|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 早朝、色が変わりゆく空には薄白い月。 枕元に母が用意してくれた道着に身支度を整え、井戸の端へ出た旗乃宮 在由(はたのみや ありよし)は天を見上げた。 深々と爽やかな空気を吸い込み、縄をしかと両の掌で握る。腹の腑に力を込めて。 (この程度の事も……いえ、ひとつひとつ私は鍛えなおさなくては。諦めてはあの方々に合わせる顔が何処にありましょう) 水を一杯に湛えた木桶が姿を現すまで、幾度も幾度も。滑り落とさぬよう慎重に引き寄せる。 アヤカシに奪われた筋の力は、努力なくしては戻らない。努力で戻るのなら幸せと思う事にした。 開拓者達が救ってくれたから、今の自分が存在するのだから。命すら無かったかもしれないのだから。 来る日も来る日も、在由はたゆまぬ努力を続けた。 屋敷へ戻った頃は、布団の上でうつ伏せになり自分の身体を腕で三十数える間支える事すら叶わなかった。 壁のない場所を一人で歩くのも不安になるくらい、脚が自分の脚でないかのような感覚だった。 あれより屋敷の外に出ていない。 兄上は敷地内で在由と同年代の門徒達と顔を合わせているようだったが、在由は彼らにも顔を見せていない。 この姿を見せて、どう過ごしていいか判らなかった。 今まで通りと言われても彼らは気にしないと言われても、思考だけがぐるぐると廻り、呼吸がおかしくなる。 兄上も母上も、無理はしないでいいと慰めてくれた。それが余計に悔しくて涙が止まらなくなった。 早く、早く、誰にも心配を掛けぬようになりたい。心だけが逸り、それがまた呼吸をいけなくする。 重い木桶を地面に降ろすなり胸を抑えて膝を折る在由。 駆け寄ろうと庭へ降りようとした冬華の肩に在真(ありまさ)の手が触れた。 「呼吸が乱れただけだ。母上、在由は自分で立つ」 在真も身体の状態は弟と変わらない。 屋敷内を歩く程度なら支障はないが、駆けようとすれば筋が悲鳴を上げる。 重い物を持ったり急激に動かそうとすれば腕も鈍い痛みが奔る。 水汲みひとつでも在由は歯を食い縛る状態だろう。表情に出すまいと懸命に堪えているが在真にはよく判る。 呼吸を整え立ち上がった在由に陽気な声色で手を挙げる。 「おーい、今日は道場出るか?」 悲しそうな顔が返事だ。まだ無理か、しょうがない。 「兄上……」 「気にすんな。それも立派な鍛錬だぜ。俺さぼってばっかだからな〜。代わりに頼んだぞ」 「はい、水汲みはお任せください」 兄の心遣いが嬉しい。道場へ出ない代わりに屋敷内の雑事は在由が主に手伝う。 自分にも役割が与えられ、何かできるという事が今は在由の気持ちの支えになっている。 「あんまり気合入れて廊下ぴかぴかに磨き過ぎるなよっ。俺、昨日こけそうになったんだからな!」 兄上も母上も優しく笑っている。在由も頬が綻び笑った。自然に笑顔になれた。 「在真さま、おはようございます!」 「おう、みんな顔揃えてるか。誰も寝坊しないのか、偉いな」 「今日は武術のお稽古ですよね。宜しくお願いします」 道場の子供達には、事情はともかくとして事実は全て包みなく話した。 賢い子達だし、隠し立てするのはかえってよくないと在真は思い。 大人達の噂話も理解できる頃合であるが、それに振り回されない聡さを彼らは持っている。 在由が自分から会いに来るまで待っていて欲しいという言葉を、素直に受け入れてくれた。 本来、この道場の師範は当主である在実だが。在真が願って今は師範代として指導を務めていた。 算術は書写は苦手な方で、子供達から逆に指摘を受けたりする事もあるが、それもまた楽しかった。 「木刀の正しい持ち方はもう覚えたな。今日は一人ずつ俺に打ち掛かってこい。型は何でも構わん」 「……大丈夫なのですか?」 「寸止めできなかった奴は、罰として素振り百回!