堕旗 〜歩み始めた雛〜
マスター名:白河ゆう 
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/08 12:41



■オープニング本文

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「親父の元を一回離れてみるのもいいんじゃないか……」
 その言葉に旗乃宮 在由は異母兄、在真の顔を見上げた。
 外の景色、ではなく遠くを見て半端に伸びた髪を掻いている在真。帰ってきた当初は極短かった黒髪はまだ襟足を結ぶにも足らず、見苦しくない程度に雑把に梳き流している。
「離れてみるとは……?」

 家出騒動の失態以来、兄との間に繋がる糸は結び直されたもののふさぎ込みがちになった在由。骨格は日々大人へと向けて育ち、頬から子供らしい丸さが消えてゆく途上。少し削げたように見えるのは成長期のせいだけではないと、同じ屋根の下で暮らす在真は知っている。

 三食の膳では必ず顔を合わせ、気が進まずとも運動量に見合うだけの食事を胃の腑に押し込むまでは席を立つ事を許さない。
 自分は在由が食べ終えるまで飯を何杯でもおかわりを続け、子供じみた意地の張り合いが始まった。
 二度目からは母に頼んで、口出しは無用だが家計に響くから自分の飯は安い雑穀にしてくれ。櫃に入れてくれたら後は自分でよそうから。親父の食事が終わったら片づけて下がっていい。
 砕け散ってしまった在由の家族観を折り合える着地点を見定めて、導こうとする在真は自分の立ち位置を自覚していた。
 家長である事を放棄してしまったかに見える父のうっすらとした期待。掌の上で全て言う事を聞いてくれる子供だった在由の反旗にまだ戸惑いから抜けられない母の弱さ。
 任せられる事に苛立ちや情けなさを覚えないでもないが。一緒になって反抗していては在由は進むべき道を見失ってしまう。
 大切な弟。何も目的を持たず風来暮らしをしてきた在真に弟の健やかな成長を助ける事はどっしりと構える心の要となっていた。

 意地の張り合いはすぐに在由が白旗を上げた。
 どうにも馬鹿らしい事を続けるだけの覚悟なんてない。それほどの意味も持たない事は自分だって判っている。けれど心に掛かったままの霧は晴れない。
 座学に勤しんでいても、木剣を握っていても。友人達に連れ出され遊びに繰り出しても上の空。
 とうとう在由の不注意から道場の仲間に怪我をさせてしまった。
 余計に落ち込む在由に、在真は気分転換に神楽に行ってみないかと誘った。
「開拓者の暮らす都だよ。俺がお前くらいの時から暮らしていた都。……まぁ、あんまり家に落ち着いていなかったけどな」
 物見遊山がてら行ってみないか。知っている顔も居るし、俺が色々連れ歩いて案内してやるよ。分道場も見ておこうか。
 俺の初恋の人も紹介してやるよ。一緒に火のみ櫓に登って叱られたりしたやんちゃだが、今じゃしっとりとした茶屋の看板娘だぜ。
 そこの隣で婆ちゃんが焼いてる煎餅がまた美味いんだ。店の女将さんと仲いいから、茶屋で食っても文句言われないぞ。緋繊に腰掛けて往来でも眺めながら茶でも一緒に飲もうや。
「お前、この都から出た事ないだろ。おっとその辺の森なんて出たうちに入らないからな」
 そんな危険な場所に連れ出したりしたら、あの人達に叱られるしな。
 俺も、お前もまだ未熟だからーー。

 鬼面鳥を瞬く間に退治したあの夜の光景が瞼に浮かぶ。
 俺は、ただ怖いだけだった。血に汚れてうずくまる在由に駆け寄る事もできなかった。
 お互いに分道場で一回り大きくなって帰って来ようや。
(その間に母上も、心を整理する時間もできるだろうさ)
 親父については何を考えているのか判らない。考えれば考える程、旗乃宮家の災厄は全てあの人の見ない事で何も無かった事にする態度が招いたのではと思えてくる。
 幼い頃に見た凛々しい父の面影はない。あの人は本当は昔からこうだったのだろうか。自分には見えていないだけだったのだろうか。
 体裁を作ろう努力すら今はやめてしまったというのか。
 憎悪を抱く程の存在ですらないと在由も俺と同じように思うようになるのだろうか。そんな想いが巡る。
 ……自分が、父という存在に期待し過ぎてるのかもしれない。勝手に理想を描き、勝手に失望して。
 それよりも在真と在由がしっかりと自分の足で立てばいい事だ。

