうし。私は巫女ですので普段通りの格好ですよ」
 冗談めかして付け加えた繊月 朔(ib3416)の口調に、ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)の唇が綻ぶ。
 今は準備作業で汚さない為に、別の服を着用して袖も襷を掛けて纏めてある。朔は台所方面を中心に手伝う予定だ。

 既に台所の裏手には、茣蓙を敷かれて木の臼が鎮座している。力の要る物だから、前日のうちに兄弟で用意したのだろう。
 通いの道場であるから、台所は普通の所帯と変わりない。竈もひとつで開拓者の来る頃合に合わせて蒸かした餅米はまだ一部に過ぎぬ。
 たいした打ち合わせはせずとも開拓者達の息は合っていて、てきぱきと冬華に時々指示を伺いながら進めてゆく。
 更紗とベアトリクス、朔の三人で紅白餅の製作を担う事にし、憐慈とゼスは来客を迎え入れる為に表近くに控えていた。

 楽しみを待ちきれないやんちゃな子供が、急かすように親の手を引いて早くもやってくる姿が微笑ましく。
 路地から響く騒がしい声に、充分に防寒を施しながらも美しさを併せ持つ外套を羽織り、ゼスは外へと迎えに出る。
 普段見慣れない人影に戸惑いながらも好奇心一杯で、親と繋いでいた手を離して駆け寄る子供。
「うわー、にーちゃんもこの道場の人? すげー、かっけー!」
 男に間違えられるのはよくあるので、今更苦笑が浮かぶ事もない。
 以前だったら近寄り難い雰囲気に躊躇されたかもしれないが、家庭を持ったせいかどことなく柔らかみを帯びている。
 慌てて追ってきて平身低頭する親御に自分は手伝いの者である事を告げ、憐慈の居る記帳受付へと取り次ぐ。
 展示も施した道場内の趣向や本日の諸注意は、話し上手な彼が大人にも子供にもわかりやすく説明してくれる。
 そのうち年長の子らもやってきて、凛々しく礼儀正しく普段の道場の空気を伺わせる。中には大人びた祝辞を受付で述べる者も居て感心させられた。

●門弟披露
 在実の挨拶口上から始まり、子供達の賑々しい木剣試合が恙無く。
 全員に茶菓が行き渡った頃合を見て憐慈が飄とした軽い足取りで中央に進む。閉じた扇を手にしただけの軽装。
 憐慈は慣れた仕草で裾を払い座すと、タンッと小気味良く扇で床を打つ。
「拙い芸ではございますが、しばしお時間を頂戴いたします」
 講談の初っ端は、子供達が胸躍らせる冒険の展開でアヤカシとの前哨戦から天の塔へ至る群像劇から。
 護大に纏わる物語は時節柄人気の演題。直接関わった開拓者も多く、様々な視点から演者によって個性的な切り口で語られる。
 今日話すのは自分なりに体験と後で知った見聞も交え編んだオリジナルの講話。
 聞き手が自分もその物語に感情移入するのを妨げない滑らかで途切れない語り口。ぐいと引き込むツボを押さえた演出。
 でも本当に聞いてほしい知ってほしい主題はここからが本番。護大は最初から強大な存在だった訳ではない。
 観衆たる客人達も茶菓を楽しみ終えた手を膝に置き、皆がひとつになって聞き入っている。
 柔らかな春を思わせる素朴な音色が、更紗の指先で紡がれ奏でられ。憐慈の声にしっとりと添う。
 ここからは開拓者ではなく護大というひとつの生命を中心に小さな世界を追ってゆく。
 夢が終わる。砕け散ったのは世界ではなく、捉われていた悪夢。
 学んで吸収して成長していくのは世界も人も同じこと。新しい時代は始まろうとしている。

「この家皆様の将来を祈念して舞を舞わせていただきます」
 巫女袴姿に束ねた金色の長い髪を後ろに流した少女が艶やかな着物姿の女性を従えて、立つ。
 扇を手にした朔と、オカリナを手にした更紗。このオカリナは両親の想い出を形に残す大切な品。
 滑るように歩を進め、時には静。四方を巡るように春の音色に乗せて、軽やかな扇舞を魅せる。
 少し距離を置いて、更紗もゆったりと歩み舞行列の奏者のように控えて引き立てる。
 無表情に人形のごとく端座した在実の前を過ぎる時、精悍な頬はそのままに瞳が瞬時和みの光を帯びたのが映った。
 口を開けかけて慌てて引き締める在真。憧憬の眼差しを輝かせる在由。隅に控えた冬華の幸福に満ちた微笑。
 音色はゆりかごのように優しく優しく揺れる。新しい朝、麗らかな陽射しの温もりが感じられる旋律へと。
(家族にこの先幸あらん事を……)
 深い祈りを込めた息吹をオカリナへと注ぐ。中央へと位置を戻した朔がひらりと柔らかな弧を描いた扇を胸に戻し、そっと閉じる。
 一礼。息を止めるように見蕩れていた家族達がわっと拍手する。