と、おやつ抜きだ」 「うわぁ〜、百回やった上にそれはきついや」 「俺はまだ避けられないんだからな!お前らの振ったくらいでも木刀はすごく痛いんだぞ」 「在真さま動かないでくださいね〜」 「さあ、それはどうかな」 楽しそうな声が道場から聞こえる。痛みを感じつつ雑巾を固く絞り、在由は廊下の節目を見つめる。 自分はどうしてもこうも未熟なのだろう。兄上は同じ状態なのに、以前と変わらず明るく振る舞っているのに。 「励んでいるな」 「……父上」 「在真の指導を見物してくる。終わったら書斎は好きに入って構わぬから好きな物を読むといい」 「はい、ありがとうございます」 父上が一番変わらない。だけど何だか遠い人のように思えた。壁を感じるのは自分の心持ちだろうか。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
月代 憐慈(ia9157)
22歳・男・陰
明夜珠 更紗(ia9606)
23歳・女・弓
ベアトリクス・アルギル(ib0017)
21歳・女・騎
繊月 朔(ib3416)
15歳・女・巫
ゼス=R=御凪(ib8732)
23歳・女・砲 |
■リプレイ本文 (酷な事を聞くかもしれないが……) その言葉は音となる前に呑み込まれた。在真の明るい瞳、在由の暗い瞳、眼差しに宿る力は初めてこの同じ場所で出会った時よりも深みを帯びていた。 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)の青い瞳が、貫くのではないかと思えるくらい強く彼らの眼差しを真っ直ぐに見つめた。力強く交差する。 在真に頷き、唇を固く引き結んだ若き芽の見上げる在由の頭に手を伸ばして、くしゃりと撫でた。船の上でそうしたように。 力強い掌の温もりに、顔を俯けて背ける在由。嫌がったのではない。頬筋を光る物が伝っていた、それを見られたくないのだろう。 だから淡とした口調で単刀直入に体の事を聞く。何処まで体が動くのか、何ができて、何ができないのか。 在真もしゃくりそうなのを堪える弟を守ってやるように半歩踏み出して朴訥に答える。 たった半歩踏み出した、それだけで上体がやや揺らぐのが瞭然としていた。本人もそれを自覚しているのが判る。 不躾だろうが直視するのがこの場で彼らに対する礼儀だろうと感じた。この通り、と表情だけで在真は伝えてきた。しかしその苦笑にも潔さがあった。 今はゆっくりなら壁を離れても歩けるくらいには回復した。重い真剣も持つだけならできる。力の要らぬ手先の作業なら支障はない。箸も動かせる。 「痛みは無いのだが萎えてしまっていて、筋を使いすぎると震えて動けなくなってしまう。最初は加減が判らなくていきなり倒れたりしたよ」 袖や裾を捲って見せた四肢は、肌に張りがあるのに長患いで寝付いた病人のような肉付きから戻っていなかった。 「食事は滋養のある物を摂っているのか。毎日動かしていたなら、もう少し肉が戻っていても良さそうなものだが」 触れてもよいだろうか? 四肢を掴んだ感触は、見たままの印象と変わらない。毅然とした表情を取り戻した在由にも同じようにしてみる。 「いい表情だ。俺にはおまえが以前より強くなったように見えるぞ。嘘じゃない、おまえの眼差しは決して逃げずに前を見据え、強い。俺よりも遥かに」 「気持ちとして受け取ってください、私の閃癒を……」 私の術がまだ至らないばかりに。 当時も最善の治療を尽くしそんな事は決してないのだが、繊月 朔(ib3416)はそう言わずにはいられなかった。 アヤカシによって傷つけられたのは、体以上に二人の心。神楽でひとときを過ごして旅立った彼らは未来への希望に満ち溢れていたのに。 呪いにより奪われた筋の力は怪我と異なり、精霊の力をもってしても回復の途は不明であった。 あるいは高名な巫女なら、死にゆく瘴気の病にも打ち克つように彼らを回復できるのだろうか。 