「しかし物見遊山というのは……」
 居食いの身なのに、そのような事をしていいのだろうか。在由はまだ自分で銭を得る為に働いた事がない。道場でもまだまだ学ぶ身だ。
 道場に通う他の子供だって家業の手伝いをしているのに自分は。
「ここもそうだが、半端仕事なんて何処にでも転がっているぞ。それで一生暮らすとなれば大変だが、お前も少し世を習う為に働いてみるか」
 難しく考えるな。やってみればいいさ。
 まだまだ未熟というけれど、世の仕事を語る兄は何だか大きく見えた。
 あれこれと興味のままに尋ねる在由の顔は少し明るくなった。
 帰ってくる頃には、もっといい顔になっているかもしれない。


■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
月代 憐慈(ia9157
22歳・男・陰
明夜珠 更紗(ia9606
23歳・女・弓
ベアトリクス・アルギル(ib0017
21歳・女・騎
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
ゼス=R=御凪(ib8732
23歳・女・砲


■リプレイ本文

「っと、ごめんよ。余所見していたんだ」
「いえこちらこそ。……おや。在真さんに在由さんではないですか」
「え?」
「ベアトリクスさん!」
 見紛う事なき生真面目な面立ちの黒騎士、ベアトリクス・アルギル(ib0017)の姿に驚きの声と共に背筋を正す在由。
 憧憬の眼差しが面映い。桜下で自分の話を聞き入っていた瞳はあの時より明るく見えるか。
「そういえばこちらにも道場があるのでしたね。二人共、家のご用事で」
 と、背中にベアトリクスを呼ぶ声が。職員が手を振っている。
「忘れてましたっ。旗乃宮さんからアルギルさんに手紙が預かってたんですよ〜」
「何だ、入れ違いになったか」
 それ俺が出した手紙だよ。神楽に来るのに挨拶もなしってのも失礼だからな。在真が頭を掻く。
「家を離れて修行がてら、しばらく腰を据えようと思ってさ」
 色々――あってな。
「ここで立ち話もなんですし。場所を移しますか。それとも中に」
「仕事の紹介で、菊池さんという方と会う約束なんです」
「色んな依頼でバタバタしてるから、外に出た方が良さそうですね。おっと、驚かせてすみません。俺がその菊池です」
 いつの間にやら風景に溶け込んで傍に立っていた柔和な笑顔の男。当の本人、菊池 志郎(ia5584)であった。
「初めまして。ベアトリクスさんも一緒にその辺で茶でも如何ですか。在真さんも在由さんもお知り合いが一緒の方が話がしやすいでしょう」
 もう一人、と手招きされたのは繊月 朔(ib3416)。兄弟の姿を目にして長い髪の束ねを揺らして駆けてきた。
「到着されてたんですね。ちょっとギルドの方と話し込んでいて気が付くのが遅くなってしまいました」
「いや後回しでも良かったんだけど」
「何言ってるんですか。私も一緒に働かせて戴くんですからねっ」
 海千山千の集う神楽の都で、世間知の全くない在由さんがそう簡単に務まるとは思えません。かといって兄に頼りっきりでは成長しませんからね。

 ギルドから程近い甘味処に腰を落ち着けた一行。ベアトリクスが以前より目を付けていた店だ。
 せっかく何処かに入るのなら。ええ、私が食べたいだけなのですが。
「私はあんみつを。……普段は間食は控えているのですが、今日くらいは良いですよね」
「ベアトリクスさんは甘党だったのか。うちじゃそういや出さなかったな、今度来る時は母上に言っとくよ。たぶん張り切るぜ」
「お二人とも嫌いではないのでしょう。家ではあまり召し上がらないのですか?」
「こいつはまだ茶屋っていうより、道場の子供と一緒に駄賃握り締めて飴売りに走る方が似合ってるからなあ」
「あ、兄上っ!」
「いつまでも子供扱いはよろしくありませんよ。さてどうしましょうかねぇ、一応俺のアテは船宿なんですが」
 どちらかというと奥勤めの多い下働きなんですが、朔さんの言う人と絡むような仕事というのも大事な経験ですね。
「志郎さんが良ければだけど、そっちは俺かな。甘味処の店員は……在由、頑張れよ」
「在由さんの事は任せてください。私がしっかりと鍛えますから」
「いいのか、行きつけのとこ世話になって」
「流行ってるお店なんで、人手も足りないですから」
「働くだけではなく、せっかくなのですから色々見て回っていってくださいね」
 天儀の他地方だけでなく異国の人も多いので、仁生では見かけられないような物も多いでしょう。
 やはり開拓者向けの店が多いので、朝から深夜遅くまで開いていたりする場所もあります。
「私達が依頼で遠方に移動する時に使う精霊門は、一日中好きな時に使える物でもないのですよ」
 急な依頼で真夜中に支度が必要になる事もありますし。
 いつでもお声を掛けて戴ければ案内しますよ。何、夜中だからって気にする事はありません。
 女性を夜分に誘うのは気が引けますか……私は騎士ですよ。必要とあらばどのような場合でも馳せ参じます。