 その後、在実が在真、在由を相手に木剣を激しく打ち合わせ、汗が散る大立ち回りの迫力に満ちた演武。

●後継の儀
「一門の方へのお運びは任せてください。歴々へのご対応は冬華様が顔を出された方が良いかと思います」
 ベアトリクスのそっと背を押す言葉にぎこちなく頷く冬華。向き合うと決意はしていても、古い門人相手は腰が引けるのだろう。
「すまぬが、冬華に付き添ってやってくれないか。私も息子達も身支度を直したらこの後また部屋で黙想せねばならぬ故」
「おや在実殿。いや失礼、師範殿。こちらに足をお運びとは水をご所望ですかな?」
「口を濯ぎたいので、柄杓に一杯と空茶碗を用意願えるか。在真と在由にも頼む」
 予期していた以上に熱が入ったのだろう。汗が頬を伝った痕が残る。
「私が行きましょう。冷たいおしぼりも一緒に持っていきますね」
「かたじけない」
 水差しも取りだして、盆の上に一式を手早く揃える朔。冬華と目を微かに合わせた更紗が手拭をざっと掴み井戸端へと走る。
 妻が手ずから世話を焼きたいだろうと察しての事。水を汲んだ柄杓を渡し、茶碗を手に控えた彼女から不安の気配が消える。
 戻ってきた更紗から手拭をひとつ受け取ると、一礼して歩み去る背中。かつては見られなかった家族を思いやる頼もしさが感じられるのは気のせいだろうか。
「では、私も着替えてきます。失礼を」

(『師範代 青柳上総』か……)
 披露の場に立ち会う一門及び特別立会人の名を記した木片を設置しながら、ひとつの名前でゼスの手が静止した。
 既に世を離れた男。此度の騒動で破門除名され狂気の身をアヤカシに堕とした男。桜の季節が瞼に蘇る。在真はあの時の言葉を覚えているだろうか。
(……見ているか上総、呪縛は終わったのだ。この道場はまた大きく変わろうとしている。おまえも高潔な旗乃宮の士だったのだろう。気高い心を取り戻して見守ってやってくれ)

 幾度も盆を手に茶菓を運び、また饗応の皿を下げる忙しなさに追われる裏方仕事。
 冬華に嫌味めいた意地の悪い挨拶をする古い門弟も中には現れたが、助け船を出すまでもなく冬華は毅然とした態度を保ち。
(そーいや、息子らの事で一時弱気になっていたから忘れてたが元々は結構きつい気性の人だったかな)
 既に暮れきった屋敷の外では煌々と篝火が焚かれていた。開拓者達も列席の座に着かねばならぬ頃合。
「此度、旗乃宮流の新たなる時代の礎に多大なる貢献を戴いた開拓者の諸兄に見届けを願う事とした。皆の者、心して同席するように」
 当主の威厳ある言葉の響きに、一座の注視が五人に集まる。
 嫡流三者の立つ上手の両脇を固めるように、スーツ姿にランスを手にしたベアトリクスと着物姿に長弓を手にした更紗が向かい合う。
 正座せねばならぬ事もあり、重装は座敷に残す事にした。両衛の釣り合いとしての見栄えもある。
 その左右に、憐慈、ゼス、朔と並ぶ。
 一門の男達は序列順に中央を広く空けて並び、白の袷に紺袴、腰には武士の魂が揃う。末席には家紋だけが描かれた黒留袖姿の冬華。
 白刃が煌く真剣による流派伝授は座位によるものが大半で、先の大立ち回りから見れば非常に地味にも感じられる。
 だが呼吸を間違えれば相手の命を落としてしまう可能性だってある。それを内に閉じ込め、三人は凪いだ水面のような穏やかな瞳で刃を交わしていた。
 誰もが一期一会の面持ちで、まっさらの巻物に粛々と署名の筆を流してゆく。
 その最後に彼らの名が並ぶ。
 月代 憐慈。明夜珠 更紗。ベアトリクス・アルギル。繊月 朔。ゼス=M=ヘロージオ。
 大切な人々。新たなる旗乃宮の系譜にきっとずっと語り継がれていくであろう開拓者の名だった。