しかし瘴気の影響はもう去っている。 志体を持たず平凡に暮す人々からは奇跡に見えるような業をもってしても、これ以上は望めなかった。 一時的に身体の能力を増幅する事はできても、無くなったものを恒久に取り戻す事はできぬ。 もし出来るのなら、事故や戦で、あるいは生来、同じような辛さを抱える人々の為に瞬く間にその業の存在は広められているだろう。 (在真さんは精神面は少しは回復してるようですね、さすがお兄さんと言った所ですか) でも無理をしていないだろうか。大事な弟と二人分の辛さを抱えて。 (在由さんが心配ですが彼はきっと年恰好の近い私よりも他の方が適任でしょう。例えば憐慈さんとか) 朔の考えを読んだ訳でもないだろうが、絶妙な間合いで月代 憐慈(ia9157)が在由に声を掛けた。 「あー、久しぶりだねぇ。本は読んでるか?」 重くなりそうな空気を壊すのは俺の役割かね。月代 憐慈(ia9157)の飄とした喋りは常と全く変わらない。 (ちと、わざとらしい感もあるが。玄関先でこんなやりとり続けてたら、また在由が泣き出すかもしれんしなぁ) 相変わらず繊細だな。ま、そこがいいとこでもあるが。 どうせ何日も居させて貰うんだから、ゆっくりしようや。積もる話ってのは座って茶でも飲みながらするものだぜ。 こんな物々しい連中が立ち話してたら、いくら道場っても近所も落ち着かないだろ。 ベアトリクス・アルギル(ib0017)は完全武装だし、俺はほとんど手ぶらみたいなもんだが、それぞれ弓に鉄砲、刀も佩いてる。 傍から見たら、結構物騒だよな。茶化した調子で笑う憐慈に、言われてみればと和奏(ia8807)がおっとりと返す。 奥で、出迎える頃合を計りかねていたらしい冬華が、指を付いてようやく訪問者へ挨拶してまずは用意した部屋へお荷物をと案内する。相変わらず当主の気配は薄い。特に憐慈には会わせる顔がないだろうから、このまま出てこないつもりなのかもしれない。 ● 「私の物で良ければ、試してみますか?」 重装備が常であるベアトリクスとは全く方向を異にするのは明らかであるが。この機に二人にはあらゆる可能性を試してみて欲しい。 できぬだろうからと周囲が決めて最初から選択肢を排除してしまうのはいけないと思った。使えずとも知識となれば無駄にはならない。 相手が私のような重装備の時だってあるだろう。その時になって、相手が何を得手不得手とし、何を考えて動くか。それを瞬時に想像できるか。 「長物は屋内で扱うには非常に不自由ではありますが、破壊力は元より、相手の間合いに入らず寄せ付けずに戦える利点もあります」 しかし機先を制して懐に入れたとしたらどうでしょうか。実際に構えてみるとどのような手で来られたら取り回し難くなるか。 「俺が後ろから支えてますから、思い切って構えてみても大丈夫ですよ」 ベアトリクスの得物を手にした在由の背中から腕を添えた中腰の菊池 志郎(ia5584)。いざとなれば在由の体重くらい身体ごと引き受けられる。 騎兵槍は在由の成長途上な身長では通常の筋力をもってしても持て余すであろうが、一度は経験を踏んでおくのは悪くない。 「例えば下から攻めるならば、間に合わずば肩で柄を受け流すつもりで潜り抜け――」 ゆっくりと振り下ろされた騎兵槍に肩を落とし傾けて、反対側の白い手が刀の形を作り、在由の鳩尾へと指先が触れた所で止める。 「相手が通常の槍やただの木の棒だったとして同じですね。ここに気や精霊の助力が加われば常より小さな力でも一撃で落とす事ができます」 心得があり急所を避けられたとしても、最初から姿勢を崩させる目的で弾いたなら、次の手もまだこちらが先に打てる可能性が高まります。 「休憩した後に、今度は気の巡らせ方を実際に訓練してみましょうか。人それぞれにこれはイメージが異なるのですが私の場合も実践してお見せしましょう」 志郎は軽い短刀での戦い方を指南する。 