●発見に溢れ賑やかな都
「いらっしゃいませ!」
「お、在由も大分慣れてきたか。いい声出るようになったな」
 立ち寄りがてらと茶を所望する緋那岐(ib5664)。在由にとっては一番接しやすい兄貴分。
「少しは客と世間話もできるようになったか?」
「いえ、その……朔さんに助けて戴いてます……」
「しょうがねえなあ。でも楽しいだろ、こういうのも」
「ええ。本当、神楽の都って賑やかなんですね。色んな国の方も歩いていて」
「他にこんな処あんまりないよなぁ。俺も都に出てきて二年……くらいになるか。面白い場所だよ此処は」
 広くて、俺自身もまだまだ知らない事多いけどな。人の移り変わりも激しいし。
「今日、上がった後暇か?兄貴と一緒に俺の世話になってる下宿所とか遊びに来てみるか」
 たまに外泊なんてしてみろよ。
「以前は妹と一緒に呉服屋に世話になってたんだけどさ、いつまでも居候ってのは」
 ああ……お前も今は居候か。親戚……でもないのか?一門の、そうか。
 一人立ちってのは難しいな、色々しがらみがあるとさ。家を背負ってるんだものな在由は。
 でもお前の場合さ、親の方が子離れできてないんじゃねえの。
「ま、これ以上は店でする話じゃないよな。後で閉める頃また寄るからさ。じゃ頑張れよっ」

 日頃書を学び親しんでいたつもりでも。自分の知識などちっぽけである事を思い知らされる。
 壁中を埋め尽くす巨大な棚。みっしりと詰まった装丁。迷い込んだ小さな小さな自分。
 存在を見失ってしまいそうで月代 憐慈(ia9157)の袖を強く掴んだ在由。
「どうした。上を見上げ過ぎて目眩でもしたか?」
 からかう調子の声に乗せているが、彼は全てを見抜いているような気がした。
 町場で働く真似事に少しいい気になりかけていた自分を反省する。
 深く、自分では深くと思ってるが。この人から見たらどんな風に見えているのだろう。
 ただの生意気な背伸びした子供か。
「本はいい。他人様の経験を間接的にとはいえ安全な位置から知れるんだからな」
 憐慈がこれと手に取り開いた本には、怖ろしげな色合いをしたアヤカシの絵姿が載っていた。
 指が次々と頁をめくる。

「俺も色々経験してきたが、何百、千という人間が体験した事がこうして過去として綴られている」
 嵐の門の解放なんかは間近で見てたしなぁ。あれはなかなか見応えがあった。
 アル=カマルなんて今でこそ結構簡単に行き来できるが、それこそその時は命賭けの所業。
 何があるかも、こっち側の人間は誰も知らないんだからな。
 通じてみれば何の事はない。ちょっと気候や地形の違う。俺達と変わらない奴らが住んでる土地だった訳だが。
 こうした経験が、今は本で簡単に学べる訳だ。興味あったら一度読んでみな、面白いから。
 昔の話じゃない、そこら辺を歩いて笑ってる奴らがこんな経験してきたんだぜ。
 ああ、時間?気にするな。俺も丁度暇してたんで本でも漁りに来ようかと思ってただけだから。
 ここは出入り自由で好きなだけ本が読めるから空いた時間でも気が向いたら来てみな。
「せっかく神楽に来たんだしな」

「そうか、憐慈には図書館へ連れていって貰ったか。じゃあ今日は港でも見学に行くか」
 私の相棒もそこに居る。他にも色んな種類の奴らが居て見応えがあると思うぞ。
「生き物を飼った経験はないか。在真は?この辺で世話を手伝った事もあるのか。もしかして擦れ違った事もあったのかもしれないな」
 明夜珠 更紗(ia9606)が見知らぬ者達を連れてきたとあって、警戒した様子で翼を広げる相棒の天河。
「これが私の愛龍、天河で…こら天河、威嚇するな」
 更紗以外に触れられる事に難色を示した龍であったが、彼女が許した相手とあって大人しく瞳を閉じて自由にさせる。
 周囲では、相棒と離れて待つ――あるいは絆を結ぶべき人を待ち続ける――様々な生き物達が思い思いに時を過ごし。
 彼らを預かる世話人達が懸命に働いている。
 在真と在由の視線の先を追う。
「私達は常に誰かに支えられている。それを忘れるな」
 私達だって、一人でなんでも出来るわけじゃないんだ。
 仲間や相棒の力を借りて初めて依頼を達成出来る。
 その相棒の力を借りられるのも、こうして普段面倒を見てくれる人達のお陰だ。
(おまえ達も、育てられてきたのだろう。両親に対する想いは私とはまた違うのだろうが……)
 健在ならば、これから想いも様々に移ろうだろう。死しても尚、ともすれば自身の成長に従い見方が変わるものだ。