●祝賀の酒宴
 堅苦しい挨拶は抜きで、と。乾杯の音頭を終えるなり先手を打った在実が妻と添って自ら酌をして回る。
 耳打ちされた在真は在由を連れて真っ先にと開拓者の元へと徳利を提げてやってきた。
「まあまあ座って。親父達は爺様方の相手で膝を交えに来るのが遅れるけど。無礼講だから寛いで」
「最後までご面倒掛けてしまいましたけど、本当にありがとうございました。兄上、お礼くらいはきちんと!」
「なに気遣いは無用。在由も膝を崩して一緒に食べろ。……もう心配は要らないようだな」
「お陰様で。皆さんと逢えた事が何より糧になったと思う。俺も家の為にしっかりしなきゃって活が入ったし」
「たくさんお見苦しい姿を見せてしまいましたけど」
「何たって、命の恩人だしな。一生何かあれば一番に顔が浮かぶ」
「まだこの先、私達では及ばない出逢いがありますよきっと。でも今後も仲良くしてくださいね」
「そうそう」
 と、朔の何気無い言葉に更紗が思いついて、からかいの表情を浮かべる。
「まだ嫁取りが残っているんじゃないのか? もう良い女性は現れたのかな」
「うわっそこ来る!? そっちこそどうなのさ、えーと既婚者居たっけ?」
「俺は新しい家族に巡り逢えたよ。養子も迎える事になってそちらは既に共に暮らしている。ああ、姓はまだだが変える予定だ」
「えっ、ゼスさんが!?」
 二人にはまだ未来の嫁の姿もまだ見えないようだが、家庭をいずれ持ちたい願望はあるのか興味に目を輝かす。
 男装に近い端正な居住まいも口ぶりも変わらぬが、小さな笑みは以前より浮かぶ機会が増えた。
 箸や杯も進めながら、和気藹々と互いの近況を交えた歓談が進む。
「おめでとうございます、いやいいなあ」
「在真と在由はどんな女性が好みなのだ。何だったら立候補してもいいぞ?」
 もちろん冗談だが、酒気のノリである。しかし艶やかな乙女姿の更紗にそうも言われれば、どきりとする。
「更紗さんみたいな人が……っていえそんな高望みはしないっすよ。俺より強いもん。でも活発な人がいいかなあ」
「わ、私ですか。いやその」
 俯いてしまった。こちらはまだまだ、というところだろうか。

「在実殿。お疲れ様でございます」
 巡り終えてこちらを向いた在実を見つけ、立ち上がる憐慈。どうぞこちらへと一献傾ける。
 失礼ながら正直ここまで見事に持ち直すとは思ってなかったと本心を告げる。今なら彼は正面から向き合えるだろう。
 在実は言う。詫びが必要なのはこちらの方だと。よく見捨てずに付き合ってくれた。
「私の弱さが家族を余計に苦しめてしまった。本当は貴殿達がしてくれた事を為すべきで、全てに背を向けていた」
「もどかしくは思いましたよ。あれだけの騒動で当の御仁が知らぬふり。ま、過去は過去。見るべきは未来」
 先の講談の下りで尋ねたい箇所もあったようで、その先は妻と共に、広い見識の勉強会とやや趣が変わる。
 アヤカシの蹂躙から復興を遂げる東房で学び屋を開く夫妻に。子供達が喜ぶような小噺も披露し。
「そのうち俺の十八番が、旗乃宮の兄弟噺になんてね。さてちょいと二人に発破かけてきますか」

 土産の清め酒を手渡され貸し座敷も暇を告げる頃合になり、星空の下で別れを告げる。
「おまえ達の未来に」
 ゼスの掌から枝垂桜の簪が、在真と在由それぞれに一挿しずつ手渡される。
「桜が花咲く季節が巡る度、新しい歴史は刻まれていく」

「ありがとうな」
「いえ私の方こそ旗乃宮家の皆様に心より感謝しています」
 ひたと漆黒の瞳をまっすぐに合わせ、ベアトリクスは気負いを削いだ静かな声で告げる。
 私もある意味、過去にずっと縛られていたのを何処か貴方達に重ねていた。
 ただ栄光を取り戻す事だけが目指す道であると、唯一の正解であると。
 それぞれの想いを持ち、ぶつけあい、求めあい。家があって人があるのではなく、人が集まって家がある。
 皆様を見て、他の事にも目をむけられるようになった。
「貴族に返り咲く事を諦めた訳ではないですが」
「そんな俺達なんて、自分の家の事ばかりで迷惑かけていただけなのに。でも応援してるよ、ベアトリクスさん」
「もし良ければビーと呼んで戴けますか。これからも友として」
「そんじゃ、ビー。俺が言うのもおこがましいが、お互い家の再興がんばろうな」
「ええ、がんばりましょう」
 力強い握手。一度は奪われて取り戻した力が、しかと伝わってくる。

 彼らの歩みはこれからも続く。ひたと絶え間なく巡り訪れる未来を見つめて。