「俺も戦う時はできるだけ身軽な方が、やり方に合っていましてね。武器はやはりこういう物を使う事が多いのですよ」 大仰な装備にならないから都の雑踏で警戒する必要がある時でも、遠方へ移動する場合も邪魔にならず目立ちません。 「旗乃宮流は警護を意識した動きが多いでしょう。この得物なら既に学んで身に付けている型をほとんどそのままに活かせます」 刀に比べて間合いが短くなるので、それを意識して修正する必要はありますが。慣れれば腕の一部のように自在に動かせて便利ですよ。 場面によっては中間にあたる脇差等を扱ってみると良いかもしれません。軽量ながら刀として振るうには程好いバランスを備えています。 貴人の護衛をするなら牽制の意味もあり姿形も大事でしょうから、腰に佩いて格好が付きますしね。だけど邪魔にはなりません。 精霊や気の巡りについて教えられる事は限られるし、どうか少しでも身体を動かす手助けになればいい。 それが苦行ではなく気持ち良くできたなら。 今は和奏に手伝って貰い道場の子供達の指導をしている在真の姿を脳裏に描く。自身の辛さを決して見せずに朗らかを装う彼を。 (ご自身よりも在由さんの事を……でも彼の心を癒すにはやはり在由さんの笑顔を取り戻すのが一番なのでしょうね) 鍛錬には前向きではあるが、暗い翳りを瞳に宿したまま笑う筋も失ってしまったかのように魂の篭らぬ人形のような顔をした在由。 それでも兄や母の前では時折綻ぶような笑顔を見せるようになっていたが。すぐに元の殻へと戻ってしまう。 結局黙って眠くなるまで家にある読み古した書物を開いてぼんやりしているのが多いらしい。 (外には出たくないご様子との事ですが、以前はよく夜の散歩をしてたと聞きますし。明日か明後日でも誘ってみましょうか) 「指南っていっても陰陽師の技自体が技術としてはちょっと異端だからな」 昼間は他の者が指南するのを眺めながら、片隅で書物を捲っていた憐慈。 慰みの手妻と、見せたのは瘴気から生み出した小さな式。符から飛び出して本物のように動き回る鼬。ふわふわと舞う夜光虫。 「精霊とは別物だ。大人しく言う事聞いてるが、根本はアヤカシと同じ存在なのは昨日教えたよな」 瘴気を操るだなんて人によっては度し難く映るだろうなぁ。 だが、本来であれば人に害を為す存在であるはずのアヤカシや瘴気もきちんとその造りを知って適切に取り扱えば何も怖いことは無い。 むしろ自分の力になる。世の中は大体そんなもんだ。 「歪んで踏み外しちまう奴もたまには居るが。それはこいつの所為じゃなくて、力はただの力でしかない。使い方次第だ」 おまえ達が手にする刀だってそうだろ。只々殺したくて傷つけたくて、そんな衝動しかない奴が振り回したらアヤカシと変わりない。 正しい使い方、というのを学んだよな。同じ鉄の塊でも鍬に鍛えれば畑を耕すし、刀と近い形してるけど包丁は調理に使う道具だよな。 そんな講釈も、在由は正座して聞いている。膝の上には読みさしの書物。 胡坐よりその方が楽か?それなら別にいいんだが。寝てる方が楽なら転がって聞いてもいいんだぞ。俺の話なんて畏まって聞くようなもんじゃないから。 「ま、大事なのはきちんと物事を知った上で、適切な対応を模索するって事だ」 悩むのは別に悪い事じゃないぞ。 俺みたいな開き直り倒してるやつよりは在由みたいに悩んでる方が、今の状況を何とかしようとしてるってのが判って好感が持てるってもんだ。 迷惑をかけたくないとか、困らせたくないって感情は無関心な相手にはもちろんもたない感情だしな。 そうやって自分の持つ感情の原因を知れば、自分の心も納得させやすいだろ? 俺が勝手に思ってるだけだがなぁ……おまえさん、自分を持て余してるだろ。 喧嘩するにも兄貴が年離れて大人だしなぁ。同じ年頃とぶつけ合うにはここんとこの立て続きに起きた体験は大き過ぎたなぁ。 その年頃じゃ世の中の醜い事なんて何も知らずに過ごしてる奴も多いが。でもな。 