●煌きさざめく水面
「こういうのも粋な計らいじゃないですか。小一時間、船ひとつ借りるだけなら充分に働かせて貰いましたよ」
 在真に紹介し、ものはついでと共に船宿の働きを勤めていた志郎がくすりと笑う。
 在由の休日に合わせて、一同顔を揃えての船遊び。花火や祭りの時節でもなく、小料理も付かない。
 ゼス=M=ヘロージオ(ib8732)の計らいで、彼女行きつけの店で自分達で手作りしたジルベリア風菓子の手土産付きだ。
「他の従業員達も喜んでましたしね」
「店主が親切でな。たくさん作らせて貰えた。本当なら在真にも体験して貰いたかったが」
 湯だけは店に貰い、人数分の紅茶をゆったりと注ぐゼス。
「在由、俺の隣座れよっ。さっきの失敗作出しな、俺が全部食べてやるから」
「緋那岐さ……いえ、あの緋那岐。そんな……これは自分で食べますからっ」
「おー、知らぬ間に随分仲良くなったじゃないか。背格好も近いし、いい事だな」
「憐慈!それ、俺が小さいって言ってる?在由よりは全然身長あるよ?」
「抜かされるかもしれないぞ。何せ年が全然違う、在由の方はこれから一気に伸びる盛りだ」

「在真さんもこちらに来て座りませんか。川風が気持ちいいですよ」
 船宿で働いてはいるが船上に乗るのは実は初めてと。心持ち情けない顔をした在真に朔が誘う。
「これもいい経験です。もう、そんな感じではお客様に姿見せられないですよ」
 無邪気に手を振る川縁の子供に、笑顔で振り返しながら。手を遠慮なく思いきりぐいと引いて。
「待て、揺れ……あ、そんなに揺れないか」
「物売りの小舟じゃないんですから。ほら船頭さんが大笑いしてますよ」
「働いてる時や、道場へご一緒させて戴いた時とは随分顔が違いますね」
 久々に木刀を振るったりさせて戴いたのですが、在真さんの子供時代の話も聞けて面白かったですよ。
「志郎さん、いつの間にそれを」
「稽古を付けて戴きながら、饒舌な方がいましてね」
 まず板間で長時間正座から音を立てずに抜刀が旗乃宮流の基礎で俺はそこ省略されましたけど。
 庭の砂を袖に隠し持っていて師範代に目潰しとか、教えた覚えのない事を次々と実践してたそうで。
「守りの型も覚えちゃいないから、馬鹿者!とか言われて滅多打ちにされたけどな」
 今も容赦ないぜ、あの爺さん。家柄がどうとか言ってるが。この痣、腕の骨折られるかと思った。
「主家筋の方故に強くなって欲しいんですよ、きっと。師範の座は空席なのでしょう?」
「上総の後はまだ誰も決めていないみたいだな。俺も在由もまだ無理だっていうのに」

「どうした在由、暗い顔して」
「今、上総さんに似た人が川縁に居たような気がして」
「何処だ」
「いえ、目が合ったら路地にすぐ消えてしまいました」
「忘れろ。前へ進むお前にはもう必要のない過去だ」
 ゼスが遠くを見たまま、在由の髪をくしゃりと撫でた手を侭に置く。強さが込められた優しい温もり。
「……それよりこの前はすまなかったな。言い過ぎたかもしれぬ」
 周囲に甘える事も大事だ。お前には帰る家があり、お前を愛する兄や母が居る。
 それがどれほど幸福な事か。大切にしなければならないか。
「俺の家はな。俺が飛びださなければ没落しなかったかもしれない。……半分は俺が一族を殺したようなものだ」
 けれど俺はあそこを飛び出すまでは何も知らなかった。今となっては良かったのか悪かったのか、まだ判らない。
 大切なのは過去より、今のお前だ。そして傍に居てくれる者だ。
 神妙に俯き、ゼスの言葉に聞き入る在由の頭をもう一度強く撫でる。
「いいか、未来を見て生きろよ」

 まだ当面は神楽に滞在して考えるという兄弟。仁生に戻る頃には道を見定められるだろうか。
 彼らの成長の足跡には、逞しい開拓者の影がある。