辛い想いをしたにも関わらず明るく振る舞ってる奴もいる。折り合えず延々と過去を引き摺って後ろ向きのまま危なっかしいのもいる。 急ぐ事はないさ。自分をきちんと知って、一個一個の感情に整理をつけていけばいつか目の前が一気に明るくなって、迷い無く踏み出すべきところが見えてくる事もあるだろうさ。 「ああ、何か真面目に語り過ぎちまったな。こういうのは生真面目な奴の役割で俺の柄じゃあないんだが」 そろそろ寝るかぁ。どうせ明日も早いんだろ。それにおまえさんの年じゃ寝てたって育つんだ。ちょっと会わない間に背が伸びたよな。 黙々と考える瞳で布団を敷く在由。彼が望んでそうしているのだから手を貸さずに自らの分だけをそれぞれに行なう。 灯りを吹き消して一日に区切りを告げる。訪れる暗闇。 (きちんと見ようとする意思が在由にあるなら、案外簡単に光が見えたりするかもな) ● 水。激しくあるいは緩やかに流るる水。澱む水。ひたひたと湧く水。しっとりと濡れる水。 紆余曲折を経ながら終着点を目指して伝う水。ぽたりぽたりと石を穿つ水滴。 天が引っくり返ったかのように叩き付ける豪雨。音も無く景色を包みこむ霧雨。 川の流れ、山を下り野を掻き分けて、都の中もゆるゆると進み、いつか海へと広がって。 そして儀の果てでは無限の空へ滝のように落ちてゆくという。 「自由に柔軟に形を変えて流れる事が出来、しかし一点に集中すれば岩をも貫く強さがある」 これは明夜珠 更紗(ia9606)の言葉だ。 望むまま自由に未来を定め、決めたならばそれを貫く強さを二人に願って。 (心を落ち着かせ、力を染み渡るように全身へと行き渡らせる) それを冷水が体の中を流れて、気が引き締まる様な感じとベアトリクスは言った。 彼女が見せてくれたオーラを何度も心に描き、呼吸をひとつひとつ意識して気を感じとろうと五感を巡らす。 毎日繰り返し、少しではあるが、判りかけてきたような気がした。体内に巡る力、心が乱れると見失ってしまう。 掴みかけているその力を奥から引き寄せて、自分の思う方へと動かしてみる。腕へ指先へ、今度は脚へ爪先へ。 精霊の力。何処にでも存在しているというそれを、自らの中に潜む力と呼応させるのは戸惑った。 一朝一夕で簡単にとはいかない。幼い頃からそれが当たり前であったり、天性の勘が良い者は早く掴むのかもしれないが。 志体があるという事すら今まで意識して来なかった二人である。武の師匠の父はその方面に無知無関心であった。 開拓者の道を歩む者が多数世に居るように、適切な師に指導を受け才能に見合う訓練さえ積めば開花させるのは難しくはない。 刀を扱う修練を積んだ和奏だが、今まで意識していた訳でもないので指導となると戸惑った。 どちらかといえば、一緒になっておさらいをしているというか。 天分で得た者はえてして理論通りに基礎からやろうとすると、自分がどうしてこの動きを覚えたか首を傾げるものである。意識する前に考える前に出来てしまっていたから。だが、改めて癖を見直してみるのも面白いものだ。 「『秋水』これも水の名を冠した技ですね」 さらりと正確無比、神速の北面一刀流奥義を披露してしまうのだから怖ろしい。秋の水のように澄み渡った覚悟と言葉にすれば簡単だが、ぼんやりとしているようで一瞬でそんな覚悟を出来てしまう心。 上総だったモノを斬り伏せた時も、欲望のなれの果てを前にその澄み切った心は乱れる隙が針の先程も無かった。 無心、憎しみも哀しみも別の場所へと置いて、善も悪もその瞬間は脇へと除けて、無我の白刃が閃く。 銃に弓に、様々な武器の特性や扱い方を学び。様々に心に響く言葉が開拓者から掛けられた。 日々はあっという間であった、 一ヶ月前に出来なかった事を今こなす事が出来たのなら、思い切り自分を褒めてやれ。 他人に憧れて目指すのもいいが、私の言葉を忘れないでいてくれるといい。 更紗は去り際にもう一度そう繰り返した。 |